2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: ランニング Page 74 of 96

全域停電

■29181109(金曜日:曇)

 

ハノイにあるスーパーマーケットで売られていたフランスパンです。30センチほどの長さのパンが、一個 25 円ほどです。

 

 

■今朝は走りました。昨日走りましたし、夜はロータリークラブの沼津四クラブ合同例会があり、100名以上の仲間と楽しいひと時を過ごしました。私はカメラマンに徹して、みなさんが楽しそうにしている様子を撮って歩き回りました。大先輩も若い会員もいるところが、良いところです。

 

 

今朝は3時半頃目が覚めて、再度寝たのですが、5時に起きた時には、疲れもあったのか、なかなか起き出すのが大変でした。もう今朝はこのまま休んで、明日走ればよいか、とも思ったのですが、とにかくゆっくりで良いから、と自分を言い聞かせて起き出しました。

 

 

3キロまでは体が重くて辛かったのですが、そこを過ぎるとスムーズに脚が前に出るようになり、気持ちよく走ることができました。そこまで行くのが大変なのです。6.10km を走り、総計 29.11km となり残り21日で 70.88km の地点まで来ました。まだまだ、これからです。

 

 

■北海道での地震による全域停電には驚きました。新聞には、以下のように解説されています。

 

 

2018年9月6日未明に起きた地震で、北海道内の電力需要の約半分を担っていた苫東厚真火力発電所 1、2、4号機(厚真町、出力計165万 kw)が全基停止。北海道電力は低下した供給力に合わせて需要を下げようと、強制的な停電を試みたが、需給のバランス調整に失敗。道内ほぼ全域の295万戸の停電を引き起こした。このように電力会社の管内全域に及ぶ大規模停電を「ブラックアウト」と呼ぶ。

 

このブラックアウトを引き起こす4ヶ月前に、経済産業省資源エネルギー庁の専門委員会で以下のような議論がなされていました。「発電所一基の計画外停止が与える影響が大きい北海道では、厳寒時の需給逼迫が国民の生命・安全に及ぼす影響が甚大である」つまり北海道電力の供給体制は脆弱であり改善が必要であると2010年以降毎年のように委員会は警鐘を鳴らしてきたのです。

 

 

北海道電力では泊原発と苫東厚真火力発電所が電源の柱となり、二つの総出力は1日の最大需要の7割以上を占めています。 報告書によれば北海道電力は2013年から17年度の5年間に投じた火力や水力を含めた発電所への投資総額の実に半分以上が原発への投資だったのです。廃棄物の最終処分方法が確立されていない原子力発電は経済的に優れている、と言われてきました。しかし現在では単位発電量あたりの経費も以前のようには再生エネルギーと比較しても決して安くないことが判明しているます。経済的だから原発を進めるべきだという意見はもう通用しないのです。原子力発電は、もはや危険なだけでなく、決して経済的でもないのです。

 

 

北海道では太陽光や風力など再生可能エネルギーの適地とされているにも関わらず設備投資が、なおざりにされているのはとても残念なことです。

 

 

アメリカの役割

■20181108(木曜日:晴れ)

 

ハノイのスーパーマーケットの様子です。

 

 

■今朝は走りました。さすがに、予定からの遅れが放置できない状態になりました。今朝も3時過ぎに一度目が覚めてお手洗いに行きました。普段なら、その後に熟睡できて、ちょうど5時頃に目覚めて塩梅よく行くのですが、今朝はうまく行きませんでした。なかなか寝付けずに、5時を迎えてしまいました。それでも何とか起き出して、準備運動を済ませ、5時半には走り始めることができました。寒さのためもあってか、走り出して3キロを過ぎないと、体が重くて容易に前に進むことができません。結局今朝は、6.08km を走り、総計 23.01km 残り22日で 76.98km となりました。

 

■さて米国の中間選挙が終わり、新聞の一面にはトランプ大統領への厳しい批評が掲載されています。例えば東京新聞は、

 

「米国第一」に厳しい審判 上院は維持、ねじれ議会

 

