2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: ランニング Page 57 of 96

老眼

■20200122(水曜日:曇)

■今朝は走りました。5時に目覚ましを合わせて、少しグズグズしましたが起き出して、ビニールゴミを所定の位置に運び、準備運動をした後スタートしました。

今日はスムーズに走り出すことはできませんでしたが、7.71kmを走り、これで今月は9回のランで通算71.78km。残り9日で28.21kmのところまで来ました。

ナイキの厚底ランニングシューズのおかげでしょうか、5キロを過ぎた頃から、むしろ少し楽に前に進めるような気がします。まだこの靴を履いて20キロ以上の距離を走ったことがありませんので、本当に楽に速く走れるのかどうかは分かりませんけれども、少なくとも今のところはプラスに働いているようです。

■さてwordpressの設定と悪戦苦闘の後、昨日なんとか昔のホームページが復活しました。何しろ書きためてきた量が、それなりにたくさんありますから、全部が消失してしまうと悲しいだけではすみません。

自分自身の生きてきた軌跡が、大袈裟に言えば、消えてしまったような気がしたのです。子供たちの小さかった頃の様子、もう今はいない両親との時間、あるいは夫婦2人で出かけた旅の様子など、自分にとってはまさに人生そのものなのです。

元気で生きている限りは記録を続けていきたいと願っていますので、もう間違って消去するようなドジはしないようにしなければいけません。

ただ悪戦苦闘の中で学んだことも大切な経験でした。特段プログラムを組みたいと思っている訳ではないので、難しい細部に渡っての知識が必要な訳ではないのですが、基本的なWordPressの仕組みを知っておくことは、決して無駄ではないと思いました。

いつもながら感じるのは、ネット上で様々な方が助言をしてくださっているページがたくさんあることです。おそらく自分自身の力だけでは、昔でしたら、とても解決できなかったはずです。

もちろん本を買ってきて読めば良いのでしょうが、その本のどこに書いてあるのか、あるいはそもそも、どの本を買えば良いのかすら、何もわからない素人には見当もつきません。ネットの力あるいは検索の力は本当に昔には想像もできなかった程の大きなものです。

■さて、昨年末に白内障の手術を受けて、ものが鮮明に見えるようになったことに、大変感激しているのですが、明らかに変わった点は老眼です。

もちろん手術を受ける前から私の年齢では老眼は間違いないのですが、もともと強い近視があったものですから、スマホの細かい字を見ようとすれば、近眼の眼鏡を外せば細かい字も読むことができました。

ところが、手術後の目の状態はごく軽い近視になっていますので、ありがたいことに、日常生活では、眼鏡がいらなくなりました。仕事をしている時はカルテも、そして記録を入力するパソコンの画面も、メガネなしで見ることができます。自分の目だけで日常生活が送れるというのは、中学2年生から眼鏡をかけ始めた自分にとっては、まさに半世紀ぶりのことなのです。

ただし当然のことながら、スマホの細かい字は老眼鏡の助けを借りないと、楽に見ることができません。今もスマホから音声入力でこの記録を入力しているのですが、プラス1Dの老眼鏡をかけていると、とても綺麗に楽に見ることができます。

世界中のノーベル賞受賞者に、インターネットでアンケートを取った記録が出ていました。人類の歴史の中で最大の発明は何だと思いますか、という質問だったのですが、中には老眼鏡だ、という受賞者もいた事に大変驚きました。

でも、自分がこうしてその老眼鏡のおかげで作業ができていることを考えると、その意味が十分理解できるのです。

出直し

■20200120(月曜日晴れ)

今年のおせち料理でした。箱根で美味しくいただきました。

■今朝はすんなりと起きることができ、5時にはスタートすることができました。目覚ましよりも20分ほど早く目が覚めましたので、もう一度寝てしまうと起きられないと思い、布団を出ました。

昨日行なわれた全国都道府県駅伝でも大活躍した、ナイキの厚底シューズを履いて、今日で4度目のランでしょうか。今朝は7.74kmを走り、これで今月のランは8回で64.06kmを積み重ね、残り11日で35.93キロのところまで来ました。

