マラニック

(土曜日:晴れ)

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■昨夜は成ちゃんと久しぶりに、ゆっくりと話をしました。同級生とは良いものです。積もる話が尽きません。県立中央病院の部長として重責を務めているのですから、大変な毎日でしょうが、真面目な彼のことですから、手を抜かずにストレスを溜めているに違いありません。4時間以上四方山話に花が咲きました。

 今朝の天気予報では、午後は荒れ模様とのことでしたので、思い切って朝食前に走ることにしました。本当は北海道マラソンのコースを辿ることができれば最高なのですが、さすがにそれでは学会に行けなくなります。

 大通り公園から円山公園、そして北海道神宮を巡る10キロ超のマラニックです。一時間四十五分をかけて澄んだ空気の中を気持ちよく駆け抜けることができました。

 こんなことが出来るようになったなんて夢のようです。仲間のランナーからは、色々な行事や講演で訪れた土地で走っている、という話を聞くのですが、とてもとても私のレベルでは、夢のまた夢、と諦めていました。ささやかな試みなのですが、一歩前に踏み出した、ということでは、自分を変えるための勇気を持つことができた、と嬉しい限りです。人生で大切なのは、一歩前に踏み出す勇気だ、というのがアドラー心理学の教えですから。

 さて、どこを走ろうかと迷ったのですが、最初ですから途中で迷う事のないように、大通り公園を西に向かってひたすら走りました。円山公園があり、その先には北海道神宮がありました。初めて訪れました。Wilipedia によれば、

 江戸時代から松浦武四郎による石狩大社の構想などがあり、蝦夷地・石狩に大社を建てる構想は早くからあった。

 箱館八幡宮の宮司菊池重賢は、箱館八幡宮の末社としてサッポロに石狩鎮守八幡宮を建立する案を持っていた。この案は神祇管領の吉田家により承認されていたが、開拓使の設立によって実現はしなかった。後に菊池重賢は北海道神宮(当時は札幌神社)の事実上の初代宮司となった[1]。



 
 新千歳空港内に向かう帰りの電車の中にあったJR北海道のパンフレットには、この松浦武四郎の記事が掲載されていました。以前Sunと宗谷岬を回った時に、松浦武四郎の記念像前で休んだのですが、そんなに凄い人だとは知りませんでした。一度は本を読んでみるべきだ、と思いました。

 やはり北海道はスケールが、こちらとは違います。北の大地とは、よく言ったものです。

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 走ったコースです。大通り公園に添って走りました。真西に向かって走るイメージです。

 公園には、まだ雪が残っていました。JRの電車内におかれたパンフレットには、「北国の4月は汚いのだ」という記述がありましたが、確かにその通りです。

 桜の花を見ることは札幌ではできませんでしたが、まだまだ先なのでしょうか。円山公園では、公園内の花見は4月29日から5月3日の間です、と書かれていました。花見の宴会は、その期間だけ公認なのでしょう。



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