と、あります。「分断社会 溝の深さ露呈」ともあります。記事を読むと、トランプ大統領が諸悪の根源で、分断を先導し煽っているかのごとく感じられますが、因果関係が逆ではないかと私には思えます。つまり行き過ぎたグローバリズムにより、社会が分断され亀裂が深まった結果としてトランプ大統領が登場した、という意味です。

 

トランプ大統領が退任したからといって、社会の分断が解決できるわけではないのです。移民の受け入れにしても、もうアメリカ社会には無制限に受け入れてられるだけの余裕がなくなった、ということです。20世紀初頭のように、世界中から移民を受け入れられるだけの空間的にも、経済的にも、それだけの余裕がアメリカには、もう無くなったのです。その現実を受け入れないと、建設的な議論ができないように思えます。

 

それは歴史の大きな曲がり角です。アメリカの一つの役割が終えようとしているのです。

 

 

アンカーベビー

■20181106(火曜日:曇)

 

ハノイにある聖ヨセフ大聖堂です。

 

 

■今朝は5日ぶりに走りました。1日に10キロを走り11月も順調にスタートしたのですが、連休には走ることができず、そして月曜日の朝は疲れからか胃腸炎で苦しみ、走るどころではありませんでした。

 

5日ぶりというと、本当に久しぶりで、もう走ることができないのではないか、とすら不安になるほどです。 それでも先日ネットで読んだ走り方のコツ、つまりは前傾姿勢と骨盤を立ち上げるようにする、という意識を持って走ると、心なしか自然に脚が前に出るような気がしました。つまりは楽に走り続けることができる、ということです。

 

今朝は6.14 km を走り、これで通算16.92 km を積み重ね、残り24日83.07 km となりました。六日目の目標ラインとしては少し足りないのですが、走ることの喜びを感じた朝でした。健康であるというのは本当にありがたいことです。当たり前のことが当たり前にできる喜び、それを病気で改めて実感するようです。

 

今朝は久しぶりにスイカを走った後に食べました。先日買ってあったスイカを二つに割って冷蔵庫で冷やしてあったのです。季節はずれのスイカには違いありませんが、走った後の冷やしたスイカほど美味しいものはありません。感謝、感謝の気落ちで味わいながらいただきました。

 

■さて今日の東京新聞太郎の国際通信欄では「私の米国籍問題」と題して書かれています。1960年に木村さんが22歳の時に米国への入国ビザを申請したところ米国領事館の担当者がこう言われたのです。「あなたには米国へのビザは発給できません。なぜならあなたは米国人だからです。米国に行くには米国人用の旅券を取得してください」。つまり木村太郎さんのお父さんが銀行員として米国駐在中に生まれたことにより憲法修正第14条にて木村太郎さんに自動的に米国籍が付与されていたのです。木村さんはその時に改めて米国憲法修正第14条を身をもって体験したのです。今トランプ大統領はこの米国憲法によって与えられている不法移民の赤ちゃん年間約30万と、観光目的の入国者の赤ちゃん約3万人への米国籍の付与を見直そうとしています。こうした赤ちゃんは「アンカーベビー(錨・いかり・赤ちゃん)」と呼ばれる国籍取得目的の赤ちゃんなのです。その赤ちゃんの親族は、保護者として米国への永住権が優先席に与えられるので「錨を下ろすように一家を米国に定着させる赤ちゃん」と呼ばれるのです。 憲法で定められていることを大統領令では変更できないという指摘も多いようですが、トランプ大統領は移民問題に改めて注目を当てるのが目的のようです。折しもメキシコからは数千人もの移民集団が米国国国境に向かっています。トランプ大統領は「アンカーベビー」で移民問題をさらに煽り、移民の受け入れに寛容な民主党を追い落とそうと選挙戦最後の攻勢をかけているのではないか、と木村太郎さんは指摘しています。

 

マスコミの報道を見ていると、トランプ大統領への批判的なものが、ほとんどです。トランプ大統領を批判することが、自分の正当性を証明するかのごとくですが、これは眉唾です。民主党を支持し、リベラルな主張をするのが、人権を尊重する立派な報道姿勢だ、と思わせたいのでしょうが、そうはいきません。

