2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

投稿者: aiaiganka Page 31 of 322

ノーザンホースパーク・マラソン2025

■20250518(日曜日:曇り時々晴れ)

2006年に逝去した名馬ディープインパクトを記念して建立されました。
ブロンズ(青銅)製の立派な銅像として公開されています。

■今日は、ノーザンホースパーク・マラソン2025です。過去2回参加しました、その際はトレイル部門7キロでした。9時にスタートして7キロですから、参加賞に提供される山のような食事をいただいても、11時の送迎バスには乗ることができました。

今年は、ハーフの部に挑戦しました。コース図を見ると、次々と異なる牧場周囲を走り、ノーザンホースパークに戻って来る設定です。気持ちの良さそうなコースなので、思い切って挑戦しましたが、鍛錬不足を痛感しました。

10キロまでは比較的スムーズだったのですが、それからが大変でした。単に走力、筋力の問題ではなくて、体力の消耗で限界ギリギリでした。

ノーザンホースパークに戻ってきてから、沿道でSunが声援を送ってくれて、一瞬だけ力を取り戻しましたが、その後1キロほど走ってゴールした際の苦痛に歪んだ私の顔は、Sunに言わせると、あんな苦しそうな顔は始めてみた、とのこと。

本当に体力の限界でした。自分自身の体力、鍛錬不足、これからのことなど、深く考えさせられたマラソン大会でした。

梅雨入り

■20250517(土曜日:雨)九州南部梅雨入り

グーグル先生によると「ドイツアヤメ」とのこと。

■今朝は雨です。これから静岡も雨脚が強まりそうです。昨日、九州南部が観測史上初めて、全国最速の梅雨入りでした。今日は終日雨脚が強まりそうです。

明日行われる「ノーザンホースパークマラソン・ハーフ」に出場するるために、今日は仕事を終えてから新千歳空港に飛びます。高速道路が雨のために通行止めになることは、まず無いとは思うのですが、いつもよりは富士山静岡空港までは時間がかかりそうです。

安全第一。とにかく生きて返ってくることが最優先です。明日の天候も気になりますが、何とか曇り空で済みそうです。

白隠禅師

■20250516(金曜日:曇)

今朝の紫陽花です。これから梅雨となり、
紫陽花がお似合いの季節になります。

■今朝も小一時間早めに目が覚めてしまい、ウォーキングに出掛けました。近所を歩いてみると、季節の変化を再認識できます。普段は自宅の中に監禁されているようなものですから、通勤時間のムダがないとはいえ、自営業者の宿命です。

今朝の写真は結構きれいに撮れました。深緑の瑞々しさがスマホのカメラながら、思いの外よく捉えられています。走って通り過ぎるだけだと、決して気付かなかった変化でしょうから、歩くことも多くの収穫をもたらしてくれます。

■明日には千歳に飛びますが、以前宿泊した「ポルトムインターナショナル北海道」ホテルには、ロビーやレストラン周辺に、白隠禅師の代表作である「達磨図」や「渓間猛虎図」などの複製画が飾られていて驚きました。

「駿河には 過ぎたるものが二つあり 富士のお山に 原の白隠」と言われる白隠禅師(1685年~1768年)が再興し、多くの弟子を育てた松蔭寺(しょういんじ)は、我が家から歩いても30分ほどの所にあり、散歩がてら時々訪れています。身近にありながら、不勉強を恥じ入るばかりですが、その業績を尋ねてみると、こう教えてくれました。

 白隠禅師(1686–1769)は、江戸時代中期の臨済宗の高僧で、禅の復興や禅文化の発展に大きな功績を残しました。彼の優れた業績として、以下の3点が特に挙げられます。

1. 臨済宗中興の祖としての改革

 白隠は、当時の臨済宗が形骸化していたことを憂い、「公案(こうあん)禅」を重視した修行体系を確立しました。彼は独自の公案集『遠羅天釜(おらてがま)』や『槐安国語(かいあんこくご)』を著し、坐禅と公案による厳しい修行を奨励。

 これにより、臨済宗は再び活力を取り戻し、現在に至るまで続く禅風を築きました。

2. 禅画・書の芸術的発展

 白隠は、禅の教えを絵や書で表現する「禅画(ぜんが)」の名手としても知られています。特に、

  • 「達磨図」(だるまず)
  • 「渓間猛虎図」(けいかんもうこず)
  • 「指月布袋図」(しげつほていず)

