2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

投稿者: aiaiganka Page 39 of 313

時の流れ

■20241206(金曜日:晴れ)

川口市の荒川の土手です。京浜東北線に向かって真っすぐ伸びています。

■今朝も、よく晴れています。今朝の写真は、先日出掛けた川口の様子です。幼年期を過ごした川口は、私の心の故郷です。川口といえば、映画「キューポラのある街」です。

『キューポラのある街』(キューポラのあるまち)は、1962年(昭和37年)4月8日に公開された日本映画である。浦山桐郎の監督デビュー作。文部省選定。

主演の吉永小百合が当時最年少のブルー・リボン主演女優賞を受賞し、以後大スターへの道を躍進することにもなった記念すべき作品。

私が9歳の時に公開されています。鋳物工場職人の家庭に生まれた、主人公の成長を描いた作品です。当時私が住んでいた公団住宅の周囲にも、多くの鋳物工場がありました。

写真の土手の麓には、長屋のような住宅が建て並び、多くの友人の家族が住んでいました。その様子も映画には描かれています。

石黒ジュンを演じる吉永小百合さんが、自転車に乗って土手を走り去る場面もありました。先日訪れた川口駅前の様子など、映画からは想像もできないほど変貌しています。

映画で描かれた当時と今も変わらない点に、川口駅に止まるのは京浜東北線だけである、という点があります。線路は山のように数多く通過しているのですが、駅に止まるのは一つだけ。

川口駅から東京駅まで各駅停車でも29分ですから、他に必要がなかったのでしょう。それでも、川口駅に上野東京ラインを停車させようという計画がありますが、実現するのは2037年以降になることが見込まれているようです。

駅から歩いて数分のところに、店舗建住宅の巨大なビルができていたことに驚きました。Koheiちゃんによれば、5年前には無かったとのことです。先日も駅から中学校まで散歩をしたのですが、人手の多いことに圧倒されました。

さて、5年後に川口市と沼津市は、どう変わっているのか。そして自分自身も、どうなっているのか。時の流れは加速しそうです。

手荷物

■20241205(木曜日:晴れ)

川口マラソンで手荷物を預けるために集まった皆さん。

■今日の写真は、先日の川口マラソンで、スタート前に手荷物を預けに集まった皆さんです。こうした大会に参加する場合、色々準備が必要です。まずは、会場に一人で行くか、仲間で行くか、家族で行くかで状況が大きく変わります。

冬のことが多いですから、Tシャツ一枚で会場に行くことはありえません。今回も家からは、ベンチコートを着て出かけました。着たのは、フリースとトレーニングパンツ。とにかく軽くて、折りたたんだ時に、容積の小さくできる衣類が最適です。

預ける際に、一つの大きいビニール袋に、全てを収める必要があるからです。ただし家族が一緒なら、ビニールシートをひいて場所を確保すれば、そんな必要はありません。

貴重品は預かってもらえませんので、ランニングポーチに収めて走ります。スマホ、スイカ、そして健康保険証などを仕舞って走ります。電車の切符は前もって買っておきますので、財布は持ち歩きませんが、万が一のために、現金を少し持参します。

今年のびえいマラソンで、旭川駅から美瑛駅まで富良野線に乗ったのですが、旭川駅ではスイカで乗車したものの、降りる際に駅員さんから、現金で支払いを求められました。

念の為に現金も持参していたので、何とか間に合いました。そんなこともあります。

大会実行委員会からは、収納用のビニール袋は支給されませんでしたので、以前参加した伊豆マラソンで支給された、懐かしい収納袋を今回は持参しました。トレンチコートなどを収めても、ちょうど良い大きさなのです。

前もって支給されたタグを付けて預けました。ゼッケンナンバーで確認して返却する、という流れです。8時30分スタートで、返却最終時刻は11時30分でした。3時間以内に受け取らなければなりません。

私がゴールしたのが、11時少し前でしたから、計測チップの返却など、後始末をして手荷物を受け取り、身体を清拭して着替え終えたのは、11時30分ギリギリでした。担当のボランティアの方にお礼を言って、預かり場を後にした時には、手荷物はきれいに片付いていました。残っていたのは、一人、二人でした。

