2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: ランニング Page 60 of 96

干し柿

■20191103(日曜日:曇)

昨日、準備した干し柿です。さて美味しく出来上がるかどうか。

■今朝は走りました。5時に目覚ましを鳴らして準備をし、ゆっくりと走り出しました。6.17kmを走り、これで今月は2回のランで15.84km、残り27日で84.15kmのところまで来ました。

■昨夜は沼津市立病院の皆さんと、病診連携会議があり、沼津医師会側から、主に理事の先生たちが出席されました。会費制で、イタリアレストランに集まり、食事を共にしながら、普段色々お互い困っていることなどを、ざっくばらんに相談し合いました。

私の記憶する限り、こうした懇親会は初めてだったように思います。静岡医療センターの皆さんとは年に1回同様の懇親会を開催しているのですが、沼津市立病院とはそうした機会がありませんでした。

病診連携がとても大切になってきている昨今では、「顔の見える病診連携」というのが、いわばキャッチフレーズになっています。気心の知れた先生にならば、お互い患者さんを安心して紹介しやすいという利点があります。これはとても大切なことです。色々な意味で、行き違いが起きる可能性が、グッと減ります。また何か問題が起きた時にも、意思の疎通が容易に図ることができるのは、とても大事です。

■さて昨日は植木屋さんが来て下さり、手入れをしてくれました。庭の柿の木を剪定してくれて、あまりに高くなってしまった柿の木を、程よい形にしてくれました。同時に、ちょうどなっていた柿の実を、百個近く収穫してくれてありました。

そこで皮を剥いて、とりあえず20個だけ干しました。本当でしたら、ヒモに結び付けて、しばらくは、ぶら下げておかなければいけないのでしょうが、冷凍することで、甘い干し柿ができることを、ある人に教えてもらいました。

つまりは、紐に結びつけて干すことで十分収縮して甘くなってから食べるのではなくて、3日ほど干した後で、冷凍庫にしまうのです。1週間程して解凍してみると、とても甘い干し柿になっているのです。渋柿をどうやって甘い干し柿にするのかは、様々な方法があるようですが、この冷凍法は意外と簡単ですし、私が試した限りでは、うまくいきました。連休中に干しておき、今週いっぱい冷凍しておけば、来週あたりが食べ頃かもしれません。

■今日は昼から浜松に行って、第2620地区地区大会に出席し、宿泊せねばなりません。クラブ研修リーダーとして講習を受けなければならないのです。久松会長、成田幹事とともに2日がかりの会合に、出席しなければなりません。連休とあって出席する会員も少なく、少し寂しいのですが、まぁ与えられた役割ですから、精一杯やるしかありません。

公認会計士協会の会長として本当に忙しい中、会長を務めている久松会長に比べれば、私などはまだまだ楽な方かもしれません。

スタート

■20191101(金曜日:晴れ)

群馬県太田駅の様子です。県立がんセンターもあります。

■いよいよ11月です。今朝は走りました。また月100キロ走に向かって一からスタートです。今朝はとにかくゆっくりで良いから、少し長めに走ろうと思いました。9.66キロを走り、今月のスタートを切りました。

今年も、あと残すところ2ヶ月です。本当にあっという間でした。昨年の年末も同じような思いを抱いていたという記憶がありますが、そうやって毎年、毎年を送っているに違いありません。

先日の上州太田スバルマラソン完走後に、腰の痛みを覚えました。腰の痛みと言っても、もう尾骶骨に近いような部分なのですが、あまりそのような痛みを、運動後に覚えたことが、これまでありませんでした。また最近はゴルフの練習をした後に、同様の違和感を感じます。腰をひねるからでしょうか。

私が小学生の頃でしたでしょうか、父がやはり腰の違和感を覚えて、私に腰の上で足踏みをしてくれ、とよく言ったものでした。父は確かまだ50代でしたでしょうから、今の私よりも10歳は若かったとは思うのですが、きつかったのかもしれません。

自分自身が65歳を超えて高齢者になるなんて想像もできませんでしたが、終活ではありませんが、きちんと自分の始末をつけるべく、もうそろそろきちんと考えておくことを怠ってはならないのでしょう。

ロカボ食

■20191030(水曜日:晴れ)

