2016年12月10日-12月11日(土曜日&日曜日:晴れ)

2016袋井クラウンメロンマラソン

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■ 写真はエコパスタジアムです。朝日と共に運命の一日が始まりました。今日は晴天に恵まれそうですが強風が心配です。乾燥した強い風の下で長時間走るのは、気管支の弱い私には辛い条件です。

 袋井クラウンメロンマラソンは三度目の出場でした。掛川駅前のビジネスホテルに前日宿泊し、今日会場へ向かいました。朝食は6時半から開始、ということでしたが、数分前に食堂へ行くと5-6名の方が、もう並んでいました。多分同じようにマラソンに出場するため、と明らかに分かる方もいました。袋井駅から会場のある愛野駅までは、駅一つですから便利です。 朝7時9分発の 電車に掛川駅から乗りました。

 8時前には受付に到着。参加賞をもらって、着替えを終えて、荷物を預けて、いよいよあとはスタートの号砲を待つのみとなります。ゼッケン付けは自宅で土曜日に、足に塗るワックスは宿で済ませてきましたので、着替えには時間はほとんど掛かりませんでした。

 フルマラソンのスタートは昨年と同様第3ゲートから。今年はゲート前にある芝生の上で、少し入念に準備運動をしました。そして第3ゲートに向かいました。一昨年は競技場内にあるトイレに向かうドアは空いていて、寒さしのぎとトイレの利用ができて良かったのですが、今年もドアに鍵がかかっていて中に入れませんでした。

 第2ゲートに戻ってトイレを利用しましたが、長い列が待っていました。でも小用でしたので、あっさりと利用できました。

 さて今日の天候は晴天で強風の予想でした。ティーシャツ1枚では寒いかもしれませんでしたが、最後まで走りきれるという、楽観的な予想のもとティーシャツ1枚でスタートしたのです。

 これは失敗でした。途中からペースがガタ落ちでしたので、低体温症の危険に晒されたからです。来年はフリースを一枚羽織ることを忘れないようにするつもりです。

■さて9時10分、いよいよスタートです。 今年は大学時代にテニス部で一緒にペアを組んでいた高野君も、このマラソンに参加しています。彼はウルトラマラソンを走るほどの、すごいランナーですので一体どれぐらい待たせることになるのか、それだけが心配でした。とはいっても、とにかく走るしかありません。

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 スタートラインに並んだランナーたち。Aクラスの皆さんです。私は本来ならCクラスで並ぶのですが、Bクラスに入り込んでいました。

 それがバチの当たる原因でした。

(●^o^●)

 エコパスタジアムの周りをぐるぐると周り、下り道から始まりました。昨年は10キロまではキロ6分のペースで走りましたが、そのために最後まで体力が持たなかったことを反省して、今年は少しペースを落としました。キロ6分30秒から45秒です。

 この大会コースの特徴はアップダウンがきついこと。ランナー仲間に話を聞くと、あの大会は辛いから、というのが、どうも相場のようです。一昨年は膝の痛みにために、痛みに気を取られてコース自体の辛さは、正直あまり記憶に残っていません。今年も21キロ過ぎから膝が痛み始め、その後は痛みは改善したものの、脚が全くいうことを聞かなくなりました。

 つまりは、前に進めなくなった、ということです。21キロの時点でトイレに寄って用を足すと、一旦は生き返ったように体も軽くなり、直後の上り坂も負担には感じなかったのですが、その後が駄目でした。

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 愛野公園交差点のの陸橋です。このコースは、とにかく上り下りが多いのです。

 このコースは、10キロまではもちろんですが、20キロ、25キロ、30キロと節目、節目で給水所が用意されていると同時に、上り坂になっています。これが、私のような初心者にはきついのです。長い距離ではないのですが、堪えました。

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 浅羽中学校の生徒さんでしょうか。ブラスバンドで応援してくれました。

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 本当に疲れました。精も根も尽き果てる、とはこういう状態です。高野君が待っていてくれなかったら、多分制限時間内に完走できなかったと思います。
 
 その代わり彼を一時間半以上も待たせてしまいました。

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からくも、本当にギリギリで完走できました。

 あまりの苦しさに走りながら、こんな大会なんて二度と出てやるか、なんて悪態を何度も付いて憂さ晴らしをしていました。去年も同じ感想を持ったのですから、進歩していない、ということです。

(●^o^●)

