2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: ランニング Page 85 of 96

ロシア

20130313(火曜日:晴れ)

 

新沼津カントリークラブの空です。

 

■今朝は走りました。今週から目覚ましの時間を15分早めて、5時15分にしました。起き出して着替えて、今日は生ゴミの日でしたので所定の場所に置いて、それから準備運動をして走り始める頃には、もう十分明るくなっています。

明るい中を走るのは、本当に楽です。逆に言えば、暗闇の中を走るのは、怖いです。ペンライトを片手に走るのですが、足元しか照らすことができませんから、おっかなびっくりしながら走る、と言えば分かりやすいかも知れません。

今朝は 6.62km を走り、総計 45.52km を積み重ねました。13日の目標ラインを今月始めて超えました。今月は日曜日が全部予定で潰れています。したがって長距離走LSDは、21日の祝日にするしか無いようです。

昨夜はトイレに一度起きました。ところが、その後にどうしても思い出せないことがあり、眠れなくなりました。鈴木宗男さんの名前です。なぜ鈴木宗男さんなのか、よく分かりません。

(●^o^●)

北海道へ行きたい、という潜在意識が、そうさせたのでしょうか。とにかく思い出そうとしても出てこないのです。それから、ずっと起き出すまで眠れなかった、と錯覚しそうなのですが、記録を見ると、2時14分から5分間だけ「目覚め」として記録されているだけです。

要はちゃんと寝ている、ということです。そのことが分かるだけでも疲労感が違いのですから、人間というのは気分の動物です。

■さて今朝の東京新聞の朝刊には、ロシア大統領選挙についての報道があります。プーチン大統領は自分の任期の間に国民所得が増加して、国民の生活水準が向上した、と述べています。しかし東部の、極東地方では産業が育たず、低賃金のためにニセの密造ウォッカを飲んだ人が命を落としている、というのです。

皇帝の様に君臨するプーチン大統領に対して批判的な内容です。もちろんこの報道は確かなのでしょう。しかし物事には必ず裏表があります。私はプーチン大統領を、とても評価しています。もちろん完璧という訳にはいかないでしょう。しかしソ連が崩壊して、急激な自由化の名のもとにオリガルヒと呼ばれる人々に富が集中し、殆どの国民が塗炭の苦しみを味わう事態を曲がりなりにも改善したのプーチン大統領だったのです。

混乱を知る国民がプーチン大統領を支持するのは、いわば当然のことです。トランプ大統領がフェイク・ニュースと呼ぶ報道の内、かなりが反ロシアに当てられているのは、どうやら事実のようです。

私達までが、そんな内容をありがたがる必要は全くありません。

 

葉桜

20180312(月曜日:晴れ)

 

葉桜になったAyaちゃん河津桜です。

 

■今朝は走りました。昨日はTuruちゃん夫婦と、いつものひろ繁で夕食会でした。我が家の玄関で待ち合わせて家から歩いて行きましたが、風が冷たくて凍えました。まだまだ熱燗、ふぐのひれ酒が美味しい気温でした。

■今朝は少し起床時間を早めて5時に目覚ましを鳴らしました。6.12km を走り、総計 38.89km を積み重ねました。今朝は体が重くて参りました。いわゆるバイオリズムも下降線なのでしょう。元気を出すのが一仕事です。

 

 

悪い奴ほどよく眠る

20180310(土曜日:雨)

 

メルボルンの市場です。マンゴーが売られていました。

 

■昨夜は寝付けませんでした。と言っても、睡眠計の計測では睡眠時間6時間35分、深い眠り1時間30分、浅い眠り5時間5分、そして目覚めが15分と記録されています。4時に目が覚めて、その後に色々頭に浮かんで寝つけなくなりました。ただし計測によれば、その寝付けなかった時間は、たったの5分です。自分では呻吟しているように思っていても、実際は大した時間でもないのです。

今朝は5時15分に目覚ましを掛けていましたので、サイクルが合いませんでした。目覚まし後も、ウトウトして、ちょうど6時前に深い眠りに入ったのです、起き出すのは難儀でした。仕方ありません。巡り合わせが悪かったのです。そんな日もある、ということです。

■その後に起き出して走りました。起き出すのに逡巡すること30分以上。結局少しでも積み重ねることで良い、と割り切って起き出しました。着替えて玄関を出ると、道路は雨に濡れて真っ黒ですし、パラパラと雨も落ちてきています。まずはランニングシューズを古いものに履き替えました。濡れてしまいます。