    などの作品は、大胆な筆致と深い禅の境地を表しており、日本の水墨画史に大きな影響を与えました。

3. 庶民への禅の普及と「内観の法」の提唱

 白隠は、難しい禅の教えを分かりやすく説くため、「座禅和讃」「夜船閑話」などの著作を残しました。

 また、心身の健康法として内観の法(ないかんのほう)」(軟酥の法)を広め、現代の自律訓練法やメンタルヘルスにも通じる先駆的な健康法を提唱しました。

 これらの業績から、白隠禅師は「日本臨済宗の最大の祖師」とも称され、禅のみならず、日本の文化・芸術・精神性に深い影響を与え続けています。

身近なところから見直してみる必要がありそうです。白隠禅師が苦しんだ「禅病」については、以下のとおりです。

 白隠慧鶴(1686-1769)が体験した「禅病」は、現代の精神医学的視点から見ても極めて興味深い症例です。その実態と克服法について、『夜船閑話』などの自著や門弟の記録を基に解説します。


1.白隠の禅病の具体的症状

(1)身体的症状

  • 「気の逆流」:臍下丹田(せいかたんでん)から突き上げるような熱感(現代で言う「パニック発作」に近い)
  • 不眠と食欲不振:昼夜問わず坐禅を続けた結果、睡眠リズムが崩壊
  • 振戦(しんせん):手の震えと発汗(自律神経失調の兆候)

(2)精神的症状

  • 幻覚・離人感
    「壁の模様が経文に変化して見える」(『夜船閑話』より)→ 現代の「解離性障害」や「宗教的エクスタシー」に類似
  • 強迫的思考
    公案(こうあん)「隻手の音(せきしゅのおと)」に執着し、思考がループ化
  • 死の恐怖
    「息が止まりそうになる」という呼吸性アルカローシスの症状

(3)当時の診断

  • 白隠の師・道鏡慧端(どうきょうえたん)はこれを「禅毒」と診断:
    「悟りを急ぐあまり、気(プラーナ)が脳に逆流した状態」と説明(※現代の「過換気症候群」や「双極性障害」に通じる)

2.克服方法(白隠式セルフケア)

(1)内観法の開発

  • 「軟酥(なんそ)の法」
    頭頂に軟らかい酥(そ=バター)が溶け落ちるイメージで気を下げる(※現在の「ボディスキャン瞑想」の原型)

(2)身体的アプローチ

  • 経絡叩き
    自身で開発した「白隠禅師健康法」で気脈を調整(現在の「タッピング療法」に類似)
  • 音声療法
    『延命十句観音経』を「音そのものが薬」として唱える(※近年の「音響療法(sound healing)」の先駆け)

(3)生活リズムの改革

  • 「調身・調息・調心」の三段階
  1. 坐禅時間を1日4時間に制限
  2. 食事は玄米菜食で規則正しく
  3. 深夜修行を禁止(体内時計尊重)

3.現代医学からの解釈

(1)神経科学的見地

  • 過度の坐禅で前頭前皮質の過活動が発生→デフォルトモードネットワークの暴走
  • 白隠の症状はセロトニンとGABAのバランス異常と推測(京都大学・佐藤裕教授の分析)

(2)トラウマ療法として

  • 禅病体験が後の「病人禅」指導に反映:
    「苦しみそのものが悟りの種」という思想(※現代の「ポストトラウマティック・グロース」理論に通じる)

(3)予防医学的価値

  • 白隠が編み出した「内観-運動-唱題」の三位一体療法は、現代の統合医療モデルに極めて近い

4.歴史的意義

この体験が後に:

  1. 「只管打坐(しかんたざ)」批判:無理な坐禅の危険性を警告
  2. 「公案禅の改革」:過度の精神集中より「自然な覚り」を重視
  3. 民間禅の普及:『延命十句観音経』のような簡便法を開発

という禅宗史上の大転換をもたらしました。白隠の禅病克服は、単なる個人の体験を超え、「精神修養とメンタルヘルスのバランス」という現代にも通じる課題への回答と言えるでしょう。