今朝は走り出した時から割とスムーズで、全体を通してキロ6分45秒で完走することができました。靴のおかげだとはさすがに思いませんが、休養が良かったのでしょうか、次回が楽しみです。

■さてワードプレスの再開は今のところ目処が立っていません。設定ファイルのどこかの部分に、間違って変更した箇所があるのですが、それがどうしても見つからないのです。

結局のところは新しくソフト自体を導入して、ゼロから再構築する必要がありそうです。その場合以前に書き溜めた内容を復元できるのかどうか。バックアップを取っておいても、うまく戻せるかどうか自信がないのです。

データベースのバックアップは、なんとか調べて分かったのですが、あとのデーターはフォルダーごとコピーしておいて戻せば、それで元通りになるのかどうか、やってみなければわかりません。下手をするとこれまでの書き溜めてあった、自分の財産が全てパーになってしまう可能性もあるのです。

しかし、いつまでも足踏み状態で留まるわけにもいきません。前に進まなければならないからです。

■昼休みを利用して、ワードプレスの再導入を試みています。レンタルサーバー上の バックアップを取った上で wp フォルダーを一旦消去して、再度インストールしたのです。

再導入した後はもちろんフロントページにアクセスすることができました。しかし、以前から書き留めていた内容は全く呼び出すことができません。

そこでバックアップを取っていたフォルダーを順次レンタルサーバー上のそれに相当するフォルダー内にアップロードしています。今アップロードしているのはwp-content内のファイルです。ファイル数は7500以上になります。

果たして再現ができるのかどうか、少しも自信はありませんが、色々試してみるつもりです。

消失

■20200117(金曜日:曇)

富士山本宮浅間大社、湧玉池です。

■今朝は5時に合わせた目覚ましに従って、すんなりと起きることができました。冷え込みがゆるかったのでしょう。あまりゴチャゴチャ考えることもせずに、準備を始め、ビニールゴミを持って所定の位置まで行き、その後準備運動をして走り始めました。

昨日のニュースでは、ナイキの厚底靴の使用が禁止になるかもしれないということでしたが、私達のレベルではあまり関係ありません。ということで今朝も6.14kmを走り、これで今月は通算7回のランで56.32キロのところまで来ました。残り14日で43.67kmです。

今朝はすんなりと起き出し、走り出せたおかげでしょうか、キロ6分19秒というペースで走り終えることができました。最後いつものコースを回らずに走ってしまったか、と不安になってランニングウォッチを確認した分だけ、少し遅くなりましたが、それでもいつになく早いペースで走り終えることができたのは、靴のおかげでしょうか。

今月もなんとか100キロを走り、先月で途絶えてしまった連続記録をまた再開したいものです。

■しかしながら、WordPressで作っていたホームページが、どう頑張っても復元できないのには、ほとほとまいりました。設定ファイルをいじったのが間違いのもとです。どこがおかしいのかが私の知識では確認できないのです。今は本当にお手上げの状態です。このページで更新していくしかありません。

エラー

■20200115(水曜日:曇り)

富士山本宮浅間大社です。願いが詰まっています。

■今朝は走りました。5時に目覚ましを合わせて準備を始め、ビニールゴミを所定の場所まで運び、それから準備運動の後、走り始めました。

今朝は6.14kmを走り、今月は6回のランで通算50.17km、パソコンの画面が50km達成おめでとうございます、と告げてくれています。残り16日で49.82kmのところまで来ました。

今朝はキロ当たり6分47秒と久しぶりに、キロ7分を切ることができました。ひょっとしたら靴のせいもあるかもしれません。ナイキの新しい厚底ランニングシューズを使用し始めて、今日で3回目です。以前作ってもらった中敷を、前回から入れてさらに厚底にしました。

今朝はスムーズに走ることがなかなかできず鬱陶しい時間が続いたのですが、4キロを過ぎた頃から少し前傾姿勢を心がけたところ、楽に走り続けることができるようになったように思いました。まだまだ使い始めたばかりですから、どの程度の効果があるのかは分かりませんが、走り続けてみたいと思っています。

格差

■20200109(木曜日:晴れ)

