2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

投稿者: aiaiganka Page 19 of 277

誕生日

■20240701(月曜日:曇)Ayaちゃん、誕生日

稚内港です。稚内港北防波堤ドームが見えます。
左手、丘の上に稚内公園があります。

■昨日は昼前にフィットネスクラブに行って、筋トレの後、ランニングマシンで1時間のLSDを行いました。これで6月は、6回のランで 79.41km を積み重ねました。

6月2日、そして6月9日と2回ハーフマラソンを走り、残りの4回は、フィットネスクラブでの1時間走でした。そんな中でも、昨日の1時間走は余裕を持って走ることができたという点で、今までにない充実感でした。

木曜日に走っていましたので、3日振りということになり疲労が残っていて、途中で気分が悪くならないか心配だったのですが、杞憂でした。途中少しペースを上げたのですが、息が上がることもなく、最後まで余裕を持って走り切ることができたのは、望外でした。

その余裕を何がもたらしたのかは分かりません。睡眠が充分だったのか、休養がうまく取れていたのか、筋トレの成果なのか、判然としません。自分では、筋トレの成果と判断しています。下半身の強化が実を結んでいる、と勝手に思い込んでいます。

このままトレーニングを続け、来年のマラソン大会でどんな成果が出るのか、とにかく楽しみです。

■さて、今日はAyaちゃんの誕生日。オーストラリアに移り住んでいるので、会うのは容易ではありません。元気でやっているようなのですが、親としては心配がつきません。異国で暮らすのは大変です。

良きパートナーを得て、支え合って暮らしているようなので、その点は安心です。多くの国民が貧しくなっていき、円安が進んでいる日本より、オーストラリアの方が、将来性はずっとありそうです。

山火事が頻発しますが、自然災害という点でも、日本よりずっと安全そうです。試みに、オーストラリアでの地震災害について、ChatGPTに尋ねてみると、

■オーストラリアは地震活動が比較的少ない国ですが、それでもいくつかの重大な地震災害が発生しています。以下に、オーストラリアでの最悪の地震災害を3つ挙げます。

(1) 1989年 ニューカッスル地震:

日時: 1989年12月28日
規模: マグニチュード5.6
被害: 13人が死亡し、160人以上が負傷しました。建物やインフラにも大きな被害があり、経済的な損失は約40億オーストラリアドルにのぼりました。この地震は、オーストラリアで最も被害が大きかった地震として知られています。

(2) 1968年 メクリング地震:

日時: 1968年10月14日
規模: マグニチュード6.5
被害: 西オーストラリア州のメクリング地域で発生し、14人が負傷し、建物や道路に広範な損壊が発生しました。特にメクリングという小さな町が大きな被害を受け、多くの家屋が倒壊しました。

(3) 2012年 マッセスダール地震:

日時: 2012年4月20日
規模: マグニチュード5.6
被害: 西オーストラリア州のマッセスダールで発生し、人的被害はほとんどなかったものの、インフラや建物に一定の被害が発生しました。この地震は、特に農村地域での被害が報告され、建物の耐震性の重要性が再認識されました。

これらの地震は、オーストラリアで最も被害が大きかったものの一部です。オーストラリアはプレート境界から遠いため、地震活動は比較的少ないですが、それでも地震リスクに対する準備は重要です。

■と、教えてくれます。ニューカッスルはシドニーから170キロほど海岸を北に行った所のようです。Ayaちゃんの住んでいる所からは、かなり離れています。大丈夫そうです。地震の心配がないだけでも、全然違います。

とは言っても、生まれ育った日本の方が、安心なのは道理です。また会える日を楽しみに待つしか無さそうです。



人生の四期

■20240630(日曜日:曇)

牛が放牧されています。
北海道・音威子府から275号線を中頓別へ向かっています。

■今朝も曇り空です。天気予報では午前中は何とか天気も持ちそうですが、午後からは雨が強まりそうです。今日で6月も終わりです。2024年も折り返し点を過ぎようとしています。

昨年古希を迎え、自分自身の人生に対する考え方が、変わったように思えます。古希70歳は、単なる人為的な区切りですから、次の日から何かが突然、変わるわけではもちろんありません。同じ様に時間は流れていくのです。

こうした区切りは、先人たちが経験的に編み出した、人生をよりよく生きるための知恵です。振り返ってみると、地元のある新聞に2005年5月、こんな投稿をしていました。19 年前、当時 51 歳だった私の心境です。

