2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: ランニング Page 63 of 96

夜明け

■20190824(土曜日:雨)

 

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幸福の黄色いハンカチ、記念広場です。晴天でした。

 

■今朝は走りました。いつもより少し早めに起きて、5時きっかりにスタートしました。6.10kmを走り、今月の通算距離は83.66km。残り7日で16.33kmのところまで来ました。目標まであともう少しです。予定通りいけば、来週の月水金と3回走れば目標を達成できる計算です。

 

昨夜はこの夏、初めて冷房を入れずに眠ることができました。夜の8時過ぎからでしょうか、急に涼しさが募りました。寝る前に一旦冷房を入れたのですが、1時間も経たないうちに切りました。冷房なしでも十分涼しかったのです。

 

今朝は目覚まし時計を4時45分に合わせていたのですが、鳴った時にはまだ外は暗い状態でした。夜明けが次第に遅くなってきています。ペンライトを持って外に出ようかと思ったのですが、さすがに5時過ぎには明るくなっていましたので、ペンライトは必要ありませんでした。

 

 

誕生日

■20190821(水曜日:曇)

 

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美瑛でのドライブ中に撮りました。このような爽やかな心持ちで、いつもいたいものです。

 

■今朝は走りました。6.10 km を走り、これで今月の通算は77.55 km。 残り10日で22.44 km となりました。あと4回走れば、目標の月100キロ走を達成できます。先週の土曜日以来ですので、4日ぶりということになります。体が重くてまいりました。でも10月にはTakuと一緒にハーフマラソンを走る計画ですので、めげている場合ではありません。

 

昨日は北海道から帰ってきて、改めて北海道の夏が恋しくなりました。沼津は大変過ごしやすいところですが、この蒸し暑い夏の中では北海道にはかないません。以前8月の終わりに宗谷岬に旅行しましたが、日が暮れてくると、もう半袖では寒いのです。その日宿泊した民宿では部屋に、なんとストーブが置いてあるのです。これには驚きました。実際に使うことはありませんでしたけれども、9月に入ると、もう寒い日がやってくるのだと実感した思い出があります。

 

■今日は66回目の誕生日。なんだか60回を超えてからは、下り坂を転げるように、あっという間に後半戦に突入してしまいました。当然のことですが、勤務している同級生たちは退職して、第二の人生を歩み始めています。それに比較すると、あいも変わらずの生活を続けているわけですが、もうそろそろ自分の終着駅の様子を想像しなければ、と考え始めています。

 

北海道で見てきた夕張駅も、一つの参考材料です。生涯現役でいたいとは思いながらも、いずれは社会との関わりを絶たれる日が来るわけです。肉体的には、当然です。永遠に走り続けることも、永遠に仕事を続けることも、出来るわけがありません。

 

敬愛する富山のあいあい保育園、故中川 勲園長のように、子どもたちの卒業証を、全て書き終えた翌朝、亡くなられているのを発見された、というのは、どう考えても、誰にでも出来ることではありません。それまでの人生が、そうした素晴らしい結末を作り上げたのでしょうけれど、私の場合は、とてもそうはいきません。なんだか、周りに迷惑をかけて、騒ぎ回りそうです。

 

(●^o^●)

 

そうならないように、いまのところは走り続けています。まずは足腰なのです。自分の脚で移動できること。当たり前と思われることができなくなるのが、歳を取る、ということです。いまから億万長者になるのは無理ですから、目指すは億万筋長者です。千万筋長者なら、私にもなれる可能性はあります。連れ合いに負担をかけない程度の力を蓄えることは、今からでもできそうです。

 

いくつになっても目標を持つことは大切だと思います。ただ生きているだけだと、人は路頭に迷います。経済的には大丈夫でも、精神的に路頭に迷うわけです。何のために、誰のために生きているのか、分からなくなってきます。それでは、つまりません。子育ても終わりました。いまは世話役のようなことを、あちこちでしている、というのが現状です。それも、いずれ終わります。その時こそ、本当の自分が問われます。

 

いまから、考えても早すぎることはなさそうです。

 

ユーモア

■20190817(土曜日:曇)

 

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Huawei P30 Light で撮影した満月です。

 