富士山世界遺産センターです。

■今朝は走りました。今月4回目のランで6.19kmを走り合計33.68kmとなりました。残り22日66.31kmのところまで来ました。

最近の駅伝で多くの選手が使用している、ナイキの厚底ランニングシューズの市民ランナー向けの廉価版を購入して、今日で2回目のランでした。今日はキロ6分24秒というタイムでしたが、今までよりもスムーズに速く走れたように思います。

着地の際にまだ慣れていないためか足底部の外側に負担がかかって、時々痛みが出るような気がします。走ることをやめなければならないほどの痛みではないのですが、しっくりこない部分もまだあります。慣れていないのですから、当然だと言えば当然です。

それでもシューズはとても軽くて、履いていないのではないかと感じる時間帯もあるほどです。しかも厚底の部分が地面からの反発力を引き出してくれるような感じで、慣れてくると楽に走れるのかもしれません。しばらくは試行錯誤のランニングになりそうです。

■昨年カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールに輝いた、「パラサイト 半地下の家族」が10日、全国公開される予定です。この映画は韓国映画の若き巨匠ポン・ジュノ監督の新作です。

貧しい4人家族と裕福な一家との間に起こる物語。貧困格差をモチーフに、人間の喜怒哀楽を描いた作品は、ことし2月のアメリカ・アカデミー賞への期待も高まっています。

確かその前の受賞作品は日本の「万引家族」だったように記憶しています。こうした芸術の世界でも、描かれるテーマが貧困であったり、格差問題であったりしていることは、とても興味深いことです。そうした問題が、もちろん日本だけでなく世界中で大きな問題になっていることは間違いありません。

貧困や格差の問題が以前からあったことは間違いないのですが、ここにきて大きな問題になっていることが分かります。この問題にどのような解決策を示すことができるのか、これからの社会の安定を考える時に、避けて通れない一番重要な問題ではないでしょうか。

ヒカンザクラ

■20200107(火曜日:曇)

箱根駅伝の広報車です。

■昨日、沖縄でヒカンザクラの開花が報道されました。小寒ということで、寒さが募る時期なのですが、沖縄ではなんと気温が20度を超えました。

■今朝は走りました。昨日届いた、ナイキ製のランニングシューズ、ズームフライ 3 を初めて履いて走ったのです。昨日の夜は楽しみで、何かワクワクする気持ちで眠りにつくのが滞ったほどです。

今朝は4時半に目覚ましを合わせて、少し早めに走り始めました。新しいランニングシューズの特徴を一言で言えば、とにかく軽いことです。厚底であることが有名ですが、足そのものを包んでいる部分は、まるで足袋のような感じです。つまり足の甲をしっかり包み、かかとの部分はむしろ軽く覆っている程度ですので、すぐに脱げてしまいそうで不安になるほどです。

足を包んでいる部分は、とても薄くて通気性は良さそうなのですが、ものすごく華奢で、まるでガーゼ一枚で足を包んでいるような気がするほどです。

今朝は今月3回目のランで6.04kmを積み重ね、合計27.48km、残り24日で72.51キロメートルのところまで到達しました。

面白いのは、その今朝のランニングの軌跡をグラフで見てみると、全体の平均ペースはキロ6分40秒なのですが、走り始めた当初はキロ8分のペースだったものが、次第に少しずつ、少しずつ階段状にペースが上がり、最後は6分を切る程度のところで走り続けている様子がよくわかります。シューズの具合を確認しながら、恐る恐る走っている様子がこのグラフから伺い知れます。

走り終わった後、気になったことと言えば、左の足の外側部にやや違和感が発生したことぐらいでしょうか。まだ慣れていないのか、着地の時点で少し負担がかかったのかもしれません。兎にも角にも、これから走り続けるのが少し楽しみになりました。どんな感じで走っていけるのか、少し記録をとり続けてみたいと思っています。

■さて昨日は、AmazonからKindle本を購入しました。「21世紀の啓蒙」です。何やら難しそうな題名ですが、あのビル・ゲイツが大絶賛している本です。まぁ、こうした堅い本に挑戦するのも大事なことでしょう。昨日の夜少しは読み始めました。

