カテゴリー: LSD

祈りの旅

■20181230(日曜日:晴れ)

川口駅前から実家のあった飯塚三丁目へ向かう道路です。半世紀前には、大きな燃料研究所があり、そこを迂回しないと駅まで行けなかったのです。今は一直線の道路が走っています。

■いよいよ平成30年も明日一日を残すのみとなりました。昨日で仕事も終わりましたので、今日はゆっくりと休んでも良かったのですが、月100 km 走の目標がまだ達成されていませんので、今朝は走りました。 目標達成まで10 km 強残っていましたので、今朝は6時に目覚ましをかけて起きだし、6時半から走り始めました。この時間になれば明るくなり始めますので、ペンライトを持たずに安心して走ることができます。普段ですと仕事の関係で、この時間のスタートでは安心してゆっくり走ることができませんが、今日はもう仕事はありませんので、のんびりとゆっくりとペースを刻みました。結局12.47 km を走り総計が102.26 km となりました。 これで46ヶ月間連続月100 km 走を達成したことになります。統計を取り始めてからの走行距離が、通算7,596 km となりました。今年も無事に一年間しっかりと目標を達成することができたことを、とても嬉しく思っています。

ネット上での集計を見てみると、今年は180回、通算1246.04 km を走りました。最も多く走ったのが3月で、107.71 km。 最も少なかったのが2月で、目標ギリギリの100.64 km でした。 1年間にわたってしっかりとした統計を取り始めたのが、2015年からですか、この四年間の統計を見てみると、最も多く走ったのが昨年2017年の1357.33 km です。 こうして統計を見てみると、今年は昨年よりも少なかったことがわかります。今年はTakuが仕事について時間が取れずに、一緒にマラソンに参加することが昨年のようにはできませんでした。昨年は千歳マラソン、立川シティマラソン、そしてお伊勢さんマラソンと3回一緒に走ることができましたが、今年はお伊勢さんマラソンの一回だけでした。これは致し方ありません。私自身も参加したマラソンは、千歳マラソンとお伊勢さんマラソンの2回だけでした。残念ながらフルマラソンは一度も参加することができませんでした。高野コーチと一緒に走るのを本当に楽しみにしていたのですが、残念ながら私の今の実力では、一緒にフルマラソンを走るのは、なかなか難しそうです。

■さて東京新聞に連載されている、「象徴のうた 平成という時代」は、 細胞生物学者であり、また歌人でもある永田和宏さんが書かれています。 今回の副題は「再生への願い 国民と共に」です。被災地への天皇・皇后両陛下の旅の様子を綴られています。 平成23年の元日には天皇陛下の御製(ぎょせい)五首、皇后陛下の御歌(みうた)三首が発表されています。天皇陛下はこの五種のうち四種で、そして皇后陛下は三種全てで東日本大震災をお詠みになっています。

津波寄すと雄々しくも沖に出でし船もどりきてもやふ姿うれしき 天皇

「生きてるといいねママお元気ですか」文に項(うなじ) 傾し幼な児眠る 皇后

皇后陛下の御歌は、津波で両親と妹を亡くした4歳の少女が「ままへ。いきてるといいね おげんきですか」と手紙を書きながら、その上にうつぶして寝入ってしまった新聞写真をご覧になっての一首である。寄る辺のない幼児が蒙(こうむ)る悲劇に、国民の目線で同じように悲しみを共有しようとされる姿勢が感動を生むのであろう、とあります。

翌平成24年5月には仙台市訪問に際して、その数日後にエリザベス英女王の即位60年行事のため訪英の予定があったのですが、両陛下の負担を思って、奥山恵美子仙台市長はあえてこの時期においでにならなくても、もっと後でもと提案したそうです。それに対して

英女王の招待ももちろん大事ですが、被災地を訪問せず訪英するという判断はありません。被災地に行かずに海外に行くことはないと陛下はお考えです」という返事が宮内庁から届いたという『祈りの旅』

記憶しておきたい言葉である、と永田和宏さんは書かれています。永田さんの脳裏には、この順番を間違えているのではないか、と思える政治家の行動があったに違いありません。そんな政治家がのさばっている現状を許している国民のありさまは、まさに国家の危機に違いありません。

働く喜び

■20181123(金曜日:晴れ)勤労感謝の日

 

川口市立西中学校の前の道、「環状線通り」沿いです。この道を、よく歩きました。

 

