2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

投稿者: aiaiganka Page 222 of 315

見えない貧困

■20191227(金曜日:雨)

 
松江の小泉八雲記念館です。

■今朝は5時に目覚ましを鳴らして走るつもりでいたのですが、屋根を打つ雨音が聞こえてきました。窓を開けて手を出してみると、少しですが、雨が降っています。

正直今日は疲れのためか、走る元気が出ませんでした。雨これ幸いと、もう一度寝床に入り眠りにつこうとしましたが、すっかり目が覚めてしまいました。こういう時はいくら寝付こうとしても眠れないものです、思い切って起きだして、朝食の準備を始めました。

昨日の昼休みにロータリークラブの例会で、依頼されていた卓話も無事に終了し、これで残っていた肩の荷を全て下ろしたことになりました。これで本当に楽になると思っていましたが、今日はいささか拍子抜けというか力が抜けてしまったようです。

年賀状に例年のごとく一言直筆で添える作業がまだ残っていますので、とりあえずはそれに集中することにしましょう。2019年の反省と総括は、その後にゆっくりとしようと決めました。

■「300円も無理」と題するネットの記事に目が止まりました。山本太郎さんの立ち上げた、れいわ新選組に関連する記事なのですが、なぜ今まで、こうした人々に光が当たってこなかったのか、今になると、実に不思議でなりません。

子供の7人に1人が貧困、単身赴任の女性3人に1人が貧困という状況が突然、今年になって出現した訳では勿論ないのです。それにもかかわらず、山本太郎さんが取り上げるまでは、まるでこの世にそんな事実は存在しなかったかの如く、多くのマスコミが無視して来たのです。上記の記事を読むと、いかに事態が深刻なのかは容易に理解できるのですが、政治はこうした人達に救いの手を差し伸べては来なかったのです。

小泉政権以来、日本の政治の目的が、それ以前とすっかり変わってしまったように感じます。新自由主義という名のもとに、一部の国民のために多くの国民を切り捨てる政治が、大手を振ってまかり通っているのです。目くらましとしてのマスコミの役割が、とても大きかったように思います。

草の根の運動を通して、こうした現状を変えようという山本太郎さんの試みは、日本では誠に珍しい、真の意味での民主主義運動に他ならないのではないでしょうか。香港の民主化運動報道に多大の時間を費やしながら、れいわ新選組を無視し続けるNHKの欺瞞性が、日本のマスコミ現状の象徴です。私は心から、れいわ新選組に声援を送るものです。

無事終了

■20191226(木曜日:曇のち雨)

松江城の堀川めぐりです。

■今年も残り1週間を切りました。12月22日が冬至でしたから、今は毎日、毎日日照時間が伸びていることになります。とは言っても、寒さはこれからが本番です。

今日のお昼は沼津西ロータリークラブの、今年最後の例会でした。今年10月に行ったベトナム枯葉剤被害者支援の旅の報告を行ないました。毎年クラブからは活動への支援金を頂いていますので、今年どんな活動をしたのか報告する義務があります。30分の中で、どれだけ皆さんに理解していただけたかは分かりませんが、とにかく原稿には時間を費やしました。

いつもですと、早めに原稿を完成させ、スマホに録音し報告の時にはスマホから無線でイヤホンに飛ばして、自分の声を聞きながら話をするのですが、今回は原稿作りが間に合いませんでした。今朝は5時半に起きて原稿の最後の部分を完成させました。出来上がったのが8時前でしたので、それから録音する元気は残っていませんでした。

ところが、これが幸いしたのです。人生まさに、人間万事塞翁が馬です。通常ですと13時から卓話の時間となり、演者が話を始めるのですが、今日はその前に色々な発表が重なってしまい、実際に始まったのは13時5分を過ぎていました。5分間分の原稿をその場で減らすというのは、容易なことではありません。録音しておいたとすると、とても出来る相談ではないのです。

