心意気(1996年11月掲載)

 10年以上前の内容ですが、今まさに必要とされているのは、この心意気ではないでしょうか。 我ながら驚くばかりです。

 どんな時代に生きても順風満帆などということはありえません。一時的には順風でも、時には強烈な逆風にさらされるのです。人生はいわば風任せの部分も多々あります。

 名曲 White Christmas を始め、国民的歌手として大成功を収めたビング・クロスビーが晩年語ったという言葉、

 「 I`m lucky.」

 には、万感の思いがあったに違いありません。

 人生は思い通りにはなりません。運がなければ成功しませんし、運だけでも成功し続けることはできません。結局のところ人生を支配するのは、その人の持つ心意気ではないでしょうか。

(2009年1月)

ホームページ掲載時コメント

 大競争時代とも、ボーダレスともいわれる今日、我々の心持ちが問われています。

 2020年には4人に一人が高齢者になる時代がやって来ます。現在のように、会社が社員の面倒を一生みる、という時代は終ろうとしています。良い学校を卒業して、一流会社に就職すればもう一生安泰、という時代はすでに過去のものになろうとしています。

 そんな今こそ、我々の心意気が試されているのです。敬愛してやまないセゴビアの人生に、なにかヒントがないでしょうか。

 先日ある紙面で、作家の逢坂剛さんがこんな逸話を紹介していました。

 それはギター中興の祖、スペインのギタリスト、アンドレス・セゴビアの若い頃の話です。当時マイナーな楽器に凋落していたギターに魅入られたセゴビアは、マイナーゆえのさまざまな困難に直面します。1912年、首都マドリッドで初めてのコンサートを開いた彼に、王立音楽院バイオリン科の教授が、その才能を惜しんで、バイオリンに転向するなら力になろうと申し出るのです。

 しかし彼は、ギターはバイオリンよりはるかに自分を必要としている、として丁重にその申し出を断りギター一筋に生きたのです。その後ギターという楽器を蘇らせ、歴史に残る数々の名曲を残したのです。今でこそ、ギターは決してマイナーな楽器ではありませんが、彼が生きた20世紀前半はそうではなかったのです。そんな中で、この楽器にとりつかれ独学せざるを得なかった彼にとっては、この申し出は大変な魅力だったはずです。断るのは大きな勇気を必要としたことでしょう。彼のような才能の持ち主なら、バイオリニストとしてもあるいは歴史に名を残したかもしれませんが、数々のギターの名曲は生まれなかったはずです。ギターを愛する一人として、彼がこの申し出を断ってくれたことを神に感謝するわけです。

 ところで人間を品位あらしめるものは何でしょうか。年齢、教養、財力、あるいは社会的地位?。たぶんどれもが必要でしょう。しかし、一人の人間を凛とした存在たらしめるのは、おそらくその人の持つ心意気ではないでしょうか。このセゴビアの逸話を読んで私が心動かされたのは、たとえいばらの道になるかもしれないが、ギターと共に生きて行こうという、彼の心意気のあっぱれさでした。自分を信じ、そしてその自分の内なる声に忠実に生きる彼の姿に、私は強く引かれるのです。

 世紀末、まさに時代の転換点に立つわれわれも、こんな彼の潔さに学ぶ点が多いはずです。これまでの右肩上がりの成長が当たり前の時代から、低成長の時代へ。終身雇用、年功序列が崩れつつある今、これまでのわれわれの心のありようを、もう一度考え直してみるヒントを、この逸話は教えてくれているのではないでしょうか。



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