 

トランプ大統領が就任してから何が変わったか。一番の変化は、戦争が減ったことです。シリアは混乱が収束に向かっています。NHKによればアメリカとトルコの軍隊がISを撲滅した、とのことですが、これは噴飯モノです。まさにプロパガンダ、そのものです。朝鮮半島は緊張緩和の方向へ向かっています。これは厳然たる事実です。対立ばかりを煽るトランプ大統領、というのが、マスコミの定番ですが、それはむしろマスコミそのものです。

 

私たちはテレビの報道をまるごと信じるのではなく、自分の頭でしっかりと考えないと、とてもおかしな方向へ向かってしまいます。

 

 

転機

■20181101(木曜日:晴れ)

 

タクマンボの花が数日前に咲きました。さくらんぼの木です。Takuが大学に合格した時に植えました。

 

■今日から、いよいよ11月です。残りあと2ヶ月となりました。今朝は月の始めの日ですから、いつものごとく10キロを走りました。こうして初日に走っておくと、ずいぶんが気が楽になります。つまり、あと10分の9で良い、という気持ちです。10.77km を走りました。3キロを過ぎてから、ようやくキロ6分台に入って、結局キロ6分50秒で走り終えました。

 

このペースで走り続ければ、フルマラソンで5時間をようやく切れる、という速度です。実際の大会では、元気が出ますから、もう少し速い速度で走ることが可能ですが、何しろ 42.195km ですから、ゴールは遠いのです。

 

■さて今年も色々なことがありました。わか家族にとっては本当に転機となる一年でした。あとから振り返ってみれば、まるで申し合わせたように次から次へとそれぞれの子供達が転機を迎えました。一生の間には、そうした転機となるべき時期があるのでしょう。

 

そうした意味で東京新聞に連載されている「私の転機」という記事は大変興味深いものです。 前回の記事では、技術者として勤めた会社を定年退職後、社会福祉士の資格を取得。若者たちと関わり、支える意義を感じる日々だ、と語る東京都に住む向井卓さんの転機を特集しています。 主題は「不登校の子に寄り添う」です。

 

内館牧子さんの「終わった」の中に登場する人物は、とても印象的でした。しかし、それはどこででも見かけることができそうな市井の一人でもあるのです。退職後の人生をどのように送るか。まさに転機そのものです。 退職後の人生を充実したものとするのは、社会人として職業人として充実した生活を送る以上に、実はとても難しいことのように思えます。なぜなら会社という組織が社会人の間は自分を支えてくれているからです。会社から離れた途端に、つまり名刺を失った途端に、人はまるで丸裸の赤ん坊のようになってしまうのです。何の肩書も無くなってしまうのです。

 

65歳になって高校時代の同窓会に出席、かつての仲間が、それぞれどのように毎日を送っているのかを知るのは、大変興味深い時間でした。まさに十人十色でした。名刺を失っても生き生きとした生活をおくるのは、本当に至難の業のように私には思えました。

 

 

 

かな漢字変換

■20181030(火曜日:晴れ)

 

今年行ったニンビン省のホテルロビーです。

 

■今朝は昨日に引き続いて走りました。6.07km を走り、これで今月の目標 100km を達成できました。総計 193.48km となりました。これで44ヶ月間連続で100 km を走ったことになります。統計を取り始めてからの総計が7,392 km となりました。今月はベトナム支援の旅にも出かけましたし、 目標を達成できるかどうか大変心配だったのですが、これで一安心です。今朝は昨日に引き続いてのランニングでしたので体もきっと重いに違いない、と想像していたのですが、実は昨日よりも体は軽く感じられたのです。なぜだかは分かりません。昨日の夜の睡眠が十分深く取れて、体の疲れが残っていなかったのかもしれません。右太ももの痛みも今朝はほとんど感じませんでした。

 