スティーブン・ピンカー 他2名「21世紀の啓蒙 :理性、科学、ヒューマニズム、進歩」

キンドル本ですので、文字の大きさを拡大すれば、老眼鏡なしでも布団の中で、裸眼で読むことができます。キンドル・Fire で読んでいます。アマゾン製のタブレットです。アマゾンのサービスを受けることを主体に考えると、価格・性能比は抜群です。プライム会員なら、購入して損はありません。

ただアマゾンは、税金を払うことが創立当初から大嫌いのようで、いかに税金の支払いを回避することに知恵を絞ってきたことが報道されたのを読むと、あまり有難がってばかりはいられない思いに駆られました。

まぁ、そうは言っても、経団連を通して消費税を上げることを、政府にしきりに求める自動車会社も、似たりよったりのところがあります。還付金目当てに税金で懐を潤すことを考えているのですから、悪質度から言えば、五十歩百歩です。

強欲資本主義そのものです。とても残念なことです。我々は、そうした実態をきちんと知らなければいけません。宣伝費をもらっているテレビは、決してそうしたことを報道しません。テレビばかりを見えていると、本当に脳みそが退化するのは、間違いありません。自分の頭で考えなくなるからです。

LSD20200105

■20200105(土曜日:晴れ)

箱根のご来光です。

■年末年始の休暇も今日で終わりです。今年は1月1日の元日が休日当番日でしたので、年末からの休暇が途中で途切れる形になりました。したがって遠くへの旅行などはできませんでしたが、幸い箱根の宿が取れましたので、箱根駅伝を観戦することができました。

■今日は最後の休日ということですので、ゴルフにするか LSD( Long Slow Distance ) を敢行するか、どちらにするか迷ったのですが、結局選んだのはLSDでした。

昨年の12月に、月100キロ走の連続達成記録が途切れてしまいました。とても残念で何か糸がプツンと切れたような脱力感があったことも事実なのですが、大切なのはそうした場合にどう切り替えるかではないでしょうか。

今回、私は「70歳でもフルマラソン」という新たな目標を勝手に作って、それを目標とすることにしました。ということで、今朝はそれに向かっての第一歩、2時間の LSD を敢行したのです。

5時に目覚ましをかけていたのですが、今日はすっと起き出すことができませんでした。心地よくない夢を見たためもあったかもしれません。ぐずぐずと布団の中で逡巡してしまい、結局走り出したのは5時45分頃でした。

そんなわけでスタートが決してスムーズだったわけではないのですが、とにかくゆっくりでいいから走り続けよう、とだけ考えて、ひたすら走り続けました。結果として今回感じたのは、今までの2時間 LSD の中で最も順調な経過だったことです。

もちろん最後は腰の痛みとか筋肉の痛みとか、色々な変調はあったのですが、しかし走るのをやめなければ、と考えるほどの体の変調は起こりませんでした。これは大きな自信となりました。つまり、ペースとしては決して早くないのですが、2時間走り続けることが確実にできるという自信は、とても大きな収穫でした。

結局今日は2時間46秒を走り、15.34kmを積み重ね、今月は2回のランで21.44kmとなり、残り26日で78.55キロメートルを残すことになりました。ペースとしてはキロ7分52秒ですから、少しも自慢できるようなものではないのですが、とにかく走り続けることは出来た、という事実はとても大きな自信となります。

どういう訳かは分かりませんが、今日は2時間という時間が、とてつもなく長く感じることは一度もありませんでした。少しずつ少しずつ時間が経っていくのはもちろんわかるのですが、以前のように、まだこれだけか、まだこれだけかという、いわば愚痴のようなものとともに走り続けるということがなかったのです。

とても淡々と、少しずつ時間が流れていくという今日のランニングは、私にとって本当に初めてと言っても良いような経験でした。

白内障手術をしたおかげで目も体も軽くなって、こんなことが可能になったのかというのは、もちろん冗談ですが、本当にこれは驚くべきことでした。気温など条件が特に良かったことが一番の大きな原因なのでしょうが、それはさて置いても、今日は自分にとって、とても有意義な 2 時間でした。

■さらに大きな収穫だったのは、ある原稿を頼まれていたのですが、その結語というか、まとめをどのようにすべきなのか迷っていたのですが、それについて自分なりに良いアイデア、考えが浮かんで決断することができました。ちょうど走り始めて一時間を過ぎた頃でしょうか、そのアイデアが浮かんだのです。

