2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

月: 2025年4月 Page 2 of 3

もうすぐ3年

■20250420(日曜日:曇)

2023年4月の、ある踏切です。ちょうど東海道線が通過中です。

■今朝は曇り空です。風もまだ無く、どんよりとはしているものの、少しひんやりする気持ちの良い朝です。久しぶりに窓を開けて、こうしてブログを更新中です。小鳥のさえずりが聞こえてきます。

シジュウカラかメジロでしょうか。メジロは「『チーチー』や『ピーピョロロ』と軽やかな声で鳴く。花の蜜を好むため、サクラやツバキの近くでよく見られる。」とあります。

シジュウカラは、「『ツーピーツーピー』や『チッチージュクジュク』など複雑な鳴き声。都市部の公園や庭でもよく見られる。」とありますから、ここからその姿は見えないのですが、鳴き声からは、メジロのように思えます。

■今朝の写真は、ある踏切の春です。2年前の4月2日でした。親友であり9歳年上のOさんが、3年前の5月に急逝され一周忌が間もなくという、ある日曜日、海岸の堤防を走った帰りがけに、この踏切に立ち寄りました。

この写真に写っている駐車場の反対側が、彼の会社の本社工場なのです。亡くなる数年前に、この本社工場の最上階にある社長室に、お邪魔したことがありました。この日は、その社長室に向かって、私は一人で静かに手を合わせ、亡き彼を偲びました。

まさにゼロから自らの会社を起こした彼の口癖は、「リスクを取らなければダメだ」でした。成長するためには投資をしなければなりません。投資をするとは、リスクを取ることです。失敗すれば、全てを失いかねません。

プラスチック製品の組み立てをする会社に就職後、自ら会社を起こし、次第に規模を拡大の後、私との交流がきっかけになったのかも知れませんが、新たな成長分野として医療部門に進出。時流にも乗って順調に成長し、このビルを買い取って本社工場としたのです。

社長室でのあの時の彼は、その笑みの中に、ゼロからスタートした自分の人生に、達成感と満足感を覚えているようでした。

■そんな彼と付き合い始めたのは、もう25年前になります。何の保証もなく、裸一貫で会社を起こした彼には、医師や弁護士などの専門職は、楽して儲けているように見えたようです。医師である私には聞き捨てならないのですが、お互い了解の上で、半ば喧嘩腰で面白半分に、よく言い合いをしたものです。

彼に言わせると、自分は将来こうなりたいという具体的な目標を持つことがなかったので、大学時代も勉学よりは麻雀に打ち込んでいたそうです。実際その腕前は、プロ級でした。雀荘に寝泊まりするようにして打ち込み、東大生をカモにするのが痛快だったとは、よく聞かされました。

負けん気が強かったのです。そういう点は、何をやっても勝負事には縁がなかった私とは、正反対でした。様々な点で正反対と思われる二人が、なぜか馬が合ったのです。

つまり、「『馬と騎手のように、お互いの動きを自然に理解し合える関係』とイメージすると分かりやすい」仲だったのです。大の大人、しかも男同士が一緒にいて、とくだん気を使うこともなく、気まずくなることもなく、時に笑いを交えて、いつの間にか時が流れていくというのは、得難いものです。

■彼から学んだことは多々あるのですが、その中でも一番深く心に刻んだのは、「好きであることが一番大切だ。」ということでした。営業職を天職と心得ていた彼が、いつも言っていたのが、「この仕事が好きだから、できるんだ」。彼が実践した飛び込み営業の様子などは、下手な漫才など遠く及ばないほど、本当に興味深く、また腹を抱えて笑ったものです。人と接するのが、彼は何より好きだったのです。

そして、そんな話を聞きながら、自分自身は営業職には向かないと、いつも感じていました。人それぞれです。ですから子ども達が、親とは異なる、それぞれに自分の好きな道に進もうとした際に、応援することはあっても、止めるように親として説得したことは一度もありませんでした。好きな仕事を生業にできることが、一番の幸せだと彼から学んだからです。

また彼からは、人の心を掴むとはどういうことか、そして何が必要なのかを学びました。具体的には、世間話というものが、いかに人間関係において大切かを、世間知らずの私が学んだのは、彼との対話を通してでした。子ども達に説教じみた話をしたことは、あまり無いのですが、それでも息子に、「いつでも、誰とでも世間話ができるように、情報を仕入れ準備をしておくことは、とても大切だ。」と話したことは忘れません。

そんな彼が亡くなって、もうすぐ3年。失ってみて改めて、自分にとって、いかにその存在が大きかったのかを痛感するのです。

 

