20090801

20090801(土曜日:曇り)

 いよいよ今日から八月。私の誕生月でもあります。また一つ歳を取ってしまいます。

 今日は、地元の「原・浮島ふるさと祭り」。景気の悪化で寄付金が集まらず花火も中止にしようか、という意見も出たようですが、何とか開催に漕ぎ着けました。今夜は友人の鶴橋夫妻と一緒に暑気払い。

暑気払い

さぁ、これから飲むぞ!! ビールを飲むには良い時節です。



 午前中から千寿子さんと家内はふるさと祭りのお手伝い。私は午前中仕事。雅志さんだけが休日の土曜日でした。

(●^o^●)

何とか天候も曇り空のまま推移してくれました。夜は四人揃って暑気払い。いや、ビールの美味しかったこと。我ながらよく食べ、よく飲み、よく喋りました。もっとも、千寿子さんの口数には、いつものごとく到底及びませんでしたが。

(●^o^●)

 飲み終わったころには花火も終了していました。それでも、心地よい気分で家路に付きました。地域に良き友を持つということは、本当に心強いものです。これからも、仲良く楽しく付き合ってもらえれば、と願っています。


20090803(月曜日:晴れ)東海地方の梅雨明け


8月の花



 ようやく梅雨明けとなりました。報道によれば、

(気象庁は3日、東海と近畿地方が梅雨明けしたとみられると発表した。東海は平年より14日、近畿で15日それぞれ遅く、いずれも梅雨明けが特定されなかった1993年を除き、統計上最も遅い梅雨明けとなった。)



 と、あります。しかし、明日からまた雨模様。長雨の影響でトマトやジャガイモが値上がりしています。やはり旬の物が一番美味しいわけですから、夏は夏らしく青空に入道雲が似合っているのでしょう。

 そして今日は歴史的な日。裁判員裁判の開始です。報道では、

(裁判所などと安心参加へ連携 裁判員裁判開始で官房長官

 河村建夫官房長官は3日午前の記者会見で、裁判員裁判が東京地裁で始まったことについて「国民に安心して参加いただけるよう裁判所や弁護士会などと連携していきたい」と語った。今後の課題に関しては「裁判員は評議で述べたことで、その後の報復のおそれがある。裁判員の負担が軽減される必要がある」と指摘した。)



 と、あります。裁判員裁判というと私などは、ヘンリー・フォンダが主演した「12人の怒れる男たち」という映画が思い出されます。しかし今回の日本での裁判員裁判では、初めて審理に臨んだ裁判員は女性5人、男性1人とありますので、男たち、という部分は時代遅れに響きます。1957年製作のアメリカ映画ですので、当時は裁判員、正確には陪審員は男性だけから選ばれていたのか。現在はどうなのでしょうか?

 最初から有罪を宣告されたも同然の黒人青年に対する審理を通して、陪審員それぞれの人間模様が浮き彫りにされた名作です。一番印象に残っている場面は、陪審員の一人が「今日は野球のチケットを買ってあるので試合が始まるまでには球場に行かなくちゃ」とトイレで話す場面です。その気持ち、よく分かります。不謹慎だ、ふざけるな、という声が聞こえてきそうですが、私には登場人物の気持ちがよく分かります。

 英語の勉強にと英語の字幕付きのビデオをわざわざ買って何回も見ましたが、さっぱり分かりませんでした。一度はご覧になる事をお勧めする傑作です。ヘンリー・フォンダは名優ですね。荒野の決闘から黄昏まで、実に様々な映画に出演しています。私生活では女性問題で物議を醸したのはご存知のとおりですが、それとこれとは別問題、なのでしょう。調べてみると生涯に5回も結婚しているそうですが、要は女性にもてた、ということであって、私のようなモテない男が妬むような問題ではないのです。でも5回も結婚生活をリセットするって、他人事ながら大変でしょうね。

(●^o^●)

 とにもかくにも、一般市民が裁判に参加する、という歴史的な大事業がスタートした年として、2009年は記憶されるでしょう。

20090804(火曜日:晴れ)

