2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

投稿者: aiaiganka Page 34 of 313

枯木(かれき)の中を帰りけり

■20250125(土曜日:曇)

台湾・台大兒童醫院に隣接した公園での一人ライブです。
とても上手でした。

■もう土曜日になりました。土曜日になるとホッとします。あと半日で無事に、一週間を終えることができるからです。

今週は、かなり病状の進展した増殖性糖尿病網膜症の患者さんが、初診されました。昔だったら手の施しようもなく、失明した症例です。それでも、今では治療薬、手術ともに、格段の進歩があり、まだまだ望みがあります。

さっそく、知り合いの硝子体専門医H先生に紹介し治療を依頼したのですが、患者さんは一人暮らしの上に全身的にも問題を抱えているために、H先生とも相談の上、入院・治療可能な公立病院に再紹介しました。部長のM先生も、その分野の名医です。

平生、勉強会などでお話する機会があると、こうした重症の患者さんも、引き受けていただけるので、本当に助かります。目の見える病診連携と称して、病院の先生方と開業医が連携会議を開きますが、先生の顔を思い浮かべながら紹介状を書くことができるのは、とても安心です。

■さて、夜中に目が覚めるタイミングが、今朝は良くありませんでした。つまり、最後に目が覚めてから、再度眠りについたは良いのですが、起床時間の6時までに、残された時間が短かったのです。

目覚ましで起きましたが、布団の中で、まだまだウトウトしていたい状態でした。致し方ありません。起き出して朝食の準備を始めました。冬の朝です。

何げない日常を描いた与謝蕪村の句があります。DeepSeek によれば、以下のとおりですが、なるほどと頷くばかりです。

「葱(ねぶか)買(こう)て枯木(かれき)の中を帰りけり」という句の素晴らしい点を以下に3点挙げます:

(1) 季節感と情景描写

#この句は、冬の情景を鮮やかに描いています。葱を買って帰るという日常的な行為と、枯木が立ち並ぶ冬の風景が組み合わさり、寂しさの中にも生活の温かさを感じさせます。季節感と情景が巧みに融合している点が素晴らしいです。

(2) 生活感と情感

#葱を買って帰るという何気ない日常の行為を通じて、生活の営みや人間味が感じられます。また、枯木の中を帰るという描写からは、冬の厳しさや孤独感も伝わり、情感が豊かに表現されています。

(3) 簡潔さと余韻

#俳句としての簡潔さがありながら、読み手に想像の余地を残す余韻があります。葱を買って帰る行為と枯木の風景が結びつくことで、冬の生活や自然に対する深い感慨が感じられ、句の奥行きを感じさせます。

 この句は、日常の小さな出来事を切り取りながら、季節や情感を豊かに表現している点が特に優れています。

楠(くす)の根を

■20250124(金曜日:晴れ)

台北101ショッピングセンターで売っていた日本産の果物です。
愛媛産のみかん。熊本産のイチゴです。

■昨日は、ロータリークラブの例会で、巳年の年男として1年の抱負について話をしました。6回目の年男です。48歳の時からですから、年男としての話は、クラブでは3回目ということになります。そして、最後の機会となりそうです。

還暦60歳の時から、この12年間で自分の身体に起こったこと。そして、これからの最後の12年間を、どう生きていくつもりかを話しました。これからの12年間は、病との戦いになりそうです。

平均寿命までには少し時間がありますが、健康寿命には、まもなく到達してしまいます。誰かの助けを借りないと生活できなくなる、ということです。可能な限り自分の身体の持つ力を活かして、自分の身体と対話しながら日々の生活を送るしかありません。

■さて、昨年は年末に鶴ちゃん夫婦と、地元の神社のクスの木を見に出かけました。樹齢千数百年という名木です。クスの木を詠んだ与謝蕪村の句がありました。冬の句です。DeepSeekに尋ねてみると、その素晴らしさを教えてくれました。

