2023 年 09 月 02 日 TakuとMasato とNonと一緒に訪れた熱海初島です。

カテゴリー: ランニング Page 72 of 96

井上陽水

■20180104(金曜日:晴れ)

新沼津カントリークラブから見た伊豆半島です。

■1月4日は仕事始めです。今朝の東京新聞「筆洗」には、仕事始めを迎える人々の思いをユーモラスたっぷりに書いてます。〈三日食う雑煮で知れる飯の恩〉〈飯は良い物と気のつく松の内〉。二句はいずれも江戸期の川柳集「柳多留」。江戸の人も、さすがにお正月の雑煮続きにちょっとげんなりしていたかもしれぬ 、とあります。 カレンダーの関係で今年は私の仕事始めは来週の月曜日からです。年末は押し詰まるまで結構忙しいんですが、年始はあまり患者さんをやってきませんので、スタートはのんびりです。

今朝は走りました。10.21 km を走り合計24.21キロとなり残り27日75.78 km となりました。今朝は最初からきちんとペースを刻めたように思いました。キロ7分からスタートし最後の方はキロ6分ペースで走ることができました。 今月もまた目標を達成するべく少しずつ積み重ねていくつもりです。

さて今日の東京新聞の記事の中で一番興味を惹かれたのは、文化娯楽面でした。「あせない井上陽水」。あの井上陽水さんが1969年にデビューして今年で50周年になるそうです。井上さんの歌を一度も聞いたことがない、という人は少ないと思います。 私の中で初めて井上さんの歌が登場するのは、大学時代テニス部の先輩が何かの席で、「氷の世界」を歌っているのを聞いた時だと思います。 透明感のある歌声は、男性離れした声、とでもいうのでしょうか、不思議な歌声でした。 1973年に「夢の中へ」がヒット、アルバム「氷の世界」は日本で初めて売り上げが100万枚を超えた、とあります。

Wikipediaによれば、井上 陽水(いのうえ ようすい、1948年8月30日 – )は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー。本名・井上 陽水(いのうえ あきみ)。旧芸名:アンドレ・カンドレ。福岡県嘉穂郡幸袋町(現・福岡県飯塚市幸袋)生まれ・福岡県田川郡糸田町育ち。血液型はAB型。

つまり現在70歳になっています。七十歳の井上陽水さんて、ちょっと想像しにくいと思うのは自分の年齢のためでしょうか。 このインタビュー記事を読むと、井上さんはとてもシャイな人間に見えます。

20代から30代の頃は、ステージに出るのが恥ずかしくて、本当に嫌だった。大勢の前で歌うなんてとんでもない、仕事を間違えたと思っていました。でも年を重ねると、自然と羞恥心がなくなってきましたね。

と語っています。父親が歯科医師で、誰に言われたのでもなく跡継ぎだと思い込んでいたそうです。

僕は本当に勉強ができなかった。 学生時代の勉強はつまらない時間でした。人間に優劣をつけて社会のサイクルにはめ込む。人間という集団である以上、しょうがないと思いながら、大学受験に3回も失敗した。4浪はちょっとーーという思いもあり、。それがスタートでしたよね。

若い頃の井上さんを知らない私などは、テレビのインタビューなどに答えている最近の井上さんしか知りません。その様子は、とても軽妙洒脱な、何か落語家さんを思わせるような、そんな井上さんなのですが、この記事を読んでも、年を重ねてから、何か突き抜けたような、そんな人間性を感じてしまいます。そう思って井上さんの曲を聞き直してみると、輝きが一層増すのかもしれません。

初打ち

■20190103(木曜日:晴れ)

昨日見た愛鷹山の虹です。今年は良いことがありそうです。

■今日は同級生でもありゴル友でもある長倉さんと今年初めての初打ちとなりました。昨日は3時過ぎからあられが降る天候でしたが、今日は風もほとんど無く日差しもあって最高のゴルフ日和でした。梶河ご夫妻と四人で楽しくプレイをすることができました。 箱根駅伝の復路が戦われていましたが、長倉さんのご都合は今日しか空いていなかったので思い切って出かけました。

