2014年10月25日(土曜日:晴れ)
順番 | 被害者名 | 生年月日 | 親の名前 |
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一軒目 | HA VAN VIET(ハー バン ビェット) | 1986年 | 母 TRAN THI KIM KHANH(チャン ティ キム カィン 61 歳) |
母一人子一人で暮らしている。母は1953年の生まれ。1973年に軍隊に入隊。後方支援の作業をしていた。76年に帰郷。従軍した場所は枯葉剤が多量に散布された。86年結婚。長男の出産後、夫は家出。会社勤めで息子を育てる。国防省などの支援で、今の家を建てた。ここで雑貨店を経営。補助金は母は150万ドン。息子は120万ドン。
長男は生まれた時から障害あり。肝臓疾患があり、尿の色がおかしかった。治療して色は戻った。右手、右脚は麻痺。左手でスプーンは持てる。会話はできるが発音が不自由で、母にしか分からない。幼稚園に通わせたが付いていけなかった。小学校への行っていない。生後から母が付ききりで面倒をみている。
医師からの薬のみならず漢方薬も服用。少し回復した。以前は痩せていたが漢方薬のお陰で体重が増えた。自分の名前と母親の名前は、何とか書ける。忙しい時は店番ができる。
本人は通院はできないので母親が病状を説明して薬を処方してもらっている。気分の波が激しい。母親には優しい。二人は添い寝している。トイレが一人ではできない。手術すれば手足も動くようになる可能性もあるが、手術を受ける手続きが大変。発音が拙くて母親しか理解できない。
父親は他の人と結婚している。
2011年に国などの援助で、この店を建てた。近所の人々と息子が交流してくれることを願って建てた。
母親の兄弟は7人。三人は亡くなった。家を建てた時には、少し援助してくれた。時々助けに来てくれる。
順番 | 被害者名 | 生年月日 | 親の名前 |
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ニ軒目 | NGO DUC NAM (ゴー ドック ナム) | 1978年 | 父 NGO DUC CHUC ゴー ドック チュック( 62 歳) |
父親が精神障害のある息子さんの面倒をみている。
庭にある動物小屋のような所に息子さんを隔離している。二階建ての小綺麗な家。それなりに豊かな感じ。
1968年に従軍。中部、ラオスとの国境地帯で戦う。周囲の森は枯れていた。枯葉剤の散布は実際には見ていない。周囲の川の水を、よく飲んだ。
1974年に帰郷。子供は4人。長男の二歳時に痙攣。それ以後問題なかった。大学も出て就職。1年半で精神障害出現し家に戻った。色々な病院に入院し治療したが、回復していない。
息子の障害年金は月に122万ドン。父親年金は月に500万ドン。母親年金は月に300万ドン。次男、三男に障害はない。三年前から症状が悪化。暴力沙汰を繰り返している。
病院からの薬は無料。その他に市販の薬を購入している。一日中喋っている。フランス語も。大学で勉強していたから。
病気が枯葉剤の影響かどうかは、国に判断してもらった。父親は気づいていなかった。枯葉剤の影響だと初めて診断を受けた父親は、従軍していた時に飲んでいた川の水が悪かったと思う。自分は仕方ないが、愛する息子がそのために苦しんでいるのは悲しい。アメリカとの戦争は、本当に嫌いだ。
息子さんの将来が心配だ。自分の余命は短い。国の施設に面倒をみてもらえば有り難い。家族は仕方ないが、息子が暴力沙汰を繰り返して近所に迷惑をかけるのは辛い。