カテゴリー: 旅 Page 1 of 6

帰津

■20190820(火曜日 曇)

 

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帰りの飛行機の中から撮りました。

 

■今朝は6時30分に目覚ましを鳴らして起き出し、食堂に向かいました。空港の中にあるホテルなので、しかも部屋がフロントと同じ三階308号室ですので、移動がとても楽です。今朝から暑さが遠のいたように感じます。昨日までの晴天が嘘のように、空は雲に覆われ、午後から雨になるようです。ホテルテレビモニターでは、新千歳空港から飛び立つ飛行機の中には着陸先の天候不良のために引き返すこともある、という案内がなされています。幸い静岡空港は大丈夫のようです。

 

新千歳空港内にある、このエアポートホテルにも、多くの外国人の方が宿泊しています。特に中国人の方が多いようです。食堂で朝食をとっていると、いかにもテレビドラマから抜け出てきたような、韓国人の若者3人が朝食を共にしていました。髪型、そしてメガネからどう見ても韓国の若者のようでした。こちらの空港では、韓国からの旅行客歓迎キャンペーンをしている様子を、テレビか放映しています。両国間の摩擦から、観光客が激減しているからです。

 

■日曜日から始まったレンタカーの旅も、二日間で総計460キロを走り、昨日の17時に返却して終わりました。返却前にガソリンスタンドに寄って満タンにしましたが、給油量は何とたったの15リッター弱。リッター当り30キロ以上を走っているのですから、さすがはトヨタのアクアです。ハイブリッド車の威力です。お盆休みも終わって道路は空いていますし、走った道は信号もほとんどありませんでしたので、燃費は良くて当たり前なのですが、それにしてもトヨタのハイブリッド車は大したものです。

 

■昨日は旭岳に登りました。9時にロープウェイ搭乗口でガイドの池永さんと待ち合わせ、一日が始まりました。最高の青空と空気と、そして山々の姿でした。2時間様々なお話しを聞くことが出来ました。

 

12時少し前に別れて、最後のドライブです。途中、道の駅に寄って昼食を取りましたが、この後のドライブは、半分拷問でした。強い眠気に襲われ続けたからです。本当に眠くて参りました。膝を叩いても腿をつねっても、眠気が襲って来るのです。

 

■さて朝食を取り一服してから、フロントで、こうしてブログをスマホで更新しています。Sunは今週末のプレゼンの準備をしています。邪魔をしてはまずいので、私はフロントに、こうして出かけてきて静かな環境で入力しています。もちろん、ホテルではWiFiが使用可能ですので、入力には全く問題ありません。Simejiを使った音声入力で更新しています。帰りの飛行機は10時50分、新千歳空港発予定ですので、もうしばらくしたら部屋に帰り空港へ向かう予定です。

 

帰津

旭岳

■20190819(月曜日 晴れ)

 

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旭岳が見えています。快晴でした。

 

■今朝は6時30分に起きて、朝風呂に入りました。お盆を過ぎて、遅めの夏休みを楽しんでいます。今日はロープウェイに乗って、旭岳に登る予定です。大雪山旭岳ロープウェイです。ネットによれば、

 

北海道最高峰ならではの360°大パノラマを満喫できます!

北海道最高峰の旭岳の山麓駅(標高1100m)から終着駅である姿見駅(標高1600m)を結ぶロープウェイ。

片道10分間の空中散歩では四季折々の雄大な自然が一望できます。

山麓駅レストラン「姿見食堂」では地元の野菜をふんだんに使った「旭岳野菜カレー」(夏期限定)など豊富なメニューを取り揃えております。

 

と書かれています。料金は片道1,300円。往復1,900円。池永さんというガイドさんも付いてくれることになっています。天候は今のところ晴天です。はたして山は、どんな姿を見せてくれるか、とても楽しみです。

 

ロープウェイ搭乗口まではホテルから歩いて3分ほど。到着してから搭乗券を受け取っていないことに気付きました。電話をして確認したところ、ホテルの方で渡してくれるのを忘れていました。戻る途中でフロントの方が届けてくれました。9時少し前に旭川からのバスが到着し、池永さんが降りてきました。挨拶を交わした後、ロープウェイに乗りました。

