カテゴリー: ゴルフ Page 1 of 5

競技委員

■20190811 (日曜日 晴)

 

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蓮の花が朝日と対面しています。

 

■今朝は走らずに5時に起きました。相変わらず日中は猛暑が続いているのですが、日が陰る夕方になると、明らかに季節が移ってきているのが実感できます。立秋が過ぎましたので、残暑見舞いを書かなければなりません。

 

今日は新沼カントリークラブのAクラスの月例です。私自身はBクラスに陥落してしまったので、参加資格はないのですが、今年から競技委員を仰せつかり、今日はその役目を果たすために、出かけなければなりません。

オレンジ・マラソン

■20190804(日曜日:晴れ)

 

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メルボルン・ヤラ川沿いの風景です。

 

■今日は本当に暑い一日でした。長距離を走るLSDにしようか、それともゴルフにしようか迷ったのですが、以前から指導していただいている手塚さんの顔が思い浮かび、ゴルフに出かけました。手塚さんはもうすぐ古希になられるそうですが、力強いショットには、そんなことは微塵も感じられません。

 

素振りを繰り返すこと、それが最も良い練習方法だと、何度も指導してもらいました。確かにボールを打たない時のスイングは、どなたのスイングを見ていても、無駄な力が入らずとてもスムーズで綺麗なのです。ところが目の前にボールがあると、まるで別人の如く全く違うスイングでボールを打ってしまうのです。いろいろ工夫した結果を今日、試そうと思い、指導してもらおうと出かけたのです。

 

結果は二重丸とは行きませんでしたけれども、丸はつけてやってもよいものでした。クラブをスムーズに振り抜くことが、できるようになったからです。 もちろん全部のショットがそのように出来たわけではありませんけれども、10回程度は思ったようなスイングとショットが打てたことを考えれば、十分成果が出ていると言えます。

 

12番のショートホールでは、6番アイアンで打ったショットがあわやホールインワンかと思うほどで、30センチにに寄りました。久しぶりにバーディーが取れました。 今日は随分と迷いましたけれども、出かけてプレイして、十分な成果を実感できた1日でした。

 

■東京新聞の「共にその先へ」欄で、ベトナム人のパラ・スイマー ロイ選手を特集しています 。ロイ選手は生まれつき両脚と右手がない水泳のパラ・アスリートです。ロイ選手の障害は、ベトナム戦争でアメリカによって散布された枯葉剤の影響が強く疑われますが、 今は単なる障害者だと周囲には言っています。「いずれは家庭を、と思ってきたのですが、やっぱり障害者との結婚は敬遠されます。ましてや枯葉剤の犠牲者ということになると子どもへの心配がささやかれます」。まだ独身のロイ選手の腕には「I Love Family 」 の刺青がありますが、 刺青はそれを乗り越えた「真の愛」が成就することへの願いを込めたものだと、彼は言っています。なんとしても東京パラオリンピックに出場したいと練習を続けているようです。

 

この記事の中で、枯葉剤による障害を背負った子供たちを救済するチャリティーマラソンである、オレンジマラソンについて書かれています。参加ランナーの数が増えれば増えるほど支援金が積み上がる仕組みとなっているようです。国際マラソンの参加費は普通100から150ドルほど。 今年の1月にホーチミンで開催された際にはロイ選手も演壇で励ましの挨拶をされたそうです。高橋尚子さんが参加され、みんなを励ました様子は、テレビでも放映されました。いつか私も参加してみたいものです。

 

子育て

■20190728(日曜日:曇)

 

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メルボルン、サザンクロス駅です。

 

■台風6号が低気圧に変わって東へ進んでいました。岐阜に上陸してから勢力が衰えましたが、それでも梅雨前線を刺激して各地で大雨が降りました。今朝までは、かなりの雨が予想されたのですが、幸いなことに大したことはありませんでした。

 

今日はロータリークラブの仲間プラスワンでゴルフを楽しみました。 雨は覚悟していたのですが、幸いなことに曇り空が続き、午前中は蒸し暑くて快適とは言えませんでしたが、それでも1日を通して、強い日差しがなかっただけ楽だったかもしれません。四人で楽しくラウンドしました。

 