本当に多くのボランティアの方に、大会が支えられているのが、よく分かります。今回の大会は、開催場所もコンパクトで分かりやすく、運営もスムーズで気持ちの良い大会でした。沿道での声援も、ずいぶんと力になりました。子どもたちと、何度もハイタッチしました。完走できたのも、そんな応援のおかげもありました。感謝です。

動悸

■20241204(水曜日:晴れ)

埼玉県川口市立西中学校のグラウンドです。
荒川の河川敷にあり、土手を越えて運動に行きました。

■昨夜は少し寒さを感じたので、掛け布団を二枚にして休みました。ところが、それが仇になりました。朝方から動悸に襲われました。暑すぎると動悸が起こるのです。分かってはいたのですが、警戒を怠りました。

男性は30代をピークに自律神経機能が衰え、70歳になるとピーク時よりも、なんと60%も機能が低下するというのです。体温調節機能不全も動悸の発生も、それが原因なのでしょう。

文句を言っても仕方ありません。上手に付き合うしか無いのです。自分の身体の変化を敏感に察知して、対応するのです。死ぬまで、その繰り返しです。

■さて何年かぶりに中学校を訪れて、昔を思い出しました。残念ながら、小学校の頃の思い出は、あまりないのです。川口市立飯塚小学校の木造校舎は覚えています。下駄箱のあった玄関口から、職員室のある一階廊下。階段を登って教室が並んでいました。

6年間通ったのですから、もう少し覚えていても良いとは思うのですが、残った記憶は本当に断片的です。楽しかったのでしょう。嫌な記憶というものも、ありません。無邪気に過ごしていたのです。

人生の第4コーナーを回ったのですから、これまでの記憶も整理整頓が必要そうです。

終わりゆく支配

■20241203(火曜日:晴れ)

1964年の東京オリンピックで国立競技場を飾った聖火台。
鋳物の街・川口の職人が作りました。

■今朝も晴れ渡っています。日本海側では本格的な冬の到来を前に、寒ブリが豊漁のようです。富山では冬に雷がなると寒ブリが取れるので、この時期の雷はブリ起し、と言われる事を知りました。

太平洋側に住んでいると、冬の雷というものに実感が湧きません。夏の入道雲しか、私には連想できませんでした。日本は自然の多様性に富む国なんですね。

■さて、いつもの知恵袋・田中宇さんです。

★終わりゆくEUやユーロ
田中宇の国際ニュース解説 無料版 2024年12月2日

今後の世界を見るうえで、極めて大切な指摘を田中さんはされているのですが、なぜかテレビ・新聞は報道することがありません。各国の右派政党には、極右政党とレッテルを貼って、まるでファシスト政党並みの扱いです。今の支配政党こそが、実はファシスト政党のようになりつつあるのが、実態にも関わらずです。

欧米が世界の中心から離脱するのは、とても良いことです。世界を覆う暴力の連鎖は、まさに欧米の真骨頂だからです。鉄砲の発明以来、暴力で世界を支配してきたのが欧米諸国だったのです。

一直線には行かないでしょうが、世界は良い方向へむかっている、と私は感じています。

60年後

■20241202(月曜日:晴れ)

川口市青木町公園総合運動場です。
中学の時に中体連の大会場だったのです。

■昨日は川口マラソン・ハーフに参加しましたが、一番の驚きは上の写真のテニスコートでした。60年近く前に、中学校のテニス部で参加した、川口市中体連の大会会場だったことを思い出したのです。

どこかで見たことのあるテニスコートだな、と記憶の彼方から浮かび上がってきたのですが、「はぁ、そうだ」と気付いたのです。同様に中学時代テニス部で戦った竹馬の友に確認すると、「そうだよ、あの当時のまま残っているんだ」と驚きの答えでした。

走り終わって一杯やりながら、当時の同期生の、その後の状況などを聞きながら、過ぎ去った60年の歳月を噛み締めていました。彼は基本的に川口に住み続けていましたから、仲間の近況などもよく把握しています。交流は、今でもあるようです。

変わらないテニスコートの様子には、本当に驚きました。

川口マラソン

■20241201(日曜日:晴れ)