 

連れ添って生きていく

■202504198土曜日:晴れ)

街路樹として植えられた「ハナミズキ」です。
我が街のメインストリートに並んでいます。

■もう土曜日になってしまいました。嬉しいのですが、あまりの時の速さに、痛し痒しです。明日からお休みだ、という点では、もちろん嬉しいのですが、残された時間の少ない高齢者としては、まさに身を削られる思いでもあります。

古希を過ぎて、まさにロウソクのようになりました。日一日と燃え尽きるまでの時間が少なくなっていくのです。そんな自分に、一番ふさわしいのは、たぶんガンジーの、この言葉ではないでしょうか。

明日、死ぬかのように生きろ。

       永遠に生きるかのようにして、学べ。

                           マハトマ・ガンジー

 

若い時には、自分に死が訪れるなど想像もしませんでしたし、また想像することなどできるはずもありません。生きることで精一杯だからです。そう考えると、今は余裕ができたとも言えます。

■最近つくづく感じるのは、自分自身が、とても自由になってきている、という思いです。しがらみから自由になってきている。仕事という枠さえ終えれば、あとの時間は自分自身と対話すれば良い、という安堵感です。長年務めてきた、いくつかの公職を離れた、という点も大きそうです。

べつだん隠遁生活に入っているわけでは、もちろん無いのですが、良い意味で、人間関係を割り切ることができるようになったのでしょう。この人に嫌われたらどうしよう、あの人と良い関係を築かなければいけない、と自分なりに気は使っていたのです。でも本当に大切にしなければならない人は、実はほんの数人だ、ということが分かってきました。

スポーツをしていると、上級者によく言われるのが、力を抜かなければダメだ、というアドバイスです。余計な身体の部分、余計な時に力を入れるので、一番肝心な時に、ボールに力が伝わりません。上級者になればなるほど、まるで力など入れていないかのように見えるほどです。

たぶん人間関係も、似ているのでしょう。達人ほど、まるで全然気を使っていないかのごとく、立ち居振る舞っています。必要な部分と必要でない部分の切り分けが、ごく自然にできるのかも知れません。

そこまで行くと悟りの境地なのでしょうが、古希を迎えて自分なりに、余計な力が抜けてきたようには思うのです。

こんなふうに考えることができるのは、一番には連れ合いのおかげだ思いますので、感謝するばかりです。連れ添って生きていく、とはどういうことか、43年経ってみて少しは分かってきたようです。

未来予測と行動変更

■20250418(金曜日:曇)

2023年4月の原海岸堤防です。日曜日には、この堤防を1時間走りました。

■今朝は曇り空です。天気予報では、これから気温が上がり、今日は夏日になるところがありそうです。気温が25度に達するということです。

昨日は昼休みに、ロータリークラブの例会に長泉町まで出掛けました。ロータリーの父・米山梅吉記念館での例会です。途中、ある脳外科病院近くを通るのですが、T字路で一旦停止していると、南側から救急車がやって来て病院に入っていきました。自分自身は左折して北に向かうと、またしても救急車が、今度は北側から病院へ向かって走っていきました。

立て続けに、救急患者さんが搬入されたようです。その病院は、24時間救急を断らないことで有名です。今のところ自分自身は、救急車のお世話になったことは無いのですが、その日が来るのは時間の問題です。

■なるべく人様には面倒を掛けずに、自分自身は旅立ちたいのですが、こればかりは如何ともしがたいのです。自分にできることと言ったら、怪我をしないように注意することと、メタボにならないように自己管理することだけです。

メタボにならないように自己管理することは、やろうと思えば、誰のお世話にならなくとも実現可能です。毎日、患者さんを診ていて、この体ではいずれ動脈硬化から、脳梗塞、心筋梗塞を起こすのは必定だ、と想像できる人は、山のようにいます。

メタボの内容は、以下の6つ。高血圧、糖尿病、高脂血症、肥満、喫煙、そして痛風です。眼底写真には、今にも破裂しそうな血管が写っています。

それでも、本人には症状がありません。痛くも痒くもないのに、好きな食べ物を控えたり、運動するのは、難行苦行に近いのです。ただし、想像力を働かせることはできます。想像力を働かせる、ということは、たぶん人間だけでしょう。

と思って、DeepSeekに尋ねてみると、「結論:メタボ対策レベルの複雑な未来予測と行動変更は、現時点では実質的に人間固有の能力」との結論です。なぜ人間だけなのかという点には、以下の回答でした。

★★ なぜ人間だけが高度に発達したのか?