 昨日の梅雨明けで静岡県も猛暑日となりました。いよいよ夏本番です。今年はウインドウズの最新版ウインドウズ7が発売されます。ビスタが不評でマイクロソフトの思惑通り既存のパソコン・ユーザーがバージョン・アップしてくれませんでした。

 私がウインドウズを利用し始めたのはバージョン3.1からでした。それまではパソコンは日本のメーカーが独自の基本ソフトを載せたパソコンが売られていました。したがってNECのパソコン用のソフトは富士通製のパソコンには使えない、という今では考えられない不便な状況だったのです。

 そうした状況を打破したのがウインドウズでした。しかし現実にはバージョン3.1が出るまでウインドウズは使い物になりませんでした。今でもふと想像するのですが、アップルがもう少し上手に市場を掴んでいればパソコンの基本ソフトはウインドウズでなくてアップル製の基本ソフトになっていたかもしれないのです。

 マッキントッシュと呼ばれたアップル社製のパソコンは、マニアには垂涎の的でした。つまりは高くて手が出ませんでした。それがクラシックと呼ばれる機種が発売され一般の人でも手の届く値段になった時にはすぐさま注文をしたものです。当時3ヶ月でしたか、6ヶ月でしたか、待たなければ届きませんでした。今は倒産してしまいましたがステップというパソコン通販会社が大人気でした。

 ネットによれば、

(1990年の10月にMacintosh Plus、Macintosh SEの後継機種としてリリースされた。スペック的に際立った特徴はないが、40MBのハードディスクを内蔵して298,000円という、当時の印象としては画期的な低価格だった。)

 と、あります。とにかく注文後、待ち遠しかったのを覚えています。今では考えられないほど狭く、ただの白黒画面のパソコンが本当に可愛くてならなかったのですから、実に不思議でした。アップルの魔術です。面白おかしくも何ともないウインテル・パソコンとは全く別の世界の品物でした。

 しかし何と言っても多勢に無勢です。ウインドウズ95の発売で帰趨は決しました。そしてビル・ゲイツは世界一の富豪に駆け上ったのです。

 標準というのは如何ともしがたいものです。それが優れたものであるかどうかが問題なのではなくて、標準かどうか、だけが問題なのです。つまりはスタンダードということです。

 ウインドウズが標準になる前には、富士通のタウンズというマルチメディア・パソコンが頑張っていました。パソコンから音が出る、というだけで昔はびっくりしたものです。CD-ROMを標準で搭載し映像と音を同時に楽しめたタウンズは時代の最先端を走っていました。「奥の細道」というタイトルのCD-ROMが発売されていました。芭蕉が辿った場所の綺麗な写真とともに朗読が楽しめました。確か女優の竹下景子さんが朗読されていたように思います。

 恐竜と一緒でタウンズは今では絶滅種となりました。大枚をはたいて買った私が愚かでした。標準から外れたものには、何の価値もなくなってしまいます。ソフトの開発が行われなくなるからです。

 今ではインテル社のCPUとマイクロ・ソフト社のウインドウズを搭載したパソコンがウインテルと称して標準となりました。手を変え品を変え世界中の会社が色々なパソコンを出していますが、殆どは台湾の会社に製造を委託しているに過ぎません。日本の会社はパソコンの生産から、早々に撤退し利益の出る事業に集中したほうが良い、と思うのですが、なかなか難しそうです。IBMが成し遂げた事業転換は日本の会社には至難の業なのでしょう。

 どんな製品も値段の勝負になった途端、日本の会社の出番はなくなります。自動車がそうならないことを、心から願っています。

20090806(木曜日:晴れ)

 曇天のため今朝は暑さも一段落。ウォーキングに出かけましたが日差しがないためか、それほど汗もかきませんでした。梅雨が明けた途端にセミが大合唱を始めました。

 ウォーキングの途中でいつも通るお寺があります。親鸞でしょうか、銅像が立っているのですが、これまでは朝の静寂の中で手を合わせる親鸞さんが一人寂しげだったのですが、梅雨が開けた途端、裏山のセミが大合唱を始めました。朝通ると親鸞さんの代わりにセミが説法しているような気がしてきました。その様子は、2009フォト575でご覧ください。