私はこれまでにも走っている途中で、良い解決方法を見つけたことが何度かありました。それで救われたことも幾度かあったのです。そうした意味でも、今日の2時間の時間は、新年早々私に色々なものを与えてくれたように感じています。今年1年自分なりに出来ることを、少しずつ積み重ねていきたいと思っています。

そして何より幸運だと思ったのは、昨日のんちゃん達と魚河岸寿司に行ってお寿司を食べたのですが、時々タッチパネルで抽選のビンゴをしてくれるのですが、何と昨日は一発目のビンゴで見事当たってしまったのです。まず滅多に当たることはないのですが、なんと一発目でビンゴですから、これは本当に今年はきっと良いことがありそうな気がしました。

単細胞そのものなのですが、まあいいでしょう。何はともあれ、前向きに物事を捉え、努力を積み重ねること、それが一番大切だと実感するのです。

大晦日に思う

■20191231(火曜日:晴れ)

■さて、いよいよ今日は大晦日です。2019年、令和元年も残すところ、あと16時間強となりました。

今朝も走りました。6.10kmを走り、今月は9回のランで60.78kmを積み重ねましたが、100キロ走には、まだ39.21km残っています。これで2015年3月から連続して達成してきた月100キロ走が、57ヶ月で途絶えてしまいました。

2012年7月にランニングウォッチを用いて、統計を取り始めました。56.50kmからのスタートでした。これまでに積み重ねた走行距離は、2019年12月の60.78kmで通算8,787kmとなりました。

2019年1年間だけを見ると163回のランで1191.67kmを走りました。その中には6月2日の千歳JAL国際マラソン、そして10月27日に行われた上州太田スバルマラソンが含まれています。

千歳マラソンには2014年から連続して6回出場しています。なぜかこのマラソンがお気に入りで、土曜日の仕事が終わってから静岡空港に向かい、そこから千歳に飛んで宿泊。そして日曜日に走って、という強行スケジュールなのですが、新緑の青葉公園の中を走る、そのコースの素晴らしさもあって、なんと言っても心洗われる時間なのです。

そして最近では日曜日走った後ドライブも楽しんで、北海道で宿泊し、翌日帰ってくるという旅行を楽しんでいます。走った後ですので疲労困憊なのですが、ゆったりと、そしてのんびりとドライブを楽しみながら、北海道の大地を堪能する時間は、何にも代え難い自分へのご褒美なのです。

毎年、北海道には一月にスキーに出かけ、6月にマラソンに出かけ、そして夏にもう一度出かけることが多いのです。何度出かけても北海道の大地は格別です。

■さて、今日配達されてきた、長周新聞の四面の記事は、とても考えさせられる内容です。一つは、かんぽ生命の不正契約問題を考える、と題して書かれています。「国民生活の基盤崩した郵政民営化、株価にとらわれ過大ノルマ、かんぽ解体狙う米国」です。ジャーナリストの関岡英之氏は2005年文藝春秋十二月号の中で以下のように書かれています。

米国にとって民営化はゴールではなく、簡保を弱体化させ、分割、解体、経営破綻に追い込み、M&A や営業譲渡など様々な手段を弄して、簡保が擁している120兆円にのぼる資産を米国系民間保険会社に吸収させることが最終的な狙いなのである。

と、指摘していたのです。まさにその狙い通りの展開となっています。恐るべきことは、こうした米国の狙いに唯々諾々としたがって、郵政民営化を進めた政治家と、そして御用学者たちがいたという事実なのです。

これを売国奴と言わずして、なんと言えばいいのでしょうか。未だに彼らは大手を振って権力を行使しているのです。一体いつになったら日本は真の独立国家と言えるようになるのでしょうか。

世界的に見れば民族主義者と呼ばれる人々、フランスでは極右とすら言われている人々は外国の支配を嫌い、民族の独立を何よりも尊ぶはずなのですが、日本ではまるで倒錯しているのです。

一見すると本当に救いのないようなこの国ですが、今まさに草の根から湧き起こっている、山本太郎現象を思う時、ひょっとすると日本で初めての草の根大衆運動によって、政治が変わっていく可能性が出現しつつあるのです。

