2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: ランニング Page 84 of 96

家遠し

■20180403(火曜日:曇)

 

新沼津カントリークラブ一番ホールからの空です。

 

■今朝も走りました。そして今年始めてTシャツ一枚で走りました。昨日まではTシャツの上にフリースを着て走っていたのですが、さすがにもう寒いということはありませんし、風邪をひく心配も無くなりました。

布団から起き出すのも、以前ほど大変ではなくなりました。寒いということは、それだけで活動を始めるのが大変です。今が一番良い季節なのでしょう。花粉症がなければ。鼻水は出るし目は重いのですが、昔に比較すれば症状は、ずっと軽くなりました。年を取ったのでしょう。

今朝もいつものコースを走り、6.15km を走り総計 12.28km となりました。残り27日で87.71km を積み重ねる必要があります。今朝は最初体が重くて大変でしたが、次第に少しずつ楽になってきました。足取りも後半は軽く感じ始めました。記録をみると、最初の2キロはキロ7分程度かかっていたのが、5キロ過ぎからはキロ6分を切るようになっています。

心拍の記録をみても、後半の心拍数は120程度ですので、まだ余裕はありそうです。積み重ねるしかありません。

■今朝の東京新聞には、俳人 金子兜太さんの遺作が掲載されています。

 

陽の柔わら 歩ききれない 遠い家

介護施設は、埼玉県熊谷市内の自宅から車で15分ほど。金子さんの弱った脚では遠い道のりだった。

 

と、あります。この句を読んで私が思い出すのは、与謝蕪村の一句。

 

春風や 堤長(なご)うして 家遠し(「春風馬堤曲」より) 

 

私自身も故郷といえる我が家は、とうの昔に無くなっていますので、帰る家は思い出の中にしかありません。まさに、家遠し、なのです。

 

 

マラニック

20180331(土曜日:晴れ)

 

沼津市役所前の歩道橋から見た香貫山です。

 

■今朝は走りました。昨日は休息しましたので、月最後の日なのですが、積み重ねを図りました。6.17km を走り、総計 107.71km となりました。最初は体が重くて辛かったのですが、走っている内に少しずつ楽になってきました。

最近は走っていても体が重く感じてしまい、体力なのか気力なのか、衰えを痛感します。2012年からきちんと走り始めたのですが、その頃は、今考えるとずいぶんと元気でした。様々な大会やランニング教室のようなものに通い、臆する事無く出かけていました。貴重な日曜日を、そんな風に過ごしていたのですから、我ながら、よくそんなことができたものだと感心します。

とにかく初めての事ばかりなので興味津々でした。10人未満の仲間とともに、知らない街を走るというのは、今思い返しても、とても楽しい時間でした。自動車やバスなら、あっという間に通り過ぎてしまう場所も、裏通りまで走ってみると、ぜんぜん違う一面を知ることができます。これは実に楽しいのです。

知らない街を歩いてみたい、という歌詞がありましたが、知らない街を走ってみるのも負けず劣らず楽しいものです。

マラニックという言葉があります。マラソンとピクニックの合成語ですが、リュックを担いでピクニックの気分で街を走るのです。NHKの番組、三ヶ月でフルマラソンの中でも取り上げていました。私も一人で横浜の街を走りました。その日は天候にも恵まれ楽しい思い出となりました。

その様子は、こちらから。

 

横浜の街をマラニック

 

スマホで写真を撮ろうとして、発熱のために機械が動かなくなって焦った記憶が鮮明です。あの頃はスマホも、まだまだ発展途上でした。

 

 

目標

20180329(木曜日:晴れ)

 

我が家のお隣さんの垣根に咲いている花です。

 

■今朝は走りました。午前7時13分現在、こうして入力しているChromebook R13 の向こうに置いてあるデルのパソコンの画面に、「おめでとうございます。月間 100km を達成しました」という言葉が見えます。エプソンのランニング・ウォッチを接続して今日の走った情報を送ったのです。

