2012年 山静学友会誌への原稿
「移動する生き方」


 ロータリー財団 ポリオプラス小委員会委員長 名古良輔

 年初のある新聞に、「移動する生き方が始まった」と題する記事が掲載されました。グローバリゼーション(地球化)とは、「ヒト、モノ、カネ」が世界を駆け巡ることと考えると、最後まで遅れていたヒトの移動が始まった、というのです。広告代理店に勤める私の友人も、この4月からシンガポール勤務になりそうです。それは駐在というよりは、移民と呼ぶほうがふさわしい、と記事には書かれていました。

 グループ全体の国内採用人数は前年度の6千人より1千人(約17%)少ない5千人に抑える一方、海外は前年度並みの約1万人を採用する、と日立製作所が先日発表しました。海外事業の拡大に伴い、人材面の海外シフトも加速させる方針の結果です。国内での雇用が、ますます先細りになって行きます。

 そんな昨今、思い出すある会話があります。1998年オランダで開かれた国際眼科学会に出席した際出会った、あるインド人女性との会話です。当時は、まだ BRICS などという言葉は存在しませんでした。彼女の家族はドバイに住み、彼女自身はシリコンバレーのベンチャー企業に勤めているバリバリのキャリアウーマンでした。さぞかし華麗なる一族と思いきや、彼女は、私に対してこう言ったのです。「私は日本人が羨ましい。インド人は国内では食えないのです。ですから止むなく海外に出稼ぎに行くのです」

 14年の歳月は、お互いの立場を大きく変えつつあります。しかしながら明治以降150年ほどの歴史を振り返れば、日本人が国内だけで食えたのは、実は戦後のほんの短い期間だけだったことが分かります。海外移住事業団が国際協力事業団(JICA、現在の国際協力機構)に衣替えしたのは、つい最近1974年のことに過ぎないのです。それまでは海外移住推進が国家的事業だったのです。

 いや(否)でも応でも移動しなければ食えない時代が始まりつつあるのです。山静学友会の皆さんは、国際親善奨学生として、あるいは研究グループ交換(GSE)のメンバーとして貴重な海外経験を積まれた方々です。今生きる日本人が、これまでの生き方を根本から再考しなければならないこれからの時期、みなさんはそれぞれの地域社会において、大きな役割を担っていかれるに違いない、と私は確信しているのです。