2014ハワイの旅

2014年月 08 月 29 日 (金曜日:)-09 月 03 日 (水曜日:)


■結婚30週年を記念して、昨年ハワイ旅行を楽しみましたが、今年はTakuの大学院修了を記念して、三人で出かけました。今回はマウイ島観光にも出かけましたので、これでカウアイ島、オアフ島、マウイ島、そしてハワイ島と四大諸島を全て回ることが出来ました。

 昨年同様色々な出会いがありましたので、想い出深い旅行でした。今回はデジカメだけでなくスマートフォンも携帯しました。スマートフォンで撮った写真やビデオは自動的にグーグルにアップされて保存されていますので、画像はデジカメに若干劣るものの、使い勝手はむしろ勝るほどです。

■Day 1 ( 20140829 )

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 成田空港を 19:50 JAL JL 0786 便で出発しました。ホノルル現地時間 08:20 に到着。10:48 ハワイアン航空 HA 0208 便にてハワイ島ケアホレ空港コナ着。昨年利用した GO 航空は倒産したのか、影も形もありませんでした。ハワイアン航空に吸収されたのかもしれません。何社もが飛行機を飛ばして利益が出るとも思えませんでした。バスでヒルトン・ワイコロア・ビレッジに向かいました。

 ホテル内を散策しプールにも入りました。

 夜はホテル内のイタリアン・レストランで美味しい夕食を頂きました。Sunがチーズが食べられないということで、ずいぶんとシェフに面倒をかけました。注文をするのも一苦労でした。

■Day 2 ( 20140830 )

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 さて今日は朝からバスに乗って、ハワイ島をぐるり一周の旅です。昨年は、コージさんというガイドさんが付いてくれて楽しい一日でした。

 夜の星空が最高でした。今回は星空ツアーが残念ながら組み込むことができませんでした。

■Day 3 ( 20140831 )

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 昨日はハワイ島一周の旅。天候にも恵まれて楽しい一日でした。

 今日は午前中のハワイアン空港 HA 0277 便でホノルルに戻りました。ヒルトン・ワイコロア・ビレッジからケアホレ空港コナ発便に乗る時には、旅行社が用意したタクシーに送ってもらうのですが、運転手の方がいつも話すのは、その途中で、右手の海岸には IT 企業の超有名人が別荘を持っている、という内容です。デル・コンピューターのマイケル・デル。オラクルのラリー・エリソン。

 そして鳥は、マイクロソフト社の創業者ビル・ゲイツだったか、ポール・アレンだったか、スティーブ・バルマーだったか忘れましたが、要は IT 業界で超の付く大金持ちが、そろってハワイ島に別荘を持っているのが興味深いところです。

 ホノルルでの投宿先は、ヒルトン・ハワイアン・ビレッジ ワイキキ ビーチ リゾート。20年ほど前に白内障手術の勉強会でハワイに来た時も、このホテルでした。あの時に講師の一人として指導してくれた大鹿先生は、その後筑波大学の教授に就任され、2014 WOC 世界眼科学の学会長として辣腕を振るわれました。私にとっても思いでのホテルです。

■Day 4 ( 2014年09月01日 )

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 さて今日はマウイ島へのオプションツアーです。何と朝の4時に起きてホテル横にある JTB の事務所前に四時半に集合しました。昨年はハワイ島とカウアイ島へ行きましたので、今日のマウイ島への旅で、ハワイ諸島の大きな4つの島には全部行ったことになります。

 それぞれ特徴があるので、どれが一番良い、という問題ではなさそうです。

■Day 5 ( 20140902 )

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 昨夜はハワイアン航空でホノルルに戻りました。空港で世話をしてくれたのが日系人の方で、アメリカに住んで 39 年になる、と言われていました。仕事でアメリカに来て、こちらで日系人の奥様を娶られ、そのままアメリカに住みつかれたそうです。

 よく喋る方で、日本の現状に我慢がならないのか、しきりに私たちに日本の現状を問いただすのです。一時間以上空港の搭乗口前で話し込みました。

 この方はビジネスマンとして活躍されたためでしょうか、また息子さんが歴史家になりたくて大学に残られたそうですが、残念ながらその夢はかなわず弁護士としての道を歩んだそうです。そうした道を辿ったのも父親の影響でしょうか。歴史に大変詳しいのです。

