2022 年 02 月 11 日 北海道小樽市街と石狩湾です。

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黄金岬

■20220828(日曜日:曇)

2014ハワイ・コナ空港です。と言っても、本当にローカル空港です。

■昨日沼津に来られたYukoさん一家と、旅館で楽しいひと時を過ごしました。今日は黄金岬へ行く予定なのですが、天候が心配でした。10時前に種発する予定でしたが、突然雨が降り始めました。

さてどうしたものかと心配しましたが、出発する間際に雨も上がり、曇り空の中にも、少し青空ものぞく天候に変わりました。それならば、と黄金岬は向かいました。戸田を経由しての1時間強のドライブです。

雨に降られることもなく、無事に景観を楽しむことができました。Yukoさん一家にとっては初めての訪問でした。奇観です。帰り道は伊豆中央道を通って、帰宅しました。家に寄ってもらい、卓球をして一時息抜きをして時を過ごしました。16時には埼玉の家に向かって出発されました。

ちょうど、ミッチャンとマーチが、ぬいぐるみのリュックをプレゼントに来てくれました。ひととき談笑したあとで、近くの公園でMasatoとTaku三人で滑り台や、ブランコを一緒に楽しみました。昔は、Takuと一緒に、この公園でキャッチボールをしたものです。

少し早かったのですが、三人で近くの日帰り温泉に出掛けました。汗を流してバブル湯を楽しんで帰りました。

18時30分から、Sunの得意の美味しいカレーライスで夕食です。5人で美味しくいただきました。

夕食後も、Masatoとバランスボールで遊んだり、本当に休む暇なく時を過ごしました。

黄色

■20220719(火曜日:雨)

富山駅前の様子です。初めて、この駅に降りた頃とは様変わりです。

■昨日は海の日で休日でした。富山での学会出席から帰って、休む暇もなく、午後から三津にある松濤館へ向かいました。Nonちゃん夫婦と一緒に宿泊するためです。

土曜日は、夕方激しい雨が沼津を襲ったようで、三津の海は濁っているように見えました。来月にはTakuたちが、こちらに来る予定ですので、予行演習です。

ホテル前のビーチで、何十年ぶりに海水浴をしました。小さなビーチボールを持っていきましたので、浮き輪代わりにして、のんびりと浮かんでいました。雨のためか、海水は濁っていて、海底はよく見えませんでした。

15分ほど楽しんだ後、シャワーを浴びて部屋へ戻りました。Nonちゃんたちも到着していましたので、さっそく温泉に入るために部屋を出ました。露天風呂からは、海越しに富士山が見えますが、さすがに今日は雲に隠れて、少しも見えませんでした。

さて18時からは夕食です。海の幸、満開です。なんだかんだと話が弾んで、あっという間に、すべての食材が消えてなくなりました。途中から私は、眺めるだけにしました。お腹が満杯になったからです。

四人で楽しく夕食を堪能しました。

■6月5日の千歳JAL国際マラソン完走記念Tシャツを、初めて着用しました。今年のカラーは黄色です。さて来年は、何色でしょうか。

はくたか号

■20220717(日曜日:晴れ)

積丹半島・神威岬への道です。道端に咲いていました。

■昨日は仕事を終えてから、急いで駅に向かいました。雨脚が強まり、下手をすると鉄道が止まってしまうのを心配したのです。ネットで時刻表を調べると、ちょうどその時間帯には、富山へ向かう北陸新幹線は、三島から新幹線に乗って東京駅に向かっても、東海道線で各駅停車を乗り継いで東京駅に行っても、結局は同じ北陸新幹線はくたか号に乗ることになる、という結果でしたので、慌てても仕方がないと、東京駅までは鈍行で行く予定でした。

