2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: 残日録 Page 60 of 152

観察研究

■202201268(水曜日:曇)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。

■今朝は走るつもりで、目覚まし時計を合わしてあったのですが、夢見がとても悪くて起き出せませんでした。

詳しい内容はよく覚えていないのですが、仲間でどこかへ出かけたのですが、検査の結果、自分の心臓の血管に閉塞が見つかって、どこへも出かけられなくなった、という内容でした。つまり、運動ができなくなったということです。

なんだか意味のよくわからない夢なのですが、目覚めが悪く、とても起き出して走る気がしませんでした。こんな夢を見る原因が何なのか、私には分からないのですが、まあ少し休みなさい、というお告げなのかもしれないので、今朝は出かけるのをやめました。

ビニールゴミの日でしたので、所定の場所まで運び、新聞をとって戻りました。

今朝は走りませんでしたので、クルミパン一枚を三分の一ほどに切って、その上に納豆を乗せて食べました。納豆の中にはエゴマ油とおからパウダーを、いつものように入れています。青森県産の大きなリンゴを、Sunと二人で半分ずつ。そして私は、豆乳ヨーグルトにジャムを少し入れ食べました。

■さて、先日の東京新聞「こちら特報部」では、『コロナ薬「科学的根拠ないのに・・・」アビガン 自民にも異論』と題して書かれています。冒頭に、こうあります。

安倍晋三元首相の「一推し」で、新型コロナ治療薬として未承認なのに患者への投与が続いていたアビガン。自民党内からも異論の声が上がり始めた。

厚生労働省も、アビガンを処方してきた医療機関に対し、今さらながら実態調査に乗り出した。何が起きているのか。

アビガンは2020年4月、初めての緊急事態宣言発表の場で、安倍元首相が太鼓判を押した薬です。備蓄量を当初の3倍の200万人分に拡大すると宣言しましたが、その後科学的な有効性を証明できないとして、治療薬としては承認されませんでした。

ところが「観察研究」という名目で、希望する患者に投与が続いたのです。実際に投与された患者数は、15,000人以上になったようです。効果がなかったばかりでなく、副反応も疑われています。

投与を受けた観察研究患者では、入院時に酸素投与の必要がない軽症患者の1ヶ月後の状態について、死亡が3.9パーセントの374名。全国のコロナ入院患者平均の0.4%に比べて10倍近い高さでした。催奇形性も指摘されています。

医師で弁護士の古川俊治参議院議員(自民)は取材に対して、こう言い切っています。「アビガンは効果が確認されておらず、副反応もある。そんな薬を、科学的な根拠もないのに使ってきたのは、大変な問題だと思います」。

江戸川大学の隅本邦彦教授(社会学)は最後に、こう警告しています。

コロナ治療薬としては未承認なのに国が買い上げ、観察研究に参加すれば医療機関が堂々と投与できる。この仕組みがまかり通るのなら、製薬企業は苦労して製造承認を取る必要がなくなる。

医薬品の承認制度を厚労省自らないがしろにし、薬事行政の根幹を揺るがす前代未聞の事態だ。

重大な問題の何もかにもが、安倍元首相の発言から始まったとは思いませんが、安倍首相が震源地となって様々な問題が起こったことは事実です。

私の友人の医師も、以前ある会合で、アビガンをしきりに推奨していました。知識のない私は、そんなものかと思っていましたが、どうやら問題の根は、とても深く危険なものであったようです。

やはり、しっかりと自分の頭で考えていかないと、とんでもないことに自分自身が、巻き込まれてしまうのです。

健康に関する問題だけに、周りの空気だけに流されてはいけません。大切なのは、賛否両論にしっかりと、目を通した上で自身で結論を出すことです。

原点

■20220125(火曜日:曇)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。多くの登山客で賑わっていました。

■今朝は、ゆっくりと休みました。昨日、走りましたので、今日は休養日です。と言っても、自分の睡眠サイクルから行くと、5時半に起きるのが一番体に合っているようです。

ということで、昨夜は目覚まし時計を5時半に合わせて休みました。22時から寝る準備を始め、布団に入ったのは22時10分ごろ。最近はYouTubeで、オー・ヘンリー短編集の朗読を聴きながら、眠るのが日課になっています。

スマートフォンは23時から4時の間は、電源が切れるように設定してありますので、安心して朗読を聴きながら眠りにつくことができます。

昨夜は午前1時に一度だけ目が覚めてトイレに行きました。その後は、ぐっすり眠れたようです。5時には目が覚め、目覚ましの鳴る5時半まで、うとうとと布団の中で夢を見ていました。