■ 脳の前頭前野:

未来シミュレーションや抑制制御をつかさどる。

■ 文化的蓄積:

医学知識を世代間で伝達できる。

■ 言語による抽象化:

「血管障害」という概念を言葉で共有可能。

 

こうした、せっかくの人間固有の能力を、活かしきれていない人の何と多いことか。これからの進化で、こうした能力の活用度が上がっていくことを願うばかりです。

過ぎたるは及ばざるが如し

■20250417(木曜日:晴れ)

沼津牛臥公園から見た伊豆半島です。駿河湾越しに見えています。

■今朝は予定の6時より、15分ほど早く目が覚めました。窓の外には、ぼんやりとはしているものの、青空が広がっています。気持ち良さそうなので、2階の玄関を出て朝日を見つめました。

朝日を浴びることで体内時計をリセットするのです。昨夜は夢を見ている時間帯が、いつもより長かったように感じていました。スマートウォッチの睡眠診断アプリによれば、昨夜のレム睡眠は、いつもより長めの 25% と計測されていますから、あながち間違いでも無さそうです。

■玄関に佇んで、新緑に包まれる真北に位置する愛鷹山を見つめていると、東の方から白い布のようなものが、ひらひらと漂ってきます。あれ、蝶かな、と最初は思ったのですが、眼の前3メーターほどを横切った際によく見てみると、どうやら花びらのようです。モクレンでしょうか。

花筏には午後の影が似合いますが、白いモクレンの花びらには朝日も悪くありません。気持ちの良い朝には、やはり外へ出てみるのが良いようです。

■さて昨日は、フィットネスクラブでの昼休み筋トレはしませんでした。いささか疲れが取り切れていないように感じていました。ネットでのある記事を読むと、正しいスクワットのやり方、と題して専門家が注意を喚起していました。

その中に、スクワットは週に2回程度で十分だ、あまりやり過ぎては逆効果だ、という指摘でした。高齢者は特に気をつけないと、膝や腰を痛めるというのです。正しい姿勢で行うなど、取り組む際の注意点も、もちろん大切ですが、やはり「過ぎたるは及ばざるが如し」のようです。

筋トレの成果は、間違いなく実感できているので、体と相談しながら継続していくのが賢明なのでしょう。

子の手にとるや

■20250416(水曜日:晴れ)

2024年4月8日の花筏です。今年は1週間は、遅かったことが分かります。

■昨日は大気が不安定で、雷雨を心配するほどでしたが、風が強かったものの、突然の氷(ひょう)や雷など、全国的に発生した驚くような気象の変化に、遭遇することはありませんでした。

昼休みにはフィットネスクラブに行って、いつもの筋トレメニューをこなして、午後の仕事を始めました。夜には医師会の理事会があり、仕事を終えてから、急いで夕食を食べて、そして会合に出掛けましたので、忙しない一日でした。

■昨日は花筏のことを調べていて、とても素敵な句に出会いました。DeepSeekの解説も、これまた素敵でした。

小林一茶

〈花筏  子の手にとるや  川の風〉

■意味■

  川面の花筏を見て、子どもが手で掴もうとする。そこに川風がふっと吹く。

■解説■

 一茶らしい「子ども目線」の温かみある句。花筏への無邪気な興味と、それを阻む風の一瞬を切り取り、命の輝きと儚さを同時に表現しています。子どもの純粋な動作を通じて、春の日差しや水辺の匂いまで伝わってくるようです。

一茶は、55歳を過ぎての晩年、妻・きくとの間に娘・さとを授かります。この句を詠んだのは、「一茶が家族と過ごした限りなく穏やかで幸福な一時期に詠まれたものと言えるでしょう。自然の流れ(花筏・川風)と子供の純真さが融合した、禅的な「随波逐流」の境地も感じられます。」とあります。

さとが5歳で夭折した時の一茶の悲しみは、どれほどだったか。想像することすら、辛くなるほどです。

我が家の3人の子ども達が、無事に育ってくれたことを、心から感謝するばかりです。

花筏

■20250415(火曜日:曇)

4月12日の柿の木の青葉です。
ゴールデンウイーク頃、黄色い可憐な花が咲きます。

■今朝は青空も広がっていますが、雨雲がしきりに西から東へ流れています。天気予報では、ときおり雷も発生するとのことで、一日落ち着かない天候のようです。

今日の写真は柿の木の青葉です。桜が散って葉桜になると、青葉が一段と瑞々しさを増します。ゴールデンウィークには可憐な花が咲くのを知ったのは、鶴ちゃんとウォーキングをしていた20年近く前でした。今までは見逃していたのです。