6.21km を積み重ね総計 101.53km となりました。これで37ヶ月連続月100キロ走を達成しました。総計 6,675km を走ったことになります。いつ途絶えるか、いつ途絶えるか、と思いながら、なんやかんやと自分の背中を押してくれるものを探していたように思います。

Takuが司法試験に合格するまでは、と走り続けていたのが、つい昨日のような気がしますし、それが叶うと、逆にガクッと力が抜けてしまい、走り気力が萎えました。

Ayaちゃんがオーストラリアに行ってしまい、彼の地で夢を叶えるまでは、と次なる目標を設定しました。三人の子ども達が、それぞれの夢を持って毎日を送っていることを考えると、自分にも力が湧いてきます。

自分には自分に与えられた役割があり、それをきちんと果たしていくことは当然なのですが、それだけでは、走り続けるには力不足なのです。

■さて今日は午後から市役所に行って、先日申請したパスポートをもらってくる予定です。今年の5月に期限切れになります。10年間の新たなパスポートを発行してもらいました。

これで最後の版になるかもしれません。1982年に初めてのパスポートを発行してもらいました。新婚旅行へ行くためです。最初の海外旅行でした。あの頃は有効期限が10年は無かったように記憶していますが、どうだったでしょうか。

 

 

ジビエ

20180328(水曜日:晴れ)

 

富嶽カントリークラブの富士山です。桜の満開には、まだ数日掛かりそうでした。

 

■今朝は走りました。昨夜はなかなか眠りに入ることができずに困りましたので、仕方なく夜中に起き出して眠剤を一錠飲みました。おかげで、その後はすんなりと寝ることができました。

今日で年間300キロを達成しました、とパソコンの画面が祝ってくれています。6.16km を走り、総計 95.32km を積み重ねました。あと一回走れば目標達成です。それにしても今日は体が重くて参りました。花粉症のためもあるのでしょう。気候は最高ですが、この体のダルさは困ったものです。

■新聞によれば、農産物などに食害をもたらすニホンジカの駆除を進める富士宮市が、駆除後の解体処理施設「富士宮山麓ジビエ」を開所しました。

年間150頭の食肉加工が可能とのこと。同市では乳牛用の牧草がニホンジカの食害に遭う割合が高く、年間1,200万円の被害のうちの半分にあたるそうです。

現在は猟友会の協力で年間1,500頭を殺処分していますが、おいしい牧草を食べている富士宮のシカはジビエとして風味が他の地域のシカに勝るそうです。新たな特産品にしたい、という思惑もあります。ジビエとはネットによれば、

 

ジビエ(仏: gibier)とは、狩猟によって、食材として捕獲された野生の鳥獣を指し、フランス語である。英語圏ではゲーム(game)と呼ばれる。畜産との対比として使われることが多い。狩猟肉。

本来はハンターが捕獲した完全に野生のもの(仏: sauvage、ソヴァージュ)を指すが、供給が安定しない、また入手困難で高価になってしまうといった理由で、飼育してから一定期間野に放ったり、また生きたまま捕獲して餌付けしたものもドゥミ・ソヴァージュ(仏: demi sauvage、半野生)と呼ぶ場合もある。

近年では狩猟から供給される鳥獣肉を使った料理にジビエと入れるケースがある。ジビエを珍味と称して生食するのは感染症や肝炎、寄生虫のリスクが有り、大変危険である。

 

と、あります。開所の日には、鹿肉を使ったカレーパンやロースト肉の試食も行われました。評判も上々だったようです。

行きつけのレストラン「象の仔」のマスターも山で狩猟をするそうです、イノシシやシカの話を、良くしてくれます。先週行った時には、愛鷹山に仕掛けた罠に入っていた三頭のイノシシのビデオを見せてくれました。

