アイルランドの白馬 (1998年12月掲載)

 リチャードさんには、その後NHKで放映された司馬遼太郎さんの街道を行く「愛蘭紀行」編をビデオに撮って送ってあげました。無事に楽しむことができたようです。

 アイルランドは、EUにも加盟し奇跡の経済成長を遂げたようですが、この金融危機で苦しい状態に陥っているようです。しかし、ある解説によるとイギリスと違いアイルランドはEUに加盟してユーロを選択した事で、通貨破綻から免れることができそうだ、とのこと。

 イギリスは、まさにポンドが破綻する瀬戸際に立たされているようです。

(2009年1月)

ホームページ掲載時コメント(1998年)

 6月の国際眼科学会の帰りに立ち寄ったアイルランドは、雨の夜でした。

 3年余りのインターネット上での交流の末のリチャードさんとの出会いは、なかなか劇的でした。滑り込むようにして乗り込んだコーク行きの飛行機は、雨の中静かにアイルランドの地に舞い降りたのです。

 到着口でリチャードさんに会って驚いたのは、彼が左足が不自由な身障者だった、ということです。そのことが、彼の偏見の無い広い心を作り上げる上で、どのような影響があったかは、想像に任せるしかありません。

 こうしてアイルランドでの滞在がスタートしたのです。

 学会の帰り道、友人のリチャードに会うために立ち寄ったアイルランドのコーク空港は、雨の中でした。飛行機は予定を一時間程遅れて、静かにアイルランドの地に舞い降りたのです。到着口へ急ぐと、大勢の人が出迎えにきていました。一通り見渡したのですが、リチャードさんらしき人は見当たりません。

 しばらくすると、一人の上品そうなご婦人が近付いて来ました。「スキさんですか?。リチャードの家内です。主人がお会いできるのを楽しみにしていました。」そして、彼が現れたのです。「スキ!!よく来たね!!」思わず男同士で抱き合ってしまいました。こうして三年あまりのインターネット上での交流の後、始めて彼と会うことができたのです。

 ほんの二週間ほど前に引っ越して来たばかりで、家は改装工事の真最中。前日、間違えてかなづちで指を叩いてしまったそうで、包帯が痛々しげでした。夕食はそんな訳で、入江に面したこじんまりしたレストランで、アイリッシュビールと海の幸を楽しみました。ロンドン生まれでフランス語、スペイン語も自由に操る奥さんのグレースさんは、アイルランドの人々のありようが、まだまだ珍しげで興味津々といった様子でした。

 翌日はリチャードさん自ら不自由そうな手で運転をしてくれ、半日ドライブを楽しみました。アイルランドの南部にあるコークは見渡す限り平坦な草原が続く、ゴルフ場のような地方でした。2時を過ぎ、大西洋を臨む見晴らしの良い喫茶店でお茶を飲みました。父親の様な包容力を持った彼には、ついつい子育ての愚痴などをこぼしてしまいます。そんな時、もう子育てから解放された彼は、自分自身の経験を話してくれたのです。

 「自分には三人の息子がいるが、一番下の息子が大学在学中に突然、大学を止めて仕事につきたい、と言い出した」そうです。その時の戸惑い、苦悩。そして話し合いの中で、結局は自分の好きなことに打ち込む事が一番彼のためになる、と結論するに至った父親の心境などを率直に語ってくれました。今では仕事も順調で、息子さんも自分の決断を後悔していないとのこと。唯一のお孫さんであるその息子さんの子どもが、可愛くてならないようでした。そしてアメリカで活躍する3人の息子さんの話に花が咲きました。

 おのれの人生を切り開くのは結局子ども達自身であり、親にできる事は自分の生き方を通して、人生を考える何かヒントを示すことだけではないか。親である自分自身が精一杯生き、自分らしくあり続けることこそが一番の子育てなのだろう、と彼との会話を通して自分なりの結論を得ました。

 そんな事を考えながら、ふと窓の外に目をやると、大西洋の波が打ち寄せる砂浜には、三頭の白馬が潮風を楽しみながら悠々とたたずんでいました。6月の爽やかなアイルランドでの、それは思い出に残る語らいのひとときでした。


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