なんの夢だか、もう思い出せないのですが、悪夢でなかったことだけは確かです。温かな布団の中で、うとうとと時を過ごすのは、至福のひと時です。

そして、目覚ましが鳴って起き出し、今日は生ごみの日ですので、所定の位置に運んで新聞をとって、家に戻りました。まだまだ真っ暗ですので、電気をつけてから朝食の準備を始めました。

今朝は走りませんでしたので、いつものクルミパンも昨日二つに切ったうちの、小さい方を食べました。

昨年末以来、どういうわけか体重が、少しずつ減っています。自分としては、特に減量しているつもりはないのですが、太る様子がないのです。走る量も昨年11月からは減っていますので、それを考えれば、むしろ体重は増えても良いのですが、現実はむしろ逆です。

すんに言わせれば、食べる量が減っているからだ、と言うのですが、自分ではよく分かりません。確かに年齢のせいで胃の容量も減っているのでしょう。昔に比べたら食べる量はというか、胃の中に詰め込むことのできる量が、明らかに減りました。

体組系の数字とにらめっこをしながら、食事と運動のバランスを取っていくしかありません。

■さて、今朝の東京新聞6面には、「一首のものがたり」が掲載されています。あとがきでは、ーー2013から17年まで連載した「一首のものがたり」を再開します。短歌一首の背景にある、知られざる物語をひもといていきます、と書かれています。

そして今日の掲出首は、

中西進

電灯の 毀(こわ)れてあれば一と処 暗きを避けて生徒(こ)らは席とる

『原点』となった夜学での1年。都立雪谷高校定時制の森ヶ崎分校が間借りする教室に、夜ごと明かりが点り、とても小学生には見えない男女が通学していました。

開校から4年目の1953年(昭和28年)4月、23歳の国語教師が赴任しました。万葉学の第一人者で令和の考案者とされる中西進(92)の若き日の姿でした。

当時、戦後の貧しさから抜け出せない時代で、木造の校舎は海岸に近く、冬には強い潮風で凍えるほど冷え込みました。生徒達は木綿のねんねこを着込んだりして寒さをしのぎ、給食の脱脂ミルクを煮込むのに使った七輪の残り火で暖を取っていました。

分校専用の部屋は職員室だけで、教室の白熱灯が切れていてもなかなか交換されず、生徒は部屋の所々にある暗がりを避け、明るみに身を寄せて教科書を開いていました。そんな生徒たちの姿を歌にしたのが掲出の歌であり、まさに夜の教室から生まれた一首です。

最後に中西先生は、こう語られています。

何が教師としての立ち位置か。人間がどれぐらい弱者であることに気づくか、それが私の原点だと思う。弱さに気が付けば謙虚になり、謙虚さがやさしさになる。これこそが原点だと思うんです。

どんな人にも、人生の原点となるような、若き日々があったはずです。その原点が人生を貫く芯棒になれば、その人の人生はきっと、実り多きものになるに違いありません。

鰭(ひれ)酒

■20220123(日曜日:曇)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。噴煙が上がっています。多くの登山客で賑わっていました。

■今朝は走らずに、ゆっくりと休みました。昨夜は、ここ数日では感じられなかったほど暖かな夜でした。

昨日はすんと一緒に日帰り温泉に行き、ゆっくりと食事を取って帰ってきました。行き来の時も、そして家に帰ってからも、あまりの暖かさに驚きました。

昨夜は、いつもの格好で寝床に入ったのですが、朝方暑くて上着を脱いだほど。靴下も脱ぎました。こんなことは、1月に入って初めてです。

大寒を過ぎて、にわかに気温が上がったとも思えないのですが、暦とはうまくできているものです。日が暮れて暗くなる時間も、少しずつ遅くなっています。

昨日は、夕方の5時に家を出て、日帰り温泉まで歩き始めましたが、まだまだ明るいのに、これまた少し驚きました。少し前でしたら、もう5時を過ぎると真っ暗でした。

「冬(ふゆ)来(きた)りなば春(はる)遠(とお)からじ」とは、なるほど文字通りには、こんなことを歌っているのかもしれません。

■さて、今日は日曜日ですが、のんびりとすることにしました。日曜日だからといって、一日中、家にいることは滅多にありません。なんだかんだと出かけることが多く、疲労回復とは、とても言えません。

