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2018ベトナム支援の旅

■20181018-23日

 

 

 

今回の支援の旅にご寄付・ご後援いただいた皆様に心より感謝いたします。

 

(株)メディオ薬局、富士宮ロータリークラブ、沼津西ロータリークラブ

株式会社フジモトさま、三原設備さま・鶴岡さま、

鈴木良則さま、鈴木和憲さま

あいあい眼科クリニックスタッフ一同

 

 

18日 沼津からハノイへ
19日 リハビリ器機寄贈/家庭訪問 4軒
20日 終日 被害者宅家庭訪問 8軒
21日 ニンビン省へ
22日 ハノイへ
23日 帰国

 

20181018(木曜日:晴れ)

いよいよ今年もベトナム枯葉剤支援の旅に出かける日が来ました。2008年はじめて参加したときには、Sun、Nonちゃん、Ayaちゃんも一緒でした。その時の様子は、

 

2008ベトナム支援の旅

 

今回はTomo君も参加することになりました。全員で6名の支援の旅です。いつもながら、どんな旅になるのか期待と不安が交差しています。

 

■18日、仕事を終えて、すぐに原駅に向かいました。東海道新幹線で品川駅、そして京浜急行電鉄で羽田駅国内線ターミナル駅へ行くためです。品川駅での乗り換えには、今回も迷いました。南口から上がれば、そのまま京急の乗り場に直行なのです。いったん北口を上がってしまい、やり直しました。南口です。

 

あとは順調でした。三階の出発ロビーに行くと、すでに大釜さんたちが到着していました。Tomoくんに連絡して待ち合わせ、全員が顔を揃えました。予約してあったWi-Fiルーターを取りに行きました。三階の反対側に窓口があります。

 

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無事に羽田空港で待ち合わせすることができました。

 

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ベトナム航空 VN385 便です。16時35分発ハノイ・ノイバイ空港行きです。

 

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現地時間20時に無事ハノイ・ノイバイ空港に到着です。手荷物の取り出しに1時間近くかかりました。到着口出口は迎えの車で大混雑です。

 

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ホテルのチェックイン前にフォーを食べました。美味しかったです。まずは旅の無事を祈って乾杯です。サイゴン・ビールです。

 

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ホテル近くの行きつけのお店です。この牛肉フォーは美味しかったです。いよいよ旅の開始です。

 

■ 昨夜は羽田空港16時35分発のベトナム 航空便に乗りました。 到着したのが現地時間20時。 気温23°ということで、やはり少し暑さを感じました。預けた荷物が なかなか搬出されずに、しかも 出てくるレーンが二つに分かれてしまい 手間取りました。結局空港を後にしたのは21時近く。 タインさんとトゥンくんが 運転手さんと一緒に到着口出口近くの道路で待っていてくれました。空港前の道路は待ち合う車で大混雑。だいぶ待たせてしまいました。バクザン省のホテルまで道路も整備され、昨年より30分も早く到着できました。

 

チェックインする前に軽く食事を取りました。フォーです。昨年は到着が遅く閉店していたお店も今年は幸いまだ営業中。みんなでサイゴンビールで乾杯の後でフォーを食べました。とても美味しく牛肉フォーをいただきました。思いの外美味しくてびっくりしました。

 

食事を終えてホテルに到着。部屋に入って、さっそく明日からの活動のための準備作業に入りました。支援物資の割り振りと支援金の確認です。コツコツと貯めてきた支援金でリハビリ器具と施設の活動資金として1,000ドルを寄付します。

 

■20181019(金曜日:曇り)

Day 1  職業訓練センター(リハビリ器機寄贈) 午後から被害者宅家庭訪問 4軒

 

■午前中

 

