2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

投稿者: aiaiganka Page 213 of 315

政治の役割

■20200326(木曜日:晴れ)

榛名湖の雪です。

■今朝は走りました。5時前に目が覚めて、目覚ましの音と共に起き出し、いつもの通り準備運動の後、5時半ごろスタートしました。今日はいつもより少し長めに7.1キロメートルを走りました。今月は13回のランで84.98kmを積み重ね、残り5日で15.01kmのところまで来ました。

週末は雨のようですので、明日と来週の月曜日、火曜日が走ることのできる今月最後のチャンスのようです。

■さて、小池東京都知事がこの週末の、不要不急の外出を控えるようにと都民に要請しています。爆発的感染拡大の可能性を同時に示唆しています。

しかし、私はどこか違和感を拭えません。その前日、安倍総理が東京オリンピックの延期を正式に発表しました。そしてオリンピックの延期が決まった途端に、コロナウイルス感染拡大の危険性を声高に叫び始めた、都知事の対応にはとても違和感を感じます。

もしオリンピックの延期が決定されなかったとしたら、東京都におけるコロナウイルス感染の危険性は無視されていたのでしょうか。東京都における爆発的感染拡大の危険性があることは、以前から指摘されていたことです。

全人口の10%が狭い地域に住んで、毎日満員電車で通勤している訳ですから、爆発的感染拡大が起こらないはずがありません。そうでありながら、オリンピックの延期が決まるまではまるでコロナウイルス感染症など、東京都では問題にならないとでも言いたげな対応しかしてこなかったにも関わらず、手のひらを返したように危険性を声高に叫ぶ政治家の姿勢に大変疑問を感じます。

飲食業やタクシー業界など自粛、自粛の嵐で、本当にどん底の状態に追い込まれている人々は沢山います。単に自粛だけを叫ぶのであれば、素人でもできるのです。

政治家がそれを言う以上、支援策と合わせて自粛の依頼をしないのであれば、何の意味もありません。安倍総理にしても、まったく同様です。休校を突然、要請したにも関わらず、経済的支援策の発表などは全く後回しになっています。

サービス業を中心にどれだけの負担を負わせ、生活を困窮に陥れているかという想像力が全く働いていません。本当に驚くべき無知ぶりです。何か対策をとっているのだ、というフリをしているだけなのです。いつものことですが。

一刻も早く大胆な支援策をとらないと、リーマンショックを超える国民生活の困窮が、多くの人の命を奪いかねません。国民の生活が第一だという基本に戻って、今こそ政治が一刻も早い行動を起こしてほしいものです。

歴史的評価

■20200325(水曜日:晴れ)

榛名湖への道です。

■今朝はゆっくりと休みました。2日続けて走りましたので、今朝は休養です。今月は100キロ走まで、あと22キロ残っていますので、なんとかたどり着くつもりです。

■昨夜は安倍総理が東京オリンピックを延期することを発表しました。今の状況では、致し方ありません。この先どのように日程を組んでいくのか。総理のことですから、政治的にも利用できるものは、何でも利用しようとするでしょうから、解散・総選挙の日程も絡んできそうです。

昨夜はネットで、「横田一の現場直撃 54」を見ました。森友問題の新しい展開を解説していましたし、山尾しおり議員の立憲民主党離党問題も取り上げていました。新型コロナウイルスに関する緊急事態条項法案化について、山尾議員は党の方針に反して反対票を投じ、離党しました。その間の枝野代表の指導力の無さを、山尾議員が追求していたわけです。横田さんの説明を聞くと、本当に情けないと感じるとともに、これでは自民党安倍政権の永久政権になりかねない、と絶望感に襲われます。

緊張感の無い政治状況というのは、ここまで政治を、そして政治家を堕落させるものか、という歴史的な場面に私達は立ち会っているわけです。政治家が最後に審判を受けるのは歴史です。いくら公文書を隠蔽・偽造しても歴史的な評価が覆ることはありません。

100年、200年という単位で見れば、歴史的評価という恐ろしい審判が下るわけですが、安倍総理にはそうした視点が無いようです。ひょっとすると、歴史というものを勘違いしているのではないかとしか思えないフシがあります。