もし本当に日本の独立を考えるならば、この運動にかけるしかないのかもしれません。明治以来の近代日本の大きな曲がり角に、いま来ているのです。

そうした意味で、来年2020年は東京オリンピックの年というよりも、日本の歴史で大きな、そして極めて重要な年になるはずなのです。私たち一人ひとりが主体的に、この歴史の流れに取り組む気概が必要なのです。

■午前中は自分の担当作業である、窓拭き、そして車の洗浄を終えた。今日は暖かい。車の洗浄をした時には半袖のTシャツ一枚で、少しも寒くなかった。11時半には、大掃除も終わりひと段落した。ホットミルクにココアを入れてティータイムとした。昼ごはんはパスタとした。

食事を終えてこたつに入り、テレビを見始めた。ニュースを見て、その後何を見るか迷ったのだが、昨年録画してあった「新映像の世紀 第一集」を見た。『100年の悲劇は、ここから始まった』である。20世紀初頭のヨーロッパでは、科学技術の進歩によって、永遠の繁栄が続くかのごとき幻想が人々に広がっていた。1900年にパリで開催された世界万博では、地下鉄や、歩く歩道など、人々を驚かせる科学技術の成果が誇らしげに溢れていた。

しかし、その繁栄と平和は長くは続かなかった。1914年、第一次世界大戦が勃発したのである。8月に始まった世界大戦は、当初クリスマスまでに終わるだろうと、志願兵たちは楽観的に考えていた。しかしそれは4年余りも続くことになった。1700万の命が失われ2000万人の負傷者が出たと言われている。

機関銃の発明に始まり、毒ガス、戦車、そして爆撃機と、科学技術の進歩は戦争と共に、とどまるところを知らなかった。イギリスもドイツも謀略戦を仕掛ける。イギリスはフランスと組み、アラブ人の独立を餌に、オスマントルコと戦わせ、戦後の中東を分割によって支配を成し遂げた。中東はバラバラに分割され、パレスチナの地にはユダヤ人入植者が世界から押し寄せた。21世紀にも続く紛争の種火である。

録画した新映像の世紀は、第6集まで続いている。この番組を是非、私達は見るべきである、歴史に学ばなければ、21世紀は20世紀の焼き直しになってしまう。一体どれだけの犠牲者が出れば、人間は歴史から学び、愚かな殺し合いをやめるのだろうか。

振り返って

■20191229(日曜日:晴れ)

かつては、ここに住み慣れた住宅公団がありました。

■今朝は走りました。昨日のお風呂の残り湯で体を洗い、朝食をとり終わって、こうしていつものようにパソコンの前に向かっているのが、午前7時30分です。パソコンに繋いでランニングウォッチの記録をアップロードすると、エプソンのホームページ画面が「月間50kmを達成しました。おめでとうございます」と告げてくれています。

今朝は6.60kmを走り、これで今月は8回のランで54.67kmを積み重ね、あと残り2日で45.32kmのところまで来ました。理論的には残り2日で45キロを走ることも決して不可能ではないのですが、現実的には無理な相談です。

今月は風邪で体調を崩したうえに白内障の手術をうけ、術後2週間はランニングはできないと考えていましたので、思ったよりも早く再開できたのですが、月100キロ走の目標が途絶えてしまうのは致し方ありません。

昨夜は2人で、ニューウェルサンピア沼津の日帰り入浴に出かけたのですが、昨日から日帰り入浴は制限がかかり始め、昨日は15時で締め切られていました。今日からは日帰り入浴は一切できないのです。

そのまま2人で中華料理を食べに行き、普段よりも一品多く料理を取り、チャーハンを追加しました。少なめの炒飯でしたが、美味しく頂きました。少し炭水化物を以前よりも多めに取るようにしたのです。あまり減らしてしまうと、どうも元気が出ないような気がしてきました。

昨夜は体脂肪率を再測定してみると10.5パーセントほどでした。さすがに一桁ではありませんでした。厳しいトレーニングを積み重ねているアスリートが、体脂肪率一桁であればそれは素晴らしいのでしょうが、私のようなものが、体脂肪率一桁では、むしろ鎧が少なすぎて、寒さに耐えきれなくなってしまうようです。今朝の朝食にも以前よりも少しですが、炭水化物を多めに取りました。