来週の週末は本来でしたら、たくの一家がやってきて、みんなで孫の誕生日を祝う予定でしたが、新型コロナウイルス蔓延のために、延期となってしまいました。本当に残念ですが、こればかりは致し方ありません。

■さてさて、今朝の東京新聞の「東京俳壇」の欄では、選者の石田郷子さんが、読者のこんな句を紹介されています。

「鰭(ひれ)酒や 我より我を 知る人と」

石田さんは、こんな風に批評されています。

ひれ酒を共に楽しむのは連れ合いか古い友人か。『そこがあなたのだめなところだ』などとたしなめられているのかもしれない。温かい。

ひれ酒は私も好物で、鶴ちゃん夫婦とのひろ繁での月に一度の夕食会では、寒い時期には、いつもいただいています。幸か不幸か、そこがあなたのだめなところだ、などとたしなめられることはないのですが、考えてみると、この年になって、たしなめられることなどあるのかと考えてしまいます。

確かに連れ合いには、しょっちゅうたしなめられているかもしれませんが、少し趣が違うような気がします。

もちろん私にも友人と呼べる人は何人かいますが、若い時と違って、心置きなく腹を割って話す、というのはとても難しくなっています。結局のところ、仕事の話か、趣味の話ぐらいしか語ることが無くなってくるのです。

あとは同窓会というか、学校時代の友達と会えば、思い出話に花が咲く程度でしょうか。与えられた時間の中で、楽しく会話を交わす、歓談するというのでしょうか、これは簡単そうで、なかなか難しいことです。

きっと女性の方が、ずっと上手に違いありません。女性たちは、いつも楽しそうに話し合っています。ひょっとすると、ほとんどの内容は、人の批評か悪口かもしれませんが、それでも会話が弾むというのは良いものです。

話すことがなくて、面白可笑しくもない食事会ほど、つまらないものはありません。男どもというのは、世間話をすることに抵抗があるのか、もともと不得手なのか、言葉が続かないのです。仕事ばかりをしてきた、ためなのでしょうか。そういう意味では、つまらない人が散見されます。

世間話というのは、とても大切です。他愛ない話によって、糸が繋がるのです。イギリス人は天気の話をまずする、という訳がよくわかります。誰にとっても身近な問題で関心があるからです。

論語の中の「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」とは、年を取れば取るほど、稀となり貴重な時間となるのでしょう。

■Turuちゃん夫婦との夕食会も、四季折々の中で続いています。それにしても、みんな歳を取りました。

毎月の夕食会も、何とか継続しています。今月はふぐ鍋を用意してもらいました。

エンデミック

■20220121(金曜日:晴れ)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。

■今朝はゆっくりと休みました。走るつもりで目覚ましを合わせてあったのですが、昨日久しぶりにゴルフの練習をしたためか、筋肉痛が残り、疲れが取り切れていなかったようです。無理をしても致し方ありません。走らずに布団の中で少しウトウトしました。

今日は金曜日、生ごみの日ですので、所定の位置に運び、新聞を取って家に戻りました。

今朝の朝食の果物は、青森県のりんごとバナナでした。りんごは大きめのサイズでしたので、3分の2を私が食べ、3分の1をすんに、そしてバナナ1本を逆の割合で配分しました。すんの希望です。

あとはいつものとおり、納豆におからパウダーを小さじ一杯とエゴマ油を混ぜて、食パンにのせて食べました。ヨーグルトは、豆乳ヨーグルトです。ハチミツで少し甘みを加えました。この豆乳ヨーグルトのおかげか、最近お腹の調子が良くて、便通も良好です。

■さて、今朝の東京新聞には、イギリスで新型コロナウイルスに対する政策を大幅に見直した、という記事が、こっそりと報道されていました。昨日配信されてきた、田中宇さんの国際ニュース解説にも詳しく書かれています。新聞とは全く違った論調になっています。

田中さんによれば「新措置の中心はコロナワクチン強制と接種旅券体制の廃止で、1月26日までの期限になっている今の摂取旅券体制を更新させず終わらせる(医療者に対してだけはワクチン強制が続く)」と、なっています。

結局のところ、「摂取旅券体制が終われば非接種者に対する規制は実効性がなくなり、1月中に、摂取せずマスクをしなくても取り締まられずに街や店内を闊歩できるようになる」そうです。

