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乱調

■20190118(金曜日 晴)

サホロリゾートホテル・フロント前にあるお人形です。

■昨夜はほとんど眠れませんでした。咳が止まらないのです。眠りに落ちようとすると咳が止まらなくなり、目が覚めてしまいます。本当に苦しい一夜でした。喉の痛みが酷かったので、またいつもの扁桃腺炎かと思っていたのですが、さすがにこれは違うと、朝起きて知り合いの先生のところに行き、診察を受けました。

もう15年ほど前でしょうか、同じような経過を辿りその時は肺炎になってしまいました。危うく命を落とすところでした。開業してほぼ30年。病気が原因で休んだのはその時だけでした。三日間ひたすら寝ていました。今回もそうなってはいないかと、そればかりを心配して出かけたのです。胸の写真、CTなどから、幸いにも肺炎には至っていないということでしたが、なんとインフルエンザ A が陽性に出てしまいました。喉の痛みがあまりにひどかったので、インフルエンザの事など考えもしませんでした。とはいえ原因がはっきりしたことと、肺炎には至っていないことが確認でき、ほっとして家路に着きました。今日と明日は休診にして休むしかありません。

さて休むだけではいけません。しなければならないことが残っています。まずは今晩の夜間待機当番を何とかしなければなりません。幸い知り合いの先生が理由をお話ししたら快く交代してくれることを了解してくれました。その日に急に代わってくれと言っても、お互い都合があることですから、ほとんどは無理の場合が多いのですが、本当にありがたいことです。これでゆっくりと休むことができます。さらに明日の15時からは静岡県眼科医会総会が静岡市で行われます。副会長ですので私も当然出席しなければならないのですが、まさか出席するわけにもいきませんので、会長に連絡し事情をお話して欠席することをお詫びしました。来週27日の土曜日には、高度医療機器管理者講習会が静岡市で行われるのですが、その際に私は担当副会長として、1時間お話をしなければなりません。これだけは休むわけにはいきませんので、それまでにとにかく体調を戻さなければなりません。スライドはほぼ出来上がっているのですが、時間的配分をまだ確認していませんので、最後の詰めが残っています。

さてこれで準備は終わりましたので、後は薬を飲んでとにかく回復するのを待つしかありません。1日ひたすら寝ていました。もちろん薬を飲んだからといってすぐに普通の体に戻るわけではありません。今回はゾフルーザを2錠のみ回復するのを待ちました。朝の9時45分に飲み、時間的経緯とともに体がどのように変化していくかお、注意深く見守りました。 4時間から5時間経った頃から喉の痛みが楽になってきました。 とはいえ喉が乾燥し咳が出るとともに鼻水が出るために鼻呼吸は困難なままです。 ようやく峠を越したなと実感できたのは、ちょうど半日を超えた頃、つまり夜の10時前でしたでしょうか。それでも寝る前に体温を測ってみると、まだ38.1度もあるのです。 今夜は昨夜と違って安眠できるのではないかと寝床に入って ほっと一息でした。

熟睡

■20190117(木曜日:晴れ)

サホロリゾートホテルから見たスキー場です。快晴です。

■昨日は風邪のために往生しました。咳と喉の痛み、そして微熱です。連休明けですので、外来も混雑しましたし、体調が悪く声を出すのが辛いのには参りました。咳をする度に喉が痛み、飛び上がりそうになるほどです。こんなひどい風邪をひいたのは、久しぶりです。午後からはマスクを二重にして、呼吸を楽にするべく努めました。

夕食を一緒に食べようというNonちゃんの提案も、残念ながら、さすがに昨夜は遠慮して休んでいました。Sunが買ってきてくれた、お持ち帰りの寿司を食べて、喉の痛みにロキソニン、そして葛根湯を飲んで早めに床に入りました。

と、ここまでは苦しいことばかりだったのですが、昨夜は思いのほか熟睡できた一晩でした。まずはトイレにいくことが一度もありませんでした。その前の晩は一時間ごとに目が覚めて辛かったのですが、昨夜は寝入ってから早朝の3時まで5時間近く、一度も目覚めることがありませんでした。なんて素晴らしい睡眠なのでしょう。これほどの熟睡感は、何ヶ月ぶりかです。暑すぎるから寒すぎるからと、布団の選択で四苦八苦することもありませんでした。薄手の布団で一晩中問題がありませんでした。