とはいっても速度的には決して速いわけではありませんでした。キロ当たり6分45秒平均ですので、このペースで走り続ければフルマラソンを5時間以内に完走できる程度の速度です。今の自分の力では、このペースで5時間走るのは、とても無理のようです。 ランニングウォッチで計測した記録を見ると、走り出してから2 km 程度までは7分から8分の間で走っています。それ以降はキロあたり7分を超えることはありませんでした。 朝起きたての状態では、いくら準備運動をしたと言っても、恐る恐る走り出す方が正解です。そう考えるとペースとしては、自分の実力から行けばこんなものでしょうか。

 

■昨日のロータリークラブ地区大会での勝間和代さんの講演の中で、勝間さんがsimejiというかな漢字変換を利用されていることを知りました。確か、しめじは以前は日本の会社が作っていたように思っていたのですが、どうやら中国の会社に買収されたのでしょうか? 調べてみると、

 

Simejiは、中国検索エンジンの大手である百度の日本法人バイドゥ株式会社により開発・運営されているAndroid・iOS向けの日本語入力アプリである。

 

とありました。

 

勝間さんによるととても優秀なかな漢字変換だそうで、これを使うことで生産性が手入力に比較して数倍増大するとのことです。つまりは原稿を書くのに1時間かかっていたものが、この音声入力かな漢字変換ソフトを利用することで30分で終了すれば、生産性は2倍に上がったということになります。私が利用しているこのクロームブックでは、残念ながらしめじは使用することができません。従って Google 社製の音声入力ソフトを使っています。これでも十分賢いのですが、試しにスマホで Simeji を使ってみました。

 

LINE でやり取りする時に試してみたのです。少し癖があるので慣れるのに時間がかかるかもしれません。それにインターネットへの接続が少し不安定のようで、スタートボタンを2度押さないと変換が始まらないことがあります。

 

それでも確かに賢いのです。句読点が未だに入力できないのですが、これは Google 社製の音声入力ソフトと同じなのでしょうか。アップル社製の iPhone では、句読点がきちんと入力できます。原稿を書く際にはこの点は大変大きな違いのように私には思えるのですが、どうなのでしょうか。

 

 

 

 

音声入力

■20181029(月曜日:晴れ)

 

ハノイの街の洋服店です。高級店です。

 

■今朝は走りました。5時に目覚ましを鳴らしましたが、まだまだ真っ暗です。それでも何とか起き出して、準備をし、走り始めたのが5時半頃です。今日は体が重くてまいりました。しかも2キロ過ぎでしょうか、マンホールの蓋に躓いて前のめりに転倒してしまいました。ところが運が良い事に、今朝は寒さも心配だったのでフリースを着ていました。しかも念のためにペンライトも持っていたのです。この二つのお陰で前のめりに転倒した時に大いに助かりました。右の手のひらと右肘で体を守る形になりましたが、右手に持っていたペンライトの一部が保護板になってくれました。 T シャツ1枚だったら右肘は血だらけになっていたと思いますが、フリースのおかげで軽い擦り傷程度で済みました。ペンライトの一部のペンキが剥がれてしまいましたが、しっかりした作りのペンライトだったので壊れることはありませんでした。軍手の一部に穴が空いてしまいましたが。

 
まだ体が温まらないうちに躓いたのが、まずかったようです。躓いてから転ぶまでに少しの時間があったので、なんとか立て直そうとしたのですがダメでした。躓いたのは昨年のベトナム支援の旅で、早朝のハノイの街を走った時に転んで以来です。
 
 
それでも、なんとか最後まで走りきることができました。結局今朝は10.81 km を走り、これで今月は通算97.40 km を積み重ねました。残り二日で2.59 km の残です。
 
 

なんとか今月もゴールが見えてきました。毎月100 km走 の目標を達成するのは、だんだんと辛くなってきましたが、「娘の前ではメタボな自分を決して見せない」という自分なりの美意識を最後まで持ち続けたいと願っています。内館牧子さんのお話の中にあった、品よく年を取るための美意識です。

 
 
