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2014 年 08 月のページ:2014ハワイの旅

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2014年月 08 月 31 日 (日曜日:)2014ハワイの旅: 通算走行距離 2,195 Km / 月間走行距離 73 Km


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■午前中の便でホノルルに戻りました。午後からは観光バスに乗ってダイアモンドヘッドまで出かけました。母方と父方が別の島出身である運転手の方が、色々なお話をしてくれて楽しいひと時でした。

 バスを降りてワイキキビーチ散歩を楽しみながらホテルに帰りました。現地時間の午後午後4時21分。ワイキキビーチ前のマクドナルドでソフトクリームを頬張っているところです。



2014年月 08 月 30 日 (土曜日:) 2014ハワイの旅


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■ハワイ島のHilton Waikoloa Village に宿泊しました。ホテルと言ってもクラブメッドの小型版、とでも言うべき施設です。村の中を路面電車とボートが端から端まで宿泊客を運んでいますので、いかに広大な施設かが分かります。

 電車大好きのTakuには、堪えられないだろうと思いきや、どうも遊覧船の方が気に入ったようです。路面電車は冷房が効きすぎて寒いほどでした。あれでは、むしろ遊覧船の方が風を受けて爽快です。

■今日は、ハワイ島一周旅行に出かけました。



2014年月 08 月 29 日 (金曜日:)2014ハワイの旅


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■昨日は午後から電車を乗り継いで日暮里駅に着きました。京成電鉄線のスカイライナーに乗り換えて、成田空港に行くためです。

 前回スカイライナーに乗ったのは 2010 年にベトナムに行くために乗って以来です。

 19時羽田発のJAL便に搭乗しました。一眠りすればホノルルに到着する、という塩梅です。

■現地時間では朝に到着し、そのままハワイアン空港便でハワイ島に飛びました。30分ほどの飛行です。

 ホテルに到着して一休み。夕食はホテル内のイタリアン・レストランで楽しみました。



2014年月 08 月 28 日 (木曜日:曇り)


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■昨日からめっきりと涼しさが募りました。何しろ久しぶりに日中冷房を入れずに仕事をしました。涼ししということが、これほど楽なことだとは、当たり前のことなのですが、人はすぐに忘れてしまいます。でも忘れるから生きていける、とも言えます。辛く苦しい事は忘れるしか無いからです。

 アドラーの言うように、「トラウマなど無い。人は、今ここから生まれ変わることができ、誰でもが幸せになれる」と信じたいものです。

■さて、今日の午後から遅い夏休みです。お盆に休日当番になってしまい、休むことができませんでした。これから少し仕事を離れて、のんびりする予定です。

 毎日の決まり事として、仕事は有難いものです。もし、明日から仕事をしなくても良いよ、と言われれば楽な反面、何をしたら良いのか戸惑ってしまうのが現実に違いありません。何もしなくて良いから好きに過ごして良いよ、と言われて、きちんとした毎日を送れる人は、賢者に相違ありません。私には、とてもできそうにありません。

 とは言っても、60歳定年制を採用した先人の知恵には、なるほどと思う今日この頃です。昔の60歳と今の60歳は、ぜんぜん違うでしょうが、社会に出て40年間も働き続ければ、金属疲労に陥るのは無理からぬことです。

 ただ漫然とだらだらと働き続けるのではなく、インド人のように「人生の四期」をいつも意識しながら、本当の実りある人生を送ることは、とても大切に思えてくるのです。



2014年月 08 月 27 日 (水曜日:雨)


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■今朝は雨。広島の豪雨災害から、ちょうど一週間。未だに見つからない行方不明者に対する懸命な捜索作業が行われています。台風一過のように、あとは再建作業に専念できれば良いのですが、降り続く雨のために操作が難渋している事に同情を禁じえません。

■今月の 100 キロ走破の目標は、どうやら達成できなくなりました。金曜日からは遅い夏休みを取る予定ですので、朝のランニングはできません。旅先でも機会があれば、一緒に走ろうとTaku と話し合っていたので、若干の積み上げはできそうです。

 昨日は床屋さんに行きました。旅行前に、さっぱりしておきたかったからです。刈り終わって会計の段になり、1,200 円頂きます、と言われました。もう数年前から会計の段階では、高齢者割引価格を請求されていたのですが、昨日は通常価格でした。高い金額を請求されて、嬉しいやら腹立たしいやら、実に複雑な心境でした。61歳です、と言って割引を受けました。これも、嬉しいやら悲しいやら。つまらないことで、一喜一憂している自分が可笑しかった昼休みでした。

 床屋さんのある一角に街の本屋さんがあります。床屋さんへ行く度に、本屋さんへ寄ってから家に帰っていたかつての事を思い出しますが、最近はとんとご無沙汰です。本当に申し訳ない気持ちで一杯です。アマゾンで電子書籍を買うことが日常になってしまったからです。今日も、「ソクラテスの弁明」と「考えるヒント」を購入しました。Nexus 7 と、場合によってはスマホでも読むことができます。

 最近はスマホにも、「嫌われる勇気」を入れてありますので、出かける時は電車の中で読むことにしています。近眼が強い私は、メガネを外せば細かい字を読むことも苦になりません。以前は読書はNexus 7 と決め打ちだったのですが、デジカメの代わり、文庫本の代わり、さらにはランニング・ウォッチの代わりと、今ではスマートフォンは大活躍です。奇妙なことに、私のスマートフォンは電話として使われることは、ほとんどありません。誰も掛けてきてくれないからです。電話として使わないところが、スマートフォンなのでしょうか?

(●^o^●)

 鶴ちゃんの観察によれば、電車に乗れば 7 割近い人が乗った途端にスマートフォンを見始めるとのことですが、私もその一人です。読書が主な目的ですが。時代は、本当に変わりました。


2014年月 08 月 26 日 (火曜日:曇り)通算 2,195 Km/ 月間 73.1 Km


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■今朝は走りました。8.38 キロを 51 分かけて走りました。三日間走らなかったので、思ったよりも体は軽かったのですが、とにかく蒸し暑いので汗だくになります。それだけでも体力を消耗しますから、結構大変です。

 8月も残り一週間となりました。広島では、未だに豪雨災害が収束に至っていません。今日も雨の予報が出ているようです。

■さて以前書きましたように、「嫌われる勇気」がアマゾンで売れ続けています。アドラー心理学が注目されています。

 もうかれこれ10回近くになりますが、未だに「嫌われる勇気」を読み返しています。人の持つ全ての悩みは人間関係の悩みである、というアドラーの教えは、読むほどに深く心に届くのです。



2014年月 08 月 25 日 (月曜日:曇り)


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■昨夜は熟睡出来ました。日中は暑いものの、日が落ちると急に秋めいてきますから、季節は間違いなく移ろいつつあるのです。暑苦しくて眠れない、というのは、いかに体に負担になるか、熟睡できないことが大きなストレスになることを実感します。

 昨夜は鶴ちゃん夫婦と納涼会を開きました。飲んで食べて喋って、楽しい時間があっという間に過ぎ去りました。民生委員をSunから引き継いだ鶴ちゃんが、直面している様々な問題を四人で議論したりして、有意義な時間でした。

画像の説明

 家から歩いていける温泉施設の中にある居酒屋さんで楽しみました。どんなに飲んでも歩いて帰ることができますから安心です。

 どちらの家庭も、これから子ども達が迎えるであろう様々な転機を無事に乗り切って欲しい、とお互い願いました。


■今朝、配信されてきた以下の記事は、全ての国民に読んで欲しいものです。まだネットには掲載されていないようです。しばらくお待ちください。

 良心的な編集方針で、他の大手新聞とは一線を画している東京新聞ですら、こうした国際関係報道では、いわゆるプロバガンダの域を出ていないと感じるのが、大変残念です。そこまで人員の確保が付かないのでしょう。

 あるいはアメリカ寄りの報道以外はできないのが、日本の報道機関の掟なのでしょうか。結局最後は頓珍漢な報道として、取り残されることで日本だけが置いてきぼりを食う、という愚かな選択をしなければよいのですが。

 むしろ田中 宇さんと契約して記事を掲載した方が、よほど紙面の質を高らしめる気がするのですが。


2014年月 08 月 24 日 (日曜日:曇り時々晴れ)


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■昨日土曜日にNHKで大変興味深い番組が放映されていました。