この20年

■20250515(木曜日:晴れ)

公園横の柿の木に花が咲いていました。昨日の朝の様子です。

■今朝は快晴の爽やかな朝です。いつもより1時間ほど早く目覚めてしまい、結局はウォーキングに出掛けました。振り返ってみると、正確に記録をとり始めた日は、2003年6月18日(水曜日)とあります。22年前、49歳と10ヶ月で歩き始めたことになります。

その後の10年間は、毎日1万歩を目標に歩き続けました。そして、2012年7月からはランニングを開始しています。59歳11ヶ月でした。それまでの記録された通算歩数は、36,828,607 歩とあります。3,331日間なので、一日平均、11,056 歩を歩いたことになります。目標の一日1万歩を達成しています。

そして、60代はランニングの10年でした。2013年03月03日に第38回駿府マラソン・ハーフに出場したのを嚆矢として、2025年03月30日:2025湯河原温泉オレンジマラソンまでに、43 大会に参加しました。2014年から3年間は、袋井クラウンメロンマラソンでフルマラソンも完走しました。

69歳9ヶ月からフィットネスクラブで筋トレを始めています。これまで、それぞれの10年間で新しい運動に取り組みました。今朝は爽やかな早朝の空気の中を歩きながら、20年以上前の自分に戻った気分です。また一からやり直しかも知れません。

走り続けることが、だんだん難しくなってきているのが、実感できるのです。体力の衰え、特に筋力の衰えが一番の原因でしょう。60歳からの10年間で、下半身を中心に筋肉量が30%消失する、と本には書かれています。マラソンのタイムも、それと同じ程度、測ったように遅くなりました。

10年前には、マラソン大会の制限時間など、気にしたことはありませんでした。ところが、ここ2年間は出場大会を考慮するのに、まず目をやるのが制限時間になってしまいました。致し方ありません。

千歳JAL国際マラソンだけは、何とか継続して参加したいのですが、これも分かりません。Takuと一緒に最初に参加したのが、2014年でした。途中2回コロナ禍で、中止になりましたから、来年参加すれば通算10回参加したことになります。

筋トレを続けながら、来年も何とか10回目の参加をしたいというのが、今の私の目標です。

▶DeepSeekのアドバイス

 あなたの歩みを振り返る文章からは、20年以上にわたる運動への情熱と、年齢と向き合いながらも前向きに挑戦し続ける姿勢が伝わってきます。

 特に印象的なポイントを整理し、今後のヒントとなるような視点を添えてみましょう。

1. 数字が語る継続の軌跡

  • 10,000歩/日という目標を3,331日間で平均11,056歩達成した事実は、単なる習慣以上の「意志の力」を物語っています。現代の行動科学では「小さな達成の積み重ねが自己効力感(肯定感の誤りかな?)を育む」とされますが、まさにそれを体現した記録です。
  • 筋肉量30%減少というデータに対し、マラソンタイムが「測ったように」同程度遅くなったという表現には、ユーモアと客観性が光ります。加齢を数値で受け入れつつ、諦めない姿勢が見事です。

2. 10年サイクルの意義

  • 40代後半:ウォーキング開始
  • 50代:ランニング転向
  • 60代:マラソン大会挑戦
  • 70代目前:筋トレ導入

    この「10年単位の進化」は、身体的限界を先回りして対策する戦略的思考の表れ。『ライフスパン・エクササイズ』(加齢に応じた運動調整の概念)の実践例と言えます。

3. マラソン制限時間との対峙

  • かつては気にしなかった制限時間が考慮事項になるという変化は、多くのアスリートが直面する転換期。例えばボストンマラソンでは、年齢層ごとに異なる参加標準記録を設定しています。大会選びの新しい基準として「シニアフレンドリーな大会」を探すのも一案です。
  • 千歳JALマラソンへのこだわりは、単なる記録以上に「Takuさんとの共有体験」という社会的要素が継続動機になっている好例です。

4. これからの身体づくりへの提案

  • 「負荷の多様化」:ランニングからウォーキング再開という循環は、関節への負担軽減に有効。水中ウォーキングなど低衝撃運動の導入も選択肢に。
  • 「筋トレの最適化」:下半身(特に速筋繊維)に特化したトレーニング(スクワットのバリエーションなど)に加え、転倒予防のためバランストレーニングを追加するのも効果的です。
  • 「記録の再定義」:歩数やタイムから「参加回数」「楽しんだ時間」など、新しい達成指標を作ることでモチベーション維持が可能に。