 

天候は幸い晴れ。青空を背景に旭岳が綺麗に見えます。今日は頂上まで登るのではなく、2時間程のトレッキングです。山々の様子や高山植物の種類など、池永さんから懇切丁寧な解説をしてもらいました。元高校の数学の先生だったそうです。昭和7年生まれの現在87歳。とても、その年齢には見えません。山登りのおかげでしょうか。山岳部の顧問を長くされたそうで、高校総体に参加された時の様子などは、全く知りませんでした。山岳部にも競技大会があったのです。

 

とにかく山が好きなことが、話を通してよく分かりました。

 

■午前中でトレッキングも終了し、池永さんとも分かれて千歳へ向けて帰り支度です。5時間近いドライブです。途中美瑛の道の駅で昼食を取りました。カレーと地元の食材を使ったコロッケでしたが、美味しかったのです。しかし好事魔多しでして、それからのドライブの眠かったこと。本当に事故を起こしそうで、恐ろしいばかりでした。

 

途中休憩をどこで入れるか、さんざん迷った挙げ句に、北海道の名物コンビニ・セイコマートでアイスコーヒーを買って一休みしました。これでどうにか眠気から開放されました。レンタカーのお店への返却は17時の約束でしたが、30分ほど前に到着できました。手続きも無事に済んで、送迎バスに乗り込み、新千歳空港へ向かいました。

 

エアポート・ホテルにチェックイン。一休みして食事に出かけました。空港内のお店のどこにしようか迷いましたが、懐かしさのあまり銀座ライオンにしました。以前は沼津にも支店があって、テニスをした後など、家族でよく出かけたものです。以前ほど美味しとは感じなかったのは、正直残念でした。

 

部屋に帰り、こんどは空港内の日帰り温泉に出かけました。このホテルに泊まると利用券が付いているのです。かなり混雑していました。ゆっくりと湯船に浸かり疲れを取りました。部屋に帰って布団に入ると、そのまま寝込んでしまったようです。相当疲れていたのでしょう。こんなことは久しぶりです。

 

こうして楽しかった一日も終わりました。

 

幸福の黄色いハンカチ

■20190818(日曜日 晴れ)

 

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夕張市にある「幸福の黄色いハンカチ」記念館の展示ポスターです。黄色い紙は、訪れた人のメッセージです。

 

■昨日の夜、千歳駅のそばのJRinChitoseに泊まり、今朝は8時30分に新千歳空港にやって来ました。レンタカーを借りるためです。アクアに乗って、まずは夕張市役所を目指しました。財政破綻した夕張市は、前市長が知事選挙に勝利し、マスコミを賑わしました。

 

かつての人口の10分の1に縮小してしまった街は、将来の日本の姿です。車で走っていると、寸断されたJR線の線路を、あちこちで見かけました。最初は踏切かと思ったのですが、そうではなかったのです。

 

カーナビに夕張駅と入れていたのですが、到着しても、どこが駅舎なのか、なかなか分かりませんでした。ようやく見つけた駅舎は、いまでは喫茶店らしき店に転用されており、店の手前で線路が途絶えていました。

 

その店の目の前に巨大なホテルが聳えており、そちらに、どうしても目が奪われてしまいます。中国資本に買収され、そして転売された、スキー場付きの立派な施設です。

 

日本の企業から施設を買収した、中国の企業家の記事をネットで読みましたが、転売するつもりはなく、条件の揃った良い施設なので軌道に乗るまで頑張りたい、という趣旨の発言でした。あっという間に軌道に乗って、あっという間に転売されたようです。当時の市長さんは、どう考えていたのでしょうか。北海道知事になられた今となっては、確認のしようもないのでしょう。選挙の際に問題にならなかったのでしょうか。

 

旧夕張駅の真ん前にホテルがあり、さらに、その目の前に立派なゲレンデか広がっている訳ですから、条件は悪くありません。あとは客が集まるか、という一点です。空港からも駅からも送迎バスが出ているようです。

 