まだまだ、見逃していることが一杯あります。退屈している暇は無さそうです。

■さて大阪万博が始まりましたが、雨にも関わらず多くの入場者が訪れているようです。そんな中で雨宿りする場所が少ないとか、Wi-Fiの接続が不安定などの問題が露見しています。

誰が悪いというのではなく、こうした大きな大会などを組織、運営する力が、日本には以前ほど無くなってきていることを感じさせます。国自体の力が衰えている、衰退しているとも言えそうです。

展示内容にしても、ショボさを感じてしまうのは、技術革新で遅れを取っていることが、一番の原因です。お見せするものが、あまり無いのです。そんなことを、改めて痛感させる大阪万博になりそうです。

■花筏のいま、こんな句を知りました。

「花筏  波に揺られて  午後の影」

この俳句は、「見る者に『自分もいつかはあの花筏の一片になる』と悟らせる力」を持っています、とあります。

「午後」は夕方に近づく時間。春の終わり(桜の散り際)と人生の後半(黄昏)を重ねる比喩。「影」が伸びる様子は、「光(生)から闇(死)」への移行を暗示している、ともあります。

なるほど、もう一度花筏をじっくりと眺めてみましょう。夕方に。

万国博覧会

■20250414(月曜日:曇)

4月12日、原駅に向かう途中で撮影した、沼川べりの桜並木です。

■どんよりと黒い雲が、今朝も窓の外を覆っています。今にも降り出しそうですが、天気予報では晴れてくるようです。昨日は終日、雨でした。楽しみにしていた月例競技も、参加人数が足りずに不成立でした。

親友と一緒に久しぶりに、せっかく月例をプレイできると楽しみにしていたのですが、こればかりは致し方ありません。次回を待つしかありません。

昨日の雨で沼川べりの桜も、かなり散ってしまったはずです。そうなると、花よりも青葉の方が、もう我が物顔になっていそうです。それもまた良しです。

■さて、いつもの知恵袋「田中宇の国際ニュース解説」です。

★イランと和解するトランプ
田中宇の国際ニュース解説 無料版 2025年4月12日

先日も、ある会合で仲間の先生と話す機会があったのですが、彼はトランプ大統領を、まるで精神異常者のようだと口汚く罵るのですが、またか、という思いで聞き流していました。

例えば、その場でこの田中さんの分析を紹介したところで、彼が聞く耳を持たない事は100%間違いありません。自分はインテリだと思い込んでいる人間に限って、そうした反応を示します。私の周りには、こうした人が結構います。テレビの解説が、そのまま刷り込まれているのです。

田中さん自身、自分の分析で他者を説得することの難しさを語っていますから、私などに説得できるはずもありません。すっかり落ちぶれてしまった日本ですから、多くの日本人が、どう考えようと大勢には影響ないのでしょうが、それも寂しい気がします。

■技術革新の分野でも、未来社会を牽引しそうな内容は、ほとんど中国発です。いま万国博覧会を開催するとすれば、それにふさわしいのは、残念ながら日本ではなくて中国であるのは、周目の一致するところではないでしょうか。

そのことに多くの日本人が気付いていないことの方が、実は深刻なのだと私は思うのですが。

万物は流転する

■20250413(日曜日:雨)

2024焼津みなとマラソンのスタートです。
10年前以来、2度目の挑戦でした。

■今朝は雨です。まだまだ土砂降りではないもの、これからも一日中、雨の予報です。

昨日は16時から静岡県眼科医会総会があり、私も副議長として議事進行のお手伝いをしました。二人の演者の講演を聞いた後に、皆さんで懇親会を開催しました。

20名ほどのこじんまりした懇親会でしたが、気付いてみると自分より高齢者は、ほとんど見かけなくなりました。以前は、医会長老の先生方がずらりと席を埋めていましたので、私などは小さくなって、身を潜めているしかなかったのですが、昨夜は状況の変化に愕然としました。

バリバリでエネルギーが溢れんばかりの先生方も、さすがに時の変化に抗うのは難しいようです。世代が移って、また新しい力で組織を引っ張っていくことが、活力を失わないためには必要なことなのです。寂しいとは思いながらも、致し方ありません。

■自分自身とて同じ変化に見舞われています。上記写真は、昨年2度目の参加をした「2024焼津みなとマラソン」スタートの様子です。2015年、初めて参加した時には、ただただ理由も分からず、がむしゃらに走って、制限時間内に無事完走できたものが、昨年は時間切れで大会運営者に収容される始末。