 イギリス人が外国語を喋っていた時代があったが知っているか、と質問してきます。たぶん言わんとしているのは、ノルマン人の王ウィリアムズによるイングランド征服(ノルマン・クエスト)が起こり言語環境が一変した時代のことを言っているのだろう、と想像しましたが、正解だったようです。

 とにかく次から次へと矢継ぎ早とも言えるほどのスピードで話しまくるのですが、こちらも黙っていてはいけません。アメリカにおけるティーパーティー運動の現状はどうなのですか。ロン・ポール議員は支持を得ているのですか。なぜアメリカは戦争ばかりしているのですか。

 それにしても、あのように衒学的、というのか、知識をひけらかす人は、あまり感心しません。相手に対する敬意というものを感じさせません。やり込めるというのか、言い負かす、というのか、アメリカ人が皆そうであることもないのでしょうが、もとが日本人であるだけに、なおさら男らしくというか、マッチョというか、弱いところを見せられない、と感じているのか、本当に知性のある人はあのように相手を威嚇するものではない、と感じたほどでした。

 彼の言うことで特に感じたのは、アメリカ人が強く持つ自立心です。ですから彼に言わせると日本の生活保護という制度ほどアメリカ人が忌み嫌う制度はない、というのです。もちろんアメリカにも、そうした援助制度がありますが、それはフードスタンプ、という形であり現金の支給はないそうです。食料品を買うためのスタンプであり、買うことのできる品目にも制限があるようです。

 日本のように働かない人々にも現金を支給する、という仕組みは、アメリカ人が許すことのできる限界をはるかに超えているそうです。とにかく懸命に働く。自分の食い扶持は自分で稼ぐ。それがあって初めてアメリカ人だ、という発想なのです。アメリカ人が最も忌み嫌う言葉の一つに「社会主義」がありますが、その意味するところは、働かざるもの食うべからず、という信念が根底にある、ということなのです。

 政治に対する思いの違いも感じました。とにかく国を作るのは自分たちだ、という強い信念を感じました。田舎の本当に小さな集会から積み上げていって大統領を選ぶ。その過程こそがアメリカ民主主義だ、という強い信念です。政治に対して異議申し立てがあれば、直接それを自分たちが選んだ政治家にぶつけていく。その過程が民主主義だ、というのです。

 あの号泣した県会議員のことも、ご存知でした。なぜ日本人は、あのように愚かな政治家を選ぶのか、と詰問されました。日本に住む日本人なら、さもありなんとして、とくだん驚くような事件でもないのですが、彼から見ると腹に据えかねるようでした。つまりは選ばれた議員のレベルが選んだ自分たちのレベルだ、という信念があるのでしょう。だから許せない、という発想になります。

 日本人が、それほどの思いで代表を選んでいる、とはとても思えないので、なんだかチグハグな気持ちのすれ違いを感じました。でも確かに彼の言うことの方が正論です。筋を通して行動している政治家が軒並み落選する一方で、公約を反故にして反省もしない政治家がトップ当選する。本当に日本人は政治を通して日本を作り上げようという信念を持っているのだろうか、と疑問に思ったりした自分としては、彼の説は誠にご説ごもっとも、としか言いようがありませんでした。

 アメリカ人になった日本人、という立場の違いはあったとしても、彼の意見は、いわゆるグラスルーツのアメリカ人の考え方を反映しているに違いないのでしょう。元は日本人だった彼からアメリカを強く感じたのは、とても皮肉なことでしたが、大変良い勉強にはなりました。

■Day 6 ( 20140903 )

帰国の際の DELTA 便

 いよいよ最期の日です。空港へ行くまでに時間がありましたので、朝食後にTakuと一緒にプールに入り、部屋に戻ってみるとSunが大慌て。帰りのJAL 便にトラブルがあって大変なことになっていたのです。

 急遽 DELTA 便に変更になったのです。