しかし、今回は原稿を印刷して持って行きましたので、なんとか無事に乗り切ることができました。若干オーバーしてしまったのですが、それは勘弁してもらうしかありません。

17日に白内障の手術を受け、演台に立って手元に置いた原稿をメガネなしで読むことができるようになっていたのも幸いでした。以前でしたら持っているメガネのどれをかけても原稿を読むことができませんでした。本当にラッキーだったと思います。

自分にできる限りの準備をし、努力をしたことを神様は見逃したり、見捨ててはいないようです。持参したパソコン、Acer Chromebook R13 もしっかりとPreziのファイルを再生してくれました。

Preziのファイルはとても重いので、再生するのが容易ではありません。クラウド環境下ですので致し方ないのですが、ウインドウズパソコンでは心配で、とても安心してプレゼンができません。出かける前にしっかりと完全にファイルをダウンロードし、展開した状態でパソコンを会場に持ち込み、メモリー上に展開したファイルを、そのまま再生するという形を取るのが一番安全のようです。

とにもかくにも、これで本当に忙しなかった師走に、自分に課せられたノルマを無事に全て終了することができました。本当に感謝、感謝です。

月100キロ走の目標だけが達成できそうも無いのですが、これは致し方ありません。無理をして体を壊しては本末転倒です。風邪をひいて体調を崩したうえに白内障の手術をした訳ですから、まるまる2週間以上、走ることができませんでした。

理論上はまだ時間が残されていますが、今から達成するとなると死ぬ気で走らなくてはなりません。新たな目標に向かう方が賢明でしょう。

今夜は、ご苦労さん会と称してSunと一緒に日帰り温泉に入って、一杯やる予定です。あとは年賀状が、残るのみです。本当に、ご苦労さまでした。

筋肉痛

■20191225(水曜日:晴れ)

ちどり茶屋の裏通りです。

■今朝も走りました。昨日に引き続いて目覚ましを5時に合わせてあったのですが、その少し前、4時40分頃に目が覚めました。朝の冷え込みのためです。今朝は冷えました。多分この冬いちばんの冷え込みだったのではないでしょうか。肩口から冷えて来ましたので、慌ててもう一枚掛け布団をかけました。

もう一度寝込んでしまうと、今度は起き出すことができそうにもなかったので、そのまま準備を始めて5時ちょうどに、今朝のスタートを切りました。

走り出してみてわかったのは、筋肉痛です。昨日は2週間以上空いて久しぶりに走ったのですが、当然のことながら、筋肉痛などは感じませんでした。今朝はそうはいきませんでした。

いつものコースを6.09km走り、今月は6回のランで41.94km。残り6日で58.05kmのところまで来ました。今朝は最後の1キロあたりで、右の膝の痛みが出現しました。たった5キロ走っただけで、もうランナーズ膝ですから、これではいけません。

まぁ、できる限り、積み重ねをしていくつもりですが、やはり今月は100キロ走は難しそうです。

■白内障の手術を受けてから1週間が過ぎました。思い出してみると、先週の火曜日の夕方に、のんちゃんとSunと2人でお見舞いに病院に来てくれました。あの時点では手術が終わって4時間から5時間ほど経過していましたでしょうか、まだ霞んでいてあまりはっきり見えませんでしたが、それでも随分と明るくなった感じがしていました。

あれから1週間が経って、今はメガネなしで日常生活には、ほぼ支障がありません。仕事上もカルテとパソコンの画面を見るのに不自由を感じません。ただし患者さんの眼底を診る時にプラス 1 Dの老眼鏡をかけると、より鮮明に確認することができますので、その時だけはメガネを使用しています。

