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井上陽水

■20180104(金曜日:晴れ)

新沼津カントリークラブから見た伊豆半島です。

■1月4日は仕事始めです。今朝の東京新聞「筆洗」には、仕事始めを迎える人々の思いをユーモラスたっぷりに書いてます。〈三日食う雑煮で知れる飯の恩〉〈飯は良い物と気のつく松の内〉。二句はいずれも江戸期の川柳集「柳多留」。江戸の人も、さすがにお正月の雑煮続きにちょっとげんなりしていたかもしれぬ 、とあります。 カレンダーの関係で今年は私の仕事始めは来週の月曜日からです。年末は押し詰まるまで結構忙しいんですが、年始はあまり患者さんをやってきませんので、スタートはのんびりです。

今朝は走りました。10.21 km を走り合計24.21キロとなり残り27日75.78 km となりました。今朝は最初からきちんとペースを刻めたように思いました。キロ7分からスタートし最後の方はキロ6分ペースで走ることができました。 今月もまた目標を達成するべく少しずつ積み重ねていくつもりです。

さて今日の東京新聞の記事の中で一番興味を惹かれたのは、文化娯楽面でした。「あせない井上陽水」。あの井上陽水さんが1969年にデビューして今年で50周年になるそうです。井上さんの歌を一度も聞いたことがない、という人は少ないと思います。 私の中で初めて井上さんの歌が登場するのは、大学時代テニス部の先輩が何かの席で、「氷の世界」を歌っているのを聞いた時だと思います。 透明感のある歌声は、男性離れした声、とでもいうのでしょうか、不思議な歌声でした。 1973年に「夢の中へ」がヒット、アルバム「氷の世界」は日本で初めて売り上げが100万枚を超えた、とあります。

Wikipediaによれば、井上 陽水(いのうえ ようすい、1948年8月30日 – )は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー。本名・井上 陽水(いのうえ あきみ)。旧芸名:アンドレ・カンドレ。福岡県嘉穂郡幸袋町(現・福岡県飯塚市幸袋)生まれ・福岡県田川郡糸田町育ち。血液型はAB型。

つまり現在70歳になっています。七十歳の井上陽水さんて、ちょっと想像しにくいと思うのは自分の年齢のためでしょうか。 このインタビュー記事を読むと、井上さんはとてもシャイな人間に見えます。

20代から30代の頃は、ステージに出るのが恥ずかしくて、本当に嫌だった。大勢の前で歌うなんてとんでもない、仕事を間違えたと思っていました。でも年を重ねると、自然と羞恥心がなくなってきましたね。

と語っています。父親が歯科医師で、誰に言われたのでもなく跡継ぎだと思い込んでいたそうです。

僕は本当に勉強ができなかった。 学生時代の勉強はつまらない時間でした。人間に優劣をつけて社会のサイクルにはめ込む。人間という集団である以上、しょうがないと思いながら、大学受験に3回も失敗した。4浪はちょっとーーという思いもあり、。それがスタートでしたよね。

若い頃の井上さんを知らない私などは、テレビのインタビューなどに答えている最近の井上さんしか知りません。その様子は、とても軽妙洒脱な、何か落語家さんを思わせるような、そんな井上さんなのですが、この記事を読んでも、年を重ねてから、何か突き抜けたような、そんな人間性を感じてしまいます。そう思って井上さんの曲を聞き直してみると、輝きが一層増すのかもしれません。

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