2.88km を走り、総計32.76km となりました。パソコン上では10日での目標ラインにぴったりです。

■今朝の新聞一面は、国税庁の佐川長官が辞任した、というニュースです。記者会見する麻生財務大臣を見ていると思い出すのは、黒澤明監督の映画、「悪いやつほどよく眠る」です。1960年に公開されましたが、あれからも何にも変わっていない、という思いが、強くこみ上げてきました。それにしても麻生大臣の、あの態度は何とかならないのでしょうか。

今どき、あんな態度で対応して事が済むという、という人は他にいそうにありません。そういう意味では、とてもすごい存在です。一国を代表している存在です。品格ということばを思い出しました。

 

蜜蜂

20183008(木曜日:雨)

 

新沼津カントリークラブのしだれ梅です。今日は富士山は雲に隠れています。

 

■昨夜は天気予報に従って掛け布団を選びました。それが正解でした。薄手の羽毛掛け布団と少し厚手の毛布です。この組み合わせで、ちょうど快適でした。朝もすんなり起きることができました。いつものコースを走りました。

出掛けに救急車が通り抜けていくのが見えました。そして、いつも通るYoshinoriさんの家の前を通ると部屋に電気が付いていません。いつもでしたら食堂の電気が点灯しています。あれ、おかしいな、とは思いながら、そのまま走り続けました。グルっと回って戻ってきた時に、もう一度家まで戻り確認すると、一階の食堂に明かりが灯っていました。

本当にホッとしました。明かりが灯っているということは、そこに人が元気で生活している、ということです。そのまま戻っても良かったのですが、庭先から中を覗くと食事をされている様子が見えたので、庭を通って窓を叩き挨拶をしました。几帳面で意志の強いYoshinoriさんですから、寝坊するなどということは考えられません。だから心配しました。

■今日は 5.38km を走り、総計 29.88km を積み重ねました。ようやく三分の一です。

■今日は3月8日。語呂合わせで、「みつばち」の日だそうです。蜜蜂は日本書紀にも登場するそうで、ハチミツは貴重な品で献上品にもなっていた、とあります。きっと薬のような役割を持っていたのでしょう。「砂糖の世界史 (岩波ジュニア新書) 川北 稔著 Kindle 版」を読むと、砂糖が薬のように扱われた時代が書かれています。血糖が上がってパワーが湧いてくる。まさに薬だったのです。

私もいつか趣味で養蜂をしたい、などと思っています。自然の恵みを実感し、友人に分けることできれば最高です。

 

誕生日

20180307(水曜日:曇)

 

青空と梅の花です。Takuの誕生日にふさわしい写真です。

 

■今日はTakuの誕生日。7月には結婚式を控えた中での誕生日ですから特別です。まさか、まさかの誕生日に違いありません。少なくとも父親には、そのまさかです。

小さい頃は胃腸が弱くて、風邪をひいては腸閉塞状態になり、しょっちゅう点滴をしていました。私が勤務していた病院の病室で、Takuはベッドで点滴を受けながら家族で泊まり込み、私はそのまま仕事に行った、という思い出も、今となっては楽しい思い出です。

それが今では親の知らない間に肉体的にも精神的にも逞しくなって、家庭を持つまでになったのですから、まさに隔世の感です。

■今朝も走りました。昨日の天気予報では今朝は真冬並みに冷え込む、ということでしたので、掛け布団を厚めの羽毛布団にしたのですが、さすがに暑すぎて熟睡できませんでした。

寒いのも困りますが、暑いのもだめです。

ということで、今朝も 6.13km を走り、総計 24.51km を積み重ねました。やっと目標ラインに到達です。キロ6分10秒ですから悪くありません。私としては快調と言っても良いほどです。自分でもスムーズに脚が前に出ていると思いながら走っていました。ただ、あれ以上ペースを上げると多分心肺機能が追いつかなくなりそうです。それが実力だ、ということです。

午前7時37分現在、寒々しい天候です。風は無いものの、どんよりとした曇り空が広がっています。本格的な春は、もう少し先のようです。

 

 

65歳になったら

20180306(火曜日:晴れ)

 

新沼津カントリークラブの春です。

 

■今日は啓蟄。暖かに虫が這い出る頃です。今朝は走りました。5時半に目覚ましを鳴らして起き出しました。朝方の冷え込みが0度前後ですと、起き出すのはなかなか大変です。その頃に比較すれば本当に楽になりました。