 

■今日は走りました。LSDに挑戦です。7時から走り始め、18.92km を2時間10分10秒かけて走りました。残り7日で 10.68km まで来ました。来週の月、水曜日で目標の100キロを超える予定です。帰ってきてシャワーを浴びた後に体重を測ると、なんと 55.45kg で、体脂肪率は 12.20%の痩せ、となりました。脱水です。朝食の美味しかったこと。これも走った後の、ご褒美です。

 

■昨日は午後から保険の再契約手続きがあり、その後、夜は勉強会があり、座長を務めました。これで一つまたお役目が無事に終わり、あとは明日の静岡での眼科医療従事者講座の座長と、その後の講師との懇談会です。さらに来週木曜日に、東部眼科医会役員会が終われば、とりあえず今年の役割は無事に終了となります。その後は、お伊勢マラソンで完走することだけを考えれば良くなります。

 

(●^o^●)

 

■さて今日は勤労感謝の日。休日ですから、ホット一息なのですが、働くことについて考える機会でもあります。働くことは当然、生活のためでもあります。生活できなければ何も始まりません。それでは生活できればよいか、というと働くことには、それ以上の意味があります。今日の東京新聞の社説の題名は、

 

誰かの役に立つ喜び。働くって何だろう。

 
です。 一つの例を挙げています。京都にある一澤信三郎帆布(はんぷ)という根強い人気を誇る老舗カバン店です。一点一点職人が手作りし、修理を受け、長く使い続けるかばんを提供する。京都の店でしか売らない。「目の届く範囲、責任をとれる形で売る」からです。もうけを考えれば、70人いる職人に残業を求め、人数を増やしたほうが良いのでしょう。だが、そうはしないのです。

 

一澤信三郎社長は平然として言います。

 

世間は利益率やら投資効果、利便性のことばかり。だが暮らしに何十年と役立つものは、そんなもんからは生まれまへん。だから、とことん時代に遅れ続けような、って言うてんです。

 

最後に社説は、こう結んでいます。

 

職人の生活を守り、品質を守り、いいものを作り続ける。それが使う人の役に立つ。働くとはつまり、人をつなぎ、人を守るものではないでしょうか。

 

私が一番大切だと思うのは、長く続くことではないでしょうか。ゴーンさんのようにコストをカットして利益を出すことは、もちろん大切です。しかし利益を出すことは目的ではないと思うのです。なぜ利益を出さなければ駄目なのかと言えば、利益が出なければ会社を継続させる事ができないからです。一時的な利益だけでは会社は続きません。短期的な利益と長期的な展望。経営とは、本当に芸術だと私は思います。優れた経営者は、芸術家なのです。

 

数字は大切なのですが、数字だけでは文化は生まれません。長く続く会社には、必ず文化があります。人を引きつける文化があるのです。消費者だけでなく、そこで働く人々にも喜びを与えることができるのです。先程の一澤信三郎帆布も、京セラも、ソニーも、日本電産も、優れた会社には、人を引きつける文化があるのです。一時的にもてはやされる経営者も、長い時間に耐えるのは、並大抵ではできません。

 

やはり時間が最良の篩(ふるい)に違いないのです。

 

 

親の役割

■20180924(月曜日:晴れ)

 

 

■今日は秋分の日の振替休日です。日本は先進国の中で、最も休日が多い国に変身しました。日本人は働き過ぎだ、と諸外国から非難されたからです。しかし、どうも平日の働きぶりが効率的とは、お世辞にも言えないのが日本人の現状のようです。ダラダラ会社にいて、帰りは仲間と一杯。家に帰りたくないのではないか、とすら思えるのが日本人ビジネスマンの平均像なのは、あまりいただけない話です。

 

■さて今朝は、LSDに挑戦です。12月はTakuとお伊勢マラソンを走る予定ですが、現状ではかなり苦しい一日になりそうですので、一度は長い距離を走っておく必要を感じていました。ということで、今朝は5時に起きて5時半から走り始めて 16.23km を走りました。2時間6分8秒のLSDでした。

 

気温も高かったためか、とにかく苦しい時間でした。とちゅう2度、30秒ほど歩いてしまいました。とにかく苦しい時間でした。これで 90.31km を積み上げましたので、あと残りは 9.68km となりました。何とか目標は達成できそうですが、油断大敵です。

 