さて、いよいよ今日から活動開始です。7時に起きて朝食を済ませ、ホテルを9時に出発。施設までは15分ほどです。9時前に施設に到着。歓迎を受けました。トゥイ施設長さんがこれまでの活動をパワポでデモしてくれました。ビデオで流しながら、これまでの活動で接したうちの二人の被害者が死亡したことを報告してくれました。新谷さんが褥瘡予防に尽くした方も昨年亡くなったとのこと。もう一人オレンジの服を着た女性もガンで亡くなったそうです。

 

私が挨拶をし、三年目の訪問で温かく迎えてもらったことを感謝。今回持参した医薬品と千ドルの活動援助金そしてリハビリ機器の贈呈をしました。眼科医検診をしている間に、機器の組み立てを行いました。合計四台の組み立てです。

 

活動の様子をまとめたビデオを流してくれましたが、これを送ってもらいるか確認。VAVA の副会長が来られました。今年の家庭訪問は、12 軒。子ども達は人数が少なかったのは、それぞれが仕事に出かけているためでした。若者たちで機器の組み立てを完了。11時前に四台の機器が完成。二台の自転車器具と上半身のトレーニング機器です。

 

 

 

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職業訓練センターに到着すると、トゥイ所長さんが、私達のこれまでの活動をスライドにしてまとめてくれました。

 

 

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お礼とご挨拶を私からさせていただきました。

 

 

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多くの方から寄付を頂きました。感謝、感謝です。

 

 

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今年は例年の寄贈品、医薬品などの他に施設からのご希望でリハビリ機器を寄贈しました。これまでにいただきた寄付金を原資にしました。そして運営費として現金 1,000 ドルも寄付することもできました。

 

 

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現地で購入した機器を若手の隊員で組み立てました。出来上がり、さっそく施設の入所者で試しています。とても楽しそうです。

 

 

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上の写真でトゥイさんが持っている額は、枯葉剤被害者救済に尽力した、赤いナポレオンこと、ヴォー・グエン・ザップ(ベトナム語: Võ Nguyên Giáp, 漢字:武元甲、1911年8月25日 – 2013年10月4日[1])は、ベトナムの軍人、政治家。ベトナム共産党政治局員。ベトナム人民軍 (QĐND) 総司令官です。

 

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午後の家庭訪問 四軒 被害者名簿

  氏名     国からの月額支援金
No 1 グエン・ティ・ホイ 女性 35歳 200万ドン(約9,600円)
No 2 グエン・ティ・チン 女性 40歳 45万ドン (約 2,500 円)
No 3 ハー・ティ・ニン 女性 33歳 100万ドン(約 4,800円)
No 4 グエン・バン・ティユ 女性 40歳 111万ドン(約 5,300円)

 

 

 

 

 

No1     表の1   被害者名 グエン・ティ・ホイ  女性 1983年生まれ 父も枯葉剤被害者

 

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父と娘 皮膚にコブのような腫瘍多数。

 

 

 

地域の人民委員会幹部が同行。幹部によれば、支援活動は足りていない。日本からの援助に感謝している。

 

■父の話

 

苦しいことが多いが、後ろ向きに考えても仕方がない。いつも笑顔で過ごしている。家の仕事を手伝っている。みなさんには、ここまで来ていただいて感謝している。妻は9年前に死んだ。6人の子供あり。症状があるのは、四番目のこの娘だけ。兄弟の支援は無理。生活の資金は、国の援助金のみ。月の支援金は父親と娘で全部で200万ドン。農業で自給自足に近い。

 

父親はフエ、クアンチ省で従軍。枯葉剤のひどい場所だった。父親は1953年生まれ。皮膚症状は1977年時点では無かった。それ以後に出現してきた。

 

娘は生まれた時点ではお尻に大きな腫瘍あり摘出した。病弱だった。6歳から小さい腫瘍が出現、次第に増大してきた。知的障害もあるが、自分のことは自分でできるし、父を手伝うこともできる。腫瘍が時々痛む。

 

今回の我々からの支援金は200万ドンとした。

 

 

  

■No2  表 2 グエン・ティ・チン 女性  1978年生まれ 40歳 

 

 

