■20190329(金曜日:曇)
■今朝は走りました。昨夜はロータリークラブのテーブル会があり、9人の仲間と共に楽しいひと時を過ごしました。沼津西ロータリークラブも、あと2年で創立30周年を迎えます。私自身も創立10周年の会長を務め、 また2年前には再度会長職を務めました。クラブには、人生の大先輩たちから育てて頂いたという思いが強くあります。まさにロータリークラブは人生の大学院だと、つくづく思うのです。
さて今朝は7.88 km を走り、これで3月は通算101.32 km を達成することができました。49ヶ月連続、月100キロの目標を達成したことになります。毎月、毎月、月が改まるごとに、一から積み重ねを繰り返さなければいけないのは結構大変です。 でも、そうやって目標をリセットすることで、毎月、毎月が新鮮に思えるから不思議です。いつまで続けることができるかわかりませんが、可能な限り毎日を新鮮に、そして成長を続けることができれば良いと願っています。
■東京新聞の連載記事「平成を語る」を読むと、どんなことが起きていたのかが俯瞰できます。先日の内容は「中間層減り格差拡大」でした。平成の家計は増税と社会保険料アップにさらされ続けてきた、とあります。
消費税率は、当初の3%から段階的に上がり、今秋には10%に引き上げられる予定。年金制度を維持するために、厚生年金の保険料率も上がっており、平成16(2004)年からの13年間で約5%上がった。デフレ脱却の遅れもあり、給与も抑えられている。国税庁の統計調査によると、民間の平均給与は平成9年の約467万円をピークに下落。リーマンショック直後の水準からは持ち直し基調にあるが、平成29年時点で約432万円だ。現役世代の減少などに応じて、年金の給付水準を調整する「マクロ経済スライド」も導入され、受け取れる年金額も抑制されている。平成9年は山一証券など金融機関の破綻が相次ぎ、終身雇用や年功序列の崩壊を印象づけた。それから10年ほどすると、雇用形態が不安定化して中間層が減り、「格差」という言葉が盛んに聞かれるようになった。
平成という時代を語る時に欠かせないのは、冷戦の終結です。資本主義に対する選択肢としての共産主義社会が消滅し、市場主義経済の勝利が確定しました。 もちろんそれによって、もたらされた素晴らしい点は多々あります。しかし逆に、それによって歯止めが効かなくなったという面があることも事実です。
リーマンショックの時に語られた、「強欲資本主義」という言葉があります。しかし、ある人によれば、この言葉はおかしい、そもそも資本家は強欲なのだ、という指摘があります。「世界中の金持ちが考えていることは同じだ。もっと金持ちになりたい」。 良い悪いは別にして、それが人間の業というものなのでしょう。放っておけば、人は見境なく、どこまでも強欲になる。 共産主義社会というユートピアが消滅した平成という時代にあって、私たちの前に現れたのは、まさにこの強欲そのものだったのです。
柔軟な働き方という名のもとに、派遣社員の割合が急増し、若い人々が普通に働き、普通に家庭を持ち、普通に親となって、普通の幸せをつかむことが、とても困難になった時代だと言えるのです。新しい時代に入いる日本に、最も求められているのは、 強欲な人々が跋扈する社会から、普通の人々が普通の幸せをつかむことのできる継続可能な社会を、いかに作り上げていくかということではないでしょうか。その困難な課題を乗り越えた時、日本は世界から憧れを持って見つめられる存在になるのです。