2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

投稿者: aiaiganka Page 9 of 322

成長ホルモン

■20251223(火曜日:晴れ) ( D 227 )

今年の3月9日に参加した小田原マラソン。
酒匂川の土手を走りました。

■窓の外には雲一つない青空が広がっています。放射冷却現象でしょうか、各地で厳しい冷え込みだったようです。昨夜は疲れもあって、早々に休みました。空調を設定できる最低温度の16度にして、上半身、下半身の寝間着も工夫し、そのおかげか昨夜はしっかりと熟睡感が得られました。

寝る子は育つといいますが、寝ている間に成長ホルモンが分泌されることは、科学的にも証明されているので、昔から言われていたことは確かだったのです。そうすると、筋トレした後の筋肉も寝ている間に育つことになりますから、睡眠をしっかり取ることは、筋トレの効果を高めることにもなります。

■それにしても、今朝の写真はなんと爽やかな風景でしょう。土手沿いの桜の木と背景の青空、そして雲。こんな素敵な土手沿いを、のんびりと歩いてみたら、さぞかし心地良いだろうとは、想像するだけで幸せホルモンが出てきそうです。

しかし、実際の当日は、この土手沿いを21.0975 km 走りましたので、幸せホルモンが出ていたのは、最初の 100 メートルほどでした。あとは、必死でゴールを目指すばかりの時間でした。

最近は、10 km を過ぎると太腿を中心に筋硬直が始まり、走ることが困難になります。屈伸運動で何とか、だましだまし走り続ける一年でした。来年はトレーニングの成果で、こうした事態が少しでも改善できれば、と心から願っています。

そんなに現実は甘くありませんが、とりあえずの目標です。

気の置けない仲間

■20251222(月曜日:曇) ( D 228 )

今年4月12日の地元・沼川べりの桜です。

■今日は一年で最も昼間の時間が短い冬至です。Deepseekに尋ねてみると、冬至の意味するところを教えてくれます。

冬至は、中国の伝統的な二十四節気の中で最も重要な節気の一つであり、古来から以下のような豊かな文化的・哲学的意味を持っています:

  1. 陰陽転換の極点
  • 古代の陰陽思想では、冬至は「陰の極まり、陽の始まり」とされ、一年で最も昼が短く夜が長い日ですが、この日を境に太陽の力が回復し始める転換点と見なされました。
  • 『易経』に「復卦(地雷復)」として象徴され、「一陽来復」という言葉は冬至の新しい生命力の始まりを表しています。
  1. 天文・農事の基準点
  • 周代には冬至を一年の起点(歳首)とし、天体観測と暦法制定の重要な基準としていました。
  • 農業社会では、冬の備えと春の耕作計画を立てる目安とされました。
  1. 祭天と祖先祭祀の日
  • 歴代王朝は冬至に「祭天」儀式を行い、皇帝が天を祀り国泰平安を祈りました(北京天壇はこの儀式の遺構です)。
  • 民間では「冬至大如年」と言われ、家族が集まり祖先を祀り、団欒の食事(北方は餃子、南方は湯円など)を共にし、団結と家族の繁栄を祈りました。
  1. 生命の循環と再生の象徴
  • 古代の冬至の風習(「九九消寒図」を描く、梅花を点じて寒さを数える等)は、厳しい冬の中での希望と生命の持続を表現していました。
  1. 人文的寓意
  • 「冬至一陽生」という考え方は、困難の中に希望が宿り、逆境が転換するという古人の哲学的智慧を体現しています。

これらの伝統的な意味は、現代でも冬至を家族団欒・健康的な生活(「冬至進補」の習慣等)の日として継承する文化的基盤となっています。

明日からは一日一日と春が近づいてくる、ということです。

■さて今日は、大の仲良し長倉さんと前田さん、そして植松さんの4人でゴルフを楽しみました。昨日は雨でしたので、雨と寒さを心配したのですが、風も無く、むしろ暖かな、とても穏やかな一日でした。