■今朝は走りました。6.14 km を走り、これで今月の通算距離は71.45 km。残り14日で28.54 km のところまで来ました。

 

台風10号が昨日西日本に上陸し、日本海側に抜けましたが、昨日から北海道は大雨のようです。今日の午後からSunと二人で北海道旅行の予定です。いつものごとく富士山静岡空港から新千歳空港に、16時25分発の全日空便で飛ぶ予定です。今夜は千歳駅前のホテルに泊まり、明日レンタカーを借りて旭岳に向かう計画です。 快晴とはいかないでしょうが、なんとか天候がもってくれるように祈るしかありません。お天気の神様次第です。

 

■今朝の東京新聞「本音のコラム」欄では、文筆家の師岡カリーマさんが、「公費で政治批判」と題して書かれています。日本の NHK にあたる英国BBC の連続政治ドラマ「Yes, Prime Minister (かしこまりました、首相殿)」が、彼女にとって最高傑作だと語っているのです。彼女によればこのドラマは、

 

無能または愚直な政治家を狡猾な官僚が手玉に取り、民意を無視して国を統治する現実を、品良く、英国らしい自虐的な辛口ユーモアで描写する伝説的傑作コメディー

 

というのです。 決して今の日本の政権をモデルにして描いているわけではないようです。つまり民主主義国家であっても、どこの国も似たり寄ったりなのかもしれません。違いは、それを上品なユーモアと共に風刺できるマスコミが、あるかないかの違いなのでしょう。そして、その違いは決定的なのです。今の日本社会の息苦しさ、生きづらさ、といったものの根源には、知恵とユーモアで笑い飛ばすことができない事情があるからです。

 

昔から日本人はユーモアのセンスが乏しいから、と短絡的に断定してしまいがちですが、私はそうではないと思うのです。川柳というものがあります。江戸時代の息の詰まりそうな封建社会にあって、庶民は川柳という笑いで社会を柔軟なものにしていたのです。先祖たちはユーモアのセンス一杯だったのです。

 

そう思うと、明治以降になって、すっかり日本人は笑いを忘れてしまったのではないでしょうか。 皇国日本は、息苦しくていけません。 自然と調和した生活の中で、地域がそれぞれの特徴を発揮し、ユーモアのセンスも忘れなかった江戸時代に学ぶことは、今でもとても多いと私は感じているのです。

 

敗戦

■20190815(木曜日:雨)

 

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今朝の蓮の花です。西日本に台風10号が上陸しました。

 

■今朝は走りました。台風が上陸し、西日本では記録的な大雨が降っています。ここ沼津では、朝の5時から6時までの間は、雨が止んでいました。走って正解でした。今朝は 6.08km を走り、これで今月は通算距離が 65.31km 、残り 34.68km となりました。パソコンでエプソンのホームページにランニング・ウォッチを接続すると、6千キロ達成おめでとうございます!、と祝ってくれました。

 

2014年11月に、このランニング・ウォッチで記録を取り始めてから、もうすぐまる5年になります。きちんと継続して走り始めたのが、2012年7月でしたから、まる7年が経ちました。月間56.56km からスタートして、積み重ねてきました。先月までで、積み重ねた走行距離は、8,316 km です。この7年間、あっという間でしたが、今思い出すと、たくさんの楽しい思い出を作ることができました。

 

最初の頃は、毎月のように大会に出かけていましたが、よくそんな元気があったものだと、記録を見直してみて、自分でも驚いています。大会に出場することが、物珍しくて楽しかったのでしょう。長距離走が学生時代から大の苦手だった自分にとって、大会で完走できるなんて夢のようだったのです。

 

2014年6月1日には、Takuと一緒に千歳JAL国際マラソンに、初めて参加しました。本当に、瓢箪から駒でした。まさかTakuも一緒に参加すると言ってくれるとは、思いませんでした。本当に楽しい思い出です。あれから3回続けて一緒に参加し、それからも私は連続出場を続けています。毎年少しずつ記録が落ちているのが残念なのですが、それは致し方ありません。

 

