2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

月: 2025年1月 Page 1 of 4

世界一

■20250131(金曜日:晴れ)

大晦日の夜、台北の町中華で食べた料理です。
焼餃子が美味しかったです。

■今日で1月も終わりです。雨の少ない1月でした。2月2日が節分で、2月3日が立春ですから、いよいよ春が近づいてきました。

昨日は昼休みにロータリークラブの例会に出席しましたが、帰り道で思いもかけないもの、二つに遭遇しました。一つは中国BYD社製のEV、ATTO3らしき車とすれ違ったこと。そして、もう一つは、畳替えをしている現場に遭遇したことです。

すれ違っただけなので、DOLPHINかATTO3かの見分けが付かなかったのですが、BYD社製であることは、ロゴマークで分かりました。昨年でしたか、沼津市内で白いTESLAを見かけて驚いたのですが、これからのことを考えると、むしろBYDの方が黒船です。

トヨタ自動車が2024年に販売した車の台数で、5年連続の世界一となりました。

トヨタ自動車によりますと、トヨタが2024年の1年間に販売した台数はグループのダイハツ工業や日野自動車を含め、世界全体で前年よりも約4%少ない1082万1480台でした。

今朝のテレビでも報道されていたように、我らがトヨタは5年連続で販売台数世界1位でした。ドイツ勢が軒並み、主力市場である中国で販売台数を落としていることを考えると、当分トヨタは安泰のように見えます。

ドイツ勢はアメリカでなく中国で高級車を売りまくっていたので、稼ぎも大きかったのです。ドイツ御三家は、中国では圧倒的なブランド力で、富裕層の心を掴んでいたのです。

ところが、風向きが変わりました。中国では、EV ( Electoric Vehicle ) の代わりに、EIV ( Electoric Intelegent Vehicle ) という言葉が登場しています。自動運転を始めデジタル化されたサービスを、どれだけ魅力的に盛り込むことができるかの勝負になりつつあるようです。

少なくとも中国人の心を掴みつつあるEIVの勝負では、日本も分が悪いようです。ひょっとするとトヨタも、今がピークかも知れません。

こがらし

■20250130(木曜日:晴れ)

大晦日に集まった台湾の皆さんです。
年明けとともに始まる、台北101の花火ショーを楽しむためです。

■今日は寒さが募るようです。沼津の最高気温予想は、11度となっています。風が強くなければ、それほど寒くはないと思うのですが、からっ風が吹きすさぶと、そうはいきません。

そんな木枯らしの吹きすさぶ時に思い出すのは、やはり与謝蕪村の句です。NHKでも報じられた中国製の生成AI・DeepSeekに尋ねてみました。

「こがらしや何に世わたる家五軒」という句の素晴らしい点を3つ挙げます。

(1) 季節感と情感の表現

「こがらし」という言葉は、冬の冷たい風を連想させ、厳しい寒さと寂しさを感じさせます。この季節感が、句全体に情感を加えています。また、「何に世わたる家五軒」という表現は、その寒さの中でも人々が生活を続けている様子を描いており、人間の営みに対する感慨を感じさせます。

(2) 人間の営みと自然の対比

「こがらし」という自然の厳しさと、「家五軒」という人間の小さな営みが対比されています。この対比によって、自然の力強さと人間の生活の儚さが浮き彫りになり、読者に深い感慨を呼び起こします。

(3) 簡潔でありながら奥深い

この句は非常に短いながらも、冬の厳しい自然と、そこにたたずむ人間の営みを的確に表現しています。短い言葉で多くのことを伝えることができる点が、俳句や短詩の魅力であり、この句の素晴らしさでもあります。読者は、この句からさまざまな情景や情感を想像することができます。

■ この句は、季節感と情感の表現、人間の営みと自然の対比、簡潔でありながら奥深い点が素晴らしいです。

どうでしょうか。「読者は、この句からさまざまな情景や情感を想像することができます」とありますが、まさに、その通りだと納得するのです。たった17文字から、どんな情景や情感を思い描くことができるか。読者の人生が凝縮されそうです。