相変わらず不安定で、良いところと悪いところが、ごちゃまぜの状態でした。14番のショートホール。バックからですと、200ヤードの距離があるのですが、2回続けて5番ウッドでオンすることができました。これは大きな進歩です。これまで何度やってもワンオンすることができなかったことを考えれば、長足の進歩です。 それでも結局は同じように続けてスイングすることができませんので、出入りの激しいゴルフとなってしまいます。練習不足なのです。

 

■今日は7時53分にスタートできましたので、終わったのも午後2時少し過ぎでした。 お風呂に入って汗を流して家に帰りました。蒸し暑い一日でしたが幸い雨に降られることはありませんでした。2時間ほど休んでからSunと二人で近くの日帰り温泉に行きました。もう1度ゆっくり湯船に浸かり、筋肉の疲労を取るべく、色々な湯船に浸かり直しました。そしてふたりでゆっくりとビールを飲みながら子供たちのことを話しました。

 

本当に子育てなど、あっというまの出来事でした。今になってみれば、もっと子供たちと一緒に旅行に出かけたり遊んだりしておけば良かったと思うのですが、 学校の長期休みには、クラブメッドを始め、家族でよく旅行に行きましたから、まあ勘弁してもらいましょうか。きっと子どもたちの心の中にも、みんなで楽しく出かけた事が、思い出として残っていると思います。

 

参議院選挙

■20190721(日曜日:曇)

 

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メルボルン市内の様子です。

 

■今朝はゆっくりと休みました。 昨日は午前中の診療を終えて、昼食をとった後、期日前投票に行きました。ここ数回は、選挙の時は必ず期日前投票に行っています。投票日は必ず休日ですので、何か予定が入っていることがほとんどなのです。昨日も地区センターに行ってみると、多くの方が期日前投票に来られていました。期日前投票の場合、投票券の裏に住所・氏名などをあらかじめ書いておかなければなりません。そんなことも実際にしてみないと分かりません。今回は行く前に、投票券の裏に必要なことを記入し、投票所に向かいました。

 

今回の参議院選挙では、たまたまネットで山本太郎代表の「れいわ新選組」のことを知り、ネットで配信される日本各地での彼の演説を、逐一 確認していました。 最初彼の演説を聞いた時には、本当に驚きました。小沢一郎さんと自由党の共同代表をしている時に、ネット上での共同記者会見を何度か見ていました。何しろ相方が小沢一郎さんですので、 おとなしいと言うか、借りてきた猫のように、生真面目に受け答えをしている彼の様子は何度も見ていたのですが、独り立ちして新しい団体を立ち上げ、そのトップとして理念を語る姿には、今まで知らなかった彼の真の姿を見た思いでした。

 

まず感じたのは、前回当選してからの6年間、一生懸命に学んできたに違いない彼の誠実な人柄でした。小沢一郎さんと一緒に活動することで、学んできたことは、とても大きな影響を彼に与えているようです。 政治に対する小沢一郎さんの姿勢、政治とはどうあるべきか、という基本的な理念を、彼流に換骨奪胎したのが、今回彼が発表した「れいわ新選組 八策」のように思えます。

 

小沢一郎さんが民主党を離れて新しく立ち上げた政党名が、「国民の生活が第一」でした。まさに、その通りなのです。立憲主義も、憲法第九条も、もちろん大切なのですが、それもこれもまず生活がきちんと成り立たなければ意味がありません。野党の皆さんの声が、多くの国民の心に届かなかったのは、そんな当たり前のことを、きちんと語ってこなかったからなのです。生活と格闘している庶民に向かって、偉そうに上から目線で立憲主義を説いたところで、 投票所には向かわないのです。

 

そんな当たり前のことを、山本太郎さんはきちんと認識し、彼なりの回答を提供してくれたわけです。 演説の中で彼が語ったように、この試みがある程度の成果を納めれば、 大きな団体の支援を受けなくても、政治活動を続けられるプラットフォームが形成される可能性があります。そうなれば、極端に一部の人たちのためだけに政治活動をするような必要性がなくなります。今の政治を歪めている根本原因の一つが除かれるのです。

 

今の政治を貫いているのは、新自由主義という立派な理論ではなく、単なる私利私欲なのです。 今の政権与党を貫いているのは、 まさにこの一言なのです。

 

写真展終了

■20190630(日曜日 :雨)

 

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蓮の花が綺麗です。

 