フォームの改造が、まだ十分なレベルに達しておらず、安定しないプレイでしたが、それでもここ数回そうであったように、めちゃくちゃにぶれるということはなくなりました。 先日坂口さんと一緒に回って教えてもらった要点を、今日は忘れることなく反復したのが良かったのだと思います。17番ホールの第3打7番ウッドが今日一番の当たりでした。上りの長い距離のミドルホールでしたが、見事にワンピンほどの距離にオンしてパーのチャンスだったのですが、残念ながらパーパットを外してしまいました。 前足上がりのホールで何度かミスショットを続けてしまったのが、今日の一番の課題となりました。もう一度レッスンを再読して、頭の中に叩き込んでおかないといけないようです。とにもかくにも、暖かくほとんど無風という最高の天候でプレイできたのは幸先の良い出だしでした。今年は良い事がありそうです。

一万円札より一つの優しさ

■20190101(月曜日:晴れ)

朝日に映える富士山です。

■今朝は走りました。朝6時に目覚ましをかけて、起き出すのに少し時間がかかりましたが、無事に一年のスタートを切ることができました。桃澤神社まで走って初詣をしようと思ったのですが、残念ながら途中で戻ってきました。トイレに行きたくなったのです。こればかりは致し方ありません。結局4.1 km を走り2019年の第1回目のランニングとなりました。また月100 km の目標に向けて積み重ねていくしかありません。走っている途中で親友の大村さんに偶然出くわしました。大村さんは平沼の家から三島大社まで歩いて初詣に出かけられたようです。本当に偶然でした。ゆっくりお話ししたい気持ちもあったのですが、何しろ一秒でも早く家に帰ってトイレに駆け込みたかったので、挨拶も早々に家に向かって走り始めました。大村さんにお会いできて今年は良い年になりそうです。

帰ってきて急いでトイレに駆け込みほっと一息です。シャワーを浴び、コーヒーを飲みながら東京新聞の朝刊に目を通しました。色々な記事が掲載されていましたが、一番心に残った新聞記事は、「一万円札より一つの優しさ」でした。大分県日出(ひじ)町の、あのスーパーボランティア尾畠(おばた)春夫さんのインタビューです。 尾畠さんの座右の銘は、「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」。仏教の教えに由来するこの言葉が座右の銘だそうです。金銭や物品など、返礼は決して受け取らない一方で「受けた恩はどんな小さいことでも忘れない」が信念です。

記事には、こうあります。

小学5年で母を亡くした。家計は苦しく、7人兄弟で一人だけ農家に奉公に出された。日中は農作業と馬の世話。夜は草履づくり。ひもじかった。中学に通えたのは3ヶ月ほど。鮮魚店で下働きを10年。20代で自分の店を持ち、65歳まで続けた。「今の自分があるのは、産み育ててくれたおふくろのおかげ。殺生した魚のおかげ。奉公がつらい時「がんばれ」と声をかけてくれたり、焼き芋くれたりした近所の人のおかげーー」

人は誰でも、生きている以上、どこかで誰かの善意を受けている。

「受けた恩は背負いきれない」と信念を語り、「一万円札より、一つの優しさの方が重い」と力を込める。

2019年はー。

「自然災害が減ってほしいね。でも、天の戒めだとも思う。あまりに人間がやりたい放題だ」。取り組みたいのは近くの海岸や国道の清掃。「ペットボトルの多いこと。目を覆いたくなる」。

失礼ながら、尾畠さんは学歴が高いわけではありません。でもお話を通して感じられるのは、人としての高い品格です。同じ年月を生きてきても、何を、どう学び、どう成長したかで、まさに天地ほどの差がつくのだろう、と我が身を省みるしかありません。尾畠さんのように誰もがなれるわけではありません。しかし近づこうとすることは、誰にでもできます。近づこうとしなければ、一生届かないのです。

2019年の元日に望み、身の引き締まる思いで読んだ記事でした。

元気でこうして集まることができるのが、最高の幸せです。

祈りの旅

■20181230(日曜日:晴れ)