 番組の紹介には、

■番組内容

 スコットランドの独立が、世界の注目を集めている。300 年にわたりイギリスの一部だったスコットランドで、独立を問う住民投票が 9 月に実施される。現地からの最新報告。

■詳細

 スコットランドが独立に揺れている。300 年にわたってイギリスの一部だったスコットランドで、独立を問う住民投票が 9 月に実施されるのだ。北海油田という経済的自立の基盤もあると訴える独立賛成派。

 一方で国力の低下を懸念する反対派。住民を二分する議論が続いている。さらにスコットランドには、イギリスで唯一の核兵器基地があり、その行方を世界が注目している。いったいどんな選択がなされるのか、現地からの最新報告。


 この番組を観て私が連想するのは、沖縄です。かつて独立王国として繁栄を誇った沖縄。今は見る影もありません。まさに基地と補助金の地方に成り下がっています。鳩山政権が誕生し、少しはスコットランドのように地方分権に鍵を切る歴史的な転換点になるかと思いきや、本土の既得権益層にスキャンダルを連発され、元の木阿弥に戻ってしまいました。

 沖縄に自立してもらっては困る人々が、本土には闊歩しているのです。おそらく永遠に沖縄に春はやってこないでしょう。

 そんな沖縄とスコットランドがダブって見えたのは、私だけでしょうか。



2014年月 08 月 23 日 (土曜日:晴れ) 処暑


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■今朝は鶴ちゃんとのウォーキングデイ。桃沢神社までの8千歩程の道のりです。

 広島では大きな災害をもたらした雨が、未だに心配されています。台風一過のようには行かないようです。日本は天災列島だと、痛感するばかりです。

■さて以下の記事は、彼の国の驚くべき現状を知らせています。2008年のリーマン・ショックにより、それまで隠されていた影の部分が顕になりました。金が金を呼ぶ金融資本主義の暗の部分が露見したのです。

 金は回らなければ意味がありませんから、投資という仕組みは不可欠なものなのでしょう。これまで商業銀行が担ってきた役割です。ところが投資銀行と呼ばれる存在が血道を上げてきたのは、金融工学を駆使して、実態が曖昧なものに投資することで、金が金を生む世界を創りだしたことです。

 サブプライムローンが、その典型です。

 2008 年の金融危機以後、米国が続けてきた空前の金融緩和を背景に、株価は過去最高水準で推移している。米連邦準備制度理事会(FRB)によると、米国の家計が持つ株式や不動産などの総資産は、金融危機後に 4 割以上増え、今年 3 月末で過去最高の 81 兆ドル(約 8,340 兆円)を超えた。ざっと米国の国内総生産( GDP )の 5 倍だ。

 その富は、ごく一部によどむ。カリフォルニア大バークリー校の調査によると、12 年までの 3 年間で増えた所得の 95 %は上位 1 %の富裕層に流れ込んだ。


 こんな社会が、長続きするはずがありません。常識で考えれば結論がそうなるのは、決して突飛でもなんでもないと、私は思うのですが。


2014年月 08 月 22 日 (金曜日:晴れ)豪雨による被害多発


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■昨日は 61 回目の誕生日。TakuとAyaちゃんから朝お祝いのメールをもらいました。Facebookでは、シンガポールで活躍している長谷川さん、坂口さんからも便りを頂きました。みなさん、それぞれの立場で頑張っておられます。良き仲間を持つことは、本当に、「人財産」です。感謝、感謝です。

 ロータリークラブも昨夜は夜間例会。誕生日のプレゼントにPlatinumのペンをもらいました。書き味は良さそうですので手紙を書きましょう。

 お祝いに対する一分間の恒例のスピーチでは、ついにフルマラソンに12月挑戦することを宣言してしまいました。これで逃げも隠れもできなくなりました。あとはトレーニングするだけです。

 ということで、今朝も走りました。8.38 キロを 54 分弱で走り切りました。蒸し暑くて汗だくです。これで今月は合計 64 キロを走ったことになりました。あと 36 キロは、かなりキツそうです。月 100 キロ目標は、8月にはかなり敷居が高いようです。

■広島県を中心に豪雨の被害が、続々と報道されています。平成26年8月豪雨、と名付けられたようです。現場は市内から車で20分ほどの住宅街で、山の麓に切り開かれた宅地に、ところ狭しと家が立ち並んでいます。

 もろい風化花こう岩を土壌に持つ、この付近は以前にも災害に見舞われています。海と山に挟まれた広島市には、住むのに適した土地が少ないようです。高度成長時代に、とにかく切り開いて宅地を造成していったのでしょう。全国各地でこうした潜在被害地域は膨大な範囲に渡るに違いありません。

■さて以下の記事は興味深いものです。

 私たちは英国という国が、あるように誤解しています。実はイングランド、スコットランド、ウェールズの連合王国として成り立っているのです。スコットランドと同じゲール人の国であるアイルランドも、1949 年まで英国の一部だったことは、日本では知られていません。スコットランドが独立すれば英国にとって、アイルランド独立以来の国家縮小となります。

 この辺りの状況は、発表から少し時間が経っていますが、困った時の田中 宇さん頼みで以下の記事を御覧ください。


 日本に例えると、同じ本州という島にありながら、ある意味違った歴史を背負っている東北地方が独立を考える、というところでしょうか。明治以来薩長勢力に邪険に扱われてきました。会津が、その最たるものです。とどのつまりが福島の原発事故です。故郷を失ってしまったのです。

 歴史を振り返ることは、いつの時代においても、とても大切なことに違いありません。



2014年月08 月 21 日 (木曜日:曇り) 61 回目の誕生日


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■今朝はゆっくりと休みました。昨日は頑張って 8 キロ超を走りましたので、さすがに疲れました。暑さの中を走るのは、思いの外体力を消耗します。調べてみると、昨年は8月18日にお台場で「第1回真夏の夕涼みマラソンin台場」で10キロを走りました。夕方走ったのですが帰りがけには、夕日がまさに水平線に沈もうとしていました。汗だくになってゆりかもめに乗って新橋駅まで戻りましたが、汗臭くてあれは公害でした。あれ以来、走りに出かける時は、必ずビオレの小瓶を持っていきます。そのままランニングショップに行けない時は、終わった後にビオレで清拭するのです。すると、とりあえずは悪臭公害を撒き散らかさなくて済むのです。

(●^o^●)

 今日は誕生日です。61 歳になろうとは、夢にも思いませんでした。60 歳のうちにフルマラソンを完走するつもりでいたのですが、残念ながらそれは叶いませんでした。二年前の7月から走り始め、昨日までで通算 2,178 キロを走りました。40 キロランも二回経験しましたが、正式な大会でフルマラソンを走ったことは、まだありません。

 大会でスタートする時は、いつも緊張します。最後まで無事に完走できるだろうか、と不安に襲われます。それだけに完走出来た時の充実感は、他では得られないものがあります。

 走り始めたおかげで体も引き締まりました。プーチン大統領なみ、とは行かないものの、それに近い体型を維持できています。まだまだ働かなければなりません。とにかく健康に注意して、無理をせず、少しずつ鍛錬を積み重ねて、自分なりの夢を叶えて行きたいと思っています。

■さて以下の記事は有益です。

 豊かな日本では、こんなこと考える必要ない、と多くの方が思われるはずです。人種問題が苛烈なアメリカと、その対極にある日本では、確かに状況が全く違います。人種問題と貧富の格差の問題は、コインの裏表です。

 しかし日本でも子ども達の貧困の問題がクローズアップされるまでになってきました。あまりの経済格差のためにテロを始め、戦争へと突き進んだ戦前の教訓を活かして、戦後日本は平等化へひた走りました。私は正解だったと思います。

 ただそれは、冷戦という国際状況に助けられた面が大きいというのは、否定し得ない事実です。冷戦が終わってアメリカという傘の下で経済活動にだけ知恵を絞っていれば良い時代は、終わろうとしています。

 アメリカほどではないにしても、日本も格差が目に見えた問題になってきています。一番重要なのは教育の機会均等を確保することです。今こそ実はデジタル・ディバイドの問題を真剣に考えなければいけません。

 今ではインターネットという以前には無かった強力な武器が手に入るのです。教育分野こそ、インターネットの一番の活躍の場なのです。ただし、それを活かすも殺すも大人たちの責任なのです。

