2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

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MIRAフィットネスクラブに出掛けた日。

セロトニンとメラトニン

■20231020(金曜日:晴れ)

今朝の日の出です。昨日から、日の出の時間に歩くことにしました。

■昨夜はいつになく、よく眠れました。熟睡感がしっかり得られたのです。なぜだろうと考えて、思いついたのが、朝の散歩でした。校庭で歩きながら、日の出を見ていました。以下の記載を考えると、理に適っていたのかもしれません。

★セロトニンはメラトニンの原料になる。

朝起きて、十分な朝日を浴び、目に光が入ることでセロトニンが分泌されます。

そして13~15時間後、松果体において、日中に分泌されたセロトニンを原料にメラトニンが作られるのです。

つまり、セロトニンが少ないと、合成できるメラトニンの量も減ってしまい、うまく入眠できない可能性があります。

フィットネスクラブで走ることも大切ですが、この理論によれば、しっかりと朝日を浴びて、体内時計を更新しないと、充分な睡眠が得られない、となります。

昨夜の熟睡の真の原因が何なのか。熟睡できたのは、たまたまかもしれません。午後から出かけた、フィットネスクラブでの筋トレ量が適切だったのかもしれません。

日の出の時刻を毎日調べながら、しばらくは、その前後 30 分ほどを歩くように計画する予定です。うまく行けば儲けもの。そうでなくとも失うものはありません。試す価値は十分あります。

自由な時間

■20231019(木曜日:晴れ)

4年前にベトナム枯葉剤被害者支援の旅に出掛けた、ベトナム・バクザン省の夜明けです。

■今朝も爽やかな青空が広がっています。6時に目覚ましを合わせてあったものの、5時21分に目が覚めました。ウォーキングに出かけました。キリッとした朝の空気は、身が引き締まります。

この時刻ですと、まだ外は真っ暗です。東に向かって歩き始めました。

昨夜は、3回目が覚めたのですが、あとの2回はトイレに行かずに、そのまま眠り続けました。今まででしたらトイレに行って、布団に戻っていたのですが、行動を変えてみました。

総合点 77 点と、その結果は思ったほど、睡眠の質は落ちていませんでした。総時間的には充分ではなかったものの、熟睡期間が52点と必要な70点に届かなかったのみで、あとの指標は全て普通という睡眠でした。

今夜も途中で目覚めても、そのまま布団の中で留まってみるつもりです。

■さて今日は午後から仕事がありません。ロータリークラブの例会後は、自由になる時間が、3時間弱あります。どう、その時間を活用するか。天候が良いだけに、思案のしどころです。

書類の作成や銀行振込などは、後日でも良さそうですし、勉強会の申込みは昨夜済ませました。自由な時間があるというのは嬉しいものです。いずれは、そんな時間ばかりになるのでしょうが。

受け入れと対処

■20231018(水曜日:晴れ)

今朝の富士山です。秋が深まっています。

■今朝は走るつもりで、5時に目覚ましを合わせてあったのですが、4時半に目が覚めてしまいました。さて起き出すか、諦めてもう少し眠るかの分かれ目です。

今朝はそのまま起き出して、フィットネスクラブに行きランニングマシーンで走ることにしました。今朝は46分40秒、7.3kmを走り、これで今月は 2 回のランで16.32kmを積み重ねました。

昨日は昼休みに床屋に行ったのですが、担当してくれた美容師さんが、私が着ていたTシャツのロゴマークを見て、これは何ですか、と尋ねてきました。千歳JAL国際マラソンのTシャツを、ちょうど着ていたものですから、マラソンを走っているのです、ということから会話が始まりました。

その美容師さんは富士に住んでいるそうですが、自治会の体育部に所属していた時に、年末に行われる大学女子駅伝のボランティアを頼まれたそうです。ジャケットは支給されるそうですが、大変そうだったので参加はしなかったようです。

