■20190602(日曜日:晴れ)

いよいよスタートです。毎年いつも緊張します。

■今年も千歳に、やってきました。6月1日(土曜日)に診療を終えてから、14時15分頃家を出て富士山静岡空港に向かいました。特に混雑することもなく順調に東名を走り、 1時間30分ほどで到着することができました。


ANA1261便    静岡(16:25) – 札幌(新千歳)(18:05)です。静岡空港は改装も済んで、国際線と国内線の搭乗口は別になりました。いつものように前もって航空会社から QR コードが送られてありますので、スマホ上に表示したところをスクリーンショットに撮って保存しておきました。その QR コードを搭乗口でかざせば、問題なく通過することができます。本当に便利になったものです。


新千歳空港に到着してからは JR線に乗って、二つ目の駅である千歳駅で降りました。今年の1月にスキーに行くために、やはり千歳駅に降りて、新装開業したJRIN千歳に宿泊したのですが、今回もそうすることにしました。大浴場が魅力的だったのです。

チェックインを済ませて二人して居酒屋へ出かけたのですが、寒くはありませんでした。1月に来た時には、当然のことながら周囲は雪化粧で真っ白でした。駅前の居酒屋で前夜祭と称して一杯やったのですが、翌日の事を考えると、あまりお腹にもたれるものを食べるわけにはいきません。ビールもジョッキ一杯で切り上げました。

全国チェーンの居酒屋でしたが、やはりメニューの内容が全く異なります。さすがは食の宝庫北海道です。何を食べても新鮮で美味しいのです。程々のところで切り上げてホテルに戻りました。お風呂に入って、 布団の中に入って眠りについたのが10時半頃でした。 明日は5時半に起きて朝食を取る予定です。


■20190602(日曜日)

 

シャトルバスを待つランナーの長い列。


いつものように5時半に目覚ましを鳴らし、起き出してから走るための着替えを済ませてから食堂に向かいました。4種類ある朝食のうち、「健美定食」を選び、お刺身は避けて全てを食べました。ハーフマラソンは9時半スタートですので、8時15分にはホテルを出ました。

ホテルからバス停までは3分ほどです。駅前からシャトルバスが15分ごとに出ていますので、会場の青葉公園まではバスで10分足らずです。なかには駅から歩いて会場に向かっているランナーも見かけられました。


さて会場に到着しバスを降りました。たくさんのランナーが受付となる体育館に向かって歩いています。体育館の中はランナーと付き添いの皆さんで溢れんばかりです。

まず参加賞のタオルをもらいました。 キャリングバッグはホテルに預けましたので、ランニング用のリュックの中に着替えなど全てをしまって、Sunに託しました。

20分ほど前にスタートラインに並びました。 木々で覆われた緑のトンネルの先にスタートラインがあります。ゲストランナーの谷川まりさんの激励や楽団の演奏などがあり、少しずつ緊張が高まってきます。そしていよいよスタートです。

号砲が鳴り一斉にランナーがスタートしました。 今日は気温も22°近くに上り日差しも強く、マラソンに適しているとは、とても言えない天候でした。

コースの様子です。青葉公園をスタートし、ハーフの場合、10キロ過ぎの折返し点まで、延々と上りが続きます。

折り返し地点の10 km 過ぎまで延々と上りが続くのですが、最初はまだ元気が残っていますので、それほど辛いとは感じませんでした。折り返し地点の1 km ほど前にある簡易トイレが、私にとっては一つの目安になっています。そこまで行くと、ようやくその後のコースの概要が頭の中に浮かび、ゴールのイメージが湧いてくるのです。今年も簡易トイレに寄って用を足したのですが、それによって随分と体が楽になりました。たかだか数ミリリットルの尿を排泄するだけなのですが、体も軽くなり、また新陳代謝が盛んになるので、そう感じるのだ、とは解説書に書いてある通りです。今年はここに到達した時点で、昨年以上に疲れていたように感じます。やはり天候の負担が大きかったようです。ここに来るまでにも、もらったスポンジで何度か頭から水浴びをしました。 この簡易トイレのある地点が、ちょうど十字路になっており、折り返し地点まで行って戻ってきて左折するコースとなっています。

コースの高低差です。折返し点まで延々と上りが続きます。

折り返し地点を過ぎてからでしょうか、右膝に違和感を覚え始めました。右膝の痛み、ランナーズ膝が私の最大の弱点なのです。昨年は幸い痛みが出ることなく走り終えることができました。今年は折り返し地点を過ぎ、10 km を超えた頃から右足に力が入りにくくなってきました。今回初めて屈伸運動したのは何 km の地点だったかは、はっきり覚えていません。青葉公園を抜けて一旦一般道路の歩道を走るのですが、多分12、13 km の地点だったように思います。きっちり3回膝の屈伸運動をして走るのを再開しました。すると嘘のように違和感が消失するのです。しかし1 km ほど走ると、また違和感が再発します。その度に膝の屈伸運動を繰り返し、なんとか、だましだまし走り続けることができました。