 昨夜はオーストラリア在住のジャーナリスト北村 元さんとSkypeで久しぶりに語り合いました。16日に迫った枯葉剤被害者支援の旅の打ち合わせのためです。メイルではしょっちゅうやりとりしているのですが、時間の関係で細部を詰める必要があり電話で話し合いました。

 本当にすぐ目の前で北村さんが話しているかのごとく鮮明な音声が流れてきます。10年以上前に世界中の人々とインターネット電話で、汗だくになりながら聞き取りにくい音声を必死に理解しようとしていた頃が懐かしく思い出されました。すごい世の中になったものです。

 北村 元さんは昭和28年生まれの私とは一回り違う大先輩なのですが、その若々しさには脱帽です。気力も体力も、もちろんその知性も、見習うことばかり。色々な点で意気投合しましたが、若いはずの私が付いていくのに精一杯です。あと二週間でお会いできます。それまでお互いに健康に注意しましょう、と言ってパソコンを切りました。

20090807(金曜日:曇り)


ホオズキ(鬼灯、酸漿)

雨上がり。ホオズキ(鬼灯、酸漿)の実が大きくなってきています。


 昨夜は沼津西RCの納涼夜間例会。沼津東急ホテルで親睦を深めました。井上会長・杉山幹事のご指導のもと、ベトナムさわやか支援隊への義援金にみなさんが協力してくださいました。おかげで思いもかけず多額のご支援を頂きました。心より感謝申し上げます。

 北村 元さんとも相談し、奨学金としてベトナムの子ども達が勉学に打ち込める一助にしていただく予定です。物品ももちろん大切ですが、人を育てることに少しでもお役に立てれば、それは未来のベトナム社会の礎となります。社会を作り上げるのは、何より人ですから。

 ベトナムとは、EPA協定も締結され日本との関係はますます深まるでしょう。勤勉な国民性とも合わせてベトナムが豊で平和な国作りを続けていくことを願っています。

 昨夜は疲れが溜まっていたためもあって、いささか悪酔いしました。寄る年波には抗いようもありません。

(●^o^●)

20090808(土曜日:曇り後快晴)


夕焼けと富士山

我が家の窓から見た西の空。夕焼けと右端に富士山が見えます。



 午後から快晴になりました。本当に暑い一日でした。午後から親友の大村保二さんがベトナムの子ども達に、と文房具をたくさん自宅まで届けてくれました。木曜日にはカンパをいただき、今日は文房具と有難い事です。ご自身もミャンマーに奥様と出かけてきたばかり。その行動力には頭が下がるばかりです。

 夕方我が家の三階から綺麗な夕焼けが見えました。富士山と一緒に何とか画面に収めましたが、ちょっと無理でしたでしょうか?

20090809(日曜日:曇り時々晴れ)

 暑い一日でした。今日は新沼津GCの月例競技。メンバーは前回ご一緒した皆さんと、たまたま同じでした。東京から来られているのですが、私よりも一回り以上の大先輩ばかり。しかし皆さん本当にお上手です。74歳になられる歯科医のNさんは、そのスイングの力強いことは私などより遥かに上。何か秘訣があるのですか、とお聞きすると、ウォーキング、素振り、筋トレと鍛錬を毎日欠かさないとのこと。

 何事も努力あるのみ。努力せずに簡単に楽して上手になろう、金持ちになろう、なんてそんなうまい話が世の中にあるわけがありません。その人のその日の姿は、それまでの毎日をどのように過ごしてきたか、その結果に過ぎません。「学問に王道なし」とは全てに当てはまることを再確認した一日でした。

 それと、もう一つ自分にとって大きな発見だったのは、日傘というものが、こんなにも効果のあるものかと知ったことです。カートには乗らず、いつものようにラウンド中はひたすらコースを歩いたのですが、先月は暑さにやられて最後はバテバテ。何とか負担を減らす方法はないだろうか、と今日は日傘を差してひたすら直射日光を避けました。

