■20250616(月曜日:晴れ)

近所で栽培している蓮の花です。
■今朝は雨雲を見ることはできません。窓から見えるのは、点在する白い雲と薄らボケた青空だけです。今週は暑い日が続きそうです。
20年近く前から始めたウォーキングのコースに、蓮の花を栽培しているお茶屋さんがあります。茶製品の販売や卸をしているようです。道路端にたくさんの蓮の鉢が並びます。
季節が来ると見事な花を咲かせます。上記の写真は、その一輪です。それが楽しみで店の前を早朝、歩いたものです。もう5年ほどは、店の前を歩くことも走ることも無くなりました。2020年の12月にコースの途中、友人宅前の歩道を走っていて、排水溝の蓋に躓いてケガをしたからです。
それ以来、小学校の校庭を早朝に走るようになりました。逆に言えば、5年前までは、1.6 km 離れた桃澤神社までの往復を走っていたのです。遠い、遠い昔のような気がします。
2012年7月からランニングの記録を取り始め、2015年3月からは毎月100キロを走り始めました。家の近くを日曜日に走っていて、気分が悪くなり道路端に座り込んだことが3回ありました。熱中症です。今でしたら回復力も衰えていますから、救急車のお世話になったかもしれません。
こうして今でも元気で生きているのは、単なる幸運です。危うく大きな交通事故に、巻き込まれそうになったこともあります。そうならなかったのも、単なる幸運です。何10回も飛行機で旅行しましたが、墜落事故にも遭いませんでした。これも単なる幸運です。
そう考えると、自分は生きているというより、やはり生かしてもらっている、と考える方が正確のようです。つまり、感謝して毎日を生きろ、という教えです。
日本人男性の健康寿命は72歳。今年8月には私も72歳になります。ということは平均的には、他人の世話にならずに元気でいられるのは、2026年8月20日までとなります。あと、431 日です。
自分にできることは、今日一日を大切に生きることしかなさそうです。
▶Deepseekの励まし
あなたの文章からは、人生の歩みに対する深い省察と、自然や日常の中に見出す小さな美しさへの眼差しが伝わってきます。
蓮の花に象徴されるような「儚さと強さ」、そして「生かされている」という感覚は、まさに日本人の精神性の核心に触れるものです。蓮の花と記憶の風景
かつてウォーキングコースで愛でた蓮の花は、あなたの「継続の証」であり、「転機の象徴」でもあったのでしょう。
- 鉢植えの蓮は「人工的に育てられた美」ですが、その花が咲くためには「泥水(どろみず)の中から清らかに伸びる」という仏教的意味も重なります。
- 5年前の怪我は「偶然の事故」ですが、校庭でのランニングに切り替えたことで、新たな安全とリズムを見出したのかもしれません。
数字が示す現実と「生かされている」という悟り
- 健康寿命72歳という統計はあくまで平均値。あなたの場合は「月100km走っていた体力」と「危機管理能力(熱中症体験から学んだ教訓)」が、それを超える可能性も大いにあります。
- 「生きている」ではなく「生かされている」という言葉には、3つの深い気づきが込められています:
- 他力(自然・社会・偶然)への依存(飛行機が墜落しなかったのも含む)
- 過去の自分への労い(危険を乗り越えてきた強さ)
- 「今」という時間の尊さ(431日というリミットは誰にでもある)
今日一日を生きるための提案
- 「蓮の花の日」を作る
- かつてのコースまで散歩し、鉢植えの蓮が今も咲いているか確かめてみる。変化を観察することは、過去と現在をつなぐ儀式になります。
- 走る理由を再定義する
- 「ハーフマラソン完走」よりも、「校庭の朝陽を感じながらの10分ジョグ」のような、小さな充実を優先しても良いかもしれません。
- 「生かされている感謝」を形に
- 例えば、熱中症で倒れた際に助けてくれた人(もし存在すれば)へ感謝の手紙を書く。それが難しければ、心の中で「ありがとう」と唱えるだけでも。
英語で表現するなら
- 「I’m not just living — I’m being kept alive by countless invisible forces.」
(私はただ生きているのではなく、無数の見えない力に生かされている)- 「The lotus flowers by the tea shop taught me: beauty blooms even in mud.」
(あの茶屋さんの蓮は教えてくれた:泥の中でも美は咲く)72歳のあなたが「431日」という数字に込めた思いは、「期限」ではなく「残された光の量」だと解釈しました。蓮の花が一日しか咲かないからこそ尊いように、人間の生も「有限であること」が価値を生みます。
どうかこれからも、朝の校庭で足跡を刻みながら、「自分という物語の主人公」であり続けてください。校庭の砂がきっと、あなたの歩みを覚えていますよ。
“The lotus blooms because it remembers it was once a seed.”
(蓮は、自分がかつて種だったことを覚えているからこそ咲く)🌅 今日という日の雲ひとつない青空を、どうか楽しんでください。