なんにしても野党第一党の党首が、指導力を発揮して政治を正す必要があるのですが、どうもそれも期待できないとなると、コロナウイルスが落ち着くまで、どんな方法であれ、とにかく生きながらえるほか、国民の生き残る道は無さそうです。

医療資源

■20200324(火曜日:晴れ)

タクマンボの花が満開です。

■今朝も走りました。昨日も走ったのですが、3日間旅行に行っていましたので、その間走ることができず、記録を積み重ねることができませんでした。今朝は、いつものコースを6.32km走り、これで今月は12回のランで77.86kmを積み重ね、残り7日で22.13kmとなりました。

昨日は久しぶりの診療でしたので、外来は混雑しました。土曜日を休診にしたため2日分ということでしょうか。新型コロナウイルスの蔓延で、これまでの患者さんの行動パターンが変わるのではないかと言われています。

今まででしたら軽い風邪症状でも、近くの病院をすぐに受診し、診てもらって安心する、あるいは変わりはないけれども、処方されている薬をもらうために病院に出かける、というのが日本における患者さんの行動パターンでした。

ところが今回のコロナウイルス感染症においては、発熱が4日以上続かない限り病院に行っても検査をしてもらえない可能性が高いですし、また自分が感染していなかったとしても病院に行くことによって、かえって感染する可能性も高いので、無理をして受診せずに家で様子をみるというパターンが増えてきているようです。

つまり期せずして医療費が削減されていると言えます。今まででしたら、とにかく病院に行って薬を貰って帰らないと気がすまなかった、これまでの患者さん達が意識を変えつつあるのです。

このこと自体は決して悪いことではないと思います。日本には国民皆保険という本当に素晴らしい制度がありますので、誰でも安心して高額な医療費を払うことなく医療を受けることができます。

救急疾患で病院に担ぎ込まれ、命は取り留めたものの、数百万円から数千万円の請求書が送られてきたという話は、アメリカでよく聞く話です。

そうした素晴らしい日本の国民皆保険ですが、問題があるとすれば、時に安易に病院を受診してしまうために、病院で勤めているスタッフの皆さんが疲弊してしまうという現実があります。

日本の医療はある意味で、薄利多売の世界になってしまっています。常に沢山の患者さんを捌き続けないと、病院が財政的に運営できなくなっているのです。この点はよく考えてみると、患者さんにとっても不幸なことですし、病院スタッフにとっても大きな負担になっている訳です。

とにかく病院は忙しいので、患者さんの訴えをじっくりと聞いてあげることはまず不可能です。次から次に患者さんが待っていますから、そうした対応をすることは時間的に不可能なのです。

アメリカで診察を受けた日本人が、じっくりと時間をかけた、その細やかな対応に大変感激した、というお話をよく聞きますが、その後に送られてきた請求書を見て腰を抜かした、という記事もまたよく読むのです。

今回のコロナウイルス感染症は大きな問題ですし、不幸な問題であることは間違いないのですが、もしも災い転じて福と成すことが一つでもあるとすれば、医療という資源を国民全体でどう維持・継続していくかという意識が、結果として芽生えて変わっていけば、日本の医療もより良くなるかもしれません。

経済活動

■20200323(月曜日:晴れ)

伊香保温泉への道です。

■今朝は走りました。先週の木曜日の午後から2人で旅に出ていましたが、昨日の夜10時過ぎに家に帰ってきました。

今朝は疲れもあったのですが、ここで走っておかないと、月100キロ走の目標が途絶えてしまいますので、頑張って起きて今朝もいつものコースを6.32km走り、これで今月は11回のランで71.54km。残り8日で28.46kmのところまで来ました。

月100キロ走の予定よりも少し遅れている状態ですが、なんとか頑張って今週積み重ねをするつもりです。

先週は木曜日の午後、富士山静岡空港から北九州空港へ飛びました。北九州空港へ行ったのは初めてでしたが、埋め立て空港のようで、空港の近くにはビジネスホテルが一軒あるだけで、吹きさらしの土地が茫漠と広がっているという感じで、食堂も空港内に三件あるだけでした。

この旅で一番感じたのは、なんといっても観光客の少なさです。外国からのお客さんがほとんどいないという状態で、富士山静岡空港からの航空便にも乗客は30名ほどしか乗っていませんでした。