 その効果かどうか、最後になっても前回ほど疲れませんでした。暗い室内で日頃仕事をする自分にとっては、直射日光のもとで活動するのは、かなり負担になるのでしょう。日差しのもとで毎日仕事をされている皆さんに改めて敬意の念を持った次第です。

20090810(月曜日:曇り時々晴れ)

 台風9号が近づき、東海地方もこれから夜にかけて大雨の心配があります。そんな天候の中を拓が東京から無事に帰ってきました。今週一杯こちらにいてくれそうです。会うたびに社会人として成長しているのが眼に見えて分かります。

 健康で毎日を送っていてくれれば、それだけで安心するのが親というものですが、子ども達は、これからが社会人としての勝負時。一日、一日を大切に過ごして欲しい、と願うばかりです。

20090811(火曜日:地震)

 台風9号の影響で朝方から雷雨。雷が近づいてきたかな、と思っていた午前5時すぎ。激しい揺れが沼津を襲いました。突き上げるような地震とは、あのような揺れを言うんでしょう。怖かったです。ついに東海地震が来たかと一瞬思いましたが、幸い長くは続きませんでした。

 机の上の本立てが倒れましたが、それ以上の被害はありませんでした。それでも、親兄弟親戚から続々と電話がかかって来ました。有難い事です。辻堂、逗子、川口とそれぞれの地域で揺れに大きな差があったようですが、幸いどの家も被害は無いとのこと。

 この家も建てる時は関東大震災クラスの地震が来ても大丈夫なように設計してあります、との説明は受けているものの、やはりこれだけ揺れると恐怖を感じました。天変地異は恐ろしいですね。

20090812(水曜日:曇り)

 昨日の地震で東名高速道路が一部通行止め。路肩が崩れて通行できなくなりました。徹夜の作業にもかかわらず開通は明日にずれ込む模様です。やはり東名は一番の大動脈。代替道路が必要なのでしょう。道路公団が計画した第二東名道路は最高級の豪華絢爛道路。7兆円とも言われる建設費が必要です。何でもいいからどんどん造れば良かった時代の遺産のようなものです。

 今夜帰ってくる予定の娘たちも高速バスが予定より大幅に遅れる模様。さてさて何時になったら家に着くことができますか。元気で帰ってきてくれれば何時でもいいのですが。

 心配していた娘たちも何とか23時前に家にたどり着きました。路肩の強度不足から地震で東名高速道路が崩落し復旧に手間取っているため、迂回路も大混雑。これから本格化する、お盆のための混雑に影響が及ばなければいいのですが。

20090813(木曜日:曇り)

 今日は午前中診療した後、午後から医師会に出かけ三歳児検診の写真判定をしました。道すがら市中病院に立ち寄って、以前私が大変お世話になった方の往診をしました。脳出血で倒れて五年。リハビリの毎日です。

 意識レベルも残念ながら完全には戻っていません。それでも、お顔の色艶も大変よく、前回の往診時よりずっと回復されたように思えました。ちょうど昼食後でお休みでしたが、奥様が私の名前を呼んで、「往診に来てくれましたよ」と言われた途端、ぱっと眼を見開き私の手を強く握り締めてくれました。お元気な時、様々な場面でご指導していただいた日々が一瞬に蘇り、目頭が熱くなるのを抑え切れませんでした。一日も早い快癒を祈るばかりでした。

二人でテニス

愛鷹運動公園のテニスコート。曇り空で助かりました。

 夕方からは、拓と久しぶりのテニス。17時からしかテニスコートの予約が取れず、その後の楽しい家族での酒宴の開始が遅くなるのが嫌だったのですが、実際テニスを始めてみると17時からで良かった、と思いました。曇り空で少し風のある、テニスには一番楽なはずの天候なのですが、辛いこと辛いこと。走り回るたびに汗だくになり、次第に脚も動かなくなり動悸まで始まる始末。

 拓が大学に入ってテニス部に所属して以来、旅行に行く度に拓とはシングルスをしてきました。でも、いつ頃からでしょうか、間違いなく昨年の夏のテニスでは、私自身が熱中症になってしまい終わってから大変苦しみました。5年前には沖縄の真夏の炎天下でテニスをしても、とくだん死ぬ思いをした記憶は無いのですが、これが寄る年波、ということでしょうか。

