カテゴリー: 残日録 Page 1 of 57

恐怖

■20190913(金曜日:曇)

北海道 富良野駅の様子です。

■昨夜は静岡県東部眼科医会放談会をプラザヴェルデで開催しました。一般演題6題、そして千葉大学から緑内障を担当されている、白戸先生にお越しいただきました。先生のお話では千葉県では緑内障を専門に診療されている病院が少なく、患者さんが千葉大学付属病院に集中する傾向があるようです。ということは、多くの患者を一手に抱えて先生は大忙しの毎日という事態になります。

緑内障の治療は効果の高い多くの点眼薬の出現によって、昔と比べて大きく変わりました。また疫学調査やOCTなどの新しい検査機器の登場によって、緑内障自体が以前考えられていたよりも、ずっと頻度の高いものであることも分ってきました。実際に現在では中途失明の原因として、緑内障が第1位の原因疾患になっています。40歳以上では5%に、そして70歳以上では10%以上の罹患率があると考えられています。診療していると、高齢者のほとんどに、緑内障性の変化があるように思えてくるから不思議です。

点眼薬でコントロールができない症例は手術が適応となります。以前は緑内障の手術というと手術自体が大変難しいと同時に、術後管理が大変でした。しかも、白内障の手術のように、手術の後にまるで別世界のように物が綺麗に見えるようになる、ということは緑内障の手術ではありません。それ以上病状が進まないようにするという目的での手術だからです。患者さん自身も緑内障の手術を希望しないことが多く、手術を勧める立場の私達も、大変迷う場合が多いのです。

しかし、最近は手術の方法も様々に工夫、改善され、患者さんにとっての負担も、かなり軽減されました。白戸先生のお話をうかがい、手術に踏み切るタイミングを見極めることが、これまで以上に大切だということを教えていただきました。大変勉強になった有意義な放談会でした。

先生は昨夜のうちに千葉にお帰りにならなければなりませんでした。会場の終了後には、大学時代の仲間の先生と歓談されるということで、私は会場でお別れして帰宅の途につきました。またゆっくりお話できる機会があれば、と願っています。

■台風15号のお話も伺いましたが、一軒家にお住まいの先生は、ちょうど台風が真上を通過したようで、一瞬風がピタリと止んだ後に、猛烈な風が吹き荒れ、家が吹き飛んでしまうのではないかと恐怖を感じたそうです。風速が50Mを超えたようですから、その恐ろしさは言葉では言い表せないものだったに違いありません。

違い

■20190911(水曜日:曇)

芦別市にある三段滝です。涼しげでした。

■今朝は走らずにゆっくりとお休みました。千葉では未だに電気が復旧せずに、猛暑の中大変な苦労が続いているようです。特に病院では停電していると、適切な医療を行えずに、スタッフの皆さんが大変苦労していることが容易に想像できます。東日本大震災の際は、寒さに被災者がうちひしがれましたが、今回は猛暑の中ですので、これもまた大変です。私達の生活がいかに電気によって支えられているかを痛感します。

NHKスペシャルで映像の世紀という番組を放送していましたが、20世紀は映像の世紀であると同時に、電気の世紀でもあったかもしれません。

■さて、安倍総理が内閣を改造し、新しい大臣の顔ぶれも決まりました。小泉進次郎氏も男性としては史上最年少の入閣となったようです。環境大臣に就任したようですが、活躍を祈るばかりです。先日、小泉氏のある講演会の様子をYouTubeで見ることがありました。毎日新聞の主催した講演会で演題名は、人生100年時代だったように思います。その語り口は優しく、確かに人を引き付ける天性のものを持っていると感じました。

ただ、小泉氏の講演を聞いていると、ああ、そうですか、の一言で終わってしまいそうなのです。まるで、BGMを聴いているような思いなのです。聞いていて、強く心を惹かれるとか、感動するといった心の動きは全く起こりません。耳障りがとても良いのです。邪魔にならないのです。ある意味、何時間でも聴いていられるかもしれません。疲れないからです。