気の置けない仲間での、リラックスした楽しい一日でした。今年もまもなく終わろうとしていますが、有り難いのは友人たちの存在です。

来年も、なんだかんだと言い合いながら、仲間と一緒に楽しく時を過ごすことができることを願っています。

「気の置けない仲間」とは、お互いに遠慮や気遣いがなく、リラックスして付き合える親しい関係を指します。

言葉の意味を分解すると、「気を置く」とは「気を遣う」「遠慮する」という意味です。その否定形「気が置けない」は直訳すると「気を遣う必要がない」となり、これが転じて「とても打ち解けている」「何でも言い合える」という非常に親密で信頼できる関係を表現するようになりました。

具体的には以下のような特徴があります:

  • 安心感がある:本音で話ができ、自分を偽る必要がない。
  • 遠慮が不要:言葉や行動を選びすぎず、自然体でいられる。
  • 互いを理解している:お互いの価値観や性格をよく知っており、傷つけることを恐れない。
  • 一緒にいて疲れない:気を張る必要がなく、リラックスして過ごせる。

よくある誤解:

「気が置けない」を「油断ができない」「気を許せない」という誤った意味で使われることがありますが、これは間違いです。本来はその正反対の、とても良い関係を表すポジティブな表現です。

つまり、「気の置けない仲間」とは、人生で数人いるかいないかの、心から信頼できる大切な友達や同志のことです。ビジネス上の付き合いなどではなく、プライベートで長年築いてきた深い絆を感じさせる表現です。

週休二日

■20251221(日曜日:雨) ( D 246 )

今年初めて参加した湯河原マラソンのヘアピンカーブです。

■昨日は雨でしたので、午後からフィットネスクラブで久しぶりに走りました。有酸素運動としては、30分続けて走る必要はなくて、10分を3回に分けても得られる効果は同じだ、という専門家の指摘がありました。

それを参考に、昨日は辛くなったらいったん休んで、そしてまた再開すれば良い、という気持ちで始めました。ところが途中休憩するのは、なかなか難しく、そのまま30分走ってしまいました。

しかし結果は、かなり疲れました。疲れが溜まっていたのか、前日の夜の睡眠が不十分だったのか、正確な理由は分かりません。最近は筋トレのお陰で、しっかりと走ることができていただけに、いささかショックでした。

これでは来年の千歳JAL国際マラソンでハーフを完走することは、かなり困難だ、と落ち込みました。それほど疲れました。楽観的に考えて、筋トレの疲れが溜まって体調が悪かったためだろうと、次に向かって前向きに考えるしかありません。

3.45 km を走り、今月は20.87 kmを積み重ねましたが、走るより筋トレを優先しているので、なかなか距離が伸びません。

■さて、残り少なくなりましたので、今年の総括をしなければなりません。2024年から月曜日を休診にしました。2024年1月08日が休日でしたので、結局2024年1月15日が、社会人になって初めての週休二日制の開始でした。

昔は病院でも土曜日に診療をしていたのです。ちなみに、いつ頃から土曜日休診になったのか調べてみました。ところがAIによって回答がバラバラで、戸惑いました。

先ずは公務員が、いつから完全週休二日制に移行したかを調べてみると、これは一致しています。「国家公務員の完全週休二日制: 1992年4月1日 から原則として実施」とあります。

それでは、地元の基幹病院「沼津市立病院」が、いつから移行したのかを調べてみると、

2006年(平成18年)4月1日より、土曜日の診療が休止(休診)されています。

当時、深刻化していた医師不足への対応や、医師の過重労働軽減を目的に、第2・第4土曜日のみだった休診日をすべての土曜日に拡大しました。

という、Googleの回答が、一番もっともらしい回答でした。そうでした、最初は隔週の休日だったのです。

今では週休二日制は、あまりにも当たり前で、いつから始まったかなどを気にすることもないのですが、病院が土曜休診となると開業医は、逆に休診にはできにくい事情があります。

独立事業主ですから、いつ休みをとっても法律違反になるわけでもないのですが、地域医療のことを考えると、土日の週休二日制は、躊躇してしまいます。

もう亡くなりましたが、仲間の先輩が、ある時から月曜日を休診にしているのを知って、なるほどと思いました。私の場合、マラソン大会に出場し、日曜日に走っても、その日のうちに帰ってくる必要がありました。それが、だんだんきつくなってきたのです。

