2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: ランニング Page 26 of 96

雪国

■20220226(土曜日:晴れ)

新千歳空港ショッピングワールドです。有名なお菓子です。

■今朝は走りました。夜中の2時過ぎに1度目、そして5時前に再度目が覚めましたが、目覚ましの時刻通り5時に起き出し、準備運動ののちスタートしました。

今朝は思い切って、校庭でのランニング時間を30分に設定しました。結局、今日は50分23秒、7.88kmを走り、これで今月は9回のランで64.22kmを積み重ね、目標の88キロまでは、残り2日で23.78kmのところまで来ました。

残念ながら、今月も目標を達成できませんでしたけれども、あと1回走る機会がありますので、もう少し積み重ねができそうです。

■さて、北陸、北海道を襲った豪雪も、ようやく峠を超えました。この週末からは気温も上がり、今日は札幌市でも、8度まで気温が上がると予想されています。

こうなると、むしろ雪が溶けて、それによる被害が心配されています。屋根からの落雪や、つららの落下に注意が必要です。小樽の街で見たツララは、殺傷能力がありそうにすら見えました。

道路は冠水する可能性もあるようです。雪かきや雪下ろしで転落事故が絶えません。雪崩の発生も心配です。雪は降れば降ったで大変ですし、溶けたら溶けたで、これまた心配です。雪国は本当に大変です。

民度

■20220224(木曜日:晴れ)

新千歳空港ショッピングワールドです。美味しそうな、おにぎりが並んでいます。

■今朝は走りました。昨日は絶好の行楽日和。青空の下、梅園を楽しんできました。富士山を背景にした、さまざまな色の梅の花を楽しむことができたのは本当に幸いでした。以前から行ってみたいと思っていたのですが、なかなか思い切って行くチャンスがありませんでした。とても良い思い出となりました。

■今朝は5時に目覚まし時計を合わせ、すんなりと起き出すことができました。準備運動の後スタートし49分14秒、7.67kmを走り、これで今月は8回のランで56.34kmを積み重ね、残り4日で31.66kmのところまで来ました。

エプソンのホームページにアクセスすると、月間50キロ走達成おめでとうございます、と告げてくれています。今月も目標の88キロを達成するのは無理となってしまいましたけれども、また来月少しずつ積み重ねて、なんとかまた以前の目標を達成したいと思っています。

6月の千歳JAL国際マラソンが開催されるかどうか、未だに決定されていないようです。開催委員会もコロナウイルスの感染状況の様子を見ながら、あるいは他の大会の状況を確認しながら、ギリギリまで判断を待っているのではないでしょうか。

■さて、今朝の東京新聞読者欄には、千葉県の読者が「税金は浪費され、増える困窮者」と題して、投稿されています。投稿者は、NPO法人で食料配布や生活相談など、生活困窮者の支援活動をしています。

失業したり、家賃が払えなくなったり食べるものを買うお金がなくなったり、住む場所がないという生活困窮者の数は増加する一方だそうです。食料配布には、小さなお子さんを連れた母親もいるとのことです。

そんな現状の中、あのアベノマスクをはじめ、信じられない額の税金が無駄遣いにされていることに、憤っておられます。税金を国民のために有効に利用すれば、貧困状態から抜け出せる人は何人もいるはずだ、と書かれています。

最後に投稿者は、「私たちはもっと怒っていい、私たちはもっと声を上げるべきなのである」と結んでいます。

さまざまな要因から国民の声が表に出なくなっています。マスコミはすっかり飼い慣らされてしまい、本来のチェック機能を、ほとんど果たしていません。野党は四分五裂で全くあてになりません。つまりは政権与党のやりたい放題という状態になっており、民主国家とは思えない状態です。

こうした状態から、日本が立ち直ることができるのかどうか、かなり疑わしいと思わざるを得ません。日本には残念ながら、三権分立という民主主義国家の基本機能を維持するだけの民度がないのではないか、と悲観的になってしまうのです。

霜柱

■20220222(火曜日:晴れ)

新千歳空港ショッピングワールドです。函館の「するめ」も漁獲量が激減して、高値の花になりつつあります。

■今朝は走りました。昨日の朝は起き出す元気が出なかったので、積み重ねができませんでしたけれども、今朝は目覚まし時計よりも30分ほど早く目が覚め、少し逡巡したのち、無事に走りきることができました。