 インドには四季はないが四期がある、と言われます。必要な知識を得るための「学習期」。家族のために働く「家住期」。ゆったりとした老後を送るために町を離れ、静かな森の中にささやかな住まいを持ち、そこで思索や瞑想の日々を送る「林住期」。そして最後に、夫婦で聖地を巡礼する「遊行期」。インド人の頭の中には、こうした人生の節目が明確に刻まれているようです。

 昭和28年(1953年)生まれの私は、家族のためにまだまだ働かなければならない家住期にあると言えますが、少なくとも心のあり方としては、そろそろ林住期に足を踏み入れるべきなのではないか、と思い始めています。

 かつては、人生50年と言われました。自分自身が夏目漱石よりも長生きしていることに、とても不思議な気がします。とはいえ、人は誰も永遠には生きられません。いつかは、旅立つ日がやってくるのです。そうであるなら、人生の節目を明確に意識し、日々の有り様を思い描きながら生きていくことは、充実した一生を送るためには、不可欠のことではないでしょうか。

 2年ほど前から体調管理のために始めた早朝ウォーキングが、そうした意味で、これからの生き方に、とてもプラスになっていることに気付きました。毎朝、近くの愛鷹山を歩くのです。一時間半ほどのウォーキングで、最近は体調も良好です。ただ歩くことに精一杯だった頃には気付かなかった四季の変化の発見という望外の収穫は、林住期の成果かもしれません。最近は柿の葉を見るのがとても楽しみです。春になり新しい芽が現れ、それが実に瑞々しい若葉になる。そして秋になると何とも言えない渋い色あいに変化する。もう瑞々しい若葉になれない自分も、努力すれば秋の柿の葉のようにはなれるかもしれない。

 俳人与謝蕪村の句に、「茨野や夜はうつくしき虫の声」があります。茨の生い茂った野原が、夜になると虫かごのように美しい虫の音を響かせている、というのです。もちろんこれは単なる草むらを詠んだ句ではありません。昼の茨野は俗世、そして虫の音が響く夜の茨野は蕪村の頭脳の中に作られる美の王国だ、というのです。人は誰しも、日常というしがらみの中で生きざるを得ない。しかし、その中に自分なりの美を、想像力により作り上げることはできるのです。全体を見渡せるだけの余裕を心に持ちつつ、美しきことを発見しながら、幕末の志士、高杉晋作の歌を蕪村風にもじった以下の歌のように、残りの人生を生きてみたいものだ、と私はいま思っているのです。

「美しき ことも無き日を美しく すみなすものは心なりけり」

こうして振り返ってみると、あるサイクルが、これまでの20年の中に見えてきます。体調管理のために49歳からウォーキングを開始、59歳からはフルマラソン完走のためのランニングを始め、そして69歳からはサルコペニア(筋肉減少症)と戦うために筋トレを始めたのです。

その間に子どもたちは自立・結婚し家庭を持っています。自分自身の役割も大きく変わりました。あとはお迎えが来るのを、待つだけです。やるべきことは、やり終えた気もします。

それでも、まだ終わったわけではありませんから、より良き人生を送るために、自分は今、そしてこれから何をなすべきかを考えていくしかありません。



8月のマラソン

■20240629(土曜日:曇)

北海道275号線を中頓別から浜頓別に向かっています。
もうすぐ、オホーツク海です。

■昨日は静岡県でも線状降水帯が発生し、沼津でも午前中は大雨でした。午後からは幸いにも落ち着きを取り戻し、洪水や土砂崩れの発生は無かったようです。

天気予報を見ていると、梅雨のない北海道は晴天ばかりではないもの、こちらのような蒸し暑さは無さそうですので、それだけでも羨ましい限りです。

美瑛マラソンに参加した際に、美瑛駅からスタート地点への送迎バスで、たまたま隣り合わせになった方と会話が弾みました。札幌にお住まいで、もう退職していて悠々自適のようです。

今回は夫婦でこちらに来られたとのことで、前日は美瑛駅近くの宿に泊まったとのこと。こんな折でしたので、尋ねてみました。「札幌では、夏でもエアコンは必要ないのですか?」。

「2年前にエアコンを設置しました」とのこと。さすがに、札幌でもエアコン無しでは、もう厳しいようです。

■千歳マラソンの送迎バス乗り場でも、参加者と楽しく会話しました。60歳前後の、見るからに陸上選手といったスリムで小柄な女性でした。昨年の北海道マラソンに参加されたそうです。

北海道マラソンは、日本国内で唯一、夏に行われる本格的なフルマラソン大会です。1987年にわずか439人のエントリーで始まった本大会は、20,000人規模に成長しました。