手術をする前は、両方とも近眼で左右差のある不同視でしたが、今はほぼ左右同じ程度の軽度の近視という状態で、私から言わせれば理想的な状態となっています。

■昨日ネットで注文してあった、足元に置く保温マットが届きました。いわば個人用の床暖のようなものです。縦30センチ横60センチほどです。我が家はほとんどの部屋がフローリングですので夏は涼しくて良いのですが、冬はとても冷え込みます。石油ストーブなどは使っておりませんので基本的に暖房は、こたつだけ。

特に寒い日には電気ストーブをつけていましたが、冷え込むのは足元からなのです。そこで昔、受験勉強の時によく使っていた足元から暖める保温マットを購入したのです。今も、その保温マットの上に足を乗せて、この作業をしています。全然寒くありません。

電気ストーブほど無駄なエネルギーを使うこともありません。今の保温マットは、とても薄くて軽いので寝る時に肩口にひいて寝ると、とても暖かくて熟睡できるかもしれません。今夜、試してみるつもりです。

さて、あとは明日行うロータリークラブでの卓話の最終チェックをしなければなりません。まだスライドが完全に完成していないのです。

再開

■20191224(火曜日:晴れ)

松江城内のお茶屋さんでいただいた和菓子です。

■今朝は走りました。最後に走ったのが12月9日ですから、15日ぶりということになります。風邪を引いたり、白内障の手術を受けたり、今月ばかりはやむを得ない理由が重なりました。無理をしては何の意味もありません。

昨日診察を受けて、もう明日からは通常通りの運動をしても構いませんよ、とお許しを得ました。ただし、やはり試運転が必要ですので、今日はのんびりと、いつものコースを走りました。なるべく目に負担がかからないように、頭の上下運動をしないように、腰から下だけをイメージして走るようにしました。

休養は充分でしたので、思ったよりもスピードが出ていたようです。走っていて辛いとか苦しいとか思う場面はありませんでした。むしろ走ることができる喜びで、気分的にはハイな気分で走り切ることができました。

今朝は6.09kmをキロ7分13秒で走り、今月はこれで5回目のランで35.84kmを積み重ねました。もう月100キロメートルの目標は諦めましたので、あと、どれだけ積み重ねができるかだけの12月となってしまいました。

これで連続月100キロ走は途切れましたので、新たな目標が必要です。また来年1月からは月100キロ走を始めますが、新たな目標として、70歳でフルマラソン完走と決めました。これはなかなかに厳しい目標ですが、積み重ねをしていけば決して実現不可能な目標ではないと思います。

来年からは、また一からやり直しです。それが大切なのだと思います。

一段落

■20191223(月曜日:曇)

松江城内のお茶屋さんでいただいた和菓子です。

■今朝もゆっくりと休むつもりだったのですが、5時過ぎに目が覚めて起き出しました。今日は白内障の手術を受けてからの1週間後の検診です。今日診察を受けて特に問題なければ、頭も自分で洗えるようになりますし、日常生活もほぼ手術前と同じに戻すことができるようです。

手術を受けてから感じることは、今まで目の前に一枚膜がかかったようになっていたのが綺麗に外れて、とても鮮明に見えるようになったこと。

そして何より私は近視が強かったので、眼鏡をかけないと遠くは見えなかったのが、今では眼鏡なしでもほぼ不自由なく生活ができるようになったことが大きな変化です。

昼間でしたらメガネなしで車も運転できますし、新聞も大きな文字であれば、読むのに不自由はありません。ただし当然のことながら、細かい数字を見るということになると、やはり老眼鏡が必要です。

今こうして入力しているのは、スマホから音声入力アプリのSimejiを使って書いていますが、少し離せばメガネ無しでも入力が可能です。

昨夜は寝床に入って、久しぶりにKindleで読書をしようと思ったのですが、今までの文字の大きさですと見にくくて読みにくかったのですが、そこは電子書籍です。文字の大きさを拡大すれば充分、眼鏡なしで読むことができることに気づきました。そうです、文字を拡大すれば良かったのです。