 Chromebookこそ、教育分野で活かすべき道具なのです。ウインドウズ・パソコンを、ただ台数だけ揃えて良しとしていた今までのやり方では、人材は育ちません。日本独自の素晴らしい仕組みが開発されることを願ってやみません。


2014年月08 月 20 日 (水曜日:曇り)


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■今朝は走りました。昨夜は理事会だったのですが、会議を終えて帰って早めに休むことにしました。今月は目標の 100 キロにほど遠い状態ですので、何とか目標に近づけるように、8.41キロを何とか走り切りました。

 走り終わると、本当に滝のように汗が落ちてきます。まるでプールから這い上がったかのようにずぶ濡れなのです。ランニングの後のストレッチをしていると、地面に水たまりができそうなほどの汗でした。これで 56 キロ超を走りました。12月のフルマラソンに向けてできる限りのトレーニングを積み重ねるつもりです。

■今こうして入力しているのは、アメリカ製のToshiba Chromebook なのですが、以下の発表は、とても楽しみなものです。

 新しいGPUと呼ばれる演算装置を組み込んだChromebookだというのです。消費電力もギリギリまで削り、一回の充電で 13 時間も持つようです。パワーは申し分なし。これからの新しい方向を示してくれています。9月からアメリカで発売されるようですが、まだ日本には出荷できない、とアメリカ・アマゾンのホームページには記載されています。

 出荷できるようになったら、このChromebookのように個人輸入してみようかと思っています。

■さてNHKで放送されている、三谷幸喜脚色×学園ミステリー、パペット・エンターテインメント『シャーロックホームズ』は出色です。三月に放送されて人気を博し、8月に再放送されています。私も昨日の夜初めて観ましたが、面白さに引きこまれました。いわゆるシャーロキアンと呼ばれる人々がいます。

 『シャーロッキアン!』は、池田邦彦による日本の漫画作品。双葉社発行の『漫画アクション』にて連載中、とWikipediaに記載がありますが、この漫画が、また面白いのです。私も二巻だけ読みました。中学生の頃、夢中になって読んだシャーロック・ホームズ物。テレビ番組も、いく種類かの作品を観ました。古典とは、そうした作品を言うのでしょうが、何度も映像化されています。

 ロメオとジュリエットも似ています。もう映画化されることは無いだろう、と思っていたら、フランコ・ゼッフィレッリ監督がオリビア・ハッセーをジュリエットに映画を作りました。ニノ・ロータの映画音楽も大ヒットしました。

 想像力を幾重にも掻き立てるのが古典の力。いずれまた、新たなロメオとジュリエットが作られるに違いありません。

 三谷幸喜さんのシャーロック・ホームズも、同じように新鮮な設定と見事な筋書きで観ているものを飽きさせません。なるほど、こんなシャーロック・ホームズものができるんだ、と驚かせるあたりは、さすがに三谷幸喜さんは脚本家として秀逸に違いありません。


2014年月08 月 19 日 (火曜日:曇り)


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■お盆も過ぎて朝夕次第に涼しさが募って来ました。暑苦しくて寝付けない、という夜は、ここ数日はありません。午前6時42分現在、蝉時雨が三階の窓から、いささか力なさ気に飛び込んできています。地上でのセミの命は、確か一週間ほど。7年間地中で過ごして、やっと地上に飛び立つことができたと思いきや、一週間で命を終えることを考えると、何と儚い命なのか。神様も酷なことをするものです。

■今日の東京新聞の朝刊に、興味深い記事が掲載されています。17面、文化娯楽欄です。「平原綾香と聴く クラシックの扉」。今日の曲は、モーツァルト オペラ「フィガロの結婚」。映画「ショーシャンクの空に」刑務所中に流れる歌声、と題しています。

 映画をご覧になった方には、印象深く思い出される場面です。主人公アンディーが所内放送でレコードをかけ、刑務所内に大音量の美しい歌声が響くシーンです。ここで流れたのは、フィガロの結婚の中の「手紙の二重唱」でした。

 懲罰房から出てきたアンディーは仲間にこう語ります。

 ずっと音楽を聴いていた、頭の中と心で。

 音楽は決して人から奪えない。


 先日亡くなられたロビン・ウイリアムズさんが主演した「ミセス・ダウト」の中で、ロビンさんが歌っていたのも、確かフィガロの結婚だったように思います。どんな秘密保護法を政府が作ろうとも、人々の心の中から音楽を奪うことはできないのです。



2014年月08 月 18 日 (月曜日:曇り)月間 48 Km:通算 2,170 Km


ひろ繁での前祝いディナー

■お盆の終わり今日から新しい週の開始です。子供の頃はお盆が過ぎると風にも秋を感じるようになり、暑さもようやく峠を超えたかな、と思ったものでした。今年は、本当に暑い、と感じる日はあまりなかった代わりに、西日本を中心に大雨に襲われています。

■さて今朝は走りました。土曜日、日曜日と二日休みましたので、今日は月間 100 キロを目指しての新しいスタートです。今月は、まだ 50 キロにも達していません。暑さのためでしょうか。一昨年、昨年と二回とも年間の最低記録は、8月でした。やはり炎天下のランニングは堪えます。

 とにかく一キロ、一キロの積み重ねしかありません。気長にやりましょう。

■いよいよ明日から、このホームページを管理する会社を完全に交換します。日本の会社からアメリカの会社へ移動するのです。引っ越しのようなものですから、長年の溜まりに溜まったファイルを無事に引っ越しさせるのは、なかなかの難事でした。

 やってみると色々勉強になります。インターネットの仕組みの、ごく一部ですが理解することができます。DNS( Domain Name Server )と呼ばれる情報提供コンピューター、つまりはDNSサーバーですが、その仕組も大切です。私達が例えば、amazon.co.jp と入力した時に、どうしてきちんとアマゾン・ジャパンのホームページに辿り着けるのか、という点です。コンピューターは数字しか理解できないので文字から数字の住所との対応を確認するために、時間がかかるのです。

 網の目のように配置された DNS サーバーがバケツリレーのように問い合わせを伝達し、アメリカにあるルーツのようなサーバーにまで辿り着いて、ようやく番地が数字に置き換わって目的地が分かります。

 今日までは、いわば二つの間借りしたワンルームマンションがあり、どちらへ郵便物を配達するかは、こちらで自由に操作できたのです。調べてみると、DNSサーバーに変更の指示を出しても、世界中にすぐに伝わるわけではないので、一定の時間が経たないと変更が周知されない、と記載されています。必要な時間については、様々な記載があります。1−2週間というものから、24−48時間かかる、というものまで色々です。

 実際に私が試したところでは、そんなに時間は掛かりませんでした。早い時には、30分後には変更が周知されていました。一時間みていれば間違いありませんでした。

 シリアで日本人が拉致された、というニュースも、今やネット上で最初に公表されるのが当たり前になりました。その理由は明白です。殆ど無料で手軽に情報を発信できるからです。昔でしたら新聞社に一報したのかもしれません。いまや、そうした意味での新聞社の存在価値はゼロに等しいほどです。

 インターネットに掲載すれば、それが興味ある内容なら、あっという間に世界中に広がります。それはそれは、恐ろしいほどの速度です。「悪事千里を走る」と言われたのは、インターネットが普及する前の事に限定されそうです。なにしろ良い行いも悪い行いも同様のスピードで拡散するからです。

 好き嫌いの問題を超えて、我々はこの現実と付き合わなければなりません。付き合い方を間違えると、場合によっては社会的に命取りになりかねません。クワバラクワバラです。



2014年月08 月 17 日 (日曜日:曇り)当番日


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■今日は当番日。ある先生が閉院されたため代わりの医療機関を決めなければならないのですが、お盆のこんな時期に代わってくれるところはありません。当番表を組んでいる医会長の私が代わるしか無くなりました。それでも今年度に残っていた、あと二回分の当番を二人の先生が快く引き受けてくださり、本当に助かりました。

 誰もやりたくない休日当番は、市民のために誰かが引き受けなければなりません。土曜日も仕事をしなければならない開業医にとっては日曜日は唯一の休日です。そこで仕事をすると、二週間連続で休み無しの仕事、ということになります。若いうちは、そんなこと苦にもならなかったのですが、歳を取ってくると辛くなるのは、どの業界でも同じことでしょう。