■昨日は午前中で今年の仕事を終えて、午後から本当に久しぶりにゴルフの練習に出かけました。白内障の手術を受けてからは無理をせずに、練習するのを控えていました。アプローチとパットぐらいであれば、特段目に悪い影響はないだろうと思っていたのですが、やはり少し怖い気もしていました。

久しぶりにゴルフ場に出かけてみて、白内障の手術前と後で、どのように見え方が変わるか、とても楽しみだったのですが、思ったほど劇的な変化は感じられませんでした。それでも、いつも練習しているアプローチ用のグリーンが、いつもよりも近く感じました。鮮明に見える為に、そう思ったのかもしれません。

■さて昨日で今年の仕事も無事に終わりました。ありがたいことです。事故のないのが何よりです。今年も様々なことがありました。

一月の恋人岬へのドライブに始まり、五月にはAyaちゃんの結婚式に参加するために、メルボルンへ飛びました。ゴールデンウィークの真っ最中でしたので、航空券を取るのがとても大変でした。一時は諦めかけたのですが、旅行会社の方に何とか手に入れてもらいました。感謝です。

昨年のTakuの結婚式にBenが来てくれていましたので、それほど違和感があったわけではありません。親類の皆さんと初めて会うわけですが、兎にも角にも意思の疎通が大変です。英語でしかできないわけですから、これは難行苦行です。ポケトークという同時通訳の翻訳機を持参しましたが、「seacret weapon 」だ、と話題作りにはなりましたが、それ以上に役立ったかは、正直疑問です。

伝えたいことが伝わらない、というまさに隔靴掻痒の状態で過ごすしかありませんでした。それでも、もちろん大切な、そしてかけがいのない時間が流れました。もうあれから半年が経ちました。異国での生活は、私には想像もできません。いまのところ二人で仲良く生活しているようですから、遠くで見守るしかありません。

今年は二回マラソンに出場しました。6月の千歳マラソンと10月の上州大田スバルマラソンです。どちらもハーフマラソンです。以前は千歳も二人で走りましたが、Takuが家庭を持った今では、そうもいきません。Takuが最初にマラソンに出場したのも、千歳マラソンでした。ダメもとで誘ってみたら、まさに瓢箪から駒でした。2014年6月1日でした。Takuは10キロに出場し、あっという間にゴールに戻ってきました。いまでも、よく覚えています。

今年は、Takuがスバルマラソンを探してくれて、誘ってくれました。国道を一直線に走る、そのコースは上り道の続く千歳のコースよりは、ずっと楽といえば楽なはずですが、衰えでしょうか、最後の2キロは本当に苦しく、死ぬ思いとは、まさにあの時間帯のことでした。本当に遠いゴールに感じました。

■12月にはTakuの事務所の高橋伸二所長、そして高橋勝男先生とご一緒にゴルフができたことは、大きな喜びでした。その前夜には伸二先生とYukoさんとTakuと一緒に四人で、楽しく食事をともにし歓談しました。

美味しいしゃぶしゃぶのお店でした。素敵な女将が相手をしてくださいました。沼津にも以前は、そのようなお店があり、私も何度か会合で出かけたことがありましたが、いまはもう一軒も残っていないのではないでしょうか。

高橋先生が、ご贔屓にしていらっしゃるのでしょう。そして様々なお相手と歓談して、物事を円滑に進めておられるのかも知れません。決して多弁な方ではありませんが、気配りが行き届いていて、やはり人間としての器の大きさは、私のようなものとは比較になりません。

翌日のゴルフも、とても楽しくラウンドすることができました。エイジシュートを何度も達成しているのですから、お上手なのは言うまでもないのですが、終わってみると80台ですから、やはりこれもまた私などとは比較になりません。

何より天候が最高でした。暖かく風もほとんどない、絶好のゴルフ日和。文句を言ったらバチが当たります。本当にお天気の神様に感謝するしかありませんでした。これもTakuが平生しっかりと仕事をしてくれているおかげと、本当に感謝するばかりでした。

