■20210410(土曜日:晴れ)

淡島と富士山です。これだけ綺麗に見えるのは、めったにありません。

■今朝はゆっくりと休みました。今月も10日になってしまいました。昨日岩手県の盛岡では、桜の開花宣言と2月以来の降雪が同時に記録されました。開花した桜の花びらに雪が、まるで振り撒いたように付着しているのは、夢のような風景でした。

今年の冬は、あまり寒さが続きませんでした。沼津では水道管が凍った記憶が一度もありませんでした。 冬の朝、走り終わって残り湯で体を洗い、さて熱いシャワーで最後にほっと一息入れようと思って、水道管が凍っていることを知った時ほど情けないことはありません。今年は幸いにも、そんなことは一度も無かったように思います。

■今朝の東京新聞「ネットで何が」 欄には、「在宅ワークは苦手」も認めよう、と題して書かれています。会社員・ライターの伊藤聡氏が SMS に投稿した「私はテレワークに向いていませんでした、という話」 が多くの共感を集めた、という記事です。

テレワークのメリットについては、いくつか挙げられます。「満員電車に乗らなくて済む」。「嫌な上司と合わないでいい」。「自分の仕事に専念できる」。「観光地で仕事ができる」などなど。

デメリットは、「子供がいる中で仕事をするのは無理」。「夫(妻)の仕事中の横暴な姿を見て幻滅した」などがあったがメリットと比べれば少なかった、というのです。

伊藤氏は多数の「自分がテレワークに向いていない」実例をあげています。「自宅では集中できず長時間労働になったり、土日の開放感がなくなったり、他人と話せないことが苦痛だった」。 そして、こう語っています。

「家にいるのが苦しかったと認めるのは、恥ずかしいことではないと言いたい」。この意見に賛同する人も多かったが、リモートワークと出社、どちらもその日の気分によって選べるようになればいい、という意見もありました。

現在のようにリモートワークが新しい働き方として語られる場合、肯定的に捉えなくては「遅れた人」だと馬鹿にされがちな空気があります。その中で正直に自分には向いていなかった、と告白した伊藤氏に同様の感覚を抱く人から、多くの共感が得られたようです。

20年間のリモートワークを続けてこられた、この欄の編集者・中川淳一郎氏は、このように共感を語っておられます。

何しろ喋りかけることができる同僚がおらず、寂しいのだ。だから時々来る電話が嬉しかったりもする。

昨今流行りの、電話は「人の時間を奪う暴力的ツール」と逆行する意見だが、これも伊藤氏同様、正直な気持ちである。

■私自身は30年以上、 独立事業主として自宅で仕事をしています。したがって通勤と言っても、1分もかかりません。

コロナ禍で会議に出掛けることが無くなってみると、電車に乗ることも無くなりました。定期券代わりに使っていたスイカには、カビが生えてきそうです。先日あるお店で代金を、スイカで久しぶりに払おうとしたら、時間切れです、とか言われて使用できませんでした。スイカに有効期限など、ありましたっけ。

30年も満員電車に乗っていないと、懐かしくなりたまには乗ってみたいと思いますが、一週間も持たないでしょう。時間と体力の無駄遣いです。

ただし同僚と会えない、という点は、やはりマイナス点です。一人で作業をするというのは、気を使わなくて良い、とも言えますが、喜びも生まれないはずです。

アドラーの言うように、人の持つ全ての悩みは人間関係の悩みである、ことは間違いありませんし、同様に喜びも人の間にあるわけですから。リモートワークだけで済ませるのではなく、両者を上手に併用できると精神的にバランスが取れそうな気がします。