■お盆期間中だというのに、まるで梅雨真っ只中とも思えるような雨の毎日です。北アルプスでは岐阜県側と富山県側でも鉄砲水のために遭難者が相次いでいます。気象庁は、北陸地方では再度梅雨に入ったと思われる、と宣言した方が良いのではないか、と感じるほどです。

画像の説明

 仕事が終わって二人で、ひろ繁に行きました。私の誕生日の前祝いです。

 いつもながら綺麗で美味しい料理を味わうことが出来ました。

 着ているTシャツは、今年の千歳マラソンでもらった記念品です。ハーフマラソン完走記念です。



2014年月08 月 16 日 (土曜日:晴れ)


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■今朝は鶴ちゃんとのウォーキングデイ。桃沢神社までの往復八千歩。四方山話に花を咲かせながらのひと時です。こちらは、午前中は仕事ですので、これで今日は一日のんびりと、というわけには行きません。

 今年は猛暑の予想でしたが、蒸し暑さのあまり寝苦しいほどの夜は、数回しか無かったように記憶しています。お盆も過ぎて、これからは熟睡できる夜が増えてくるかもしれません。

■さて昨日は終戦記念日というこで、NHKでも特集番組を放送していました。その中に、「シリーズ日本新生 戦後 69 年 いま"ニッポンの平和"を考える」がありました。大変興味深く拝見しました。

 8 月 15 日終戦の日、戦争の惨禍を経験した日本が守るべき平和主義とは何か、改めて考える。軍事力の強化をすすめる中国など、日本を取りまく安全保障環境が激変している。

 戦後 69 年の今年 7 月、政府は集団的自衛権の行使容認を閣議決定。「積極的平和主義」のもと、日本の安全保障の新たな枠組みの構築をめざしている。2度と戦争の悲劇を繰り返さないと誓った戦後日本。21 世紀に入り、世界の枠組みが大きく変貌する中で、日本の平和をどう守っていくべきなのか。日本が掲げるべき平和主義のあり方を生放送で徹底討論する。


 異なる分野の6名の方が、それぞれの立場から意見を述べられていました。集団的自衛権の問題を中心に、賛成、反対の立場から主張を述べられていましたが、こうした番組を見る時は用心が必要です。

 田中 宇さんの記事を読むようになる以前でしたら、日本は某国に侵略される可能性が出てきたのだから、それに備えなければいけない、という側の意見を、なるほどなるほど、とたぶん受け入れたに違いありません。

 しかし、これが眉唾なのです。日本の未来を心から案じて意見を述べていると思いきや、実は自分の立場を守るために、自分の利益を守るために、虎の威を借る狐よろしく、横のものを縦にして見せている、という識者と呼ばれる人が多いのです。安部総理を取り巻く人々には、こうした方が、どうも多いようです。

 最後の一言の中で、某大学の安全保障の専門家が、日本は侵略される可能性など無い、などという非現実的な前提をもとに討論をしても意味が無い。冷静な現実的な意見を述べないといけない、という趣旨の発言をしていました。この先生は、一見すると戦前の青年将校を思い起こさせましたが、威勢が良いのは私にも分かりました。

 考えてみると、これまで日本が大陸を侵略したのは、豊臣秀吉の時代と戦前だけでも二回は間違いなくありました。ところが反対に大陸側が日本に攻め込んできたのは、モンゴル軍の元寇を除けば一度もなかったはずです。

 現実的に冷静に考えてみれば、こちらが攻め込まれるのではないか、と危惧するより、大陸側が心配するほうが必然性があるはずです。二度あることは三度ある、と言いますから。

 危ない危ないと言って、実は自分自身のことを再優先にしているから、世の中は危ないのです。ジャーナリスト鳥越 俊太郎(とりごえ しゅんたろう、1940年3月13日 - )さんの主張が、私には一番本当らしく思えました。自らを捨てている人の主張というものには、混じり物がありません。

 それに比べると、某元外交官の方は、アメリカの提灯持ち、という形容がぴったりでした。本当に、危ない危ないです。アメリカの一極支配が終わりつつある今、あらゆる手段を用いて、あらゆる国と厳しい交渉を通して、自国の安全を武力を用いること無く死守するのが外交です。アメリカだけに頼って済んでいた時代は、終わろうとしているのです。ところがマスコミには、自分自身の利益のために虎の威を借る狐たちが、うようよしているのです。

 テレビばかりを見ていると、容易に人はころりと騙されるに違いありません。それが世論と呼ばれるものを形成するのですから、国の未来というものは危ういものです。



2014年月08 月 15 日 (金曜日:曇)敗戦記念日


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■今朝は走りました。朝のランニングは昨日休みましたので、今朝は比較的スムーズにスタートすることが出来ました。朝の5時に目覚ましが鳴りましたが、それほどグズグズすること無く床から抜け出し、準備に入ることが出来ました。

 先日神田のランニングショップで硬いと指摘された足首も、少しずつですがストレッチの効果が出ているような気がします。8.56 キロを走りました。

■さて今日は敗戦記念日です。69年になります。それ以前には鬼畜米英として、一億火の玉になっていたとは、戦後生まれの私には想像もできないのですが、300万人もの同胞が犠牲になったのですから、白昼夢でも何でも無く現実だったのです。

 今朝のニュースでも取り上げられていた特攻隊の若い隊員の手紙を読むと、涙を禁じえません。彼らを英雄視するだけでは彼らの死が無駄になってしまいます。なぜ大切な戦力でもある若者の命を、まるで銃弾のように粗末に扱ったのか。それを命じた作戦本部の責任をきちんと追求しなくてはダメです。

 心理学者の岸田秀さんも著書の中で指摘していたように、アメリカの軍幹部たちは日本の兵士は勇敢で恐ろしい存在だったが、指揮官たちの愚かさには信じられない思いだった、と述懐しています。失敗することがわかっているのに、まるで判で押したような作戦を繰り返すばかりだった、というのです。こちらは準備して待っていれば、日本の方から網にかかってくれた、というわけです。

 司馬遼太郎さんが言うように、日露戦争までの軍幹部にはリアリズムがあったが、それ以降は精神主義ばかりが跋扈した、ということなのでしょうか。

 何はともあれ、きちんと敗因を分析して次回に備える、という当たり前の事をしないで済ませてしまう日本のやり方が、2011年の原発事故やサッカーのワールドカップ一次リーグ敗退まで、少しも変わらず繰り返されてきた感は否めません。

 今後の歴史の中で、また同じ過ちを繰り返すのではないか。安倍政権のやり方と、それを支持する日本人の様相を見ていると、その事を何よりも心配せざるをえないのです。



2014年月08 月 14 日 (木曜日:曇)


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■朝からどんよりした空が広がっています。天気予報では、気温は昨日ほど上がらないものの湿度が高く蒸し暑いとのこと。お盆に入り外来も昨日の午後からは閑散になってきました。17日の日曜日が休日当番日で今年はどこへも行けませんので、お盆中は通常通りに仕事をして、夏の終わりに休みを取る予定です。

■今日の東京新聞朝刊には、興味ある記事が掲載されていました。26面に「来日ドクさん カネミ被害者と交流 ダイオキシンの苦労 孫まで」と題するものです。

 ベトナム戦争でアメリカが散布した枯葉剤の影響とみられる結合双生児として生まれた弟のグエン・ドクさん(33)が来日して、同じダイオキシン類による被害に苦しんでいる日本のカネミ油症事件の被害者と交流した、という内容です。

 未だにカネミ油症事件の被害者の間で子や孫にまで被害者が出ていること。様々な身体症状に苦しむ十代から二十代の若者が少なくない上に差別や偏見を恐れて、家族間でさえ被害が隠されがちな現実があるとのこと、などは正直知りませんでした。

 「原因不明の症状が次々と出るのは、ベトナムも日本の油症患者も同じ。ダイオキシンの研究者は、現場に足を運んで実態をつぶさに見てほしい」と、被害者の宿輪さんは話されています。

 私達がベトナム枯葉剤被害者支援の旅で感じたのも、被害が国民にはあまり知らされていない、という現実でした。通訳を務めてくれた若い女性も、学校では殆ど習うことは無かった、と話していました。人里離れた農村で見捨てられて、誰からも顧みられること無く、細々と家族の介護を受けて暮らしている被害者の皆さんを見るのは、とても辛く悲しい経験でした。戦争で被害を受け苦しむのは、こうした庶民であることは、いつの時代も同じなのです。その事を忘れてはなりません。