右太ももの痛みは、ほとんど消失しました。ただゆっくりと走っているので、痛みが出てきていないだけかもしれません。大会で一生懸命走れば、話が違ってきます。それに、この程度のLSDで、こんなに苦しかったかな、と悲観的になりました。これではハーフの大会ですら完走は大変です。

 

筋力の衰えか心肺機能の衰えか、単なる加齢現象か。よく分かりませんが、以前より辛く感じているのは確かです。これで何も鍛錬をしていなかったら、ものすごく衰えを感じるのだろう、と痛感します。今朝も走っていて、一度つまずきました。危うく前のめりに転倒しそうになりました。昨年のベトナム支援の旅でハノイ市内を早朝走った時に、やはり躓いて転倒し、その時は前歯を少し損傷しました。幸い目立つほどでも無く、神経も損傷しなかったので、何事も無かったかのごとく帰国して治療をして済みましたが、あの朝を思い出しました。

 

今朝は躓いた時に、自分の太ももを始め筋力で辛くもこらえて体勢を立て直した、という実感がありました。これが筋力の衰えとともに、堪(こら)えることが難しくなるのでしょう。そして転倒して怪我をするに違いないのです。いつかその日が、やってくるに違いありません。その日まで、鍛錬を積み重ねるしかありません。

 

■昨日はゴルフに行って、楽しい一日でしたが、さらに嬉しかったのは、御殿場で開催された勉強会に一日出席し疲れたNonちゃんが夕飯を一緒に食べようと、連絡をしてきてくれたことでした。お気に入りのレストラン「象の仔」で美味しい夕食を三人で食べながら、3時間以上話し込みました。

 

仕事の現状、家族の思い出、とにかく色々なことを話しました。感受性が鋭敏なNonの話には、鈍感な私にはついていけない面も多々あるのですが、自分の娘が、そうして社会人としても立派に地域社会に貢献している、と確認できることは本当に嬉しいことです。

 

父親として、特に何か特別なことをしてきたわけではないのですが、きちんと独り立ちして自分の頭で考えて自分で行動していることに安心しました。それでもう、親としての役割は、ほとんど終わりです。残されたのは、何か役に立てることがあれば、お手伝いする、ということだけです。それで良いのです。

 

帰りの車の中で、稲刈りの済んだ田んぼを見ながら、オヤジくんはこの刈り取られた田んぼを見て何を思う、とNonに質問されました。急な質問で戸惑いましたが、また一年が経ってしまったと感じた、と正直に話したところ、「この一年で自分は、どれだけ成長したのだろうか」と自問自答した、というNonの答えには驚きました。真面目な娘なのです。私は、そのなこと考えたこともありませんでした。

 

(●^o^●)

 

楽しいひと時でした。家族で語り合えるということは、現実にはなかなか難しいことに違いありません。家族だから難しい、という面もあるのです。だからこそ、自分は恵まれている、と感謝するばかりです。

 

 

 

 

こどもの日

20180505(土曜日:晴れ)

 

箱根ガラスの森美術館での写真です。清らかな水です。

 

 

■今朝は走りました。箱根の休日から帰ってきて夕食はかつ銀へ行きました。そしてニューウェルサンピア沼津でお風呂に入って帰宅し、体重を測ってみると、何と61キロになっているのです。2日以来、しばらく走りませんでしたし、食べ過ぎなのでしょう。今朝はLSDを敢行しました。

 

2時間4分28秒を走り続け、18.71km を積み重ねました。これで総計は 29.03km となりました。今朝のペースは、6分39秒/km ですから自分としては悪くありません。とにかくゆっくりと走ることだけを心がけました。ただし14キロ過ぎからは右膝が痛み始めて困りました。何度か屈伸運動を繰り返して、何とか完走しました。

 

この右膝の痛みは私のアキレス腱です。長距離を走り始めてから、何度となく苦しんできました。ランナーズ膝と呼ぶようです。不思議なことに何度か屈伸運動をすると、しばらくは痛みが消えるのです。しかし次第に、その寛解期が短くなり、ついには痛みで走り続けることが大変困難になります。とても辛いのです。

 

今日は20キロ足らずでしたから、何とかなりましたが、これがフルマラソンとなると後半は大変です。膝周りの筋肉を鍛えるしかないのでしょうか。

 

■こどもの日に因んで、今朝の東京新聞「筆洗」欄の記事は、興味深いものでした。

 