しかし、逆な言い方をすれば、あまり内容がないのです。したがって自分の頭で考える必要は、ほとんどありません。ただ聞き流していれば良いのです。テレビのバラエティ番組に似ているかもしれません。バラエティー番組は要するに暇つぶしです。時間が流れる、それだけが目的の番組です。小泉氏のお話から私が感じたのは、まずそんな点でした。

その裏返しとも言えるのが、山本太郎氏の演説です。山本氏の演説は聞き流すわけにはいきません。自分自身の頭でしっかりと受け止めて、そして考えなければならないのです。そして、文字通り感動するのです。その力は本当にすごいとしか私には言いようがありません。もし1度も、山本氏の演説を聞いたことがないのであれば、是非YouTubeでご覧になることを勧めます。時間の無駄だったと感じる人は、恐らくほとんどいないはずです。そして、小泉氏が語る世界と山本氏が紡ぎ出す世界の違いに心底驚くはずです。

2人とも日本の現状を語り、我々がどう行動すべきかを語っているのですが、まるで別世界の話をしているように感じるからです。小泉氏の語る世界は、まるでメルヘンの世界のようなのです。そこには何の問題もなく、そこに生活している人々の悩みと言ったら、今日の夕飯のおかずは、お肉にしようか魚にしようか、そうした迷いしかないようにすら感じるのです。一方、山本太郎氏の語る世界の住人は、まるで真逆です。社会の中に自分の居場所を見つけることが困難であり、毎日の生活と必死に闘っている人達なのです。

2人の紡ぎ出す世界のどちらが本当の現実を描き出しているのかと問われれば、どちらも間違ってはいないのでしょう。現実の裏と表、そのどちらに焦点を当てるかの違いです。どちらも現実なのです。これからの日本をより良い世界にするためには、どちらを応援すべきなのか、それは自分の頭で考えるしかないのです。

風速50メートル

■20190909(月曜日:曇ときどき晴れ)

芦別市にある三段滝です。

■台風10号は早朝に三浦半島を通り千葉市に上陸しました。980ヘクトパスカルと千葉市に上陸した台風の中ではかつてないほどの強さです。そして記録した最大瞬間風速が50メートルを超え、これも観測史上最も強い風が吹いたようです。各地で停電が発生し午前6時の段階で復旧していない地域も多いようです。交通機関の乱れは身近な電車やバスのみならず、高速道路や航空機にも及び、通勤時間帯とも相まって、今日の首都圏は大混雑になるようです。

ここ沼津では午前6時を過ぎる頃から雨も止み、所々に青空が見えるようになってきました。 夜の間に台風が通過してくれましたので、ここ沼津では、幸いにも、どうやら大きな被害は出なかったようです。 自然は私たちを優しく包んでくれることも多いのですか、度を外れると、やはり恐怖を覚えるしかありません。風速50メートルという状態が、まさにそうした恐怖そのものです。

風そして雨などの自然現象を、映像の中に見事に取り込んだのが黒澤明監督だと言われています。 ほとんどの 作品を白黒で撮影した黒澤監督は、雨のシーンで特別な工夫をしていたそうです。羅生門や七人の侍の中で、雨として降らせる水の中に墨汁を混ぜていたというのです。 もう一度作品を見てみると興味深いかもしれません。

 

無意識の植民地主義

■20190906(金曜日:晴れ)

北海道立夕張東高等学校記念塔です。校歌が刻まれています。

■今朝は走らずに、ゆっくりと休みました。昨日は暑さの中、午後から少しゴルフの練習をしました。朝夕は大変過ごしやすくなってきましたけれども、昨日も日中はまだまだ気温も高く、強い日差しの下で運動していると熱中症になりそうでした。さすがに疲れてしまいました。

 