■昨日の地区大会での 勝間和代さんの講演の中で触れられていた、音声入力を用いて今この原稿を書いています。今用いているのはエイサーのクロームブック R 13ですが、 ドキュメントというアプリがあって、それにはツールの中に音声入力が含まれているのです。 R 13にはマイクもカメラもついていますのでインターネット電話も可能ですし、こうした音声入力も問題なく使用できます。
 
 
勝間さんも述べられていましたが、音声入力ソフトの威力は絶大です。私が音声入力ソフトを使い始めたのは、 IBM 社のビアボイスという音声入力ソフトが最初でした。その当時はマニュアルの中に記載されてある、見本となる日本語文章をマイクを通じてパソコンの中にまず録音する必要がありました。その録音された音声を元にパソコンが話者の音声を文章に変えていく仕組みでした。
 
 
当時はインターネットもクラウドなども当然存在しませんでした。従って全ての処理をパソコンの内部で行わなければならなかったのです。パソコンの能力の限界が処理能力の限界でもあったのです。現在では、高速なインターネット通信環境とその先に準備された人工知能と組み合わせて、まるで自分のパソコンが処理しているかのごとく、振る舞うことができるのです。 パソコンの中央演算装置である CPU が進化して 、いずれはネットに繋がっていない状態でもパソコン自身で音声変換が可能になるかもしれません。
 
 
まだそこまでは到達していないものの、こうして音声入力で文章を作り上げているだけでも、素晴らしい進歩だと実感しています。

 

 

文化の力

■20181026(金曜日:曇)

 

ベトナム名物、人力車シクロです。多くの外国人が利用していました。

 

■今朝は走りました。今月も残り5日となり、目標の100キロまで時間が少なくなってきました。今月はベトナム支援の旅に出掛けましたので、その分機会が減っています。ちょっとした違いなのですが、最後になると、結構その違いが重くなってきます。

 

ということで、今朝は 9.65km を走り、総計 86.69km 残り5日で 13.40km となりました。ギリギリなんとか達成できそうですが、天候のこともあり油断大敵です。土曜日は高校の同窓会が東京であり、日曜日は山梨でロータリークラブの地区大会が予定されていますので、綱渡りとなりそうです。

 

■さて今朝の東京新聞30面を読んで驚きました。平成クロニクルー2003年 韓流ブーム、と題されています。

 

「冬のソナタ」先駆け

 

です。なぜ驚いたかと言えば、年表を見ると2002年5−6月 日韓共催のサッカーワールドカップが開かれる。2003年4月NHK・BS2で韓国ドラマ「冬のソナタ」放送が始まる、とあるからです。つまり冬のソナタの放映が始まったのが、ワールドカップの後だったことに気づいたからです。

 

記憶というものは曖昧なもので、私の中では、この順番は逆だったのです。冬のソナタが放送されていた当時、私はちょうど50歳でしたが、この番組に興味が無かったので、その熱狂ぶりが思い出せません。連れ合いは、もちろん熱狂していました。

 

(●^o^●)

 

なんで中年のおばさんたちが、夢中になっているのか、さっぱり分かりませんでした。放送開始から一年後の、2004年4月羽田空港に降り立ったペ・ヨンジュンさんを見ようと5千人のファンが詰め掛けた、と記事にあります。

 

今になると私にも、その熱狂の理由が分かります。その後、自分自身も韓国ドラマにハマったからです。

 

(●^o^●)

 

文化の力というのは、本当に凄いものです。政治家が何万語を費やそうとも、両国民の交流がこれほど自然な形で盛り上がることは無かったはずです。記事の中にもありますが、両国民の心のなかにあるわだかまりや壁を一気に突き崩してくれました。キム・デジュン大統領、そして文化交流を促進した李 御寧(イ・オリョン 韓国の文芸評論家、初代文化部長官)さんの慧眼には敬服するばかりです。

 

文化を失うことは視力を失うようなものです。お金では買えません。そうした意味で、財政難から維持管理が疎かになり、消失したブラジル国立民族学博物館の貴重な文化財の数々は、取り返しのつかない損失なのです。

 