そんなことから、駅伝とかマラソンに興味があるようでした。床屋さんで話をすることはまずないのですが、ひょんな事から会話が弾みました。

毎日走っているのですか、と尋ねられましたが、その時、最近走っていないことに気づかされ、少しでも積み重ねをしなければいけないと思ったのです。今朝は45分走りましたが、無理をせずに30分程度でしたら、頻回に走ることもできそうです。

筋トレも大切なのですが、やはり走り続けていないと、大会に出ることは次第に難しくなっていきます。早起きもランニングも、継続していかないと、途切れるのはあっという間です。

1年前の日記を見ると、同じ自分の記録かと不思議に思うほど、よく走っていました。インターバル走もしていたなんて、本当に信じられません。でも、それが現実です。受け入れて対処する、その繰り返しが、どうやら人生のようです。

川内優輝選手

■20231016(月曜日:晴れ)

イオンモール出雲から出雲市駅に向かう途中通った「八雲橋」です。落ち着きのある良い街です。

■今朝は爽やかな青空が広がっています。昨日の朝は雨でした。東京では、MGC(男子マラソングランドチャンピオンシップ)が行われ、パリ五輪への二人の代表が決まりました。残念ながら、私は見ることができませんでしたが、川内優輝選手の頑張りが、レースを盛り上げました。

130回目、日本マラソン界で前人未到の道を走り続ける36歳、川内優輝(あいおいニッセイ同和損保)が雨中の決戦で大いに躍動した。

スタート直後に先頭に立つと、悪天候をものともせずにぐんぐんと飛ばす。あっという間に後続を引き離すと、15キロまでは日本記録に近いペースをマーク。35キロ過ぎに後続の6人に追い付かれても、驚異の粘りを発揮。

最後は大迫傑(NIKE)とデッドヒートを展開して、惜しくも競り負けて4位。「パリよりも何よりも大迫選手に勝ちたかった~」と声を張り上げたが、日本代表活動からの距離を置いていた身にして、パリ五輪へと死闘を繰り広げる若手ランナーをけん引。

レース後には「今日は悔いが無い。自分の力を出し切った!」といつも通りの元気良い声を響かせた。

川内優輝選手が優勝したボストンマラソンも、気象条件は寒さと雨で最悪だったと記憶しています。悪条件下での戦いに強いのですね。

川内優輝選手と一緒に走ったことは、もちろんありませんが、2014年にTakuと一緒に初めて「千歳JAL国際マラソン」に参加した際の招待選手が、川内優輝選手でした。

現在36歳ですから、27歳でしたでしょうか、爽やかな好青年という趣で、スタート前に、多くのJAL客室乗務員に囲まれて、嬉しそうでした。私がハーフマラソンを完走する前に、川内優輝選手はフルマラソンを完走し、さっさと空港に帰っていった、とSunは話していました。

当時は公務員ランナーとして、翌日の仕事が待っていたのでしょう。130回目のフルマラソンと、たった3回完走の私では比較のしようもないのですが、川内優輝選手が凄いことだけは、私にも想像できます。

彼の頑張りを見ていると、もう一度、私もフルマラソンに挑戦したくなります。

課題

■20231013(金曜日:晴れ)

出雲縁結び空港です。10月いっぱいで、静岡からの便は、一旦休止です。

■今日も青空が、窓いっぱいに広がっています。爽やかな朝です。暑さに苦しんだ、あの夏の日々は一体どこへ消えたのか、はるか遠い日のように感じます。ほんの一ヶ月前には、一体いつになったら涼しくなるのか、この暑さは永遠に続くのではないかと、途方に暮れていたのですから、いつもながら自然は休むこと無く営みを続けています。

■昨日のロータリークラブの例会は、お休み。午後からは、ゴルフの練習場で2時間打ちっぱなしの練習に取り組みました。400球ほど打ちましたが、力を入れずにフォームだけで打つ練習です。