70歳を超えると、走った日はゆっくり温泉にでも入って、疲れを取る必要が出てきました。ということで、2年前から日・月の変則週休二日制に移行したのです。週休二日制にすると、こんなに余裕が生まれるものなのか、と移行してみて初めて実感しました。

■ということで、今年はマラソン大会に5回出場することができました。ハーフ3回、10キロ2回でした。最後は11月3日に、Takuと一緒にぐんまマラソンを走ることができましたが、昔を思い出して、本当に嬉しくなりました。走った後も二人で温泉に入って、その後に孫たちと一緒にご飯も食べることができて、本当に願ったり叶ったりの一日でした。

来年も、どの大会に出ようかと計画するのが、まるで小学生の遠足前のようで、ワクワク・ウキウキするのです。

なにわともあれ、まずは健康です。毎日を大切に送るしかありません。

雨音

■20251220(土曜日:曇) ( D 247 )

ある日の台湾桃園国際空港の時刻表です。

■いよいよ残すところ、あと10日余りとなりました。ここのところ週末になると天候が崩れ、新沼津カントリークラブの月例も、2週続けて中止となりました。明日は競技委員としてBクラスの立ち会いをする予定でしたが、松本支配人から連絡があり、天候を危惧してキャンセルが相次ぎ、16名の最低参加者が集まらず、月例競技は中止になりました、とのこと。

営業面からクラブにとっては大打撃ですが、天候ばかりは致し方ありません。最近は天気予報の確率が上がりましたし、冬の間は特に、寒さの中の雨では、年の瀬を迎えて風邪でもひいたら大変ですから、この結果はやむを得ません。

この週末は大人しくしているよりなさそうです。

■昨夜はSunが仕事で帰りが遅くなる、とのことでしたので、仕事を終えて、すぐさまフィットネスクラブに行って筋トレをしました。通っているフィットネスクラブでは、金曜日はスタッフの休養日。なぜか金曜日の夜は利用者も少なく、5−6名しかいません。1時間ほど、のんびりといつものように、一通りのメニューをこなしました。

隣では若者が、60キロ近いバーベルでベンチプレスをしていましたが、私はその 1/3 程度。それでも、少しずつ力が付いていることを実感できるのは、とても充実感があります。

■今朝の写真は台湾の台湾桃園国際空港の様子ですが、台北の町では通り魔的な大変な事件が起こって、死者が出たようです。治安の良い台湾での事件だけに、大変驚きました。

世界的に何かが狂い始めているのでしょう。とても心配です。窓の外から雨音が聞こえてきました。

日常生活のため

■20251219(金曜日:曇り) ( D 248 )

台湾「台湾桃園国際空港」内の様子です。

■昨夜は沼津西ロータリークラブのクリスマス例会。これで対外的な忘年会は全て終わりました。あとはTuruちゃん夫婦との最後の夕食会。そしてTaku一家が来沼するのを待つばかりです。

今日の写真は、今年の正月に訪れた台湾の台湾桃園国際空港内にあったフィットネスクラブでしょうか。台湾では、運動公園と呼ぶようです。DeepSeekに尋ねてみると、以下のように教えてくれます。

「運動公園」は中国語で、「スポーツパーク」や「フィットネスパーク」を意味します。

これは一般に、公共の屋外スペースで、ジョギングコース、サイクリングロード、バスケットボールコート、サッカー場、フィットネスエリア、子供用遊具など、さまざまなスポーツやレクリエーション施設が整備された場所を指します。

多くの都市やコミュニティでは、住民が運動や健康的な活動をするための重要な場所となっています。

中国では近年、公共スポーツ施設の整備が重視されており、そのような「運動公園」は「健康中国」戦略の一環として広く推進されています。

「公共の野外スペース」となっていますが、本土との違いでしょうか。

■さて2週間ほど前から始めた、自室でのブルガリアンスクワットが、軌道に乗ってきました。最初の頃はふらついて、10回のスクワットが安定してできませんでした。特に左脚での不安定さが目立ちました。

しかし一週間ほどしてからは、何とか10回続くようになり、ここ数日は安定して、できるようになりました。大いなる進歩です。股関節、あるいはお尻周りが、しっかりしてきたという実感があります。