青葉公園内のコースの脇を流れる千歳川。

15 km を過ぎてから、しばらく走ると左手にゴルフ場が見えてきます。 ザ・ノースカントリーゴルフクラブです。 『長嶋茂雄 invitational セガサミーカップゴルフトーナメント』が毎年開催されています。 8月の暑い間でも、北海道であれば比較的体への負担が少なく、トーナメントを開くことができます。毎年このゴルフ場の前を通過すると、もう少しでゴールだ、と我が身にむちを入れ直す場所なのです。

10 km を過ぎ、折り返し点を U ターンしてしばらく走り、青葉公園から一旦一般道路に出ます。比較的広い歩道を延々と走るのですが、ここもまた上り坂が多いのです。走る時はきちんと顔をあげて前を見て走れ、と教科書には書いてあるのですが、上り坂の場合、延々と続く上り坂を見ながら走るのは、精神的負担がとても大きいのです。疲れてくればくるほど、私などは、めげてしまうのです。今回は上り坂の間は前を見ることは、ほとんどありませんでした。上り坂の走り方の鉄則、つまり上り階段を一段一段上るように、それだけを心がけて前を見ずに走りました。 少し楽になり、どういうわけか足がスムーズに前へ前へと出て、走ることがとても楽に感じられる時間帯もあるのです。もちろん長続きしません。膝の痛みもぶり返し、足を前に出すことが困難になってきます。屈伸運動をしては、また走り直す。

そんなことを繰り返しながら、 最後の一般道路横断地点を過ぎ、青葉公園に入りました。あとは千歳川沿いの遊歩道をゴールに向かってひたすら走るだけです。 昨年よりは間違いなく、苦しい時間帯が続きました。昨年は出現しなかった膝の痛みもありますし、暑さも含めて天候のために消耗したこともありました。最後の500 メートルほどは、文字通り振り絞るようにして、残った力でゴールにたどり着きました。黙っていると苦しいので、「TAKU」、「TAKU」と声に出しながら、リズムを取りながら走り続けました。

ゴールし完走証をもらって、Sunの待っている所まで辿り着きました。

ようやくゴールにたどり着きました。2時間19分 41 秒。 男子50歳以上のハーフマラソン参加者 1,390 名とパンフレットにはありますが、60歳以上が何名かの記載は見つかりませんでした。60歳以上のランナー中 254 位と記録されています。ハーフマラソントップの方が1時間21分03秒でゴールしていますから、ほぼ 1時間遅れのゴールということになります。 出場者数はフルマラソンで5000名、 ハーフマラソンで3900名とありますから、その他の競技の出場者も含めれば1万人近い人達が参加しています。つまりは1万通りの走り方があるということです。上を見てもきりがありませんし、下を見てもきりがありません。羨む必要もありませんし、卑下する必要もありません。自分の持っている力を、どれだけ出せるかが大切なのです。

そうした意味では、昨年からの一年間の間に、毎月100 km の目標は達成していたものの、高野コーチのいう LSD を行うことも少なく、右膝への負担を減らすための筋力トレーニングもしませんでした。その点については後悔しています。来年への課題です。ただ毎月100 km 走るだけでなく、プラスアルファのトレーニングを加えることで、ハーフマラソンを走ることが、余裕を持って、そしてひょっとしたら楽しむことができるかもしれないのです。まさに来年への課題です。

ゴールし完走証をもらうために、完走した人たちの列に並びながら、なぜか急に涙がこみ上げてきたのです。なぜなのでしょうか。自分でも分かりませんでした。 もちろん悲しいわけではありません。未だに分かりません。

待ってくれていたSunと会い、体育館に入って完走賞の T シャツをもらいました。汗で汚れた体をタオルにつけたビオレの原液で拭きとり、汗臭くなることを防ぎました。その時、放送が入ったのです。「今ハーフマラソン最後のランナーが折り返し地点を U ターンしました」、というのです。スタートしてから2時間半が経過していました。84歳の男性ランナーだというのです。本当に、すごいものだと思います。

■期待と不安でいっぱいだった今年の千歳マラソンも、あっという間に過ぎ去ってしまいました。完走できたことは、何よりの喜びです。スタートする前には、本当に不安になるのです。途中で熱中症になったり、膝の痛みのあまり棄権してしまうのではないかと、不安ばかりが胸をよぎります。今年は走っている途中で、ランナーが 苦しそうに喘ぎながら、役員の方の救いを求めている姿を実際に二回も見ました。救急車がサイレンを鳴らしながら会場を後にしたのも見ました。 救急搬送されたに違いありません。 この時期の北海道にしては気温が高かったようです。

 

以前あるランナーの方から聞いた話では、8月に行われる北海道マラソンは以前でしたら快適な大会だったようですが、今では地球温暖化の影響か、8月でも気温の高い日があり、自分が前回出場した時には暑さのあまり途中棄権した、というのです。確かに6月2日でこの暑さですから、8月に行われる札幌での北海道マラソンは思いやられます。