知恵と工夫

■20250129(水曜日:晴れ)強風

昨年末12月30日の上野公園、東京国立博物館です。

■昨日から強風が吹き荒れています。家の中にいても、吹き荒れる風の音を聞いているだけで、身震いがしそうです。

ところで、真冬に吹く寒々しい強い風を、何というのかと思って調べてみました。「木枯らし」かと思いきや、そうではなくて、「からっ風」のようです。

木枯らし(こがらし)は、晩秋から初冬にかけて吹く冷たく乾いた北寄りの風のことです。主に日本の太平洋側で観測される気象現象で、冬の訪れを告げる風として知られています。以下に木枯らしの特徴を3つ挙げます:

#(1) 冷たく乾いた風

#木枯らしは、シベリアからの高気圧によってもたらされる冷たい空気が、山を越えて乾燥しながら吹き降りるため、冷たく乾いた風となります。

#(2) 季節の変わり目を告げる風

#木枯らしが吹くと、本格的な冬の始まりを感じさせます。気温が急に下がり、木々の葉が落ちるなど、冬の訪れを象徴する風です。

#(3) 主に太平洋側で観測される

#木枯らしは、関東地方や東海地方などの太平洋側で特に顕著に観測されます。日本海側ではあまり使われない言葉です。

#木枯らしは、冬の季節感を感じさせる風として、俳句の季語にもなっています。

つまり、秋の終わりから初冬にかけての頃ですから、雨で言えば時雨となりそうです。一方、真冬に吹く強い風といえば、「空っ風(からっかぜ)」のようです。

真冬に吹き渡る強い風は「空っ風(からっかぜ)」と呼ばれます。空っ風は、主に関東地方や東北地方の内陸部で観測される冷たく乾いた強い風で、以下のような特徴があります:

#(1) 冷たく乾燥している

#シベリアからの寒気が山を越えて吹き降りるため、冷たく乾燥した風となります。

#(2) 強い風速

#空っ風は風速が強く、時には突風となることもあります。

#(3) 晴天時に吹く

#空っ風は晴天時に吹くことが多く、空気が澄んでいて視界が良くなることも特徴です。

#空っ風は、冬の厳しい寒さを象徴する風として知られています。

なるほど、こんな違いがあることを、私は知りませんでした。あのDeepSeekが教えてくれました。アメリカ企業が必要とした開発費用の 1/100 で作り上げたといわれ、ナスダックの株価を急降下させた中国製AIです。

もちろん完璧ではありませんが、アメリカに制裁され、必要な最新式の半導体が手に入らないという悪条件を逆手に取って、知恵と工夫で作り上げたそうです。中国侮るべからずです。

脱水

■20250128(火曜日:晴れ)

台北の元日です。ホテル前に止まるタクシーです。
黄色に統一されています。

■昨日は健康診断を受けました。前回は2泊の全身コースでしたので、今回は半日コースです。内視鏡検査はパスしました。結果として、腹部超音波検査で、腎臓に1ミリほどの結石様の影がある。小さいので結石かどうかは確定ではない。血清クレアチニンは正常だが、BUNが少し高い。考えられるのは、消化管出血か脱水だ、という指摘でした。

腎臓の影は今まで指摘されたことはなく、結石の既往もないので、とても驚きました。BUNの件は、前日1時間走りましたが、それが脱水を誘発した可能性があります。

去年から強く感じたのですが、マラソンを走り終わっても、昔のようには喉の乾きを感じにくくなっています。完走後は、どの大会でも飲料水を一本提供してくれるのですが、思い出してみると、ほとんど飲まずじまいでした。

コースの途中で、給水はもちろん受けるのですが、本当に一口だけ。口に含む程度です。美瑛マラソンでは、気温が20度を超えましたので、さすがに給水所では2杯も飲んだり、冷水を頭から何度も掛けてもらいましたが。