私の大好きな作家 中島敦が残した子育てに関する『チビの歌』と題した短歌集などを紹介しています。

 

33歳で早逝した作家を思うと切ない、と著者は書いています。

 

親といっても完全ではない。むしろ欠点だらけなのだけれど、なんとか子供を正しい方へ、導きたい。そんな父親の思いと葛藤が、見えてくる。きっと、いい親子の関係だったのだろうと想像できるほほえましさもある

 

とも、著者は書いています。また発達心理学の岡本夏木さんの著書『幼児期』を引用しつつ、岡本さんがしつけについて語る中で、中島敦の子育ての歌を紹介しながら、こうも書かれていることを述べています。

 

欠点を抱えながらも、大好きな親が努力してる姿を子供は手本に育つのだ。親も努力しなければ早起きできないなどと知ることが子供の努力を支えるのだ

 

なるほど。確かにその通りに違いありません。良くも悪くも手本になるのは、一番身近な親をおいて他にありません。努力している親が身近にいれば、人は努力するのが当たり前、と感じるでしょうし、むしろそれが当たり前で、歯を食いしばって努力する、などという悲壮感など持つこともなく、自然に努力が身につくに相違ありません。

 

寝る前には歯を磨く、という事が当たり前になれば、何も歯を食いしばって努力しなくても、自然と毎晩歯を磨いてから寝るようになるのとちょうど同じです。習慣ほど恐ろしいものはありませんし、同時に習慣ほど力強い味方も無いのです。そのことを教えるのが親の務めではないか、とすら私には思えます。

 

 

出会い

20180226(月曜日:曇)

 

昨日は静岡第三分区のIMでした。三名の米山奨学生が来られてお話をされました。

 

■先週後半から花粉症の患者さんが増えてきました。Sunも私も同様に花粉症持ちですから、辛いのは一緒です。でも私は年寄りになったためかどうか分かりませんが、以前よりはずっと症状が軽くなりました。

以前は私も鼻炎が酷く、眠ろうとしても鼻水で眠れないほどでした。花粉除去器を購入して寝室に置き、一晩中動かしていたほどです。ところが最近は、そんなことをする必要も無くなりました。鼻水も出ますし目も痒いのですが、付き合っていける程度に軽くなりました。

■さて昨日は朝方LSDをして、ゆっくり朝食を取り、9時にスタートした東京マラソンをテレビ観戦していたら、11時を過ぎてしまいました。12時3分の電車に乗らなければなりません。一寝入りしてから出かけようと思っていたのですが、それどころではありません。慌てて着替えをして駅に向かいました。

沼津駅で電車を降りる際に、新富士クラブの小山さんや富士山吉原クラブの曽根さんなどに会いました。

会場のリバーサイドホテルに到着。三階の会場に着き受付を済ますと、嶋村さんが待っていますよ、と呼び出されて来客用の部屋に通されました。特別講演の演者 石橋正男さんを始め東江戸川ロータリークラブのみなさんがおられました。

本日の開催テーマ『未来へつなごう 若者たちに私達ができること』のために、起こしくださったのです。

沼津柿田川クラブの手作り感一杯のIMは、内容に富んだとても素晴らしい会でした。有名な演者を呼んで単に講演をしてお茶を濁す、という一般的な方法を取りませんでした。時間も手間も掛かったでしょうけれども、訴えるものも大きかった会でした。

■先月富士宮クラブでさせてもらったベトナム支援の旅卓話のお礼状と、会員の皆様からいただいたカンパの領収書、そして4月に行う写真展のパンフレットを富士宮クラブの渡邊会長にお渡ししてありました。ところが米山奨学生の三名の方の中に、ベトナムからのマイ・ティ・フォン・ズンさんがいたのです。

山梨県立大学に在学中です。いったんお渡ししたのですが、写真展のパンフレットを一旦返却していただいて、懇親会の席でフォンさんにお渡ししながら私達の活動を簡単に説明することができました。

こんな出会いもあるのですね。

これからさっそくメールを出すつもりです。

 

懇親会の席で。前島さん、奨学生 フォン・ズンさん、私、そして雨宮さん。

 

 

東京マラソン

20180225(日曜日:曇)

 

メルボルン市内を走る市電です。本当に便利です。

 