そして、2日目の夜に泊まった、錦帯橋の旅館ではなんと宿泊客は私達ふたりだけでした。そもそも6室しかないこじんまりとした割烹旅館でしたが、当初予約した頃には一番狭い部屋しか空いていなかったようなのですが、再度調べた時には状況は随分変わってしまったようです。つまり、ほとんどが新型コロナウイルスのためにキャンセルされてしまったのです。

3日目に出かけた萩の旅館では思ったほど、キャンセルはなかったようで、外国からのお客さんはほとんどいませんでしたが、結構混雑していて、私も少し安心しました。あまり自粛、自粛では地域経済は疲弊するばかりです。

日曜日は早めに門司の方に帰ってきて、小倉の街を色々見て回りました。北九州市は人口90万を超える大都市で、小倉城もあり、町並みも風格を感じさせる良い街だと思いました。

小倉城も、そしてそれに隣接する松本清張記念館も、さらに小倉競馬場もコロナウイルスのために閉鎖、閉鎖の嵐で、見て歩こうと思ったのですが、どこも残念ながら見学することができませんでした。

小倉城にしても、小倉競馬場にしても、果たして閉鎖する意味があるのかどうか。野外場ですから、そこまでする必要はないと私などは思うのですが、同調圧力の強い日本では、人と違うことをするのはとても難しいことなのでしょう。

兎にも角にも、無事に家に帰ることができましたし、何よりも天気の神様に助けられて、それぞれの土地での素晴らしさを感じ、美味しい料理をいただくことができ、これ以上の喜びはありません。

夫婦2人でのんびりとレンタカーを運転しながら楽しむことができました。もう次回の旅が楽しみになっています。

こんなご時勢ですから、家に閉じこもる方が安全なのかもしれませんが、少なくとも健康で少しでも経済的に余裕があれば、国内で経済活動をして、地域経済に貢献しなければ、日本全体の首が締まってしまうと思うのです。

コロナウイルスはもちろん恐ろしいのですが、基礎疾患もなく元気であれば、自然に感染して抗体を持つ方が八割近くを占めるようですから、過度に恐れることはありません。

マスクや手洗いを励行することはもちろんですが、それ以上に過剰な自粛をする事は、決して日本の為にはなりません。きちんとした科学的根拠も示さず、情緒的で思いつきのような判断ばかりを政府が行っているために、国民は疑心暗鬼になってしまうのです。

ドイツのメルケル首相の国民へのメッセージと安倍総理のそれとを比較すると、その説得力、そして国民に与える安心感の大きさという点で、まさに雲泥の差となっています。私たちはそうした指導者のもとに生活を送っているということを、決して忘れてはならないのです。

小倉

■20200322(日曜日 曇り時々雨)

たくと宿泊したホテルです。

■さて、今日で山口の旅も終わりです。始まってしまえば、あっという間の3日間でした。今日は飛行機の出発が19時35分と遅めの便しかありませんでしたので、1日をどう有効に利用するか知恵の絞りどころです。

まずは金子みすゞ記念館に行くほど見せました。カーナビにセットして宿を出たのが8時半過ぎでした。記念館が9時から開館されることは、ネットで確認してありました。所に到着してみて、残念だったのはコロナウイルス感染の関係で閉館中だったのです。

金子みすゞは、山口県大津郡仙崎村(現・長門市仙崎)に生まれました。仙崎は漁港の街でした。「大漁」の詩が思い浮かび、なるほどと納得しました。

みすゞの生誕100年目にあたる2003年4月11日には生家跡に金子みすゞ記念館が開館。

みすゞが少女期を過ごした家を復元すると共に、直筆の詩作のメモなどが展示されている。

と、Wikipedia にある記念館を訪れたのですが、コロナウイルス感染症騒ぎの中で、残念ながら閉館中で、見学はできませんでした。

実家であった書店の中に記念館があります。

この通りは商店街であり、往時には多くの人々が行き交ったに違いありません。

どの地方の商店街も衰退の一途です。人通りが、ほとんどありません。

記念館は閉鎖されていましたが、玄関までは見ることができました。

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中庭には、みすゞの像が飾ってありました。

劇団若草の創始者である上山雅輔(本名:上山正祐)は彼女の実弟であるが、幼くして母の妹(みすゞにとっては叔母)の嫁ぎ先である上山家に養子に出されている。

■さて記念館が休館中でしたので、そのまま関門海峡を俯瞰できる場所を求めてスタートしました。途中で「道の駅 センザキッチン」に立ち寄りました。仙崎はすぐ沖に青海島を望む漁港でもあり、観光地でもあるのです。遊覧船が出ていました。