今朝は47分07秒、7.34kmを走り、これで今月は7回のランで48.67kmを積み重ね、目標の88キロまでは残り6日で39.33kmとなりました。

いつもの如く、知り合いの一人暮らしの高齢者の友人の家の前を通り、電灯が点いているのを確認し、きびすを返して小学校の校庭にたどり着きました。

校庭にたどり着いたのち、タイマーを25分に合わせ、再スタートしましたが、走り始めて驚きました。あまりにも広い範囲に霜柱が広がっていることにです。

今までも、もちろんこの冬校庭に霜柱が立っていたことは何度もあったのですが、今朝ほど広い範囲で霜柱を踏むことはありませんでした。本当に驚きました。

それだけ冷えたということなのでしょうか。あるいは学校で、校庭に水をまいたのかもしれませんが、あまり考えられません。まるで霜柱のカーペットの上を走り続けているような気がしたほどです。

■北海道では昨日暴風雪に襲われ、ホワイトアウトの状態になり、各地で交通事故が頻発しました。テレビで、その様子を見ていると、本当に恐ろしいのが、よく分かります。一寸先が見えないような状態なのです。交通事故が起こらない方が不思議です。

我が家の北海道旅行の予定が1週間ずれていたら、大変なことになっていました。帰ってこれなかったかもしれません。札幌駅でテレビ取材に答えていた方が、静岡へ帰りたいのだが飛行機が飛ばなくて困っている、というお話をしていました。

日曜日には一瞬、春が来たかと思ったのですが、また真冬に逆戻りです。行ったり来たりの気候が、しばらく繰り返されるに違いありません。

実質実効為替レート

■20220219(土曜日:曇)

小樽市天狗山スキー場です。市内から車で15分ほどで行けます。

■今朝は走りました。今週は火曜日、木曜日、そして今日と3回走りました。今朝は47分23秒、7.20kmです。これで今月は6回のランで通算41.33kmを積み重ね、目標の月88キロまでは残り9日で46.67kmとなりました。

今朝は夜中の2時頃1度目が覚めましたが、その後4時半頃、再度目が覚めて起きるかどうか迷ったのですが、結局5時の目覚ましと共に起き出し、準備運動ののちスタートしました。

校庭にたどり着いてからは、25分に合わせたタイマーと共に走りました。スタートしてから30分程した頃、足取りも軽くなって、自分でもスムーズに脚が出るようになったと感じたのですが、そうした時間は長く続きません。一番スムーズに走った時間帯で、キロ6分を切っていますけれども、長くは続きませんでした。

昨年10月から体調を崩して、走り続けるのは困難になってきていたのですが、その頃から比べると体調も回復してきているようです。自分では単に歳をとったからだ、と決めつけていたのですが、色々な方の話を聞いたり調べたりしてみると、どうも新型コロナウイルス・ワクチンの副反応の影響も、あったかもしれません。

なかなか疲れが取れずに毎日を過ごさなければいけない、いわゆる慢性疲労症候群のような形をとる副反応も、結構あるようです。そうした症状に苦しんでいる方がいることを知ってみると、意外と自分もそれに当てはまるのかもしれません。

少しずつ回復してきているようですので、自分の体と対話しながら、積み重ねを続けていきたいと思っています。

■さて、今朝の東京新聞こちら特報部欄では、「円の実力50年前のレベル?!」世界での立ち位置示すー国際決済銀のレートで露呈、と題して書かれています。

ちょうど、あの浅間山荘事件が起きたのが半世紀前、1972年でしたが、決済銀の発表した円の実質実効為替レートという指標67.55は、実は1972年6月以来の低い水準なのです。

簡単に言ってしまえば、50年前の経済的な実力に日本は逆戻りしてしまった、ということなのです。

帝京大学の宿輪純一教授によれば、「全世界で見た貿易の決済時の、円の価値が下がってしまった。これは日本にとってモノの値段が上がるということだ」と注意を呼びかけておられます。

記事にもある通り、日本では円安を歓迎する声が強かったのです。輸入品は値上がりしても、日本経済を支える輸出企業が製品を海外に安く売ることができたからです。企業が儲かれば給料が上がり、物価が上昇しても、人々の暮らしは豊かになる。50年前は、そんな時代だったのです。