今朝は、普段より調子が良いほどです。あとは喉の痛みが取れれば、通常の体調に戻ります。咳をすると痛みに襲われます。要は疲れが溜まっていたのでしょう。

悪人と善人

■20180116(水曜日:晴れ)

サホロリゾートホテルのフロントです。

■今朝は走りました。12日の土曜日に朝走って、そして午後から北海道へ向かいました。それ以来ですので4日ぶりということになります。昨夜は本当に寝付けない一夜でした。1時間ごとに目が覚めて、ああでもないこうでもないと熟睡できませんでした。咳が出て、気管支がつまり気味のような感覚になるのですが、アレルギー性の気管支炎でしょうか。例によって寒いのだか暑いのだか、よくわからないままに右往左往して振り回されてしまいました。目覚ましは5時45分にかけていたのですが、ちょうど1時間前に目が覚めてしまいました。このままもう一度寝入ってしまうと、今度は起きだすのが大変ですので、思い切って起き出しました。

スキーのためか、普段にはない筋肉痛と、眠るための悪戦苦闘とが重なって、だるいことこの上ないスタートでした。走りだして1キロほど走ったところで、お腹の変調に気付きました。これは無理せずに途中で引き返し、トイレに入った方が良いと判断し、結局2.58 km 走り総計64.39 km 残り15日45.60 km となりました。年の初めの最初の月ですので、なんとかきちんと目標をクリアしなければいけません。今夜からは花粉除去機を寝室に持ち込んで、アレルギー要素を除去して眠ってみようと思います。

■今朝の東京新聞筆洗欄には、亡くなられた市原悦子さんの逸話が綴られています。市原さんは演じることについて書かれています。

「悪人と善人というのはない。人には美しい瞬間と醜い瞬間があるだけだ」。人を悪人か善人かで割り切らない。人は両方を抱え生きている。その複雑さと悲しさを意識していた。だから、その演技は深く、人間の臭いがした。

と書かれています。なるほど。確かに、その通りに違いありません。 いつも善人なわけではない。いつも悪人なわけでもない。その瞬間、瞬間を、人は懸命に生きているだけなのでしょう。

帰宅

■ 20190115(月曜日:雨のち曇り)

今回泊まった十勝リゾートホテルです。

■おとといの夜、そして昨日の夜と夕飯を食べ過ぎました。スキーをして疲れているにもかかわらず、食事を取りすぎたのです。こうした場合私は胃腸炎に苦しむことになります。0時を回った頃から、拍動性の頭痛にひどく苦しめられました。嘔吐や下痢はなかったのですが、頭痛に苦しめられるのは辛いものです。もうこれで最後にしよう、と何回も決心するのですが、ついつい油断してしまうのです。その報いが昨夜もやってきました。ようやく朝方5時を過ぎてから、少し楽になって熟睡することができました。

8時に起きて朝食を軽く取り、9時35分の JR線で千歳駅から南千歳駅まで行き、そこで乗り換えて新千歳空港まで行きました。今日は大変混雑しているので、なるべく早く手荷物チェックなどをしてください、というANAからの事前連絡がありました。 空港でお土産を買って、手荷物検査を終え、 10時40分発 ANA 1262便に乗って13時35分富士山静岡空港に到着しました。飛行機は167人乗りのボーイングでしたが、乗客は1/3程度でしたでしょうか。三菱重工の MRJ が飛ぶようになれば、ちょうど良いのではないかと思えるほどでした。静岡空港から東名高速島田インターチェンジに乗り1時間10分ほどで帰宅することができました。道路の渋滞に出くわすことがないというのは、本当にありがたく、運転する立場からすると楽でした。帰ってきて郵便物を確認し、こうして入力を進めています。