■昨夜から激しい雨が降っています。今日は新沼津カントリークラブ理事長杯の1回戦と2回戦が行われる予定ですが、果たしてどうなりますやら。私は予選の時にちょうど東京での会議がぶつかってしまい、参加することができませんでした。参加しても予選を通過することは多分できなかったとは思いますが、毎年ちょうど日程が重なってしまうのはさらに、あと2年は致し方ないようです。今日は協議委員として参加することになっています。今年初めての経験です。

 

雨、そして風のみならず霧に苦しみました。何しろ20ヤード先が見えないのです。どこへ打ったら良いのか、五里霧中とは、まさにこのことです。キャディーさんの言うとおりに、この辺りに打ってください、というアドバイスどおりに狙うわけですが、そうは問屋が卸してくれません。

 

特にグリーンが見えない状況で打つことほど、虚しいことはありません。それでも結果を見てみると、勝ち上がっているのは、ハンディキャップの少ないプレイヤー、詰まりは腕前が、そのまま結果に反映しているから不思議です。競技委員としてプレイヤーを見ていると、スイングの違いが良く分かります。自分がどう打っているのかは、いつまで経っても分かりません。何が悪くて、思ったところへ打てないのか、そしてボールが飛ばないかは、気分自身で考えていても、永遠の謎なのでしょう。

 

■2018ベトナム支援の旅の写真展も無事に終了しました。

 

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サンウェルぬまづでの写真展の様子です。

 

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旅の様子の報告会も無事に終わって、仲間と記念撮影です。

 

みなさんから、貴重なご寄付もいただきました。今年の活動に役立てたいと思います。

 

薄利多売社会

■20190609(日曜日:雨)

 

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千歳マラソンスタート前の軍楽隊の演奏です。

 

■オーストラリアを訪問してみて驚くことは、いくつかありましたが、その一つが社会のあり方の違いです。人々は、あくせくしていません。たまたま接したした人々が、あくせくしていないだけかもしれません。その可能性は十分あります。しかし、そうだとはしても、生活の質の違いを痛感する場面が多かったのは事実です。

 

決して身に付けるものが高価なわけではありません。車も長く使い続けているものばかり。食事は質素というべきか、素っ気ないというべきか、日本の基準から見ると、手を抜いているとすら感じられるほどです。それでも彼ら、彼女たちは生活を楽しんでいるように見えます。

 

物価が高いので、贅沢はできないのかもしれません。500円以下で、ちょっと食事とはいきません。日本のように300円だ、400円だという値段で、牛丼が食べることはできないようです。最低賃金は、昨年から1300円超。日本から見ると50%増しほどです。雇用する方からすれば、大変です。

 

人々は老後の心配を、あまり深刻にしているようには見えません。気付かないだけかもしれません。日本でのように、全ては老後の心配ばかり、という雰囲気でもなさそうです。人並みに生き続けたければ、夫婦二人して、年金以外に2,000万円準備しろ、という金融庁の国民への警告などは、オーストラリアでは発せられていないようです。

 

老後の心配が無い国など無いはずですが、社会制度の違いや国民性の違いが、その落差を生んでいるのでしょうか。

 

他者とともに在れ

■20190519(日曜日:晴れ)

 

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Melbourne市内の交差点です。信号無しで、上手に対応しています。信号より、むしろ安全なのかもしれません。

 

■今日は新沼津カントリークラブ B クラスの月例です。最近は同じメンバーで競技に参加しています。久松さん、篠崎さん、そして今日は植松さんが都合で出られませんでしたので、3人でのプレイでした。雨も心配されたのですが、曇り空だったものの、幸い雨が降ることはなく、むしろ暑くなくてプレイをするにはちょうど良い気候でした。クラブヘッドの動きを少し理解できたおかげで、前回からはめちゃめちゃ酷いスコアを出すことはなくなりました。今日も OB は一度もなかったものの、 パーを取ることがなかなかできずに、 結局前半52回、後半は47回、合計99回で、なんとか100回を切ることはできたものの、とても満足できるスコアとは言えませんでした。 少しずつ改善されてはいるものの、フォームがしっかり自分のものになっていませんので、 今のままでは良いスコアは、出そうにありません。毎日の素振りを欠かさずに行い、ホームをしっかり自分のものにすることが、今一番しなければならないことのようです。

 

