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沖縄独立論

■20181204(火曜日:雨)

 

近畿鉄道伊勢市駅です。マラソン開催当日の朝です。

 

 

■今朝は暖かな朝でした。日曜日にハーフマラソを走ったばかりで、さすがに今朝も安静に休みました。今回のハーフマラソンでは、今までで一番しっかりと走れたような気がしました。つまりは自分の筋力で、お尻や太ももの筋肉でしっかりと足を上げ、前に出し、地面を蹴って走りきったという実感がありました。本当に辛かったのですか途中で歩くこともなく、最後まで走りきることができました。平均のペースはキロあたり6分17秒でしたが、私としては最高の出来です。普段でしたら、とてもこの速度で10 km を走ることはできません。大会であるとか、周囲のみなさんの応援のおかげなのです。一人で黙々と走るというのは、それはそれで楽しいこともあるのですが、結果としてみると、記録的には難しいものです。

 

走り終わって本当に達成感が沸き起こりました。長く苦しい時間から解放された喜びというのは本当に格別です。自分の力では、今回のランニングが精一杯でした。長い長い上り坂のコースでは、決して前を見ないように心がけました。心がめげてしまうからです。一歩先の地面を見つめて、そこへ足を運ぶことだけに集中しました。本当に自分は精神的に弱いなと、つくづく実感しました。でもそうした弱い自分と上手に付き合えば、超人的な成果は出なくても、それなりの結果が残せるのではないかと思ったりします。

 

マラソンを走った後の筋肉痛も、年寄り特有の時間差があるのですが、今回は思ったほどひどくはありません。以前は翌日、あるいは翌々日になると、階段を降りるのは時に辛くなることがありました。それが今回はあまりないのです。全くないわけでは、もちろんありません。階段を降りる際に少し引っかかるような感じはするのですが、いわゆる筋肉痛で辛いということはありません。毎月100 キロという目標を持って、短い距離ではありますが、着実に積み重ねてきた成果に違いありません。11月まで連続45ヶ月間毎月100 km を走りました。月100キロの走り込みではフルマラソンを走るには不十分だと、高野コーチにも指摘されているのですが、今の自分の力では、毎月200キロはとても達成できそうにありません。自分に残された時間が少ないので、これから頑張って月200 km 走れるようになる可能性はほとんど無さそうですが、まあ無理をしても仕方ありません。それぞれの力の中で、楽しみながら積み重ねていくしかありません。幸いTakuもYukoさんも付き合ってくれそうですので 、とっかかりは何でも良いのです。これからもSunを始め家族を巻き込んで、続けていこうと思っています。

 

■先日の東京新聞「私説 論説室から 沖縄独立論をあざけるな」という記事は大変興味深いものでした。 構造的差別の打破には「沖縄のことは沖縄で決める」との自己決定権の確立と行使しかない。そう考える県民が沖縄には増えていて、近年は「独立」も真剣に議論されている、というのです。 2013年に設立された県民有志の「琉球民族独立総合研究学会」によると、県民投票で支持を得て県議会の議決後に知事が独立を宣言、国連が認めれば独立は可能というのです。

 

中近世の500年近く、琉球王国は中国と朝貢関係にあったとはいえ侵略されたことは一度もない。逆に中国は職能集団を移住させたり琉球からの留学生を厚遇したりと関係を重視した。「利害対立要因がなく友好が保たれた」と比屋根照夫・琉球大名誉教授は語っています。

 

この500年近くの歴史が、とても大切だと私は思います。沖縄が言わば日本に併合されてからの時間とは比較にならないほどの長い時間、琉球は中国と有効な関係を築いていたのです。そして何より琉球は繁栄していたのです。難しい舵取りの中を自分たちのことは自分たちで決めて、平和と安定を維持していたのです。このことは、とても大切な点だと思います。今のままの状況が続けば、沖縄が日本に止まる意味が、ますます薄れてしまうことは必定です。本土に住む私達が真剣に考える時ではないでしょうか。

 

 

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