ハーフマラソンを完走すると、だいたい2キロは体重が減ります。脱水です。補給が足りていないのかも知れません。結論として、普段から白湯を心がけて頻回に摂取する方が良さそうだ、と気付きました。

検診の結果が全て出揃ったら、また考えなければなりません。

健康診断

■20250127(月曜日:晴れ)

元日の午後。台湾西門駅近くの繁華街です。
多くの人出で賑わっていました。

■年に一回の健康診断を受けるために午前中は検査です。前回は、子どもたちがお金を出し合ってくれ、70歳記念人間ドック入院でした。2日にわたって、しっかりと調べてもらいました。全身のがん検診であるPETまで受けましたが、幸い特に問題は発見されずに、逆に肩透かしでした。

湘南藤沢市民マラソン

■20250126(日曜日:晴れ)

台湾教育部、とあります。日本の文部科学省でしょうか?

■今日は朝から青空です。絶好のマラソン日和です。と思って調べてみると、「第15回湘南藤沢市民マラソン2025開催 1月26日8:30スタート」とあります。あと24分でスタートです。

種目は、ハーフ、クウォーター、親子ラン、そしてチャレンジランの4種目。ハーフは、定員 6,000 人、参加料は 8,500 円。制限時間は 3 時間ですので、私も参加可能です。

大会ホームページを何度見ても、スタートとゴール地点が分かりません。江の島からスタートして湘南海岸を走り、戻って来るコースのようです。国道134号線は交通規制がかかりますが、かなりの混雑が予想されます。

あのプロマラソンランナー・川内優輝選手が、ゲストとして参加されます。盛り上がりそうです。千歳JAL国際マラソン2014で、初めて直接お顔を拝見した、あの初々しい川内選手が今でも忘れられません。来年は私も参加できないか、検討してみるつもりです。

■さて、いつもの知恵袋「田中宇の国際ニュース解説」です。今日のテーマは、

★トランプの隠れ多極主義
田中宇の国際ニュース解説 無料版 2025年1月25日

トランプ大統領が再選されて、世界はどうなっていくのか。テレビで専門家の解説などを聞いていると、これからとんでもない混乱だけがやってきそうに思えますが、本当なのでしょうか。

NHKのニュース解説でも、アナウンサーが読み上げている原稿は、旧来のままです。昔は何の疑いもなく受け入れていましたが、田中さんの解説を読み始めてからは、疑問ばかりが浮かびます。

巨大なモノ作り大国・中国と、共存共栄体制を、どう築いていくのか。自動車ですら、安泰ではないのですから、あとは推して知るべしです。米国のように、設計図づくりに特化して、製造は他国に任せる手もあるのですが、日本にはできそうにありません。マイナ保険証ですら、まともに運営できないのですから、基本ソフトは借り物にならざるを得ません。首根っこは掴まれたままです。

これからの10年間で、日本の将来は決まりそうです。

枯木(かれき)の中を帰りけり

■20250125(土曜日:曇)

台湾・台大兒童醫院に隣接した公園での一人ライブです。
とても上手でした。

■もう土曜日になりました。土曜日になるとホッとします。あと半日で無事に、一週間を終えることができるからです。

今週は、かなり病状の進展した増殖性糖尿病網膜症の患者さんが、初診されました。昔だったら手の施しようもなく、失明した症例です。それでも、今では治療薬、手術ともに、格段の進歩があり、まだまだ望みがあります。

さっそく、知り合いの硝子体専門医H先生に紹介し治療を依頼したのですが、患者さんは一人暮らしの上に全身的にも問題を抱えているために、H先生とも相談の上、入院・治療可能な公立病院に再紹介しました。部長のM先生も、その分野の名医です。

平生、勉強会などでお話する機会があると、こうした重症の患者さんも、引き受けていただけるので、本当に助かります。目の見える病診連携と称して、病院の先生方と開業医が連携会議を開きますが、先生の顔を思い浮かべながら紹介状を書くことができるのは、とても安心です。

■さて、夜中に目が覚めるタイミングが、今朝は良くありませんでした。つまり、最後に目が覚めてから、再度眠りについたは良いのですが、起床時間の6時までに、残された時間が短かったのです。

