かたわらの笑顔 (1999年8月掲載)

 NHKの衛星放送で最近放映された、「ゴッド・ファーザー三部作」をじっくり見る機会がありました。第一作は1972年、第二作は1974年、そして最終作が1990年でした。マーロン・ブランドのあまりにも有名な第一作。そして、アル・パッチーノが主演した第二、第三作。一貫したテーマがファミリー、つまり家族であることを再確認しました。

 イタリア系だけのテーマではもちろん無いと思います。

 家族の有り様が変容し、多様化しています。多様化というと聞こえは良いのですが、ある意味では崩壊しつつあるともいえます。家族が崩壊したとき、いったい人は何によりどころを求めるのでしょうか。私には経済の崩壊よりも家族の崩壊のほうが、よほど恐ろしく思えるのですが。

(2009年2月)

ホームページ掲載時コメント(1999年)

 人はみな幸せになりたいと願っています。ただし、こうしたら幸せになれます、というマクドナルド・ハンバーガーのマニュアルのようなものはありません。蜃気楼のように、追い求めていくと逃げていくような、そんな気がしてなりません。

 人生の達人と言われる人々がいます。絵に描いたような幸せを取り揃えた人々です。よくハリウッドの映画に出てきそうな、美しい妻と一等地の邸宅と、子ども達は一流大学で学んでいる、そんな人々がいることも事実です。

 人は望めば望むほど、現実との乖離に悩みます。といって、達観しているような人生はとてもおくれそうもありません。この八月二十一日に四十六歳になった今の心境を、綴ってみました。求めなければ得られない、さりとてそればかりを追い求めてもつかめない、得体の知れない幸せという女神は、意外と身近に寄り添っていてくれるような気もします。

 幸せは、意外とかたわらの笑顔の中にあるのではないか?、そしてそれならどんな人にもつくり出す能力があるのではないか。つまりは幸せを掴める可能性があるのではないか。子どもたちが日々の生活の中で、自分にもそんな力があるのだ、ということが実感できれば、きっと自分に対する見方を変えられるのではないか。そんな思いで書きました。


 八月十五日の敗戦の日を迎え、さまざまなテレビ番組が放送されました。その中で印象的だったのは、NHKスペシャル「敗戦ニッポン・新しい日本人をめざして・戦後教育の原点はこうして生まれた」でした。

 とくに、作家山田太一さんのインタビューは興味深いものでした。戦後、教育現場で盛んに個の確立ということが言われていた頃のお話。ある日山田さんが、先生の御宅に御邪魔した時に飲物を勧められました。物の豊富でない当時、そんなにたくさんの種類の飲物があるわけもありません。友達がそれぞれ飲物をお願いした後、最後に順番が回ってきた時には、「人に言われるまま行動してはいけない、人に影響されない個の確立が大切だ」と言われつづけていた自分には、残された選択肢は、「いりません!」だった、というのです。御本人は漫画のようだ、と述べられていましたが、当時の雰囲気が良く伝わるお話だ、と思いました。

 また、こうも述べられていました。個の確立だけを突き詰めて行くと、実は自分の部屋で一人テレビを観るような、そんなつまらない個の確立になってしまうのではないか、と言うのです。そこで山田さんは、何か大いなるものに自分を捧げる個の確立があっても良いのではないか、と現状に疑問を投げかけていました。

 この番組を観て正直驚いたのは、個の確立や自己責任、などという言葉が持てはやされるようになったのは、ここ十年ほどの話かとこれまで思っていたのですが、それが戦後一貫した教育原理だった、と知ったこと。また、教育勅語に代わる、しかも個人主義だけに流れない、日本人の精神的支柱を何に求めるのか、という真摯な議論が当時なされたこと、などでした。

 番組の後、私はこう思いました。『真の個人主義とは、部屋で一人座禅を組んで会得するようなものではなく、多くの人間との係わり合いの中で確立されるものであること。人は誰でも幸せになりたいと思っていますが、実は一人だけ幸せだ、などということはありえないこと。最小の社会単位である家族の中にあふれる笑顔こそが、その幸せの最大の源泉だ、ということ。そして、自分にもささやかながら、このかたわらの笑顔を生み出せる力があるのだから、自分という人間にも存在する価値があるのだ』と。

 人間はいつでも劣等感に打ちのめされそうになりますし、自分の存在価値に不安を抱き続けるものです。まして、多感な十代はその傾向が顕著です。子ども達が、このかたわらの笑顔を最大の幸福だと知ってくれれば、そしてそれを生み出す力が自分にもあるのだ、ということを家庭の中で自然に感じとってくれれば、きっと心のありようもいまとは少し違ってくるのではないでしょうか。

 そんなことを考える時、思い出すのは米山梅吉氏のお話です。日本におけるロータリークラブ生みの親である梅吉翁は生前、子どもさんたちにいつもこう言っていたそうです。「他人の楽しむのを見ているほど幸福なことはない」と。 これこそ、真の知恵だと、私は思うのです。



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