また、田中氏によれば、ジョンソン首相は、オミクロン株の感染が山を越え、新型コロナは危険なパンデミック(世界的感染症)からエンデミック(人が共存できる、大したことない風土病)に変わったという趣旨の宣言を、さらりと行ったようです。

ジョンソン首相が、英国ではエンデミックになった、と明言しているのは、とても重要だと田中さんは指摘しています。つまり、エンデミックであれば感染・発症しても健康な人なら多分大丈夫である。つまり、コロナは英国において、風邪やインフルと同じになったと、田中さんは書かれています。

「今回の英国の転換が、それよりはるかに重要な、効かないmRNAコロナワクチンが自然免疫低下の薬害を起こすことを避けるための接種停止の措置であることを知っている」とも書かれています。

また、この指摘はとても重要だと思うのですが、こうも書かれています。

反復摂取による免疫破壊は特に自然免疫が強い、子供達の人生を台無しにする。英国の上層部は、国民をそんな目に合わせることはできないので、これまでコロナ愚策で独裁体制の強化を享受してきたのをやめて、自国だけ集団免疫に達したことにして、コロナをエンデミックに格下げし、ワクチン接種を不要にした。

高齢者がワクチン接種を受けるのはよく分かるのですが、まだまだ未知の部分の多い遺伝子ワクチンを子供たちに摂取するのは、危険性が高すぎることは、普通に考えれば容易に想像がつくことです。

詳しくは、以下のページから御覧ください。無料版です。

[ 田中宇:コロナ愚策をやめた英国 ]

マスコミによる刷り込みによって、ワクチンを受けないと子供達も重症化し、人工呼吸器をつけられてしまうのではないか、という半ば恐怖感にかられてしまっている状況は、とても恐ろしいと私には思えます。これから、どのような展開が待っているのか、注視していかなければいけません。

もっと議論を

■20220120(木曜日:晴れ)

2015年、7年前にSunと二人で出掛けたクラブメッド・サホロの様子です。ゴンドラに乗って最高峰地点に来ました。延々とスロープが続きます。

■今朝は、ゆっくりと休みました。昨日走りましたので、今日は休養日です。1月20日は大寒です。暦通り今朝も冷えました。リビングが板張りである我が家は、日差しがない時間帯には、とにかく冷えます。

昨夜は医師会の勉強会がありました。診療機関における抗生剤の使用状況を調査するための新しいプロジェクトが立ち上がったのですが、医師会への協力要請があり、概要が説明されました。

Zoomでのウェビナーでしたが、厚生労働省からの委託事業だそうです。食卓テーブルの上にパソコンを置いて参加したのですが、寒くてまいりました。

■さて、今朝の東京新聞文化面では、総合研究大学院学長の長谷川眞理子さんが「日本の子どもは おとなしい もっと議論しよう 社会のために」と題して書かれています。

長谷川さんによれば、とにかく日本の子どもたちは、欧米諸国に比べて大人しいのだそうです。

日本の国の基準では、保育士1人が受け持つ0歳児の数は、おおむね3人まで、一・二歳児は6人まで、3歳児は20人まで、4歳児は30人までと決められているそうです。3歳児が20人、4歳児が30人というのは、もう絶対無理だとしか思えないと、長谷川さんは書かれています。

日本では子どの達が、皆で手を繋いで歩き、車など全く来ない静かな場所でも、みんなで一斉に手を挙げて道を渡っていますが、欧米ではこういう光景は見たことがない、と言われています。

また、中学校や高校の修学旅行でも、鉄道の駅に、思春期の子だもたち100人程が綺麗に整列しているのは、ごく普通のことですが、長谷川さんが友人たちに聞いてみると、ヨーロッパでは絶対に無理だそうです。バスを借り切って、みんなを乗せていくことはあるが、公共交通機関を使うことはないのだそうです。

思春期といえば精神的にとても難しい時期で、攻撃性も高まるし、自己アピールしたいという感情も高まっています。そんな子ども達が、きちんと並んでいるのは日本特有の光景のようです。

さて、大学になるとどうなるかというと、日本ではご存じの通り、欧米の学生に比べて大変静かで、手を挙げて質問したり、発言したり、議論をすることはとても稀です。

日本財団が行っている、18歳意識調査というものがありますが、2019年の調査結果を見てみると、諸外国と日本の若者を比較して、国や社会に対する意識の違いが鮮明になってきます。

例えば、「社会課題について、家族や友人など周りの人と積極的に議論しているか」という質問では、イエスと答えた日本人は、たった27.2パーセント。他の国々は、だいたい70から80%。一番少ないのは韓国の55%だが、日本はそのまた半分に過ぎない。