 正直今は、もうあのコースを走る気がしません。本当に苦しい6時間でした。何度も棄権しようと思いました。30キロの地点では伴走車が二人の女性ランナーを拾い、エコパアリーナに戻っていきました。

 あれに乗れば、どれほど楽か、と心から思いましたが、あと1キロ、あと1キロと自分に言い聞かせて、前に進みました。それが10キロ以上続いたのですから、どれだけ辛かった、ご想像いただけると思います。

 そして愛野駅からエコパスタジアムに向かう、動く歩道での最後の関門でも制限時間ギリギリ通過。それでも、そこからまだまだゴールまでは上り坂が続くのです。そして最後の制限時間の6時間が、刻々と近づいていました。

 エコパスタジアムの上り坂を延々と走った挙句、ようやくスタジアムの入り口が見えました。ゲートを潜ってスタジアムに入ったものの、300メートルほど、まだ残っているのです。その距離の長く感じたこと。自分のランニングウォッチでは、制限時間まで5分以上残っていたものの、後ろからスタートしていますから、それよりは短いはず。トラックを走りながら、もう少し、もう少しと言い聞かせました。

 こうして長かったレースも終わりました。
 
■さっそくアリーナへ行って、 預けていた手荷物を受け取りました。入口の所で担当のボランティアの方が私のゼッケン番号を読み上げて、預かり所の方に知らせてくれていました。とにかくまずは高野くんにゴールしたことを知らせなければいけません。1時間半以上待たせているはずですから。受け取ったリュックからスマートフォンを取り出して高野くんの携帯番号を調べました。そして電話をかけるやいなや返事があって、高野くんは2階の観客席から見てくれていたようでした。

 車を取りに行ってくるからその間にシャワーを浴びていると良い、と教えてくれました。シャワーが使えるなんて知りませんでした。更衣室の奥に確かにシャワーがありました。利用者でいっぱいでしたが、なんとか利用することができました。熱いお湯を浴びて、すっきりしました。

 着替えも終わりアリーナの前に行ってもう一度高野くんに電話をすると、もうすでに車を近くまで用意してくれてありました。早速車に乗り込んで 調べてくれてあった掛川駅近くのファミレスに行きました。もう 4時近くでしたので 空いているかと思ったのですが、なんと30分近く待たされました。こんなに混んでいるファミレスは 沼津にはありません。スシローぐらいです。

 さてようやく席も空いて2人で座ってゆっくり食事を始めました。四方山話に花が咲きました。こんなにゆっくり二人で話すのは 20年振り近くになりますでしょうか。高野くんは筋金入りのランナーですから 話を聞いていても参考になることばかりです。例えば 同じ距離を1ヵ月に走るにしても、意識して長い距離を走らないとフルマラソンをより楽しむことはできない、という点でした。今は月100キロを走っていますが、 これも5キロを20回走るよりも週2回で良いから5キロと20キロに分けて走る方がトレーニングになるのではないかという助言でした。

 自分も以前は、より速く走ろうとして故障することが多かったがLSD(ゆっくりで良いから長く走ること)を意識的にするようになってからは故障もしなくなった、ということでした。さすがに経験豊富な高野コーチの話には、なるほどと、うなずくばかりでした。とても参考になりました。

 また炭水化物ダイエットについても教えてもらいました。高野くん自身はとてもスマートで、ダイエットをする必要など、どこから見てもないのですが、そこはやはりこだわりなのでしょうか。3キロ太ると白衣のサイズが合わなくなるというのです。私には想像もできません。白米を食べないようにするだけで、3キロも減るというのです。 実際二人で食べた時も彼は白米を注文しませんでした。また整形外科医としての長い経験から、高齢者の肥満気味の女性が、炭水化物ダイエットで3キロ痩せれば、膝の痛みはだいぶ楽になる、と言うのです。なるほどなーと、大変良い勉強になりました。

■ こうして苦しくて、そして楽しかった一日も終わりました。高野コーチのアドバイスに従って、来年は練習方法を改善して、フルマラソンをもう少し楽しめるレベルにまでなれたらと願っています。

 大変困難な目標ですが、また二人で一緒にランニング談議ができれば、こんなに楽しく、幸せな事はありません。持つべきものは良き友です。それが分かっただけでも、あの苦しい時間は決して無駄ではなかった、と今では思えます。

 感謝、感謝です。