2014年月08 月 13 日 (水曜日:曇)


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■今朝は走りました。起きだすのに四苦八苦でした。昨夜はそれほど蒸し暑いわけでもなかったのですが、睡眠サイクルの関係でしょうか、目覚ましの鳴った5時頃はちょうど深い睡眠に入っていたようです。それでも目が覚めてさえいれば経験上、どんなにグズグズしていても経過するのは 15 分程度です。ところが一眠りすると、あっという間に一時間が経ってしまいます。

 こうして5時半から走り始めました。体が重くて参りました。それでも3キロ過ぎからでしょうか、徐々に足取りも軽快になり、前傾姿勢も堅持できスムーズに脚が前に出ていくようになりました。

 通算走行距離が今月は、まだ 40 キロにも届いていません。今朝も 5.11 キロでした。とにかく少しずつ積み上げるしかありません。

■ホームページの移動が何とか無事に終わりそうです。ホームページ・ビルダーで作った 2008 年以前の古いファイルが認識されずに困っていました。問題はファイルのパーミッションと言われる属性の変更がなされていなかったためでした。ウインドウズパソコンだけを使っていると、そうした問題を意識することは殆ど無いのですが、インターネットはユニックスの世界です。ファイル一つ一つに属性、あるいは誰にそのファイルを変更する権限があるのか、という問題が生じます。

 移動する際に属性が勝手に変更されたようで、いままで何の問題もなく認識されていた写真やファイルが、あなたには権限がありません、と拒絶されてアクセスできなくなっていました。それを 2005 年分までは全て変更しました。

 一つ一つ経験ですね。これで日本のホティングサービス会社からアメリカの Network Solutions という会社のサーバーに全てのファイルを移動し終えました。8月19日で日本の会社とは契約が切れますので、どうやらスムーズに移行が済んだようです。保存容量は5倍、値段は1/3です。もちろん英語のマニュアルと格闘しなければなりませんので、誰にでも勧められる、というわけにはいきません。すんなりと自分のホームページのアドレスに繋がるようにするには、それなりの知識が必要です。

 少しずつ改善して行きましょう。全て勉強ですから。



2014年月08 月 12 日 (火曜日:曇)米俳優ロビン・ウィリアムズさん死去


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■昨夜は久しぶりに暑苦しさもなく、熟睡出来ました。日曜日の蒸し暑い日中に走った上に、昨日の朝も走ったので、今朝はのんびり眠るつもりでしたが、雨の音で目覚めました。小鳥のさえずりが無いので雨かな、と思っていたら地面を叩く雨の音が聞こえてきました。

■さて大変悲しいニュースです。

 沢山の作品に出演されているので、多くの思い出を下さった彼の死を悲しむ人は無数にいらっしゃると思いますが、「パッチ・アダムス」は子ども達も夢中で観ていたようです。

 私が始めて彼を知ったのは、アメリカに留学した同級生が帰国のおみやげの中に、1993年の作品「ミセス・ダウト」のビデオを忍ばせてくれていたおかげでした。当時ですから、VHSテープでした。クローズド・キャプションの器械を買って、英語のセリフを勉強した思い出の作品です。

 まず、あの顔が何とも言えません。もちろん二枚目ではありません。かのジャック・レモンさんを思い出させる、その顔は上質のインテリが持つ人間への優しさを私に感じさせたものでした。ユーモアと優しさ。どちらも二人の俳優に私が感じた上質の香りなのですが、他人には窺い知ることのできない数多くの試練をくぐり抜けて、始めて獲得したものに違いありません。

 重症のうつ病に苦しんでいた、という報道もありました。辛かったと思います。心からご冥福をお祈りします。天国でも、きっと周囲の人々を笑わせているに違いありません。


2014年月08 月 11 日 (月曜日:曇)


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■今朝は走りました。蒸し暑い中、昨日昼前に走ったのですが、その時に比較すれば随分と楽に感じました。昨日は走り終わった後に汗が止まりませんでした。脱水症状もきつく出たようで、夕方Sunと二人でニューウェルサンピア沼津へお風呂に行ったのですが、計測してみると体重が、57 キロを切っていました。

 昨日は走っている途中で昼時近くなりましたので、中華料理店の前の歩道を走っていると、肉野菜炒めでしょうか、の匂いが鼻をついて来ました。普段なら美味しそう、と感じるのでしょうが、走っていて疲弊した状態では、むしろ嘔気を催すから不思議です。

 走り始めると痩せるのが普通のようですが、その理由の一つが、カロリーを消費している割には、食欲は増加しないことではないでしょうか。むしろ私などは、少食になったほどです。それでは太るはずがありません。規則正しく生活し、運動を欠かさず、腹八分目なら、確かに医者は必要無いようです。

■さて午前7時10分現在テレビの中継では、ゴルフの全米プロ選手権のトップは、リッキー・ファウラーです。マキロイは2つのボギーで遅れています。距離も長くなり、より難しくなったコースでの戦いに変わりました。そういう意味では、日本人でも勝てる可能性がある、と言われている全英オープンゴルフがゴルフの本来の姿を一番留めているのかも知れません。風などの気象条件で難易度が全然変わってしまう海辺コースでの戦いですが、力だけでは勝てないところが魅力的です。数年前には、60歳になったトム・ワトソンが、18番ホールまでリードしていながら、最後のホールをボギーとしてしまい、プレイオフの結果最年長優勝を逃しました。見ていてハラハラどきどきが止まらない素晴らしい戦いでした。

 午後8時12分確認したところ、マキロイが逃げ切ったようです。メジャー大会を三週連続優勝したことを考えると、マキロイ時代の到来、とも言えそうです。

 ところで、ローリー・マキロイ(Rory McIlroy)やダグラス・マッカーサ(Douglas MacArthur)、そしてスカーレット・オハラ(Scarlett O'Hara)と言えば、アイルランド系であることの証のような名前です。以下は、Wikipediaの記述です。

■アイルランド人の人名

 19世紀から20世紀にかけてアメリカへと移住したアイルランド人の間で、アイルランド語で書かれ発音されていた人名を英語化することが行われた。今日でもアイルランド語、英語両方の名を持つ人々が存在する。

 ゲール由来の家名にはO’およびMc(少数はMacまたはMa)で始まる場合があるが、これはそれぞれ~の孫、子孫を示す接頭語である。例えばアイルランド上王のブライアン・ボル(Brian Boru)の子孫はオブライエン(O'Brien)という具合である。 

 Mcについては高地スコットランドの家名と同様に~の子といった意味である。接頭語Oで始まるアイルランド固有の名前としては : O'Neill、O'Brien、O'Connor、O'Leary、O'shaughnessy、O'Donnell、O'Toole、O'Meara、O'Malley、O'Hara、O'Bradaigh、O'Reillyなどがある。

 同様にMc、Macで始まる名については : McGroyn、McGuinty、McStiofain、McDonagh、McDonald、McQuillan、McGuinness、McGonigle、MacArthur、McQueen、McGuireなどである。


 このあたりは、司馬遼太郎さんの「街道をゆく〈 30 〉愛蘭土紀行 」を読むと大変勉強になります。アイルランドの悲惨な歴史。そして多くの移民。ガリバー旅行記を描いたジョナサン・スイフトなどなど、同じ島国とは言っても、日本とは天地ほど違う歴史を辿ったアイルランド。司馬さんの愛情溢れる一冊です。

 またビートルズのジョン・レノンもアイルランド系で、彼は皮肉の効いた典型的アイルランド・ジョークを連発したそうです。



2014年月08 月 10 日 (日曜日:雨)台風11号上陸:サボテンの花


サボテンの花

■台風11号が昨夜から大きな影響を与えています。東海地方では、というと、必ず三重県の事がずっと報道されています。大雨特別警報を出して、三重県には最大級の警報が発せられています。今までに経験したことのないほどの雨が降る、というのですから、大変です。

 沼津もほんの今までは、本当に降るのかな、と思っていのたですが、午前7時35分突然激しく雨が降り始めました。窓を完全に閉めているにもかかわらず、激しい雨音が聞こえてきました。