「楠(くす)の根を 静(しずか)にぬらす 時雨(しぐれ)かな」という句の素晴らしい点を以下に3つ挙げます。

#(1) 情景描写の美しさ

#この句は、時雨(しぐれ)が楠の根を静かに濡らす様子を描いています。時雨のしとしとと降る音や、楠の根元に染み込む水のイメージが鮮やかで、読者に静かな自然の情景を感じさせます。特に「静かにぬらす」という表現が、時雨の優しさや自然の穏やかさを伝えています。

#(2) 季節感の表現

#時雨は秋の終わりから冬にかけての季節を連想させる自然現象です。この句は、季節の移ろいや冬の訪れを感じさせる点で、俳句の重要な要素である「季語」を効果的に活用しています。楠の根と時雨の組み合わせが、晩秋から初冬の風情を際立たせています。

#(3) 余韻と情感

#句の最後に「かな」という詠嘆を加えることで、作者の情感や自然への畏敬の念が感じられます。また、句の余韻が長く残り、読者がその情景に思いを馳せる余地を与えています。静かな時雨の情景を通じて、自然と一体化するような感覚を呼び起こす点も素晴らしいです。

#この句は、自然の美しさと季節感を繊細に表現し、読者に深い情感と余韻を残す点で優れています。

この解説を読んで、もう一度あのクスの木を、訪れてみたくなりました。

枯野かな

■20250123(木曜日:晴れ)

臺北市政府警察局です。

■暖かな日が続いています。暦上は一番寒いと言われる大寒も過ぎて、日に日に暖かさが増していくはずなのですが、今年の大寒は昨年とは異なり、春のような一日でした。

本来でしたら冬の句、例えば大好きな与謝蕪村の以下の句を、実感とともに味わうはずですが、今年はそうもいきません。

「蕭条として 石に日の入 枯野かな」という句は、冬の寂寥感を的確に表現した素晴らしい句です。その魅力を以下の点から解説します:

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1. 季語と季節感

**「枯野」**は冬の季語で、草木が枯れ果てた野原を表します。これにより、冬の厳しい寒さと寂しさが感じられます。

「蕭条として」という言葉が、さらに冬の静けさや物寂しさを強調しています。

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2. 視覚的イメージ

**「石に日の入」**という表現から、夕日が石に沈む光景が浮かびます。石は冷たく硬い印象を与え、冬の厳しさを象徴しています。

枯野に広がる夕日と石のコントラストが、孤独感や無常観を感じさせます。

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3. 情感と余韻

句全体からは、自然の厳しさや人生の儚さが感じられます。特に「蕭条として」という言葉が、読者に深い余韻を残します。

冬の寂しさや静けさが、読者の心に静かに響いてくるような情感があります。

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4. リズムと音の調和

「蕭条として」の「しょうじょう」という音が、句全体に静かなリズムを与えています。

「石に日の入」の「いしにひのいり」という音が、夕日の沈む様子を音で表現しているかのようです。

■この句は、冬の寂寥感を簡潔ながらも深く表現し、読者に自然の厳しさや人生の無常を感じさせる名句です。

DeepSeek の解説は、以上のとおりです。与謝蕪村は画家としても一流であり、彼の句は絵画的だ、とはよく言われることですが、上記の句も情景が一枚の絵として、眼前に現れてくるような気がします。

好き嫌いはあるでしょうが、与謝蕪村の句が私は大好きなのです。

年寄りの冷や水

■20250122(水曜日:晴れ)

台北市中山堂の傍らに、ひっそりと展示されていた
「台湾光復記念碑」です。

■暖かい日が続いています。台湾では南部を中心に地震があり、被害も出たようです。台湾も日本同様、活断層の存在のためか地震が多い地域です。大きな被害の出ないことを祈るばかりです。

■二日前に、ゴルフの練習と筋トレとランニングをまとめてしたのが、今になって堪えてきました。筋肉痛です。なぜか右臀部に一番強く出ています。日常生活に支障があるわけではないのですが、困ったものです。

バーベルスクワットで、初めて40キロ台に挑戦したのも、良くなかったかも知れません。たった5回上げただけなのですが。年寄りの冷や水でしょうか。ちなみに、DeepSeekで調べてみると、以下のように教えてくれます。