ところが雨足が強まると、東海道線は止まってしまう可能性があるので、とりあえず一刻も早く、東京駅へ向かった方が良い、と三島で新幹線に乗り換えました。

東京駅についてから、北陸新幹線のプラットホームに行くと、ちょうど、はくたか号が出発する寸前でした。ネットで調べてあった、はくたか号の1本早い電車だったのです。

ちょうど階段を駆け上がったところで、自由席の乗車口に出たので一瞬迷ったのですが、掲示板を確認した上で、金沢駅行きである事を確認後、思い切って飛び乗りました。

ネットで調べてあった列車では、富山駅に18時少し前に着く予定だったのですか、1本早めに乗れたおかげで、40分ほど早く富山駅に到着できました。早速、友人に連絡を取りました。

富山時代に大変お世話になったある方へ、お礼の品を届けるために、友人が自宅の住所を調べてくれてあり、2人で車に乗って出かけました。残念ながら不在だったのですが、名乗った上で理由を説明し、お礼の品を家族の方に手渡しました。これで長年の思いが一つ叶いました。

さて、それから2人で夕食のお店に出かけました。富山自慢の新鮮な海の幸を食べられるお店のようです。友人の行きつけのお店なのでしょう。

2人でよもやま話に花が咲き、3時間以上食事とお酒で時を過ごしました。友人は全く飲めないのでウーロン茶ばかり飲んでいましたが、私は生ビールと焼酎のお湯割りを2杯飲みました。

しかし、いささか飲みすぎたようで、昨夜は軽い二日酔いで寝苦しい夜となりました。友人も久しぶりにこんなに長く話をしたと言っていました。彼は、元々口数が少ないのです。

■昨夜は二日酔いのためか、軽い頭痛と肩こりで熟睡することができませんでした。6時に起きるつもりだったのですが、ようやく、ぐっすり眠ることができるようになったのは、6時を過ぎてからでした。

7時に起き出して朝食に出掛けました。あまり、お腹も空いていなかったのですが、バイキング形式の朝食では、富山らしい食材が並んでいたので、少しずつ取って食べることにしました。

結局ホテルを出たのは8時半を回っていました。学会会場の国際会議場に到着し、手続き後、まずは二階の会場でセミナーを聞きました。ちょうど富山大学の林教授が座長を務められていました。

セミナー終了後、先生とお話をする機会があり、以前講演に沼津に来ていただいた、お礼を伝えることもできました。学会を主催するというのは本当に大変です。富山市は県都ですから、国際会議場という立派な施設があり、その点は、会場運営は楽だったとは思います。

さて、その次の講演の会場に向かうと、尾身先生の後を継いで理事長に就任された山本先生の顔を見つけることができました。本当でしたら、7月2日に静岡県の大学同窓会総会で講演をしていただく予定だったのですが、コロナ禍のために、総会も中止になってしまいました。

結局、山本先生には静岡に来ていただくことが3回続けて出来ない、ということになってしまったのです。お詫びを述べて、またいつか必ず、静岡でお会いできることをお願いしました。

13時20分のはくたか号で帰る予定でしたので、少し早めに駅に行って、お土産を買いました。富山駅は新幹線の開通で、随分と立派に改装されていました。在来線の本数がだいぶ減ってしまい、地元の方にとっては、かえって不便になった点もあるようですが、観光客にとっては、便利が良くなったことは間違いありません。

新幹線が通るのであれば、駅を高架化することの意味は、とても大きいのでしょう。路面電車も駅の下を通り、南北の路線が手を結ぶことができるようになりました。新幹線を乗り継いで家に到着したのは、4時間30分後の18時少し前でした。

土曜日到着した時刻には、少し雨が降っていましたが、それ以外は天候に恵まれ、思い通りの予定を過ごすことができた週末でした。

学会出張

■20220716(土曜日:曇)

北海道積丹半島・神威岬灯台です。

■今日も西日本、東北では大雨の警報が出ています。梅雨はとっくに明けているのですが、まるで梅雨末期の大雨です。

今日は午後から富山で開かれている学会に出掛けます。なるべく早く到着したいのですが、新幹線のダイアの関係で、結局は東京駅 15:24 発のはくたか569号に乗るしかありません。