右半身と左半身を分けての練習法です。片足をそれぞれ一歩引いて打つことで、別の課題に取り組むことができます。YouTubeで知りました。取り組んでみると、自分の課題がはっきりして、とても有効です。

いちばん苦手なドライバーショットの練習に、初めてきちんと最近は取り組んでいます。アプローチショットは大好きなので、何百球打っても飽きないのですが、力んで打ってしまうドライバーは、練習方法が分からず食わず嫌いでした。

しかし、ラウンドしてみて、いかんせん最初のショットが悪すぎて、スコアがまとまらないことを、いやほど思い知らされたので、致し方ありません、真面目に取り組み始めました。

左右の一体感が無いので、ボールを遠くへ飛ばすことが難しいのですが、とりあえず大きく曲がること無く、しっかりとボールを捉えることができ始めてきたのは大正解です。

左手首の返しも、少しずつ可能になってきました。ヘッドが走って、ボールの飛びが全然変わってきました。今まで何をやっていたんだろう、という思いです。分かってみると、そういうものなのかもしれません。

これからが楽しみです。

見えない皮膚の下

■20231012(木曜日:晴れ)

出雲空港を飛び立ってまもなく、機内から見た宍道湖です。

■今朝は爽やかに晴れ渡っています。日本晴れです。昨夜もフィットネスクラブで筋トレをしました。

水曜日の夜8時前後は、結構混み合っています。ランニング用の機器が15台ほど。あとは筋トレ用の機器ですが、どれもが満杯ということは、さすがにありません。

自分で決めたルーティン、というか、決まった動作、日課は筋トレとランニングは、同日には行わない。そして筋トレ器具は、上半身用、下半身用を交互にする。10回施行後、1分前後休憩し、再度10回。合計3回施行。これが1クールです。

10種類ほどの器具を行い、時間は1時間15分程度で終わります。19時30分にフィットネスクラブに到着。トレーニングが終わるのは20時半頃、というのが、最近の日課です。

初期の頃に比べると、取り組む器具の種類も増えました。最初は、あまり効果があるようには思えなかった器具が、取り組んでみると、自分には効果的だったりすることもあります。

まる5ヶ月が終わって、最初はびくともしなかった器具が、次第に容易に繰り返すことができるようになるのは、驚きとともに、実に爽快な気分になるものです。

自分の姿を鏡で見ていても、シュワちゃんのような部分は、どこにも発見できないのですが、見えない皮膚の下では、大きな変化が起こっていることは間違いありません。それが筋トレの醍醐味です。

■さて、走る方も手を抜くわけにはいきません。11月にはハーフマラソンに参加します。初めてのコースなので不安ばかりなのですが、逆に楽しみでもあります。自分にどれだけの力が残っているのか、知ることができます。

来年も5月、6月と北海道へ出かけて、トレイル、そしてマラソンにも挑戦予定です。鍛錬あるのみです。

徒歩圏内

■20231011(水曜日:晴れ)

今朝散歩をしていると郵便局の前で、ひまわりが咲いていました。

■今朝は久しぶりに散歩をしました。睡眠のリズムが良ければ、フィットネスクラブで走ろうかとも思っていたのですが、そうはなりませんでした。それでも、爽やかな朝の空気に触れて、心洗われる一時となりました。

ほんの20分弱でしたが、秋の空気に触れて歩いていると、生まれ変わったように感じるから不思議です。

■昨日から秋の就学時検診が始まり、昼休みに小学校へ出かけて、来年度入学する子ども達の健康診断をしなければなりません。3才児検診で、万が一にも見逃されているかもしれない不同視弱視を見つけ出す、いわば最後のチャンスです。

特殊な器械を持参して、暗室で検査をします。昨日は幸いにも、大きな異常を一人の子ども達にも、見つけることはありませんでした。今日もまた検診です。学校間での生徒数にばらつきが大きいので、かかる時間にかなり差がありますが、全生徒の検診ではないので、午後の診療に大きな支障はありません。

