2012年1月12日(木曜日:晴れ)


 今日は勉強することについてお話します。今日の私の話を聞けば、今まで50点しか取れなかった試験の点数が次回から90点になるのではないか、と期待されているかも知れませんが、それは絶対にありません。保証します。

 今日は二点お話しします。なぜ勉強するのか、そしてどのように勉強するのか、です。

 まずは人はなぜ勉強するのか、あるいは、なぜ勉強しなければならないのか、という問題です。人は自立するために勉強しなければならない、と私は考えています。人は社会の中でしか生きていくことができません。今はご両親が守ってくれていますから、皆さんは、いわば温室の中で自然の脅威から守られながら成長している段階です。しかしいつまでも温室の中に居るわけにもいきません。いったん温室を出れば、そこにはあらゆる災害・災厄・艱難辛苦が待っています。クラブでスポーツをしている人は分かると思います。実際の試合では、無理難題のオンパレードです。どう対応したら良いのか。それを学ぶためにクラブで練習を重ねるわけですが、勉強することは、実社会での無理難題に、どう対応すればよいかを学ぶことなのです。

 自立している、ということは、実社会でのこうした様々な問題にどう対応したらよいかを自分の頭で考えることができる、ということです。ただし、そのことは必ずしも解答を、常に自分で用意できる、ということを意味するわけではありません。

 お金を稼ぐことができるようになるために勉強する、と考えている人もいると思います。もちろん、それも大切な点です。しかし、少し綺麗事に聞こえるかもしれませんが、お金は結果であって、目的ではありません。お金が目的になった人生は、決して幸せなものではありません。いや、こう言えるかもしれません。お金を稼ぐことが人生の目的にならないために、私たちは勉強するのだ、と。

 自分が本当に好きなことを続け、そしてその結果として金銭的に豊かになれば、これが最高の人生です。例えば、アップルのスティーブ・ジョブズさんのような人生です。いや、こうも言えるかもしれません。自分が本当に好きなことは何なのか、それを知るために私たちは勉強するのだ、とも。これは、とても大切な点です。

 私の友人に公認会計士の人がいます。彼と話をしていて、大変興味深かったのは、こんな話を聞いた時です。商学部に入ったのですが、入学するまで自分はどんな職業につこう、とは彼は決めていなかったそうです。大学に入って、会計学の講義を聞いて、はっと気づいたそうです。自分が本当に好きなことは、これなんだ、と。それから勉強に勉強を重ねて公認会計士の試験に合格しました。この話を聞いて大変興味深かったのは、自分との違いでした。子供の頃から病弱だったために、中学校の時には医師になろう、と決めていた自分としては、大学に入ってから、一生の職業を決めた彼との違いが、とても面白かったのです。慌てる必要はない、と私は思います。社会に出てから、あるいは会社や組織に所属し、実際に仕事を始めてから、本当に自分がやりたいことを発見することも、よくあるからです。

 大切なことは自分と常に対話することです。対話というのは、他人とするものだ、とみなさんは思っているかもしれませんが、本当に大切なのは、常に自分と向き合うことです。劇作家の「鴻上尚史(こうかみ しょうじ)」さんが、成人の日にあたり、「成人するあなたへ」と題してある新聞に一文を寄せています。副題は、「本物の孤独と出会おう」です。孤独には、本物の孤独と偽物の孤独があって、本物の孤独とは、「一人で自分と向き合うこと」と書かれています。私なりに言えば、本物の孤独に耐えることができるように、私たちは勉強しなければならないのです。試験勉強だけが勉強ではないのです。

 第二点。実際的な話です。どう勉強すれば良いか、という点に移ります。

 まず大切なのは、人生は不公平だ、ということ、それを受け入れることです。そして、ただ一点だけ誰にとっても公平に与えられているのは、一人24時間の時間だけだという事実です。あとの全ての点は、全くの不公平です。才能、環境、まさにピンきりです。これから皆さんを待っているのは、世の中には、自分と比較して、想像もできないほど頭の良い人がゴマンといる、という事実です。ですから、同じ100という結果をだすのにも、50という才能なら、2を掛ければ100になります。ところが、2の才能しか無ければ、50を掛けないと100にはなりません。つまり、50の才能の人と2しか才能のない人が同じ結果をだそうとすれば、25倍努力しなければならない、ということです。私自身、なぜこんなに頭が悪いのか、親を恨んだことは、一度や二度ではありません。もっとも今では、同じように自分の子ども達から恨まられているに違いありませんが。

