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世界の旅

■20190111(金曜日:晴れ)

伊豆半島旅人岬から見た駿河湾です。

■今朝は走らずにゆっくり休みました。昨夜は静岡で勉強会があり3人の演者が、それぞれの専門分野において、とても参考になる講演をしてくださいました。19時からですので最後まで聞いて、さらに懇親会まで出席して家に帰ると、夜中になりそうでしたので、21時に講演会をあとにして帰路に着きました。 6時に目覚ましを合わせましたが、15分ほど前に目が覚めました。もう一度眠りに落ちてしまうと、今度は起きだすのが大変辛くなりますので、そのまま起きだしました。

金曜日は生ゴミの日ですので、Sunが準備してくれてあったゴミ袋を持って玄関を出ました。まだ外は真っ暗ですので、 階段の電気をつけて外へ出ました。ほとんどの家はまだ眠りの中ですから街灯の光が街を照らすのみです。雲のせいでしょうか月は見えませんでした。風もなく、とても静かな夜明け前の光景です。私はこんな時間がとても好きです。

帰ってきて朝食の準備をしました。昨夜は勉強会でお弁当が出ると思い、夕食はとらずに低血糖に陥らないようにと、お菓子を少し食べて出かけました。ところが勉強会ではお弁当は出ずに、講演会の後で立食パーティーの予定だということを知りませんでした。帰りの電車に乗る前に駅ナカのコンビニでサンドイッチを買って、トマトジュースとともに夕食代わりとしました。きちんとした食事をとらずに、お菓子のようなものばかりを食べていると、たった一回とはいえ、どうも胃腸の調子が狂ったように感じます 。やはり規則正しく食事をとることは、とても大事だと再認識しました。

今朝は 昨日のお昼のお弁当のご飯が半分残っていましたので、電子レンジで温めて、納豆と卵で食べました。コーヒーにアーモンドミルクを入れ、さらに先日購入したヨーグルト製造機で作った ヨーグルト75 グラムに蜂蜜を入れて朝食としました。 規則的にランニングをするようになる以前には、体質的にコレステロールが高くなりやすかったので、乳製品は控えめにしていたのですが、今では気にすることなく摂取しても、血液所見は正常範囲内に収まっています。やはり規則的に運動することは、とても大切だと実感しています。

■「兼高かおる世界の旅」で有名な旅行ジャーナリストの兼高かおるさんが五日、心不全のために亡くなられました。九十歳でした。日本人の海外渡航が自由化される前の1959年に紀行番組「兼高かおる世界飛び歩き」がスタート。1960年にタイトルが「世界の旅」となり、海外旅行ブームに先駆けた名物番組として1990年まで30年間の長寿番組となりました。 番組の始まった頃、1 ドルは360円。「夢のハワイ旅行」がクイズ番組の商品になるのも、まだ先のことだったのです。そうです。アップダウンクイズです。調べてみると、

『アップダウンクイズ』は、1963年(昭和38年)10月6日から1985年(昭和60年)10月6日まで、毎日放送(MBS)の製作により、毎週日曜日19:00 – 19:30(JST)に放送されていた視聴者参加型クイズ番組である。ロート製薬の単独提供(第1回放送より)、日本航空の協賛で放送された。

優勝者のみなさんが団体でハワイ旅行をする様子がテレビに映し出されると、まるで月でも旅行してきたかのように感じたものです。


日曜日の朝、家族と共にテレビで遠い世界を見るのが習慣だった方も多いだろう、と今朝の東京新聞筆洗には書かれています。私の家庭も、まさにこの通りでした。私が初めて飛行機に乗って海外旅行をしたのは、新婚旅行でした。つまり1982年だったのです。テレビで兼高さんの番組を見ていた1960年代、海外旅行などは夢のまた夢でした。番組の最初に流れる映像には、確かパンナムの飛行機が飛んでいたと記憶しています。「番組の制作に当たっては世界で最も経験のある航空会社パンアメリカンの協力を得ました」と説明が流れていました。今ではもうパンナムという会社は、なくなってしまったはずです。Wikipediaで調べてみると、

1960年代後半頃より世界的に海外旅行が大衆化し価格競争が激化する中、高コストの経営体質を改善できなかったことや、1970年代にジミー・カーター政権下で導入された航空自由化政策「ディレギュレーション」の施行、その後の国内航空会社の買収の悪影響により次第に経営が悪化し、1991年12月4日に会社破産し消滅した。


その知名度を生かすべく、ブランドとロゴ使用の権利を引き継いだ別会社が同じ塗装とブランドで近距離国際線と国内線を運航し、形だけは一時的に復活していたものの、結局経営を軌道に乗せることはままならず、2008年2月一杯で運航停止となっており、現在同名の航空会社としての運航は行われていない。

と、あります。機体に描かれたあのパンナムのロゴを、もう見ることはできないのです。
兼高かおるさんは、まさに好奇心の塊のような方でした。 小田実さんのベストセラー「なんでも見てやろう」が出版されたのは1961年ですから、 まさに兼高かおるさんはそれを世界中で実践して回ったのです。ご冥福をお祈りします。

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