建物は木を基調にした落ち着いた雰囲気で、海の幸、そしてジビエも豊富にあり、飽きることがありませんでした。

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秋吉台

■20200321(土曜日 晴れ)

伊香保温泉への道です。

■今日は岩国から萩へ向かう予定です。昨夜は割烹旅館「白為」ならではの美味しい夕食をいただき、本当に満足でした。6室しかない旅館なのですが、キァンセルが相次ぎ、結局宿泊客は私たち二人だけでした。地元の日本酒3種類を試してみて、一番気に入った銘柄を二合いただけるプランでした。

今朝のニュースでは、昨日のニューヨーク市場で、ニューヨーク州知事が全ての労働者に自宅待機を命じたとの報道を受けて、900ドルのげらくを記録しました。投資家が手元にドル紙幣を確保しておきたい、と気持ちが募っているようです。株や債権への信頼が崩壊しつつあるのです。リーマンショックの際も叫ばれた、「キァッシュ イズ キング」というわけです。

■さて宿をあとにして、まず目指したのが秋芳洞です。かの有名な鍾乳洞です。

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秋芳洞(あきよしどう、「しゅうほうどう」の読みは誤り、詳細は後述)は、山口県美祢市東部、秋吉台の地下100-200Mにある鍾乳洞で、約1KMの観光路をもって公開されている。鍾乳洞としては日本最大規模。

洞奥の琴ヶ淵より洞口まで、約1KMにわたって地下川が流れ下っている。 1990年前後の洞窟探検家による琴ヶ淵から奥への潜水調査の結果、東方約2.5KMにある葛ヶ穴まで連結し、総延長は8,850Mに達した。

2016年7月からのの山口大学洞穴研究会と秋吉台科学博物館でつくる「秋吉台カルスト洞窟学術調査隊」の測量調査によって総延長は10,300Mに伸び、現在日本第3位にランクされている。

1926年以前は滝穴(瀧洞)と呼ばれていた。特別天然記念物。秋吉台国定公園に属する。

百枚皿です。

■さて秋吉台を走り抜け、宿へ向かう途中で、「道の駅 萩シーマート」に立ち寄りました。

秋吉台です。

道の駅には、可能な限り立ち寄る、という方針で旅しています。北海道でも九州でも、どこでも道の駅です。その土地、その土地で海の幸、山の幸が楽しめてドライブ旅行の大きな楽しみの一つです。

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巨大なアンコウには、びっくりしました。9,800 円でした。アンコウ鍋、美味しいのでしょうね。

さて宿に着いて評判の岩風呂に入りました。今日のホテルは、思ったほど閑散としているわけではありませんでした。外国からの観光客は、さすがに眼にしませんでしたが、日本人の客で充分普段どおりに見えました。

のんびりと夕食を楽しみました。

こうして無事に一日が終わりました。

錦帯橋

■20200320(金曜日:晴れ)

伊香保温泉の宿から見た風景です。

■昨日は仕事を終えて一休みしてから、富士山静岡空港へ向かい、北九州空港へFDAで舞い降りました。海上に埋め立て空港として造成された空港の周囲には、ほとんど何もないような状態ですが、唯一のホテルである東横インに宿泊しました。

食事を取る店も空港内に三件だけあるのみで、どうしようかと思いましたが、ホテルで無料のカレーライスを出してくれると知って驚きました。空港で夕食を取り、送迎バスでホテルまで行き、チェックインした後、さらにカレーを少々いただきました。明日に備えて早めに休みましたが。

北九州空港のホテルから見た連絡橋です。

■さて今朝は9時からレンタカーを借りて山口県に向かう予定です。ホテルの裏になるレンタカー店に行き、予約してあったアクアを借りて出発進行です。目的地は錦帯橋です。Wikipedia によれば、