富山駅に到着するのは、17:58分となります。富山の予想気温は、32度。熱中症の警戒情報が出ています。

電車から見る車窓の風景は、本当に久しぶりです。電車に乗ることが、ほとんど無くなってしまいました。コロナ禍で会合はオンラインに切り替わり、電車に乗ることは、ほとんど無くなりました。

さてさて、どうなりますことやら。何事もなければよいのですが。

■Nariちゃんと会食するのは、本当に久しぶりです。県立病院の眼科部長として、毎日忙しく働いています。

富山時代は、雪国生活無知の私を、本当に助けてくれました。命の恩人です。

私は生ビールと焼酎でしたが、全く飲めないので烏龍茶ばかり飲んでいました。3時間近く、四方山話に花が咲きました。無口な彼のことなので、こんなに話したのは、久しぶりだ、ということでした。

引っ越し

■20220703(日曜日:曇)

北海道泊村の「鰊御殿とまり」です。かつてニシン漁で莫大な富を築いた宴の後です。

■今朝は5時に起床して、家を出ました。Takuの引っ越しを手伝うためです。10月には二人目が生まれる予定ですが、手狭になったアパートから昨日引っ越したのです。

土曜日は、Yukoさんのご両親が来られて手伝ってくれましたので、今日は私達の番です。

東名・海老名インターで圏央道に接続。関越自動車道で高崎まで行きました。朝早くですので、スムーズに行くことができました。9時前には到着。さっそく後片付けを開始すると、Masatoと私はまずは散歩に出掛けました。

近くに公園がないか探したのですが、見つけることができませんでした。自動車の通らない住宅街の道を、ぶらりぶらりと一緒に歩きました。家々の庭や道端に咲いている草花を、二人で見て歩きました。

私が草花に詳しければ、教えてあげられるのですが、残念ながら全然と言ってよいほど知りません。

さて家に帰って、今度はプール遊びの開始です。プール遊びが大好きなのです。

Masatoとプール遊びです。プール遊びが大好きなのです。

■高崎は暑かったのですが、思ったよりも蒸し暑くなく、新しく引っ越したアパートは、以前の間取りよりかなり広く、家族が増えても余裕がありそうでした。

アパート前のスペースで、十分プール遊びができました。

帰沼

■20220606(月曜日 曇り)

あのシャコタン・ブルーです。

■ずっと先のように思っていた千歳マラソンの旅も、あっという間に終わってしまいました。今朝は6時に起きて、少しホテルの回りを歩きました。目の前に広がる海岸を見るためです。

ところが、ホテルからは簡単には行けないことが分かりました。ホテルに戻って、無料で振る舞われているヨーグルトを、リンゴのすりおろしと共にいただきました。くせがなくスッキリとした味で、美味しく頂きました。

朝食前にお風呂に入りました。昨夜と浴室が男女逆転しています。昨夜とは見晴らしが違いました。

7時から朝食を食べ、部屋に帰ってのんびりと、今回の旅を振り返りました。9時過ぎにホテルを出て、レンタカー店へ向かいました。店の周囲にはガソリンスタンドが無く、いとも給油に苦労します。今回は無理に探さずにレンタカー店で精算してもらうことにしました。

■富士山静岡空港に着陸する頃は、雨と強い風が迎えてくれました。飛行機の中では、もちろん気づきませんでしたが、着陸の際には機体がかなり揺れ、恐ろしい時間帯でした。

そう考えると、機長は見事な操縦だったと感謝しなければいけません。着陸時の振動は、丘珠空港着陸時のものより、ずっと小さかったからです。こうして無事に、静岡に帰ってくることができました。

千歳JAL国際マラソン

■20220605(日曜日 晴れ)