今年始めて参加した川口マラソンです。距離はハーフです。

■昨年は11月に、富士川キウイマラソンに参加して、一年を締めくくりました。そして、マラソン大会に参加して初めて時間切れによる、途中棄権という屈辱を味わいました。あのコースは、150メートルの高低差を2度も上り下りするという、とてもハードなコースでしたので、いま考えると無謀だったのです。

今年は最後の大会として、幼年期を過ごした埼玉県川口市の大会を選びました。急激な上り下りはないものの、道路をまたぐ陸橋を何度も通過しなければならず、長い長い上り坂があって、結構きつく感じました。

本当にギリギリセーフで4箇所の関門をくぐり抜け、完走した中ではどんじりに近い完走となりました。

15キロを過ぎて、左脚フクラハギが痙攣し、本当に途方に暮れましたが、屈伸運動とストレッチを繰り返して、何とか乗り越えました。

終わってからは、竹馬の友とも再会し、一杯やりながら四方山話に花を咲かせて帰ってきました。

苦しいけれども、楽しい一日でした。

心の故郷

■20241130(土曜日:晴れ)

オーストラリア・ジーロング月曜日の朝です。
フィットネスクラブで汗を流す会員。
女性が、ほとんどでした。

■今日で11月も終わりです。明日から師走。今日は仕事を終えてから、電車を乗り継いで川口に向かいます。明日、川口マラソンに出場するためです。まさか川口でマラソン大会を走るとは、夢にも思っていませんでした。

ネットで偶然、大会を見つけました。今まで気付きもしませんでした。

埼玉県川口市には3歳から19歳まで家族で住んだ街ですので、心の故郷と言えます。京都に生まれましたが、その当時の記憶はありませんし、住んでいた家屋も残っていません。京都の面影は、一欠片(ひとかけら)も残っていないのです。

川口も同様です。家族で暮らした公団住宅は、その後再開発で民間のマンションとなっており、これまた当時の面影は何も残っていません。つまり私にとって故郷と言えるものは、記憶の中にしか残っていないのです。

そんな川口ですが、小中学校を共に過ごした竹馬の友が一人、今でも連絡を取り続けています。公務員だった彼は、もう悠々自適の生活ですが、今回は完走後に一緒に一杯やろう、という約束になっています。

どうなりますか。とにかく、無事に完走することだけを目指して、頑張ってみます。

去るものは追わず

■20241129(金曜日:晴れ)

オーストラリア・ジーロングのスーパーで
売られている日本製品です。

■昨夜はロータリークラブのテーブル会があり、8名の仲間で歓談しました。いろいろな事情で活動を続けることが困難になり、退会していく人が出てくるのは仕方ありません。健康面、仕事面など理由は様々です。

こうした任意のボランティア団体は、強制ではありませんから、無理に入会を勧めるものでもありませんし、無理に引き止めるものでもない、と私は考えています。来るものは拒まず去るものは追わず、ということです。

昨夜も古手の会員の一人が、この12月で退会する、ということで、みんなで遺留しましたが、大の大人が考えた末に決断したわけですから、尊重して気持ちよく送り出すのが、一番良いと私は思っています。

創立以来35年近くが経ち、出入りした会員数は、何百人になります。本当に様々な人々と様々な期間、同じ会のメンバーとしてご一緒しました。そしてとうとう、創立時からのメンバーは、私一人になってしまいました。

本当に心の通じ合うことのできた仲間が亡くなった時には、父親が亡くなった時の悲しみに近いほどでした。心のなかで1本のつっかえ棒が、ポキンと折れたような気がしました。

致し方ありません。生きている限り、別れの辛さを噛み締めていくより無いからです。

環状交差点

■20241128(木曜日:晴れ)

オーストラリアで始めて知ったラウンドアバウト(環状交差点)です。

■昨夜は冷えました。何度も目が覚めたのですが原因が分からず、結局朝方になって、肩口から冷えているのが原因だと気付き、毛布を掛けることで熟睡できました。

風邪の引きかけではないの、とSunには言われましたが、今のところ他の症状は出ていません。週末には川口へ行って、日曜日にはハーフマラソンを走る予定ですので、とにかく体力温存です。