立ったままジーパンを安心して履ける、というのが分かり易い、一番のご利益でしょう。筋トレも、フィットネスクラブで見ていると、上半身を鍛える人が多いのですが、高齢者にとっては下半身の方が、実益が大きそうです。

つまり、上半身は見てくれのため。下半身は日常生活のため、と言えそうです。高齢者にとって後者が、どれほど重要かは、いくら強調しても、しすぎることは無さそうです。

台菜自助餐

■20251218(木曜日:晴れ) ( D 249 )

台湾の惣菜店の看板です。

■昨夜は二人の忘年会を開催しました。S先生と一年間の活動を振り返り、ご苦労さん会となりました。スタッフが体調を崩したりなどして、現在人手不足で外来を回すのが大変のようで、予定時間を50分も遅れてS先生は駆けつけてくれました。

自分自身が2年前まで、6年間に渡って務めた役割を引き継いでもらいましたので、本当に感謝しかありません。私も引き継ぎが終わったから、もう知らないということもなく、手伝えることは可能な限り手伝おうと考えています。

来年の活動予定などを一杯やりながら、楽しく相談することができました。

■今夜は沼津西ロータリークラブのクリスマス例会です。一年の締め括りです。これで全ての忘年会が終了します。いよいよ大晦日が視野に入ってきました。

■さて今日の写真は、今年の正月に訪れた台湾で撮影しました。DeepSeekに尋ねてみると、以下のように教えてくれました。

「台菜自助餐」という中国語の表現は、台湾料理のビュッフェスタイルの食事を意味します。具体的には以下のような特徴があります:

  1. 台菜:台湾の伝統的な家庭料理や定食スタイルの料理を指します。例えば、魯肉飯(ルーローハン)、鶏肉飯、三杯鶏、各種炒め物、蒸し魚、野菜料理、スープなどが含まれます。
  2. 自助餐:「ビュッフェ」または「セルフサービス」を意味します。客が自分のトレーを持ち、並べられた料理から好きなものを選び、量を自分で決めて取る形式です。通常、料理は温かい状態で提供され、選んだ料理の種類や量に応じて料金が計算されます(重量制または品数制)。

台湾では、このような形式の食堂は手軽で多様な選択肢が魅力であり、昼食時には学生や会社員に人気です。日本でいう「大衆食堂」や「セルフサービスの定食スタイル」に近いイメージですが、より多くの料理が並び、自由度が高いのが特徴です。

文化的背景として、台湾の「自助餐」は、効率的に栄養バランスの取れた食事を提供するスタイルとして発展し、家庭的な味を気軽に楽しめる場として定着しています。

様々な惣菜を楽しみながら選びました。美味しかったです。また再訪したいものです。

三大トラブル

■20251217(水曜日:晴れ) ( D 250 )

台北市立美術館です。

■昨夜は今年最後の医師会の理事会でした。たくさんの内容で、なかなか大変で時間も掛かりました。救急医療、在宅・訪問医療、介護保険事業、検診事業、災害対策などなど、本当に盛り沢山です。

しかも、沼津医師会は、2市2町を統括する立場ですので、守備範囲が広域です。理事・役員になってみないと、その現実を理解するのは難しそうです。

■さて、相変わらずマイナ保険証のトラブルが跡を絶ちません。

「資格情報が無効」
「●(くろまる)で出る」
「認証エラー」

マイナ保険証の“三大トラブル 

医療機関の7割で発生 トラブルで「いったん10割負担」も

■「カードリーダー等の接続不良、認証エラー」でメーカーに修理を依頼したが、解決するまでに2週間かかった、という仲間の先生の嘆きを聞きました。

どの医療機関も大変困っているとはずです。受付の段階で止まってしまって、診療機関なのに診療できない、という状況に陥ります。様々な理由があるのでしょうが、こうした膨大なシステムを組むには、まだまだ日本のシステム技術が未成熟だ、という点は間違いなさそうです。

趣旨や目的を記した書類は、とても立派に作成されているのですが、理想と現実があまりに乖離しています。振り回されて疲弊するのは、いつものとおり末端の医療現場となります。