昨年は8月27日に開催されましたが、スタートの8時30分で気温はすでに29.2度でした。参加した彼女によると、恐ろしかったのは、途中から積乱雲が発生し雷が鳴り出した時だ、というのです。

涼しい北海道で快適なマラソン体験を、と思いきや、それどころでは無かったようです。同様に北海道マラソンに参加した友人も、暑さもあって途中棄権した、という話も聞きました。

2019年にはスタート時の気温は18.7度でしたから、毎年、毎年同様ではないものの、参加するには覚悟が必要そうです。

■千歳マラソンには、2014年から参加しています。6月の第一日曜日開催ですので、8月第4日曜日開催の北海道マラソンとは違いますが、開催前日の夜は寒くて震え上がった記憶があります。

それでも、当日は穏やかなマラソン日和でした。この2ヶ月の違いは、とても大きいようです。

ランナーズ・ハイ

■20240628(金曜日:雨)スミスマシンでのスクワット開始

ここから猿払村です。その先に宗谷岬があります。

■昨日は午後からフィットネスクラブに行って走りました。15時前から開始し、1時間1分51秒、10.40kmを走り、これで今月は5回のランで、通算 69.01 kmを積み重ねました。

目標の月100キロ走までは、残り3日で30.99kmですので、達成は無理です。それでも昨日は走っていて、25分頃から足取りが軽くなって、大殿筋で走っている感じが掴めました。

1時間走った後の実感としては、以前と比較して楽に走ることができたように感じました。余裕を持って走り終えることができたのです。これも筋トレのおかげだと確信しています。

6月2日、6月9日と走った最直近2回のマラソン大会では、走っていて高揚感を感じる、いわゆるランナーズ・ハイを短い時間ながら、実感したことは驚きでした。調べてみると、

★ランナーズ・ハイ

ランニング中の陶酔状態。ランニング開始後5〜15分して身体が運動状態に慣れてくると急に楽になり,セカンド・ウィンド(次息)という状態になる。

さらに20〜40分走り続けると少し頭がぼんやりするが,非常に気持ちのいいサード・ウィンド(第3息)という状態になる。これがランナーズ・ハイである。

この状態は本人の自覚がなければ,気づかずにやり過ごしてしまうことが多く,意識が試合の勝ち負けや記録の更新などに集中しているとその傾向は強い。

ランナーズ・ハイの起こるのは,脳内でβ‐エンドルフィンが分泌されるためという説があるが,定説ではない。

以前は、時々大会中に経験したこともあったのですが、最近は走っている間は辛いばかりで、すっかり忘れていました。少しは体力的に余裕が出てきたのでしょうか。

■昨日は、一昨日を見て分かったスミスマシーンを使って、スクワットを行ないました。新たなバーベルは加えていないので、10キロの負荷でしたが、とりあえず初めとしては、これで良いでしょう。

走った後も、水を飲むのは我慢して帰宅し、冷やしておいたスイカを食べました。これは格別な味です。友人から分けてもらったスイカなのですが、甘くてとても美味しいのです。

温野菜を食べるようになってからは、体を冷やさないようにと、走った後の最高のご馳走だった、冷やしたスイカも封印して来ました。

こころ焉(ここ)に在(あ)らざれば視(み)れども見(み)えず

■20240627(木曜日:晴れ)

北海道・猿払村から238号線を宗谷岬に向かっています。
矢印は、一面の雪の中でも、ここが道路であることを示しています。

■さて、今朝も暑くなりそうな空模様です。しかし天気予報では、明日は東海地方でも、警戒級の大雨とのこと。梅雨ですから当然なのですが、猛暑日が続くと、もう夏になったような気がしていました。

昨夜も 27 度に冷房設定した空調を、かけっぱなしで休みました。そのおかげか、夜中に目が覚めたのは一度だけ。アプリ診断によれば、総合得点は81点。浅い睡眠が標準より多いほかは、「普通」という診断です。

2日続けて、夜中に目覚めた回数が1回だったことは、室温の管理が熟睡には、とても重要だということです。歳を取り自律神経機能の衰えから、体温調節機能が若い時のような、柔軟性を無くしてしまったのでしょう。

とても悲しいことですが、致し方ありません。

■昨夜はフィットネスクラブで、筋トレに励みました。先日始めて取り組んだ、スミスマシンに再度挑戦しました。ところが終わってから、隣で同じ機器を利用している人を見て、はっと気づきました。頭と足の方向が逆だったのです。