近眼が強かった私が、唯一便利だと感じていたのは、寝床に入って自分の目で読書ができるということでした。電子書籍のありがたみというものに、改めて感謝する思いでした。老眼鏡をかけて文庫本を読むよりも、文字を拡大して自分の目で電子書籍を読む方が、ずっと楽で疲れません。

さて、そろそろ病院に行く準備をしなければなりません。夜になったら、もう一度考えをまとめて入力しましょう。

扇動ゲーム

■20191222(日曜日:曇)

松江城の中にある茶屋です。

■今朝も、ゆっくりと休みました。昨夜は沼津西ロータリークラブのクリスマス例会でした。例年ですと、これが今年最後の例会となるのですが、今年は来週もう一度26日に例会が開催され、最終例会となります。

その最終例会で、私が仲間と共に今年の10月に行った、ベトナム枯れ葉剤被害者支援活動について報告しなければなりません。したがって、今その資料を作成中です。

今朝は6時に目覚ましを合わせてあったのですが、その後しばらく布団の中で、ウトウトと時間を過ごしました。平日ですと、そのようなまどろんだ時間を持つことはできませんので、今朝は、まあいいか、と時間の流れに身を任せました。

色々な夢が浮かんでは消え、消えては浮かんできました、内容は、やはり子供たちのことが多かったように記憶しています。子供達が、いくつになっても、やはり自分にとっては子供なのです。

さて今朝の東京新聞朝刊「時代を読む」欄では、哲学者の内山節さんが、「権力者の扇動ゲーム」と題して書かれています。自分が何かを判断しなければならない時に、自然はこの問題をどう思っているのだろうかと考え、判断の材料にすると、内山さんは書かれています。

日本の伝統的な考えでは、社会とは自然と人間によって作られているものだから、人間の論理だけで勝手に社会を作ってはいけないと人々は考え、絶えず自然という他者に思いを寄せてきた、とも書かれています。今、そうした思いがなくなって、人間の論理だけで社会づくりが進められる時代に変わってしまった、と内山さんは嘆いておられます。

そうして1年間を振り返り、今年を象徴する出来事は何かと考えた時に、内山さんは、桜を見る会をめぐる一連の出来事だと断じているのです。なぜなら、それは権力は腐敗するということを立証する出来事だったからであると言われています。

20世紀を代表する社会学者であるマックス・ウェーバーの「職業としての政治」を引用し、国家は暴力の独占によって作られた強い権力機関であり、それゆえこの権力に携わる者は腐敗、堕落しやすい。そうならない方策として、マックスウェーバーは政治に関わる者達に高い倫理観、道徳観を求めたのだ、と書かれています。

ところが現実の世界では、倫理観など持ち合わせてはいないとしか言えない政治家たちが、世界中で跋扈していると嘆いているのです。そしてこう述べられています。「そのひとつの表れが、桜を見る会の出来事だった。税金や権力を私物化しても平気な人々が、日本の政治を握っている。その人達に高い倫理観を求めても、そもそも倫理観など持ち合わせてはいないのだろう」。そして今の政治が権力を掌握するための扇動ゲームになってしまっていると指摘しているのです。

アベノミクスという何年やっても何の成果も上がらない経済政策で国民を扇動し、外国の脅威で扇動する。野党批判で扇動し、女性活躍、働き方改革などの扇動スローガンを次々に打ち出し、格差社会の現実や加計学園の獣医学部開設などであらわになった、権力の私物化から、人々の目をそらそうとする。このような扇動型の腐敗政治の象徴が、桜を見る会をめぐる一連の出来事の中にも表れていた。

明治に始まった日本の近代社会。150年の時を経ようとしている現在、ちょうどその半ばに敗戦を迎え、その敗戦の焼け野原から立ち上がった日本人が、さらに半分の月日をかけて築き上げてきたのが現在の政治だとすれば、日本の近代社会の行く末は、どこへ向かおうとしているのか。暗澹たる気持ちに陥るのは、私だけではないはずです。