これからますます、煩雑な手間が増大していきそうです。じっと耐えるしかなさそうです。

陥落

■20251216(月曜日:晴れ) ( D 251 )

今年の正月に出掛けた台北市の郵便ポストです。

■師走も、いよいよ半ばを過ぎました。もう残すところ、あと2週間あまりです。今週は、いくつかの忘年会もあり、最後の慌ただしい一週間となりそうですが、来週になると穏やかな週となります。

とくだん何があるという訳でもないのですが、夜に会合があったり宴会があると、それだけで落ち着かないものです。

■さてJ3のアスルクラロ沼津が、入れ替え戦に敗れてJFLに降格となりました。J3で9年間戦ってきたのですが、残念な結果となってしまいました。ゴンこと中山雅史監督の元、昇格を目指したのですが、良い結果は得られずに終わりました。

J3からは、所属する選手たちもJリーガーと呼ばれますから、その違いは絶大です。地域に根ざした活動を、という大方針のもとスタートしたJリーグの基本を、私は素晴らしいと思っています。

本当に小さい頃から、地元で一貫して子ども達を育てている、その活動は地域を大いに盛り上げています。浮き沈みの激しい企業の支援のみに依存すること無く、草の根の力を活かして活動していくことは、地域の歴史を変えていきます。

ただ、やはり経済的な基盤がないと継続は難しく、経営戦略も重要になっています。

なにわともあれ、アスルクラロ沼津が再びJ3に戻ってくれることを願ってやみません。

日の本

■20251215(日曜日:晴れ) ( D 252 )

台湾・故宮博物院の至宝「翠玉白菜」です。

■昨日と打って変わって穏やかな小春日和でした。と書いてみて、小春日和とは、いつ頃使う言葉なのか、不安になりました。

「小春日和」は、晩秋から初冬にかけての、春のように穏やかで暖かい日のことを指します。

具体的には以下のような時期です:

  • 時期: 11月頃から12月上旬にかけて
  • 気候的特徴: 移動性高気圧に覆われることで、風が弱く、日中はポカポカと暖かく感じる晴天の日
  • 語源: 「小春」は旧暦10月の異称(現在の11月頃)で、「日和」は晴天や良い天気を意味します。

注意点:

  • 春先(3月~4月)の暖かい日は「春陽(しゅんよう)」などと呼び、「小春日和」とは使い分けます。
  • 気象用語ではなく、俳句では冬の季語として扱われます。

つまり、「小春日和」は冬が始まる前の、寒さの中の束の間の暖かさを表現した、日本の風情ある言葉です。🍂

ということで、この言葉を使うには、もう時期を過ぎているようです。それにしても、風もほとんど無く、穏やかで暖かな日であったことは間違いありません。

今日は大の仲良し長倉さんと二人でラウンドしました。シングルの腕前の長倉さんも、私と同じ歳ですから、体力的な衰えから飛距離の低下に悩んでいます。プロの指導を受けて、さらなる進化を模索中です。慣れ親しんだフォームをいじるのは、やはり簡単なことでは無いようで、安定するまで暗中模索といったところでしょうか。

■さて、今日も暗闇の中の灯台、「田中宇の国際ニュース解説」です。

田中宇の国際ニュース解説 無料版 2025年12月14日

★日本を多極型世界に引き入れるトランプ

決してマスコミには登場しない内容ですので、身の回りの人に話しても、相手にされることはありません。これほどの深い内容の分析を、無料配信して良いのかな、と思ってしまうほどです。

高市総理の存立危機事態発言も、少し考えてみると奇妙です。聡明な高市総理が軽率にも発言した、とは思えません。誰のシナリオかは不明ですが、トランプさんも習近平さんも、承知の上での大芝居と考えるほうが自然です。

C5とは、驚きました。奴隷根性は、とっとと捨てて、東の果ての取るに足らないちっぽけな国から、どの国に対しても日出ずる国として、堂々と文明論を語れば良いのです。

まさにピンチはチャンスなのです。

老いの往復構造

■20251214(日曜日:雨) ( D 253 )

