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2018お伊勢さんマラソン

■20181202(日曜日:晴れ時々曇り)

 

お伊勢さんマラソンのコース概要です。

 

■今年も、2018お伊勢さんマラソンに参加しました。12月1日の土曜日、仕事が終わって13時23分原駅発の東海道線で静岡駅に行き、そこで新幹線に乗り換えました。16:19現在、名古屋駅から近鉄名古屋線特急賢島駅行きに乗車したところです。Takuが調べてくれた通りの旅程です。名古屋駅で少し手間取りました。切符売り場に行くまでに地下へ行く必要がありましたし、自動販売機でスイカが使用出来ないことに気付くのに、少し時間がかかりました。そういえば昨年もスイカが使えず困った事を思い出しました。もう西日本なのですね。スイカはJR東日本の製品でした。

 

 1610分発賢島駅行き特急6号車5Aに乗りました。名古屋駅から伊勢市駅までは、特急で1時間20分の旅です。西へ向かっているので、まだ薄暮の状態です。今夜は伊勢市駅周辺で宿泊して、明日のお伊勢マラソンにチャレンジです。昨日まて左足親指の深爪が化膿して痛かったのですが、幸い膿が出て楽になりました。ラッキーです。

 

 伊勢市駅で待ち合わせて、そのままホテルにチェックインしました。伊勢市駅JR側口から降りて2分ほどのところにあるコンフォートホテルです。荷物を置いて、その足ですぐに、3人で近くの居酒屋で一杯やりました。21時少し前まで3時間近く3人で色々楽しく歓談しました。高崎での二人の新しい生活を初めて3ヶ月がようやく経ったようです。Yukoさんも知らない土地で人間関係もない中で生活をするのは、なかなか大変なことです。それでも明るい性格が幸いして皆さんの中に溶け込んでいる様子を知って一安心しました。

 

前夜祭です。三人で楽しく歓談しました。

 

 21時にはホテルに戻り、シャワーを浴びて22時過ぎには床に入りました。ところが、寝る段になって忘れ物をしたのに気づきました。こうした場合、いつも服用する睡眠導入薬を入れた箱を忘れてしまったのです。十分睡眠が取れるか不安だったのですが、スマートウォッチで睡眠の質を調べることで意外なほどにしっかりと睡眠をとっていることを確認していたので、以前ほどは不安を感じることなく寝ることができました。実際何度か夜中に目が覚めたのですが、その度にすぐにまた寝付けましたので、睡眠は十分取れたように朝感じました。

 

■朝の6時に待ち合わせて三人でホテルのレストランに向かいましたが、エレベーターを降りてみてビックリ。朝食を待つ人で長蛇の列だったのです。ほとんどがマラソンに参加する人のように見えました。昨年投宿したホテルでは、このようなことはなかったように記憶していますが、このホテルは駅から近いので、それだけ、お客さんも多いようです。20分あまり待って、ようやく席に着くことができました。

 

出発前のフロントでの会計に手間取りました。入社間もないのでしょうか、コンピューターの扱いがわからずに、マニュアルを取り出したのには驚きました。電車に乗り遅れやしないかとイライラしましたが、何とか間に合いました。伊勢市駅から電車に乗り2つ目の駅、五十鈴川駅で下車、シャトルバスに乗るために列に並びました。Sunも前日泊の大阪から駆けつけてくれて、四人でバスに乗ることができました。会場の三重県営サンアリーナまではバスで10分ほどです。何台かは正確には分かりませんが、まさにピストン輸送です。ありったけのバスを集めたのではないか、というほど、次から次へバスがやってきました。

 

  • 朝食を待つ長蛇の列。

 

今回の大会は、5キロの部、ハーフの部があり、参加者はハーフだけで6千人近くのようです。サンアリーナに到着し、まずはSunとYukoさんが二人のゴール到着まで待つための席を確保する必要があります。三階席にようやく空き座席を見つけ確保しました。外で待ち続けるのは寒さを考えると無理です。ゴール時間を想定して、近くなったらゴール近辺で待っているのが現実的です。Takuは1時間40分、私は2時間15分前後でしょうか。着替えはホテルで済ませてきましたので、軽くストレッチをしてフリースを一枚脱いで、ゼッケンの付いたTシャツだけになりました。9時10分のハーフの部スタートに合わせて移動する必要があります。あまり早く行っても寒さに震えることになりますから、難しいところです。トイレも済ませる必要がありますが、会場内のトイレは、どこも長蛇の列で大変です。屋外の簡易トイレを利用するのが現実的です。