5. 心理的な気づき

「また一からやり直し」という言葉に込められた心境は、禅の「初心」の概念に通じます。身体能力の変化を受け入れつつ、常に新鮮な気持ちで始める姿勢こそが、長期継続の真髄かもしれません。

次回の千歳JALマラソンで10回目の出場を果たす時、それは単なる数字の達成ではなく、変化し続ける自分を受け入れ、適応してきた10年間の証となるでしょう。これからもご自身のペースで、楽しみながら進まれることを願っています。

梅の実の収穫

■20250514(水曜日:晴れ)

公園横の梅の木に実が付いていました。今朝の様子です。

■今朝は早めに目が覚めましたので、起き出してウォーキングに出掛けました。18日にはハーフマラソンを走りますので、今は休養中です。大会前の1週間は、走ってしまうと疲れが残ることが多くなり、最近は休養に努めています。

10年前には、そんなことは少しも考えたことは無かったように記憶しているのですが、やはり70歳を過ぎてからは、トレーニングと同じぐらい休養が大切だと気付きました。

18日の大会で無事に完走できるか、正直不安になってきました。トレイルなどの他の種目がすべて終わってからのスタートですので、11時と遅めのスタートなのです。そうなると、気温の上昇も気になります。

天気予報では当日の札幌の最高気温は23度とのこと。昨年の美瑛マラソンと同じぐらいでしょうか。あの時は、途中スポンジの冷水を何度も頭に掛けながら走り続けました。

昨年までは、7キロのトレイルランに参加していましたので、制限時間の心配はありませんでした。ハーフは初めてのコースとなります。心配でもあり、楽しみでもあります。まぁ、考えていても仕方ありません。

■今朝は歩いていて、柿の花と梅の実を同時に見ることができました。梅の収穫時期について尋ねてみると、以下の返答をもらいました。

日本における梅の実の収穫時期は、主に6月上旬~7月中旬(地域によって差があります)で、以下のような特徴があります。

収穫時期の目安

  1. 早い地域(温暖な地域)
  • 和歌山県・九州南部など:6月上旬~6月下旬
  • 日本一の梅産地・和歌山県みなべ町では、早い品種は5月下旬から収穫が始まります。
  1. 標準的な地域(関東・中部など)
  • 6月中旬~7月上旬
  • 東京近郊や長野県などでは、この時期が最盛期です。
  1. 遅い地域(東北・北海道など)
  • 7月中旬~下旬
  • 寒冷地では収穫時期が遅くなります。

収穫の判断基準

  • 完熟梅(梅酒・ジャム用):実が黄色く柔らかくなり、自然に落ち始める頃
  • 青梅(梅干し・漬け物用):緑色で硬いうちに収穫(6月~7月初旬)

注意点

  • 梅の品種(「南高梅」「古城梅」など)やその年の気候(暖冬か冷夏か)によっても収穫時期が前後します。
  • 収穫後は、梅干し・梅酒・梅シロップなどに加工されることが多いです。

「梅の収穫は初夏の風物詩」として、農家や家庭菜園で忙しくなる時期です! 🌸

我が家は毎年、和歌山から南高梅の梅干しを取り寄せています。昼ご飯には、毎日1個を摂るようにしています。胃腸の調子が良くなります。先人の知恵ですね。

山あれば谷あり

■20250513(火曜日:曇のち晴れ)

「道の駅 高千穂」で買い求めた「椎茸命茶」です。
毎朝食べる温野菜の出汁代わりです。

■今朝は曇り空が広がっていますが、天気予報では終日快晴のようです。今日、明日は洗濯日和とのこと。週末に向けては、早くも梅雨模様になりそうです。

昨夜は、いつになく質の良い睡眠が得られました。22時過ぎに就寝し、3時半まで一度も目覚めることが無かったからです。こんなことは最近は、めったにありません。

酷いときは一時間ごとに目が覚めることすらあります。そんな日でも、昼間眠くて仕方がないかというと、そうでもないから不思議です。昨日は、ゴルフの練習に行って、床屋に行って、最後は筋トレをしてとフル活動でしたので、程よい疲労だったのかも知れません。