■次に立ち寄ったのが、映画「幸せの黄色いハンカチ」記念館です。撮影に使われたセットが保存されています。1977年10月1日に公開された、とあります。私は、まだ大学生でした。映画館で見た記憶はありません。後にテレビで再放送版を見ました。

 

記念館は、破綻した夕張市にとっては大切な宝物でしょう。撮影に使った真っ赤なファミリアが展示してあります。

 

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最初に映画を観たときには、高倉健が演じる主人公が、生き様が不器用というか、やたらに乱暴、いやむしろ凶暴とも見える性格に驚きました。こういう人と生活を共にしても、幸せになることが出来るとは、私のような凡人には、とても思えなかったことを記憶しています。

 

殺人罪で6年間刑務所に入って、はたして主人公の人間性がどれほど変わったのか。映画を観終わって、むしろその先の二人の人生が心配になったほどです。

 

代議員会

■20190623(日曜日:曇)

 

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ザ・キャピタルホテル東急のフロントです。さすがは一流ホテルです。

 

■土曜日、仕事終わってから東京へ向かいました。なぜか外来は大混雑で、診療時間を15分ほどオーバーしてしまいました。昼食をとり一息入れてから、駅まで歩きました。年に1回開催される日本眼科医会全国代議員会に出席するためです。北は北海道から南は沖縄まで、各都道府県から眼科医会の144名の代表が集まり、活動について、また予算について検討するためです。

 

私は昨年から参加するようになりましたので、今回で2回目なのですが、 雨模様だった昨年の会議から、もう1年が経ったのだと、時の経つ早さに感慨を覚えました。昨年はあと一か月でTakuの結婚式という、我が家にとっての大きなイベントが控えていましたが、あれからもう一年が経ったのです。今年は曇り空ながら、幸い私は雨に遭うことはありませんでした。

 

土曜日と日曜日にわたり、二日間の会議です。都道府県の代表者から提出された議案に対して、執行部が回答するという形で土曜日は終始しました。 17時から19時半まで議論が行われ、その後に皆さんで立食パーティーに参加して解散となりました。 明日の会議の開始時刻を確認し、電車を乗り継いでホテルに向かいました。 シャワーを浴びて床に入って、テレビでスポーツの結果を確認し、眠りについたのは12時近くになっていました。部屋に入ってから除湿をかけていたのですが、寝る時には切りました。夜中に暑さのために目が覚めて、28°に設定した冷房を、もう一度入れ直しました。これで眠りも少し深くなり、目覚ましで6時半に起きました。

 

シャワーを浴びてから1階に降り、朝食をとりました。7時前にはホテルを出て電車を乗り継ぎ、会場のザ・キャピタルホテル東急に到着。会議は9時から開始です。12時からお弁当を食べて、13時前から会議を再開し14時過ぎに、すべての議論を終えました。 副会長である私は、これでお役御免なのですが、川村会長は11月に再度東京で会合に出席しなければならないようです。本当にご苦労様でした。

 

競争よりも協力

■20190601(土曜日:晴れ)

Melbourne Flinders Street Railway Station 付近の様子です。

■いよいよ今日から6月です。水無月、梅雨の季節です。今朝は爽やかに晴れ渡っています。木曜日からは走らずに、日曜日の JAL 国際千歳マラソン参加に備えています。2014年から毎年参加している唯一のマラソンです。今年参加すれば6回目となります。2回目の2015年からはTakuと一緒に参加して走りました。Takuも最初は10 km でしたが、2016年からは二人揃ってハーフの部に参加しました。

 

昨年は就職もして、忙しい毎日でしたので、一緒に走ることはできませんでした。 就職して間もなく1年と半年が経とうとしています。ようやく少し余裕が出てきたのでしょうか、今年の10月に群馬県太田市で行われるハーフマラソンに、また二人で走ろうということになりました。 ひとりっきりで走るとなると、なんだか力が出なくなっていたのですが、10月にまた二人で走ることができると決まった途端、またやる気が出てきたのですから、人間というのは現金なものです。

 