■さて今年大きな出来事の一つに、年末に受けた自分自身の白内障の手術があります。最初、11月に予定をしてもらったのですが、よく予定を見てみると、様々な行事や会合が入っており、万が一調子が悪くなった場合、いろいろな方に迷惑がかかる可能性がありましたので、一ヶ月延期してもらいました。

正直怖かったこともあります。自分自身で、これまで何千という手術をしてきたわけですが、いざ自分自身が受けるとなると、やっぱり恐ろしいのです。まぁ、このあたりは明日にしましょう。

今日は、まず年賀状を書き上げて投函してくるのが、優先順位一番です。

れいわ現象

■20191228(土曜日:晴れ)

幼小児期を過ごした川口の団地です。

■今朝は走りました。今月に入って7回目のランで6.12kmを走り、通算48.07kmとなりました。残り3日で51.92kmの地点まで来ました。残念ながら、月100キロ走の目標は達成できませんでしたが、これも致し方ありません。

木曜日に体組計で測ったところ、体脂肪率が一桁になっていました。9.8パーセントです。もちろん一過性のものであって、継続しているわけではないのですが、今まで1度だけ9%を記録したことがありましたけれども、最近は普通に食事をしていて12%を超えることはなくなりました。

メタボを予防するという意味では、まことに喜ばしい限りなのですが、実は良いことばかりでもないのです。一つは寒さに対する耐性が落ちているような気がします。つまり寒さが身に堪えるのです。簡単に言えば脂肪が取れただけ、フリースを一枚脱いだような体の組成になってしまった訳です。

もう一つは、なんだか力が出ないのです。朝起きても走り出そうという元気が出ません。単に疲れているだけだろうと思っていたのが、じつは炭水化物を減らしすぎたためなのかもしれないのです。

以前あるロータリークラブの会合で、たまたま隣り合わせた、静岡のロータリーアンの方と話をする機会がありましたが、その方は徹底した炭水化物ダイエットを一時的にされたそうです。その時、結局どうなったかと聞いたところ、頭も体もフラフラして仕事にならなかったそうです。つまりは、ガス欠のような状態になったのでしょうか。

もちろん私はそこまで徹底してダイエットしてる訳ではありませんので、ご飯も食べますし、甘いものも食べてはいるのですが、節制を続けているとエネルギー不足になっていたのかもしれません。確かにアスリートでもないのに、普通の生活をしているにも関わらず、体脂肪率が一桁というのはいささか行き過ぎだと思うようになりました。

ということで、昨日からは、昼ごはんのお弁当で食べる白米を3分の一から2分の一に少し増やしました。まぁ、しばらく経過を見てみないとわかりませんが、記録をとり続けましょう。

■さて、昨日は注文してあった牧内昇平さんの「れいわ現象の正体」という本が届きました。あの山本太郎さんが立ち上げた、れいわ新選組が巻き起こした熱狂を、冷静に分析されています。

まだ半分しか読んでいないのですが、どのような人々が、山本太郎さんを応援していたのか、またなぜ応援していたのか。その実態を知ると、いかに日本が壊れてきているのかがよく分かります。

格差は開く一方でありながら、自己責任論が跋扈して、貧しい人々は貧しいのは努力が足りないからだと納得させられてしまう。その一方で、権力者と仲間だというだけで、いわばズルをしてますます豊かになっている人々の存在がある訳です。

格差を是認してしまうと、結局は誰にとっても生きづらい社会になり、暴力が蔓延し、誰にとっても住みにくい社会になってしまうのです。それに対して政治が応えてこなかった。

小泉内閣以来の政権は、そうした現状に対して解決策を示してこなかったのです。そこに登場したのが山本太郎さんだったというわけです。

れいわ新選組に献金した人々の中には、本当に身を削るようなお金を少額ながら献金し続けている方もいる訳です。こんなことは、かつてなかったと言ってよいでしょう。山本太郎さんによって初めて、そんな苦しい生活を続けている自分でも、生きてて良いのだという勇気を与えられた、と語る方が多いのです。

山本太郎さんを批判する方は、様々いますが、苦しむ人々にそれだけの勇気を与えた政治家が、今までどれだけいたでしょうか。大袈裟に言えば日本の歴史上、非常に稀なことに違いありません。今日中に読み終えるつもりです。

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