先日 YouTube で、あるゴルフのレッスンを見ました。 ゴルフスイングでは、そのトップの位置において、手首の位置とクラブヘッドの位置が、今まで思っていたものと、全然違っていたのに驚いたのです。剣道で考えてみるとわかりやすいのですが、面前に構えた竹刀を、まっすぐ真上に振り上げ、そのまま相手に向かって真っ直ぐ振り下ろす。当たり前のことです。一番上に来た時に、へそと手首と竹刀の先が一直線になるわけです。

 

ゴルフのスイングにおいても同じなのだと誤解していました。レッスンによれば、ゴルフでは手首が頭の上に来た時に、クラブヘッドは一直線上ではなく、むしろ90度右側に折れ曲がっているのが正解なのだそうです。 一直線上に来るようにトップからダウンスイングに入ると、 クラブヘッドのシャフトよりの底の部分にボールが当たってしまい、スイートスポットでボールを捉えることができなくなるというのです。

 

昨日はサンドウェッジでのアプローチで、このレッスンを試してみました。最初はきちんとボールに当たらずに諦めかけたのですが、 スイングのイメージとして手でボールを打とうとするのではなく、今までよりも真下にスイングする、つまり手で地面を叩くようなイメージでスイングすると、クラブヘッドが立ち上がり、綺麗にボールをとらえることができることに気づきました。

 

まぁ、始めたばかりですので、多分実際にやってみると、ミスショットの連発に違いないのですが、何か少し糸口をつかんだような気がして嬉しくなりました。つまりは成長できる可能性を見つけられたということです。どんな小さな、つまらないことでも良いのです。自分が今までよりも成長できるかもしれないと想像することは、とてもワクワクして心踊るのです。 老け込まないためには、この気持ちが一番大切なのだと思います。私の好きなゴルフの名言に、以下のものがあります。まさに人生も、このとおりだと思うのです。

 

いつかは幸運が訪れることを期待して、努力を続け、ボールを打ち続けなさい。

─ ボビージョーンズ ─
  (アメリカゴルファー)

 

 

成果主義

■20190905(木曜日:曇)

「ふる里 大夕張の碑」です。

■今朝はゆっくりと休みました。2日続けて朝走りましたので今日は小休止です。9月も始まったばかりですので、ひと月を通しての計画をある程度立てる必要があります。毎週25 km を走れば月100キロを走ることができます。 ですので週25 km 走ることが、とりあえずは目安となります。 いつものコースですと一回の距離が6.2 km 強ですので、7日のうち4日走れば大体25 km となります。 夏になってからは暑さのためか歳のためか、一回で10 km 以上走ることが難しくなってきました。回数をこなしていかないと目標達成は困難です。とりあえず明日の朝走る予定です。

 

■さて今朝の東京新聞文化欄には総合研究大学院大学長の長谷川眞理子さんが、「浅知恵に振り回されないで」と題して寄稿されています。ヘンリー・ジェイムズの長編小説「鳩の翼」を題材に、組織における成果主義は実行可能かどうか検討されています。 鳩の翼について長谷川さんはこう書かれています。

 

この小説の読み方はいろいろだが、良かれと思って人を操作しようとしても事は思い通りにはいかず、結局は誰もが不幸になる、というのが私の解釈だ。

 

これに続いて長谷川さんは、政府が86 ある国立大学を、いくつかの指標によって評価し始めたことを論じています。 それは、以前企業が行った、いわゆる成果主義なのではないか、と疑問を呈しています。 それは、2000年代に入りバブルがはじけ、日本の雇用に特徴的であった年功序列、終身雇用の慣習を変え、個人の仕事の成果を評価し、給与その他に反映させようとした試みでした。しかしこの試みはどうもうまくいかなかったようです。

 