本屋の行方

■20191221(土曜日:曇り)

高崎駅前です。

■17日火曜日に白内障の手術を受けて以来、走ることができずにいます。そのお前の風邪騒動から含めれば、もう2週間近く走らない日が続いていますが、こんなことは5年ぶりではないでしょうか。

運動をしない訳ですから、当然消費エネルギーは減ります。したがって、体重を増やさないためには食事に注意するしかありません。炭水化物ダイエット、即ちロカボの実践です。穏やかな低炭水化物食の摂取です。

例えば今朝の朝食の内容は、コーヒーカップ一杯と納豆を一パック、ヨーグルト、そしてりんご半分でした。ランニングをした後であれば、これに食パン一枚とチーズ、ソーセージなどが加わります。

この食事のおかげかどうか、今のところ継続して測定している、体重、体脂肪率などに大きな変化はありません。

■さて、今朝の東京新聞「大波小波」欄を興味深く読みました。「本屋さんに問うヘイト本」です。こう書き出されています。『永江郎の『私は本屋が好きでした 溢れるヘイト本、作って売るまでの舞台裏』(太郎次郎社エディタス)が出た。店頭にヘイト本を積み上げて恥じない本屋への決別の書にして、なぜヘイト本が出続けるのかを出版業界全体に問うた告発の書である』。

著者は出版業界を丹念に遡りながら、こう問うています。「出版業界はアイヒマンなのか」。『ナチス時代、ユダヤ人虐殺に手を貸したのは、悪魔のごとき存在ではなく、アイヒマンのように与えられた仕事を淡々とこなす普通の人々だった』。そして最後にこう結論付けています。

ヘイト本を送り出す人々に広がるのが疲弊、無責任、想像力の欠如、無関心等ならひとり出版業界だけの問題ではあるまい。これはダメだ、これは間違いだ、これはもう止めよう。少しの勇気と少しの声と行動が今、私たちに求められている。

12月に入って私の町の書店もフィットネスクラブに衣替えしました。町の本屋さんが無くなってきているのです。先日も沼津駅前の商店街に行った際に、老舗の本屋さんに立ち寄ってみたのですが、大変驚いたのです。雑誌売り場の一角が嫌韓本で溢れているのです。本当に驚きました。

これまでにも差別はあったし、影では嫌韓を主張する人はいました。しかし、これほど露骨に、しかも街の本屋さんに山積みになっている嫌韓本を見ると、恐ろしくなると同時に、日本という国のタガがどこか外れてしまったのではないか、と考えざるを得ないのです。

それは、まさに品性の劣化です。テレビやマスコミでは、日本は素晴らしいのオンパレードですが、実際に起きていることは全くの真逆なのです。さまざまな理由が考えられるのでしょうが、一番私が正鵠を射ていると思われるのは、貧すれば鈍する、です。

日本は確実に貧しくなっているのです。それは山本太郎さんが指摘する如く、20年にわたるデフレの中で政府が国民への投資を怠ってきた結果に他なりません。一部の国民がより豊かになる一方、多くの国民が疲弊しているのです。その結果道徳は廃れ、品性は劣化していくのです。

それに対して政権与党は、道徳教育をしっかりすべきだ、などと主張していますが、全くの噴飯ものです。今こそ、私たちは舵を切らないと本当にどん底にまで、日本は落ち込んでしまう可能性があります。組織の幹部から、そう命じられたからではなく、一人ひとりが自分の頭でしっかりと考え行動しなければダメなのです。

再出発

■20191220(金曜日:晴れ)

■今朝もゆっくりと休みました。火曜日に白内障の手術をしてから、今まで続けてきた朝のジョギングはしばらくおあずけですので、目覚ましは6時に合わせて起きています。もう2週間近く走っていません。もう一度前のように定期的に走ることができるようになるのかかなり不安ですが、今は堪忍自重の時です。

