■20180929(土曜日:雨)

 

 

■台風24号が近づき、沼津でも先程(いま午前6時55分)から雨が降り始めました。来週の月曜日までは雨、風ともに強まるようです。明日は本来なら県眼科医会のゴルフコンペの予定でしたが、台風のために中止になりました。二回続けての台風のための中止です。こんなこともあるのだと、本当に驚きます。

 

今朝はゆっくりと休みました。昨日走って無事に月100キロ走の目標を達成しましたので、休息です。それにしてもギリギリ間一髪でした。今日、明日と二日残っているからと先延ばしにしていたら、雨の中走らなければならなくなりました。やはり何事も余裕を持って臨まないとだめなようです。

 

■ということで、今朝は朝刊をゆっくりと眺め渡しましたが、気になる記事がたくさんありました。例えば読書欄に掲載された「風来語」です。東京新聞の主筆、小出宣昭さんが書かれています。題して「民主主義の賢さ」です。

 

若いころ、英国の総選挙を取材して驚いたのは、保守党も労働党も公認候補は地方の党員が投票によって決めていくことだった。

 

確かに日本人の常識からすると大変な驚きです。本当に草の根から、代表を選ぶ過程に参加しているのです。政治は自分たちの手で作るのだ、という意識がとても強い。だから選挙が終わったら、あとはお任せするだけ、という事がありません。何しろ土台から作り上げたのは自分たち自身だからです。

 

小選挙区ごとに量等の支持者や党員が、 四、五人の立候補希望者のスピーチを聞き投票。上位の二人ほどを党の支部役員が面接して公認候補を決める方式だ。

そこには党の有力者の影響力が介入する余地はなく、誰を候補にするかまで有権者が全権を持つ民主主義の賢さがあった。

19世紀の米国も、この方式を導入して候補者へのボス支配を排除。大統領選から議員選挙まで共和、民主両党ともほとんどの州で「予備選挙」を実施して公認を決めることになった。

日本は、小選挙区制の肝心のものを輸入し忘れたらしい。

 

最近の政治状況を見るたびに、この国には本当の民主主義が根付いていない、と痛感します。沖縄県知事選挙を見ていても、テレビに登場するのは自分の頭で考えることを放棄した有権者の群れです。長いものには巻かれろ、とばかりに、政党や団体の幹部の思い通りに旗を振っています。

 

どう考えてもおかしいだろう、という常識が通じません。本当に恐ろしいことです。戦前には、そうして玉砕に向かっていったのでしょう。そうなる前に、私たちは自分の頭で考えなければいけないのです。

 

あの戦争から学んだ一丁目一番地は、そのことであったはずなのですが、もう何処かへ行ってしまったようです。