長谷川さんは三つの理由を挙げられています。第一は、成果をどう評価するのかの基準が困難で、ほとんどの人が満足できない。第二に、個人の成果を競わせることでチームワークが壊れ、ギスギスした職場環境になる。そして第三に、成果指標の点数を上げることそのものが目的化し、不正が多発することをあげています。 スルガ銀行やかんぽ生命保険の例で見るように、 数字だけを追っていると、事の本質を見失うようです。

 

長谷川さんは最後にこう述べています。

 

結局のところ、何のために評価し、評価によって何を達成したいのか?それぞれの人が、自分がまともに評価されていると感じ、働きがいを見出せる職場にすること、そして、それらが積み重なることによって、集団全体の業績が上がること、それが目的だろう。

 

鳩の翼の主人公 ケイトの企みが、結局はすべての人々を不幸にしたように、浅知恵で人を動かそうとしても駄目だ、というのが長谷川さんの結論のようです。

 

ホー・チ・ミン

■20190902(月曜日:晴れ)

夕張から富良野へ向かう途中でみた廃線になった駅舎です。

■今朝はゆっくりと休みました。昨日は防災の日で、沼津市の保健センターで行われた防災訓練に、医師会のメンバーとして参加し、トリアージの仕方を学びました。静岡医療センター、そして沼津市立病院の災害援助チームDMATの皆さんが来られて指導をしてくださいました。静岡医療センターの小澤先生がまず全体のお話をされて、その後グループに分かれて、現場における実際の手順を学びました。

 

現実の救護所に置いては、押し寄せる患者さん、1人あたり30秒で仕分けしなければならないようです。これは大変なことです。3人一グループのに別れて、それぞれが患者役、仕分けをする役、そして記録する役と三通りの役割を順番で実際に体験しました。負傷した患者さんの立場になれば一刻も早く治療を受けたいわけですが、押し寄せる患者さんの優先順位を付けることはとても難しいことです。

 

■さて、午前中いっぱいの訓練も無事に終わり、家に帰る途中のコンビニで買った冷やし中華を昼食として食べました。昨日の朝は9月の初めの日として、走り始めの日でしたので、いつものコースを6.2キロ程走りました。昼食後に少しまどろんで休みを取り、午後からゴルフの練習に出掛けました。

 

ところが練習の途中で体調に異変が起きました。脱力感と軽いめまいのような症状が起きたのです。いつもの軽い低血糖症状かとも思ったのですが、今回はいつもより重症でした。練習を続けるのはさすがに無理と判断し、木陰に入ってヘタリ込んでしまいました。15分から30分の間でしたでしょうか、木陰で風に当たりながら、体調が戻るのを待ちました。

 

先日練習していた時にドライバーが壊れてしまい、昔使っていたものを持ち出して練習しようと思ったのですが、さすがにこれ以上練習するのは無理と判断し、家に戻ることにしました。脱力感とまだ体がフラフラしましたので、運転して家に帰るのは心もとないほどでした。

 

何とか無事に家に帰り、甘いものを早速むさぼり食べました。一口大のアイスクリームと、鳩サブレーです。これで何とか一息ついたと思いましたが、とにかく横になっているしかありませんでした。

 

夕方帰ってきた、Sunと一緒に日帰り温泉に行きましたが、どこで夕食をとるか、散々迷いました。通常なら、ご苦労さん会と称して一杯やるのです体調からすると、どうもそんな元気もなさそうでした。しかしお風呂に入って、なんとか元気を取り戻しましたので家に車を置き、居酒屋さんへ出かけたのです。

 

■さて今日は、ベトナム建国の父、ホー・チ・ミンさんの命日です。1969年心臓発作のために亡くなられました。今でもベトナムでは、「ホーおじさん」として慕われています。どこへ行っても肖像画が掲げられています。その様子は、旧ソ連時代のスターリンや北朝鮮のキム一族のものとは、少し違うように感じました。

 

フランスの植民地として国民生活は、ひどい状態にあったわけですが、そんな中から、多くの仲間とともに、独立を勝ち取っていくのです。そんな歴史を学ぶと、アジアで数少ない欧米諸国の植民地とならなかった日本は、本当に幸運でした。