■さて今朝の写真は、環状交差点です。日本にいると見ることがありませんので、何のことか見当がつきません。解説によれば以下のとおりです。

★ラウンドアバウト(環状交差点)のルールは次のとおりです。

#車両は、交差点に入る前にできる限り道路の左端に寄って徐行する。

#交差点内は右回り(時計回り)で走行し、できる限り側端に沿って徐行する。

#交差点内を通行する車両が優先されるため、交差点内を通行する車両の進行を妨げない。

#交差点を出る際は、出ようとする地点の直前の出口の側方を通過したときに左の方向指示器を点滅させ、交差点を出るまで合図を継続する。

#横断する歩行者や自転車にも十分に注意する。

#交差点内と交差点の周囲5メートル以内は駐停車禁止である。

★ラウンドアバウトは、安全性やスムーズな交通の流れを実現するために考案された円形の平面交差の一種で、信号機がなく一時停止の規制はありません。

日本と同様に左側通行のオーストラリアで見た限りでは、信号も無いのにスムーズに通行していると感心したものです。安全性から見ると、日本での無理な右折による追突事故の多発などを考えると、むしろこちらの方が危険性が低いように思えるのですが、日本への導入は難しそうです。

でも調べてみると、「2020年3月末現在には全国で101箇所に、2021年3月末現在には126箇所に、2022年3月末現在には40都道府県、140箇所に、2023年3月末現在には40都道府県、155箇所に、2024年3月末現在には40都道府県、161箇所に、拡大した」とあり、私が知らないだけでした。

十分な敷地を用意できる地方であれば設置可能なようですが、ルールを周知するのが大変そうです。それでも出会い頭の追突など、そうした事故の減少には大いに役立ちそうです。

残留農薬

■20241127(水曜日:晴れ)

ジーロングのスーパーで売られている豆乳でしょうか?

■昨夜は雷雨でした。夕食後に降り始め、雷鳴とともに夜の間ずっと降り続いていたようです。午前7時11分現在、西から青空が近づいて来ています。富士山の頂には、相当量の雪が降り積もったことでしょう。

昨夜の夕食は、Sunがホウトウを作ってくれました。味噌味でしたが、とても美味しくいただきました。野菜たっぷり、鶏肉も入っていて、良い味が出ていました。

先日、披露宴出席を終えてオーストラリアから帰国したのは、20時30分頃でしたが、夕食に食べたのはカップラーメンでした。たぬきそば、でした。出汁の効いたそのスープを、一滴も残さず飲み干しました。そんなことは普段しないのですが、出汁の味に飢えていたのでしょう。

Ayaちゃんも帰国してお土産に購入するのは、どうやら出汁製品などをトランク一杯買って帰るようです。Benも日本食が大好きなので、何よりのお土産になるようです。

オーストラリアでは、オーガニックということを現地の人は大切にするようです。そのあたりは、むしろ日本より厳格かもしれません。農薬の使用制限なども、ひょっとすると日本より厳しいかもしれません。

■ 国産なら安全?農薬が残留している?

残念ながら、日本の農薬使用量は世界トップクラス、海外では禁止されているにもかかわらず日本では使用しているなど農薬使用の基準が緩いのが現状で、なんと中国に続き2位、アメリカの5倍、フランスの3倍もの農薬を使用しています。

その理由として、温暖で雨が多く湿気により病害虫が発生しやすいから、また消費者は虫食いのあるものや形の悪い野菜を購入したがらないので売れないなどの理由があります。

★残留農薬を避けるためにできることとは・・・

●農薬・化学肥料不使用の有機(オーガニック)を選ぶこと

●産地や生産者、栽培方法が確認できるものを選ぶこと

●旬のものを選ぶこと(旬でないと栽培の時に虫がつきやすいため)

●など日頃から野菜の産地や育て方などを気にして健康意識を高める必要があると考えられます。

●形が整っているきれいな野菜ほど農薬を使って育てられた野菜であることを、形が悪くて見た目が悪くても農薬・化学肥料不使用で自然栽培で育てられた野菜は虫が食べるほど美味しくて安全であることを(そのため虫食いになってしまうのですが・・・)まずは今の大人たちが理解し、未来の子供たちにも伝えていく必要があると思われます。

日本は素晴らしいと酔いしれるのは簡単ですが、マスコミが報じない恐ろしい事実も、きちんと知っておくことが重要です。

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