ところが今になってみると、物価は上がっても給料が上がらなくなってしまったのです。政府は法人税を下げる一方で、社会保障を削っています。これでは消費に繋がりません。政策的なサポートが十分ではなかったということになる、と指摘されています。

第一生命経済研究所の藤代宏一主任エコノミストは「各国の経済格差を反映したのが為替だ。この現実を政策担当者は、よく考えなければいけない」と厳しく指摘した、と記事には書かれていますが、まさにその通りだと思います。

日本は本当に、貧しくなってしまったのです。衰退国家と呼ばれても致し方ありません。経済政策を担当していた政治の責任なのです。政権を担ってきた与党は、そのことを少しも反省してるようには見えません。

国民を貧しくしてしまう政治など、替えるしかないのです。有権者一人ひとりが、しっかりと自分の頭で考えない限り、ますます日本は衰退するばかりです。

イルカ漁

■22020217(木曜日:晴れ)

新千歳空港ビル内の広告です。宗谷丘陵で育てられた和牛です。3度見に行きました。

■今朝は走りました。いつものように5時に目覚ましを合わせて起き出し、準備運動ののち走り出しました。今朝は5時15分ほど前に目が覚めましたので、少しウトウトしましたが、なんとか起きだすことができました。

火曜日に引き続いて、今月5回目のランです。今朝は45分41秒、7.03kmを走り、これで今月は5回のランで34.13kmを積み重ねました。目標の88キロまでは、残り11日で53.87kmを残しています。正直かなり足りない状況なのですが、とにかく無理をせずに、身体と対話をしながら目標に近づいていきたいと思っています。

今朝は校庭でのランニング時間を25分に合わせていました。走りながら感じたのは、霜柱です。ザクザクという音がして、走りながらその感触を感じていました。これは、ひょっとすると水道が凍っているかなぁ、と心配しながら帰ってきました。昨夜の残り湯で体を洗い、シャワーをする段になって、確かに凍っていました。

それでも40分以上走り続けていると、体内温度も上がっているようで、裸になっていても、それほど寒さを感じません。乾いたタオルで身体を、よく拭いて着替えをしました。

■さて、今朝の東京新聞には文筆家の譽田亜紀子(こんだ・あきこ)さんが「古代のぞき見・大量のイルカの骨 出土」と題して書かれています。

石川県能登町にある真脇遺跡には縄文時代の遺跡があり、なんとイルカの骨286頭分が見つかっているのです。この真脇遺跡は縄文前期から晩期の終わりまで、4000年間も継続したそうです。

縄文人は食糧事情や人口の増減によって移動をして暮らしていましたが、同じ場所で4,000年も暮らしていたこと自体が非常に珍しいそうです。あの有名な山内(さんない)丸山遺跡(青森県)も1,500年ほどしか続いていないのです。

真脇遺跡の縄文人が、これほど長期にわたり同じ場所で暮らした理由は、食料の豊富さにあるようです。海の幸、山の幸に恵まれていましたし、その筆頭がイルカだったようです。

イルカは春から秋にかけて富山湾に回遊してきます。すると周辺の集落から人が集まって丸木船に乗り、沖から富山湾の入江に追い込んで捕獲していたそうです。

こうしたイルカの追い込み漁は、真脇では昭和三十年頃まで行われていました。とすると、縄文時代から続く伝統漁だったということになります。残念ですが、今では姿を消してしまいました。

縄文時代に限らずイルカやクジラは、この日本列島に暮らす人々の暮らしを支えてきました。現在では動物愛護の観点から、イルカやクジラの猟が批判されることがありますが、動物愛護の観点だけから批判する事に、私も疑問を感じます。

ある文化からの一方的な視点によって、他文化を批判することの傲慢さと愚かさを感じるのです。他者や他文化に対する敬意というものを持たない限り、戦争は無くなることがないでしょう。

無常

■20220215(火曜日:晴れ)

新千歳空港・ショッピングワールドです。コロナ禍で人出は激減です。

■今朝は走りました。先週の月曜日以来ですので、8日ぶりとなります。本当に、全然走っていなかったことが、カレンダーを見るとよく分かります。先週は月曜日の1回しか走りませんでした。木曜日から旅行に出掛けましたので致し方ありません。