さらに気づいたのは、横になってバーベルを持ち上げるだけでなく、その機器は、バーベルを背負ってスクワットもできることでした。今まで何度も、その様子を見ていたにも関わらず、気付かなかったのです。自分にその気がないと、見えていても気付かないのです。

夜の時間帯は利用者が多くて、なかなか順番が回ってこないのですが、次回はバーベルを使った、スクワットにもぜひ挑戦してみます。

1時間走った後に食べたスイカです。格別の味でした。

成熟の証

■20260626(水曜日:曇)

宗谷岬公園です。見えているのは、オホーツク海です。

■今朝も蒸し暑い朝です。昨夜は空調を掛け、冷房の27度設定で、一晩中掛けて寝ました。そのおかげか、昨夜は今朝の4時に一度目が覚めただけで、いつものように何度も目が覚めることがありませんでした。

スマートウォッチの睡眠診断アプリによれば、本当に久しぶりに、すべての項目が「普通」でした。「夜間の睡眠」、「深い睡眠」、「レム睡眠」、「熟睡期間」、「目が覚めた回数」、「呼吸の質」などなど。

いつもは「目が覚めた回数」が、落第点なのです。昨夜は一度だけですから、合格点でした。そして、一度だけの目覚めであれば、熟睡感がぐっと上がります。今夜も試してみましょう。

■さて昨夜は、沼津医師会の臨時総会が開催され、新しい会長を始め、役員が専任されました。私も監事から、理事に横滑りとなりました。そして、いつの間にか最高齢の役員となってしまいました。

所属している、どの組織においても同様です。最古参になってしまったのです。一体何が起こったのか、知らない間に、自分がそんな立場になってしまったことに、不思議な気がすると同時に、愕然とします。

4つのクラブでも、創立時会員で未だに残っているのは、もうあなただけですよ、と知らされた時も、心底驚きました。多くの会員が、もうそろそろ潮時だと感じて退会していきます。気持は良く分かります。

共に活動した良き仲間が、退会してしまった、あるいは亡くなってしまった、となれば残り続ける動機、歯止めが無くなります。寂しいことなのですが、それが現実です。

私は、まだ恵まれているのでしょう。心許せる友人が、まだ会員としていてくれているからです。先日もキケロの「友情について」を読みましたが、心許せる友人ほど、人生において大切で、得難いものはありません。

そう感じることができるようになったのは、自分自身が人間として、少しは成熟した証なのかも知れません。

平和マラソン

■20240625(火曜日:曇のち雨)

稚内駅に掲示しあった「わっかない平和マラソン」
のポスターです。川内優輝選手が来られます。

■蒸し暑い毎日がやってきました。日中は野外での運動は、とてもできません。昨日は、フィットネスクラブに行って1時間走りました。筋トレの後、1時間3分20秒、10.01kmを走り、これで今月は4回のランで58.61kmを積み重ねました。

前回のランが6月17日でしたので、ちょうど一週間ぶりとなります。休養が十分だったおかげか、1時間走っても、それほどひどく疲れませんでした。帰ってきて、Huaweiの体組計で計測すると、体内年齢は63歳と計測され、それなりに絞られたということでしょうか。

来場者も少なかったので、スミスマシーンにも取り組むことができ、筋トレの成果が、少しずつ実感として現れてきているのは嬉しいことです。

昨日は静岡市で、今年初めての猛暑日 35 度を記録しました。この暑さでは、野外でのゴルフの練習など、とてもできません。あと数ヶ月は、フィットネスクラブが、お友達になりそうです。

■さて、今日の写真のポスターは、稚内です。サハリンが目の前にあり、ロシアとの貿易が活発になれば、この地域は大いに繁栄するはずです。はるかに遠い中東から、何もわざわざ石油や天然ガスを運んでこなくても、眼の前に捨てるほど資源があるのです。

何もかにも言いなりになって、国が干上がるのを指を加えて我慢する必要などないのです。敵対させられて、ドイツのようになるのは、賢明ではありません。

マスコミの刷り込みから開放されて、何が国の将来にとって大切なのか。今こそ考え始めないと、惨めな未来しか無くなりそうです。

生活の質

■20240624(月曜日:曇)

稚内港に掲示してある旅の案内です。
この日も多くの乗客が切符を買い求めていました。

■今日は九州では大雨。そして関東では晴天と、クックリと天候が分かれそうです。関東内陸では猛暑日となりそうで、外出はなるべく控えて方が良さそうです。

今朝は朝食後にまず、温野菜を作りました。旅で出掛けている時以外は、温野菜を御椀一杯、毎朝食べるのが、ここ一年の日課です。1年経ってみると、大きく変わったのがお腹の調子です。