■さて今日の東京新聞「時代を読む」欄では、関西学院大学准教授・木戸理恵さんが「上野祝辞の意図」と題して書かれています。女性学・ジェンダー研究で知られる上野千鶴子さんの東京大学での祝辞が話題となりました。
祝辞ではスタートラインの不平等に触れ「頑張れば報われる」と思えるのが実は特権的なことだと説かれた。「あなたたちの頑張りを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれない人々を〈中略〉助けるために使ってください」。

この部分は「高貴な義務」すなわち「特権的な立場の人には奉仕の義務がある」とする貴族的な思想と解釈され、注目を集めました。しかし木戸さんは、これを高貴な義務を果たす支配者のすすめとして受け取ることはできない、そこには能力主義批判が語られていると書かれています。

木戸さんは、

 

能力主義は、人を単体で見て「できる・できない」を決める。「できる」とされた人は優位な立場を「頑張ったから当然だ」と考え「できない」とされた人は劣位の位置を「自己責任」と引き受けさせられる。それは「誰の助けも借りない自力だけの勝負」をさせることで個々人を切り離す、孤独な主張である。しかも実際には、機会の平等はたてまえに過ぎず、様々な不平等があることが分かっている。

「つながりの中で生きたい」というニーズに、一人では生きられない弱者は気づきやすい。だが強者はどうか。「自分は勝ち組」という意識は、弱い他者への共感や連帯の感覚を鈍らせ、果ては自分の中にもあるかもしれない弱さへの想像力をも奪っていく。それは孤独ではないか。

 

そのように考えれば、受け取りたいのは「高貴な義務のすすめ」というより「他者とともに在れ」というメッセージである、と木戸さんは指摘しています。

 

新自由主義全盛の昨今ですが、その主義の目指すところは、まさに個人個人をバラバラにし孤独に陥れ、分割支配を容易にすることではないか、と私には思えます。支配者にとって最も恐ろしいのが、連帯であることは、 歴史を通じての不変の真理ではないでしょうか。

 

連休の終わり

■20190506(月曜日:曇)

メルボルンの夜明けです。
メルボルンの夜明けです。

■さて長かった10連休も今日で終わりです。 長い人では4月27日の土曜日から休みに入っていますが、私は4月28日の日曜日からの連休になりました。今年の連休の最大の出来事は、何と言ってもあやちゃんの結婚式でした。昨年はたくの結婚式が7月にあり、まだまだ先だ先だと思っていたら、あっという間に結婚式がやってきました。とにかく暑い夏でしたが、つい昨日のことのように思い出されます。

ところが今度はあやちゃんの結婚式が5月の連休に行われると連絡があり、これもまだまだ先だと思っていたのに、あっという間にその日が来てしまいました。ベンとは昨年の1月のメルボルン訪問、そしてたくの結婚式と2回会っていましたので、おおよその人柄は掴めていたのですが、やはり娘の連れ合いとなると見方も変わってきます。ただ会うたびに彼の真面目さと言うか、きちんとした人柄が感じられるので、 あとは信じて二人の幸せな未来を願うしか、親としてはできることはありません。あやちゃんにとっては、オーストラリアでベンと暮らすのが、一番幸せなことに違いないと思えてきました。

オーストラリアという社会が日本とどのように違うのかは、もちろん私には詳しく知りようもありません。 ただ私の感じた違いは、その気候の違いととても似ているように思われたのです。多分オーストラリア全体がそうなのでしょうが、メルボルンではとても乾燥しています。メルボルンから電車で1時間ほどのところにあるジーロングに住むジョーンズさんにお話を聞くと、オーストラリアでは自然災害といえば、落雷による火災だというのです。カリフォルニア当たりであれば、山火事となるのでしょうが、オーストラリアには山らしい山はありません。せいぜい小高い丘程度のものなのです。テレビで見るアフリカの草原に迷い込んだのではないかとすら感じてしまうのです。見渡す限り草原、ブッシュというのでしょうか、雷によってそこに火がついてしまうのです。日本では雷といえば、当然雨がつきものです。夏にしろ冬にしろ、雷といえば雨です。 ところがここオーストラリアでは、雷といえば火事なのです。 日本と比較すると、ほとんど湿気がないようなものなのです。ですから夏に気温が40°を超えたとしても、日陰に入れば、そよかぜさえ吹けばとても涼しく感じるようです。真夏でも風によっては寒くて海に入れない日もある、と添乗員の方がおっしゃっていました。