川口駅前から実家のあった飯塚三丁目へ向かう道路です。半世紀前には、大きな燃料研究所があり、そこを迂回しないと駅まで行けなかったのです。今は一直線の道路が走っています。

■いよいよ平成30年も明日一日を残すのみとなりました。昨日で仕事も終わりましたので、今日はゆっくりと休んでも良かったのですが、月100 km 走の目標がまだ達成されていませんので、今朝は走りました。 目標達成まで10 km 強残っていましたので、今朝は6時に目覚ましをかけて起きだし、6時半から走り始めました。この時間になれば明るくなり始めますので、ペンライトを持たずに安心して走ることができます。普段ですと仕事の関係で、この時間のスタートでは安心してゆっくり走ることができませんが、今日はもう仕事はありませんので、のんびりとゆっくりとペースを刻みました。結局12.47 km を走り総計が102.26 km となりました。 これで46ヶ月間連続月100 km 走を達成したことになります。統計を取り始めてからの走行距離が、通算7,596 km となりました。今年も無事に一年間しっかりと目標を達成することができたことを、とても嬉しく思っています。

ネット上での集計を見てみると、今年は180回、通算1246.04 km を走りました。最も多く走ったのが3月で、107.71 km。 最も少なかったのが2月で、目標ギリギリの100.64 km でした。 1年間にわたってしっかりとした統計を取り始めたのが、2015年からですか、この四年間の統計を見てみると、最も多く走ったのが昨年2017年の1357.33 km です。 こうして統計を見てみると、今年は昨年よりも少なかったことがわかります。今年はTakuが仕事について時間が取れずに、一緒にマラソンに参加することが昨年のようにはできませんでした。昨年は千歳マラソン、立川シティマラソン、そしてお伊勢さんマラソンと3回一緒に走ることができましたが、今年はお伊勢さんマラソンの一回だけでした。これは致し方ありません。私自身も参加したマラソンは、千歳マラソンとお伊勢さんマラソンの2回だけでした。残念ながらフルマラソンは一度も参加することができませんでした。高野コーチと一緒に走るのを本当に楽しみにしていたのですが、残念ながら私の今の実力では、一緒にフルマラソンを走るのは、なかなか難しそうです。

■さて東京新聞に連載されている、「象徴のうた 平成という時代」は、 細胞生物学者であり、また歌人でもある永田和宏さんが書かれています。 今回の副題は「再生への願い 国民と共に」です。被災地への天皇・皇后両陛下の旅の様子を綴られています。 平成23年の元日には天皇陛下の御製(ぎょせい)五首、皇后陛下の御歌(みうた)三首が発表されています。天皇陛下はこの五種のうち四種で、そして皇后陛下は三種全てで東日本大震災をお詠みになっています。

津波寄すと雄々しくも沖に出でし船もどりきてもやふ姿うれしき 天皇

「生きてるといいねママお元気ですか」文に項(うなじ) 傾し幼な児眠る 皇后

皇后陛下の御歌は、津波で両親と妹を亡くした4歳の少女が「ままへ。いきてるといいね おげんきですか」と手紙を書きながら、その上にうつぶして寝入ってしまった新聞写真をご覧になっての一首である。寄る辺のない幼児が蒙(こうむ)る悲劇に、国民の目線で同じように悲しみを共有しようとされる姿勢が感動を生むのであろう、とあります。

翌平成24年5月には仙台市訪問に際して、その数日後にエリザベス英女王の即位60年行事のため訪英の予定があったのですが、両陛下の負担を思って、奥山恵美子仙台市長はあえてこの時期においでにならなくても、もっと後でもと提案したそうです。それに対して

英女王の招待ももちろん大事ですが、被災地を訪問せず訪英するという判断はありません。被災地に行かずに海外に行くことはないと陛下はお考えです」という返事が宮内庁から届いたという『祈りの旅』