便通が劇的に改善しました。6時に起きて朝食の準備をして、8時前になると、タイマーが作動したように、決まってトイレに行きたくなります。そして、すっきり、さっぱり事が終わります。

温野菜接種開始以前は、通院していた医師から、「毎日、便通はありますか?」と、必ず尋ねられましたが、「はい」とは返事ができませんでした。今では自信を持って、「はい」と返事ができるのです。この違いは、かなり違うことを実感しています。

あとは睡眠の質の改善が、一番の課題でしょうか。こればかりは難題で、容易に正解が見つかりません。加齢のためだ、と言ってしまえば、それで終わってしまうのですが、何とか改善点を見つけて、生活の質を高めたいものです。



駅前商店街

■20240623(日曜日:雨)休日当番医

6月21日の沼津仲見世通りです。
七夕祭りに向けて準備中でした。

■今朝は雨です。東海地方では今日の夕方までに、200 mm の降雨量が予想され、各地で警報級の大雨になりそうです。7時前ですが、雨音がしきりに聞こえてきます。

今日は新沼津カントリークラブの理事長杯予選です。本戦出場可能な32名の篩分けです。しかし、この雨と霧では、プレイは難しそうです。私は休日当番医ということで、8時から17時まで籠の鳥なのですが、支配人の松本さんを始め、関係者のことを思うと、心配でなりません。

何とか予選が、無事に終わってくれることを願うばかりです。

■21日金曜日に沼津駅前の居酒屋で、会議に参加しました。今日の写真は、駅前の商店街を通った時に撮影したものです。沼津一の駅前商店街でした。しかし、どこの駅前商店街もそうである通り、衰退の一途です。昨年でしたか、大型書店が撤退しました。

もう何十年前でしたか、私の記憶に残る最初の仲見世商店街は、とにかく人が溢れて身動きすることも、ままならないほどでした。百貨店が何店舗もあったのです。今では、とても信じられません。

Sunと二人で北海道、九州などをドライブ旅行をしていて、同様の光景を目の当たりにすることは稀ではありません。往時の跡は、どこも似たような光景です。

少子高齢化を推し進めてきた以上、もとに戻ることはありません。それぞれの地域が知恵を絞って対策を、と言ってもできることは限られています。

結局は、そこに住んでいる人々の能力を、開発、総動員するしか新しい地域は生まれないのでしょう。

■さて、いつもの知恵袋「田中宇の国際ニュース解説」です。今回は無料版ですので、皆さんにぜひ読んでもらいたいのです。

★田中宇の国際ニュース解説 無料版 2024年6月22日
★非米側の拡大

テレビ・新聞が報じている内容とは、だいぶ異なるので、多くの方が戸惑うはずです。拒否反応を示す方が多いのではないでしょうか?

私の身の回りにいる多くの人々、まさに普通の人々と話していて驚くのは、学歴も知識も教養も社会的地位もある、一見立派と思われる人々が、判で押したようにテレビのニュース解説を繰り返すのです。

それ以外のことを言ってはいけないかのごとく語るその姿からは、本当にそう思って発言しているのか、そう言わないと陰謀論者と思われるからなのかは、定かではありません。

世界は変化しているのに、日本だけは取り残されて、貧しくなり続ける未来しか無いのでしょうか。

■20240621(土曜日:晴後雨)

今年始めて参加した
「丘のまちびえい・ヘルシーマラソン」です。

■東海地方は、昨日梅雨入りしました。気象庁の発表があった夕方には雨も上がり、青空が見えたのは皮肉でしたが、こればかりは致し方ありません。

昨夜は、ロータリークラブの委員会が行われ、次年度に向けて役割分担を確認することができました。その中にクラブ週報の作成がありました。我がクラブでは、創立10周年を記念して、クラブ週報を会員の手作りに変更しました。

クラブ経費削減と、会員間の協力体制の新たな構築が目的でした。今から24年前の話ですから、ことは簡単ではありませんでした。今のように、誰もがパソコンやスマホを、日常的に扱う時代ではなかったのです。

まだまだ、インターネットも日常生活に入り込んではいません。一から手探りで始めた内製化も、会員の協力で24年間続いています。6名のメンバーで毎月の当番を決めて、作成しています。

例会の翌週には、会員に配布しなければなりません。時間との戦いです。委員たちが協力しない限り完成しません。共同作業です。そこから絆が生まれていくのです。

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