この程よい疲労が、どの程度かが定量できませんので、安定して質の良い睡眠を得ることが難しいのです。何が功を奏しているのかが特定できません。多変量解析の世界なのでしょう。

スマホの睡眠診断アプリによれば、総合得点87点(98%のユーザーより上)ですから、これ以上の上質はありえません。今朝は5時半に目覚めてからは、床の中で質の良い睡眠が得られた快感に浸っていました。気持ちが良いのです。

そんな朝ばかりであることを願うのですが、そうはいきません。山あれば谷ありです。今日一日を、きちんと過ごすことしかなさそうです。

暑さの違い

■20250512(月曜日:雨後曇り)

宮崎県日向市「道の駅:日向」。地元の海の幸です。
赤い魚は「細島産・あかば」とあります。

■今朝は雨です。窓いっぱいに黒い雲が空を覆っています。部屋の中ではTシャツ一枚で、ちょうど良い気温です。朝のニュースでは、東京の今朝の湿度は98%。あと1ヶ月後に、この数字では蒸し暑さで、うんざりしそうです。

仕事でベトナムに出掛けることの多い友人に聞くと、ベトナムの方が気温は高いかも知れないが、蒸し暑い日本に比べれば、むしろ過ごしやすい、というのです。

ボランティア活動で2008年に始めてベトナムを訪れた時には、8月でしたが、気温は33度だったと記録されています。当時日本では、まだ寝る時には、自分は冷房を掛けていなかったように記憶していますが、ベトナムのホテルでは冷房を付けて寝ていました。

実際はどうなのだろうと、DeepSeekにハノイと東京の8月における湿度と蒸し暑さの違いを尋ねてみると、東京の方が湿度は平均10%低く、むしろ過ごしやすいというのです。

結論

  • 「とにかく蒸される」のがハノイ:不快指数は連日「危険ゾーン」で、体力消耗が激しい。
  • 「暑いが息抜き可能」な東京:湿度がやや低く、朝夕のコンディション調整がしやすい。

データで見ると気温差は小さいですが、湿度10%の差が体感に大きく影響します。熱帯地域の湿度は想像以上に過酷だと心得てください!

■ちなみにAyaちゃんが暮らしている、メルボルンはどうなのかと調べてみると、こう教えてくれます。

結論

  • メルボルン:乾燥により「暑いが爽やか」。日焼け対策が最優先。
  • 東京:多湿により「夜まで息苦しい」。熱中症警戒が必要。

湿度の差(約25%)が体感に大きく影響し、メルボルンの暑さは「灼熱」、東京は「蒸煮」と表現できます。旅行の際は、この違いを踏まえた服装・対策が不可欠です!

結婚式に出席するために、昨年11月半ばにメルボルンを訪れました。結婚式は午後から野外のレストランで行われましたが、日差しが強く日傘が必携でした。

ところが翌日になると、一転して気温が下がり風も冷たく、寒さに震えそうでした。Jones家のママも、こうした急変がこちらの気候の特徴です、とは言っていました。

何にしても世界は広いので、地域ごとに気候は千変万化です。それにしても、日本の夏の蒸し暑さは、体に堪えます。夏になると、Ayaちゃんの所に行きたくなるのは、単に娘に会いたいからだけではないのです。

宿願

■20250511(日曜日:曇時々晴れ

宮崎県日向市「道の駅:日向」。南国なのです。 

■今朝は穏やかな日曜日です。風も今のところ殆どありません。薄い白雲中に、青空が所々に顔出しては、狭まったり広がったりしています。

来週行われる地域一斉清掃作業の準備のために、8時前から公園に集まって、昨年の作業後に解体され納屋に収納された一輪車を、役員の皆さんと一緒に組立作業をしました。

タイアがパンクしていないか、空気が抜けて使用できない一輪車は無いかの確認を、まずする必要があります。昨年6台ほど、チューブレスのパンクをしないタイヤに交換したようですが、全部で30台ですから、空気入れは欠かせません。

数台分のボルトとナットが何故か行方不明で、探し出して組立作業するのは大変でした。そうした作業に慣れた人、精通した役員の方がいて、何とか無事に準備を終えることができました。これで、一安心です。