2022年、3年ぶりの開催です。

■今日は3年ぶりの第42回千歳JAL国際マラソン参加です。2018年以来の開催です。今回はフルマラソンと17キロの部だけという特別開催でした。それぞれ2,500人だけの参加者でした。スタート地点もスタート方法も、初めての事ばかりで面食らいましたが、最高気温16度、快晴、そよ風という絶好のマラソン日和でした。

その様子は、2022千歳JAL国際マラソンのページを御覧ください。

■さて走り終わってシャトルバスに乗り駐車場へ戻りました。レンタカーに乗り、白老町の宿へ向かうためにスタートです。途中でうどん屋さんに寄って、軽く昼食を取りました。夕食に備えるためと、走り終えたばかりですので、胃に負担をかけたくなかったのです。

そして向かったのは、「海の別邸  ふる川」です。以前にも一度、マラソン後に宿泊しました。

宿に到着したのは、午後2時過ぎ。夕食までには、たっぷりと時間がありました。まずは走り終えたばかりですので、お風呂に入って筋肉の疲れを取る必要があります。

ゆっくりと、お風呂に入って、部屋に戻ってからは、飽きることなく海を眺めていました。苫小牧から室蘭に向かう途中にある白老町は、太平洋に面しています。

真南に下れば青森県です。絶えることなく白波が打ち寄せていました。2時間以上、そうして海を眺めていました。走り終えて疲れているはずなのですが、どうしたわけか、眠気に襲われることもありません。

3年ぶりの大会参加、そして完走できた喜びに、静かに浸っていたかったのでしょうか。自分でも意外でした。

そして夕食。ビールの美味しいこと。走り終えたあとでは、最高です。疲れが残らないか心配もありましたが、なにはともあれ無事に完走できたことに、ホッとしました。

数日経ってから体調を崩しやしないか、杞憂で終わることを祈って、一日を終えました。

ノーザン・ホースパーク

■20220604(土曜日:晴れ)

3年前に参加した2019千歳JAL国際マラソンです。スタート前の子供達の様子です。今年は子供たちの枠がありません。

■積丹、ニセコと泊まってきましたが、いよいよ今日は千歳に向かいます。白老のウポポイ記念館に寄ってから、Sunの強い希望で、競走馬が余生を送る施設に寄って、ディープインパクトの子供達の今を、確認する予定です。

訪れたのは、「ノーザンホースパーク」です。最初、社台スタリオンステーションに行ったのですが、前年ながら一般公開はしていない、とのことで、前回訪れた場所とは異なったようです。車を止めて二人で相談していると、担当の方が声をかけてくれました。希望を伝えると、ノーザンホースパークを教えてくれたのです。


これまでの2泊でお腹いっぱいの生活でしたか、今夜はマラソン大会の前日ですので、そうはいきません。翌日に残らないよう、軽めが原則です。昔一人で大会に参加していた頃は、前日の夕食はお握り2個とサラダ、そしてカップ味噌汁と決めていました。朝食は8時からです。このホテルは、フロント周辺でしかWiFiが使えず、とても不便です。朝食前の時間を利用して入力しています。さて今日はどうなりますことやら。

■今夜は、「JRイン千歳」に宿泊です。千歳駅から歩いて1分。大浴場もありますので、ゆっくりと休めます。千歳マラソンに参加する時の、最近の定宿です。

駅前の居酒屋さんで、軽めの夕食を取り、明日のマラソンに備えました。3年ぶりの参加ですので、完走できるかどうか、本当に不安です。コロナ禍の中で、17キロと変則的なコース設定なのですが、長い距離であることには変わりありません。

不安の中で眠りにつきました。

シャコタン・ブルー

■20220603(金曜日:晴れ)