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 自分では自分のこともできない。知的障害があり、彷徨するので鍵をかけた部屋で住んでいる。生活資金は月45万ドンの国からの支援金のみ。農業で自給自足。両親は今のところ元気。父は1952年生まれ。母は59歳。

 

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 父はクアンチから南の地域で枯葉剤を浴びた。従軍は5年以上。父は今のところ障害がないので枯葉剤支援金なし。子どもは、6人。チンさんは第一子。他の子供達には障害なし。15歳までは普通に過ごしていた。それまでは学校へ行っていた。症状が出て病院で枯葉剤障害者と認定された。

 

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■No3 表の四番目 ハー・ティ・ニン

 

ハー・ティ・ニンさん

 

二人兄弟。父は10年前に死亡。自分のことはできない。母が面倒を全て見ている。今日は機嫌が悪く洋服を破ってしまい、裸でいた。1985年生まれ。33歳。

 

100万ドン 月の支援金。お兄さんと本人。本人は妹。兄には異常なし。

 

■No4 表の3番目  グエン・バン・ティユ

 

向かって右端が、グエン・バン・ティユさん

1978年生まれ。現在は弟と二人、兄弟だけでVAVAの支援金で建てた家で住んでいる。四人兄弟の二番目。男性。話すことはできない。父の親戚の女性が二人の面倒を見ている。

 

毎月111万ドンの支援金。両親はすでに死去。弟は、建築土木の仕事をしている。

 

20181020(土曜日:曇り)終日家庭訪問 day2

 

  氏名 年齢 性別 国からの月額支援金
05 ゴー・バン・チュック 80歳 男性

170万ドン(約 8,200 円 )

06 ダム・グォック・ホン 79歳 男性 100万ドン(約 4,800 円 )
07 メイ・バン・ダン 80歳 男性 280万ドン(約 13,500 円 )
08 ファン・バン・ルォオン   男性 190万ドン(約 9,140 円 )
09 ファン・バン・ナン 68歳 男性 530万ドン(約 25,500 円 )
10 チャン・ズイ・チュン 28歳 男性 150万ドン(約 7,200 円 )
11 ディエン・ティ・ルアン 63歳 女性 170万ドン(約 8,200 円 )
12 ゴー・バン・チュック   80歳 男性 180万ドン(約 8,700 円 )

■今日は終日家庭訪問の予定です。朝の7時にホテルを出発しました。バクザン省まではハノイから約 117km  ほど。昨年はノイバイ国際空港から二時間ほどかかりましたが、今年は30分は短縮されました。道路が整備されたからです。一昨年来た時には、まだ舗装されていない農道のような道を通りましたので、さらに時間が掛かりました。ベトナムは毎年変化しています。

 

最初の訪問家庭まで、山道を3時間もドライブしました。さすがに疲れました。

 

■Day 2 5軒目 ゴー・バン・チュックさん 80歳男性

 

ゴー・バン・チュックさん

ラオス国境で従軍。現在の症状は難聴と体の痛み。

五人の子どもがいる。一人はハノイで入院しているが、枯葉剤が原因ではない。

一人は死亡。原因は枯葉剤。二人の娘。他の家に嫁いでいる。残りの一人息子と同居。農業で生計を立てている。豚を飼っている。周囲の野菜で飼育。5−6ヶ月で出荷。

毎月170万ドン支援金あり。1972年頃帰郷。奥さんは70歳で元気。

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■Day 2 6軒目   ダム・グォック・ホン 79歳 男性

 

ダム・グォック・ホンさん

ラオス国境で従軍。1966−77年の10年間従軍。毎月支援金は100万ドン。

子どもは4人いて、男の子は1人で知的障害あった。⇒ 39歳で死亡、現在、その孫が同居している。

女の子 3人、結婚して付近に住む。別世帯で農業をしている。

現在夫婦で同居、血圧高く脳の血流悪い。頭痛が辛い。人民委員会近くの病院に月に一度通院している。

妻は病気がち、78歳。支援金と娘達の支援で生活、自分自身は農業をしていない。今の家は80年前に建てた。

 