2019/10/22 早朝のハノイ・ノイバイ国際空港です。

■今朝は走りました。日曜日に、たくと2人でハーフマラソンを走りましたので、疲れがなかなか抜けませんでしたが、今月も明日を残すのみとなってしまいましたので、なんとしても今日中に残りの5キロを走って、月100キロ走の目標を達成しておかなければなりませんでした。これでなんとか今月も目標を達成でき、連続 56 カ月間、月100キロ走の目標を達成することができました。

先日のハーフマラソンで、自分自身の持久力や走力の不足を改めて思い知ったのですが、とりあえずは今の月100キロ走という目標を続けていくしかありません。もう少し異なったトレーニングを取り入れて負荷をかけないとダメなことは自分ではわかっています。高野コーチの指導が、やはり今の自分にとっては一番必要なのだろうと頭ではわかるのですが、現実にはなかなかそれを実行するのは困難なのです。

さて昨夜は、久しぶりに友人の古屋先生と夕食を共にしました。月に1回程度のペースで楽しく歓談する場を設けています。私がベトナムから帰国しましたし、またハーフマラソンも走りましたので先生もそんな話を聞きたいと、とても楽しみにしてくれていました。3時間以上2人で楽しくさまざまな話題について、食事とアルコールを交えて語り合うことができました。

その中で、炭水化物ダイエットの話が出ました。当然のことながら、小児科医である先生は、そうした食事療法については詳しくご存じでしたが、私自身が試してみて、記録をつけた自分の体重グラフをお見せしました。

二か月ほど前から、昼ごはんのお弁当についてくる白米の摂取量を3分の一程度に減らしました。あとは全く以前と変わらない食事と運動を続けているのですが、たったその1回分の白米の摂取量を減らしただけで、体重を示すグラフが見る見る右肩下がりに下がっていったのです。

これには正直私自身が一番驚きました。特段運動量を増やした訳でもありませんし、特別な食品を食べるようになった訳でもないのです。ただ昼ごはんの白米の量を3分の一に減らしただけなのです。確かに毎回の食事における炭水化物の量を意識して、増やさないようにしていることは間違いありません。元々野菜中心の食生活で、いわゆるベジタブルファーストの習慣がありますので、その点も影響しているかもしれません。

ところがある、がんセンターの病院食の話になって大変驚きました。その病院では毎回の食事に白米が150グラムも出てくるというのです。1日150グラムの間違いではないかと最初は思いました。なぜなら、低炭水化物食、いわゆるロカボ食と言われるものでは、1日の炭水化物摂取量を120グラム程度とされています。

炭水化物を多く取れば当然血糖値は上昇しますし、それによって分泌されるインシュリンの量も多くなります。私の読んだある本によれば、癌細胞の栄養源はブドウ糖のみであり、またインシュリンは癌細胞の増殖を促進するそうです。糖尿病の患者さんではガンの発生率が他の方に比べて高い、というのは間違いのない事実のようです。

そんなことを本で読んでいたので、この癌センターでの病院食の白米量には大変驚きました。何か深い理由があるに違いありませんが、私の知っていた常識と真逆でしたので本当に驚きました。

2019上州太田スバルマラソン

■20191027(日曜日、晴れ)

太田市の運動公園野球場です。ランナーと家族で溢れています。

■昨日は診療が終わって、午後から電車に飛び乗り、何度か乗り換えた後、群馬県の東武鉄道太田駅に到着しました。原駅から三島駅まで行き三島駅で新幹線に乗り換え、品川駅で降りました。JR上野東京ラインからJR宇都宮線古河行きに乗り換え、埼玉県は久喜駅に到着しました。JR駅で一旦降りて、東武伊勢崎線に乗り換えて 「りょうもう21号 赤城行」 で16:15【太田】駅着となりました。

たくが予約してくれてあった、東横イン太田駅南口店に行くと、たくが待っていてくれました。まだ夜の5時前でしたので、お店もあまり開いていませんでしたが、たくが適当なお店を見つけてくれました。さっそく17時を過ぎた所でホテルを出て、2人で駅前の居酒屋さんに入って、11時近くまで飲んで食べてお喋りをしました。明日は2人とも8時スタートで、ハーフマラソンを走らなければなりませんので、今夜は12時前には休むことにしました。5時間以上二人で話し込みました。たくが人の話をよく聞いてくれるからです。