3年前に参加した2019千歳JAL国際マラソンです。スタート前の子供達の様子です。今年は子供たちの枠がありません。

■積丹岬から始めました。その後は、今まで回ったことの無い積丹半島の西側を、のんびりとドライブしました。229号線を西に進みました。積丹半島の東側では、今日は曇り空で、残念ながらシャコタン・ブルーは拝めませんでしたが、半島を回った所で天候が変わりました。

今日のドライブコースです。積丹半島を西廻りで巡りました。


青空のもと、海の色が激変しました。思わず車を止めて、しばらく眺めていました。

■さて道沿いに進むと、原発で有名な泊村を通ります。今回は、「鰊御殿とまり」に寄りました。今では信じられないほどのニシンが、昔は取れたのです。財を成した網元が建てたのが、鰊御殿です。Wikipediaによれば、

第二次世界大戦前、とりわけ大戦景気までの時期に、北海道の日本海沿岸で隆盛を極めたニシン漁で財を成した網元達が、競って造った木造建築物である。

「鰊御殿」の定義は未だ確定されておらず、明治期から大正12年頃までにかけて建築された網元の家屋程度の目安で紹介されている。

かつてニシン場の古老達は、上座敷には違い棚、床柱には黒檀を使用していることが条件のように話していたが、その定義に合致するものはごく少数であり、ほとんどの建築物は現在解体されている。

また、必ずしも望楼を備えているとも限定できない。様式は古くは平屋形式であり、屋根は瓦葺きである。

そして、Wikipediaには、現在も公開されている鰊御殿として、12箇所を上げています。その一つが、「旧 川村家番屋、武井邸客殿(鰊御殿とまり):古宇郡泊村」というわけです。

今日は最高の青空です。かつての賑わいは、想像もできません。

内部の様子は、以下の写真の通りです。

■さて、こうしてドライブの後に辿り着いたのが、「月美の宿 紅葉音」です。泊村から岩内町を経て、到着です。住所は「北海道磯谷郡蘭越町湯里」とあります。ニセコ湯本温泉郷です。

まだ雪が残っていて驚きました。そして温泉です。秩父宮殿下が、昔ここを訪れた記念にセンターができて、今は日帰り温泉として地元の人が利用しています。

積丹半島

■20220602(木曜日:晴れ)

3年前に泊まった洞爺湖温泉のホテルです。

■今日から家の改築工事のため、しばらく仕事は休みです。今朝は7時30分に家をでて、富士山静岡空港へ向かいました。3年ぶりに6月5日に開催される千歳マラソンに参加する旅です。5日に体調を崩さないように、用心しながらの毎日となります。

9時30分発のFDA便で、丘珠空港へ出発です。到着後にタクシーに乗ってレンタカー店に行き、今回はパッソを借りました。積丹半島に向けて出発進行。宿の位置を確認後に、まずは神威岬へ行きました。

あいにくの曇り空ながら、時おり青空も見え、岬からの見晴らしを堪能しました。以前積丹半島に来た際に泊まった民宿が途中にあり、昔の記憶が蘇りました。

■今日は、「お宿かさい」に泊まります。作りは年期が入っていましたが、手入れがとても行き届いていて、気持ちの良い宿でした。そして何より、その料理が素晴らしかったのです。民宿というより、ホテルのレストランと言った方が、わかりやすいほどでした。



2階の部屋に泊まりましたが、洗面所がありません。トイレに小さは洗面台がありますが、部屋以外は基本的に1階に作られています。昔風といえば、そうなのです。

最初は戸惑いましたが、手入れがとても行き届いて、新築よりも、むしろ落ち着くほどでした。何事も手をかけることがいかに大切か、ということを改めて教えてもらった気がしました。

今日泊まったのは、私達二人だけだったのですが、夕食の時間には、素晴らしい料理が満喫できました。お品書きも立派なものでした。いつもお邪魔している松濤館並みです。家族経営の旅館としては、本当に立派な内容です。



料理人のご主人は、きっとどこかの料亭で修行をなさったのでしょう。

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