要するに、大学のゼミばかりでなく、どこでもあまり議論していないのです。長谷川さんは、こう書かれています。

これは大変良くない状況ではないか。まずは立場や意見の違いを大前提にし、意見を言い合う時には喧嘩にもなるのだが、それを乗り越えてより良い社会を築いていくのが個人の幸せのためでも、社会の活力のためでもあると思うのだが。

長谷川さんのおっしゃる通りだと思います。そして、その最たるものが日本の国会ではないでしょうか。

岸田文雄首相の施政方針演説に対する、各党代表質問が昨日から始まりましたが、首相の答弁は従来の方針を説明する姿勢に終始し、議論になっていないのです。

予算委員会などでの質疑を聞いていても、安倍政権以来感じるのは、要するに議論になっていないのです。議論しようという気が、そもそもないようにすら思えるのです。

日本の政治が劣化したと言われて久しいのですが、議論もしないで、より良い政治、より良い将来が日本にもたらされるのでしょうか。本当に暗澹たる思いにならざるを得ません。

色々な組織に所属してみて思うのは、口は災のもと、という格言が、どの組織でも一番間違えのない行動規範だということです。

長谷川さんが学長を務める、総合研究大学院ではどうなのでしょうかと、ちょっと聞いてみたい気持ちに駆られました。

死ぬこと以外はかすり傷

■20220118(火曜日:晴れ)

2015年、7年前にSunと二人で出掛けたクラブメッド・サホロの様子です。ゴンドラに乗って最高峰地点に来ました。

■今日はゆっくりと休みました。昨日走りましたので、今日は休養日です。昨年11月に体調を崩してから、連日走ることは止めました。間隔をあけて体調と相談しながら、走り続けることにしたのです。

その決断のおかげもあってか、あれ以来体調を崩すことはありません。やはり無理をしてはいけない年齢になっているのでしょう。

本当に寒い毎日が続いています。それでも、静岡県のありがたさでしょうか、十分な日差しがありますので、強い風さえ吹かなければ、それほど寒さは感じません。

密閉された陽射しの入る部屋の中では、昼間であれば、冬であることを忘れてしまいそうなほどです。しかし日が傾いてくると、寒さがどっと襲ってきます。あっという間に冬に逆戻りです。

■さて、今朝の東京新聞「生きる」欄では、「広がるお寺の掲示板」を浄土真宗本願寺派僧侶・江田智明さんが書かれています。

「中国で思わぬ人気、競争社会の若者に勇気」と題されています。

江田さんは2018年から毎年「お寺の掲示板大賞」を開催されています。ところが同年の10月に、中国のネットサイトで、お寺の掲示板大賞が話題になっている、と報道されたことに驚かれています。

日本在住の中国人の方が、日本の書き込み内容を中国語に翻訳されて、中国のサイトに投稿されたようです。コメント欄の中で、どのお寺の言葉が一番良いかを中国人同士が議論していたのです。

それらを読む限り「死ぬこと以外はかすり傷」(広島県・超覚寺)という言葉が話題を呼んでいたのです。

知り合いの中国人に、なぜ人気が集まっているのか、と尋ねてみたところ、14億人の人口を抱える中国は、現在日本とは比べ物にならないくらい激しい競争社会になっていて、特に若い人は失敗が許されない風潮にあるようです。そうした中で、この言葉が良い意味で、勇気づけてくれるものではないかというのが、その友人の見解でした。

江田さんは、古来短い格言が大好きな中国人の気質にぴったりフィットしたのでしょうか、とも書かれています。

また江田さんが、かつてヨーロッパで仏教を伝える試みをされた際に大きな困難を味われたそうですが、こうしたお寺の掲示板の短い言葉をドイツ語や英語に直接翻訳しても、なかなか西洋の人に伝わるのは難しいのではないか、とも書かれています。

江田さんは大学時代に中国思想の専門家から、漢字文化圏という言葉を教わったことを思い出しています。中国の人達に、日本の掲示板の言葉が直接通用したのは、漢字文化圏の影響が少なからず作用しているのではないか、と強く感じたそうです。

現在、政治などの問題を挙げて、中国は特異な国であるという認識を持ってる人が多いかもしれないけれども、同じ漢字文化圏の下で長く生活してきた国民同士、共有しているものが実はたくさんあるのではないか、ということを、このお寺の掲示板大賞を通じて発見できたことは、個人的に大変嬉しかったことだ、と江田さんは最後に書かれています。