 今日はゴルフの月例日です。8時35分スタートの予定だったのですが、ご一緒するはずだった萩原先生から電話をいただき、これから降るようだから、今日は止めるよとのこと。私も踏ん切りがつきました。フロントに電話をして欠場を伝えました。ほんの15分前には、できるのではないか、と思えるほどでしたが、確かにこれから大雨になりそうなのが実感出来ました。

 ところが幸いなことに、ここ沼津では大した雨が降りませんでした。午後0時51分現在テレビのニュースでは、青森県沖の太平洋を震源とする地震があった、と報道しています。北海道函館では震度4を記録してます。津波は幸いなさそうですが、青森県七戸町で震度5を記録しています。

 台風に続いて地震の発生。まさに日本は天災列島に違いありません。こんな列島で原子力発電を続けるのは、危険この上ないことは常識に照らして明らかです。福島県には汚染除去対策のためと称して、三千億以上の税金が投入されるようですが、このまま唯々諾々と受け取るようなら、大臣が言うように結局は金でしょう、ということになりかねません。

 我が故郷は決してそんなことにならないように、常識に照らしてしっかりと行動しなければいけません。

■さて雨も降りそうにないので、走りに出かけました。8.44 キロを 53 分かけて走りましたが、蒸し暑さには参りました。足取りが重くて、途中で何度も止めようと思ったほどです。終わった後のストレッチでは汗が先を争うように落ちてきました。

■今日の写真は、土曜日に鶴ちゃんとウォーキングした際に撮影したサボテンの花です。以前イングリッド・バーグマンが出演した、同名の映画があったような気がします。鶴ちゃんが見つけてくれました。盆栽のような小さなサボテンでしたが、純白の清楚な花なのには驚きました。



2014年月08 月 09 日 (土曜日:曇)


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■今朝は鶴ちゃんとのウォーキング日。桃澤神社までの往復一時間ほどの道程です。鶴ちゃんは物知りですから、色々話を聞かせてもらったり、福祉の現場での様々な体験を知ることができるのは有難いことです。

 そこで出たのが、「第24回ふじかわキウイマラソン」の話です。以前から話は聞いていたのですが、富士川駅は袋井駅に比べればずっと近いのです。きちんと調べてみると、富士川駅からシャトルバスが出ていて、最長がハーフの部でした。それなら、ふじかわにも袋井にも両方出ることができそうです。

■さて以下の記事は、いつもながら文化に冷たい日本の有り様を伝えています。ハリウッドのように商業主義が支配する世界も異様ですが、それでも次々と才能が開花するのはアメリカらしいお話です。フランスなどは国を挙げて文化を応援しています。日本の場合は国が応援すると、遠慮がちな性格が災いして、今のマスコミのように提灯記事しか書けなくなってしまう恐れがあります。

 黒澤明監督も晩年は、ソ連、フランス、そしてアメリカから援助を得て映画を制作していました。

 映画の影響力は、たぶん私などが思っているよりもずっと大きいに違いありません。日本には世界に誇れる文化があるのですが、宣伝ベタという面がもったいない限りです。


2014年月08 月 08 日 (金曜日:曇) 袋井マラソンにエントリー


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■今朝は走りました。5.11 キロ。 32 分。キロ 6.17 分。走り終わった後は滝の様に汗が滴り落ちました。

 昨夜はロータリークラブの納涼会。ニューウェルサンピア沼津で楽しくバーベキューを皆で楽しみました。心配された雨も降ることもありませんでした。家族も参加し子ども達は花火をお父さんに見せてもらって楽しそうでした。

■さて、いよいよ決断しました。フルマラソンへのエントリーです。東京マラソンに申し込んだものの見事に外れて、今年は走ることができませんでした。自分なりに自信が付くまでは、と躊躇していたのですが、いつになって 100 % の自信など付くはずもありません。過酷ではない、という前提で選んで上で、思い切って申し込みました。「第 26 回袋井クラウンメロンマラソン in ECOPA」です。

 小笠山総合運動公園内 エコパスタジアム発着のマラソンコースです。原駅から1 時間 44 分で最寄りの愛野駅。6時7分に乗って7時51分に愛野駅に到着です。スタートは、9時10分。制限時間は、6時間。山に向かって走っていくので起伏がどれほどなのか、それが若干心配ですが、あとはやるしかありません。

■今日の写真は、先日神田のランニングショップで測定してもらった足底の足型です。



2014年月08 月 07 日 (木曜日:曇)立秋


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■今朝はゆっくりと休みました。午前7時4分の段階では、窓を閉めていても暑さを感じることもないほどの天候ですが、これからが大変です。昨日は館林市でも、再び 39 度超える気温を観測しましたし、今日は名古屋でも 35 度を超えそうです。まさに立秋とは名ばかりの暑さです。

■何とかホームページの引越しも無事に終わりそうですが、昔々のファイルに、なぜかアクセスできずに表示できません。あなたのサーバーでは、このファイルにアクセスする権利がありません、と表示されて拒否されます。以前のサーバーでは、そんなことは無かったのですが。これから原因を調査して解決しなければなりません。

■今日の写真は先日Takuと一緒に行った東京駅八重洲北口の様子です。1914年(大正3年)12月20日に開業し今年の12月で開業 100 週年を迎える東京駅。Wikipediaによれば、

 駅舎の保存・復原に関しては、当初の駅舎に使用されていた炭殻コンクリートについて圧縮試験の結果から、安全性の問題によりやむを得ず撤去することになった。また戦災を受けた鉄骨については、火災の影響が小さく再活用が可能と判断されたため、一部変形が激しいもののみ補強材を入れるのみで基本的に再利用が行われた。復元する3階部分については鉄骨鉄筋コンクリートで建設され、屋根組も基本的に現代の材料と技術により復原されている[382]。線路側外壁のモルタルは撤去して、この部分と3階の外壁について化粧煉瓦、花崗岩、擬石により復原を行った[218]。

 屋根は、創建当初は雄勝産の天然スレート約7600平方メートルで葺かれていたが、戦災復旧に際して鉄板葺きとなり、1952年(昭和27年)、1973年(昭和48年)、1990年(平成2年)と3回にわたって天然スレートでの葺き替えが行われてきた。復原工事前のスレートは登米産のもので、ドーム部と中央部は魚鱗葺き、切り妻部は一文字葺きとなっていたが、復原に当たって創建当初の一文字葺きに統一された。復原にあたって必要とされたスレートは45万7350枚(8790平方メートル)で、13万5450枚(2160平方メートル)は登米産のものを再利用し、雄勝産2万2800枚(430平方メートル)とスペイン産29万9100枚(6200平方メートル)で補う計画とされていた。しかし東日本大震災により宮城県で出荷準備中のスレートが流失・破損し、3万2120枚が不足したことからこの分もスペイン産で補われた。最終的に雄勝産1万5000枚(250平方メートル)、登米産11万1130枚(1480平方メートル)、スペイン産33万1220枚(7060平方メートル)となり、被災したスレートのうち使用可能と判断されたものは南北ドームや中央部など象徴的な場所を選んで配している[383]。

 ドーム内部の設計図は1枚しか残っておらず、写真も白黒のものだけであったことから、深井隆東京芸術大学教授の監修により古写真の分析などを用いてレリーフを復原した。南ドーム3階壁面南東側のレリーフのみは、戦災後も一部残存していたことからこれを樹脂を含浸して補強し石膏パーツで強化補強してそのまま取り付けている[383]。
こうして2012年(平成24年)10月1日に復原工事が完成しグランドオープンとなった。復原駅舎は地上3階(一部4階)、地下2階建、延べ床面積約4万3000平方メートルで、このうち駅施設およびトラベルサービスセンターが約7800平方メートル、ホテルが約2万800平方メートル、ギャラリーが約2900平方メートル、地下駐車場が約3600平方メートル、設備室などが約7900平方メートルとなっている[218]。

 2013年9月20日には、八重洲側に建設中であったグランルーフがオープンとなった。同時にグランルーフ直下の地下1階の商業施設「キラピカ通り」もグランルーフフロントとしてリニューアルオープンした。グランルーフは、地上3階地下3階建て総面積約1万4000平方メートルで、全長約230メートルの膜状の大屋根を備えている。2階のデッキはノースタワー、サウスタワーそれぞれの2階に直結している。さらに駅前広場の工事が続けられており、2014年秋にバス、タクシー乗り場、一般車乗降場を備えた約1万700平方メートルの交通広場が完成することになっている。外堀通り沿いには、サウスタワー建設時に出土した江戸城外堀の石垣の一部を活用した石垣が設けられる


 駅前広場は、未だ改築中ですが、上記の記載によれば秋には新装オープンするようです。Takuと一緒に、また行ってみたいものです。


2014年月08 月 06 日 (水曜日:晴れ)足首のストレッチが効果発揮?