■さて今朝の東京新聞朝刊の「あの人に迫る」は、 今最も注目される人の一人である「任 正非  Huawei 最高経営責任者」です。新聞を切り抜いたのですが、紙面の配列がとても大きいので、2台あるスキャナーのうち、首を振って読み取るタイプでないと入りきれませんでした。このタイプでは上から透明な樹脂板で紙面を圧迫して平らにしないと、きれいに読み取れません。 この週末は、今日の紙面から切り抜いた、たくさんの新聞記事を圧迫処理しておき、来週綺麗にスキャンする予定です。

 

任 正非さんは、 こう語っています。

 

幸せを生むのは競争よりも協力。

5Gになれば貧しい家の子もネットで勉強し世界の窓が開かれる。ネットのおかげで人間の想像力が刺激され、社会は空前の進化を遂げる。

 

日本にも素晴らしい経営者の方が、たくさんいらっしゃるのでしょうが、 いま最も注目される経営者と言って間違いないでしょう。 いわゆる立志伝中の一人です。 貧しさや文化大革命といった、想像を絶する逆境の中から這い上がり、いまや売上高11兆5千億を超える巨大企業を一代で作り上げました。 こうした経営者のお話を聞くたびに思うのは、もちろん富という目的がなかったと言えば嘘になるのでしょうが、それよりも何よりも、その原動力には夢があり社会を変えたいという強い思いが、根底にあるように思います。

 

そうした思いを持った人々を何人生み出せるかが、その社会の活力となるのではないでしょうか。 そういった意味では、残念ながら今の日本は中国には到底太刀打ちできないように感じるのです。

 




帰国

■20190505(日曜日:晴れ)

オーストラリアの交差点です。繁華街でない限り信号無しで安全に往来しています。
オーストラリアの交差点です。繁華街でない限り信号無しで安全に往来しています。

■メルボルン空港発のJAL774便で、日本に戻りました。現地時間0時05発、日本時間8時30分到着です。現在一時間の時差がありますの、到着時には時計は9時30分となっています。入国手続きやWiFiルーターの返却が無事に終わったのが9時30分。ちょうど沼津駅行きの長距離バスが空いていました。いま発車を待っているところです。10時半出発の京成電鉄の長距離バスがありました。沼津北口に止まってくれます。何しろ思いキャリーバッグがありますので、階段の上り下りは大変なのです。バスで行くことができれば、これほど楽なことはありません。時間はかかりますが、今回の場合は急ぐわけでもありませんので、バスにしました。

沼津には予定より早く着きました。道路が空いていたようです。14時前には家に着くことができました。荷を解いて片付けをして、その間にカップラーメンを二人で分けて食べました。このスープ味が恋しいのです。とは言っても今夜は鶴ちゃんと四人での夕食会ですので、食べ過ぎは禁物です。

違いを超えて

■20190504(土曜日:晴れ)

1956年のメルボルンオリンピックのメイン会場です。
1956年のメルボルンオリンピックのメイン会場です。

■昨日は本当に忙しい一日でした。中華レストランでの夕食会を終えて宿に帰り、床に入ったのが12時近くでした。娘の結婚式に出席した後なのに、いまいちピンときません。戸惑っているというのが正直な心境なのでしょう。

さて今日はベンが、オーストラリアンフットボールの試合に招待してくれました。 オーストラリアンフットボールの試合は以前ジーロングのジョーンズさんのお宅で、テレビ観戦したことが一度あります。その時はルールもわからず、ただ見ていただけなのですが、今日はベンのお母さんと話しながら、ルールも少しずつわかるようになりました。

ローマオリンピックの前の大会がメルボルン大会だったことを、お母さんのお話で思い出しました。1964年の東京大会の前の大会がローマオリンピックであり、あのマラソンのアベベ選手が素足で走り、金メダルになったあの大会だったのです。私たちはその前の大会が、メルボルン大会であったことを、つい忘れがちです。今日オーストラリアンフットボールの試合が行われた会場は、収容人員10万人を超える、メルボルン大会のメイン会場だったのです。ベンのお母さんが、私に話してくれました。

私などの記憶では、オリンピックはローマ大会から始まっています。その前の大会である、メルボルンはどうしても見落としがちです。ローマ大会でのアベベ選手の激走が、あまりにも印象が強いためなのかもしれません。