とても大切な発見だと私も思いました。

超過死亡

■20220115(土曜日:晴れ)

2015年、7年前にSunと二人で出掛けたクラブメッド・サホロの様子です。ホテルの前でスキーを履いて、そろそろとゲレンデに辿り着きました。

■今朝は走らずに休みました。昨日走り、今朝も走ることはできそうだったのですが、昨夜は体調がイマイチでしたので、無理をせずに休養日としました。

9月と10月、悪天候が続き、走る機会が少なかったにも関わらず、無理をして月100キロ走を達成しました。そのためかどうか分かりませんが、11月に入って体調が一気に悪化しました。食事が取れなくなったのです。

気のせいか、あれから体力の低下を痛切に感じるようになりました。もちろん一番の原因は加齢なのでしょうが、今になって思うと、実は新型コロナウイルスワクチン接種の影響かも知れないと、心配になってきました。

調べてみると4月22日と5月13日にワクチンを接種しています。体調の変化が出現したのは、接種してから半年弱となります。2回目の接種後に、発熱と強い倦怠感に襲われましたが、それとはまた異なる反応機序なのかもしれません。

新型コロナウイルスが猛威を振るった2020年と、ワクチン接種が進んだ2021年を比較してみると、2021年1月から9月までの日本における死亡者数は、前年よりも6万人も多いという結果なのです。「超過死亡」です。

もちろん様々な要因が重なっているのでしょうが、コロナウイルスワクチンが私たちの免疫力を低下させ、それ以前でしたら助かったかもしれない疾病によって亡くなっている可能性が高い、という指摘は決して無視できないと思うのです。

具体的に、私の身の回りの方でもワクチン接種後に、体調を崩されて亡くなった方は、1人や2人ではありません。因果関係を証明することは、もちろん不可能ですので、結局のところよくわからないということで、マスコミも報道することはありません。

ワクチン接種が始まる前に国は、補償をしっかりすると宣言していましたが、現状では結局泣き寝入りというのが、実情ではないでしょうか。原因を詳しく調べてもいないのです。

新型コロナウイルスも変異を重ね、今のオミクロン株に至って、感染性は増強しても、毒性はかなり低下していると考えるのがウイルス学の常識のようです。以前、出現した新型コロナウイルス、SARSやMARSも同様の経過をたどり、今では話題に登ることはありません。

果たして現在の新型コロナウイルスCOVID-19が、どのような経過を辿っていくのかを注意深く見守るしか無いようです。

■さて、午後になっていつも愛読している田中宇さんの記事が配信されてきました。一人でも多くの方に読んで欲しいのでしょう、無料版になっています。

田中宇の国際ニュース解説 無料版 2022年1月15日

[ 田中宇:コロナワクチンもうやめて ]

これから日本でも、第3回目のワクチン接種がされようとしています。上記の田中さんの記事を読めば、今はその時期でないことは自明ですが、多くの人々が、暗示にかかっています。

ワクチンを打たないと重症化して、人工呼吸器をつけられる羽目になるかもしれない、という恐怖感です。毎日、毎日テレビから垂れ流しにされている情報は、そう告げています。

子どもたちにも、ワクチン接種が推奨されています。親御さんたちも接種会場に、子どもたちを喜んで連れて行っています。今後時間が経って、重大な変化が起きないことを祈るばかりです。

健康二次被害

■20220113(木曜日:雲り)

2015年、7年前にSunと二人で出掛けたクラブメッド・サホロの様子です。ホテルの前で準備運動中です。

■今朝は、ゆっくりと休みました。昨日走りましたので、今日は休養日です。目覚ましを6時に合わせておきました。30分ほど前に目が覚めたのですが、そのままうとうとと布団の中で休んでいました。こうした時間は本当に心地よいものです。

■今朝の東京新聞には、新型コロナウイルス禍によって高齢者を中心に外出を抑制した影響で、健康に被害の懸念が高まっていると、筑波大学の久野教授(健康政策)が警告されています。

健康二次被害とは、外出自粛による運動不足や社会参加の機会が制限されることで、基礎疾患が悪化するリスクが高まったり、認知機能が低下することです。

久野先生によれば、筋肉は40代以降、年に1%ずつ量が減るそうです。そして「何もしないと、フレイル(虚弱)の状態から寝たきりになる可能性が高まる。ウィズコロナの中でも、混雑する場所や時間帯を避けて身体の活動量を維持すべきだという呼びかけが弱かった」と指摘されています。