明日の朝は5時半起床と決定しました。明日の朝食はホテルのものを取らずに、コンビニで購入した、おにぎり一個とお茶で済ますことにしました。

■さて今朝は5時半に予定通り起き出して準備を始め、朝食を取ってホテルを出ました。会場までのシャトルバスが発着しているスバルの工場の従業員用駐車場にたくの車で行く予定だったのですが、ホテルのフロントで確認してみると歩いても大したことがないし、ホテルの駐車場に車を置いておいても構わないという了承をもらいましたので、15分程の道のりを、駐車場まで歩いて行くことにしました。

歩いているうちに困った事態が生じました。便意が生じてきたのです。途中ホテルにでも入って用をたそうかと思ったのですが、適当な場所がありません。本当に困ってしまったところで、駐車場についてみると、簡易トイレが二つ用意されていることに気づきました。地獄に仏とはこのことです。さっそく利用させて頂き、これで安心して走ることができる状態となりました。

バスに乗って十分ほどでしょうか、スタートの公園までたどり着き、まずは貴重品を預けることにしました。1時間以上の余裕がありましたので、ゆっくりと準備運動し、周囲を見て回ることもできました。やがてスタート時間の8時となり、一時間半、二時間以上というタイム別のプラカードの後ろに、ランナーたちが並びました。

■そして午前8時にスタートの号砲が鳴りました。ところが私の並んでいたところから、スタートラインまで辿り着くのに3分以上、時間がかかってしまいました。今回のレースは、国道354号線を主なコースとして走りますので、交通規制を長期にわたり続けることが難しく、マラソンランナーに対する時間制限が大変厳しいのです。5箇所に関門が設けられ、時間制限を超えると、そこでランナーは道路を走ることができなくなります。ということで、私も制限時間を気にしながら走ることになりました。

コース自体は、とても分かりやすく、一直線に走って、折り返し点を、そのまま、またまっすぐ戻ってくる、というもので、途中陸橋を超えるところで、若干のアップダウンがあるものの、ほとんど平坦なコースと言えます。

天候は曇り。暑くもなく、寒くもなく、ちょうど良い天候でした。結局2時間17分34秒をかけて20.593kmを走りました。記録を見てみると18キロのところまでは結構いいペースで走っていたのですが、最後の2キロ、かなりペースダウンしてしまいました。本当に苦しい2キロでした。歩いて、そして元気を取り戻して走ろうかと何度も思ったのですが、どこまで走り続けられるか頑張ってみようと思い、そのままゴールしてしまいました。

本当に疲労困憊。消耗し尽くしてのゴールでした。あとで話を聞くと、たくも同様に、かなり苦しかったようです。たくの場合は仕事が忙しく、あまり走る機会がなかったようですから、致し方ありません。

コースは大変単純明快なコースでした。スタートの運動公園野球場脇の道路から主要幹線道路に出てからは、本当に真っ直ぐ、ずっと走るばかりです。私が5キロ地点に到着する少し前に、もうトップランナーが折り返して帰ってきていました。すごいスピードです。ダントツの一番でした。

私も18キロメートル付近までは順調にペースを刻んでいたのですが、残り5キロとなって少しペースを上げようかと思ったのですが、そうはいきませんでした。しかも残り2キロになった時点からは本当に苦しく、足が前に出なくなりました。

それでも沿道には家族連れで応援してくださる方もいて、可愛い子供さん達が手を振ってくれたことには大変勇気付けられました。今回のコースは会場の工事のためにコースの距離が若干短く設定されていましたが、それでも、かかった時間は、正式なハーフマラソンと変わりませんでした。つまりはペースが落ちていたということです。今の自分の力ではこの辺りが限界のようです。

トレーニングが足りません。やはり高野コーチが言うように LSD をもう少し、しっかりやっていかないと、ハーフマラソンはおろかフルマラソンなど遠い夢のような現状なのでしょう。

ようやくがゴールにたどり着き、貴重品を預けるテントを目標に競技場に戻りました、たくも走り終えて着替えを終わっていたようです。これから抽選会の終了まで、この芝生の席でしばらく休憩です、スバルが提供してくれた型乗用車が一番の目玉景品です。抽選の結果40代以上ハーフマラソン完走者の中から男性の方が当選されていました。乗用車が景品になるなんて、さすがはスバルマラソンです。台風の影響でここ太田市のスバル工場も操業を一時停止していたようですが、再開されて日常が取り戻されたようで、私も安心しました。