今日は44分33秒、6.97kmを走りました。これで今月は4回のランで、27.10kmを積み重ね、目標の88キロまでは、残り13日で60.90kmを残す展開となっています。全くもって足りていません。とにかく少しでも積み重ねをして、目標に近づくべく努力するしかありません。

今朝は久しぶりでしたから、最初は快調に走り始めたのですが、なかなかペースが上がらず辛い時間帯でした。校庭についてからは、タイマーを25分に合わせて走り始めました。なんとか無事に走り終えて、これでまた次に繋がりそうです。

支笏湖に泊まって帰る際、ホテルの送迎バスで千歳駅まで戻ったのですが、途中千歳JAL国際マラソンのコースを通りました。途中には有名なゴルフ場もあります。その入り口の真ん前を通るのです。

長嶋茂雄さんがホストを務める、セガサミーゴルフ大会です。毎年夏に北海道で開催されています。先日も、その前を通って駅に戻りました。その道路沿いの歩道を千歳マラソンのランナーは走るのです。

今年も走ることができるでしょうか。

■さて、今朝の東京新聞23面、こころ欄では、「生きる」という表題の下に、いくつかの記事が掲載されています。その中で「寂聴の教え」を、瀬戸内寂聴さんの秘書を務められた瀬尾まなほさんが書かれています。

「全てが無常・励みにも戒めにも」と題しています。上下2回の2回目を書かれています。書き出しは、こうです。

「諸行無常」というと、多くの人は儚さや虚しさをイメージするだろう。仏教の言葉で「すべてのものは移り変わる」を意味する。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常のーー」という平家物語の琵琶の響きもあり、誰もが悲観的な感覚で捉えがちだ。しかし、先生は励ましの言葉としても「無常」を説くことが多かった。

というのです。寂聴さんは、大震災で東北を訪れた際、家族を失うなどで悲しみに暮れている被災者の皆さんに、こう語りかけていたそうです。

どんなに辛くても絶望してはいけません。どん底にいると思ったら、もうそれ以上落ちることはなく、後は上向きになるしかありません。この世に変わらないものはないんです。どんな苦しみも永遠には続きません。

寂聴さんとの様々な活動を通して、瀬尾さんは、こう書かれています。

先生が何より強調したかったのは、「すべては変わるということを覚悟しておくことが大事」という心構えだったのだと思う。それにより「無常」は人生の励みにも戒めにもなる。

その通りだと私も思います。人の体も心も、常に変化しているのです。変わらないものなどは一つも、この世にはありません。一喜一憂しても仕方ありません。

常に変化しているのですから、どん底の時も絶頂の時も、変化の途中でしかないのです。絶望する必要もありませんし、奢ることに意味などないのです。大切な自分の命を生き切ることが、何より大切なのでしょう。

ICT活用教育

■20220207(月曜日:晴れ)

夕陽を受けて黄金色に輝くという、西伊豆町の黄金崎を眺める展望台からです。

■今朝は走りました。先週の金曜日以来、3日ぶりです。今日も朝の5時に目覚ましをかけて、起き出しました。昨日は日曜日でしたので、ゆっくりと長めに走ろうかと思ったのですが、体調がイマイチで元気が出ませんでした。昨日は休養日でした。

今朝は43分55秒、6.86kmを走り、これで今月は月3回のランで、20.13kmを積み重ねました。目標の月88キロまでは、残り21日で67.87kmとなりました。今週は木曜日からスキーに行く予定ですので、水曜日にもう一度走って、積み重ねをしなければなりません。

昨日は部屋の掃除など、なんだかんだと残されていた仕事を片付け、テレビ観戦しました。冬季北京オリンピック男子ノーマルヒルジャンプで、小林陵侑選手が見事金メダルを獲得した様子をテレビで見ました。

札幌五輪での笠谷選手の金メダルは、ほとんど記憶にないのですが、長野五輪でのジャンプ競技の活躍は記憶に新しいところです。まだまだ、これから日本選手の活躍があると思うと楽しみが残っています。