今年は千歳駅周辺のホテルに2泊し、サホロリゾートホテルに一泊しました。12日土曜日の夜は千歳駅の目の前にある JR イン千歳に宿泊し、翌日13日の朝 スーパーとかちに乗って新得駅まで行き、ホテルの送迎バスでお昼前に到着しました。 軽く昼食をとってから、早速スキーを楽しみましたが、リフト4時間使い放題、という券を使い切ることができませんでした。2時間も滑っていると目一杯の状態になってしまいました。少し早めに戻り、ゆっくりとお風呂に浸かって疲れを取りました。ホテルで夕食のバイキングを取り早めに床に入りました。翌日14日はリフト1日券を購入していましたけれども、考えてみれば4時間券でも十分だったと思います。 14時にはゲレンデを離れてホテルに戻り、お風呂に入って着替えて、15時10分の送迎バスに乗って新得駅に向かいました。

14日の夜は千歳ステーションプラザ内にある千歳ステーションホテルに泊まりました。 以前Takuと一緒に千歳マラソンを走った時に、その後の昼食をガストで取ったのですが、そのガストが入っていたビルが千歳ステーションプラザでした。駅から外へ出ることなくたどり着けるのは、雨や雪が降っている時には大変助かると思いました。こちらは大浴場がないので、 JR イン千歳のようにゆっくりと大浴場につかるということはできませんでしたが、どちらも一長一短のようです。6月に千歳マラソンに参加するとなると、どちらのホテルが良いだろうかとSunと 二人で相談しました。Takuが参加するかどうかわからないのですが、とりあえずホテルは予約しておかないと、当日は大変な数の観光客がやってきますので、ホテルを取るのはなかなか困難なのです。

こうして楽しかった今年のスキー旅行も無事に終わることができました。今年もゴンドラに乗って1000 M の地点まで行き、かなりの急勾配のゲレンデも滑りましたし、とりあえずはなんとか転ばずに滑り降りるという自信もできました。おっかなびっくり斜滑降で右から左と滑っていた以前に比べれば、特別習ったわけでもないのですが、どういうわけか格段の進歩と言ってもおかしくありません。次回のスキーが楽しみです。

十勝山脈

■20190114(月曜日: 晴)

南千歳駅に入るスーパーとかち号です。

■今年は千歳駅周辺のホテルに2泊し、サホロリゾートホテルに一泊しました。12日土曜日の夜は千歳駅の目の前にある JR イン千歳に宿泊し、翌日13日の朝 スーパーとかちに乗って新得駅まで行き、ホテルの送迎バスでお昼前に到着しました。 軽く昼食をとってから、早速スキーを楽しみましたが、リフト4時間使い放題、という券を使い切ることができませんでした。2時間も滑っていると目一杯の状態になってしまいました。少し早めに戻り、ゆっくりとお風呂に浸かって疲れを取りました。ホテルで夕食のバイキングを取り早めに床に入りました。

今日は10時頃から滑り始め、少し早めにゴンドラステーションにあるレストランで昼食をとりました。私はかき揚げうどん、そしてSunはラーメンでした。どちらも十分美味しく食べることができました。12時が近づくと、多くのスキーヤーが集まってきました。昼食を終えてから私は、1000 M の高さまで登りました。ここから降りるのはなかなか勇気がいります。昨日も一度登って、晴天でしたので写真を撮ろうとしたのですが、どういうわけかスマホが誤作動を繰り返して、写真を撮ることができませんでした。Sunの iPhone も同様に誤作動していたようですので、あまりの寒さにおかしくなってしまったのかもしれません。ということで今日はもう一度挑戦です。何しろ昨日も今日も雲ひとつない晴天でした。1,000 M から見下ろす十勝平野と山々の美しさは格別です。今日はリフト1日券を購入していましたけれども、考えてみれば4時間券でも十分だったと思います。 14時にはゲレンデを離れてホテルに戻り、お風呂に入って着替えて、15時10分の送迎バスに乗って新得駅に向かいました。スーパーとかち号に乗って、千歳駅に逆戻りです。