さて、抽選も終わりましたのでシャトルバスで駐車場まで戻り、そこから宿泊したホテルまで歩いて戻り、たくの車に乗って、たくおすすめの高崎にあるスーパー温泉までドライブしました。たくの運転する車に乗るのは本当に久しぶりです。昨年1月からこちらで仕事について毎日のように運転してるようですので、すっかり運転にも慣れたようです。

スーパー温泉に到着し2人でゆっくりとお湯に浸かりました。第1駐車場は満車で第2駐車場に車を停めて入館することができました。自分自身はかなり消耗していましたので、あんまり長湯すると少し気分が悪くなってきましたので、水風呂に入り直して最後はリラックスできました。

また車に戻りたくの家まで車で十分ぐらいでしたでしょうか、初めてお邪魔しました。少し休んでからタクシーを呼び、ゆうこさんと3人で、高崎駅西口近くにあるお店に向かいました。3人で少し遅めの昼食を2時間ほどかけて、ゆっくりと食べました。ビールの美味しかったことは言うまでもありません。ゆうこさんもようやく落ち着き元気を取り戻したようです。私も安心しました。

もっとゆっくりしていたかったのですが、さすがに疲労困憊でしたし、明日のことも考え、お土産を駅ナカのお店で購入し、16時47分発のはくたか号で東京駅に戻りました。高崎駅から東京駅までは小1時間でした。そして、今度はこだまに乗り換え三島駅に到着。豊橋行きに乗り換えて、ようやく家にたどり着いたのが19時半過ぎでした。

5時半に起きてから長い1日でしたが、本当に充実した時間でした。昨日の晩は、たくと2人きりで5時間以上話し込みましたが、これからのこともあり、じっくりと話すことはできて本当に有意義な週末でした。たくも忙しい毎日にも関わらず、時間を取ってくれたことに心から感謝しています。

12月にも、またお邪魔することになっていますので、その日まで、自分自身、体を大切にして一緒に楽しめるように心掛けるつもりです。本当に有意義で、楽しい週末でした。

強欲

■20191024(木曜日:曇)

ベトナムのある農家です。玄関前の様子。脱穀された稲粒を干しています。正面にザボンの実がなっています。大きなザボンの実を、いつも分けてもらいました。

■今朝は走りました。昨日の朝は走るつもりでいたのですが、さすがに疲れが溜まっていたのでしょうか、起き出すことはできませんでした。今朝は5時に起きだし、準備の後にいつものコースを6.08km走り、これで残り7日25.77kmのところまで来ました。

27日の日曜日に2019上州太田スバルマラソンを走りますので、21キロ強を積み重ねることができます。そうなれば、残り3日で5キロを走れば良いことになりますので、なんとか今月も目標の100キロ走を達成できそうです。

今朝の写真は、支援の旅で何度も見かけたベトナムの農家の庭先の様子です。脱穀した米粒を干すために玄関前の庭先に広げてあります。そして庭には必ずと言っていいほど、ザボンの木が植えてあります。ベトナムはザボンの国でもあるようです。どこへ行っても、おもてなしはザボンの実です。これが甘くて、とても美味しいのです。

■さて、今朝の東京新聞第1面の「税を追う」特集は、大変興味深いものです。若手研究者を育成する、国立大学法人、総合研究大学院大学の学長らによるハワイ視察の訪問先の7割が観光地や土産店だった問題で、約200万円の視察費は教職員の人件費削減などで捻出した余剰金から流用されていたことが分りました。

長谷川真理子学長ら執行部は、人件費削減を進める一方、自分たちの報酬や賞与は引き上げていました。2017年に行われた説明会では、長谷川真理子学長が現在の本学の財政状況は本当に大変なことなので、ご理解頂いた上で、皆さん一緒に頑張ってほしいと話したそうです。

説明会から間もなく女性職員は短時間勤務への移行を聞かされました。「やめろって言われてるようなもの。これでは生きていけませんよ」。短時間勤務になると年収は300万円から180万円に減り、再就職先を探すほかありませんでした。東京新聞が入手した、視察の日程表を見ると絶句し、女性職員はこう語りました。