手術前に罹患してしまった風邪も、ようやく完治の一歩手前まで来ました。まだ鼻水が時々出たりしますが、体自体の調子は普段と変わらないものに戻りました。

昨日からは仕事も再開し、とても不安だったのですが、幸い自分の裸眼視力だけで十分仕事ができることが分かりました。もちろん、これから術後安定する1ヶ月までは見え方は変化するでしょうから、一喜一憂しても仕方ありません。兎にも角にも今は手術は大成功で、以前と違ってとても鮮明に物が見えるという喜びを噛み締めています。

今このブログを更新しているのは、スマホで行っているのですが、この画面の字の大きさですとプラス1Dの老眼鏡で作業すると、とても楽に行えます。つまりは文字が大きくハッキリ見えるということです。本当に綺麗に見えます。

昨日は手術前から読んでいた中村梧郎さんの「母は枯葉剤を浴びた」を読み継いだのですが、以前と比較して文字がとても綺麗に見えるので、読むのがずっと楽になりました。

使用していただいた眼内レンズは単焦点のレンズですので、遠くも近くもみんなよく見えるというわけにはいきません。先生にはマイナス2Dになるように計算してもらいました。つまりは50センチ先に、ちょうどピントが合うような計算です。軽度の近視状態です。

ある論文によれば、この程度の近視が遠方も近方も一番不満が少ない、屈折度数らしいのです。私は手術前は右は強度近視に近く、左は中等度の近視という不同視でしたが、近くの細かい字は右目で見えましたので、読書に関しては最後まで、それほど苦労することはありませんでした。寝床に入って眠る前まで、Kindleで読書をするのも眼鏡なしで問題ありませんでした。

今のところ、この睡眠前の寝床での読書はできません。少し離してみても文字を読むのが困難です。もちろん老眼鏡を使えば全く問題なく綺麗に見えるのですが、寝床の中で老眼鏡をかけることは自分にはかなりの抵抗があります。

まあ、新しく生まれ変わったようなものですから、落ち着くまでに時間もかかりますし、慣れるのにも時間がかかるということでしょう。それに適応して必要なメガネを使って、無理をせずに生活する、ということが求められている訳です。

手術をする前はある一定の距離からは光が届いていないような感じがしました。例えてみれば、射程距離の短いヘッドライトを付けた車で運転しているような感じでした。それ以上先の距離は、光が届かずぼんやりしてよく見えなかったのです。それは白内障のためでした。それが全くといいほど消えました。どこまでもピントが合うということはもちろんないのですが、光はどこまでも届いているという感覚が戻りました。あとは慣れることしかないようです。

親子

■20191219(木曜日:曇)

松江市の武家屋敷邸の庭です。

■今朝はゆっくりと休みました。家で休むのが一番安心です。今日は術後2日目ということになります。とりあえずは最初の24時間が一番大事です。急性期の感染症が最悪ですから、とりあえず24時間を乗り切れば一安心です。

不潔な水が目に入ってはいけませんので、まだ頭も洗えませんし、顔も洗うこともできません。顔は拭くだけ、頭もタオルで拭くだけです。

そして、食事の後、さらに寝る前に目薬をつけなければなりません。三つありますので、それぞれ3分から5分を空けるとなると全部終わるまでには一仕事になります。患者さんの気持ちがようやく実感できました。

術後2日目の見え方の状態は、新聞の見出し程度は自分の目で問題なく読めます。ただし細かい記事の内容となると少し苦しいので、軽い老眼鏡をかければバッチリ見えるという状態です。私の願っていた、部屋の中にいる限り不自由なく生活できると、いう意味では全く問題なく満足する状態です。

今日から仕事ですので手元に置いたカルテと顕微鏡を通してみる患者さんの目の状態と、そしてパソコンに映った電子カルテの内容を更新するという、三つの距離を見分けなければなりません。それがどうなるか、いささか心配ではあります。