 

さて頑張ってきますと決意表明して、Takuと二人でスタート地点に向かいました。スタート地点は駐車場。その横の道路に5キロの部に参加するランナーが長蛇の列を作っていました。歩道の上に役員そして野口みずきさんが並んでいました。野口さんの挨拶があり、ランナーの皆さんへの励ましの言葉が述べられ、いよいよスタートが近づいてきました。5キロの部がスタートし、10分後に私達のスタートです。次第に緊張が高まってきます。毎回、毎回スタート前に思うのは、無事にゴールできるだろうか、ということです。不安です。途中でどこか、膝や足首などが痛みだして走り続けることができなくなることは、十分考えられるからです。

 

  • ピストン輸送するバスの列。

 

さて定刻にスタートの号砲が打たれました。ところが先頭からかなり離れていたためか、号砲も聞き取りにくい上、なかなか列が進まずに、結局私がスタートラインを超えたのは、なんと4分後でした。自分のランニング・ウォッチのスタートボタンを押して、いよいよレースが始まりました。21キロ以上の道のりです。このコースは結構アップダウンがキツかったのは覚えていました。走り出して間もなく、道路沿いにある老人介護施設のみなさんが、応援してくれています。車椅子に座った高齢者と施設の職員のみなさんが、一緒に声を枯らして声援してくれます。どこのマラソンを走っても、最近は介護施設の皆さんの応援が当たり前になっています。それだけ施設も多いのでしょう。9キロ付近になると、伊勢神宮おはらい町に入ります。ここまで来ると集団も適当にバラけて、狭い道でもぶつかり合う、ということは起きません。地元の人々、特に子ども達の応援には、いつも力をもらいます。内宮に向かう鳥居の前を駆け抜け、前へ前へと進みます。

 

  • おはらい横丁にて。

 

さて13キロ近くの「野口みずき金メダルロード」が関門です。そのスタジアムは高台にあるのです。そこまでは急な上り坂を登らなければならないからです。ここも何とか無事に乗り越えることができました。とにかく一歩前を見て、足を一歩前に運ぶのだ、という、その思いだけを持ち続けました。前傾姿勢を保ち、腕を振る。腰を後ろから引っ張り上げるイメージ。それだけを心がけました。したがって周囲の風景は残念ながら殆ど覚えていません。あとでTakuに聞くと、景色が綺麗だったから、と言っていました。私と違って余裕があるのです。

金メダルロードも過ぎて15 km付近からは伊勢自動車道に入るのですが、この道路に入ってから延々と続く上り坂には正直へこたれました。途中から一人の女性が私の前を走り始め、ちょうどペースが自分に合っていたので、彼女のピンク色のランニングソックスだけを見つめて前方を見ないように心がけました。なぜなら前方を見てしまうと、はるか先まで続く上り坂で精神的に参ってしまうからです。とにかく前を走る女性の足元だけ、前に一歩を踏み出すんだ、という気持ちで走り続けました。最後の1キロ地点に来ると、右側にゴールのある三重県営サンアリーナが見えてくるのですが、そこまでは広々とした2車線の伊勢自動車道を走りながらもゴールが見えずに、とても苦しい道のりでした。

 

Takuも同じように苦しい思いをしたようです。昨年の参加と異なり今年は仕事が忙しく練習もできなかったようです。最初の1 km、そして5 km 走った時点で本当に完走できるのかどうか不安にすらなったと言っていました。それでも走り終わってみれば立派に完走。昨年より3分ほどゴールが遅れたようですが立派なものだと思います。

 

私自身は今まで何十回もハーフマラソン以上の大会に参加しましたが、初めて最後までしっかりと自分の筋力、つまりはお尻の筋肉、太ももの筋肉を使って最後まで足を前に出すことができたように思いました。今までは、それなりに一生懸命走っていたのですが、自分の筋力で最後まで、最後の一歩まで走りきったという実感はなかったように思います。従って昨日走り終わった時には、本当に達成感がありましたし疲れ切りました。

 