 

参加賞もいただき、全てが終わりました。二人で歩いてバス停まで戻りました。フルマラソンは、これからスタートすると放送されていました。これからさらに気温が上がることを考えると、今年は大変なレースになりそうです。シャトルバスに乗って千歳駅まで戻り、駅前の居酒屋さんで私は一杯のビールを飲み、軽くうどんを食べました。もう一度ホテルに戻り、預けてあった荷物を受け取り、電車に乗りました。千歳空港駅まで戻り、レンタカー会社のカウンターに立ち寄り、予約してあった車を受け取るために会社の送迎バスに乗車。バスで10分ほどでしょうか。たくさんのレンタカーが並んでいる会社に到着し、車を借りることができました。今年はSunが洞爺湖にホテルを取ってくれました。 支笏湖を通って洞爺湖へ向かうルートをカーナビに設定し、レンタカー会社を出発。2時間ほどのドライブの予定です。

毎年、毎年タイムは落ちていますが、年も取りましたから、観念しましょう。

洞爺湖での寛ぎ

洞爺湖畔のパノラマです。羊蹄山が綺麗に見えました。

途中でフルマラソンを走るランナーに出会いました。いつか自分も出場したいものだと思いながらも、いまの走力では、とても無理そうだ、と感じました。

お風呂に入って浴衣に着替えて、食事前に湖畔を散歩しました。
藤棚が満開でした。季節の違いを感じました。

ホテルに着いて、まず驚いたのは、中国人観光客の多いことでした。バスで大挙して押し寄せている、という感じです。景色は良いし食べ物は美味しいとなれば、訪れてみたいと思うのは当然です。

19時から、ようやく夕食です。バイキング形式でした。何をとっても美味しいものばかりです。まずは完走を祝って、二人で乾杯です。

■千歳駅に戻りレンタカー会社の駐車場から出発して約2時間で、目的のホテルに到着しました。支笏湖へ向かう道路では、フルマラソンを走るランナーに何度か遭遇しました。あの暑さの中を走ったのですから本当に大変です。残りあと5 km 付近のところですれ違いましたので、皆さんは37 km 以上を走ったことになります。私自身もフルマラソンを走ったことはありますので、その苦しさは想像することができます。千歳マラソンのコースは、前半が延々と続く上り坂ですので、平坦なコースから比較すると、 その消耗度はかなりのものだと思います。本当にご苦労様でした。

16時過ぎにホテルに到着しました。駐車場がいっぱいなのに、まず驚きましたが、フロントで休む間にさらに驚いたのは、中国人観光客の多さでした。1階のフロント付近では、中国語が飛び交っているのです。中国人スタッフも準備されていて、応対に当たっていましたけれども、その人数と迫力には圧倒されるばかりでした。テレビでも報道していましたが、なるほど北海道の観光業にとって、中国人観光客はまさに干天の慈雨に相違ありません。

夕食後にホテルの売店で、お土産に買おうとお菓子を手に持っていると、中国人スタッフの方が親切にもカゴを手渡してくれました。そうしてくれれば、もう少し買い物をしよう、と思うのが人情というものです。きちんと教育されていると感心したものです。ところが日本人スタッフの応対には、いささか疑問を感じることがありました。 翌日の朝フロントで、チェックアウトを済ませていると、中国人観光客がスタッフに何やらさかんに中国語で質問をしているのです。ところが日本人のスタッフは、私は中国語は喋れません、の一点張りなのです。中国人スタッフがいるわけですから、自分は喋れなくても、スタッフを呼んでくれば済むことなのに、なぜかそうしないのです。もう一人いた日本人スタッフも、ただ黙って見ているだけで、行動しようとしません。その他にも、何度か対応に疑問を感じたことがありました。とても残念な思いでした。私が中国人観光客でしたら、二度とそのホテルに泊まりたいとは思わなかったでしょう。

中国を観光旅行したのは、私は2度しかありませんが、スタッフの対応に嫌な思いをしたことは幸い一度もありませんでした。上海や北京の地下鉄では何度も席を譲られました。そんなに年寄りに見えるのかと、がっくりきましたが、 一般市民の親切さには、新鮮な驚きを覚えたものです。

マスコミの中国関連報道を見ていると、どうも一方的な見方に偏ってしまうようです。ここ数日は天安門事件の報道で、テレビのニュース解説は終始しています。もちろん大切な問題ですし、忘れてはならない問題なのですが、 自分自身の国の問題として、もっと時間を割くべきテーマが他にあるだろうと感じるほどです。先日のトランプ大統領の訪日の際における報道を見ていると、これでは新華社通信と NHK は姉妹放送局なのではないか、と勘違いしそうなほどでした。 何が問題なのかを考えさせないように報道しているのではないか、とすら思えるのです。 何も考えようとしない国民というものは、羊の群れのごとく、支配するものには都合のいい存在なのでしょう。そうして国は壊れて行くのです。 本当に恐ろしいことです。