 競争試験と資格試験では取り組み方が全然違います。競争試験では、99点を取っても、他の受験者がみな100点を取れば合格することはできません。ですから、ものすごく記憶力が良い、あるいはいわゆる頭が良い、という人以外は、人より良い得点を取りたければ、まずは人より長く勉強することです。そして、大切なのは良い先生に付くこと、あるいは良い参考書とめぐり合うことです。クラブ活動で考えると容易に理解できると思いますが、監督さんの力量で発揮できる能力に雲泥の差が生じます。そして参考書です。高校時代、理科系でしたので物理を選択したのですが、高校3年生の最初の物理の試験の点数が29点でした。進路指導では、この成績では100%合格できない、と言われました。それから本屋に直行して必死になって参考者を探し、自分に取ってとても分かりやすい本に巡り会えました。その後物理がとても楽しくなったのを覚えています。

 大切なのは、自分と向き合い、自分をよく知ることです。理解力はあるのだが、記憶力が悪い人。逆に記憶力は良いのだが理解力に欠ける人。十人十色です。まず自分を知ること。そこからしか、何事も始まりません。記憶力が悪いからといって悲観することはありません。例えば自分の名前を忘れてしまう人は、この中にはいないと思います。なぜでしょう。毎日使っているからです。毎日、毎日続ければ大抵のことは覚えられます。

 集中できる時間も人によって違います。私は50分が限界でしたので、50分勉強して10分間音楽を聞いて気分転換しました。夜型朝型も重要です。私は朝型でしたので、大学受験の時ですら、夜の12時を過ぎて勉強することはしませんでした。その分、朝早く起きて机に向かいました。一人では気が散ってしまう人。逆に一人では集中できない人。様々です。自分の部屋でないとダメな人と、図書館でないと勉強できない人。自分はどちらなのかを見極めることが重要です。

 資格試験は、どうでしょうか。例えば医師国家試験もそうです。これは競争ではありませんので、最低限の知識さえ身につければOKです。つまりは、60点を取れれば良いので、90点を目指す必要がありません。ですので、大切な部分に焦点を絞って、後は捨てても良いのです。決して100点を取ろうとしないことです。

 さて最後になりましたが、今皆さんは、競争社会の玄関口に立った、と言えます。これからは否応なしに、勉強し競争しなければなりません。しかも私たちの世代以上に皆さんが大変なのは、世界と競争しなければいけない、という点です。戦後日本は大変恵まれた国際的立場に置かれました。まさにラッキーだったのです。経済は右肩上がりに発展し、昨日よりも今日、今日よりも明日、誰もが豊かになれる、とみんなが確信していました。今歯車はまさに逆回転を始めています。昨日より今日、今日より明日、誰もが貧しくなるのではないか、と怯えています。

 世界中の若者が大学に通い始めています。「教育の普及が世界にもたらす深刻な影響」という記事がありました。かつて先進国のごく一部の人々だった大学卒業生の数が、途上国を中心に爆発的に増えているのです。高学歴の人々は、そうれだけ生産性が高いと考えられ高い給料を払う必要があり、そのために製造業が必要だったのです。ところが世界中で大卒者が増えました。特に中国の若者が製造業で働くようになった影響が大きいのです。中国の1人当たりGDPは上昇したと言っても、いまだ3270米ドルであり、日本の10分の1です。その中国の2010年の大卒の数は630万人にもなっています。日本の10倍です。日本の製造業が海外に流出しているのは、必ずしも円高だけの影響ではないのです。もはやかつてのようにモノ作りだけで日本の若者を食べさせていくのは、難しいのです。

 新しい「移動する生き方」が始まった、という指摘があります。皆さんはTBSテレビで放映された「99年の愛」という番組をご覧になりましたか。日系アメリカ移民の物語です。かつて日本は移民を排出していたのです。国内では食えなかったからです。海外移住事業団が国際協力事業団(JICA)に衣替えしたのは、ほんの最近、1974年のことに過ぎません。

 1998年、オランダのアムステルダムの国際学会に出席した私は、運河を巡る遊覧船でインドから来た女性アンナさんと話す機会がありました。彼女の一家はドバイに移住し生活していました。彼女自身はシリコンバレーのベンチャー企業に勤めていたのです。華麗な一族と思いきや、彼女はこう言っていました。日本人が羨ましい。インドでは国内で食えないので、やむを得ず国外に出稼ぎに出ざるをえないのです、と。いま中国、インドをはじめ東南アジアに駐在している日本人が増えています。日本の会社にとっては、日本国内だけでは食えなくなっているのです。それは、むしろ駐在というよりは移住に近いのです。「移動する生き方」の始まりです。

 皆さんは、これから世界を相手にしなければなりません。しかしながら、それは負担であると同時にチャンスでもあるのです。どうか前向きに捉えてください。

 最後になりますが、生きていく上で私が一番大切だと思う言葉を紹介します。それは、進化論で有名なダーウィンの言葉です。

 『最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である』