今日は曇りがちで、時々雨が降る天候でした。気温も低く、競技場で見ていても少し寒いほどでした。ベンが買って持ってきてくれたビールを、それでも2杯も飲んでしまいました。スポーツ観戦をしていると、ついつい夢中になって、体温も上がってしまうのかもしれません。試合結果は残念ながら、ベンの応援するチームは、メルボルンのチームに負けてしまいました。ルールがよくわからない中での観戦でしたが、教えてもらいながら、少しずつわかるようになったので、最後まで楽しく観戦することができました。

1時間半ほどで試合も終わり、皆さんと別れてホテルに向かいました。しばらくはこれで、Ayaとも会うことはできません。末永く仲良く暮らしてほしい、と願うのみです。

少し早めの夕食でしたが、色々迷った挙句、ホテル近くの日本食の居酒屋に入りました。食事を注文し食べ始めてみると、内容的にも量的にも、とても良心的で美味しく食べることができ満足でした。午後7時半頃にホテルに戻り、9時に予定されている、添乗員さんのお迎えを、待つばかりとなりました。

午後9時少し前に添乗員さんが来られて、一緒に車でメルボルン空港まで、送ってもらいました。預ける手荷物が重量オーバーで、追加料金を取られてしまいました。次回の旅行時にはキャリーバッグを新調して、こうしたことのないように工夫しなければいけません。手続きも無事に完了し、搭乗ゲートの8番に着いて、今こうして入力しているのは午後の10時10分です。出発までは、まだ2時間弱ありますので、長い長い待ち時間となりそうです。

今回の旅行はAyaの結婚式に出席する為でしたが、ベンの家族の皆さんとも会えて、本当に安心しました。他人同士が違いを乗り越えて、仲良く暮らすのは並大抵ではありません。まして国が違えば、難しさは格段に高くなります。2人が力を合わせて、違いを乗り越えて幸せな家庭を、ぜひ築いて欲しいと心から願った旅行でした。

結婚式

■20190503(金曜日:晴れ)

AyaとBen の結婚式が行われたお役所です。
AyaとBen の結婚式が行われたお役所です。

■今朝は朝7時に起きて走ることにしました。ホテルを出てトラムの駅まで行き、そこからトラムの路線に沿って走っていたつもりだったのですが、どういうわけか、コースを外れてしまいました。サザンクロス駅まで行って戻ってくるつもりだったのですが、いつまで走っても駅が見えてきません。これは道を間違えたのだな、と気づき方向を変えました。不思議なもので、大した距離を走っているわけでもないのですが、一旦街の中に迷い込んでしまうと、自分がどこにいるのか分からなくなってしまうのです。最後はグーグルマップのお世話にもなって、なんとか戻ることができました。6.3キロを走りました。貴重な積み重ねです。

この原因は後になって分かりました。反対方向に走り出していただけなのです。これでは目的地に到着できないはずです。

■帰って来てシャワーを浴びて、駅の中にあったスーパーで昨夜買っておいた、お寿司とサラダと、オレンジを二人で食べました。サラダは315グラム。本当にごった混ぜで、牛のためかと思えるほどの品数でした。

二人のための祝いのカードに書き添えを済ませ、あとは時間になったらトラムの駅に向かうだけです。こちらで行う結婚式というものが、どのようなものか想像もできませんので、その時を待つばかりです。

■13時にトラムの駅で待ち合わせることになっていました。駅で降りてしばらくすると、Ayaがやってきました。美容院に行き、見違えるように綺麗になって登場です。3人で指定の待ち合わせ場所に行くと、やがてBenがやって来ました。四人揃って公証人のいる役所に向かいました。

結婚式といっても、公証人の前で宣言を読み上げるだけのもので、特段趣向を凝らしたものでもありません。出席者は親族のみ。滞り無く終わりました。ベンのご両親、兄弟、姉妹が集まってくれました。こちらではこれが一般的のようです。式が終わってからは、みんなで隣にある公園に行き写真を取り合いました。綺麗な公園なのです。記念撮影にはうってつけです。