記憶しておきたい言葉である、と永田和宏さんは書かれています。永田さんの脳裏には、この順番を間違えているのではないか、と思える政治家の行動があったに違いありません。そんな政治家がのさばっている現状を許している国民のありさまは、まさに国家の危機に違いありません。

派遣村

■20181228(金曜日:晴れ)

川口の実家が元あった場所です。この通りで吉永小百合さんが映画のロケをしていました。

■今朝は走りました。目覚ましが鳴る前の4時半頃に目が覚めてしまい、ここで寝てしまうと、リズムの関係で次に目が覚めるのは6時近くになってしまいますので、思い切って起き出しました。 7.06 km 走り通算89.78 km 残り3日で10.21 km となりました。天気予報では幸い、大晦日まで早朝に雨が降ることは無さそうですので、今のところ、なんとか目標を達成できそうです。朝方の冷え込みを考えて、昨夜は眠る時には厚めの掛け布団にしたのですが、夜中に暑さのために目が覚めてしまいました。 結局薄手の掛け布団に替えて熟睡することができました。

昨日はSunと二人で日帰り温泉に行ってゆっくりとお湯に浸かり、その後、施設内で一杯やりました。歩いて3分ほどのところにありますので、飲んだ後でも安心して、家に帰ることができます。昨日はSunが、御殿場の病院で漢方の先生に診てもらいました。ストレスのためでしょうか、最近めまいに襲われることが多くなったようで、Nonちゃんの勧めに従って診察を受けたのです。色々調べてもらった上で、漢方薬を2種類飲み始めることになりました。年をとると色々な不都合は出てくるものです。私自身も同様です。先日は24時間心電図の検査を受け、不整脈などの異常がないかをチェックしてもらいましたが、幸い異常は見つかりませんでした。動悸の原因が、はっきりしなかったのですが、精神的なストレスも原因なのかもしれません。

■今朝の東京新聞24面平成クロニクル(年代記)は、2008年の年越し派遣村を特集しています。「使い捨て」不況で表面化、とあります。2008年(平成20年)9月、米国の投資銀行の破綻をきっかけに世界規模の金融危機「リーマン・ショック」が起き、日本でも失業者があふれました。派遣村のメンバー達は、役所が閉まり職探しや生活保護申請もできない年末年始に失業者らを路上で死なせるな、と立ち上がったのです。 派遣村の村長を務めた湯浅誠さんは、雇用保険や生活保護などセーフティネットが機能せず、一度転ぶと底へ落ちる「すべり台社会」に警鐘を鳴らし続けています。

派遣村は国の規制力が効かなくなった結果。平成の初めの20年間、日本にないとされた貧困を派遣村が可視化した。

と指摘しています。 本来違法だった派遣労働に通訳など十三業務限定で風穴が開いたのは1985年。財界の意に沿って穴はみるみる広がり、規制緩和を叫ぶ小泉純一郎内閣の下で製造業への派遣も解禁されました。非正規雇用は急増し、格差が拡大したのです。フランスでの黄色いベスト運動や、アメリカでのトランプ大統領の誕生など、世界中でグローバリゼーションに対する異議申し立てがなされています。冷戦が終わり世界がひとつになり、平和の配当が世界中の人々にもたらされるのだと単純に信じていた人々の失望が、こうした運動を引き起こしているのです。我々は今こそ立ちどまり、普通の人々が普通の幸せをつかめるような社会を作り上げるには、どうしたらよいかを真剣に考え直す時に来ているのです。

足るを知る

■20181225(火曜日:曇)

サホロリゾートでのスキー教室です。

■今朝は走りました。昨日は連日のゴルフでしたが、夕食はのんちゃんと3人でお寿司を食べました。楽しいひと時でした。 週末から連休にかけて走るのをサボってしまいましたので、今日は五日ぶりに6.13 km を走り総計76.33 km となり残り6日23.67 km となりました。 残り6日で四日間いつものコースを走る必要があります。土曜日か日曜日には LSD をしないといけないようです。