■さて、今日の東京新聞6面「あの人に迫る」は、ICT活用教育アドバイザー・水谷年孝さんが語られています。「情報の共有進め、高め合う学びを」と題されています。

水谷さんは20年ほど前から、愛知県春日井市において、教育現場にICTを導入され、教育現場における活用を試みられてきました。

2019年度にGIGAスクール構想がスタートし、児童生徒に1人1台の端末配備が始まってからは、文部科学省のICT活用教育アドバイザーを務め、全国の指導者を集めて、春日井市で今秋開かれる研究会でも、中心的立場を務められるようです。

水谷さんは、こう語っておられます。

調べた情報に対して疑問を持つ生徒も出てきました。情報の取捨選択が大切な時代、授業でICTに触れる中で、そうした感覚を持ってくれるのは嬉しい。

インタビューを終えて、記者はこう結んでいます。

『テストで回答しない子が減った』『長文を読む力が上がった』。1人1台の端末が届いて変わったのは授業だけではない。

「成長」という生徒の変化を語る水谷さんの笑顔は、本当に嬉しそうだった。

ICT教育の普及によって、今までの一方的な授業風景が変わったのではないでしょうか。

アメリカの授業の風景を見ていると、日本のように全くの一方通行でないことに大変驚きます。

日本の場合、生徒数も多く、教師の皆さんも、そのような形態の授業をするしかないのだとは思いますが、一方的な授業では、生徒自らが考えるということは不可能です。

自らの頭で考える、ということを学ばずに、社会に出てしまうのが日本の現状ではないでしょうか。指示待ち人間が溢れてしまうのは、こうした教育の結果だと私には思えるのです。

そうした教育を続ける限り、これからの時代、日本が世界から取り残されることは間違いなさそうです。

立春:人生100年時代

■20220204(金曜日:曇)

恋人岬の椿です。寒さ厳しい冬に、凛として咲いています。

■今朝は走りました。水曜日に続いて今月二度目のランです。今朝は41分29秒、6.25kmを走り、これで今月は2回のランで13.27kmを積み重ねました。目標の月88キロまでは、残り24日で74.73kmです。

今朝は、いつもの通り5時に目覚ましを合わせ、起き出した後、生ごみを所定の位置に運び、準備運動の後スタートしました。

本当に久しぶりに、昨日ゴルフの練習に行きました。しばらく使っていなかった筋肉を使ったためか、昨夜は夢見が良くありませんでした。内容は思い出せないのですが、そのために疲れが残ったような朝でした。

今朝は走っていても軽快に走る時間帯がなく、記録を見てみると走ってる間のスプリットでは、キロ5分台が1度も出ませんでした。最初から体が重かったので、今朝は無理をせずに校庭でのランニング時間を、最低レベルの21分にして走りました。無理をしても意味がありません。少しずつ積み重ねていくしかないようです。

■さて、冬の北京オリンピックも開会式が終わり、競技が始まったようです。昨年の夏に行われた東京オリンピックよりも、むしろ落ち着いてテレビ観戦できるのは、いささか奇妙です。

こちらでは、オミクロン株が第6波の感染拡大をきたし、対応に多くの方が苦慮している真っ最中ですので、オリンピックどころではないと言えば、そうなのですが、開催されているのが外国ですので、昨年の夏とは全く状況が異なります。

昨年の夏の東京オリンピックは本当に印象が希薄でした。あまり思い出が残っていません。

■さて、先日の東京新聞に「人生100年時代」と題するコーナーがあり、今回は「70歳現役時代ー労使ができること」と題して書かれています。

「50代いきいき」が鍵、ともあります。書き出しの部分はこうです。

働く意欲のある人に70歳までの就業機会を確保するよう、企業に努力を促す改正高年齢者雇用安定法が施行されて、4月で2年目を迎える。「70歳現役時代」を前に人生をどう設計するか、思案する中高年世代も多いだろう。

一般社団法人「定年後研究所」理事所長で、キャリアコンサルタントの池口武志さん(58)は、「ポイントは50代の活性化」と語っています。

70歳までの雇用に対する企業の課題について、問題はバブル期に大量採用した50代社員の活性化ですと、池口さんは話されています。

健康寿命は延び元気なうちは働きたいと意欲を示す中高年齢層は多いのですが、どんな課題があるかという点に対して、問題は大量に採用され、終身雇用と年功序列の制度に守られてきた、主に大卒のゼネラリストにある、と池口さんは語っています。