それからレストランに行き、二時間ほどでしょうか、みんなで歓談しました。兄妹の皆さんも久し振りでしょうし、私は英語で話すことには躊躇せざるを得ないので、楽しいはずのパーティーも、いささか難行苦行の思いと言った方が、実態を正確に言い表していました。それでもベンのお兄さん夫婦と歓談できたのは収穫でした。奥様は19歳までモーリシャス島で育ったとの事で、公用語はフランス語でした。英語も学校では習っていたようですが、こちらの来て英語を外国語として学び直さなければいけなかったそうです。

今ではもちろんバイリンガルという事になるのですが、わたしがいつも興味を持っていたのが、夢を見るときにどちらの言葉で夢を見るか、という疑問です。彼女の場合はフランス語でした。英語の発音は、どちらかと言えば日本人のものに近いので、むしろ私たちには聴き取りやすい程でした。もうすぐ二歳になる女の子のなんと可愛いこと。

お兄さんとは、スポーツの話題で盛り上がりました。オーストラリアにはオーストラリアンフットボールと呼ばれる、独特のスポーツがあります。私たちから見ると、サッカーとラグビーのごちゃまぜのようなスポーツです。これがオーストラリアでは、とても人気があるそうです。以前ジーロングのジョーンズさん宅にお邪魔した際に、一度テレビで見せてもらいました。ルールはさっぱり分かりませんので、何をしてるかは理解できませんでした。お兄さんは、それ以外にも沢山のスポーツしたようです。バスケットボールが一番好きだったようですが、怪我をして現在は休養中とのこと。

お仕事は物流関係の分野のようで、日本でいうと日本郵政株式会社の様な会社に聞こえました。parcel が多いと言っていましたから、郵便の部門ではないようです。オンラインショップの発達と実店舗の消滅は、どこの国も同じようです。現在宿泊しているホテルがあるのは、メルボルンでも中心地に近いので、立派なお店が文字通り所狭しとヤラ川沿いに立ち並んでいます。昼も夜も一日中多くの人でごった返しています。オンラインショッピングなど、どこ吹く風といった様子ですが、確実に変わってきているようです。

■さて一旦ホテルに帰り、着替えをしてから再度ヤラ川沿いの中華レストランに向かいました。

歓談

■20190502(木曜日:晴れ)

ジーロング駅の今朝の様子です。
ジーロング駅の今朝の様子です。

■さて、今日で零和も掴め二日目を迎えました。今現地時間朝の7時45分ですが、ようやく夜も明けて明るくなりましたが、こちらは冬に向かっている時期ですので、夜明けがとても遅く感じます。足元を気にせずに安心してジョギングするとすれば、今の時期ですと7時ぐらいが良いように、こちらでは思います。季節の関係、そして緯度の関係もあるのでしょう。何しろオーストラリアはダウンアンダーなんです。

昨夜はAyakaとベンと4人で日本食を楽しみました。18時30分にサザンクロス駅改札近くで待ち合わせて、予約していた飲食店、花菱 Hanabishi に向かいました。19時から21時近くまで、本当に楽しく語らうことができました。もちろんベンとの会話は英語になりますので、難行苦行、四苦八苦となるのは致し方ありません。でも昨年7月にBenがたくの結婚式に出席するために来日してくれた頃に比べれば、自分なりにかなりストレスが減ったように思います。毎日昼休みに聞いていた、ラジオ英会話の時間が、役に立ったのでしょう。

何をそんなに話し合ったのかと思い出してみると、多くはさもない、ささいな事だったように思います。誕生日は8月31日生まれですから私と同じ8月生まれ。姉と兄の三人兄弟の末っ子であるところも、私と全く同じ。話は盛り上がりました。ご両親も、その前の世代もオーストラリア生まれとのこと。ただ、母方の祖父でしたか、アイルランドからの移民と言われていたように思います。

なぜそんなことが気になったかというと、今日Sun と一緒に市内見物をしていて、セントパトリック大聖堂を訪問していたからです。建物がとても歴史がある立派なものであったことは言うまでも無いのですが、玄関前の広場に銅像が建っていました。近づいてよく見てみると、オコーナーとアルファベットで書かれていました。そうです、オコーナーといえばアイルランド系の名前の特徴です。家に帰って少し調べてみる必要があるようです。