12月22日の東京新聞「筆洗」欄は、カルロス・ゴーン容疑者が、特別背任という新たな容疑で、再逮捕された事について触れています。その書き出しは、こうです、

ことわざは「立って半畳、寝て一畳、天下取っても二合半」と言っている。出世しても、富を得ても、人は畳半分か一枚分しか必要としないし、それ以上占めることもできない。一度に食べられる量にも限りがある。足るを知れ。欲を戒める教えだろう。

ゴーン容疑者は18億円を超える損失を日産自動車に付け替えたなどの疑いがあると言われています。 事実ならば、悪質な会社の私物化です。私的な投資による損失の額にも驚かされます。 まさに底なしの欲望です。 際限がなくなる人の欲望というものの恐ろしさを、つくづくと感じざるを得ません。

パンの匂い

■20181218(火曜日:晴れ)

北海道の新得駅です。ここからサホロリゾートへのバスが出ています。

■今朝は走りました。6.15km を走り、これで64.05 km となり残り13日で35.94 km となりました。今朝はいつもよりも足取り軽く走ることができました。いつものコースを38分00秒で完走しました。1 km あたり6分10秒のペースです。自分としては、とても早いペースでした。どうしてなのか、よく分かりません。昨夜も寝る時は一番厚めの掛け布団を掛けたのですが、途中からは暑くて薄手のものに替えました。ということで2度ほど目が覚めたのですが、それなりによく眠れたようです。ちょうど5時少し前に目が覚めて、目覚ましが鳴った時には、もう起き出せる状態でした。5分ほどぐずぐずした後で、起きだして準備を始めました。冷え込みは緩かったようです。玄関を出て理由がわかりました。地面が濡れているのです。夜の間に一雨降ったようです。準備運動をいつものようにしてスタートしました。

あと2週間で平成30年を終わろうとしています。なんとか一年間、毎月100 km を走るという目標を、無事に達成できそうなところまで来ました。でも何事もそうですが下駄を履くまでは分かりません。怪我をしたり病気をしたりして途絶えてしまう可能性は、いつも目の前に転がっているのです。注意一秒怪我一生です。

さて昨夜はある先生の送別会がありました。わけあって静岡を離れることになったのですが、3人でのささやかな送別会でした。長い間色々助けていただいたこともありましたので、大変残念ですがこれも致し方ありません。お互いこれからも、それぞれの土地で自分にできることを精一杯やってくしかありません。会うは別れの始めなり、と言いますが、こればかりは致し方ないのです。

■東京新聞「私の東京物語」。現在は俳優であり作家でもある鈴木一功さんが思い出を綴っています。さすがに書き出しが秀逸です。

最初の記憶はパンとビスケットの匂いだ。今もパンを焼く匂いを嗅ぐと遠い昔がよみがえるような気がする。職人さんの登さんの大きな手。焼きたてのパンの味。祖父の笑顔。目の前の小学校の鐘の音。聞こえてくる小学生たちの声ーー。パンの匂いは幸せの匂いだ。

世田谷の若林。そこで過ごした幼少年期を描いています。誰にとっても幸せな人生の一時期です。 妹さんが生まれた時の 思い出はこう書かれています。

それからすぐに子豚が生まれた。どう見ても子豚の、妹の誕生。「赤ちゃんは最初は皆子豚なんだよ」と、心配する私に祖母が言う。小学校の端に交番があって、そこに遊びに行っていた私が若いお巡りさんに「妹は子豚だ」と言うと笑って「そのうちにお姫様になるよ」と言った。その後妹はお姫様になったかと言うとーーー。大豚様になったのでした。1957年。最初の記憶だ。

連載が楽しみです。

常識

■20181215(土曜日:曇)

2017年の伊勢神宮です。

■今朝は走りました。昨日の天気予報では今朝はこの冬一番の冷え込みになるだろうということでしたが、幸いにもここ沼津では曇り空だったためか、冷え込みはそれほどでもありませんでした。一番厚めの掛け布団をかけていたために、むしろ夜中には暑さのために目が覚めたほどでした。それでもぬくぬくとした布団の中から起きだすのは、今の時期なかなか辛いものがあります。 時計を見てみると、結局5分あまりグズグズしていたようです。昨夜は玄関に着替えを、しっかりと準備してありましたので、予定通り5時半にはスタートすることができました。