Sunが迎えに来てくれていて、ほっとしましたが、その後にちょっとしたハプニングもあって時間を取ってしまいました。ランナーの順路がきちんと作られていて、ゴールし終わった私もそれに従って行けば良かったのですが、途中でボランティアの方に写真を撮ってもらおうと思いながら探しているところでSUNに出くわしました。 その後二人で、すぐに県営アリーナに戻ってしまったのですが、それが間違いの元でした。順序に従っていれば途中で参加賞の立派なタオルや赤福引換券などのご褒美をもらえたのですが、直接県営アリーナの方へ行ってしまったために、大事な引換券をもらい損ねてしまったのです 。県営アリーナに戻り、預けた手荷物を引き取り、出口の所にある赤福引換所でお土産をいただこうかと思ったところ、担当者が大声でランナーに案内している引換券を自分がもらっていないことに気づきました。担当者に聞いてみると、ここではなくて別の棟の体育館に、もう一度戻って、そこで引換券をもらってくださいと言われました。順路に従って歩いていれば無事に終わったのですが、こんなことも起こるのです。去年はスムーズに順路に従ったのでしょう、こんなことはありませんでした。順路に戻る途中でつまずいて、危うく転びそうになりました。危機一髪でした。脚は疲れ切っていますので、本当にちょっとした段差でもつまずくと、耐えきれずに転倒してしまうのです。

 

  • 昨年はTakuと二人でした。

 

順路に戻るとボランティアの方が、参加賞の立派な緑のタオルを肩にかけてくれました。そして引換券ももらい、会場に無事に戻ることができました。Takuとラインで連絡を取り合い、赤福交換所にいることを告げました。Takuたちが三階から降りてくる間に、着替えました。何しろ汗だくです。預けたリュックから着替えを取り出し、まずはビオレで体を拭きました。これで汗臭さは取れるはずです。そして四人で会場を後にしました。色々な食べ物をいただける券が付いているのです。昨年と同様、伊勢うどんを頂きました。美味しかったです。胃腸が疲弊しているので、揚げ物などはとても食べる気がしませんでした。レースの最後半には軽い胃痙攣を起こしました。戻しそうになりました。それぞれ、うどんとみかん一個を食べて、駅に向かいました。バスの隣に座られた男性の方が、話しかけてくれました。

 

「走られたのですか?」話が弾みました。大阪の方で、日本中のマラソン大会に参加しているようです。富士山にも10回以上登っているとのこと。来年2月には、高知マラソンに出場するそうです。今年の北海道マラソンにも、出場したが暑くて参った、と話されていました。昔は8月のマラソンも北海道なら快適だったのかもしれませんが、もういまは昔です。地獄のレースになっているようです。大阪人の良い面が感じられました。人懐こいのです。なかなか最初の一言が、私などはいつも出てきません。最初の一言が出てしまえば、あとはスムーズに会話が始まるのですが、なかなかそうも行かないのです。駅までの一時楽しいひと時でした。

 

伊勢市駅まで戻り、ホテルに行ってTakuたちがキャリーバックを取りに戻っている間、Sunと私は駅の待合室で休んでいました。とにかく疲れました。走り終わったのが、11時半頃。それからの3時間超は、目を開けているのも辛いほどに疲れました。こんなことは今までに無かったことです。それだけ一生懸命に走ったのか、単に年を取って体力が衰えたのか。たぶん両方でしょう。今回は最初から最後まで、自分の筋力で、しっかりと脚を前に運び続けたという自覚がありました。これは大きな進歩です。高野コーチの指導によるLSDが効果を上げたのでしょう。それにしても体力を消耗しました。これでは名古屋で四人の打ち上げ会も無理かもしれない、と弱気になりました。電車に乗っている間、とにかく回復するのをひたすら待ちました。

 

名古屋に着いて、どこで一杯やるかTakuとYukoさんが調べてくれました。決まるまでの時間の長く感じたこと。それでも店が決まり席についた時には、元気も少し戻ってビールも美味しく飲むことができました。

 

名古屋に戻って、ご苦労さん会でした。

 

■本当に楽しい週末でした。昨年は二人きりだったのが、今年はYukoさんという新しい家族も増えて、格別な思いでした。次回は、どこで走ろうか、と相談しましたが、Takuも仕事が忙しいようで、なかなか時間が取れないようです。それでも、また四人で出かけよう、ということで話もまとまり、名古屋駅で別れました。二人は買い物をして帰るそうです。仕事場へのお土産です。

 

これで今年のマラソン大会は、終了です。来年は、どんな大会に二人で出場することができるのか。それまで鍛錬を積んでいくしかありません。何しろ、あとは衰える一方ですから。