以前ベトナム枯葉剤被害者支援の旅で、小学校で学校検診をしたことがありました。あの時代は、測定機器無しでしたので、一人ひとり視力を測って検診しましたので、時間がかかって大変でした。

今考えると、支援隊の皆さんの協力でなんとか無事に終えたものの、よく実施したものです。今となれば良き思い出です。

■出雲駅伝の観戦に出かけてみると、いつもながら地方の中心都市の住みやすさを実感します。特に地方の県庁所在地は、様々な公共施設が充実していますから、文化面でも高いレベルを維持しています。

物価は安いですし、食材は美味しいものばかりです。空間は広々していますから、要らぬストレスも感じません。自然は豊かです。良いことばかりのように感じますが、そうは甘くありません。

まず職場が充分ありません。若い人は学校や職場を求めて大都市圏に流出し、まず戻ってくることはありません。地方の人口は、毎年減るばかり。いたるところシャッター街ばかりです。

歳を取って老け込まないためには、銀座に住むのが一番だ、という記事を読んだことがあります。うじゃうじゃ人が行き交う銀座が、住むに適しているかどうかは、意見が分かれるところだと思いますが、その意味は理解できます。

我が家から歩いていける範囲内に、JR駅、郵便局、床屋、カレー屋、ドラッグストア、スーパー、銀行、フィットネスクラブ、そして何より日帰り温泉があるのが最高です。これ以上望んだら、罰が当たると思っています。

歩いていける範囲で、ほとんどの用が足ります。歳を取ると、これは最高の贅沢なのです。それが、今のところ銀座に引っ越すつもりがない理由なのです。

応援の旅

■20231010(火曜日:曇りのち晴れ)

出雲駅伝スタート地点です。出雲大社正面鳥居前。

■先週末は、Sunのたっての希望で、第35回出雲全日本大学選抜駅伝競争の観戦・応援に出かけました。富士山静岡空港出雲便が、この10月で打ち切られると知り、居ても立ってもいられなくなりました。

昨夜は、帰ってから日帰り温泉に行き、一杯やりながら感想を述べ合いました。駅伝観戦自体は、箱根駅伝の応援を2回、小涌園脇で行ったことがあります。

出雲の場合は、箱根駅伝ほどは人手が多くないので、ゆっくり楽しむことができます。初めての出雲駅伝でしたので、要領が今ひとつ分からず苦労しましたが、それでも楽しい旅でした。

来年も出かけようということで、とりあえず意見が一致しました。また楽しみが一つ増えました。

淡然

■20231007(土曜日:晴れ)

昨年は庭の柿の木から、干し柿を作りました。

■今朝は4時07分に目が覚めましたので、そのまま起き出してフィットネスクラブへ行きました。そして、1時間2分49秒、9.29kmを走ることができました。先週の土曜日、9月30日以来ですので、7日ぶりとなります。

目覚ましは6時に合わせてあったのですが、睡眠のリズムが、ちょうど目が覚めるタイミングだったようです。再度、寝てしまうと今度は起きるのが辛くなりますので、そのまま起き出して、本当に久しぶりの早朝ランニングとなりました。

以前は、4 時に目覚ましを鳴らして、ランニングをしたこともありましたが、最近では4時に起きだすことは、まずありません。

起き出してみると、思わず校庭を走りたくなるのですが、やはり万が一のことを考えると、誰かが見ていてくれるフィットネスクラブの方が安心です。4時台という早朝にも関わらず、今朝も私以外に 3 名の方がトレーニングをしていました。

今朝は時速5kmから始めて、5分ごとに0.5キロずつスピードを上げていき、時速9キロのところで減速に入りました。1時間が経つと、ランニングマシーンは自動的にクールダウンに入りますので、それまでが勝負です。