 

今朝は右足の着地に工夫を凝らしました。足の裏の違和感、足底筋膜炎でしょうか、それを避けるために着地の時になるべく親指側で着地し、地面を蹴るように心がけてみました。そのお陰かどうかわかりませんが、走っている間も痛みを感じることはあまりありませんでした。何度か試してみなければ、はっきりしたことはわかりませんが、少し明るい光が見えたような気がします。結局6.15 km を走り今月の通算走行距離は57.89 km 残り16日で42.10 km となりました。 いつものコースを走って今朝は40分を切ることができました。39分49秒です。平均ペースはキロ6分28秒でした。今月の残りの距離が、ちょうどフルマラソン1回分になりました。

 

■今朝の東京新聞「考える広場 暴言はびこる世の中で」は、考えさせられるものがあります。安倍政権が誕生して以来、決められる政治、といえば聞こえは良いのですが、実態は議論する過程を無視した、問答無用に近いと私には思えるのですが、その中で暴言がはびこっています。 杉田水脈衆議院議員が性的少数者( LGBT) は「生産性ががない」と雑誌に寄稿して炎上しました。 シンガーソングライターの泉谷しげるさんが言われていますが、暴言を吐く人は、自己顕示のための攻撃をしているのではないか、と言われています。泉谷さんはこの暴言に対して、

 

炎上狙いみたいなところもあって、どうやって関心を持たせるかって考えたのかな。過激なことを書いた方が読まれるだろうと。「私すごいこと言うでしょ」って。自己顕示に近いんじゃないかな。 彼女は半分ぐらいの人は賛成してくれると思ったかもしれない。でも計算違いだった。それでも自分は絶対に正しいと思うなら反論しないと。隠れちゃうんだもんな。無責任だよ。

 

私も泉谷さんのおっしゃる通りだと思います。受けを狙っただけの言いっぱなしなのです。

 

作家で法政大学教授の中沢けいさんは、会員制交流サイト(SNS)の登場が、耳を疑う暴言がまかり通る最近の言論の劣化の背景の一つの要因としてある、と指摘しています。 誰でも発言できる SNS 上に、当初はタブー(社会的な約束事)を破ることを面白がる思春期の少年少女のような感覚でヘイトスピーチ(憎悪表現)が現れました。しかしタブーが破られることによって、今まで社会の底に沈んでいた言説が浮上してきた、と言われるのです。そして従来の言論形成に力があった新聞、雑誌が「市場規模縮小」の時期に入ってしまい、かつての世論形成のプロセスが機能しなくなってしまった。しかし中沢さんは、やがて非常識は常識に収斂されていくと思う、と書かれています。それはちょうど自動車のようだ。自動車も普及期には交通事故が多発していましたが、道路交通法が整備され、同時に日常感覚としての交通マナーができてくると、秩序を取り戻しました。 最後に、こう書かれています。

 

今、日本では従来型の言論形成への蔑視や無知がはびこるのに加え、サブカルチャー全盛、の中でオーソドックスな精神形成のプロセス(メインカルチャー)が見失われている。しかし、それは「見失われた」のであって「失われた」わけではない。今こそ、広く社会で共有されるべき常識(コモンセンス)の再構築が行われるべきです。

 

日本の劣化、ということが盛んに言われます。いずれ常識が再構築されるのでしょうか。そして、それは何を拠り所にされるのでしょうか。論語が一つの規範になるように私には思えるのですが。

水道法改正と「華氏119」

■20181213(木曜日:晴れ)