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■Day 2 7軒目 メイ・バン・ダン 80歳 男性

メイ・バン・ダンさん

この娘さん1982年生まれ。娘は話せず、言葉も理解できない。仕事は手伝えない。この娘の将来のことが一番心配。自分のことができるのみ。5人娘の三番目。

 

1966年から南部で従軍、枯葉剤被害者、娘とともに認定されている。

父 200万ドン、娘は80万ドンが月の支援金。

妻は死んだ。本人は目がよく見えない。降圧剤を内服。

7人の子供。息子と2人との娘5人。末っ子夫婦と三番目の娘と一緒に暮らしている。農業のみで生活。父の年金。毎月400万ドンあり。

症状があるのは、この娘のみ。枯葉剤被害者が集う機会はない。

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■Day 2 8 軒目  表 5 ファン・バン・ルォオンさん

 

ファン・バン・ルォオンさん

月190万ドン支援金、他の収入無し。本人は目が霞む。枯葉剤障害は自分のみ。

夫婦と障害のある子と暮らしている。妻70歳。子どもは4人いる。娘一人が知的障害あり、枯葉剤とは関係ない。息子さん夫婦は農業するもコメは少ししか取れない。息子さんは43歳。

他の三人には障害なし。後の二人の行方は分からない。

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■Day 2 9 軒目  表 9 ファン・バン・ナンさん 68歳  女性。

右端がファン・バン・ナンさん

従軍でフエに行って10年間従軍していた。夫は枯葉剤被害者で片目は見えない。右手と左足不自由。

月530万ドン支援金。高血圧薬のみ服用。5−10万ドン薬代。

子どもはいない。養子を一人。男子。40歳。

妻は夫の面倒見て終わり。養子と同居。娘三人。孫の教育費がかかる。農業は食べるだけ。

 

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■Day 2 10軒目  表10 チャン・ズイ・チュンさん 28歳 男性

チャン・ズイ・チュンさん

  
生後から脚の萎縮、歩けなくなった。自分の事はできない。座れない。話すこともできない。言葉を理解できない。兄がいる。問題なし。

月150万ドン。オレンジの栽培。金にならない。兄が同居。奥さんと子ども二人あり。34歳。

父は10年前に死亡。

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■Day 2 11 軒目  表11 ディエン・ティ・ルアン 63歳 女性

 

ディエン・ティ・ルアンさん

ディエン・ティ・ルアン 63歳 寝たきり  二人の息子 一人行方不明の妻と孫二人と暮らしている。

170万ドン 女性兵士として従軍 夫は二年前に死亡。

12年前より寝たきり。話はできた。悲しくて泣いている。

腹痛に苦しむ。

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■Day 2 12軒目  表12 ゴー・バン・チュック 80歳 男性

 

ゴー・バン・チュックさん

娘さん 42歳 話せない。枯葉剤被害者。月180万ドン 支援金。

五人の子どもがいて、末っ子の家に住んでいる。

1976年から父は寝たきり。奥さんは77歳、娘と夫お面倒をみている。

夫は自分で食事は取れるが、娘は介助が必要。ビンディン省で7年間従軍。ラオスの国境で従軍。

末っ子は農業に従事している。支援金 本人200万ドン、娘 90万ドン

五人のうち、一人は死んだ。

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■20181021(日曜日:晴れ) Day3

 

■バクザン省からニンビン省に移動。

 

 

ニンビン省では、女性兵士だったビンさんと再開し、旧交を温めました。ビンさんの街は道路も整備され、すっかり様変わりしていました。

 

■20181023(火曜日:晴れ) 早朝 ノイバイ国際空港にて

 

 

いよいよ今年の活動も無事に終えて帰国する時が来ました。早く日本に帰りたい気持ちと、サヨナラをしなければならない寂しさと、入り混じった心境です。