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いざアイルランドへ

1998年6月20日

 

アムステルダムのスキポール空港からイギリス経由でアイルランドのコークに向かう計画でした。この日スキポールのカウンターに行ってみると、イギリス行きの飛行機は出発が遅れ、なんと今のところ出発時間は未定とのこと。イギリスでの乗継があるので、あまり遅れると今日中にコークに到着できない可能性が出てくるのです。コーク空港で待ってくれているリチャードさんに連絡を取らなければいけません。

携帯電話の普及した現在なら、連絡を取り合うことはそれほど難しくはないのでしょうが、当時はそうもいかず、本当に不安な数時間をじっと過ごさざるを得ませんでした。

三時間ほど待ったでしょうか、ようやくイギリス行きの飛行機が出発することになり安堵しました。ところがどっこい、そうは問屋が卸さなかったのです。

イギリスの空港といえばヒースロー空港しか知らなかった私は、当然ヒースローに着いてヒースローからアイルランドへ乗り継げるものと早合点していたのです。

ところが実際には、1998年当時四つの空港がロンドンには存在したのです。調べてみると2009年現在では、なんと5つになっていました。ヒースロー空港、ガトウィック空港、スタンステッド空港、ルートン空港、ロンドン・シティ国際空港。

何が問題だったかというと、乗り換えにかかる時間がぎりぎりだったのです。予定ではスタンステッド空港に到着、ヒースロー空港からアイルランドに飛ぶはずでした。ところが、便はロンドン・シティ国際空港に着陸したのです。ロンドンからコークへの便が離陸するまで25分しか残ってなかったにもかかわらず、ロンドン・シティ国際空港からヒースロー空港まではタクシーで50分あまり。万事休すのはずだったのですが、同じタクシーに乗り込んだイギリス人がこう言ってくれたのです。

「君はラッキーだ。オランダとイギリスには一時間の時差があるからね」

つまり残った25分と時差の一時間で辛くも間に合う可能性が残っていたのです。乗り継ぎ便までのタクシーでの1時間は、まさにハラハラドキドキの1時間。同乗したイギリス人とフランス人との会話も上の空でした。

乗り継ぎ便には、文字通り滑り込みセーフ。私の到着を待っていたかのように飛行機はアイルランドへの離陸を開始したのです。

To:リチャードさんご夫妻との劇的対面