14日の夜は千歳ステーションプラザ内にある千歳ステーションホテルに泊まりました。 以前Takuと一緒に千歳マラソンを走った時に、その後の昼食をガストで取ったのですが、そのガストが入っていたビルが千歳ステーションプラザでした。駅から外へ出ることなくたどり着けるのは、雨や雪が降っている時には大変助かると思いました。こちらは大浴場がないので、 JR イン千歳のようにゆっくりと大浴場につかるということはできませんでしたが、どちらも一長一短のようです。6月に千歳マラソンに参加するとなると、どちらのホテルが良いだろうかとSunと 二人で相談しました。Takuが参加するかどうかわからないのですが、とりあえずホテルは予約しておかないと、当日は大変な数の観光客がやってきますので、ホテルを取るのはなかなか困難なのです。

14日の夜は千歳ステーションホテルにチェックインし、18時前にはホテルを出て、居酒屋「山の猿」に出かけました。以前千歳マラソンにTakuと一緒に参加した時にも、ここで夕食をとったのです。北海道は、とにかく食の宝庫です。新鮮な食材を、次から次へと味わうことができます。何度来ても飽きることがありません。2時間ほどゆっくりと食事してから、ホテルに戻りました。行くときはホテルから居酒屋まで、かなり遠いように感じたのですが帰りはあっという間でした。とにかく寒いのです。地面は凍っていますので、注意しないと転倒しかねません。おっかなびっくり一歩一歩前に進んで無事にたどり着くことができました。6月に千歳マラソンに参加するために訪れた時には、道路は凍結しているなどということはもちろんありません。 ホテルに帰り、ゆっくりとお風呂に浸かってから休みました。その頃からもう、首が張って、軽い頭痛も起きていました。不吉な予感がしていました。

雪景色

■20190113(日曜日:晴れ)

千歳の日の出です。ホテルの窓から撮りました。右手にあるのが、千歳駅です。

■今朝は7時に目覚まし合わせて起床し、ホテルの一階にあるレストランで朝食を取りました。北海道の食材は、どれをとっても新鮮で美味しいことに、いつも驚きます。昨夜の居酒屋では、春菊のサラダに驚きました。春菊がパリパリしているのです。新鮮なのでしょう。

新千歳駅から南千歳駅に行き、乗り換えました。ここからは8時26分発スーパーとかち号に乗り、新得駅まで一直線です。快晴です。車窓からは雪に覆われた北海道の大地が、延々と続きます。ただ残念なのはJR北海道の車輌の窓は汚いのです。気候の関係で汚れが酷いのでしょうか。景色は最高なだけに、とても残念です。

JR北海道の特急列車スーパーとかち号に乗り、1時間半ほどで新得駅に着きました。雲一つない、まさに快晴の天候です。新得駅の一つ前の駅トマム駅には、星野リゾートからの迎えのバスが駅前に止まっていました。人気があるのでしょう、結構な人数のお客さんが電車から降りていました。

新得駅に着いたのが10時頃。サホロリゾートからの無料送迎バスが出るのは10時10分でした。私も含めて四名のお客さんが乗り、十分ほどでホテルまで着きました。以前クラブメッドに宿泊し、スキーを楽しんでいた頃には、帯広空港まで飛行機で行き、そこから送迎バスで1時間半ほど掛かりました。

さてホテルに10時半に着きましたが、部屋に入れるのは13時からとのことなので、少し休憩してから夕食の予約やスキーのレンタル、昼食のことなどを考えながら時を過ごしています。

レストランで軽く昼食をとりました。私は十勝名物豚丼、Sunは、ざるそばをいただきました。そして12時半からゲレンデに出ました。1年一か月ぶりのスキーです。スキーウェアを着て、レンタルスキーを履いて、ゲレンデに向かうまでに何と労力のかかることか。スキーを始める前までで、すでにバテ気味でした。

それでも一旦ゲレンデに立って滑り始めると、一度取った杵柄でしょうか、体が滑り方を少しずつ思い出してきました。何度かリフトを往復し準備運動も終わった頃、決断をしました。ゴンドラに乗って一番上のゲレンデまで行くことにしたのです。昼食後に乗ったゴンドラで、たまたまオーストラリアからの観光客と同席になりました。5人乗りだったのですが、家族3人、そして一人の中国人と私という組み合わせでした。オーストラリアの方は11日休みを取って観光に来られているようです。きっとクラブメッドに泊まって、こうしてスキー場に来ておられるのでしょう。とにかくオーストラリアの方は豊かです。金銭的にも時間的にも。たいていの方が2週間ほどの休暇を取ってやって来られます。日本では、なかなか考えられないことです。資源も豊かで国自体が豊かなのでしょうが、 働く者の権利が、しっかりと守られているように思います。少なくとも日本の現状とは少し違うようです。