 拓も社会人になってからはテニスをする機会も無かったためか最初のセットではサーブが入らず苛立っていたようです。それでも性格そのものの粘り強いテニスに、こちらは次第に形勢が悪くなるばかり。結局ワンセット・オールで引き分けでした。

 終わった後は充実感で一杯です。息子とテニスができる、ということは、まずは自分自身が健康でなければできません。付き合ってくれる息子にも感謝、感謝です。少なくとも私自身は父とこんなに時間を共にした記憶はありません。その点では、本当に拓には有難い気持ちで一杯です。幸せな父親です。

居酒屋で乾杯

五人で一杯は久しぶり。予約で満員でした。

 夜は近所の居酒屋で家族五人、ずいぶんと飲んで食べました。私は明日も仕事。杯に伸びる手も躊躇しがち。それでも実に美味しいお酒でした。最高のひと時です。来週からはベトナム支援の旅に出発。昨年は家族と一緒でしたので気楽だったのですが、今年は子ども達も学業に忙しくて一人での参加となりました。いささか気が重いのですが、自分にできることを精一杯やるしかありません。

 人様のお役に立てるということは、本当に嬉しいことですし、それが一番の幸せなのでしょう。幸せは人様から分けていただくもの、と最近心底思うようになりました。

20090815(土曜日:晴れ)

 終戦記念日です。蝉時雨が降りしきる中、64回目の敗戦日です。今月は総選挙が行われ、ひょっとすると政権交代が起こるのではないか、と予想されています。戦後を支えた官僚・自民党のシステムも錆付いてしまい、ほころびばかりが目立ち始めました。

 開発途上国的な段階では有効だった中央集権体制も、今の日本では国民生活への細かな支援に結びつきません。何百億単位でダムを作ったり道路作ったり、農家に米を作らせないようにするために何兆円も税金を投入することのおかしさを国民もそろそろ気づくべきです。

 集めたお金の流れを変えないといけません。私としては新政権に、寄付金制度を改革して欲しいと思っています。分かりやすく、消費税と同じ比率だけ総所得から寄付金を控除できる、というシステムです。そうすれば、身近に活動しているNPO法人などに、今より確実に活動資金が流れ国民生活が円滑に回るはずです。

 活動する人々が、いつもいつもお役所に、いわば御願いに行かなければならない今の状況は、かなり屈辱的です。本当に素晴らしい活動をしている人々を自分自身のポケットで国民が直接支えなければいけないのです。それにより地域活動に参画する機会も増えるかもしれません。関心を持つ機会は確実に増加するでしょう。地域が活性化するとは、そういう事から始まるのではないでしょうか。

 この夏の総選挙が、ぜひともそうした日本社会の大きな変革と進歩の出発点になって欲しいと心から願うのです。自分を育ててくれた、この素晴らしい日本社会が、さらに成長することを願ってやみません。


 さて、今日は午後から東京へ行き、拓とインカ展を見学する予定です。宿泊して明日は、いよいよ枯れ葉剤被害者支援ベトナムの旅に出発です。とにかく元気で帰ってこなくては。その様子は、帰国後に掲載予定です。

国立科学博物館前にて

東京に帰って、さっそく拓と一緒に上野の科学博物館に行きました。「黄金の都 シカン」展を見るためです。拓がこうした考古学的な展示に興味があるとは知りませんでした。夜は例によって二人で一杯やりました。ただ明日は成田へ早朝でかける予定ですので、ほどほどで切り上げました。次回は来月の野球見学です。


20090816(日曜日:晴れ)

 いよいよベトナムへの旅です。朝6時50分発の京成上野駅発スカイライナーに乗りました。拓には7時13分で行く、と前日伝えてあったのですが、少し早く駅に着きましたので一本早めの電車に乗りました。
 
 ところが、電車に乗ってから拓に連絡すると、見送りに駅まで拓が来てくれていたとのこと。本当にごめんなさい。拓なら、ひょっとしたら来てくれるかな、とは思いながら、それを言っては無理強いすることになるので前夜は触れませんでした。本当にごめんね。