目覚ましで起きましたが、布団の中で、まだまだウトウトしていたい状態でした。致し方ありません。起き出して朝食の準備を始めました。冬の朝です。

何げない日常を描いた与謝蕪村の句があります。DeepSeek によれば、以下のとおりですが、なるほどと頷くばかりです。

「葱(ねぶか)買(こう)て枯木(かれき)の中を帰りけり」という句の素晴らしい点を以下に3点挙げます:

(1) 季節感と情景描写

#この句は、冬の情景を鮮やかに描いています。葱を買って帰るという日常的な行為と、枯木が立ち並ぶ冬の風景が組み合わさり、寂しさの中にも生活の温かさを感じさせます。季節感と情景が巧みに融合している点が素晴らしいです。

(2) 生活感と情感

#葱を買って帰るという何気ない日常の行為を通じて、生活の営みや人間味が感じられます。また、枯木の中を帰るという描写からは、冬の厳しさや孤独感も伝わり、情感が豊かに表現されています。

(3) 簡潔さと余韻

#俳句としての簡潔さがありながら、読み手に想像の余地を残す余韻があります。葱を買って帰る行為と枯木の風景が結びつくことで、冬の生活や自然に対する深い感慨が感じられ、句の奥行きを感じさせます。

 この句は、日常の小さな出来事を切り取りながら、季節や情感を豊かに表現している点が特に優れています。

楠(くす)の根を

■20250124(金曜日:晴れ)

台北101ショッピングセンターで売っていた日本産の果物です。
愛媛産のみかん。熊本産のイチゴです。

■昨日は、ロータリークラブの例会で、巳年の年男として1年の抱負について話をしました。6回目の年男です。48歳の時からですから、年男としての話は、クラブでは3回目ということになります。そして、最後の機会となりそうです。

還暦60歳の時から、この12年間で自分の身体に起こったこと。そして、これからの最後の12年間を、どう生きていくつもりかを話しました。これからの12年間は、病との戦いになりそうです。

平均寿命までには少し時間がありますが、健康寿命には、まもなく到達してしまいます。誰かの助けを借りないと生活できなくなる、ということです。可能な限り自分の身体の持つ力を活かして、自分の身体と対話しながら日々の生活を送るしかありません。

■さて、昨年は年末に鶴ちゃん夫婦と、地元の神社のクスの木を見に出かけました。樹齢千数百年という名木です。クスの木を詠んだ与謝蕪村の句がありました。冬の句です。DeepSeekに尋ねてみると、その素晴らしさを教えてくれました。

「楠(くす)の根を 静(しずか)にぬらす 時雨(しぐれ)かな」という句の素晴らしい点を以下に3つ挙げます。

#(1) 情景描写の美しさ

#この句は、時雨(しぐれ)が楠の根を静かに濡らす様子を描いています。時雨のしとしとと降る音や、楠の根元に染み込む水のイメージが鮮やかで、読者に静かな自然の情景を感じさせます。特に「静かにぬらす」という表現が、時雨の優しさや自然の穏やかさを伝えています。

#(2) 季節感の表現

#時雨は秋の終わりから冬にかけての季節を連想させる自然現象です。この句は、季節の移ろいや冬の訪れを感じさせる点で、俳句の重要な要素である「季語」を効果的に活用しています。楠の根と時雨の組み合わせが、晩秋から初冬の風情を際立たせています。

#(3) 余韻と情感

#句の最後に「かな」という詠嘆を加えることで、作者の情感や自然への畏敬の念が感じられます。また、句の余韻が長く残り、読者がその情景に思いを馳せる余地を与えています。静かな時雨の情景を通じて、自然と一体化するような感覚を呼び起こす点も素晴らしいです。

#この句は、自然の美しさと季節感を繊細に表現し、読者に深い情感と余韻を残す点で優れています。

この解説を読んで、もう一度あのクスの木を、訪れてみたくなりました。

枯野かな

■20250123(木曜日:晴れ)