どこまでスピードを上げるか、体調を見ながらなのですが、無理をしても意味がありません。20分を過ぎると汗ばむようになり、45分を過ぎると汗が滴り落ちてきます。

今朝はシャワーを浴びて、お湯以外にも水浴びもし、クールダウンもして家に帰りました。今のところは、それほど疲れも感じず、むしろ爽やかに感じるほどでした。

昨夜は、空調を暖房の18度に設定して、布団の中に入りました。これは正解だったようです。特に、寒さや暑さに惑わされることなく、タオルケット一枚で夜中は一度だけ目が覚めた以外は、熟睡できたようです。

こんな走り方も可能な事が分かっただけでも、充分です。睡眠のタイミングが合わないと、スムーズに移行できませんので、就寝時間を早めにするなど、いろいろ工夫をして無理なく積み重ねをしていくつもりです。

■さて以下の動画は、大いに考えされられます。

★幻の日本独立と今も続く支配構造〜前編〜|山岡鉄秀

薄々感づいているものの、公には決して報道されることのない現実です。戦争に負けた国は多々あれど、こんな状態で半世紀以上抵抗運動が起きない国は、日本以外にあるのでしょうか。とても奇妙な国なのです、日本は。

大切なのは、問題が政治家にあるのではなく、国民の側にある点です。奴隷のような状態にあっても、それで淡然としている日本国民という存在です。経済的に豊かになることができれば、戦前のように貧しさに苦しむことが無ければ、それで後は野となれ山となれ、と考えてきたのでしょう。

しかし、いま日本は多くの国民が、日に日に貧しくなっていますし、消費税がさらに増税され、決定的に経済は落ち込みます。多くの国民が、戦前の状態に逆戻りになりそうです。

多極化によって、アメリカはいずれ東アジアから撤退していくと、残された日本は、どのような役回りを演じればよいのか。追い詰められない限り、人間は真剣に考えることができない生き物のようです。

初冠雪

■20231006(金曜日:晴れ)

昨日観測された、富士山の初冠雪です。わずかに、まだ残っています。

■富士山の初冠雪が、昨日発表されました。以下のとおりです。

富士山で5日朝、初冠雪が観測されました。平年より3日、去年より5日遅い観測です。

富士山の初冠雪は甲府市にある甲府地方気象台から職員が目視で積雪の状況を確認して発表します。

甲府地方気象台によりますと、5日午前7時半ごろ富士山の山頂付近に雪が積もっているのを確認し、気象台は初冠雪が観測されたと発表しました。

今朝の写真は、我が家の屋上から撮ったもので、静岡県側から見た富士山です。今朝は爽やかな青空が広がっています。何処かへ出掛けたくなりますが、仕事ですから一日中籠の鳥です。致し方ありません。

こんな朝は、ゆっくりと走るのが本当は健康維持に最適なのでしょうが、最近は朝起きが、むしろ苦手になっています。

昨夜はSunと一緒に日帰り温泉に行って、一杯やって帰ってきたのですが、2杯目の生ビールが、どうも飲み過ぎだったようです。熟睡できませんでした。

■さて以下のニュースは、色々考えさせられます。

★ファーウェイMate 60が爆発的売れ行き、
業界全体の体質改善につながるとの声も

アメリカの対中制裁によって半導体の購入ができなくなった中国が、自力で半導体を量産し始めたのではないか、というニュースです。最先端の製品ではないようですが、かなり難易度の高いレベルにまで到達しているようです。

アメリカが制裁を強めれば強めるほど、中国は自力で技術力を向上させることの連続で、イタチごっことなっています。

そして、いままでiPhone依存の一本足打法だった中国の部品メーカーも、リスクの分散が可能になり喜ばしいことだ、というわけです。

田中宇さんも指摘しているように、中国はものづくりの国になっています。もちろん一国で、何でもかんでも製造できるわけではないのですが、文字通りいまや世界の工場なのです。

アメリカが、債権金融に特化したのと逆方向です。いわば、数字だけの世界です。どちらの未来が明るいかは、まだまだ不確定のようです。

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