やはり一番大切なのは、自分の免疫力を落とさないことです。ワクチンの前に自己免疫なのです。そうしたウイルスなどから身体を守る防波堤でもある免疫は、あまり激しい運動をしても、また運動不足でも低下してしまうそうです。感染症対策という面でも、やはり適度な運動は極めて大事なようです。

さらに人との交流が減ると会話も不足してきます。すると認知機能の低下も見られるようです。「会話は、相手の言うことを瞬間的に理解してやり取りする。地域の活動なども少なくなり、そうした脳の活動が減少した。認識機能が低下していくと、やがて認知症になる。

低下しているうちはまだ戻せますが、認知症になると戻らないんです」と久野先生は説明しています。

そして最後に、笑顔の大切さを訴えています。子や孫と交流してほしいと呼び掛ける中で、こう語られています。「会えたら絶対に笑顔になりますよね。笑顔は脳の活性化にも繋がるので、ぜひ一緒に過ごしていただけたらと思います」。

この記事の題は、こうです。「運動・笑顔・会話で免疫力アップを」どうやら、これに尽きるようです。

うそ書ける時代

■20220111(火曜日:雨)

6年前に出掛けた川崎大師の様子です。大勢の参拝客で大混雑でした。

■昨日の天気予報では、ギリギリ間に合うかもしれないと思ったのですが、残念ながら雨でした。5時に目覚ましをかけて起き出し、走るつもりだったのですが、何時頃からでしょうか、眠りながらも雨音に気付き始めました。

目覚ましが鳴ってから窓を開けて確認したのですが、やはり雨でした。それでもスッキリと目が覚めましたので、もう一度寝てしまうと後が辛いので、そのまま起き出しました。

火曜日ですので、生ごみを所定の位置まで運び、新聞を取ってリビングに戻りました。5時少し過ぎでしたが、もう何人もの方が、生ごみを運んで来ていました。皆さん早起きなのです。

土・日・月曜日と三連休の方も多かったかもしれません。穏やかな天候に恵まれましたが、オミクロン株の流行で、いつものようにはいかなかったようです。

■さて、今朝の東京新聞には興味ある記事が、いくつも掲載されています。その一つが24面に掲載されている、「こちら特報部」です。

「うそ書ける時代 すぐそこに。戦争再び招かぬため。正しい歴史 生涯探究 半藤一利さん没後1年 語録からの遺言」。

半藤さんが日本の近現代史で、とりわけ重要だと指摘した神話があります。

日露戦争後、軍が公表したのは、日本が世界の強国である帝政ロシアをいかに倒したかという『物語』『神話』としての戦史でした。海軍、陸軍大学校の生徒にすら本当のことを教えていなかった。

日清、日露戦争までは国家も軍も合理的判断ができ、その後は無謀な戦争の時代に突き進んだという、「坂の上の雲」の中で司馬遼太郎さんが描く、私達がよく知る、あの歴史観です。

昭和の自滅は、さらに原因を突き詰めれば、明治維新後の近代国家づくりにたどり着く、と半藤さんは考えていました。

国作りを始めたとき、プロシア(ドイツ)かぶれの山形有朋や周りの官僚が軍事国家体制をつくる。明治憲法が発布されるより十年も先にです。

もし大久保利通が暗殺されていなければ、こうならなかった。英米仏を歴訪し、軍事を政治の統制下におくシビリアンコントロールを大久保は学んでいましたから。

だからこそ、権力を縛る現行憲法には、近現代史の教訓が集約されている、と半藤さんは評価されてきました。「前文には日本が生きていくための理想が描かれ、条文は理想を実現するための手段」。

憲法九条の改正については変更することで、国家の全部が変わってしまい、失うものがすごく大きいと危惧し、このように説かれています。

大事になるのは『(国民の)軍隊からの安全』。クーデターを起こせるのはどこの国でも武器を持つ軍隊だけでしょ。そういう問題を抜きにして9条を改正し、強力な軍隊を持って国際社会のイニシアチブを取りたいなんて日本民族の悲劇ですよ。

そして、半藤さんはこうも語られています。

間もなく戦争体験者は皆死んでいく。うそも書ける時代がすぐそこまで来ているということです。せめて、なるべくうそが混じらないものを残しておかないと。歴史は書かれない限り、歴史にはならないんです。