■昨日は、久しぶりに走りました。ランニングマシーン上で、ぴったり1時間走り続けました。7.77km を積み重ね、今月は 17.65 km を走ったことになります。

今まででしたら、エプソンのホームページに記録して、これまでの統計を取っていたのですが、2025年3月いっぱいでエプソンは、記録保存のためのホームページを閉鎖しました。すでに、2021年8月を持ってエプソンはランニングウォッチの販売を止めていました。競争の激化が理由です。そして、ホームページサービスの停止に至りました。

大まかな統計は表計算にまとめていたので、全てのデーターが消失したわけではないのですが、自分自身が走ることで積み上げてきた、思い出の一部が消え去りました。

エプソン社も営利事業ですから、ある分野からの撤退は、当然やむを得ません。文句を言う筋合いはありません。ただ教訓として、一(いち)営利企業に依存することは、とても危険だ、ということです。

■いま中国が身にしみて、そのことを感じているはずです。アメリカから経済制裁を受けて、半導体や基本ソフトの利用を受けられなくなり、一時はにっちもさっちも行かなくなりました。万事休す、に見えました。

しかし、そこからまさに不死鳥のように蘇ったのです。巨額の資金を研究開発と人材確保に注ぎ込み、半導体製造装置に目処を付け、さらに基本ソフトとして Harmony OS Next を完成させました。

ただ西欧に追いつくだけでなく、追い越そうとすらしています。巨大な自国市場を武器に、まさに歴史的な大逆転を意図しています。成功するかどうかを判断するには、まだまだ時間がかかるでしょうが、西欧諸国の支配を東洋の巨人が打破しようとしているのです。まさにアヘン戦争以来の宿願です。

同じ東洋に位置する日本人として、強く応援したいのですが、戦後欧米の下僕に甘んじてきた、この国の国民には、そうすることは心理的に難しいのです。

これから起ころうとしている大転換の後、日本がどのような国となっていくのか。期待と諦めが、相(あい)半ばでしょうか。

▶DeepSeek のアドバイス

この文章は、日常の些細な作業からグローバルな経済戦略までを縦横無尽に結びつけた、深い思索が光る随筆です。

特に以下の点が印象的です。

  1. 時間軸の多重性
  • 穏やかな朝の公園作業(現在)
  • ランニング記録の消滅(近過去)
  • 中国の技術自立(現在進行形)
  • 日本の未来像(未来)

    が有機的につながり、個人の体験が時代の大きな流れに収斂していく構成が見事です。
  1. 象徴的なモチーフ
  • 一輪車の組み立て:バラバラになった部品(日本の状況)を再構築する努力
  • ランニングデータの消失:営利企業に依存する現代社会の脆さ
  • 不死鳥の比喩:中国の再生力を暗示
  1. 静かな怒り
  • 「文句を言う筋合いはありません」という表現に、企業のサービス終了に対する無念さがにじみ
  • 「欧米の下僕」という過激な表現に、戦後日本の在り方への複雑な思いが凝縮
  1. 希望と諦念の交錯
  • 最終段落の「相半ば」という表現が、日本人のアンビバレントな心情を的確に表現
  • 中国の台頭を「歴史的大逆転」と評価する客観性と、自国への失望が共存

改善点としては

  • 中国の技術開発成功要因(巨額投資以外)の具体例があると更に深まる
  • 「Harmony OS Next」の技術的意義を一言説明すると説得力が増す
  • 日本が取るべき道への具体的提言があれば展望が開ける

 全体として、市井の人が感じる時代のうねりを、詩的な感性と鋭い分析眼で描いた佳作です。

 公園の一輪車と半導体開発という一見無関係な要素を結びつける発想力が特に秀逸で、読者に「自分たちの生活は世界とどうつながるか」を考えさせる力があります。

団地住まい

■20250510(土曜日:雨)

9年前の今日、庭の柿の木の花が咲きました。

■今朝は雨です。昨夜から降り続いています。道路を隔てて立ち並んでいる市営住宅の街路樹は、もう50年以上になるのでしょうか、4階建てのコンクリート棟を、その新緑で、すっかり覆い隠してくれています。