臺北市政府警察局です。

■暖かな日が続いています。暦上は一番寒いと言われる大寒も過ぎて、日に日に暖かさが増していくはずなのですが、今年の大寒は昨年とは異なり、春のような一日でした。

本来でしたら冬の句、例えば大好きな与謝蕪村の以下の句を、実感とともに味わうはずですが、今年はそうもいきません。

「蕭条として 石に日の入 枯野かな」という句は、冬の寂寥感を的確に表現した素晴らしい句です。その魅力を以下の点から解説します:

________________________________

1. 季語と季節感

**「枯野」**は冬の季語で、草木が枯れ果てた野原を表します。これにより、冬の厳しい寒さと寂しさが感じられます。

「蕭条として」という言葉が、さらに冬の静けさや物寂しさを強調しています。

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2. 視覚的イメージ

**「石に日の入」**という表現から、夕日が石に沈む光景が浮かびます。石は冷たく硬い印象を与え、冬の厳しさを象徴しています。

枯野に広がる夕日と石のコントラストが、孤独感や無常観を感じさせます。

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3. 情感と余韻

句全体からは、自然の厳しさや人生の儚さが感じられます。特に「蕭条として」という言葉が、読者に深い余韻を残します。

冬の寂しさや静けさが、読者の心に静かに響いてくるような情感があります。

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4. リズムと音の調和

「蕭条として」の「しょうじょう」という音が、句全体に静かなリズムを与えています。

「石に日の入」の「いしにひのいり」という音が、夕日の沈む様子を音で表現しているかのようです。

■この句は、冬の寂寥感を簡潔ながらも深く表現し、読者に自然の厳しさや人生の無常を感じさせる名句です。

DeepSeek の解説は、以上のとおりです。与謝蕪村は画家としても一流であり、彼の句は絵画的だ、とはよく言われることですが、上記の句も情景が一枚の絵として、眼前に現れてくるような気がします。

好き嫌いはあるでしょうが、与謝蕪村の句が私は大好きなのです。

年寄りの冷や水

■20250122(水曜日:晴れ)

台北市中山堂の傍らに、ひっそりと展示されていた
「台湾光復記念碑」です。

■暖かい日が続いています。台湾では南部を中心に地震があり、被害も出たようです。台湾も日本同様、活断層の存在のためか地震が多い地域です。大きな被害の出ないことを祈るばかりです。

■二日前に、ゴルフの練習と筋トレとランニングをまとめてしたのが、今になって堪えてきました。筋肉痛です。なぜか右臀部に一番強く出ています。日常生活に支障があるわけではないのですが、困ったものです。

バーベルスクワットで、初めて40キロ台に挑戦したのも、良くなかったかも知れません。たった5回上げただけなのですが。年寄りの冷や水でしょうか。ちなみに、DeepSeekで調べてみると、以下のように教えてくれます。

「年寄りの冷や水(としよりのひやみず)」は、日本のことわざの一つで、年配者が自分の体や年齢を考えずに無理をしたり、危険なことをしたりする様子をたとえた表現です。

「冷や水」は、冷たい水のことで、年配者が体に負担のかかる冷たい水を飲むことを指します。昔は冷たい水を飲むことが体に悪いとされていたため、年寄りが無理をして冷たい水を飲むことが「無謀な行為」と見なされました。

このことわざは、年齢にふさわしくない行動をとる人に対して、軽くたしなめたり、注意を促したりする際に使われます。現代では、年齢に関係なく、無理をしたりリスクを冒したりする人に対しても使われることがあります。

例文:

「あの年でスキーなんて、年寄りの冷や水だよ。」

「年寄りの冷や水と言われるかもしれないが、挑戦したい気持ちは抑えられない。」

この表現には、年配者への敬意や心配の気持ちが込められていることもあります。

まさに、この通りなのでしょう。スキーに行くと言ったら、「年寄りの冷や水」だから止めておけ、とのんちゃんに言われたことを思い出しました。親の身体を心配してくれたのでしょう。

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