 

 

日常の再開

■20181024(水曜日:晴れ)

 

ハノイ市内をジョッギングしていて見つけたクラシックカーです。ホテルの前に飾ってありました。

 

■今朝は走りました。ベトナム支援の旅から昨日帰り、今日からはまた日常の開始です。6.60km を走り、これで総計 76.94km を積み上げました。残り7日で 23.05km です。何とか目標を達成しなければなりません。内館牧子さんのお話の中に出てきた、「どうしたら品良く老いることができるか」という問への内館さんの回答です。「それは美意識です」というのです。そして私の美意識は、「娘の前でメタボな自分を決して見せないこと」としました。

 

頭が禿げるのは致し方ありません。またこの歳で黒々、ふさふさ頭では気味が悪いでしょう。でもメタボな体型にならずに老いることは、自分の努力で可能なのです。娘の前では意地を見せたいのです。そして健康であり続けられるなら、まさに一石二鳥です。

 

■相変わらずサピエンス全史を再読しています。1万年以上前に始まった農業革命というと、人間が穀物を栽培することを身につけ、サピエンスが劇的に進化したように私たちは思っています。

 

「一つの種の進化上の成功は、DNA の複製の数によって測られる。DNA の複製が尽き果てれば、その種は絶滅する。」

 

つまり数を増やすこと、それが進化だ、というのです。そう考えると、サピエンスも数を増やすことができたのですから進化したに違いないのですが、利己的な遺伝子という面からすれば、農業革命によって栽培された小麦こそが、進化を成功させた一番の成功種とも言えそうです。

 

数は増えたものの、サピエンスは疫病に苦しみ、狩猟採集時代と比較して生活は楽になった、とは決して言えなかったようです。

 

 

 

 

2018支援の旅

■20181018(木曜日:曇)

 

 

■今朝は走りました。今日の午後から、いよいよベトナム支援旅に出かけます。バクザン省のホテル前の広場で一度は走ることができると思いますが、とにかく残りを少なくしておかないと、100キロの目標達成が遠のきます。今朝は、とにかく怪我をしないようにゆっくりと走りました。6.083km を走り、総計 64.1km 残り 35.9km となりました。

 

昨日はTomoくん、Nonちゃんと四人で夕食を取りました。今年の支援の旅にTomoくんも参加するので、名古屋から昨日駆けつけてくれました。結局総勢6名の旅になります。本当に少人数の旅ですが、致し方ありません。できることをしてくる、ということです。

 

今年は昨年まで二年続けて訪れた支援施設に、施設長さんから依頼のあったリハビリ器械を寄贈する予定です。予算総額が、どの程度になるか心配だったのですが、私達の用意できる予算内で収まることが分かり安心しました。少額の寄付金を貯めておいての基金ですので、たいしたことはできません。身の丈にあった支援ということです。それで良いのです。

 

■さて明治150年ということで、色々な企画が検討されています。肯定的なもの、否定的なもの、様々のようです。あの過酷な国際情勢の中で、いきなりその中に放り込まれた明治の日本が、1945年の破滅を迎えること無く乗り越えるためには、どうするべきだったのか、どのような道を取るべきだったのか、という仮定の議論をきちんとすることが大切だと私は思います。

 

もちろん歴史に「もしも」は無いのですが、検証することは極めて大切です。それはこれからの日本の歩む道を大きく左右するからです。あれ以外の道が無かったとは、私には思えません。いちばん大切なのは、何を置いても破滅の道だけは取らずに生き抜くということです。

 

冷戦が終わり、いままたトランプ大統領というこれまでとは違った道を歩もうとする指導者の出現で、日本の進むべき道も大きく変わってくるのです。惰性で進んでは道を誤ります。きちんと情報を開示して、一人ひとりが自分の頭で考える必要があるのです。

 

■仕事を終えて、すぐに原駅に向かいました。東海道新幹線で品川駅、そして京浜急行電鉄で羽田駅国内線ターミナル駅へ行くためです。品川駅での乗り換えには、今回も迷いました。南口から上がれば、そのまま京急の乗り場に直行なのです。いったん北口を上がってしまい、やり直しました。南口です。