日本三名橋や日本三大奇橋に数えられており、名勝に指定されている。藩政史料には「大橋」と表記されることが多く、また「凌雲橋(りょううんばし)」、「五竜橋(ごりゅうばし)」、「帯雲橋(たいうんばし)」、「算盤橋(そろばんばし)」などとも呼ばれていた。「錦帯橋」という美名は完成後に定着した説が有力とされている。文書による初出は宇都宮遯庵の記述した文書内である。

5連のアーチからなるこの橋は、全長193.3メートル、幅員5.0メートルで、主要構造部は継手や仕口といった組木の技術によって釘は1本も使わずに造られている。石積の橋脚に5連の太鼓橋がアーチ状に組まれた構造で、世界的に見ても珍しい木造アーチ橋として知られる。また美しいアーチ形状は、木だけでなく、鉄(鋼)の有効活用がなされて初めて実現したものである。杭州の西湖にある堤に架かる連なった橋からヒントを得て1673年に創建された。西湖の錦帯橋とは2004年に姉妹橋となっている。現在そのほとりには錦帯橋友好の石碑が建立されている。

1950年(昭和25年)の台風で全て流失したため、現在の橋は1953年(昭和28年)に建造当時のまま復元されたものである。

桜の名所として、吉香公園と共に日本さくら名所100選に選定されている。

グーグルマップで調べると北九州空港から錦帯橋までは3時間弱と出ましたが、急ぐ旅でもないのでのんびりと一般道を行きました。まずは137キロほど走って、「道の駅 ソレーネ周南」で一休みです。

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販売されている海の幸、そして山の幸が新鮮で、しかもとても廉価なのです。びっくりしました。惣菜やお弁当の豊富なことも驚きでした。いくつか惣菜を買って、隣接する施設でいただきました。本当に素晴らしい食材でした。また立ち寄ってみたい思いでいっぱいです。

■さて、さらに64キロを走り、錦帯橋に到着です。到着したのは午後2時前でした。最高の青空です。ただ一つ残念だったのは、桜の開花には数日早かったことです。明日には咲き始めるのではないか、とはガイドさんのお話でした。

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ボランティア・ガイドの方が案内と説明をしてくださいました。退職後にガイドを始められたそうです。

とても勉強されている様子が私にも分かりました。

ケーブルカーに乗り岩倉城に向かいました。ケーブルカー駅から見晴らす景色は、とても見事でした。これで桜が満開なら、絵も言われぬ風景でした。それでも吉田兼好が言うとおり、

花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは。

雨に向かいて月を恋ひ、垂れ籠めて春の行方知らぬも、なほあはれに情け深し。

咲きぬべきほどの梢、散りしをれたる庭などこそ見どころ多けれ。

なのです。つまりは想像力を働かせろ、ということです。明日になったら、この桜の木々は、どれほど美しく咲き誇っているのだろうか、と想像する心。錦帯橋から眺める桜の無数の蕾を見ながら、明日の様子、明後日の様子を想像する心こそが、美を愛でる心ということなのでしょう。

帰りがけ、写真を撮ってもらった若者グループの一人と。明るい若者たちでした。

■のんびりと散策の後、「旅館 白為」に落ち着きました。6室のみのこぢんまりした旅館ですが、落ち着いた佇まいは、ただものではありません。新型コロナウイルス騒ぎで、キャンセルが相次ぎ、今夜宿泊したのは、私達二人だけ。独占でした。

地酒を用意してくれました。三種類から私達が選んだ二種類を、2合ずつ提供してくれました。

主な地酒には5種類あるそうですが、女将が用意してくれた三種類の中には、かの有名な獺祭が選択肢にはありませんでした。女将の趣味でしょうか。

辛口の2銘柄は、甲乙つけがたい美味しさでした。

次々から次に出てくるお料理の見事なこと。2時間かけて、ゆっくりといただきました。

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私達以外のお客さんがキャンセルされたのは、旅館にとっては大変な災難でしたが、こうしてこの旅館を独占できたのは、私達には至福の時でした。

秋霜烈日

■20200319(木曜日:晴れ)

伊香保温泉宿からの見た夜明けです。

■今朝は走りました。いつものコースを6.05km走り、今月は10回のランで65.21kmを積み重ね、残り12日で34.78kmとなりました。

ここ一、二週間でしょうか、右脚太ももの裏側に違和感を感じています。痛い訳ではないのですが、動かした時に、ちょうど骨と筋肉の付着部辺りに違和感を感じるのです。しびれるような、何かに圧迫されるような、そんな感じでしょうか。