そして注文したサラダに、そのイノシシの肉が入っていました。美味しかったです。

私達がご飯の時に手を合わせて、「いただきます」というのは、生き物の命をいただきます、ということだ、とはよく言われることです。マスターの写真やお話を聞くと、本当に、間違いなく、私たちは命をいただいているのだ、ということが分かります。

 

 

回文

20180324(土曜日:晴れ)

 

新沼津カントリークラブの春です。

 

■今朝も走りました。いつものコースを、いつものように 6.15km を走り、今月の総計が 83.01km となりました。目標達成まで、あと 16.98km となりました。残り7日です。

昨夜はまごつきました。夜中に暑さのために目が覚めて、いよいよ春だ、と薄手の羽毛掛け布団を薄手の毛布に替えたのです。ところが、寝付けませんでした。それでは寒かったのです。明け方になって気温が下がったのです。結局もう一度羽毛布団に戻して熟睡となりました。

記録によれば昨夜の深い眠り時間は、1時間30分でしたので、いつもよりも長いぐらいです。熟睡していたのです。2時54分から3時39分までの45分間も深い眠りでしたから、昨夜は通常より睡眠の質は良かったほどです。

こうして睡眠の記録を取っていると実に面白いのです。実感との落差が、とても新鮮です。そして気付いたことは、眠れない、眠れないとジタバタすることの愚かさです。ちゃんと寝ているのです。殆どの場合は、何も心配することはありません。それが分かっただけでも、このスマートウォッチを購入した甲斐がありました。

■昨日の東京新聞に愉快な記事が載っていました。「回文」についてです。回文とは、上から読んでも下から読んでも同じ文になる文章です。日本最古の回文は、12世紀の平安期の和歌の指南書「奥義抄」にある、

 

むら草(くさ)に草(くさ)の名(な)はもし備(そな)はらば なぞしも花(はな)の咲(さ)くに咲(さ)くらむ

 

だ、そうです。凄いですね。

この記事の中で一番笑えたのは、7年前東日本大震災を機に「人を喜ばせたい」とツイッターで作品を発表し始めた、回文川柳作家 二ノ宮よう子さんの作品、

 

大体(だいたい)さ ハンサムさんは 妻帯(さいたい)だ

 

言葉の楽しさは、尽きることがありません。ボケ防止にも最適ではないでしょうか。

 

 

黒澤明

20180323(金曜日:曇)

 

富士通沼津工場の桜です。まだまだ二分咲きでしょうか。

 

■今朝は走りました。月曜日に走ってから四日ぶりですので、ずいぶんと久しぶりの様に感じます。凍えるような雨の日があり、とても走るどころではありませんでした。これで 76.86km を積み重ね、目標まで 23.14km を残すのみです。残り8日ですから、計算上は達成可能ですが、何が起こるか分かりません。体調を崩すこともあり、怪我をする可能性もあります。最後の最後まで気を抜いてはいけません。

■さて今日は黒澤明監督の誕生日だそうです。1910年(明治43年)3月23日 – 1998年(平成10年)9月6日とありますから、今年は没後20年という節目の年でもあります。没後10年でしたでしょうか、NHK BSで特集を組んだように思います。今年はどうなのでしょうか。

「悪魔のように細心に、天使のように大胆に」というキャッチフレーズがあったはずですが、そのこだわりには逸話が尽きません。

Wikipediaを参照すると、以下の記載に目が止まります。

 

小学校低学年の頃、気の弱かった黒澤は、泣き虫でいじめられっ子だった。3年生の時、図画の時間に描いた絵が個性的であるために他の生徒に笑われる中、担任だった立川精治はこの絵を褒めるということがあった。すると、それ以来絵を描くことが好きになり、同時に学校の成績も伸び、やがて級長にもなった。後に黒澤は、立川を「生涯の恩師」と語っている。