 

しかし太平洋戦争でアメリカに敗北した日本が、その歴史をきちんと精算すること無く、あやふまなまま戦後を送ったことの代償を、今払いつつあるようにも思えます。自分たちに不都合は歴史を認めない、という行動を取り始めているからです。経済的に行き詰まり始めている、という面も大きく作用しています。先進国中、唯一のマイナス成長国です。もちろん政府の経済政策の失敗なのです。全ては政治の問題なのです。その結果、「貧すれば鈍する」となり、ネット右翼的な人々が大活躍することになったのです。

 

ある識者が指摘していましたが、派遣労働者の増加などで雇用形態が変わり、労働者の所属がすっかり変わってしまった。その結果、所属している組織が掛けていた、これまでのタガが外れてしまった、というのです。労働組合も含めて、会社という組織が、それぞれの日本人一人ひとりを社会人として、いわば涵養してきた。つまり「水が自然に染み込むように、無理をしないでゆっくりと養い育てること」をしてきたのですが、その役割を果たすべきものが無くなってしまった、というのです。

 

良くも悪くも、戦後の日本は会社社会だったのでしょうか。所属する会社が、戦後の秩序を守ってきた面があるようです。欧米の識者が、日本のように宗教教育をせずに、どうして社会の道徳・秩序を保っているのか不思議だ、と首をかしげる話は、よく聞きましたが、日本では会社という宗教団体が、その役割を担っていたのでしょう。いまや、そのタガが外れたのです。これは恐ろしいことです。真剣に考える必要があるのです。

 

 

踏絵

■20190831(土曜日:曇)

高倉健さんへの思いは、尽きることがありません。

■いよいよ今日で8月も終わりです。つい昨日、元日を迎えたように思い返すのですが、あっという間に夏も過ぎ去ろうとしています。昨年のように猛暑日が何十日も続くといったような天候ではありませんでしたけれども、今年も暑い夏でした。梅雨が長く、毎日毎日雨ばかりでした。梅雨が明けた途端蒸し暑い毎日が続きました。

 

今年は梅雨に入る前に、壊れていた寝室のエアコンを買い替えました。おかげで今年は、蒸し暑くて眠れないということはありませんでした。決して高価なエアコンではありませんが、エコモードという運転タイプでは、つけっぱなしでも室温が下がりすぎるということが無く、そういう意味では安心して眠ることが出来ました。今週に入ってからは、さすがにエアコンをつけっぱなしで寝る事は無くなりました。寝る前に三十分ほど掛けておけば、もうそれで十分なのです。

 

■さて遠藤周作さんの講演集「人生の踏絵」を、毎晩読み続けています。戦国時代に日本へやって来た宣教師たちが、幕府の拷問に耐えかねてキリスト像が描かれた踏絵を踏んで、転向していく様子を描いた「沈黙」を中心に講演されています。

 

人は誰でも生きている間には、それぞれの踏絵を踏むことで生き永らえているのではないか、という遠藤さんの問いかけです。聖人君子など、いようはずがない、ということです。端から見れば、好々爺と見える人でも、生きている間には何度も人を傷つけ、そして傷つけられて来た。それぞれの人が持つ、そうした業を描くのが文学だ、ということでしょうか。

 

まだ読み終えてはいないのですが、とても面白いと思ったのは、フロイトなどの精神分析が出現し、無意識という世界が知られるようになってからは、昔のように人間を単純に描くことが、文学者はできなくなった、という指摘です。つまり主人公は嫉妬のあまり犯罪を犯した、と一直線には描けなくなった。どうしてそんな行動を取ったのか、実は本人にもよく分かっていないのではないか、というです。作者の描く人物の行動が、とても不可解に見える。その不可解さを、どう描くのかが文学なのだ、とも言えるのでしょうか。

 