市内を歩いていて、ある建物を見つけました。メルボルン大学医学部付属眼科、耳鼻科病院です。こちらでは公的な社会保険で賄われる医療費には、眼科と耳鼻科と、そして歯科の費用は含まれないとのこと。つまり、この3科にかかった時の費用は、ほとんど自費診療ということになります。とても高額のようです。オーストラリアにおける歯科医師の収入が、日本のそれと比較して圧倒的に高額であることが、マスコミで話題になるほどです。いつしか日本でも、そんなことが起きることがないように祈るばかりです。■九時半にサザンクロス駅で列車に乗りました。みどりの窓口で往復切符を二枚買ったのですが、係の人の話を聞いてもどのプラットフォームでのたら良いかが聞き取れませんでした。プラットフォームは16Nというところまではわかったのですが、その16Nが、どこにあるのか、二階に登ってその奥に、と言われたことしかわかりませんでした。案内板を思案げに覗いていると、現地の方が親切に教えてくれて事なきを得ました。50分ほどでしょうか、列車に乗って、ジーロング駅に到着しました。その手前の駅が北ジーロング駅でしたので思わず焦りましたが、隣の座席に座っていた現地の方に確認したところ、ジーロング駅ではないよ、と教えて貰って安心しました。駅を出て駅前の広場で写真を撮り、今ジョーンズさんが来るのを待っているところです。予定よりも1本前の列車に乗りましたので、20分以上早く駅に着いています。途中雨が降っていましたが、現在10時36分ですが、雨も上がり少し青空も見えていきました。風は冷たいのですが寒いということはありません。幸運です。さて今日一日どうなりますことやら。列車はほぼ十分おきぐらいに、メルボルンとの間を往復しているようです。オーストラリア16ドルの往復運賃でした。マイティーと呼ばれる、スイカのようなカードで無事に問題なく購入出来ました。途中で係の方が来てカードをチェックしていました。十分なチャージがされているのかどうか、チェックしているのでしょう。

パパとママが、到着時刻よりも少し遅れて駅に迎えに来てくれました。エミリーの家によって新しく買った家のようですが、そこで子供達に会って車で近くに観光客目当てのチョコレート工場、ちょうどハワイで行ったようなチョコレート工場に立ち寄って、ご馳走してもらいました。

夕食はポテトチップスとフィッシュアンドチップスと鶏の唐揚げでしたが、油っこい物ばかりで日本人には辛い内容でした。

でも子供たちがみんな集まってくれたのには本当に驚きました。エミリーは今仕事を休んでいて子育てに専念中。子供を預けると一日で一人140ドルかかるということで、とても預けて仕事をする事は経済的に合わないようです。英語での会話は骨の折れる作業でしたが、持参したWiFiルーターとポケトークおかげで、かなり救われました。a Japanese secret weapon と私は勝手に命名していましたが。しかし本当に英語は聞取りが大変です。毎日練習あるのみです。

フォードの現地法人に勤めているパパも人員整理にあってしまい、今夜のシフトが最後とのこと。明日からの仕事が、どうなるかは行ってみないと分からないということでした。40人ほどの従業員が整理されるそうで、誰に仕事が残って誰がお払い箱になるのか、未だに連絡が無いのもこの国の特徴でしょうか。

ただパパは経済的な知識がしっかりしていて3箇所に不動産を持っているようで、今開発ブームで土地も家も値上がりしているとのこと。駅に降りてびっくりしたのはビルが建設中だったことです。住宅地の開発も盛んで今まで牧場だった所が住宅地に変わっていました。どんどん土地が値上がりしているようです。メルボルンへの宅地開発ということです。

夜の7時20分の電車に乗ってジーロング駅を出発しました。サザンクロス駅に着いたのは夜の8時35分頃。二階にあるスーパーマーケットでサラダと巻物と果物を買って、今トラムを待っているところです。夜のちょうど9時。雨がパラついていますが、幸い止んできました。トラムに乗ってcasino駅で下車。いつもの道をヤラ川沿いに歩いて五分ほどでホテルに到着です。気疲れのする一日でしたが、来て良かったと感じたジーロングでの一日でした。

あすはいよいよ、Ayaちゃんの結婚式です。

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