さらに実兄の丙午(須田貞明)から厳しい指導を受けたことや、終生の友となる級友の植草圭之助に出会ったこと、父に言われ剣道を始めたことなどで、心身ともに逞しくなり、卒業式では総代として答辞を読んだ。

 

どういうわけか、たびたび入学試験に落ちているのも、天才黒澤にしては意外です。なるべくしてなったように思いがちですが、幾つもの分かれ道の後に、世界の黒澤が誕生していることに、ある意味、勇気をもらえることも事実です。

 

 

創造力

20180319(月曜日:曇)

 

沼津ゴルフクラブの空です。

 

 

■昨日は沼津西ロータリークラブのゴルフコンペ。土曜日に会議があって、そして翌日のゴルフですが、楽しい仲間とのひと時ですので、楽しまなければ損です。

沼津ゴルフクラブでの一日でしたが、大変混んでいました。朝ゴルフ場に到着して驚いたのは、駐車場が車で一杯なこと。ずっと上まで登って、最後の区域に駐車したほどです。

■さて今朝も走りました。今朝は昨日のゴルフで無理して使った筋肉の整理運動のつもりで走りました。6.11km を走り、総計 70.71km を積み重ねました。残り30キロを切りました。天気予報では、これから数日雨のようですので、走ることのできる天候の日には、必ず走っておことことが必要です。

■さて今朝の東京新聞には、横尾忠則さんが、「創造の力 老いて豊か」と題して書かれています。年を取るということは大変なことなのですが、何事にも物事には裏表があります。

体力的なものは歳とともに衰えるのは当たり前。しかし歳を重ねることで、今までできなかったことが出来るようになる、ということもあるはずです。その一つが創造力かもしれません。

横尾忠則さんが対談した、錚々たる高齢者、瀬戸内寂聴さん、金子兜太さん、山田洋次さん、などなどに共通する幾つかの点に触れています。

85歳の作曲家・一柳慧さんは

 

年を取ってからのほうが、社会からの束縛が無くなるぶん、好奇心や冒険心に純粋に従えるようになる

 

最終章では9人の方と対談を終えて発見が綴られています。その一つは、自分の内なる声に耳を澄ますことの大切さ。

 

ある程度の年令になると『そうなんだ、答えは自分の中にある』と。色んな本を読まなくても、自分の体の中に図書館があることに、自然と気づく」

 

まだまだ、はっとさせられる点が綴られています。年を取るのも、悪いことばかりでは無さそうです。

 

 

愛情を注ぐ

20180317(土曜日:晴れ)

 

タクマンボが満開です。青空を背景に、よく映えています。

 

■今朝は気持ちのよい朝でした。昨夜は天気予報に従って掛け布団を準備しました。冷え込み具合を勘案して選んだのです。ドンピシャリでした。つまりは暑くなく寒くなく、ちょうど良い加減だったのです。よく眠れました。

記録によれば、睡眠時間は6時間30分。深い眠りは2時間15分。浅い眠りが4時間15分。そして目覚めが5分でした。深い眠りが2時間15分とは異例の長さです。まるでSunの眠り記録です。Sunの Lifesense band2 の記録を間違ってスマホが拾ったかと思うほどです。

(●^o^●)

そして今朝も走りました。暖かくなってきて起き出すのも、それほど難行苦行でもありません。布団の中でまどろみたくはなるのですが、一大決心と言うほどでもなくなってきました。それでも今週は日曜日と木曜日の朝を覗いて全て走りましたから、体は重いままです。6.09km を走り、総計 64.59km を積み重ねました。残り14日で、35.40km を走る必要があります。

■今朝の東京新聞、「65歳になったらーーーしなくていい宣言!」は、第50回「愛情を注ぐ」です。こう書き出されています。

 

高齢になり孤独な状況の中でも、誰かに愛情を注ぐことはできるでしょう。いつも会えないにしても、家族や友達への愛情を保つことを心がけてはいかがでしょうか。すでに亡くなった自分の親や兄弟への愛情も、保ち続けたいものです。