スマートウォッチによる睡眠の解析のお陰で、夜中に目が覚めてもあまり焦ることが無くなりました。以前はいったん目が覚めて、その後なかなか寝付けないと、このまま眠れないまま朝を迎えてしまうのではないか、と焦るのです。ところが解析結果を確認すると、何のことはありません。ちゃんと睡眠は取れているのです。

今朝の睡眠は、6時間40分で、そのうち深い眠りは45分、浅い眠りは5時間55分、そして目覚めが5分と記録されています。3時前まで深い睡眠が記録されていないのは、いつもより熟睡していない、ということのようです。自分では眠れていない、眠れていない、と思いながら寝ているのですが、実はちゃんと眠っているのです。焦る必要などありません。

ということで、今朝は 6.09km を走り、総計 18.38km となり、6日目の目標ラインに、後もう少しのところまで来ました。

■東京新聞の文化面に、「65歳になったらーーーしなくていい宣言!」と題して、樋口裕一さんが連載されています、今日のテーマは、「違い楽しもう」です。

人はみんな等しく老いますが、その老い方はバラバラです。だから、その違いを楽しもう、というのです。そして、こう書かれています。

 

幸い、高齢者は多数決で何かを決めるような場面に立ち会いません。だから多数派工作も必要ありません。感情的に「大勢でいる方が楽しい」というようなことを除けば、多数であることにさほどのメリットはありません。

 

これは意外と大切だ、と思います。つまりは、それだけ泰然自若としていることができそうなのです。他者に迷惑を掛けなければ、自分なりの時間の使い方、自分なりの楽しみ方を追求できます。群れる必要がありません。

年を取って、ようやく手に入れることのできる数少ない利点かもしれません。

 

桃の花

20180304(日曜日:晴れ)

 

新沼津カントリークラブの桃の花でしょうか。

 

■今朝は迷いました。明日は雨の予報なので走らなければ、と思いつつ、せっかくの好天ですのでゴルフにも行きたかったのです。二月は結局一度もプレイしませんでした。まぁ、冬眠のようなものです。寒い時はゴルフは面白くありません。

東京新聞を読んで、湯河原の梅園も見たくなりました。Sunに行かないか、と尋ねたのですが、まだ体調が完全に戻っていない、ということで、結論はゴルフにしました。7時にフロントへ行けば手塚さんが仲間に入れてくれます。そしていつもレッスンをしてくれます。

何とか時間までにフロントに到着できて、仲間に入れてもらいました。手塚さん、木村さん、今枝さん、そして私の四名でした。楽しいラウンドでした。パターが決まらずスコアは、またも100超でしたが、収穫の多い一日でした。

朝一番のスタートでしたので、7時34分アウトスタートです。ハーフを終わって10時前でした。それからが待ちました。コンペが入っていて、結局後半のスタートが11時14分。食堂で楽しく歓談して後半のスタートです。

右の壁をしっかりと作ること。それには右脚に、いわば充電するように踏ん張りを作ってから振り始めること。それだけのことで、ずいぶんと安定しました。

上がったのが、14時過ぎ。そのまま風呂に入らずに帰宅し、静岡マラソンのビデオを観ました。高野コーチが救護班の一員として出場したいるからです。第二部しか南方のですが、残念ながら写ってはいなかったようです。気温も上がってマラソンには、ちょっと辛い天候でした。

こうした映像を観ると走りたくなります。走ろうかどうか迷っていたのですが、30分ほど休んでから走り始めました。そしていつものコースを 6.17km 走りました。ゴルフの後にこれだけ走ったのは、たぶん初めてです。それからSunと一緒にニューウェルサンピア沼津に行って、ゆっくりとお風呂に入り、象の仔でサラダの山盛りを食べました。マスターが気を利かしてイノシシの燻製を乗せてくれました。

午後7時16分現在、腰痛も無いし調子も良いようです。ゴルフは体を捻るのが大切ですから、かなりの負担を掛けます。腰痛になるはずです。そのリハビリも兼ねて走るのが良いのですは、と勝手に考えたのです。走っている間に、自然と血行も良くなりますし、筋肉の疲労も回復するに違いない、と言う理屈です。

お風呂でのクーリングもしました。温水浴、冷水浴の繰り返しです。血行を促進し筋肉疲労を軽減します。今のところ正解です。さて明日から、どうなりますことやら。

 

