■20230815(火曜日:雨)
■今日でお盆休みも終わりです。台風7号は予想よりも西側のコースを取り、和歌山県から関西地方を縦断しそうです。7時すぎに生ゴミを出すために、所定の場所へ行ったのですが、玄関を出ると雨がぱらついていました。傘を持って出たのですが、ほんの数分で踵を返すと、雨はもう止んでいました。一日中、降ったり止んだりでしょうか。
■さて今日は、敗戦記念日です。78年前です。テレビでも、特集番組を組んでいます。昨夜のNHKでは、子ども達を戦地に志願させなければいけない、校長の苦悩が描かれていました。
今となればいくらでも後講釈はできますが、校長の苦悩は深かったはずです。御自分の二人の息子さんは、率先して志願していました。そして、特攻によって命を散らした若者も多かったのです。
戦いにおいて一番大切な存在である兵隊を、特攻や玉砕によって失っていくのは、戦術的にも稚拙だということは、素人でも分かります。こうした歴史を知ると、近代日本は国民の命を大切にできない国なのだ、ということがよく分かります。
そして何より恐ろしいのは、私達を取り巻く「空気」という存在です。本当はおかしいと感じながらも、周囲を覆う空気の存在によって、行動せざるを得なかったのです。みんながそうしているという得体のしれない空気によって、いわば窒息状態になり、考えることができないのです。
戦後教育は、そうした空気の存在によって行動するのでなく、自分自身の考えに基づいて行動する人間を育てるはずでした。福沢諭吉が唱えた「一身独立して一国独立す」とは、そのことではないでしょうか。もちろん成功した部分もありました。
■しかし、まだまだ道半ばです。島国である上に報道管制下では、まさに井の中の蛙になっています。例えば、以下の解説記事を読むと、そのことが如実に分かります。
★★ アフリカの非米化とロシア
2023年8月13日 田中 宇
テレビの報道では悪役のロシアが、またしてもアフリカで問題を起こしている、といった程度の理解しか得られません。いつまで経っても、世界の孤児日本、という存在です。
またしても、焼け野原的状態にならないと、結局目覚めることができないのが、近代日本人の性なのでしょうか。8月15日がやってきて思うのは、残念ながら、いつも同じ思いなのです。
■午前中はオニオンスライスとバナナケーキを作り、午後からはフィットネスクラブで久しぶりに走りました。1時間2分10秒、8.72km を走り、今月は2回のランで合計 13.08 km を積み重ねました。スマホの健康アプリによれば、完全回復は8月18日金曜日 19:07 分と記載されています。
走り終わってマシーンから降りて、不思議な感覚に襲われました。自分は止まっているのに、周囲の地面が前に前にと動いているような感覚です。
何年も前に、Takuと一緒にハワイ旅行をしました。ハワイ島のツアーで訪れた場所で、同じような錯覚を起こしました。滝をしばらく見つめてから、続いて何を見たのかは忘れたのですが、止まっているものが上に向かって動いている錯覚です。
その現象を起こすことで、あの場所は名所のようでした。今日の感覚も、視覚的なものではないのですが、それに近い錯覚なのでしょう。こんなことは始めてでした。ランニング・マシーンで走り始めて、3ヶ月ほどですし、1時間のLSDは3回目のはず。これから、どうなるかも楽しみです。