彼らは辞令一枚で、すんなりと移動を受けれてきた人達で、将来に向けたキャリア研修で、今何ができますかと聞くと、部長ができます、と答える人もいる始末です。会社の指図通りの仕事、人生を送ってきて自分のキャリアを自分で描くことができない、主体的に働けないおじさん達と巷で言われる人たちです。

結局のところ、中高年層の主体的な意欲や生産性を高めるには何が必要か、という問いに対して、池口さんはこう答えています。

ベテランには長年培ってきた経験や知恵、人脈がある。自らの意思で、やりたい仕事を選択できれば、モチベーションは高まるでしょう。何をしたいか、何ができるのか、何が求められているかを自ら明確化し、長く自分を活かせる、「自走人生」を目指してもらいたい、と語っています。

指示待ち人間では、もう使い物にならない時代なのです。自らの人生を明確に言語化し、そして自分の力で切り拓いていくしかないのでしょう。

石原慎太郎

■20220202(水曜日:晴れ)

土肥・松原公園です。懐かしの伊豆の踊り子号です。

■今朝は走りました。2月の第一回目のランです。いつも通り5時に目覚ましを合わせ、夜中の1時前に1度目が覚めましたが、その後はぐっすりと休み、目覚ましの鳴る少し前に目が覚めていましたが、目覚ましと共に起き出し、準備運動の後スタートしました。今朝はビニールゴミの日でしたので、所定の位置に運んでから準備運動しました。

今朝は校庭でのランニング時間を、24分に設定しました。そのおかげで45分10秒、7.02kmを走ることができました。7キロを超えて走ったのは、昨年11月23日の8.67km以来です。あの日以降、7キロを超えて走ることは1度もありませんでした。

体調を崩し、10月に55.69キロの月間最低走行距離を記録して以来、11月は58.04キロ、12月は73.87キロと、少しずつ走行距離も回復してきましたが、まだまだ100キロには程遠い状態です。

予定では、2月1日は千歳JAL国際マラソンの申し込み開始日だったのですが、ネットで調べた限りでは、まだ正式な申し込みは受け付けていないようです。新型コロナウイルスの感染拡大に伴って、開催委員会も判断に迷っているのかもしれません。

正直、今の体力では、ハーフマラソンを完走できるかどうか自信を持てないのですが、やはり大会に出場するという、はっきりした目標、あるいは走り続ける動機が無いと、継続することは困難です。

何とか開催してくれることを祈るしかありません。ここ二年、立て続けに開催が中止されていましたので、全国のファンが開催を待ち望んでいるのではないでしょうか。6月の第1日曜日が例年の開催日です。

■さて、東京都知事を13年半務めた、作家の石原慎太郎さんが、東京都大田区の自宅で2月1日に死去されました。

石原一家は弟の石原裕次郎さんが銀幕の大スターとして活躍しましたが、私も子供の頃、母が映画好きでしたので、歩いて10分ほどのところにあった川口東映という映画館に、母に連れられてよく通いました。

覚えている映画といえば、石原裕次郎主演映画と東映の時代劇です。提灯がたくさん画面に登場し、御用、御用という掛け声が飛び交ったのを、はっきりと覚えています。1964年に開催された東京オリンピックの公式記録映画も、この映画館で見たことを覚えています。

石原慎太郎さんは89歳で亡くなられましたから、まさに戦後の高度経済成長時代のど真ん中を、全速力で駆け抜けたような方でした。

今年で戦後77年となりますが、いわば一度生まれ変わった日本が、77年経って国際情勢も変わり、国家として一つの成熟期に入っているのでしょう。

これから、どのような道を歩み、どのような国として成熟していくべきなのか、きちんと議論をする必要があります。勢いだけで駆け抜ける時代は、もう終わっているのです。

■I went for a run this morning, my first run of February. I set my
alarm for 5:00 a.m. as usual, and woke up just before 1:00 a.m. I
slept well after that, and woke up just before the alarm went off. I
got up with the alarm, and since it was plastic garbage day this
morning, I carried it into position and then did my prep work.