台北市にある「台湾銀行」です。

■今朝の写真は、台北市にある「台湾銀行」です。日本の中央銀行である「日本銀行」の台湾版かと思いきや、そうではないようです。

台北にある「台湾銀行(Bank of Taiwan)」は民間銀行ではなく、台湾政府が100%出資する政府系(公営)金融機関です。 

主な特徴は以下の通りです。

  • 運営母体: 台湾政府が全株式を保有する「台湾金融控股(Taiwan Financial Holdings)」の傘下にあります。
  • 役割: 台湾最大の資産規模を誇る銀行であり、政府公金の取り扱いや、ニュー台湾ドルの発券準備業務などを担っています。
  • 本店所在地: 台北市中正区重慶南路一段120号に位置しており、その建物は歴史的建造物としても知られています。 

なお、台湾には「中国信託商業銀行」や「台北富邦銀行」などの民間銀行も多数存在しますが、台湾銀行はそれらとは異なり、公的な役割を持つ銀行です。 

歴史的経緯から、台湾中央銀行と台湾銀行の役割分担があるようです。


■今朝は雨です。午前中一杯は雨が続きそうです。中学時代の同級会コンペも、残念ながらキャンセルになりました。天候だけは致し方ありません。こうなると、絶好のフィットネスクラブ日和となります。

昨夜は、医師会の忘年会でした。雨の予想でしたので、車で出かけて烏龍茶に徹しました。会場のホテルは披露宴や宿泊客が多く、駐車場は満杯。離れたところに止めざるをえませんでした。終わって早々に会場を後にして、駐車場にたどり着く頃、本降りになってきました。

今は理事ですので、私も出席していますが、忘年会も毎年少しずつ顔ぶれが変わっています。出席者の中で最長老の78歳の先生が開会の挨拶をされましたが、周りを見渡してみると、数多くの出席者の中で、もう自分は3番目の年寄であることに気付いて、愕然としました。

私が役員の仲間入りをして、忘年会に参加し始めた頃は、会場も料亭でした。料亭の2階の座敷を借り切って行われていました。その頃は料亭も、まだいくつか営業していましたが、今はすべて廃業しました。そうした宴会場も、次第に二つのホテルに統合された後、5年前に一方が閉鎖し、現在は最後のホテルが営業中です。

会合や宴会を開くとなると、選択肢がありません。それだけの需要がないのです。地方都市は、どこも同じような状況でしょう。

同じテーブルに同席した先生方と話すのも、なかなかに大変です。普段理事会で顔を合わせてはいるものの、年代も専門科も出身大学も異なるとなると、話の糸口を探し続けるのは、いささか難儀です。向こうも、そう思っているに違いありません。昔話をしても、世代が違うと愚痴にしか聞こえないでしょう。

そうして次第に出席する顔ぶれが変わっていきます。多くの先生方が、次々に旅立っていきました。こうした会合に出る度に最近思うのは、やはり与謝蕪村の句「人老いぬ 人また我を 老と呼ぶ」です。QwenChatに読みどころを尋ねてみると、こう教えてくれました。

与謝蕪村の句「人老いぬ 人また我を 老と呼ぶ」の読みどころとして、以下の2点が挙げられます。


1. 鏡像的な構造と自己認識の深さ

この句は「他人が老いているのを見る → その他人が自分を『老い』と呼ぶ」という流れで、他者を通して自己の老いを認識する様子を描いています。

他人の老いが鏡のように自分を映し出し、「自分もまた老いている」と気づかされる瞬間が、静かにしかし鋭く表現されています。

このような他者と自己の往復構造は、蕪村らしい知的で内省的な視点の現れです。

2. 言葉の繰り返しによるリズムと重層性


「人」という語が二度繰り返され、「老」も二度登場することで、言葉のリズムが生まれるとともに、老いの普遍性・連鎖性が強調されます。

この反復は、老いが個々人の問題にとどまらず、人間共通の宿命であることを暗示しており、読む者に深い共感と諦念を呼び起こします。


こうした点から、この句は単なる老いの嘆きではなく、他者との関係性の中で浮かび上がる自己のありようを、洗練された言葉で浮き彫りにした名句といえます。

まさに、この句を思い出しながら、忘年会の時間を過ごしていたのです。

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