観光地ばっかり、なんのための視察なんですか。やりたい放題ですね。

と、ため息をついた。

私だって、ずっと総研大で働き続けたかったですよ。でも、頑張っても搾取されるだけ。

最後は消え入るような声で呟いた。

ーー悔しい。

現政権が推し進めてきた社会の縮図のような話です。組織のトップが、みんなのためを考えるのではなく、自分の懐ばかりを優先し、強欲さを募らせていく。多くの人々の生活が壊れていく、まさに美しい国、日本の完成です。

氾濫

■20191015(火曜日、曇り)

わが町の夕焼けです。

■今朝も走りました。今朝は5時に目覚ましをかけていたのですが、4時過ぎに目が覚めてしまい、このままもう一度眠ると5時に起きるのはかなり辛そうだったので、そのまま起き出して走る準備を始めました。

玄関を出てみると、道はかなり濡れていました。昨日は終日曇り空で時折雨が降る天候でしたが、それほど強い雨にはなっていませんでしたし、天気予報では今日から回復するとのことだったので、ちょっと意外でした。それでも雨が降っているわけではなかったので、生ごみを所定の位置まで運び、準備運動も終え、スタートの準備をしました。

ということで、今朝はいつものコースを走り、6.05kmを積み重ね、今月は9回のランで62.55キロメートル。残り16日で37.44kmのところまで来ました。

今週木曜日の午後に羽田空港に行き16時35分発のベトナム航空便で、ハノイ・ノイバイ空港に向かう予定です。22日に帰国しますが27日には、たくと一緒にハーフマラソンを走らなければなりませんので3日前から休息するのが通例です。ということは、ベトナムに出発してからは走る事のできる日は、帰国後の翌日23日のみということになります。

もちろんベトナム滞在中に走っても良いのですが、今年は今までボランティア活動に出かけたことのないニンビン省での活動が予定されています。昨年までの活動を行ったバクザン省では、定宿のホテルの前が広い広場になっていて一周1キロ弱とちょうど良い、ジョギングコースにもなっていましたので安心して早朝に走ることができたのですが、今年でかける予定のホテルは大きな道路の真ん前にありますので、昨年までのようにはいきません。滞在中に走るのは、どうやら無理のようです。一応身支度だけは用意していくつもりですが。

■さて台風19号のために、関東地方、東北地方などで、各地の川の堤防が決壊して大変な被害が出ています。内容は全然違うのですが、我が家の玄関先のポートの屋根も飛んでしまい、経年変化による劣化が原因なのだろうと思われました。全国各地の堤防や道路、橋などインフラも同様に高度経済成長時代に作られた設備が、次々に経年劣化を起こしているに違いありません。

これからは、そうした設備の補修に多額の費用が必要になります。税金の使い道がいよいよ難しく、また重要になってくるのです。

変わらないもの

■20191014(月曜日:曇)

新沼津カントリークラブのクラブハウスから見た伊豆半島です。

■昨日の夜は、つるちゃん夫婦と定例の夕食会を開きました。大してアルコールを飲んだ記憶はないのですが、疲れもあったのでしょうか、いささか二日酔いになってしまい、朝方眠れなくなってしまいました。アルコールの度が過ぎると私は、いつも肩が凝って頭が痛くなってしまうのです。横になって寝れなくなります。これはとても辛いのです。ところが不思議なことに、寝床を離れて立っていると辛くないのです。

ということで、今朝は思い切って走ることにしました。今日は LSD を敢行する予定だったのですが、さすがにこの調子では無理だと考え、いつものコースを走りました。6.08kmを走り、これで今月は8回のランで56.50km。残り17日で43.49kmのところまで来ました。

■さて今朝の東京新聞論説室から「私説」欄には、『弁護士立会権は?』と題されて書かれています。新聞にはこう書き出されています。

日弁連は徳島で開催した人権擁護大会で、取り調べの際、弁護人の援助を受ける権利の確立を求める宣言を採択した。その前提には「日本の刑事司法制度は国際的水準に達していない」という認識がある。

たびたび誤認逮捕が報道されるのですが、今年の7月には愛媛県警が窃盗事件で女子大生を誤認逮捕しました。今月3日には裏付け捜査を怠ったことが原因との調査結果を明らかにしましたが「任意性を欠く違法な取り調べはなかった」と、自白の強要は否定しています。