This morning I set my running time in the schoolyard to 24 minutes.
This is the first time I’ve run over 7km since November 23, 2011, when
I ran 8.67km.

Since I got sick and recorded my lowest monthly mileage of 55.69 km in
October, my mileage has been gradually recovering with 58.04 km in
November and 73.87 km in December, but I am still far from 100 km.

According to the schedule, February 1 was the start of registration
for the Chitose JAL International Marathon, but as far as I could find
on the Internet, it seems that they are not accepting official
applications yet. It seems that the organizing committee may not be
able to make a decision due to the spread of the new coronavirus.

To be honest, I’m not sure if I can finish the half marathon with my
current physical strength, but it’s difficult to continue running
without a clear goal or motivation to participate in the event.

I can only hope that the event will be held somehow. The event is
usually held on the first Sunday in June.

On February 1, author Shintaro Ishihara, who served as governor of
Tokyo for 13 and a half years, passed away at his home in Ota-ku,
Tokyo.

Ishihara’s younger brother Yujiro Ishihara was a big star on the
silver screen. When I was a child, my mother was a movie buff, so she
used to take me to the Kawaguchi Toei movie theater, which was about a
10-minute walk away.

The movies that I remember are the ones starring Yujiro Ishihara and
Toei’s period dramas. I also remember seeing the official documentary
film of the 1964 Tokyo Olympics at this cinema.

Shintaro Ishihara, who passed away at the age of 89, was a man who ran
at full speed through the middle of the postwar era of rapid economic
growth.

This year marks the 77th anniversary of the end of World War II, and
so to speak, Japan has been reborn, but after 77 years, the
international situation has changed, and the nation has entered a
period of maturity.

We need to have a proper discussion about what kind of path we should
take and what kind of nation we should mature into. The era of running
with momentum alone is already over.

時刻表

■20220131(月曜日:晴れ)

2019年、二人で出掛けた北海道・旭岳の様子です。

■今日で2022年1月も終わりです。あっという間のひと月でした。

今朝は頑張って走りました。いつもの通り、5時に目覚ましを合わせ起き出して、準備運動ののち走り始めました。今日は42分45秒、6.76kmを走り、これで今月は12回のランで、76.96キロメートルを走りましたが、目標の88キロまでには11.04km足りませんでした。

残念ながら目標には届きませんでしたが、最悪だった昨年の11月から見れば、かなり体調も回復してきたように思います。

今月の記録を振り返ってみると、4週間のうち1度を除き、週3回コンスタントに走ることができました。それぞれ毎回6.5キロ弱しか走っていませんので、これでは目標達成は難しいのですが、定期的にきちんと走ることができたのは大きな成果です。

来月は1ヶ月の日数が少ないので、目標達成はそれだけ難しくなりますが、できるだけ積み重ねをしていきたいと思っています。とにかく、体調が以前よりも良くなってきたことが、何よりのプラス材料です。

■さて、今朝の東京新聞24面には「時刻表愛ーーこつこつ770冊以上」と題して書かれています。

小さな文字と数字がなぜか旅情を誘う時刻表。中野区の会社員鈴木哲也さん(53)は、鉄道ファンのバイブルとして長年愛されているJTB時刻表のとりこになり、770冊以上を集めた。時刻表愛が高じ、遂には自宅に時刻表ミュージアムを完成させた。

と紹介されています。

鈴木さんが、時刻表に関心を持ったのは小学校1年の時だそうです。こたつに置かれた時刻表をめくると、新宿から小田原までの行き方を、お父さんが教えてくれました。

読めない漢字もあったが1人で読み耽り、列車を乗り継ぐと遠くに行けることがわかり、ワクワクしたそうです。時刻表を握りしめて、母の実家がある兵庫県宝塚市まで一人旅もしたとのこと。

■この記事を読んでいて思い出すのは、Takuのことです。小学校の頃、思い出のあいあい保育園に出かけましたが、背中に背負ったリュックの中には、愛読書の時刻表が入れてあったのです。

今は亡き中川園長先生と話をしていて、Takuは時刻表を片手に、車掌さんのモノマネをして皆さんに大受けでした。園長先生も目を細めて、その様子を見ていたことを、昨日のように思い出します。

きっと、Masatoも大の時刻表ファンになるかもしれません。本当に楽しい思い出です。

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