 

低気圧

20180302(金曜日:晴れ)

 

オージービーフです。メルボルンの市場で売られていました。赤みの美味しそうな肉でした。

 

■今朝は走りました。6.11km を走り、今月のスタートを切りました。考えてみると寒さのピークだった、そして日照時間が短く、日数も少ない二月を無事に乗り切ったのは、我ながらよくやりました。

今朝は体が重く、走っていても前に進むのが本当に一苦労だったのですが、記録を見るとキロ6分13秒で走っていますので自分としては決して遅い速度ではありません。体感とは、かなり遊離していました。こんな日もあるのです。

昨日の朝は雨でしたが、今朝は台風一過のような朝でした。でも昨夜は気温の変化に翻弄されたようです。夜半過ぎまでは暖かく、明け方になって冷え込んだようです。掛け布団を何度も掛け替えました。

それでも記録によれば睡眠時間は、6時間50分。深い眠りが1時間25分、浅い眠りが5時間25分、そして目覚めが5分という結果です。途中午前2時過ぎに一度目が覚めて眠れない時間を過ごしたように思ったのですが、記録を見ると、そうでもないのです。

この記録を取り始めてからは、眠れない、眠れないとイライラする必要もないことに気付きました。眠れないと思っているのは本人だけで、実は寝ているのです。逆に眠らずにはいられない、と考えるようにしました。そう考えると眠剤などを服用する必要も無い、と割り切れるようになりました。

■数年に一度の規模の低気圧が北海道を通過する見込みで、これから北海道の日本海側は暴風雨に警戒が必要だ、と朝のニュースで何度も伝えていました。その中には、留萌も含まれていました。以前Sunと二人で夏にドライブをしました。宗谷岬から海岸線を南下したのです。

最高の晴天に恵まれ、とても良い思い出になっています。その留萌が暴風に襲われるというニュースを聞いて、被害が出なければよいのだが、祈るばかりです。

 

結婚記念日

20180227(火曜日:曇)

 

メルボルン市内を流れるヤラ河畔の風景です。懐かしい思い出です。

 

■今朝は走りました。二月は明日で終わり。ここへ来て三日少ないというのは大変です。下手をすると二回分が足りない勘定になります。日曜日にLSDをして、何とか帳尻を合わせることができました。今日は 6.08km を走り、総計 100.64km を積み重ねました。

何とかこれで首の皮一枚で繋がったことになります。月100キロの目標は、途切れされるのは簡単ですが継続するのは難儀です。これで36ヶ月連続目標を達成しました。記録を取り始めてから、総計 6573km を走ったことになります。どこまで続けることができるか分かりませんが、継続こそ力なりですし、それが毎日の支えになっていることは間違いありませんので、可能な限り続けていくつもりです。

いま一番の支えはAyaちゃんでしょうか。Ayaちゃんが目標達成するまでは自分も応援するつもりで継続しようと思っています。

■さて今日は結婚記念日。1982年ですから、もう36回目です。あら、36ヶ月連続月100キロ走とぴったり一致です。

(●^o^●)

二人きりの家族から、今ではYukoさんも含めて6名になりました。三倍に増えたのですから、この地球上でサピエンスが繁栄するはずです。他の生き物からすれば、はた迷惑かもしれません。

(●^o^●)

続きは、後ほどにしましょう。

■もう36年にもなります。あの日は曇り空で、少し肌寒いような天候でした。東京の東条会館で式を挙げました。

披露宴を終えて、そのまま義兄が車で成田空港まで送ってくれました。

私の愛読書、「地中海のほとり」に登場するスペインへ行こう、と二人で計画しました。1982年2月の平均レートは、一ドル235円とありますから、いまでは想像もできない時代です。

つまりは同じ旅をしても倍の費用がかかる、ということですから大変です。確かツアー代金は一人35万弱だったと思います。それでも格安ツアーでした。

何より違うのは、西のスペインへ行くのに成田から東のアラスカ・アンカレジ空港へ向かったということです。当時は冷戦真っ只中だったのです。

アンカレジ空港で時間を潰して、さらに東へ向かったのですが、空港では外へ出るのでもなく、ただただ時間を潰すだけだったように記憶しています。

アンカレジから、まず向かったのがベルギーでした。ブリュッセル空港でしょうか。そこからバスに乗って、「小便小僧像」を見に行きました。「世界がっかり三大名所」の一つだそうですが、確かに、これだけ、と思ったことを覚えています。

