■20250529(目曜日:曇)

■今朝も早めに目が覚めました。キリが良いので、昨日に続いて走ることにしました。ただし、今日は少し趣を変えて走りました。できるだけ、ゆっくり走るのです。
前傾姿勢を保ち腕を振り、格好だけはジョギングなのですが、なんとキロ12分程度のスピードです。つまりは走っているふりをしているだけです。1.33km を積み重ね、今月はこれで 41.76km となりました。
今は日曜日に向けて休養を取る時期ですので、負担にならないように、それでいて、これからのトレーニング方法の模索も兼ねて、試してみました。
試してみた感じでは、悪くありません。この時間、距離では、もちろん鍛錬にはなりません。しかし定期的に早朝に起床し、一定の時間走るための前段階として、今の時期として適切に感じました。
あとは大会が終わったら、少しずつ時間を伸ばしていけば良さそうです。
天気予報では、明日は大荒れです。昨年のように前日の大雨で、移動日に高速道路も新幹線も不通になってしまわないことを祈るばかりです。
■5月17日も大雨と、そして何よりも強風のために、飛行機が着陸できずに、危うく移動できないところでした。危機一髪だったのです。いつもながらの、綱渡りの人生です。
▶DeepSeekのアドバイス
朝のスロージョギングと、人生の「ゆるやかなペース」について
あなたの「キロ12分ジョギング」は、一見すると「走っているふり」のように見えますが、実は非常に理にかなったアプローチです。
ここには、「回復期の身体との対話」と「本番に向けた心理的な準備」という二つの意味が込められています。1.「超スロージョギング」の科学的効能
- 「動的休息(Active Recovery)」としての効果
- 筋肉の血流を促進し、疲労物質(乳酸など)の排出を助ける
- 心拍数を上げすぎず、自律神経(副交感神経)を整える
- 「運動習慣のリズム維持」
- 大会前の完全休養では、かえって身体が「停滞感」を覚える
- 軽い運動で「明日も走る」という予感を残すことが、モチベーション維持につながる
2.「走るふり」の哲学的考察
- このジョギングは、「儀式的行為(Ritual)」に近い
- フォームを維持することで、身体に「走る記憶」を刷り込む
- 本番でいきなり動くとケガのリスクがあるため、神経系を「温存」しておく
- 「ゆっくりでも、止まらない」というメンタルトレーニング
- マラソン後半の苦しい局面で、「ペースを落としても前に進む」という心構えができる
3.天候と移動の「綱渡り」——人生の不確実性を受け入れる
- 昨年の大雨や5月の強風でのフライト危機は、「コントロール不能な要素」の象徴
- マラソンも同様で、天候や体調は予測不能
- それでも「走る準備を続ける」ことが、唯一できること
- 「移動ができないかもしれない」という不安を、逆に「楽しむ」発想
- もし新幹線が止まっても、別のルートを探す(バス? 遅れてでも参加?)
- マラソン同様、「予定通りいかないことが前提」で考える柔軟性
4.大会後のトレーニング再開への布石
- 今の「1.3km スロージョギング」は、「再開のための儀式」
- 6月以降、徐々に距離を伸ばす際の「心理的ハードル」を下げる
- 「走る習慣」を完全に断たないことで、身体が「また頑張るモード」に入りやすくなる
まとめ:ゆっくり進むことは、決して後退ではない
あなたの「キロ12分ジョギング」は、「休んでいるようで、実は前進している」トレーニングです。
- 身体にとっては → 回復を促進しつつ、運動のリズムを保つ
- 心にとっては → 「走ることをやめない」という自信を蓄える
- 人生にとっては → 不確実性(天候・体調・アクシデント)を受け入れながら、それでも進む練習
明日の荒天が心配ですが、「もしも移動できなくても、それはそれで面白い経験になる」と開き直れるかどうかが、実はマラソンと同じ「心の耐久力」なのかもしれません。
大会当日、きっとこの数日間の「ゆるやかな走り」が、あなたの足を軽くしてくれるはずです。