 

つくづく思うのは、人は愛さずにはいられない、そして愛されずには生きられない、ということです。両親を亡くし、姉を亡くした自分にとって、最後の一文は、とても心に響きます。

 

 

 

孤独

20180316(金曜日:雨)

 

庭の柿の木の芽が膨らんできました。5月の連休中に花が咲きます。

 

■今朝の天気予報は、6時から雨。ならば、その前に走っていまえば良い、と5時に目覚ましを掛けました。真っ暗ですので窓から手を出して雨が降っていないのを確認した後、着替えをはじめました。

今日は生ゴミの日でしたので、所定の位置に置いてから走り始めました。6.87km を走り、総計 58.50km を積み重ねました。キロ6.13秒ですから、決して悪くありません。体は重くて参ったのですが。

■昨夜はこの冬初めて冬用の暖かな敷布を外しました。上半身だけ暖かくなるように縦ではなくて横にベッドを横断する形で敷いていたのです。そうすることで、肩口から首にかけての冷えを防いでいたのです。昨夜はほてり過ぎました。最後の砦だった冬用の敷布も外したことで、いよいよ春がやってきたようです。

玄関を出て歩き始めると沈丁花の花の香が、ツーンと鼻を刺激してきました。あの香りです。感性に乏しい私でも、この香りだけは掴むことができます。

■さて今朝の東京新聞、「65歳になったらーーしなくていい宣言!」は、第49回。「孤独に慣れ、楽しむ」です。言うまでも無く、人は一人で死んでいきます。樋口裕一さんは、だから「今から孤独に生きる練習をしておきたいと思っている」と書かれています。そして、こう結んでいます。

 

孤独というのは、老いとともに誰もが通ってきたし、また通っていく道です。生きるということは、孤独を味わうことでもあります。避けることのできないものであるなら、できるだけ楽しむことを心がけてみませんか。

 

まことに、その通りだと思います。孤独があるから仲間との触れ合いも大きな喜びなのです。一人でどう楽しむか。それは、人がどう生きているか、と同義語のように私には思えます。

 

友情

20180314(水曜日:晴れ)

 

新沼津カントリークラブの雲です。

 

■今朝も走りました。昨夜は寝床に入ってから、一時寝つけなくなりました。記録を見ると、深い眠りが35分、浅い眠りが4時間25分、そして目覚めが20分となっています。覚醒の20分は多い方です。4時54分から5時14分まで深い眠りが記録されていますが、目覚ましが5時15分に鳴りましたから、深い眠りから叩き起こされた、ということになります。

6.11km を走り、総計が50キロを超えました。パソコンの画面が、50キロ達成しました、と祝ってくれています。51.63km を積み重ねました。明日は休んで休養を取りましょう。

■今朝の東京新聞、「65歳になったらーーしなくていい宣言!」のテーマは、47回 友情をはぐくむ、です。

この中で壮年期と65歳を超えた時期の違いを語っています。

 

壮年期には、社会的な成功が友人関係の上でも大きな意味を占めます。不遇な人と社会的に成功した人とでは話が合いませんし、生活状況が違いすぎて互いに興味をもてません。しかも、どうしてもしがらみが生まれて、言いたいことを言えません。

 

よく分かりますね。何十年も経って高校の同窓会などに出席してみると、つくづくと上記の言葉を実感します。しがらみの無かった学生時代の思い出だけでは、話が続かないのです。

 

しかし、そのような状況から脱却すると、学生時代と同じように、同等の立場で人間関係を築くことができます。しがらみもなく、言いたいことを言えるようになります。言えないような相手とは、だんだん疎遠になっていけばよいのです。そうして、晩年になって無二の親友を持てることもあるでしょう。

 

なるほど。65歳を過ぎて名刺の関係を捨て去ってからが、本当の友情を築く絶好の機会かもしれません。

 

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