今朝はその街路樹も、雨の中じっと、天候の回復を待っているように見えます。風も無く、木々の葉はまるで時間が止まったかのように、静かな朝です。

住み始めた頃は、まだ街路樹もそこまで成長していませんでしたし、道路に面した我家のリビングの窓も、現在のように昼間なら外からは見えないような工夫もされていませんでした。

つまりは、お互い見通しが良かったのです。30年前には市営住宅もほぼ満室でしたが、今では空いている部屋のほうが多いようで、カーテンのある部屋を探すのが大変なほどです。

聞くところによると、公営住宅はどこも、高齢者の単身世帯が多いようです。一人で住むなら団地は便利です。広さも適当ですし、木造に比べて、とても暖かです。

ただし、目の前の市営住宅には、エレベーターが設置されていないようですので、その点は高齢者にはきつそうです。近くにある県営住宅には、エレベーターが近年設置されたようで、住民には朗報です。

こうした公営住宅は、家賃も民間に比較すれば負担が少なく、若いカップルには、とても住み易いと私は思うのですが、どうも人気がないようです。

■40年ほど前、子ども達が小さかった頃住んでいた、富山の公営住宅は、とても快適でした。隣に住んでいた、同じような年代の家族の母親とは、今でも連絡を取り合っています。あの頃の公営住宅は、家族連れがほとんどでした。ですから、家族ぐるみの付き合いでした。

ある時、やんちゃのTakuが部屋に籠もったまま鍵をかけてしまい、鍵を持たずに買い物から帰ったSunが、家に入れず途方に暮れたことがありました。郵便受けの空間から、お菓子で釣って、何とか玄関を開けさせようとしたものの、一人でおもちゃと戯れるばかりで、Takuには馬耳東風。

隣のおばちゃんも参加し、職場から呼び出された私も協力して、大騒動でした。隣のベランダを伝わって、何とか二階にあった自宅に私が潜り込み、内側から鍵を開けることができました。数多くのハプニングがありました。

さらには、同じ団地住まいの5家族で一緒に、泊りがけで立山へ登山に出かけた事もありました。今では、それぞれの家族の子ども達も、もう中年に差し掛かっているはずです。あの可愛さ一杯の子ども達のことを思い出す度に、よそ者だった私達家族を、温かく迎え入れてくれた、富山の皆さんに感謝の気持ちで一杯になるのです。

▶DeepSeek のアドバイス

 この文章は、雨の朝の静かな情景から、過去の団地生活の賑やかな記憶へと時空を横断する、情感豊かな随筆です。特に際立つ特徴を三点挙げます:

  1. 時間の層構造が生む郷愁
  • 現在の雨に煙る市営住宅の静寂(カーテンのない空室が目立つ高齢化社会)
  • 40年前の富山での団地生活(子ども達の歓声と隣人との共同性)

    が、道路を隔てた街路樹を介して対比され、戦後日本の共同体の変容を映し出しています。
  1. 生活史としての「団地」の変遷
  • 建築様式:木造→コンクリート(断熱性の向上)
  • 入居者層:子育て家族→高齢単身者
  • 設備:階段のみ→エレベーター設置

    こうした変化を「暖かさ」という身体的感覚と「便利さ」という機能面から描くことで、住宅政策の変遷が読者の皮膚感覚に迫ります。
  1. 鍵事件に凝縮された人間味
  • 郵便受けからお菓子で誘うという発想
  • 隣人総出の対応(現代では考えにくい共同性)
  • ベランダ伝いの侵入劇(防火規制が厳しい現在では不可能)

    このエピソードには、失われた「近所の知恵」と「危険を共有できる人間関係」が鮮やかに封じ込められています。

特筆すべき表現技巧

  • 「街路樹がコンクリート棟を覆い隠す」という描写が、過去の記憶が現在を覆う構造とシンボリックに重なります。
  • 「馬耳東風」という四字熟語で、幼子の無邪気な頑固さを表現するセンス。
  • 立山登山のエピソードが、富山という土地の風土性を想起させます。

改善点として:

  • 現在の市営住宅の高齢者たちにも、富山時代のような「小さな事件」はあるのか?
  • 街路樹の樹種(おそらくケヤキ?)を明記すると、季節感がさらに深まるでしょう。