多分人間関係の違いも、この湿度の違いに似ているところがあるように私は思うのです。 それぞれが意識として独立し、他者に対してあまり干渉したり、妙につるんだりすることもないのではないでしょうか。日本ではどうしても、同調することを強制される、という雰囲気があります。自分はそうは思わなくても、なんとなく雰囲気と言うか、周囲の空気がそのように同調することを強いるのです。そうした同調をあまり気にならない人にとっては、日本は住みやすい国かもしれません。しかしながらそうした空気に合わせることが精神的にとても苦痛な人が当然いてもおかしくありません。そうした人たちにとっては、日本という社会は、とても住みにくいと私には思われるのです。

他者へのこうした暗黙の強制といったものが、良い方向へ働くことも、もちろん多々あるのですが、一旦誤った方向へ進め始めた時に、 その方向はおかしいと声を上げたり、矯正しようとする試みには、とても大きな壁が横たわっているように感じます。 戦後生まれ変わったかに見える日本ですが、諫早湾の干拓事業や、辺野古湾の埋め立て事業などを思う時、 この国はおかしな方向だと薄々感じてはいながらも、後戻りすることがとても苦手な国だということを痛感するのです。 一旦走り出した方向を止めることができるのは、未だに玉砕しか無いとすら感じるのです。新しい時代である令和に入っても、正直私は、この国の未来にとても暗いものを感じざるを得ないのです。この国にまず必要なのは経済改革ではなくて、精神的なカウンセリングではないかとすら私に思えます。

悲しいまでに凡庸

■20190424(水曜日:曇後雨)

京都の東寺の様子です。
京都の東寺の様子です。

■今日は初めての会議への出席でした。新沼津カントリークラブ2019年4月度理事・分科委員会です。今年から競技委員を仰せつかり、2月の月例から競技委員を務めていましたが、 本年最初の理事・分科委員会に初めて出席させていただきました。 ゴルフクラブの運営に関して、メンバーの中からボランティアを募り、より良いクラブとなるように皆さんが知恵を出し合うのです。今まで全く知らない世界でした。コースの整備計画に始まり、ローカルルールの作成、あるいはプレイヤーの服装基準に至るまで、誇りの持てる、品位のあるクラブとするためには、 様々な手間暇が必要になるのです。 仲間に加えていただいたことを大変嬉しく思っています。

現役としてまだまだ仕事をしなければならない立場ですので、なかなか平日に時間を取ることは難しいのですが、今日は思い切って出かけることにしました。岩崎理事長さんをはじめ、理事の皆さんとも、少しずつ顔なじみになり言葉を交わすようになりました。大変ありがたいことだと思っています。自分にできる範囲内で、お役に立てればと思っています。

平成30年度の新沼津ゴルフカントリー クラブ総入場者数は、4万人弱とのことです。 幸いなことに、一昨年、そして昨年と比較して入場者数は若干ながら増加しています。今年の1月から3月までが暖冬でしたので、来場者数も多かったようです。しかしながら最近では異常気象が頻発し、昨年の7月には週末に立て続いて台風が上陸したり、10月には営業日数30日の内、15日が雨となり、キャンセル数がなんと1,150名にも達しました。確かに昨年の7月に予定されていた、高度医療機器管理者講習会も台風のために延期となり、静岡県眼科医会の川村会長も中止と延期のための連絡に、てんやわんやだったようです。

■さて夏の参議院選挙が衆議院選挙との同日選挙になりそうです。我が国を率いる安倍晋三総理については、様々な批評がなされています。一度目の総理時代の失敗を糧に、徹底的に野党を脆弱化させるためにマスコミを動員し、実に巧みに政権運営をしている点は、野党も大いに見習うべき点です。分割統治の見本です。

しかし以下の記事を読むと、本当に暗澹たる気持ちに沈みます。世界から称賛される国民性の根っこにある、それは私達日本人の本性なのかもしれません。

「悲しいまでに凡庸」だった青年が日本政治の頂点に君臨し、この国の姿を変容させるまで 安倍晋三氏のルーツを探る

戦後の高度成長時代、日本は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(原題:Japan as Number One: Lessons for America)は、社会学者エズラ・ヴォーゲルによる1979年の著書により、天にまで上り詰めました。もちろん優れた日本人の特質が、この繁栄をもたらしたことは事実です。しかし、それは冷戦という特殊な世界環境の中で実現できたことだったのです。上記の記事を読む時、アメリカとの戦争に国を上げて邁進したこの国の国民性は、少しも変わっていないのではないか、と未来に不安を覚えるのです。