 

あとは順調でした。三階の出発ロビーに行くと、すでに大釜さんたちが到着していました。Tomoくんに連絡して待ち合わせ、全員が顔を揃えました。予約してあったWi-Fiルーターを取りに行きました。三階の反対側に窓口があります。

 

s_2018101801

無事に羽田空港で待ち合わせすることができました。

 

s_2018101802

ベトナム航空 VN385 便です。16時35分発ハノイ・ノイバイ空港行きです。

 

s_2018101803

無事位ハノイ・ノイバイ空港に到着です。手荷物の取り出しに1時間近くかかりました。到着口出口は迎えの車で大混雑です。

 

s_2018101805

ホテルのチェックイン前にフォーを食べました。美味しかったです。まずは旅の無事を祈って乾杯です。サイゴン・ビールです。

 

s_2018101804

ホテル近くの行きつけのお店です。この牛肉フォーは美味しかったです。いよいよ旅の開始です。

 

■ 昨夜は羽田空港16時35分発のベトナム 航空便に乗りました。 到着したのが現地時間20時。 気温23°ということで、やはり少し暑さを感じました。預けた荷物が なかなか搬出されずに、しかも 出てくるレーンが二つに分かれてしまい 手間取りました。結局空港を後にしたのは21時近く。 タインさんとトゥンくんが 運転手さんと一緒に到着口出口近くの道路で待っていてくれました。

 

空港前の道路は待ち合う車で大混雑。だいぶ待たせてしまいました。バクザン省のホテルまで道路も整備され、昨年より30分も早く到着できました。チェックインする前に軽く食事を取りました。フォーです。昨年は到着が遅く閉店していたお店も今年は幸いまだ営業中。みんなでサイゴンビールで乾杯の後でフォーを食べました。とても美味しく牛肉フォーをいただきました。思いの外美味しくてびっくりしました。

 

食事を終えてホテルに到着。部屋に入って、さっそく明日からの活動のための準備作業に入りました。支援物資の割り振りと支援金の確認です。コツコツと貯めてきた支援金でリハビリ器具と施設の活動資金として1,000ドルを寄付します。

 

 

 

 

 

 

狩猟採集民

■20181016(火曜日:曇)

 

 

■今朝は走りました。5時に目覚ましをかけて起き出してみると、まだ真っ暗です。道路を走るためにペンライトが必要かな、と思って持ち出しました。今日は生ゴミの日ですから、所定の場所に行き置いてから、準備運動を始めました。玄関を出ると肌寒く感じました。もうフリースが必要かもしれません。

 

いつものコースを走り、6.03km を積み重ね、総計 58.02km 残り15日で 41.97km となりました。明後日からはベトナムですので、残りの距離をできるだけ減らしておかないといけません。あともう一回は出かける前に走るつもりです。

 

■先日からサピエンス全史を再読しています。ベストセラーです。地球上に残った最後のホモ属である、われわれホモ・サピエンスの物語です。われわれの仲間であったネアンデルタール人たちは絶滅しました。なぜそうなったのか。それだけでも興味深いのですが、この本は飽きることがありません。以下の指摘も、その一つです。

 

「天然痘や麻疹(はしか)、結核など、農耕社会や工業社会を苦しめてきた感染症のほとんどは家畜に由来し、農業革命以後になって初めて人類も感染し始めた。犬しか飼い慣らしていなかった古代の狩猟採集民は、そうした疫病を免れた。」

『サピエンス全史(上) 文明の構造と人類の幸福 サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』(ユヴァル・ノア・ハラリ, 柴田裕之 著)より)

 

ともすると、狩猟採集時代は原始的な生活に明け暮れ、貧しく、いわば無知蒙昧の生活をしていたのでは、と考えがちですが、そうではないようです。農業はわれわれに、必ずしも明るい面だけをもたらしたわけではないのです。

 

 

Page 74 of 96

Powered by WordPress & Theme by Anders Norén