2017年の伊勢神宮です。

■今朝は走りました。昨夜は冷え込みが強いとの予想のもと、掛け布団を一番厚めのものにしましたが、朝方逆に暑さのために目が覚めてしまい、一段薄め掛け布団に換えました。今週に入ってからは寒さのためもあってか、睡眠導入剤の服用などしなくても、15分ほど Kindle で読書をすれば速やかな睡眠が得られています。途中1度か2度目が覚めますが、トイレに入って再びとこに戻れば、すぐにまた眠りに戻れますので、朝床を離れる時には十分な熟睡感が得られています。今朝は6.15キロを走り、これで今月の通算走行距離は51.74 km となりました。パソコンの画面が50 km 到達おめでとうございます、と告げています。 足裏の違和感も消えているわけではないのですが、なんとかだましだまし今朝も最後まで走ることができました。 落ち着いてくれることを願うばかりです。

■今朝の東京新聞「大波小波」欄は、とても示唆に富むものです。水道法改正案が可決しました。公共事業が民営化される流れに乗ったように見えるけれども、諸外国ではむしろ逆の流れになっているのです。1984年にパリ市で導入され、その結果、「水メジャー」と呼ばれる企業の下で、水料金は25年間で3.5倍に高騰しました。 現在では水道事業を再公営化する都市が多く、世界の趨勢に逆行する時代遅れな方式なのです。 同時に著者は、マイケル・ムーア監督のトランプ批判の記録映画「華氏119」について触れています。

トランプに支持されたミシガン州知事が水道事業を民営化した。その結果、水道会社のコスト削減策によって、飲料水に鉛が混入し、子供たちに深刻な知能や遺伝子的な障害が出た。その事実を当局は医師や下級官吏に圧力をかけ、隠し続けた。

著者はこうも述べています。

公益の福祉には当然費用がかかる。ここに企業と同じ利益第一の原則を導入すれば、福祉という考えそのものが根本から傷つけられる恐れがある。今こそ立ち止まって再考すべき時だ。

私もその通りだと思うのです。

開幕宣言

■20181208(土曜日:曇)

おはらい横丁にて。子どもたちの応援が、とても力になりました。ハイタッチしてもらっています。

■今朝は走りました。今月は日曜日にハーフマラソンを走りましたので、今のところ余裕があります。6.18km を積み重ね、残り23日で 66.64km とエプソンのサイトが教えてくれています。33.35km を走りましたので、このペースで行けば、120キロは走ることができる計算ですが、そうは行きません。でも今年最後の月ですし、どの程度積み重ねができるか試してみるのも悪くありません。

■東京新聞「この道」では現在 Jリーグ元チェアマンの川淵三郎さんの連載です。昨日の題名は「開幕」でした。1993年5月15日、国立競技場で Jリーグの開幕セレモニーが行われました。記事によれば当初、川口さんは開会宣言をするつもりはなかったそうです。格式ばったものが好きでなく、大学の入学式や卒業式にも出ていない、というのですから筋金入りです。それでも親しい記者からは歴史的なものだからやった方が良い、と言われて考えを変えたのです。広告代理店の博報堂があいさつまで考えていたようですが、さすがにそれは断って自分で原稿を作られました。それでも川口さんらしく、長いものにはしたくなかった、30秒で終わろう、後に特集などで流される時に、半分で切られてもいいように、とまで考えていたそうです。

スポーツを愛する多くのファンの皆さまに支えられまして、 Jリーグは今日ここに大きな夢の実現に向かってその第一歩を踏み出します。1993年5月15日、 Jリーグの開会を宣言します。 Jリーグチェアマン、川渕三郎

あえて「サッカー」という言葉を使わなかったのは、スポーツファン全体のための Jリーグという思いを伝えたかったからだそうです。 この簡潔明瞭な開会宣言は、いかにも川口さんの人柄を表しているのでしょう。映像に残るから宣言は原稿を見ながらやろうと考えていたそうですが、原稿は見ているようで、見ていなかったというのです。原稿には「夢の実現に向けて」とあるのに「夢の実現に向かって」と言ったことに、後になって気づいたそうです。後に映像を見て、読み終えた原稿を手に持ったままにしていたが、ポケットにしまうのが普通だとすれば、やはり緊張していたようだ、と書かれています。川口さんといえども歴史的な舞台で、やはり平常心ではいられなかったのでしょう。とても興味深い記事でした。

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