「年寄りの冷や水(としよりのひやみず)」は、日本のことわざの一つで、年配者が自分の体や年齢を考えずに無理をしたり、危険なことをしたりする様子をたとえた表現です。

「冷や水」は、冷たい水のことで、年配者が体に負担のかかる冷たい水を飲むことを指します。昔は冷たい水を飲むことが体に悪いとされていたため、年寄りが無理をして冷たい水を飲むことが「無謀な行為」と見なされました。

このことわざは、年齢にふさわしくない行動をとる人に対して、軽くたしなめたり、注意を促したりする際に使われます。現代では、年齢に関係なく、無理をしたりリスクを冒したりする人に対しても使われることがあります。

例文:

「あの年でスキーなんて、年寄りの冷や水だよ。」

「年寄りの冷や水と言われるかもしれないが、挑戦したい気持ちは抑えられない。」

この表現には、年配者への敬意や心配の気持ちが込められていることもあります。

まさに、この通りなのでしょう。スキーに行くと言ったら、「年寄りの冷や水」だから止めておけ、とのんちゃんに言われたことを思い出しました。親の身体を心配してくれたのでしょう。

冬木立

■20250121(火曜日:曇)

台北市中山堂の傍らに、ひっそりと展示されていた
「台湾抗日運動」の資料です。

■昨日は大寒とは名ばかりの、春のような一日でした。3月下旬の気温でした、とテレビが伝えていましたが、3月下旬になると、こんなにも暖かくなるのだと、これまた驚きました。

冬ですから、寒い毎日が当たり前なので、べつだん恨めしいわけでもないのですが、そんな暖かい日が迷い込んだようにやって来ると、春の到来が待ち遠しくなります。

草花や木々も春に向けて準備中なので、自然が動きを止めているわけではないのですが、私達の目には、蕭条とした静止画の世界にしか見えません。

「斤入れて 香に驚くや 冬木立」 与謝蕪村

■さて昨日は筋トレの後に、ランニングマシーン上で、33分52秒、4.12km を走り、これで今月は3回のランで、11.50km を積み重ねました。走ることが後回しになっていますので、致し方ありません。

昨日はバーベル・スクワットで初めて、40 kg 台に挑戦しました。さすがにずっしりと重く感じ、5回で止めました。無理をすると腰を痛めそうでした。

ベンチプレスでは、負荷のプレートを2.5kg 増やしただけで、あっという間に限界に達します。24kg が今の限界です。もうそれ以上、上げることができなくなります。下半身と上半身の筋肉量と、その力の差を実感します。

まぁ、焦っても仕方ありません。少しずつ、無理をせずに鍛錬していけばよいだけの話です。

二・二八事件

■20250120(月曜日:曇)大寒

台湾国立中正紀念堂です。蒋介石初代総統像です。

■なぜか昨夜は、よく眠れました。スマホの睡眠診断によると、3回も目が覚めたので、いただけないが、総合診断は「良好」とのこと。自分としては、早朝の5時近くまで目が覚めずに熟睡できたので、とても気分爽快な朝でしたが、夜中の1時40分頃に4分間ほど、目が覚めたと記録されています。でも記憶にありません。

まぁ、本人が熟睡できて気分良く起きることができたと感じているので、それ以上の朝はないでしょう。

昨日は休日当番医で、午前中は大混雑。転送が必要な重症患者は幸い来ませんでしたが、コンタクトレンズ装用による角膜炎や角膜潰瘍がありました。付けっぱなしで寝てしまったり、乾燥しているにも関わらず長時間装用して、角膜低酸素状態から炎症を惹起してしまうのです。

最後の患者さんは終了ギリギリに、はるばる小山町からやって来ましたが、1ヶ月タイプの使い捨てカラーコンタクトが、なんと目の中で迷子になってしまったとのこと。上眼瞼結膜嚢に入り込んでしまい、取り外せなくなってしまったのです。取り出して欲しい、と来院されました。距離にして、40キロ近くあります。