走っていて苦しいというわけでもないのですが、どうも気になります。どこかの部分で神経が圧迫されていなければいいのですが、とりあえずは湿布を貼って様子を見るしかなさそうです。

■さて今日の東京新聞「編集局南端日誌」では、特報部デスク・加藤裕治さんが「法務検察めぐる動き」と題して書かれています。『笑えない、秋霜烈日』。

加藤さんは書かれています。カルロス・ゴーン被告が国外に逃げたというニュースを見た時、腹が立って仕方がなかった。無実を訴えながらなんだ、と立腹した。ゴーン被告の事件については、人質司法を批判する記事も掲載していましたので、裏切られた気もしました。

「公平な裁判を受けられない」というゴーン被告の逃亡理由を聞いても、彼に対する批判の気持ちは変わらなかったのですが、日本の法務検察当局は今、ゴーン被告の主張を全力で立証中だ、と言うのです。

まずは、森雅子法相の年明けの発言です。「無罪を立証しろ」。罪を立証されない限り、無罪と扱われるのは世界の常識です。ゴーン被告が無罪を立証する必要は、どこにもないのです。

こんな間違いが、よりによって法務検察のトップの口から出たこと、さらに森氏は弁護士でもあるのです。本来なら被告の権利を守る人であるはずの森氏が、このような発言をすることに唖然とし、日本の司法は不公平だと思わせるのに十分な発言だった、と加藤氏は書かれています。

さらには黒川弘務東京高検検事長の定年延長問題が追い打ちをかけています。官邸にとって都合の良い人物をトップに据えようと法をねじ曲げたのです。

検察官は人の罪を指弾し、時には死を求める役回り。だから、ご都合主義にならないよう公平さや厳正さが求められる。

付き合いのあった検事は、その職務の厳しさを、しばしば力説されていたそうです。

そんな検事の襟元には「秋霜烈日」のバッチが輝いています。広辞苑には「秋におく霜と、夏のはげしい日。刑罰または権威・志操のきびしくおごそかなことのたとえ」と、あります。

加藤氏が以前、酒の席で、このバッジに話を振ったところ、検事からこんな答えが返ってきたそうです。

秋の霜は、強い日差しに弱い。

その時は冗談だと思い、笑ったそうですが、今ではもう笑うことができないと、加藤氏は最後に書かれています。

■かつて民主党の代表だった小沢一郎氏に関する検察の行動を見て、大きな違和感と憤りを私は感じました。どう考えても恣意的としか思えない行動だったからです。

法の下で人は平等であるべきですが、残念ながら日本では未だに、そうはなっていないと確信させられることが、とても多いのです。極めて残念なことです。

未だに中世と変わらない、と世界から揶揄される日本の司法制度に、夜明けはやってくるのでしょうか。

4年に1度

■20200318(水曜日:晴れ)

伊香保温泉での夕食です。

■今朝は起き出すことができませんでした。5時に目覚ましを合わせていたのですが、2日間続けて走ったためでしょうか、走り出す元気が出ませんでした。

昨夜は医師会の理事会があり、報告事項、検討事項、承認事項と山のように書類があり、時間もかかりました。新型コロナウイルス感染症の対応問題も大きな課題でした。全員マスク着用での会議も、異様と言えば異様でした。

感染はまだまだこれから広がるでしょうから、収束したと宣言できるのは、当分先の話ではないでしょうか。それまでに、経済的に行き詰まったり、精神的に息詰まったりして、感染以外の原因で犠牲者の出ないことを祈るばかりです。

■さて今朝の東京新聞こちら特報部では、「今夏の五輪開催、新型コロナで暗雲、延期論は無理筋、命のため早く中止決断を」と題して書かれています。

普通に考えると、これだけ世界的に感染が蔓延している現状では、今年の夏にオリンピックを開催することは、とても無理のように思えます。

たとえ日本が感染拡大を制御し、終息宣言ができたとしても、世界中から選手がやってくることができない可能性が高いからです。アメリカではまだ選手選考のための全米選手権が開かれていないようです。