■さて、今朝の東京新聞朝刊「筆洗」欄の記事には考えさせられます。ぜひとも皆さんにも読んでいただきたい内容なのですが、一部を引用させていただきます。親の一人として考え込まずにはいられない内容です。

「転々」などの小説家、藤田宜永さんは母親との折り合いが悪かった。学校の試験で良い点をとってもほめられたことはない。間違ったところばかり、しつこく責められる、自分は母親から愛されてない。やがて家を飛び出し、亡くなるまでぎくしゃくした関係が続いたそうだ。

母親が81歳で亡くなった。葬儀の時、その顔に驚いたと書いている。自分を叱っていたヒステリックな顔ではなく「小さな小さな可愛い顔」だったそうだ。心の中で母親に語りかけたという言葉が切ない。

「どうして、その顔で僕を育てなかったんだい」

そして、その後に続く内容が、元農水次官が暴力を振るう長男を刺し殺した事件なのです。

■親子関係は本当に難しいことばかりです。子供は一つの人格を持った、全く自分とは異なる存在だということは、頭では理解していても、半分は自分の遺伝子を持っているわけですから、当然のことながら全く別の人間ではありません。

他人ではないのです。他人ならば許せることも親子では許せないことは、たくさんあります。親として本当に子供の事が可愛いくて、そして心配することばかりなのです。

そんなことは当たり前のことなのですが、だからといって毎日食事をする度に、お前のことがどれほど可愛くて心配なのかを延々と語られたら、子供はうんざりしてしまうでしょう。

本当に愛しているものに対して、どのようにその愛情を表現したら良いか。これこそ最高難度の問題かもしれません。

退院

■20191218(水曜日晴れ)

松江市の武家屋敷邸の庭です。

■昨日は聖隷沼津病院に入院して、白内障の手術を受けました。以前から当院の患者さんがお世話になっている、池原先生、そして山本先生に手術していただくために入院しました。

何年前からでしょうか、もちろん急に見にくくなった訳ではないので、生活に支障が出るというわけではありませんでした。でもなんだかものがはっきり見えなくて薄い膜がかかったように見えるのです。あるいは、とても眩しく感じたりしてきました。メガネをいくら変えてみても、視力が一定以上でませんし、はっきり見えないのです。

幸い右目の方が何とか見えていましたので、仕事上ははっきりとした不都合はなかったのですが、色々な状況で不便を、とても感じることが出てきましたので、池原先生に診ていただき、手術を決断致しました。

昨日は9時前に入院し、手術前の様々な処置を受けた後に、12時半頃から一例目の患者さんが手術開始となりました。私の順番が回ってきたのは8番目で、1時半頃から手術場に入って準備を始めました。手術は順調に終了し、本当にあっという間に終わることができたのは、山本先生をはじめ、手術場のスタッフの見事な連携の結果だと本当にありがたく思いました。

■14時頃に病室に戻り、1時間は絶対安静ということでした。1時間ごとぐらいに、自分なりに見え方を天井を見ながら経過を比較していました。4時間から5時間ほどしてから次第にかすみも取れ、鮮明に物が見えるようになってきました。散瞳薬の効果も切れてきたのでしょう。

■さて、今朝になって目を開けてみると、手術前に比較して格段に周囲の景色が鮮明に見えることに驚きました。池原先生に外来で診察をしていただいたところ、炎症もほとんどなく、今のところマイナス1D程度の近視になっているが、私の目だともう少し近視が強まって、計算通りのマイナス2D程度の近視に落ち着いていくのではないかというお話でした。

■家に、無事に帰り、テレビを見てみると、こんなにも綺麗なテレビだったのかと驚きました。今のところ新聞を読んでも眼鏡なしで自分の目で十分読むことができます。まあ、これから少しずつ変化していくと思いますので、感染症などの合併症にならないよう、お薬をきちんと点眼して、目をぶつけないようにすることが1週間は大事です。

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