■今朝は6時に起き出してLSDを行いました。時間的に目標達成が危うくなってきたからです。2時間走を目指しましたが、最後はトイレに行きたくなってしまい、1時間54分18秒で止めました。17.23km を走り、総計 94.55km、残り三日間で 5.44km となり、何とか目処がつきました。キロ6分37秒ですから、私としては悪くありません。とにかく、ゆっくり、ゆっくりと言いながら走り続けました。

今日は東京マラソンの日です。9時にスタートしました。高速レースの申し子のようなレースです。記録を出すためにコース設定がされています。スタートを確認してから三階に上がってきて、こうして更新し始めました。

以前ランナー仲間に話を聞く機会がありました。東京マラソンを走った経験のある彼は、もう二度とあの大会には出たくない、と言っていたのが、とても印象的でした。とにかくスタートを待つ間、寒くて、寒くて参った、と言うのです。

先頭がスタートしても最後尾のランナーがスタートできるまでは、10分以上、いやもっと掛かるのでしょうか。一時間前には並んでスタートを待つようですから大変です。走りだす格好で待つわけですから、コートを着て待つ、という訳にはいきません。人混みの中で待つとは言っても、気温が下がって風が吹こうものなら、低体温になってしまいます。

私も以前袋井クラウンメロンマラソンを走った時に、同様の経験をしました。寒風が吹きすさぶ競技場では、建物の中や影に隠れて暖を取らないと、とても我慢ができないほど寒いのです。走り出すまでは、本当に我慢するしかありません。

■今日は昼から会合です。ロータリークラブ静岡第三分区IMです。9クラブが一同に介して懇親を深めます。

先日お世話になった富士宮ロータリークラブの皆さんに会えるのが楽しみです。

 

2時間走

20180108(月曜日:曇)

 

メルボルンで宿泊したホテルの前の歩道で画家が描いていました。フェルメールです。

 

■今日は成人の日ということで休日です。昨日、今日と連休で先週からのメルボルンへの旅の疲れを癒やすには、ちょうど良い具合でした。とは言え、先週の火曜日、1月2日に走って以来、走るチャンスがありませんでしたので、ここは頑張らないと目標の月100キロ走が遠のいてしまいます。今朝は6時に起きて準備を走り始めました。この時間ですと、もうライトは持たずとも足元が暗いということはありません。つまりは安全に走ることができる、ということです。

今朝は2時間35秒、18.18km を積み重ね、総計 31.49km とすることができました。エプソンのサイトにランニング・ウォッチを繋ぐと、記録を取り始めてから総計 4,000 km 走を達成しました、おめでとうございます、という表示が画面に現れました。2014年11月に記録を取り始めましたから、3年3ヶ月目というになります。まさに積み重ねです。この前のランニング・ウォッチはガーミン社製で今のは二代目です。よく続きました。

ずっとこれまでは、Takuが司法試験に合格するまでは続けるのだ、と自分に言い聞かせていたのですが、その目標が達成された今となると、自分を奮い立たせる目標が外されてしまいました。なんだか元気が出ないのです。でもメルボルンに行ってAyaちゃんに会って帰ってきたことで、新たな目標ができました。Ayaちゃんが夢を叶えるまでは父も走り続ける、という目標です。

考えてみれば毎日1万歩のウォーキングという目標で過ごしていた頃は、Nonちゃんの入学試験合格が支えでした。走り始めて、還暦でフルマラソン完走、という時期はTakuが支えでした。そして今、Ayaちゃんが支えになってくれています。子ども達を応援しているようで、実は自分が支えられていることに、こうしてみると気付かされます。もちろん子ども達には恩着せがましく、応援しているよ、なんてメールしていますが。

(●^o^●) (●^o^●)

結局家族みんなが、それぞれ支え合って生きているわけです。それで良いのでしょう。誰が上でも下でもなく、同じ地面の上を前を向いて共に歩んでいる、というイメージでしょうか。

そう、さっそくAyaちゃんに連絡しましょう。

野口みづき杯お伊勢マラソン

20171203(日曜日:晴れ)

 

日曜日に泊まった鳥羽のホテルから見た鳥羽湾です。

 

