柔らかな資本主義(1999年5月掲載)

 ちょうど10年前の投稿原稿ですが、まるで舞台が一回りして元に戻ったかのようです。昨年末の金融危機に始まった景気の悪化は、最強の企業、無敵のトヨタですら赤字決算に追い込まれる始末。まるで日本がこのまま地獄の底まで落ち込むかのような悲観論が跋扈しています。

 しかし、10年前に比較して日本はずっと豊かになっているのです。高齢者にいささか偏っているとは言っても、国民の持つ貯蓄も増加しています。年金の問題さえ片付けば、国民は安心して豊かな生活を求めて消費をするでしょう。その点、年金問題を解決できない政治の責任は極めて大きいと言わざるを得ません。とは言っても、もちろん昔のように単なる三種の神器的な物に消費するとは思えません。

 キーワードは心豊かに暮らすための経済活動です。

 同じ車を買うにしても、地球環境にやさしいハイブリッド、あるいは電気自動車にならお金を使うはずです。またそうした人が増えなければいけません。世界中でどの国よりも環境負荷の少ない社会を日本は目指すべきであり、そこにこそ、この国の存在価値があるはずだ、と私は信じているのです。

(2009年2月)

ホームページ掲載時コメント(1999年)

 毎日の様に失業率の上昇が報じられています。本日の朝刊(1995年5月3日)は、訪米中の小渕総理大臣のシカゴでの演説を報じています。経済学のシカゴ学派に対して、弱肉強食のアメリカ式資本主義でなく、日本的な資本主義があっても良いのだ、と皮肉を込めて精一杯の反論を試みているのです。

 戦後の日本のやり方が全て間違っていたわけではありません。日本人はどうも舞上がったり落ち込んだりするのが極端すぎます。全国民がまるで躁鬱病に苦しんでいるように見えます。

 もちろん明治以降、賢明に西洋文明を採り入れてきた日本人の事ですから、いずれは今のような経済状況から脱却するでしょう。

 しかし、良く比較される明治維新、太平洋戦争後の頃とは、状況はかなり違うように思えます。それぞれ苦難の道だったわけですが、現在の方がずっと難しいように私には思えます。なぜなら歴史上初めてこれだけ豊かな日本を築き上げてしまった現在、精神的な支えを何に求めるか、その柱を失っているように見えるからです。貧しい時はあまり問題にならなかったのでしょうが、豊かになれば、衣食足って礼節を知る必要があります。

 生意気かも知れませんが、貧しい中で健気に生きる事より、豊かな日常の中で気高く生きる事の方が、よほど苦しく、難しい生き方のように、私には思えるのです。物に満たされ、食に事欠かない現代の日本人にとっての、新しい精神的な支えを構築する必要があるのではないでしょうか。何を精神的な柱にし、日本人としての誇りを何に求めて、私達は子どもたちを育てて行けば良いのでしょうか?

 きちんと今議論をしておかないと、21世紀の日本が取り返しが付かないことになりはしないか、それが私は心配なのです。


 4月7日放映のNHKクローズアップ現代「大企業を揺さぶる個人パワー」は、今話題のパソコン基本ソフト、リナックスを取り上げていました。パソコンも基本ソフトが無ければただの電器箱に過ぎません。利用者とパソコンの間を取り持つのが基本ソフト。アメリカ、マイクロソフト社のウインドウズが世界中で圧倒的シェアを誇っています。その独占状態に挑戦しているのが、リナックスなのです。私も3年程前から利用しています。

 もともとは、1991年当時学生だったフインランドのリーナスさんが、自分の余暇を利用して作り上げたものでした。彼はそれをインターネット上で、自由に改造してください、と開放したのです。当初5名の仲間から始まり、現在では世界中で一千万人近くが利用している、と推定されています。

 一方マイクロソフト社会長ビル・ゲイツ氏は、ウインドウズで7兆円を稼ぎだした、と言われています。世界一の大富豪、天才的経営者なのです。ごまんといる競争相手を次から次に叩きのめし、独占的地位を築きました。典型的な一人勝ちの物語です。無敵と思われてきたそんな彼に立ち向かっているのが、リーナスさんとその仲間達なのです。

 この物語の特異で素晴らしい点は、まず彼がソフトを無料で開放したこと、そしてインターネット上で全ての改良作業を進めたことです。リーナスさんを中心に世界中のプログラマー達が、24時間不眠不休の無料奉仕作業で改良を進めているのです。

 人は金銭的動機無くして真剣な仕事はできない、仕事としてなされないものなど、くずにすぎない、と誰もが思ってきました。趣味で作られたものに一流品は無い、とみんなが信じてきました。いま革命が起ころうとしているのです。金銭的動機でなく、単に自分が好きだから楽しいから、あるいは自分の関わった事が世界中の人の役に立つなら、それで幸せなのだ、という世界中の人々がインターネットを通じてこの活動に参加し始めているのです。

 冷戦の結果、資本主義は勝利を収めました。市場経済の名のもとに、アメリカを先頭に世界標準が渇歩しています。それはアメリカンドリーム、つまり弱肉強食の世界なのです。しかし日本の社会に、それは似合いません。アメリカ式のむき出しの資本主義でなく、公平さと効率性は追求しながらも、みんなが助け合って生きて行く、普遍性を持ったそうした資本主義を創造することが、21世紀日本が果たすべき役割ではないでしょうか。それが単なる夢ではないことを、リナックスの物語は私達に教えてくれているのです


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