2年前のふじかわキウイマラソンでは、2013年からマラソン大会に参加するようになって初めて、時間切れで途中棄権を経験しショックでしたが、あの時はコース設定の過酷さに、まだ責任を転嫁できました。高低差150メートルのコースを、休む間も無く2度も上り下りするのでは、さすがに力尽きました。

ところが、焼津マラソンのコースは、むしろフラットなのです。ただし、一般道の封鎖を早期に解除しなければならない理由から、制限時間が厳しく、以前は突破できた、その制限時間も昨年は超えることができませんでした。10年の時の流れを痛感せざるを得ませんでした。

■なにはともあれ、時の流れを止めることはできません。それは川の流れを止めることができないことと同じです。ひたすら海に向かって、静かに流れ続けるしかないのです。そして、いずれ自然に還るその時を待つのです。

万物は流転しているのです。

解散

■20250412(土曜日:晴れ)

2024年の4月に出掛けた、沼津市三津から見た朝焼けの富士山です。

■今朝は窓いっぱいに青空が広がっています。何と爽やかな朝でしょう。暑からず寒からず、ちょうど良い気候です。何をするにも心ウキウキする一日になりそうです。

■昨日は5年ぶりでしょうか、2008年から続けていた、ベトナム枯葉剤被害者支援隊の最後の集まりがありました。2014年からは、それまでのメンバーから別れた、新しい「ベトナム枯葉剤被害者はればれ支援隊」を結成し、6名での再スタートでした。

コロナ禍で訪問ができなくなった2019年まで、毎年ベトナム北部を中心に、被害者家族を訪れては現状を確認し、支援物資を届ける活動を続けました。

帰国後は、写真展や講演会を開催し、広報活動も行いました。途中新たな仲間も数名加わりましたが、継続するのは困難なため、結局残ったのは6名の創立メンバーだけとなりました。

そのメンバーも高齢のため健康問題から活動ができなくなり、コロナ禍が開けてからも、集まることも難しい状況となり、今回解散となったのです。

募金活動で集まった資金から最後の活動として、母国に帰国したベトナムからのロータリー米山奨学生クインさんに、支援金を手渡し地元の枯葉剤被害者協会に寄贈してもらうこととしました。

さらに残った僅かな資金は、仲間の竹内さんが関わってきた養護施設に、スポーツ用具などを寄贈しました。これで、全くのゼロに戻りました。

■仲間とともに活動した思い出は、本当に一生の財産です。ささやかではあったものの、人様のお役に立てたことは、わたしたち支援隊の誇りです。みなさん、ご苦労さまでした。

参加申込

■20250411(金曜日:曇)

湯河原マラソン。スタート直後の様子。
3.7km の上り坂です。

■今朝は暖かな朝でしたが曇り空で、今にもシトシトと小さな雨粒が落ちてきそうです。北日本では、4月下旬が桜の満開になりそうですが、沼津では二分咲きの反対で、二分落ち程度の開花状態です。葉桜までには、なっていませんが、若葉が花に隠れて出番を待っている、とも見えます。

風雨が一荒れすれば、葉桜になるのは時間の問題です。今の時期に思い出す情景が、与謝蕪村のこの句です。

「春雨や 小磯の小貝 ぬるるほど」

■昨日は、久しぶりに走りました。フィットネスクラブに出掛け、筋トレはせずに、ランニングマシーンで1時間ピッタリ、走り続けました。機器の設定上、1時間でいったんランニングモードが切れますので、2分間はウォーキングモードで心拍数を戻します。

有酸素運動として無理をせずに走りますので、35分を過ぎた頃からは、心拍数は100前後で推移しました。それでも、最後の15分はきつい時間帯でした。

筋トレだけですと、自分の場合は、体重が少しですが増加気味になります。数100グラムの単位ですが、やはり走ったほうが体の調子も良いようです。

■2025群馬マラソン10キロの部に、Takuと一緒に参加申込を昨日しました。フルだけではなくて10キロの部もあるよ、とTakuが教えてくれたのです。11月3日です。コースは割とフラットだから、とTakuがこれまた調べて教えてくれました。

2014年、二人で初めて参加したのが、千歳JAL国際マラソンでした。私がハーフ、そしてTakuが10キロの部でした。それから、何度も一緒に様々な大会に参加しましたが、Takuが家庭を持ってからは、なかなか時間も取れなくなっていました。

これで年末に向けて、楽しみがまた一つ増えました。

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