長めの列に並び、ゴンドラに乗ってみると、外国人の方ばかりでした。オーストラリア人が三名と中国人が一名でした。前に座ったオーストラリア人と話し始めました。11日の長期休暇を取っているとのこと。話が弾みました。Ayaちゃんに会うために、五月にメルボルンに行く予定です、とお話しすると、大変興味深そうに、言葉を選びながら、会話が弾みました。

こうして久しぶりにゲレンデで滑ってみると、長い時間滑り続ける事が、体力的に難しい事に気付きました。ゴンドラで山頂まで行き、最上級者コースをおっかなびっくり滑った後に、時計を確認すると、まだ2時間も経っていないことに愕然としました。今日はリフト券を4時間コースにしましたが、これでは4時間は、とても筋肉が持ちそうにないことに気付きました。ということで、もったいない気もしたのですが、怪我をしないように無理をせず3時には上がる事にしました。

上がってみると、Sunも少し前にホテルに帰っていました。膝に負担がかかってしまったようです。着替えを済ませ風呂に向かいました。風呂では冷水浴と温水浴を繰り返し、乳酸の吸収を促し疲労回復を目指しました。効果があると良いのですが。

格差

■20181226(水曜日:曇)

荒川運動公園です。中学時代、よくここを走りました。

■今朝も走りました。6.39 km を走り今月の総計が82.72 km となり、残り5日で17.27 km まで到達しました。昨日に続いてのランニングなのですが、今朝は着地の際に今までよりもつま先側に重きを置いて走ってみました。先日のテレビの番組で初心者の走り方をコーチが診断していたのですが、踵(かかと)から着地し、しかも腰よりも前の位置で着地しているためにブレーキがかかってしまい、無駄なエネルギーを消費している、という指摘がありました。なるほどなと思い、今朝は少し工夫してみました。そのせいか足の運びが少し楽になった気がします。フルマラソンとなれば、とにかく42キロ以上走らなければなりませんので、少しでも無駄なエネルギーの消費を抑えて体の負担を減らさないと、なかなか完走するのは大変です。

■昨日は日経平均が世界経済鈍化への警戒から、前週末比1010円の急落で2万円を割りました。田中宇さんの分析にもありましたが、いずれバブルが崩壊するだろう、という指摘は正鵠を射ていると思っていたのですが、弾けるのが思ったよりも少し早かったようです。中央銀行の買い支えによる株価の上昇は、いずれ反転することは素人でもわかることなのですが、 それがいつやってくるのか、時期を特定するのは専門家でも難しいようです。

ある人の指摘によれば、日本人の個人資産はリーマンショックの後でも、 かなり増大しているようです。しかしその中身を分析してみると、個人資産を増やしている人々は上場企業の株を大量に持っており、会社からの配当金で潤っている、というのが実態のようです。リーマンショック以降、日本の企業は内部留保を増大させる一方、労働者への支払いは増やしてはいないのです。増やしたのは配当でした。従って勤労者の賃金はむしろ低下しているのですが、全体としてみると日本の個人資産は増大したという統計になるのです。 貧富の格差が固定し、社会層が二極化したとはよく言われることですが、実態は上記のごとくなのです。上場企業の株を大量に持っている人というのは、ある意味昔からのお金持ちということです。 やはり勤労世帯が安定する、つまりは普通の人々が普通に働き、普通に家庭を持って、安心して暮らせるというのは、社会にとって最も大切な安定剤ではないでしょうか。