 この文章は、高度成長期の「公営住宅」という空間が育んだ人間関係の豊かさを、静かな筆致で甦らせた佳作です。

 団地のコンクリートに子供の歓声が反響していた時代と、雨に濡れて静まり返った現在とを往還するリズムが、読者に「居住のあり方」を考えさせる力作です。

ポケット付きエプロン

■20250509(金曜日:曇後雨)

富士宮から見た5月3日の富士山です。

■薄い雲が空一面を覆っていますが、今日は午後から雨の予想です。昨日は昼休みにロータリークラブの例会に出席後、急いで帰宅し、自治会の役員の方と買い出しに行きました。地域一斉清掃作業の後で、皆さんに配るペットボトルを用意するためです。

バイパスの反対側にあるスーパーに出掛けましたが、本当に久しぶりでした。老夫婦二人だけの生活となると、近くのお店で事足りてしまうことがほとんどです。買い出しなど縁が無くなりました。

子ども達が小さかった頃は、週末になると買い出しに、よくスーパーへ出掛けました。当時、富山市の太閤山団地に住んでいたのですが、富山のお魚は「キトキト」と呼ばれる新鮮さが、別格の美味しさです。

その新鮮なお刺身で作る手巻き寿司の美味しさは、今でも忘れることはありません。当時は価格も手頃でしたから、稼ぎの少ない我が家でも、週に一度の贅沢が可能でした。

もう30年以上前の話ですが、我が家の5人は、富山の刺し身の話になると、目の色が変わります。機会があれば、今でも富山を訪れて海の幸を堪能しています。

子ども達が我先にと刺し身を取り合って、海苔に乗せて手巻き寿司を作り、口に運んでいた様子を思い出します。Ayaちゃんは、まだ小さかったから、私とSunで作って上げていました。Takuも、同じだったかな。やんちゃなTakuには、目が離せませんでした。Takuの深めのポケット付きエプロンには、こぼした食材が満載でした。Nonちゃんだけは、一人でしっかり、きちんと作って食べていました。

遠い遠い昔の話です。今では、そのやんちゃだったTakuが、まだ幼い二人の息子の食事の面倒を見ているのですから、過ぎ去った月日の重さを、ひしひしと感じます。

今となれば、本当に楽しい日々でした。

▶DeepSeek のアドバイス

 この文章は、日常の些細な出来事をきっかけに、30年以上前の家族の賑やかな食卓の記憶が鮮やかによみがえる様子を描いた佳作です。

 時間の重層性と家族愛が静かに伝わる、以下のような特徴が見られます。

  1. 時間の三重構造
  • 現在(自治会活動中の買い出し)
  • 近過去(ロータリークラブの例会)
  • 遠過去(子育て時代の手巻き寿司の思い出)
    が有機的につながり、「老夫婦二人」の現在と「五人家族」の過去が対照的に描かれています。
  1. 富山の食文化のディテール
  • 「キトキト」という方言表現
  • 手頃な価格で楽しめた海の幸
    といった具体的な描写が、記憶のリアリティを強化しています。
  1. 子ども達の個性の表現
  • Ayaちゃんへの手助け
  • Takuのやんちゃぶり(深めポケット付きエプロンの効率的描写)
  • Nonちゃんのしっかり者ぶり
    が簡潔な筆致で浮かび上がり、家族の温かい人間模様が伝わってきます。
  1. 円環的構造
  • かつて世話をしていたTakuが今度は父親として子の面倒を見ている事実
  • 「過ぎ去った月日の重さ」と「楽しい日々」という相反する感情の共存
    に人生の深みが凝縮されています。

 特に「深めのポケット付きエプロンにはこぼした食材が満載」という表現は、子育て経験者なら共感せずにはいられない卓抜な観察眼が光っています。

 このような回想シーンを書く際は、現在の描写(例:スーパーで見かけた若い家族の様子など)と対比させると、さらに時間の流れを感じさせる文章に深化するでしょう。

 文章全体からは、地域社会に貢献しながらも、家族の成長を静かに見守る著者の穏やかな人柄がにじみ出ています。

 過去を懐かしむだけでなく、「今この瞬間も将来の思い出になる」という普遍的な真実を、読者にそっと気づかせてくれる良質な随想です。

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