おフランス様

■20190421(日曜日:晴れ)

京都の清水寺です。
京都の清水寺です。

■今日は新沼津カントリークラブの B クラス月例です。 B クラスに陥落してからは、ゴルフの調子もさっぱりで、100を切るのは難行苦行になっていました。 昔はどうやって80台を出していたのか不思議でならないほど、調子の悪いことが続きました。どうしたらいいのか、さっぱり分からなくなってしまったのです。

ところが先日練習をしていて、あることに気づきました。クラブヘッドのソールというのでしょうか、底の部分が地面と平行になるようにスイングをすると、クラブを格段にスムーズに振り切れることに気づいたのです。手首を今までよりも、手前ではなくて向こう側に折るような気持ちでボールを捉える、と言えば分かりやすいかもしれません。 そのように意識してスイングをすると、打った球の方向が格段に安定しました。 前半では残念ながら一ホールだけ OB をたたき、スコアが9となってしまいました。これがなければ、というやつです。フェアウェイからの第2打だったのですが、つま先上がりの傾斜がありました。ここでもやはり平行に振ればよかったのですが、それが出来ずに、ボールは大きく右に曲がりOBになってしまいました。しかしそれ以外のホールでは、本当に安定していました。ボールを捉える時のクラブヘッドの角度が、安定していたからでしょう。 私にしてみれば大きな進歩です。結局のところスコアは50回と49回、合計99回となんとか百回を切ることができた程度なのですが、その内容は明らかに今までとは異なっています。

もう一点の注意点はスイングのトップの位置で、左肩越しに右足つま先を見るようなイメージ。今日はこの二つで、格段の進歩を遂げたように自分では思います。合計4つのショートホールのうち、続けて3ホールがパー。最後のホールもパットが数センチ外れてボギーとなりましたが、こんなことはめったに起こりません。 しかも驚くことに、一度もワンオンしていないのです。 つまりは寄せて1パットだったわけです。これも私にしてみれば驚くべき進歩です。次回がとても楽しみです。

■先日の東京新聞「週刊 ネットで何が・・」という記事では、「おフランス様」高まる反感、と題して書かれています。ネットでは「たたいて OK な対象」のコンセンサスが生まれたらバッシングが加速する、フランスにその役が回ってきてしまった、とあります。

先端的な考えを持つ日本人は、何かにつけてフランスを引き合いに出し、日本は遅れているという主張を展開します。「女性は40代以降からより素敵とされ若い女性だけをちやほやする日本とは違う」「夫婦はデートをする」「移民に寛容」などと同国の先進性や日本との違いを述べるのですが、これに反発する人もいます。

ガソリン価格の高騰から大暴動になった際、マクロン氏が「ガソリンが高いなら電気自動車を買えばいい」と発言したとの記事が拡散。マリー・アントワネットの発言とされる「パンがないならケーキを食べればいい」を連想させ、「さすがフランス人が言うとリアリティーがあるな」との声が出る。

確かにマクロン大統領は、いかにもエリート然としていて、お高くとまっていると多くの人が感じるのではないでしょうか。 大統領としてのその発言は、どこかの国の首相とは違って、格調高く、教養にあふれていることは間違いありません。しかし、どうも鼻につくことも間違いないのです。何か嘘っぽく感じるのです。 しかしこれは何もマクロン大統領に限った話ではありません。先日 NHK BS で放映された、映像の世紀において、19世紀末から20世紀初頭におけるパリの様子を映し出していました。 当時、万博も開催されています。英国留学に向かう途上で、夏目漱石もこの万博を見学しているのです。

動く歩道に象徴される、科学技術の進歩が、まさにバラ色の未来を感じさせていた時代だったのです。 しかし同じ頃、フランスはベトナムを始めアジアで過酷な植民地支配を行っていました。どれほど多くのアジアの民が彼らのために悲惨な生活を送っていたかを考える時、彼らが誇らしげに語る、自由・平等・博愛は、まさに偽善以外の何ものでもないのです。欧米諸国が繁栄と発展として語る19世紀から20世紀にかけての歴史は、 まさに身勝手な、偽善に満ちた歴史に他ならないのです。私たちはそのことを、しっかりと見つめなければなりません。

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