IOCと東京都、そしてJOC(日本オリンピック委員会)が結んだ開催都市契約によれば、「2020年中に東京五輪が開催されない場合、IOC は大会を中止する権利を持つ」と書かれています。

これを踏まえて、橋本聖子五輪相が2020年内ならば延期が可能との認識を示しましたが、日本が20年内の開催を望んでも実現するとは限りません。まだまだ選手選考のための予選が終わっていない競技があるため、夏までに代表選考が終わるのは難しいからです。

しかも今年中となると感染の不安が払拭されない限り、日本行きをためらう選手が出るのではないか。近年はプロのアスリートが多く、感染すれば億単位の収入を失うから敏感になっているそうです。

となると、年内を諦めて1年後あるいは2年後の延期を考えればと思いますが、そうは問屋が卸してくれないそうです。五輪憲章を見ると、『夏季五輪は4年に1度開く』と明記されています。

このサイクルを崩して東京五輪を延期したいと考えた場合、憲章の改正が必要となり、それには IOC 総会の場で投票総数の3分の2以上の賛成が必要となります。

4年に1度の開催の意味を、JOCの元参事、春日良一氏はこう指摘しています。

五輪発祥の古代ギリシャでは4年に1度、武器を置いて競技にいそしみ、平和への思いを神に捧げた。

1896年に近代五輪が始まったのも、帝国主義がはびこる中、4年に1度は平和の精神に立ち返る機会を作ろうとしたから。

このサイクルを変えたら五輪の意味がなくなる。歴史を変えることにもなる。

奈良女子大の石坂友司准教授が最後にこう書かれています。

東京五輪を名目に競技場や道路などのインフラ整備が正当化され、東日本大震災からの復興とも結び付けられた。

行政側の思惑に市民が巻き込まれ、五輪が『大事なもの』にさせられた。

私たちはその点が大きな問題だったと反省した上で、何のための五輪なのか、改めて問い直す必要がある。

1936年ベルリンオリンピックが開催された時に、時のヒトラー総統はアーリア人種の優秀さを世界に示すために、あらゆるメディアを最大限に活用しオリンピックを利用したのです。

もう一度私達は、本当に東京五輪を開催する意味は何なのか、をしっかりと自分自身の頭で考える必要があるのではないでしょうか。

きみのバラ

■20200317(火曜日:晴れ)

伊香保温泉宿の庭木です。

■今朝も走りました。ちょうど5時に目覚ましが鳴ったのですが、夢の真っ只中でした。つまりは起き出すのに一苦労したということです。

今朝はいつものコースを走り、6.31kmを積み重ね、今月は9回のランで59.15km。残り14日で40.84kmのところまで来ました。

今朝も冷え込みました。薄手の掛け布団に毛布をかけて寝ましたが、それでも少し冷えるほどでした。昨日、今日と朝の冷え込みが戻ってしまったようです。

たくの入学を祝って植えたさくらんぼの木にも花が咲き始めました。数日前から気づいていたのですが、今朝は走った後に写真を撮りました。青空を背景に可憐な薄い桃色の小さな花が、いくつも咲いていました。

柿の木にも新芽が出始め、瑞々しい青葉が少しずつ成長しています。5月の連休頃には小さな黄色い花が咲くはずです。季節は滞りなく巡っているのです。

■今朝の東京新聞「筆洗」欄では、星の王子さまの有名な一節を引用しています。

ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。

一番大切なことは目に見えない。

誰でも一度は耳にしたことのある有名な言葉です。この言葉を王子様に教えたのはキツネでした。王子様は自分の星に大切なバラの花を残してきた。地球にもバラがあるが、自分のバラに比べれば特別なものには思えない。

するとキツネがこう教えたのです。

きみのバラをかけがえのないものにしたのは、きみがバラのために費やした時間だったんだ。

バラに注いだ時間や愛情、いずれも目には見えないものだが、それが自分のバラをかけがえのない存在にしている、と筆者は書かれています。

そうなのです。このバラとは私たちにとっては家族なのです。家族とともに過ごした多くの時間、注いだ無数の愛情、それこそが家族を何にも代えがたいものにしているのです。

子育ても終わり、また夫婦二人の生活に戻った、いまの自分に哀切に蘇るのは、これまでに注いだ目に見えない時間だったのです。

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