ところが女子大生は「自白の強要をされたという認識に変わりはない」と反論しています。紙面では、いまだにこんな水掛け論になるのかと嘆かわしい、と書かれています。最後に筆者は、こう結論付けています。

密室でのやり取りに、事後検証が不可能に近いからだ。弁護士の立会いが任意段階から認められていれば、誤認逮捕という人権侵害もなかったはずだ。

まことに、その通りに違いありません。未だに実現していない日本の刑事司法制度は中世のままだ、という外交からの批判は、当たらずとも言えず遠からず、なのではないでしょうか。

ひょっとすると、この点も戦前から、あまり変わっていないのかもしれません。

電気の世紀

■20191010(木曜日晴れ)

吉野彰さんが、ノーベル化学賞を受賞しました。

■今朝も走りました。いつものコースを6.08km走り、これで今月7回目のランで、50.41kmを積み重ねました。ホームページに繋いだエプソンの画面が、50キロ走達成おめでとうございます、と告げてくれています。残り21日で49.58kmとなりました。進捗状況としては悪くありません。これで4日連続して走りましたので蓄えができました。明日からは台風の影響で天候が荒れそうですので、走れる時に走っておかないと間に合わなくなる恐れがあります。

昨夜は沼津にある四つのロータリークラブの合同例会がありました。仕事が終わって駆けつけたのですが、おおぜいのロータリーアンと楽しく歓談することができました。

■帰ってきてテレビのニュースを見ると、吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞したというニュースを知りました。吉野さんが、リチウムイオン電池の開発に多大の功績があったということは知っていたのですが、受賞のニュースをとても嬉しくみました。

今やリチウムイオン電池のお世話にならない日は1日もありません。ソニーが世界で初めての量産型リチウムイオン電池を発売したのが1991年ということですから、それほどの時間は経っていないのですが、リチウムイオン電池のなかった時代のことは、もう想像できません。

ある本によれば、電池を制する者が世界を制する、今や、電池の時代だとも言われています。そして、その電池は、リチウムイオン電池なのです。先日も京セラが、クレイ型の新しいリチウムイオン電池を来年から発売すると発表しました。液体型ではなくて、粘土状の中に電池を作り込むことが可能になったようです。そのことで安全性が非常に高まったという解説がありました。

リチウムイオン電池は時々火を噴いてしまうことがあり、それが唯一ともいえる欠点だったのです。トヨタが開発している全固体型のリチウムイオン電池も、そうした安全性の問題を乗り越えるために、今必死に開発されてるようです。パソコンだったら火を吹いてもそれほど危険はないのかもしれませんが、車ではそうはいきません。人の命がかかっていますので、安易にリチウムイオン電池を使用することはできないようです。私が乗っている三代目のプリウスも、リチウムイオン電池は積んでいません。

今よりも格段に容量が大きく、安全性の高いリチウムイオン電池が開発されれば、車も電気自動車に大きく移行していくことは間違いありません。まさに時代は、電気の時代なのです。

NHKの特集番組「映像の世紀」を観ると、20世紀が電気の世紀として出発した様子が、克明に記録されています。20世紀初頭、アメリカでは電気をふんだんに使った遊園地が、コニーアイランドに開場し、庶民でも楽しむことができるようになった、と映像が告げています。

21世紀となり、リチウムイオン電池の力で、もう一度新しい電気の世紀が始まろうとしているのかもしれません。

 

回帰

■20191009(水曜日晴れ)

タクマンボの木に朝顔が巻き付いています。

■今朝も走りました。これで3日連続して朝、走ったことになります。今月は17日から22日までベトナムでのボランティア活動がありますので、走ることのできる日が、いつもの月よりほぼ1週間少なくなってしまいます。今日もいつものコースを6.10km走り、今月は6回のランで通算44.33km、残り22日で55.66kmのところまで来ました。天気予報によれば台風19号が近づいてきています。