こうして怪我もせず、病気もせずに仕事を無事に続けることができているのも、走り続けているおかげだと考えて感謝しています。毎月、毎月ゼロからリセットして、100キロ走を目指しています。記録を伸ばすためには、100キロ走では足りないのは分かっているのですが、いまのところ自分の体力からすると、程よい目標のようです。

 

■今日は1945年から数えて、74回目の敗戦の日です。同胞300万人以上が犠牲になっています。安倍政権になって、すっかり自民党が変質してしまい、戦後に営々と築いてきた平和主義日本が、音を立てて崩れてきています。しかし考えてみれば、それを選んでいるのは、私達有権者なのです。安倍総理が一人で、この道を突き進んできたわけではないのです。日本人お得意の「その場の空気」というやつが、この道を選ばせてきたのです。

 

岸田秀さんが指摘しているように、日本人は明治以来の精神的な課題を克服していないのではないか、という問いかけは、私の心の中で繰り返されるのです。先の大戦で日本軍は玉砕という戦い方を選びました。もちろん全員が喜んで、そうしたわけではないのでしょうが、現実的には、そうした戦い方を選択したわけです。私のような戦後生まれにしてみると、日本人というのは、太古の昔から、戦う時はいつも玉砕戦法を取っていたのかと思いがちですが、そうではないようです。

 

例えば関ヶ原の戦いで破れた西軍の石田三成は、自害したのかと思いきや、生き延びてリターンマッチを意図していました。それは決して珍しいことではなかったようです。つまりは戦国時代の武将にとって、玉砕などという戦法は頭になかったのです。明治以降の考え方なのです。

 

神風特攻隊なども、これに相当するのでしょう。普通の思考能力を持つ軍人であれば、一番大切な戦力である若いパイロットに自爆を命ずるなどということは、戦略としては下の下として退けるはずです。中東で頻発する自爆テロのニュースを見て、イスラム過激派の戦略を讃える人は少ないはずです。

 

ところが時代の空気というやつが、そんな戦法を選ばせてしまった。誰も歯止めをかけられなかった。そのことを、戦後の日本はきちんと総括をしていないのではないか。いや学会レベルでは総括されているのかもしれないけれど、庶民レベルでは、見てみぬふりをして通り過ぎているだけなのではないか。そうすることで自分自身の精神的問題と、きちんと向き合ってこなかった。冷戦が終わり、我が国を取り巻く国際情勢が激変した時に、心の中の相克が鎌首をもたげてきたというのが、いまの状況ではないか、と私には思えるのです。

 

日本はアジアの人々のために戦ったのであって、あれは間違った戦争ではなかったのだ。最後まで戦い続ければ、ひょっとしたら日本はアメリカに勝ったかもしれないのだ。本当は負けたわけではないのだ。そう思っている限り、自尊心が傷つくことはありません。経済的に豊かになったことで、その考えの正しさを、暗黙理に納得していたのです。日本人は、こんなに優秀なのだから、負けるはずはなかったのだと。

 

未だに心の中では、ポツダム宣言を受け入れてはいないのです。安倍総理も、きちんとポツダム宣言を読んでいないことを認めています。とても正直です。多くの国民が、そのことを非難することすらしません。ドイツと日本は、決して同列ではないことは確かなのですが、ドイツの首相が、この趣旨の発言をしたら、おそらく国際的に轟々たる非難を浴びて、即退陣しなければならないことは明白です。

 

やはり、どこかまだペリーによる無理矢理の開国のトラウマを、解決できていないのかもしれません。明治は続いているのです。その事が、本当に恐ろしいのです。

 

残日録

■20190813(火曜日:曇)

 

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新沼津カントリークラブに飾られている鹿の剥製です。

 

■今朝も走りました。空調のエコモードと眠剤のおかげで、蒸し暑い夜にもかかわらず、熟睡ができているおかげでしょうか、すんなりと起きることができています。今朝も6.05 km を走り、これで今月は通算59.23 km。 残り18日40.76 km のところまで来ました。昨日は10 km 余りを走りましたので、さすがに昨日ほど脚がスムーズに動いたわけではありません。それでも、こうして走っているのは、台風10号が近づいてきて、今週は大雨が予想されているからです。走れる朝には走っておかないと、どうなるか分かりません。