社会の中間層をいかに増やし、いかに安定させるかということが、政治の一番の仕事ではないかと私は思っています。それがそのまま社会の安定につながるからです。グローバリゼーションの名のもとに、一部の人々のみが極端に豊かになる社会というものは、結局のところ長続きしないのです。対立と、そして暴力が蔓延してしまうのです。 我々は今こそ立ちどまり、自分たちの社会を、これからどうしていくべきなのかを、しっかりと考える必要があるのです。

W杯初出場

■20181220(木曜日:晴れ)

北海道トマムリゾートへ向かう送迎バスです。

■今朝は走りました。6.13 km を走り、これで今月は通算70.19 km となりました。残り11日29.80 km のところまで来ました。あと5回いつものコースを走れば目標達成です。24日の月曜日が振替休日ですので、そこで LSD を敢行して最後の鍛錬の日としようかと思っています。 12月2日に参加したお伊勢さんマラソンで初めて感じたのですが、自分自身の筋肉、お尻や太ももの筋肉で、しっかりと両脚を前へ前へと運ぶという感じが実感できたように思います。もちろん急に筋肉がついたわけではありませんので、これまでの練習の成果に違いありません。自分自身の持つ駆動力とでもいうのでしょうか、前に進む力が付いたと実感したのです。 もちろんそれは自分自身の中での比較であって、 まだまだ全然足りないのですが、確実に少しずつ進歩しているという実感は、とても嬉しいものです。

■今朝の東京新聞「この道 川淵三郎」は、「ジョホールバル」です。 日本が初めてワールドカップ出場を決めた1997年11月16日に行われた、マレーシアのジョホールバルでのイランとの対戦の様子が書かれています。川淵さんはこのフランスワールドカップ杯アジア地区第3代表決定戦を、自宅でテレビ観戦していたそうです。 ウズベキスタンから帰国後、胆石発作に何度も襲われ、胆嚢摘出手術を受けて、退院したばかりでした。 このイラン戦では終了2分前、中田英寿選手が放ったミドルシュートを、相手ゴールキーパーがはじき、そこへつめていた岡野雅行選手がスライディングするようにして放たれたシュートが見事イランゴールに吸い込まれました。川口さんはこう書かれています。

一緒に見ていた妻と次女、3人で抱き合って涙を流した。生涯でこの時だけだ。

この文章だけからでは、涙を流したのがこの時だけなのか、妻と次女三人で抱き合ったのが、この時だけなのか、判別しにくいのですが、たぶん後者なのでしょう。 こんなところにも川淵さんのユーモアのセンスが出ているように感じます。

この文章を読みながら、実は私もこの試合を見ていた記憶が蘇りました。中田選手が放ったミドルシュート、そして岡野選手が、確かに滑り込むようにして放ったシュートが決勝点になった、あの場面です。自分の頭の中でビデオテープが再生されているよう でした。あの日から、もう21年以上の時が流れたのだなあと、この文章を読みながら振り返ることができました。 もちろん私自身はその瞬間、妻や娘達と抱き合ったわけではありませんでしたが。

今もなお、バスケットボールリーグの統一問題などで手腕を発揮している川淵さんの行動力には、敬服するばかりです。昨日もアイスホッケーリーグのクラブチームが、親会社の業績不振から廃部になることが発表されました。企業の支援はもちろん不可欠なのでしょうが、やはり企業におんぶに抱っこだけでは、健全な地域スポーツの確立は難しいのでしょう。川淵さんの出番は永遠に尽きないのではないでしょうか。

映画の中のゴルフ

■20181216(日曜日:曇)

富士山もすっかり雪化粧を済ませました。

■今日は新沼津カントリークラブのBクラス月例。植松さんと一緒に参加しました。一緒にラウンドしてくれたのは、北畠さんと鈴木悠児さんでした。鈴木さんとは、ちょっとした因縁があるのです。

 

2012年に新沼津カントリークラブの会報原稿を頼まれました。「ゴルフ想うことども」という欄です。 先輩の友人が最初に頼まれたのですが、どうもあまり文章を書くのはお好きでないようで、私にお鉢を回してきました。大学の先輩の依頼ですから断る選択肢はありませんでした。それに以前から、この題名で文章を書いてみたいと思っていたのです。題名は「映画の中のゴルフ」です。

 