乗り継いで向かったのがスペインのマドリード空港。ようやく目的地に辿り着きました。ほとんど一日がかりでした。最初の夜に泊まったホテル名は覚えていませんが、ドアの鍵が壊れていたのと、とても古式ゆかしい伝統的な素敵なホテルだったことは覚えています。

フランコ総統が死去したのが1975年ですから、もうその当時のスペインは王国に戻っていました。Wikipediaによれば、

 

1975年にフランコが死ぬと、フランコの遺言どおりにスペインにボルボーン王朝が復活した。フアン・カルロス1世は、即位前にフランコの指示で帝王学の教育を受けていたこともあり、そのままフランコの独裁政治を受け継ぐかと思われたが、即位後は、政治の民主化を推し進め、急速に西欧型の議会制民主主義および立憲君主制国家への転換を図った。

 

と、あります。あまり質の良い国王に恵まれなかったスペインに、久しぶりに登場した賢帝だと言われました。しかし残念なことに晩年には、その贅沢ぶりが批判の対象になり、さらにアフリカでのアフリカゾウの狩猟が批判の的となり、健康問題もあり、2014年に退位となりました。

 

世界自然保護基金の名誉総裁の職にあったにもかかわらずレッドリストに掲載されている動物を対象にスポーツハンティングを行ったことについて世界的な批判を受けることとなり、名誉総裁を解任されるに至った。

 

経緯は、このようです。大変残念です。歴史と伝統の異なる両者を比較するのは無意味かもしれませんが、平成天皇の人間としての素晴らしさは、本当に私達の誇りです。

国民の幸せを第一に願う、当たり前といえば当たり前なのですが、それを願い続けることは、とても難しいことなのです。

 

 

 

 

 

出会い

20180226(月曜日:曇)

 

昨日は静岡第三分区のIMでした。三名の米山奨学生が来られてお話をされました。

 

■先週後半から花粉症の患者さんが増えてきました。Sunも私も同様に花粉症持ちですから、辛いのは一緒です。でも私は年寄りになったためかどうか分かりませんが、以前よりはずっと症状が軽くなりました。

以前は私も鼻炎が酷く、眠ろうとしても鼻水で眠れないほどでした。花粉除去器を購入して寝室に置き、一晩中動かしていたほどです。ところが最近は、そんなことをする必要も無くなりました。鼻水も出ますし目も痒いのですが、付き合っていける程度に軽くなりました。

■さて昨日は朝方LSDをして、ゆっくり朝食を取り、9時にスタートした東京マラソンをテレビ観戦していたら、11時を過ぎてしまいました。12時3分の電車に乗らなければなりません。一寝入りしてから出かけようと思っていたのですが、それどころではありません。慌てて着替えをして駅に向かいました。

沼津駅で電車を降りる際に、新富士クラブの小山さんや富士山吉原クラブの曽根さんなどに会いました。

会場のリバーサイドホテルに到着。三階の会場に着き受付を済ますと、嶋村さんが待っていますよ、と呼び出されて来客用の部屋に通されました。特別講演の演者 石橋正男さんを始め東江戸川ロータリークラブのみなさんがおられました。

本日の開催テーマ『未来へつなごう 若者たちに私達ができること』のために、起こしくださったのです。

沼津柿田川クラブの手作り感一杯のIMは、内容に富んだとても素晴らしい会でした。有名な演者を呼んで単に講演をしてお茶を濁す、という一般的な方法を取りませんでした。時間も手間も掛かったでしょうけれども、訴えるものも大きかった会でした。

■先月富士宮クラブでさせてもらったベトナム支援の旅卓話のお礼状と、会員の皆様からいただいたカンパの領収書、そして4月に行う写真展のパンフレットを富士宮クラブの渡邊会長にお渡ししてありました。ところが米山奨学生の三名の方の中に、ベトナムからのマイ・ティ・フォン・ズンさんがいたのです。

山梨県立大学に在学中です。いったんお渡ししたのですが、写真展のパンフレットを一旦返却していただいて、懇親会の席でフォンさんにお渡ししながら私達の活動を簡単に説明することができました。

こんな出会いもあるのですね。

これからさっそくメールを出すつもりです。

 

懇親会の席で。前島さん、奨学生 フォン・ズンさん、私、そして雨宮さん。

 

 

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