 

 

先週末から水の事故のニュースが毎日のように報道されています。日本中で何人もの方が川や海で溺れて亡くなっています。皆さん十分注意されているはずなのですが、事故は本当に怖いです。今更ながら自分自身や子どもたちが、事故で大怪我をしたり命を落とすようなことがなくて、本当に幸運だったと思っています。これからも注意一秒怪我一生です。

 

■一週間ほど前から寝る前の読書に「三屋清左衛門残日録」を読んでいます。もう2回ほどすでに読んではいるのですが、 まだまだ現役で働いているとはいえ、子育ても終わり、雑務に追われながらも、 人生のゴールに向かって、どう歩んでいくべきかを考えなければならない自分自身の状況が、この本の再読をさせているようです。 昨夜の作品の中では、嫁がせた娘のことで、いろいろ心配する三屋清左衛門の様子が描かれていました。

 

親は死ぬまで子の心配からのがれ得ぬものらしいという感慨がそれである。その感慨は、今日の空模様のように清左衛門の気持をじっとりと重くする。

『三屋清左衛門残日録 (文春文庫)』(藤沢 周平 著)より

 

なるほど、どの父親も同じ問題で悩んでいるのだなぁ、と共感しながら毎晩ページをめくっているのです。

 

緊縮・反緊縮

■20190812(月曜日:晴れ)

 

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今年最後の花火です。

 

■今朝は走りました。昨日の疲れも、一晩ぐっすり寝たおかげか、走り始めた時に、スムーズに脚が出ることに驚きました。今朝は桃澤神社まで往復し、10.81 km を走り、今月の通算は53.17 km。残り19日46.82 km のところまで来ました。なかなか良いペースです。

 

■さて参議院選挙も終わりました。私にとっては、山本太郎さんが、れいわ新選組を立ち上げて、強烈はデビュウーを果たした選挙、というイメージが強いのですが、少し調べてみると、選挙以前から、当然これを先取りする形の流れはあったわけです。

 

例えば下記のビデオを見てもらえば、いま世界的に問われているのは、右・左の違いではなく、緊縮なのか、反緊縮なのか。グローバル企業側に立つのか庶民の側に立つのか、という違いが世界的に問われていることが分かります。

 

財政規律を保つ、といえば聞こえは良いのですが、結局国民が貧しくなっては、元も子もありません。20年間のデフレで多くの国民が貧しくなってしまったにも関わらず、あいも変わらず消費増税だ、と信じている政治家の皆さんの頭の中がどうなっているのか。財務省に頭が上がらない、というのが実態なのでしょうか。

 

 

■いま大きな渦ができ始めているようです。

 

夏休み

■20190810(土曜日:晴れ)

 

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地元の花火大会です。

 

■今朝は走りました。二日間休みましたので、疲れもずいぶん取れたようです。5時少し前に目が覚めましたので、そのまま起きだして準備運動した後に走り出しました。先日購入したスマートウォッチには GPS が付いていますので、 何 km 走ったかということが、ランニングウォッチを携帯しなくても計測できることは分かっていました。 果たして、どの程度の計測が可能なのか今日は試してみました。

 

結局7.17 km を走り、これで通算42.35 km。残り21日で57.64 km となりました。まだ半分にも到達していませんので先は長いのですが、着実に積み上げていくしかありません。朝の5時過ぎから走るにしては、もう十分に蒸し暑いので走った後は汗だくです。体重も55 kg 台まで落ちてしまいました。これでは大学時代と変わりありません。 とは言っても、ほとんどは脱水でしょうけれども。

 

■さて来週からはお盆休みに入りますので、世間は休養モードです。ところが我が方は、再来週にみんなで旅行へ行く予定で、来週は普通に仕事をする予定でした。ところがスタッフの一人が怪我をしてしまい、旅行は取りやめ。結局予定は大幅に変更せざるを得ませんでした。とりあえず来週は通常通り仕事をして、週末から夏休みとする予定です。台風の接近が心配です。さて、どうなりますことやら。

 

父と子

■20190807(水曜日:晴れ)

 