日本の映画の中でゴルフが主題となって描かれている場面を私は思い出せません。ましてやゴルファーが映画の主人公になっていることはないはずです。 日本ではスポーツのヒーローといえば、やはり野球選手でしょうか。 そもそもプロスポーツとしては長い間、日本では野球しかありませんでした。でもアメリカでは違います。ゴルフの選手が主人公になっていることが、ちょくちょくあるのです。 ゴルフが描かれた四つの映画を私は取り上げました。「地上より永遠に」、 「ボビー・ジョーンズ(救聖とよばれた男」、「グレイテスト・ゲーム」、「バガー・ヴァンスの伝説」です。

 

映画「地上より永遠に」の中で、主人公のモンゴメリークリフトが壮絶な死を遂げたのが、ソニーオープンでお馴染みのワイアラエ・ゴルフカントリーのバンカーの中だったのです。鈴木さんは若い頃仕事でハワイに出かけ、このゴルフ場でプレーをしたことがあったそうです。懐かしくその頃を思い出されて、私にわざわざハガキを下さいました。全く存じ上げなかった方からの葉書に大変驚きましたけれども、読ませていただき、私も大変感激いたしました。それ以来のお付き合いです。良い意味での、古き良きジェントルマン・ゴルファーです。クラブの評議委員として、月例や理事長杯で役員をされていた時に、お話をさせていただいたことはありましたが、一緒にプレイをしたのは、たぶん初めてだと思います。年齢のために、今ではさすがに力強いというプレイではありませんが、美しいフォームから打ち出される玉は、人柄をそのままに表しているようです。このような方と一緒にゴルフをするのは本当に楽しく、また嬉しいものです。自分もまた少しでも、このような方に近づきたいものだと思うからです。

 

先月友人の坂口さんから桑田泉プロのレッスンを見て勉強すると良い、というアドバイスを受けフォームを改造しました。まだ一か月も経っていないのですが、桑田プロの話されていることは、私にとってはとても、理にかなっているように思えたのです。そこで無謀とは思いながらも、思い切ってフォームを変えてみたのですが、当然最初はうまくいきません。同じホールで続けて三発も OB を出したりしました。それでも今日はようやくレッスンの要点が飲み込めてきたようです。 下半身の主導に従ってクラブを振り切る、という感じが少し分かってきました。どうしても上半身と下半身のバランスが悪いのです。バラバラなのです。 それでも今日のプレイを通して考えてみると、フェアウェイをとらえることが以前よりも多かったように思います。もちろんミスショットはたくさんありました。 OB も出しました。でもフォームを改造してからの、あの乱れ方から比べれば、格段の安定だと思います。少し楽しみになってきました。

 

 

統率力

■20181214(金曜日:晴れ)

2017年の伊勢神宮です。

■今朝は、よく晴れています。そして冷え込みました。三階から見ると、愛鷹山の向こう側に雪化粧をした富士山が、朝日に輝いています。昨日はSunと久しぶりに、歩いて5分の日帰り温泉に行き、ゆっくりと温まってから一杯やりました。残り少なくなった今年を振り返って、家族や仲間に起こった色々なことを語り合いました。平成30年は、我が家にとっても節目となる、本当に思い出に残る一年でした。あともう少しで、また新たな年が始まります。

 

■東京新聞「この道」欄は、川淵三郎さんです。今日の題名は「加茂監督」でした。ドーハの悲劇から、いく人かの代表監督を経て、加茂周監督に行き着くまでの経緯を書かれています。短い文章の中ですので、その中だけで判断するのは、もちろん早計に違いありませんが、それでも文は人なりですので、川淵さんの人柄がうかがい知れる内容だと思います。 正直と言うか、飾らないと言うか、自慢話にだけ終わるのではなく、その時々で自分の至らなかった点などを率直に書かれている点に、とても好感が持てました。

 

多くの人をまとめて新たな仕組みを作り上げるというのは、とてつもないエネルギーが要るに違いありません。川淵さん一人の力ではもちろんないのでしょうが、その中心にあって多くの人を統率する川淵さんの人間としての魅力の一端が十分に分かる内容です。

 

 

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