■昨夜は近鉄電車で伊勢市駅で降り近くのホテルに泊まりました。今日、野口みづき杯お伊勢マラソンをTakuと走るためです。ハーフマラソンです。

昨夜はJR駅近くの居酒屋で楽しくひと時を過ごしました。二人で四方山話に興じた後、ホテルに戻りました。

今朝は6時半に起きて準備をしました。忘れ物のないことを確認し、ホテルのロッカーに荷物を預けて駅に向かいました。

五十鈴駅に到着すると多くのランナーたちがシャトルバスを待っていました。会場に着いた後は手荷物を預けて、準備運動に入りました。

まず5キロコースのスタートがあり、9時10分ハーフの部がスタートです。スタートしてしばらくすると野口みづきさんが待っていてくれました。ハイタッチをしてコースに戻りました。

コースの特徴は伊勢自動車道を走る、ということです。広々した道路を走るコースは、とても気分爽快です。

しかしアップダウンがきつく、とても苦しい時間が続きました。特に15キロ過ぎからの伊勢自動車道はなだらかな上りが続き、永遠に終わらないのではないかという錯覚に陥りました。

何とか2時間を切りたいと思いながら走りましたが、コースに跳ね返されました。それでも今までなら歩いてしまったも知れない状況で、しっかりと走り続けることが出来たのは、本当に嬉しい事でした。

普段の鍛錬、努力は裏切らないのだなぁ、と確信しました。Takuとはゴールが30分違っていましたが、Takuも今回のコースには苦しめられたようです。

ハーフマラソンですから終わってもお昼前です。着替えも終わって大会から貰った500円の金券で伊勢うどんを二人で食べました。

走った後だったので、低血糖のためもあって、こんな美味しいうどんは始めてでした。 マラソン後に出店で、このように食事を取ったのは始めてでしたが、Takuと一緒に食べる事ができたのは本当に幸せでした。

→ 2017野口みずき杯お伊勢マラソン 当日の様子

■今夜はホテル・アルティア鳥羽に宿泊です。Takuが探してくれました。電車で鳥羽駅まで行き、そこからはホテルの送迎バスがお出迎えです。驚いたのは、ホテルがかなりの混雑をしていたことです。日曜日ですから、通常でしたら空いている、と思うのですが、意外でした。

  • ホテル前で。

 

本屋さんで婚活

20171105(日曜日:晴れ)

 

11月3日の新沼津カントリークラブの様子です。愛鷹山を背景に、駐車場の木々も色付き始めています。

 

■昨夜は野球の日本シリーズ第六戦を最後までテレビ観戦してしまいました。とても緊迫感のある素晴らしい試合でした。どちらが勝ってもおかしくない展開でした。9回裏に内川選手の同点ホームランが飛び出し、土壇場で追いついた福岡がサヨナラ勝ちしました。

 三連勝して圧倒的を強さを見せつけて、あっさりと終わってしまうかと思いきや、横浜の頑張りも特筆すべきものでした。ラミレス監督は名将に違いありません。

■ということで、普段より寝付くのが一時間遅れてしまいましたが、今朝は6時に起きて課題のLSDを敢行しました。今日は2時間6分19秒、17.87km をキロ7分04秒のペースで走りました。久しぶりにのLSDでした。来月にはTakuと一緒に伊勢マラソンでハーフを走る予定ですので、その前に走り込んでおかなければいけません。

 自分で思っていたよりは、しっかりと走ることができたように思います。これで今月は40.52km を早くも積み上げることができました。でも油断大敵です。最後の1メートルを走るまで、そして今月も100キロの目標を達成するまでは気を抜いてはいけません。とにかくまずはケガをしないことです。

■今日の東京新聞の25面文化欄には面白い記事が掲載されています。「コンパス」という欄ですが、題して「本屋さんで婚活」です。

いつもの本屋さんで好きな本と、たいせつな人をみつけちゃおう!

 と、いうのです。

参加者はお気に入りの本を持ち寄り、会場で出会ったお相手とその本の話題などでしばらく会話を楽しむ。パーティーの最後には男女とも、意中の人に連絡先を添えて本を贈るという流れだ。面白そうだなぁと思っていたら、友人の男性編集者(29)が参加するというので驚いた。

  と、続きます。編集者が持ち込んだ本は、トーマス・トウェイツ『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮文庫)という本。女性たちとの会話も弾んだのですが、友人がもらえた本(連絡先)はゼロという悲しい結末でした。

 もし40年早く、この企画を知っていたら私も参加したでしょう。その時持参したであろう本は今と変わらず、無田口義郎『地中海のほとり』だったでしょうけれど。

Powered by WordPress & Theme by Anders Norén