子どもの結膜炎も、たくさん来ました。平日受診するより、休日のほうが早く診察を受けられるためか、子どもの患者さんは、いつも多めです。小児科は大変そうです。

■さて今日の写真は、国立中正紀念堂の蒋介石台湾初代総統像です。Deepseek によれば、以下のとおりです。

台湾の国立中正紀念堂にある銅像は、蒋介石(蔣中正)のものです。蒋介石は中華民国(台湾)の初代総統であり、同記念堂は彼を記念して建設されました。銅像は彼の業績と影響力を称える象徴として置かれています。

台湾の国民に深く慕われていると、何も知らない外国人は、単純に考えがちですが、歴史を顧みれば国民感情は複雑です。先日の訪台でも、ホテルのすぐ近くに「228和平公園」ありましたが、その意味するところは、以下のとおりです。

★二・二八事件

どこの国も複雑な歴史を抱えながら、前に進もうとしているのです。

20万年

■20250119(日曜日:曇)

台湾故宮博物院。
毛公鼎(もうこうてい)でしょうか。
西周時代・紀元前9世紀ごろの鼎。

■今日は、休日当番医。8時から17時までは、籠の鳥です。無事に終わることを願うばかりです。

今日の写真は、なんと3,000年近く前の青銅器です。Wikipediaによれば、

翠玉白菜・肉形石と並ぶ故宮三宝(中国語版)の一つであり、台湾国宝(中国語版)に指定されている。現存最長の金文が刻まれた考古資料でもある。

#鼎の口内に、現存最長の文量である497字の金文が刻まれている。鼎は、高さ53.8cm、口径47.9cm、重さ34.5kgであり、金文の長さの割にそこまで巨大ではない。

#金文の内容は、西周の中興の祖である宣王が、臣下の毛公瘖(もうこうあん)に授けた官職任命の辞や訓戒である。毛公瘖は、文王の子の毛叔鄭(中国語版)の後裔と見られ、宣王による西周中興(中国語版)を支えた権臣だった。

中国5千年の歴史とは、よく言われますが、本当に想像もできない遠い昔から、今と変わらぬ人々の営みが営々と綴られていたのだ、と実感します。論語を読んでいると、孔子様と弟子たちのやり取りは、はるか昔のようにも感じますが、実は今を生きる私達と同じような悩みや苦しみを抱えて生きていたことが分かると、ぐっと身近な存在に迫ってきます。

むしろ歳を取れば取るほど、孔子様の言っていることは本当なんだな、と納得することが増えてきます。どんなに科学技術が発達しても、ホモ・サピエンス20万年の歴史からすれば、それはほんの一瞬のことでしかないのでしょう。

腸肺連携

■20250118(土曜日:曇り)

昨夜いただいた刺身です。能登応援キャンペーンで注文しました。

■昨日は久しぶりに刺し身を堪能しました。まだ食欲が完全に戻っていないSunも、この刺し身の新鮮さ、美味しさには大満足でした。能登の皆さんを応援しようという趣旨で、能登半島で取れた新鮮な刺し身を宅急便で送ってくれるサービスでした。

3−4人前を注文したので、多すぎるかとSunは心配したようです。最初に見た時には、食べきれるかな、というのが二人の正直な思いでした。

ところが、二人で食べ始めると、そんな事はすっかり忘れてしまいました。あまりに美味しいので、どんどんお腹に入ってしまうのです。さすがに、一切れも残さずというわけには行きませんでしたが、残りは全て昨夜作った温野菜に入れました。

そして今朝、その温野菜を食べましたが、タラ子付けでしょうか、一切れを食べることができましたが、美味しかったです。

■刺身のツマの大根の千切りは「つま」または「けん」と呼ばれます。

#つま:刺身の付け合わせ全般を指すことが多いですが、特に大根の千切りを指す場合もあります。

#けん:大根やにんじんの細切りを指す言葉で、刺身のツマとして使われる大根の千切りも「けん」と呼ばれます。

#これらの呼び方は地域や料理店によって異なることがあります。

たくさん入っていた大根の千切りも、温野菜の鍋に入れました。後悔したのは、鍋に入れる前に少し細かく切っておいた方が、食べやすかったことです。煮込むと、つまは塊になってしまいます。それでも、煮込んでしまえば、塊になっていても、あっさりと噛み切ることができるので、食べにくいことはありません。捨ててしまうのは、あまりにも、もったいないですね。