関節痛

■20190827(火曜日:晴れ)

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「幸福の黄色いハンカチ」の世界です。

 

■今朝は起きるつもりで準備をしていたのですが、さすがに疲れが出たのでしょうか、起き出すことができませんでした。昨日はほぼ1週間ぶりの診療でした。夏休み明けを待っていてくれた患者さんたちが、どっと来院しました。午前中も午後も診療が終わったのは、いつもよりも30分以上遅くなってしまいました。

力仕事ではありませんし、日中、陽射しの下で汗だくになりながら働いている皆さんに比べれば、冷房の効いた部屋で仕事をしているわけですから、贅沢といえば贅沢なのですが、それでも疲れました。

ということで、昨夜はさっさと床に入って、遠藤周作さんの本を読みながら早々と寝ましたが、疲れが残ってしまったようです。月100キロ走の目標達成のためには、まだあと10キロ残っています。ここ1ヶ月ほどは、暑さのためもあったとは思いますが、1度で10キロを走ることは、出来そうにもありませんでした。

とにかく積み重ねしかありませんので、明日の朝は必ず起きて走るつもりです。昨日スイカをSunが買ってきてくれました。走った後の冷たく冷えたスイカほど、美味しく、また元気を回復させてくれるものは、私にとってはありません。

■昨日からでしょうか。左手の薬指の関節に痛みを感じるようになりました。普段痛くなる訳ではないのです。何かを握ろうとして関節を収縮させようとすると痛みを感じるのです。何が原因なのでしょうか。特にぶつけたとか、そうした既往はありません。左手薬指の第一関節です。とりあえず鎮痛消炎剤を飲んでおくしかなさそうです。湿布もしておきましょう。

 

廃線

■20190822(木曜日;晴れ)

 

s_20190822

夕張駅への線路が、ここで終わっています。今年の4月に廃線となりました。

 

■夕張支線が廃線になったのは、今年のことです。ネットによれば、

 

北海道夕張市内を南北に貫く石勝線夕張支線(新夕張~夕張間16.1km)が4月1日に廃止された。1892年11月、前身の北海道炭礦鉄道室蘭線の支線として開業してから126年と5か月での終焉となった。JR北海道の路線廃止は、2016年12月に廃止された留萌本線留萌~増毛間以来となる。

 

最終日の様子は、「3両編成に500人、170%の乗車率だった最終列車」とあります。石炭輸送から生活のための鉄道に役割を変えていた夕張支線でした。最盛期には夕張だけで高校が6校あったそうですから、往時の繁栄がしのばれます。

 

石炭から石油への時代の変換は、いかんともし難い流れだったのでしょう。炭鉱事故で多くの方が亡くなられたのは、様々な映画に頻出する場面で知ることができます。そうした方々の犠牲の上に、私達は高度経済成長の時代を謳歌できたのです。手を合わせて感謝するしかありません。

 

■今朝は走らずにゆっくり休みました。昨日は二人だけの誕生パーティを開いて、ゆっくりと夕食を楽しみました。語り合うのはやはり、これまでの30年です。新しく開業した医院の運営と、子育てに追われた30年でした。二人ともよく頑張りました。当たり前のことですが二人とも全く初めての経験でしたので右往左往の連続でした。二人とも若かったから乗り切れたに違いありません。

 

開院当初は患者さんも少なく、はっきり言って暇な毎日でしたが精神的には疲労感いっぱいでした。この先どうなるのやら見当が全くつかなかったからです。 8月に開業し、その年いっぱいは本当に暇でした。そんな日が永遠に続くのではないかと感じました。年末には、用意していた運転資金も底をつき始め、 このまま続けていけるのかどうか、本当に不安になったことをはっきり覚えています。

 