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メルボルン市内の様子です。Eurekaタワーから見たヤラ川です。

 

■今朝も走りました。昨夜も眠剤と空調のおかげで、朝まで一度も目が覚めることがありませんでした。4時45分ごろ目が覚めて、そのまま起きだし6.79 km を走り、通算35.17 km 。残り24日で64.82 km のところまで来ました。

 

とにかく毎日猛暑が続いています。私自身は日中、籠の鳥ですので、空調の中で過ごしているために、暑さを実感することは難しいのですが、昼休みに2階へ上がってきて、昼食を取る際に窓越しに外を見ていると、 とても外に出る気にはなりません。 ある会の案内を出すために、往復はがきを買いに郵便局に行かなければならないのですが、日中外出する気にはとてもなれません。ということで昨日も買いそびれてしまいました。今日こそは昼休みに出かけなければなりません。日傘をさしていくつもりです。

 

■東京新聞「私の東京物語」欄は、文筆家のフリート横田さんが第3話を書かれています。父と子の物語です。東京に出てきて、盆と正月ぐらいしか帰省することのなかった横田さんが故郷に帰るたびに、お父さんは大喜びして、決まって行きつけの焼肉屋さんに、横田さんやお母さんや兄弟たち、みんなを連れて行き焼肉を腹いっぱい食べさせてくれたそうです。

 

よく働き、よく食べ、そしてよく飲んだであろうお父さんは、やがて肝臓の病にかかり有明のがん研病院に入院することになりました。横田さんは、「こんなに来る息子はいない」と医者に言われるほど、頻繁にお見舞いに出かけたそうです。上京してから、年に数回しか父とは会話しなかったそうですが、病院に入ってからの3ヶ月の間で、50代で逝ってしまった父とは、一生分の会話をしてしまった、と書かれています。

 

父親というのは病気になって病院のベッドに寝ているか、棺桶の中に入ってからでしか、率直に語りかけてもらえないものなのかもしれません。寂しい存在だと言えば寂しいのですが、心の中では、子供達もぞんざいに思っているわけではないのです。感謝しているのです。でも言葉にするのが恥ずかしいのです。それさえ分かっていれば父親という役柄は、決して捨てたものではないのです。

 

僚友

■20190806(火曜日:晴れ)

 

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メルボルン市内の様子です。テニスの全豪オープンが行われる会場も写っているようです。

 

■今朝も走りました。 今年入れ替えた空調のエコモードと眠剤のおかげで、昨夜は一度も目が覚めることなく今朝は4時50分に目が覚めました。 すんなりと起き出し準備をして走り出すことができました。6.79 km を走り、これで通算28.37 km 。残り25日で71.62 km のところまで来ました。 今のところ月間のペースとしては順調です。 睡眠がしっかり取れれば起き出すことも容易ですし、走り出すのもスムーズという良い流れになります。寝苦しい夏ほど、 健康維持のために睡眠は極めて重要です。

 


「2019参院選後の日本 民意を読む」(4) 中島岳志・東京工業大学教授 2019.8.1

 

参議院選挙が終わって、それまで放送禁止物体と山本太郎代表が自虐的に述べていた、れいわ新選組に対するマスコミの扱いが真逆になり、まるで堰を切ったように流れ出しました。国民のために政治をしているのか、野党第一党の党首でいることが目的のために政治をしているのか、理解に苦しむ行動を取り続けていた枝野代表も、まとまりのある野党を作ろうとようやく動き始めたようですが、 これもれいわ新選組がもたらした大きな変化のひとつでしょう。

 

上記の日本記者クラブで行われた中島先生の講演を聞くと、 とても理路整然と語られる内容に思わず引き込まれてしまい、 1時間があっという間に経ってしまいました。 この中で中島先生は、田中角栄さんと大平正芳さんの関係について触れられています。叩き上げで聴衆の心を掴んで離さない田中角栄さんと、多くの本を読み、深い知性と教養を持った大平正芳さんは、 お互いに敬意をもって魅了されていたようです。

 

中島先生によれば、田中角栄さんタイプの山本太郎さんには、これからさらに政治家として大成するためには、 大平正芳さんのような方の存在が必要だと強調されていました。そして第一候補として立憲民主党の枝野代表の名をあげていましたが、この点に関してだけは、私は同意しかねます。