亡くなる直前まで、次世代に向けての気がかりを表した、半藤さんの言葉があります。「反省しないのではない。知らないんですよ。」

私たちに残された、重い言葉です。

組織文化

■20220110(月曜日:曇:成人の日)

6年前に出掛けた川崎大師の様子です。大勢の参拝客で大混雑でした。商店街もにぎわっています。

■今日は成人の日、休日です。昔は成人の人は1月15日だったように記憶していますが、いつの頃からか連休になるように変更になりました。休日で休む私のような仕事の場合、それはそれで助かります。

しかし現在では、働く人の4割が非正規社員ということで、いわば日給・月給のような形で働いていますので、休日が必ずしも、ありがたいわけではないようです。

働ける日数が減れば収入も減るわけですから、休日が増えればありがたいと単純には言えない面があります。同じ給料がもらえるのであれば、休みが多い方が良いに決まっていますが、そうした環境にある方は次第に、少なくなってきています。社会全体が大きく変わり、ゆとりがなくなってきています。

■さて、今日の東京新聞には、さまざまな興味ある記事が載っていますが、6面では「あの人に迫る・勝ち残るために組織を変革せよ・中竹竜二チームボックス代表取締役」が語られています。

書き出しの部分はこうです。

「変化の激しい時代の中で、勝ち続ける企業や組織に求められるものとは。企業のリーダー育成を手がける「チームボックス」代表取締役の中竹竜二(48)さんは、目には見えない「組織文化」の変革こそが大切だと説く。

早稲田大学ラグビー部監督時代、部員から「日本一オーラがない監督」と言われながら母校を二度、全国優勝に導いた。常勝への第一歩は、自らの弱さを認めることだという。」

この記事を読んで感じたのは、これは何も企業における組織文化だけの問題ではなく、日本という国全体に当てはまることではないかという思いです。

変化の激しい時代、国際社会で勝ち残っていくために日本企業に求められることは何か、という記者の質問に対して、中竹さんは、こう答えています。

「グローバル化では資本や資源を持った企業が勝つので、安易にそこの競争に乗らないこと。自分たちの価値を定義し、文化を大事にすることが大切だと考えます。

経営者はもちろん、一般の社員も、自分たちの組織の価値は何かを考える機会を作っていくことが求められている。組織文化の変革は時間のかかる作業ですが、根気よく続けることですね。」

日本の社会が大きく劣化しているように見えます。戦後、勢いだけで突き進んできた時代を経て、変化に対応しきれていないように思うのです。

そんな時に、国民一人ひとりが、自分の頭で考え、どう行動すべきなのかを、中竹さんは教えてくれているように私には思えるのです。

■今日は休日です。穏やかで部屋の中にいる限りは、暖かな日和です。部屋の掃除をしたり、布団を干したりしながら、たまたまテレビで再放送を見ました。「おらが春」です。

おらが春〜小林一茶〜

初回放送日: 2002年1月3日

15 歳で故郷・北信濃から江戸へ奉公に出された小林一茶(本名・弥太郎)(西田敏行)は、葛飾派の俳諧師として、江戸で活動していた。相撲番付ならぬ俳人番付では、小さく下のほうに載る程度の活躍だったが、富津の名主の奥方・花嬌(かたせ梨乃)には慕われている。花嬌が亡くなり、父・弥五兵衛(財津一郎)が倒れた、という知らせを聞いて一茶は帰郷し、妻をめとり、子を授かるが、生家との確執は続き、妻や子を次々亡くし…。

20年前の作品です。どの俳優さんも若いのに驚きます。それにしても、壮絶な小林一茶の人生です。そして、すごいエネルギーです。51歳にて故郷(柏原:長野県信濃町)に戻り、ようやく安定した生活を始め、何と52歳で最初の妻を迎えます。

しかし最初の妻との間に生まれた子供4人は夭折し、妻にも先立たれます。そしてネットによれば、

再婚相手との結婚生活は早々に破綻し、身体的には中風の発作を繰り返し、64歳の時に3度目の結婚をするものの、65歳で亡くなる数カ月前には火事で自宅を焼失するなど、後半生も不幸続きの人生であった。また一茶は弟との遺産相続問題などが尾を引いて、故郷柏原では必ずしも受け入れられず、一茶自身も故郷に対して被害意識を最後まで持ち続けた。

1828年1月5日に亡くなっています。豪雪地帯である故郷柏原を読んだ句は、決して誇張ではないそうです。

これがまあ つひの栖(すみか)か 雪五尺

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