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■今朝も走りました。神田にあるランニングショップでの先日の診断を元に、足首のストレッチを少しずつ始めています。歩く時は 10 度の、そして走る時は 15 度の角度が必要なのだそうです。しかし私もTakuも、かなり柔軟性が足りないことが分かりました。

 片足を着地した後に、膝が前に出ようとするのですが、足首の可動域が狭いと膝が前に出ずに外側に流れてしまう。それを取り戻そうと無理やり内側に捻る、という動作を長期間続けると、膝の靭帯に通常以上の摩擦が生じて、ランナーズ膝になる、というのです。

 3分間、一日五回のストレッチを指導されました。ところが、やってみると三分間のストレッチは、いきなりはとてもできないことが分かりました。まずは一分間からスタートです。要領は少しずつ分かってきました。あとは根気良く続けることです。

 そうしてストレッチをしてみると、今朝は心なしか膝が以前よりもスムーズに前に前にと動くような気がしました。そのためかどうか、5.11 キロではありましたが、いままでなかなか切ることのできなかった、キロ 6 分の壁を超えることができたのです。あとは継続です。

■台風 11 号が近づいているために、温かい湿った空気が南方から押し寄せています。館林市では昨日は何と 39 度を超えました。午前7時47分現在青空が一杯ですが、さてこれから天候はどうなっていくのかが心配です。とにかく暑い一日です。私は籠の鳥で空調の中で仕事をしているから良いのですが、外で仕事をされる方は本当に大変だと思います。熱中症などの被害者が出ないことを祈るのみです。

■さてホームページの引っ越しも山場を迎えました。何とかアメリカの新しい住処に家具を移したところ、ということでしょうか。ところがどの家具をどの場所に置いてあるか、という設計図が分かりません。例えば4年前に作ったページに貼り付けた写真が、どの場所に置かれているか、などの点です。

 ホコリ一つまで全てを移動すれば済むことではないか、と思われるのですが、そうは簡単に行かないのが世の中です。それでも何とか配置図を推理して、必要なファイルを新しい部屋の必要な場所に収納しつつあります。8割がた終わったというところでしょうか。数ページの写真が行方不明で再現できないところが残った問題です。

 期限までに引っ越しを終えることができるように、何とか作業を急がないといけません。

■以下の記事には考えさせられます。勝ち組と思われる神奈川県ですら、これだけの危機感を持って未来に向かっているのです。

 翻って我が町を見てみると、未だに巨大公共工事の実現に官民挙げて邁進しています。

「一に教育、二に教育、三、四が無くて五に教育」と言ったのはイギリスのブレア首相でした。巨大な箱物を作ったところで未来は巨大なゴーストタウンとなるだけなのは、ちょっとでも常識のある人間ならすぐにでも分かることなのですが、負債は未来払い、ということなのでしょうか。

 一部を引用すると、

 だが、今では正反対で、県下の企業の海外進出を積極的に後押しする支援策も提供している。なぜか。

 「日産自動車が、神奈川県の工場で生産していた自動車を海外で生産するようになった。県下の工場では、従来ほどの生産はなくなったが、最先端技術の研究や次世代自動車の開発拠点へと変貌を遂げた。グローバル競争に挑み続ける企業には変化対応力が不可欠だ。神奈川県にとどまることでゆでガエルになるのではなく、海外進出して一回りも二回りも大きくなり、神奈川を研究開発の拠点にしてほしい」(黒岩知事)

 世界の英知を集めて新産業を育成する。最先端の英知が集まる拠点であれば、自ずと人や企業が集まる。まずは「成長産業の研究開発の拠点」という位置づけを明確にして、県外からの企業誘致や県内企業の業態転換を後押しし、人の流入をも狙っている。当然、自治体が思い描くシナリオ通りに物事がうまく進むとは限らない。だが、何も手を打たなければ、急速に訪れる高齢化とともに、都市の衰退は目に見えている。


 英知、という点が大切なのです。人を育て、人を集めないとダメなのです。人こそが、一丁目一番地なのです。


2014年月08 月 05 日 (火曜日:曇)


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■今朝は走りました。昨夜は湿度が高く寝苦しい夜でしたが、気温はそれほど高くはありませんでした。西風があり、窓を少しだけ開けて眠りました。

 五時の目覚ましが冷淡にも鳴り響きましたが、しばらく逡巡の末起き出しました。それでもやはり体が重くて参りました。今日は、5.11 キロを走るに止めました。これで今月分の累積の開始です。また月 100 キロを目指してのスタートです。

 先週神田のランニングショップで指導を受けたことを思い出して、足首のストレッチを欠かさず、外側から内側に流れる癖に気をつけて走りました。自分では、どう走っているかは分かりません。がに股になり膝に負担がかかっているとは、夢にも思いませんでしたので戸惑うばかりですが、とりあえずはストレッチを欠かさずに靴の到着を待つしかなさそうです。



2014年月08 月 04 日 ( 月曜日:曇)


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■今朝は走るかどうか迷いましたが、自重しました。何しろ昨夜は午前様でしたし、一日中活動していたので、疲れました。Takuも我慢して、よく付き合ってくれました。還暦のお爺さんには厳しいスケジュールでした。

(●^o^●)



2014年月08 月 03 日 ( 日曜日:晴れ)父の墓参り:足裏の型取り


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■昨夜はTakuと二人でナイター観戦。久しぶりでした。ヤクルトに務める兄が神宮球場での切符を用意してくれました。祖父とは三人で何度か横浜球場で野球観戦をしましたが、祖父にとっては良い思い出だったでしょう。試合はヤクルトの一方的ペース。雄平選手の満塁ホームランも飛び出しヤクルトの大勝でした。朝日新聞によれば、

(8月2日、ヤクルト 9 ― 0 中日)

 豪速球左腕としてドラフト 1 位で入団したのに大成せず、野手に転向して 5 年目。ヤクルトの雄平が初めて満塁アーチをかけた。

 1 点リードの 3 回 1 死、味方が四死球ですべての塁を埋めていた。「犠飛でもいい」。待っていた高めの外角球に逆らわずバットを出した。「球に負けなかった」という感触の分だけ打球は切れず、左翼ポールに当たって跳ね返った。


 ヤクルトには陽が当たりませんから、こんな選手がいることも知りませんでした。素晴らしい選手が育っているのですね。あとはピッチャーが試合を作ってくれればヤクルトの後半戦の巻き返しも十分可能ではないか、というのが、ヤクルトファン兼評論家Takuの分析です。

(●^o^●)

 試合が一方的でヤクルトの勝利が間違い無さそうですので、8回が終わったところで、球場を後にして居酒屋に繰り出しました。球場からJR信濃町駅まで歩きました。神宮外苑ではコンサートも開催されていたようで、蒸し暑い夜でしたが、歓声があちこちから聞こえてきました。

 水道橋まで行って、Takuが探してくれてあった居酒屋に、ようやく落ち着きました。21時近ったでしょうか。それから二人で飲んで食べて語って、楽しいひと時でした。もう少しで日付が変わろうかという頃、宿に戻りました。

 ところが宿に戻ってから二回戦がありました。まるでダブルヘッダーのようでした。いま読んでいて、とても勉強になった例の「嫌われる勇気」の事を、Takuに話したところ、Takuも興味を持ってくれて話が弾みました。

 なんとなんと、3時近くまで二人で話し込んでしまいました。3時という時刻は、早めに目が覚める時刻としては何度かあったのですが、この時刻まで起きていたのは、何十年ぶりでしょうか?