年が明けて、ある時から突然患者さんが激増しました。花粉症の季節がやってきたのです。勤務医をしていた頃には、そんなことは気づきもしなかったのですが、花粉症の威力をまざまざと見せつけられました。 その後の30年間、大きな事故も無く、無事に乗り切れたのは、ひとえにSunや病院スタッフのおかげだと感謝しています。何が起こるかわからないのが医療の世界です。これからも注意一秒怪我一生の思いで、毎日を送るしかありません。

 

そして子どもたちも、無事に自立して家を離れていきました。一人また一人と家を離れていくことは、当然のこととは言え、二人きりになってしまうと、また振り出しに戻ってしまった双六のような思いがしました。

 

今になると、もっともっと子どもたちとの時間を大切にしておくべきだった、と後悔するばかりですが、こればかりは切りがないのでしょう。その時は、いずれやって来るものなのです。

 

凌駕

■20190816(金曜日:雨)

 

s_20190816

我が家の窓から見た南側の空です。新しいスマホのカメラで撮りました。

 

■昨日は敗戦の日。

 

令和最初で74回目の「終戦の日」となる8月15日、政府主催の「全国戦没者追悼式」が日本武道館(東京都千代田区)で開かれる。天皇皇后両陛下や安倍晋三首相、遺族ら約7000人が参列し、戦没者に黙とうを捧げる。天皇陛下の「お言葉」にも注目が集まる。

 

と、ネットにはあります。当たり前のことですが、テレビで見ていると、いままで平成天皇がお言葉を述べていたのですが、今年からは令話天皇がお役を務められています。様々な場面で平成天皇・皇后両陛下の姿をテレビで見ていたのですが、お二人が話題になるのは、体調面のことが主体になってきました。人間ですから当然です。お元気でいらっしゃることを祈念するばかりです。

 

■さて今週、新しいスマホが届きました。Huawei P30 light です。いままでは、同じ会社の二代前の製品、Huawei P10 light を使用していました。何が違うのか。まずはカメラです。とても良い性能です。今週末から出かける北海道旅行や、10月に出かけるベトナムでのボランティア活動で活躍してもらうためです。

 

ゲームをするわけではないので、処理速度に関しては、それほどの違いは私には分かりません。ただカメラ性能の違いは歴然です。今日の写真は、台風が近づくなか、南の空に向かって満月を撮ったものです。雲のために辺縁が鮮明でないのは私のミスですが、以前のカメラですと、そもそも夜空に浮かんだ月を撮ることができませんでした。全くピントが合わないのです。

 

P30では、人工知能 AI搭載のために、そのあたりは賢く処理してくれるおかげで、被写体に合わせた写真が自動的に撮れる仕組みです。中国製というと、未だに安かろう悪かろうと先入観で判断している人がいることに驚くのですが、ハードの面で日本を超えたのはもちろんですが、いまではソフトウェアの面でも、日本の遥か先を行っているのは公然の秘密のようです。

 

教育への予算をケチった政府の施策のために、いまでは中国の研究機関の発表する論文数のほうが日本を凌駕しているのです。このあたりは、以下の野口悠紀雄さんの記事に詳しく書かれています。

 

アベノミクスの6年間で、日本と中国の格差はさらに拡大した(先端分野では、もはや及ぶべくもなく…)

 

アベノミクスという言葉に浮かれて、必要な施策を打ってこなかったツケがはっきりと現実化したのです。安倍内閣の6年間で拡大したのは、格差とヘイトスピーチぐらいなのではないでしょうか。我々は、そのことをしっかりと見つめる必要があります。逃げ回っているばかりでは、何の解決にもなりません。自己陶酔に陥っていても、事態は良い方向へは向かわないのです。

 

安倍政権で進歩したのは、情報操作だけではないか、とすら思えます。広告代理店の勝利なのでしょう。多額の税金が投入されているはずです。そんな金があるなら教育に投資すべきだったのです。隠蔽と糊塗の6年間とも言えそうです。まさに、糊塗(あいまいに取り繕っておくこと。一時しのぎにごまかしておくこと)だったのです。

 

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