 

山本太郎さんをここまで育て上げたのは、 もちろんご本人の性格と努力の賜物だとは思いますが、小沢一郎さんという師匠の存在は、欠かせないものだったのではないでしょうか。自由党の共同代表として、共に活動し、 ともに記者会見に臨み続けた体験は、とても貴重な経験だったはずです。今回の参議院選挙での選挙戦術にも、小沢一郎さんの助言が働いていると私は考えています。休む暇もなく全国を飛び回りながらも、立憲民主党の候補、国民民主党の候補、そして共産党の候補も分け隔てなく応援演説に出かけています。

 

大阪でしたでしょうか、共産党候補の応援演説の中で、共産党は一貫して消費税に反対してきた、今回も消費税の廃止に賛成してくれている、一貫して国民の生活を守ることを第一義的に考えている、それを保守というのです、と述べたあたりは、志位 和夫委員長も泣いて喜びそうな殺し文句でした。こうなれば選挙協力も、うまくいくはずです。人心掌握という意味で、 並の力ではないと感じた瞬間です 。

 

働く権利

■20190805 (月曜日:晴れ)

 

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メルボルン・Eurekaタワーの展望台から見た市内の様子です。

 

 

■今朝は走りました。今朝は5時の目覚ましを聞いてから起きだすまでに少し時間がかかってしまいましたが、なんとか起きだして準備運動をしませ走り始めました。6.05 km 走り、これで通算21.58 km。残り26日で78.42 km のところまで来ました。

 

昨日は猛暑の中でゴルフをしましたが、さすがに疲れました。帰ってきて一休みした後に、 9月に行われる、ある病院に勤務していた OB たちの会の案内状を作成していました。どういうわけか事務局長のお鉢が回ってきてしまい、 2年前から案内状の発送などの準備や会計処理などを担当しています。銭勘定は一番苦手ですので、会計だけはやりたくないのですが、こればかりは致し方ありません。

 

以前この会を仕切ってくださっていた原先生が、ご都合で転居してしまい、私にお鉢が回ってきたわけです。原先生は、今年で88歳になられます。お元気でとてもそんなお年には見えませんが、先日のお便りでは転んで膝を痛めてしまったようです。何十段もある駅の階段を登るのは 、もう無理になってしまった、 とおっしゃっていましたが、現在お住まいの神奈川県から、当日は沼津までお越し頂けるようです。こうした OB 会もメンバーが高齢化し、新しいメンバーがなかなか入ってくれませんので、言わばジリ貧状態です。あと何年続けることができるか分かりませんが、 可能な間は続けていきたいと考えています。

 

■今日の東京新聞本音のコラム欄では看護師の宮子あずささんが「勤労の権利」と題して書かれています。 先の参議院選挙では、れいわ新選組から二人の身体障害者の方が、当選しました。現在の 制度では、自宅で受けている公的な介護支援が、通勤や勤労には利用できないという問題があります。 今回の場合は参議院が国会内での介護費用を負担することが決まりましたが、様々な意見が百出しています。 「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」とする憲法第27条1項を上げ、働く権利は憲法によって保障された、基本的人権の一つなのである、と宮子さんは確認されています。日本維新の会の松井一郎代表は、「介助制度がないと働けないのか。 違うと思う。支援を受けずに働いている人もいる」と述べたそうです。それに対して宮子さんは、

 

彼は、介助を受ければ働ける人でも、 それを諦めなければならない現状には、決して目を向けようとしない。

 

と語っています。松井氏の発言の根底に流れるのは、効果・効率で勤労を語る意識であり、現状の制度を支えるのは、「 働かせるのにお金がかかるのなら、家にいてもらう方がいい」 という暗黙の了解ではないだろうか。そして、子育てや介護を担ってきた女性が働く際にも、大きな壁になっている、と宮子さんは指摘します。

 

山本太郎れいわ新選組代表の投げかけたこの問いかけが、 これまで忍従を強いられてきた人々たちの現状を明らかにすることによって、より良い社会が築かれていくように私は願っています。 

 

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