(●^o^●)

■今日は、まず神田のランニングショップに寄り、足形に合わせてインソールという靴の下敷きを靴と共に特注しました。足型を取り自分の特徴を解説する診断を聞きながら、なるほどなるほど、だからランナーズ膝になるのだ、と納得しました。

 Takuも私も足首の可動域が狭いために、体重が外側に流れ、その後に内側に移動するために膝に負担がかかるようです。足首のストレッチも指導してもらいました。インソールが出来上がり靴と共に家に届くのが、9月の3日。それまでに足首のストレッチを積み重ねるつもりです。でも実際にやってみると、これがなかなかの難事なのです。硬いのですね。まぁ、少しずつ積み重ねるしかありません。

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足型を取ってもらうTaku。二人共同じような弱点があるようです。


 一時間半ほど掛かって注文が終わり、駅に向かう途中で昼食を取りました。Takuがよく知る定食屋さんです。さてそれからは、友人の息子さんが開いている銀座の画廊での個展を見るために地下鉄に乗りました。

 銀座は、ものすごい人混みでした。祭りを開いているようでした。氷細工が歩行者天国に飾られ、浴衣姿の女性が次々と行き違っていました。

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氷細工が涼を運んでくれました。


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この子ども達は、いったいどこに住んでいるのでしょうか。


 個展を見終わって帰りがけに、ユニクロの別ブランドGUの店に入りました。大バーゲンセールをしていました。500円以下の品物が、ところ狭しと並んでいました。Takuはびっくりしていましたが、銀座のど真ん中で、500円以下の衣類を買えることに、私も驚きました。二人で山のように買ってしまいました。

(●^o^●)

 数寄屋橋交差点前のロッテリアで、よく冷えたシェークを一緒に飲みながら、お爺ちゃんのお墓参りもしないとね、と話していると、また来るのは大変だから、これから行こう、とTakuが提案してくれましたので、一挙に忙しくなったのです。

 それから電車を乗り継いで北鎌倉駅まで行き、歩いてお寺まで向かいました。門前に到着したのが、16時半少し前。閉門寸前でした。お寺の方が、さぁ急いでお入り下さい、と言ってくださいました。

 父の墓石を何度も水をかけ洗いました。墓石というのは、まさに風雪に耐えているのですね。息子と一緒に父のお墓の前で手を合わせていると、次は自分の番だ、ということがひしひしと実感されます。悔いのない日々を送るしかありません。
 



2014年月08 月 02 日 ( 土曜日:晴れ)神宮球場でナイター観戦


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■昨夜は定例会から帰ってシャワーを浴び、一休みしていた頃ですから、21時頃でしょうか。雷雨が強まりました。窓を閉めて回りました。お陰で涼しくなりましたが、雷は怖いですね。天が怒っているように思えるから不思議です。別に天に叱られるような悪いことはしていないのですが。

(●^o^●)

■さて、ホームページの引っ越しは挫折寸前です。結局は、このソフト CMS としての QHM を使おうとする限りは移行は難しそうです。今までの情報をチャラにするわけには行きませんので、本当に困っています。マニュアルも読んだのですが、マニュアル通りに設定できません。残された時間も、だんだん少なくなってきました。

■午後から東京に出掛けました。Takuと一緒に神宮球場で行われるヤクルト対中日戦を観戦するためです。ネットで時刻表を調べ約束の 16 時の少し前に御徒町駅に到着できる列車を決めていました。仕事を終えて一休み。少し早めに家を出ました。

 原駅では、予定より一本前の電車に乗ることができました。予定では、15 時54分に御徒町町駅に着くはずですが、一本前の電車に乗ることが出来ましたので、あとはのんびり電車で読書でもしよう、と思ったのですが、何が起こるか分からないのが人生のようです。

 熱海駅で乗り換え東京行きの電車に座ることが出来ました。あとは東京駅に着くのを待つだけでした。スマホで読書をしながら、横浜を過ぎた辺りから寝こけてしまいました。絶対に予定より早く着くはずだ、と信じていましたので、何の心配もなく眠っていると、東京、東京という放送に目を覚ましました。

 ところが驚いたのは、時計を見ると 16 時 03 分となっています。最初は何かの間違いかと思いました。ところが駅の時計を見ても、16 時を過ぎているのです。慌ててTakuに連絡しようとした時に、Takuから電話が入りました。ちょうど京浜東北線に乗り込むところでしたので、ハングアウトで連絡をしました。いま東京駅に着いたところなので、ちょっと待っていて欲しい、と。

 どこで、どうなったのか、さっぱり分かりませんでしたが、とにかく遅れてしまいました。御徒町駅に着いたのは、16 時10分を過ぎていました。さらに時間を取られたのが切符の精算でした。原駅からは熱海駅までの切符を買って行きましたので、あとは精算機に切符とスイカを入れれば自動精算ができるはずだったのですが、何と機械が相手にしてくれません。駅員さんに頼みなさい、と一点張り。これでまた5分の無駄でした。

 こうして、ようやくTakuに会えたのが、16 時20分を過ぎていました。約束の時刻に遅れたことを謝りました。本当に参りました。

 さて、今度は夏の旅行のための切符を買うために京成電鉄の駅に向かいました。ずっと先だと思っていたのですが、もう今月の末なのです。成田空港へ行くために京成電鉄で日暮里駅から乗る予定ですので、上野の京成電鉄の駅で当日の切符を購入しました。御徒町駅でJRから乗り換えることも可能ですが、日暮里駅ですと駅の構内で乗り換えることができるので楽なようです。Takuが調べてくれました。

■こうして一つの目的であった切符の購入も終わり、チェックインするために宿へ向かいました。どこをどう行ったのか、田舎者の私には思い出すのが困難です。地下鉄を乗り継いで目的の宿に到着。手続きを済ませて宿を出ました。今度は神宮球場へ向かいました。再度、地下鉄を乗り継ぎました。

 以前、神宮球場で観戦した時にはJRの信濃町駅から歩いたように記憶していますが、今回はより近い東京メトロ銀座線「外苑前」駅3番出口より 徒歩約5分という選択でした。三連戦の中日(なかび)。昨日も二万人以上の観客が来場していますから、今日も混みそうです。

 地下鉄駅から球場に向かう歩道沿いには、夕食を販売する店が軒を連ねていました。こちらはコンビニでサンドイッチと飲み物を買っていました。終わった後の居酒屋がメインですから、当座を凌ぐだけの食料を用意しました。

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神宮球場に到着。ご機嫌のTaku。

神宮球場は何年ぶりでしょうか。やはり実際に観るのは迫力が違います。
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やはり夏は花火です。7回が終了後に打ち上げられました。

水道橋のお店で一杯やりました。野球談義に花が咲きました。
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2014年月08 月 01 日 ( 金曜日:晴れ)ベトナムはればれ支援隊定例会


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■今日からいよいよ8月です。自分の誕生月でもあります。明日にはTakuと一緒に神宮球場でヤクルトのナイターを観戦する予定ですし、月末には三人で海外旅行の計画しています。忙しい8月になりそうです。

 それでも月 100 キロの走行目標は達成したいと願っています。念願のフルマラソン完走を年内に成し遂げるためです。今の暑さの中では走っていても、自分の力では、とてもフルマラソン完走は難しい目標だ、と思ってしまうのですが、気候が変われば体への負担も変わります。

 とにかくアドラーの言うように、「いま、ここにスポットライトを当てて、ダンスを踊るように生きていく」しか無いのです。

 目標はもちろん大切ですが、人は過去に支配されないように、未来を支配することもできません。とにかく、「いま、ここ」に全力を尽くすしか無いのでしょう。

■さてホームページの移転も佳境を迎えています。午前7時3分現在、昨夜バックアップしておいた全ファイルを、FTPアプリで新しいサーバーに転送しているところです。うまく転送できるかどうか。全ファイル数は、14,767 ファイルもありました。

 この中には、QHM自体のファイルも含まれています。転送完了後にQHMのサイトからQHMを更新すれば、作業の完了のはずなのですが、うまくいくかどうか。

 午後3時11分にDNSサーバーの変更をしました。データーは移し終えました。はたして、どうなりますことやら。

■ベトナム枯葉剤被害者はればれ支援隊の定例会が、19時から開催され最終的な日程が決定しました。大釜芙美子さんが旅行社などとの折衝をしてくださり、日程を上手に組んでくれました。

23日 羽田空港 16時35分発

ベトナム着 2000時着

27日 朝 8時発 ハノイ発

1505分 羽田空港 着


 という日程が決まりました。以前のように二週間を費やすという長旅は、とても無理ですので、この日程で精一杯だと思います。今のところ参加者は、5名の予定です。自分たちにできることを精一杯するしかありません。活動も内容を絞って、少ない活動費の中でやり繰りをするしかありません。