金曜日から土曜日にかけて東海地方には最も近づくようです。暴風雨になりそうです。被害がひどかった千葉県に、さらなる被害が及ばないように、心から願うばかりです。

■さて愛知県の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」で企画展「表現の不自由展その後」が八日、約二カ月ぶりに再開されました。元慰安婦を象徴する「平和の少女像」などへの抗議が殺到し、開幕3日で中止に追い込まれた不自由展は芸術祭側、不自由展側の双方が少女像を含む全作品を元の状態で展示することや安全対策で合意し、ようやく再開にこぎ着けました。

これに対して再開に反対してきた名古屋市の河村たかし市長は8日午後、会場前で約十分間、抗議の座り込みをし「日本国民に問う! 陛下への侮辱を許すのか!」と訴えた、と新聞は報じています。展示作品の中にあった、昭和天皇の肖像を燃やすような動画について問題視し、強く抗議したようです。気持ちとしてはもちろんわからないわけではありませんが、いささか前時代がかっていると私などには感じられます。

そして何より感じるのは、河村市長のように知性も教養もあり、常識をわきまえた立派な方が最後にたどり着く、いわば精神的な拠り所が、こうした天皇陛下バンザイのような境地だという点に、とても興味深く、また、これからの日本の行く末を思う時に、不安を感じざるを得ない点なのです。まさかとは思いますが、名古屋市の公立小中学校の全ての教室に、天皇陛下の御真影を飾るべきだと言い出しはしないかと、少し心配になってしまうのです。

そんなことは、平成天皇も令和天皇も決して望まれないことに違いありません。敬愛するとは心の中で静かに思うことであって、大声をあげたり恫喝したりすることではないのです。

バブル崩壊、そしてリーマンショックを経て、政府の間違った経済政策の為に、20年にも及ぶデフレが続き、日本国家は間違いなく衰退しています。貧すれば鈍するで、他国を嘲ったり罵ったりすることで自己満足を得ようとする輩が出てくることは、容易に想像できることです。そこに天皇陛下を持ち込むことは、戦前の歴史を考えれば、とても危険なことに違いありません。平和を何よりも希求される陛下が、最も嫌われる行動ではないでしょうか。

確認

今朝の私の朝食です。

■今朝も走りました。いつものコースを6.09km走り、これで今月は5回のランで38.23km、残り23日で61.76キロメートルとなりました。

YouTubeで見た、ランニングの指導ビデオに、いくつかの基本的な注意点が述べられていました。前傾姿勢を保つとか、腕は決して身体の線を超えて前に振ってはいけない、などなど、とても基本的なことですが、勉強になりました。

そのうちの一つが足元を見て走ってはいけない、というのがありました。100メートルほど先を見ながら走るのが良いというのです。苦しい時は、どうしてもうなだれて足元を見ながら走りがちです。特に上り坂を走っている時には、上り坂の頂点を見るような形になると、まだまだ登りが続くのかと、めげてしまうのです。そんな時は前を走るランナーの足元を見ながら走ることが、私は多いのです。朝まだ暗いうちに走っている時には足元に気をつけないと、つまずいて転ぶことがあるので、なおさら下を向いて走りがちになります。

今朝は指導に従って、なるだけ前を見て、100メートルほど先を見ながら、走るようにしました。すると気のせいかもしれませんが、足がスムーズに前に出るような気がしたのです。ということで、今朝は思ったよりは楽に走ることができたように感じました。

■寝る時に空調をかけたまま寝るようになって、睡眠の質がだいぶ向上しました。しかし昨夜は空調のスイッチを入れ間違えていたのに気づきませんでした。いつもはエコモードで運転するのですが、昨日はどうやら通常の運転モードのボタンを押してしまったようです。モーター音がいつまでも消えないので、おかしいなとは思っていたのですが、エコモードにしているという思い込みがあったので、そのまま寝てしまいました。

するとどうなるかと言いますと、室温が思ったような温度で一定にならないのです。昨夜は夜中に寒さの為でしょうか、熟睡できずに目が覚めて、かけ布団を暖かめのものに掛け替えました。しかし今度は、朝方に暑くて目が覚めてしまいました。そこでボタンの押し間違いに気付き、エコモードに切り替えました。確認をしていなかった、自分の失敗です。

思い込みというのは本当に怖いものです。自分では適切なエコモードのボタンを押したつもりでいたのですが、実際はそのボタンの上のボタンを押していたのです。結局一晩熟睡することができませんでした。何事も確認することが一番大事だと、今更ながら痛感した一夜でした。

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