年始にひいた風邪から、今まで以上に短時間で私が回復できたのは、この温野菜を毎朝摂取していたからだと勝手に思い込んでいました。でも以下の本を読むと、思い込みばかりでもないようです。

■「腸と脳」の科学 脳と体を整える、腸の知られざるはたらき (ブルーバックス)”(坪井貴司 著)

#”肺炎になったマウスに、食物繊維を多く含む食事や酢酸を経口投与しました。すると、肺の上皮細胞において、抗ウイルス作用のあるⅠ(いち)型インターフェロンの産生が増強され、肺炎の症状が軽減されたのです。”

つまり、腸と肺とは連携して助け合っているのです。腸肺連携です。体の組織は、バラバラに活動しているのではなく、緊密に連携しあって健康を維持しているのです。なんて素晴らしいのでしょう。

阪神・淡路大震災

■20250117(金曜日:晴れ)

台湾故宮博物院です。漢字の歴史を解説していました。

■30年前の今朝、阪神・淡路大震災が起こりました。

阪神・淡路大震災(はんしん・あわじだいしんさい)とは、1995年(平成7年)1月17日(火曜日)5時46分52秒(日本時間=UTC+9)に発生した兵庫県南部地震により引き起こされた災害のことである。

当日は日曜日だった、と勘違いしていました。朝起きだしてきてテレビを付けると、何事が起こったのか、大変な事態だということしか分かりませんでした。

その後、東日本大震災、そして昨年の元日には能登半島地震と、日本は本当に災害列島です。現代の科学の力を持ってしても、地震だけは予測が未だにつきません。

諦めるしか無いのが、現実です。静岡も他人事ではないので、備えることのできることは、備えるしか無さそうです。

■昨日は、フィットクラブで筋トレとLSDを行いました。ベンチ・プレスで、前回8回までしかできなかった、23.5kg の負荷を10回できたのが成果でした。

前回は、9回目が全然挙がらなくて、諦めました。たった2回ですが、大きな進歩です。

バーベル・スクワットも順調に成果が上がっています。その前に行う大腿四頭筋のストレッチでは、相変わらず右側だけが固くなっていて、最初のストレッチ時に痛みを感じます。骨格の左右差なのか、筋肉の問題なのか分かりませんが、とにかくストレッチを続けるしか無さそうです。

免疫力

■20250116(木曜日:曇)

台北101ショッピングセンターで売っていた魚です。
「さけのあたま」約900円。

■年始からの体調の悪さも、ようやく完全復活です。風邪がなかなか抜けずに、咳が最後まで残りました。痰が出始め、それに血液が混じってくると、完治が見えてくるのが、いつもの私のパターンです。

気管支の奥から咳が出ているうちは、痰も出ませんし、苦しいばかりです。もともと気管支が弱いので、肺炎にならないように細心の注意が必要です。

それでも今回のように、寒気がして本当に辛かったのは、一日だけ。長めに見ても2日で済んだのは、毎朝の温野菜摂取による、腸活によってもたらされた免疫力の向上が一番の原因だ、と私は勝手に思い込んでいます。

抵抗力が付いたのです。以前ならもっと、回復に時間がかかったはずです。無菌室に閉じこもっているわけではないので、インフルエンザや風邪のウイルスに全く暴露しないという事は不可能です。

したがって、暴露しても感染しない、あるいは感染しても早期にウイルスを排除できるかどうかが、各個人の免疫力の違いでしょう。そうした場面での腸の力が、どれほど大きいかを本で読んで驚きました。

食べたものを消化・吸収するだけが、腸の働きと思っていたのですから、医学は進歩しました。免疫細胞の70%は腸にある、というのですから驚きです。

これかも腸活に励んで、自分のもつ抵抗力を高めていくつもりです。

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